第2話導入
魔光石の光にほんのり照らされた坑道内に、カツーンッ、カツーンッ、岩壁に突き立てられるツルハシの音が響く。
周囲の地層に少量含まれた魔光石のおかげで、坑道の壁はそれ自体が発光し、太陽の光の届かない地下であっても周囲はぼんやりと明るい。
ここはそんな坑道内の支路の一つ、袋小路の突き当り。
そこに3人の少女が壁に向かって座り込み、ツルハシを手に周囲と色の違う壁を崩していた。
手元に置いた魔光石の結晶を使ったランタンのお陰で3人の周囲は他より一段明るい。
◇
メグミはいい加減切れそうだった……
背後からは、
「痛ぅ!!」
「クソッ引っかきやがった!」
「血だっ血が出てるっ!!」
「ヒール!! ヒールっ!!」
「くっ! 数が多い」
男共の声が大変喧しい。ワフッワフゥとコボルトの吠える声も喧しい。
メグミは気分を落ち着けるために頭を一振りし、騒がしい背後をサクッと無視して目の前の壁に向き直る。
◇(メグミ視点)
私の名前はメグミ。『元』女子高生よ。
『元』っていっても退学した訳でも、卒業した訳でも無いわ。なら何故『元』かって? 色々あったのよ……まっその辺は追々話すわ。
で、今は鉱山で鉄鉱石の採掘中!
何故採掘してるのかって? だから色々あったの! 話には順序ってのが有るのよ、急かさないで欲しいわね。
だから先ず私の大切な人から紹介するわね。
何故か? 登場人物を把握しないとこれから話す『お話』が理解できないでしょ?
まっ、そんな訳で主要な人物紹介って訳よ。
真横に居るのがサアヤ。小柄で華奢な歳下の女の子。もうね食べちゃいたい位可愛いの!
無論『性的』な意味の食べるよ! 食べ物的な美味しそうって意味じゃ無いからね?
けど……食べはしないけど、舐めたら美味しそうって意味なら合ってる?
ふむ……悩ましいわね。でもまあ栄養にはならないから食べ物では無いわね。
齧れ? バカ言わないで! こんな可愛い生き物を齧るなんて出来るわけないでしょ! サアヤは愛でる為にそこに有るの!
良い? 美少女は愛でる。危害を加えない! 当然でしょ!
でもね、私は女同士って事でスキンシップはOKなの! だから撫で回したり揉み揉みはOKなのよ。ふふんっ、羨ましいでしょ?
そうねサアヤの可愛さを端的に表現するなら、神秘的な森の妖精って言葉が一番かしら?
黙って佇んでれば、幻想的で儚げにも見える美少女よ……うん、まあ黙って無いから台無しだけどね。
私にも天使の様な可愛い妹がいるんだけど、見た目だけなら良い勝負ね。甲乙つけ難いわ。
姉の贔屓目? 何言ってんの当然でしょ? 『私の』妹よ! 目の中に入れても痛く無いわ!
ってサアヤの話だったわね。サアヤをみてると華奢なその身体をギュッて抱きしめたくなるの。こう……丁度すっぽり腕の中に収まるのよね。
犯罪? 同性同士のハグは単なるコミュニケーション。スキンシップの一環。愛情表現ね、何も問題無いわ。親愛の証よ。
◇
でもってサアヤを挟んで反対側に居るのがノリコ。私はノリネエって呼んでる。
歳上でお姉さんだからね……そう、歳上のお姉さんだと自分に言い聞かせる意味でもノリコとは呼ばない。
何故かって? ノリネエってば油断すると歳下に見えちゃうのよ。
背なんか私より頭一つ大きいし、見た目は完璧なお姉さんなんだけど……
中身にちょっと問題があるの。
……でもね、お姉さんって良いわ……私は長女だったから『お姉さん』に憧れがあったのよ。優しいお姉さんに甘えたかったの。
みんなだってそうでしょ? 綺麗で素敵なお姉さんが嫌いな人なんて世の中に居るのかしら?
……まあ居るかもしれないけど知ったこっちゃ無いわ!
私は大好きだから! それでOKなのよ!
その点ノリネエは見た目だけは完璧よ。理想的と言い換えても良いわ。
もうねメッチャ美人なの! しかもスタイル抜群。はぁ~……私と同じ人類とは思えないわね。私は実はノリネエって別種族なんじゃないかと密かに疑ってるわ。
何その我が儘ボディはっ!!
ボンキュキュって何それ?! その胸の谷間に顔を埋めたいわ! 挟まれたいっ! そのままむしゃぶり付いても良いわね!
変態? 違うわ。甘えてるだけよ? 同性同士なのよ? 下衆な勘ぐりはやめてほしいわね。
こんな素敵で可愛い二人、それが私のパーティメンバー、身内よ。どう? 羨ましいでしょ?
ん? 欲しい? 是非自分のパーティに?
ダメ! あげない。これは私のパーティメンバーなの。絶対にノー!
パーティメンバーが欲しかったら他を当たりなさい。
まっ、この二人程の逸材はそうそう居ないだろうけどね。
どうやって見つけたか? 足よ! 歩き回って走り回って、探し回ってようやく見つけ出したのがこの二人。
もうね一眼見てビビッときたわ。
見た目だけ? 面食い?
五月蝿いわね。初対面で相手の内面なんて分かる訳ないでしょ?
第一印象は取っ掛かりよ。ちゃんと話しかけて、人柄も気に入ったから友達になったのよ。
二人とも根が幼いってか素直だからね。感情がストレートに表情に出るの。
……まあ言葉にも出るけどね。結構言いたい放題よ。ズケズケと痛い所も突いてくるわ。
だから私としては付き合い易い相手よ。
私も同じだからね。好き放題言っても、泣かずに反論してくる相手の方が好きなの。
まあ見つけるまでは苦労したけど、でも見つけちゃえばこっちのモノよ。後は積極的に、強引にパーティメンバーに引き摺り込めば良いだけ。
犯罪? 違うってば! ちゃんと本人達も合意の上だからね。
全て合法。全て無問題!
でもって今は、この二人と一緒に洞窟の壁に向かって黙々と、そしてサクサクとツルハシを突き立てる地味な作業の真っ最中。
アレッ……おっかしいな? 私の夢見たお洒落な素敵ライフは何処?
美女に囲まれたハッピーなハーレムライフは何処に消えたの?
少なくても、こんな薄暗い坑道には落ちてない事は確かね……
けど……コレはコレで良いかも! こう……ほんのり薄暗いのが……何だか淫靡な様な……もしかしてチャンス?
コホンッ、現実逃避が過ぎたわ。ちょっと反省。
生活の為には働かないとね。コレもその一環よ。世知辛い世の中。何をするにもお金、お金。
ハァ、何処かに働かずに生きていける世界って無いのかしらね。働きたくないでござる!
まあ現実にはそんなものはないから働くんだけどね。
でもどうせ働くなら出来るだけ好条件で働きたいのが人情でしょ?
そう労働条件!
……美女に囲まれてる。職場の同僚、人間環境的にはまあまあかしら?
背後? 気にしちゃダメよ。
私はポジティブなのよ! ポジティブってね、日本語で前向きって意味よ。
そう私は前向きな女、後ろは振り返らない!
環境……場所はね……仕方ないわ。今日は採掘だもの。
空気は篭ってるし、暗いし、狭苦しい。でもまあ坑道って事を考慮すればギリギリ許容範囲かしら?
ランタンの明かりも有るし、薄暗くても壁もぼんやり発光して最低限の光量は確保しているわ。
酸素不足にならない程度の最低限の空気循環も有る。
その辺、この鉱山は素人でも採掘出来る様に考慮されているのね。
落盤防止の補強もしっかりされてるのだから、採掘って条件が外せない以上、これ以上を望むのは贅沢かしら?
何故採掘かって? 必要がそれを要求するのよ!
必要……そう必要なの! 勿体ぶって格好つけても仕方ないからぶっちゃけると、装備を揃えるのに素材が必要なのよ!
余った素材は売れるし、必要な物以外の採掘できた鉱物も売れる!
採掘中に襲ってきた魔物の討伐も出来るから、トータルの時給は……まあ学生のアルバイトとしては良い程度ね。
決して高時給じゃないけど、低過ぎもしない。
それに稼ぎは自分の頑張り次第って点が良いわ!
そうよ、頑張っても頑張らなくても一緒じゃあヤル気も出ないけど、頑張った分だけ儲かるのは良い点だと思うわ。
今日は採掘場所がちょっとアレで、採掘できる鉱石の質が劣るのが難点だけど、その分危険も少ないわ。
安全マージンは大切よ。リスクリターンの釣り合いは取れてないとね。
本当……安全策を採って正解だったわ。
でもって絶賛、岩壁に向かって採掘中ってのが今の私達の状況。
只管ツルハシを振る。ただただツルハシを岩壁に突き立てる。
……まあ採掘ってのはこんなもの。特に派手なアクションはないわね。何せ相手は岩壁だもの。
ツマラナイ……本当にツマんない!
飽きたわ岩壁の相手とか!
本当はノリネエの隣でセクハラ……もといスキンシップを楽しみながら作業したかったんだけど……
「お姉さま、私が真ん中に。メグミちゃんの隣は危険ですわ」
「何言ってるのサアヤ? 意味不明なんだけど……戦闘力の面からみても、私が真ん中でしょ? どう考えてもその方が安全よ」
「そうですね、魔物の危険に対してはそれが一番安全です。けど、メグミちゃんの危険に対しては最悪の配置ですわ」
「……どういう意味よ」
「自分の胸に手を当てて、日頃の行動を良く思い返してください。思い当たる節が幾つもあるでしょ?」
「ふむ…………サッパリね。冤罪を主張するわ」
「なっ! お姉さまっ!」
「そうね。落ち着いて採掘するならサアヤちゃんが真ん中の方が良さそうね」
「ノリネエッ! 酷い……誤解よ!」
「どの口が言いますか!?」
「この口よ! 何? サアヤはキスでもして欲しいの?」
「それですっ! それが危険だって言ってるんです! メグミちゃん、冗談で『出来るものならやってみなさい』とか『良いですよ。どうぞ』とか言ったら本気でするでしょ!」
「チャンスってのは見逃したらダメなのよ。今のサアヤのセリフでも『聞きようによってはOKよね』位の気概が無くてどうするのよ!」
「なっ! どうもしません! 何の気概ですか? しちゃダメです! お姉さま、メグミちゃんがっ!」
「サアヤちゃん、落ち着いて。流石に今のは冗談よ」
「私は何時だって本気よ。因みに本気と書いてマジって読むのよ」
「あぅぅ、お姉さまっ!」
「もうっメグミちゃんたら、サアヤちゃんを揶揄って遊んじゃダメ。サアヤちゃんが本気にしちゃうでしょ。因みに今のは本気と書いてホンキって読むのよ」
「何言ってるのノリネエ。揶揄って無いわよ? 隙を見せたらガブリッといくから。ノリネエも油断大敵よ」
「ンンッ?! もうメグミちゃんったら冗談ばっかり」
「そう……その調子で油断なさい。それこそ私の思う壺!」
「本音がダダ漏れです! メグミちゃん! 心の声がダダ漏れてますっ!」
「ハイハイそこまでよ。メグミちゃんはこんな事いってるけど……サアヤちゃんは良いの? 大丈夫?」
「うううぅ……大丈夫です。メグミちゃんって何故か……抱きついては来るけど、お姉さま相手みたいに触りには来ませんから……」
「サアヤは揉み心地はイマイチなのよね。もっとしっかり食べなさいサアヤ」
「なっ! 違います! 種族的に華奢なだけで私は……私は成長期なんです!」
「ウンウン、期待しててあげるわ」
「憐れまないで下さい! それ余計に惨めになりますからねっ! ……ハッ、違う! 期待しなくて良いです。クッ……成長したってメグミちゃんには触らせてあげません」
「私にはねぇ。ならノリネエはOKなんだ?」
「えっ!? …………お姉さまがそう望まれるのでしたら……」
「サアヤちゃん。メグミちゃんに流されてるわよ」
「あぅ、そうでしたわ。兎に角! 配置は私が真ん中です。お姉さまは私が御守りしますわ」
「成る程、サアヤが生贄になると。尊い犠牲だったわね」
「過去形っ!? なんで過去形なんですか!」
「私は、ほぼ確定している未来に関しては過去形で話す事にしてるの」
「うううぅ~お姉さまぁぁ」
「ハイ、サアヤちゃん。これでグサリといって良いわよ。大丈夫、ちゃんと治療するから」
「ノリネエッ! 笑顔で怖い事言わないでっ! ツルハシでグサリとか洒落にならないから!」
「ふふふっ、グサリですか? 良いですわね。今宵の翡翠は血に飢えてますわ」
「う゛っ……サアヤ? 冗談だよね? それに 今宵って……ここは薄暗いけど今はまだ午前中よ? どっちかと言えば朝? って翡翠って何?」
「このツルハシの名前ですわ。ホラッ、尖ったピックが嘴みたいで、反対側の平刃が飾り羽根みたいでしょう? だから翡翠ですわ」
「成る程、良いわねそれ。なら私のは黒鷺にしようかな?」
「えっ……二人ともツルハシに名前を付けたの? えっと、じゃあじゃあ……私のは……って二人とも何でそんなにパッと名前が思い浮かぶの」
「こういうのはインスピレーション。思いつきよノリネエ。下手に悩ま無い方が良い名前になるわ」
「ええぇ…………八咫烏は如何かしら?」
「厨二っぽいわね」
「お姉さま、ツルハシですよ? 武器では無いので少し大仰では?」
「うぅ……っくっ、だってだって黒くてこう柄が一本脚だしっ」
「八咫烏って三本脚じゃ無かったっけ?」
「アラッ?! そうなの?」
「一本脚……比翼の鳥は片側なのは翼ですから、他……何でしょうか?」
「何だっけ? 畢方だっけ? 確かそんな名前の一本脚の鳥の化け物が居たような?」
「そうなんですか? 初耳ですわ」
「私も知らないわ。メグミちゃん博識ね」
「ふふんっ! 昔ググったのよ」
「そうなの? でもなんで?」
「八咫烏は一本多くて三本脚でしょ? なら一本少ないのは居るのかな? って思ってね」
「成る程、それもそうね。なら二本多いと何になるのかしら?」
「グリフォンやヒポグリフじゃない? グリフォンは鷲の上半身にライオンの下半身、ヒポグリフは鷲の上半身に馬の下半身でどちらも四つ脚だもの」
「詳しいわねメグミちゃん。なら畢方は?」
「確か中国の妖怪だったと思うわ。一本脚の鶴に似た妖怪よ」
「そうなの? 良く覚えているわね」
「誰しも厨二の時期は有るものよ……」
「あっ……でも八咫烏って一本脚じゃ無かったかしら? 私の見たイラストだと一本脚だったわ」
「それは、そのイラストが間違ってたのね。日本では八咫烏は三本脚の縁起の良いカラスとされているわ。神の御使ともいわれてるわね」
「そうなの? 私が見たのは有名なカードゲームのモンスターだったのだけど……」
「そのゲームのイラストを描いた人が、モンスターって事で畢方とごっちゃにしたんじゃないかな? 有名どころだとサッカーの日本代表のシンボルマークが八咫烏で三本脚よ」
「アッ! そう言えばそうね……」
「八咫烏は黒だけど、畢方は青じゃなかったっけ? ちょっと記憶が曖昧だわ。そこに赤い模様が入ってた様な? 火を咥えた山火事を起こす妖怪だったかな……」
「確かにそちらの方がモンスターとして合ってる気がするわね」
「それで八咫烏とゴッチャにして絵師が創り出した? まあ今考えても想像の域は出ないし話の本筋では無いわ」
「そうなのね。なら私のツルハシは畢方?」
「まだ八咫烏の方が分かりやすいわよノリネエ。畢方はパッと読めないし、イメージも伝わらないわ」
「でも一本脚だし……」
「鳥ってよく片脚上げて一本脚で立ってるから、別に良いんじゃ無い? フラミンゴとかサギとか大体一本脚で立って休憩してるわ」
「あっ! ならフラミンゴは如何かしら? 素敵じゃない?」
「長いわね」
「長いですわ」
「ウッ……じゃあ……フラちゃん!」
「ミンゴどこに行った?」
「うぅぅぅ、フランちゃん!」
「フランケンシュタインっぽいわね」
「ううぅぅう゛っ!」
「フランは可愛いくて良いと私は思いますわ、お姉さま」
「まあ他よりマシかな? じゃあノリネエのはフランね。何だか美味しそうな名前ね」
「フランケンシュタインって美味しいんですか?」
「アレ? サアヤはフランケンシュタイン知らない? そっちじゃ無くて日本のお菓子にフランってのが有るのよ。ぶっといポッキーよ」
「ポッキー?」
「メグミちゃん、こっちにはチョコレートが無いからポッキーは無いわよ」
「そうだったわね。プリッツは有るんだっけ?」
「プリッツは知ってますわ!」
「ってこっちは著作権や商標登録が無いからってやりたい放題、パクリたい放題よね……」
「でも美味しいわよ、メグミちゃん。再現度も高いし、それに安いわ」
「確かに日本のみたいにケチ臭く無い、あの内容量はグットね」
「ではそのフランって、太いプリッツなんですか?」
「太いプリッツみたいな棒状のクッキーに甘いクリームを塗したお菓子よ」
「それはっ……! 是非再現すべきです!」
「今度作ってもらおうか?」
「そうね。『ママ』にお願いしてみましょ♪」
「ふむ、じゃあ各自、ツルハシの名前が決まった事だし。そろそろ採掘しますかね」
「メグミちゃん。分かってると思いますけど……グサッといきますからね?」
「チッ、忘れて無かったか……」
そんなやり取りがあってサアヤにもガードされてるの。全くツマラナイ。
えっ? 大半関係無い話だった?
この『お話』は雑談が大半よ。雑談メインでストーリーが進んでいくわ。覚悟して聞きなさい。
さてメタな注意も済んだから、話を続けるわよ。
でね、一応なにも無いよりマシだからってサアヤにスキンシップを迫ったんだけど……サアヤったら本気でツルハシで刺そうとするのよ。酷く無い?
岩に刺さるツルハシでツンツンとか洒落にならないからね?
大体、ちょっとお尻を撫でる位サービスしてくれても良いじゃない。ねえ、そう思うでしょ?
全く最近の子はこれだから……キレる若者なの? もしかしてサアヤってカルシュウム不足なのかしら?
嘆かわしいわ。そして世知辛い。ままならないものね。
触り心地は兎も角としてカタチは良いのよ。キュとした桃の様な小尻はそれはそれで良いモノだわ。
それが手の届く範囲に有れば触るのが礼儀ってモノでしょ? そうよね?
なのに触れないなんてなんて事なのっ!
礼儀正しい大和撫子としては非常に不本意な状況よ。目の前にニンジンぶら下げられた馬状態ともいうわね。
そんなイライラする状況なのに、もうね背後が色々喧しいのよ。全く! ウザくて余計にイライラするわ。
はぁぁ、クソバカ共が何を騒いでんだか!
くっダメダメ、無視よ無視。相手にしちゃダメよ私。
◇
メグミが気を取り直して前を向いても、そこには岩壁があるだけ……
そう岩壁。岩盤層に含まれている鉄鉱石を掘り出す作業が待っているだけだった。
鉄鉱石の採掘。
それは土から石を掘り出すのとは訳が違う。
岩……硬い岩石をツルハシで砕いて、岩盤層の中から鉄を多く含む鉄鉱石を掘り出す作業。
岩石を砕く。
それは魔法が付与された魔鋼製のツルハシでも容易な作業では無い。
「もっとこう、簡単にならないのかしらね? ツルハシで手作業とか何時の時代よ」
「でも普通の重機は大きくて鉱山に持ち込めませんし。かと言って自走出来ない手持ちの削岩機は……結構重いですから……少人数で運搬して採掘するには不向きですよ」
「ムゥゥ」
「まあそうなの? だから未だにツルハシなのね。でもサアヤちゃん、持ち運びに便利な様に削岩機を小型軽量化出来ないのかしら?」
「お姉さま、削岩機はパイルを振動で叩きつける事で岩を砕くので、有る程度の重量が必要なんです。ですから軽量化は難しいですわ」
「重量が有るから小型化も難しいって事かしら? そうなると取り回しに難があるわね……」
「移動距離の問題でしょ? なら坑道内に保管場所を決めて貸し出し制にすれば良いんじゃ無い?」
「メグミちゃん、忘れてませんか? 坑道内は魔物が居ますよ」
「なら休憩所はどう? あそこなら結界が有るし、人も居るから魔物も入って来ないわよ」
「休憩所に保管しても採掘場所までの移動距離に大差ないと思いますよ? 魔物が襲って来る坑道内で重量物の運搬……中々難しいと思いますわ」
「そう? キャリーケースみたいにタイヤを付けて引き転がしていけば、それ程でも無いような?」
「それでも難しいと思いますわ。その方法での削岩機の運搬は、魔物に襲われた際に足手纏いの邪魔モノにしかなりませんよね?」
「迎撃の際には一旦手放せば良いだけじゃない? 自立式すれば良い感じにならないかな?」
「例えその削岩機が出来たとしても、魔道具は高価ですからね。放置して逃げる事は出来ませんよ」
「そうか……それだとレンタルにしても保証金を含めて高額になるって事ね」
「それどころか、放置して万が一魔物に壊されたら借金生活突入ですわ。更にレンタル料まで高額となると、この鉱山で採掘している様な、見習い冒険者がレンタルすると思いますか?」
「お金がないから自分達で採掘してるんだから……しないわね。ハイリスクローリターンか……良いアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「まあそれに、掘り出した鉄鉱石の運搬も有るので、身軽な方が有利ですわ。個人的な採掘ならツルハシの方が小回りが効いて良いと思いますけど?」
「なら爆破して砕いたらダメなの? チマチマ掘り出すのが非効率的なのよ。ダイナマイトなりで発破して砕けば楽そうじゃない?」
「メグミちゃん。爆破の素人の冒険者が、好き勝手に発破作業とか……落盤で坑道が崩落する未来しか見えませんわ」
「うっ……」
「ツルハシによる手掘りでさえ、鉄鋼で坑道を補強しているのに落盤してるんですよ? 生き埋めにならない為にも発破が禁止されるのは当然ですわ」
「だったらいっそ露天掘りに移行すればどう? 落盤の危険は減るわよ?」
「地下に埋まっている鉄鉱石を露天掘りとか、水が溜まって池になるだけですわ」
「けど今でも地下水とか有るでしょ? それはどうしてるの?」
「最下層に魔道具を設置して水を汲み出してますわ」
「そうなの? 魔力供給とかどうしてるのよ? 地下水っても結構な量でしょ?」
「この辺りは岩盤層なので地下水自体少ないですわ。それに地脈が近いので魔力供給は特に問題ない様です。魔力吸収装置をつけていれば特に別途供給の必要は無いみたいですわね」
「なら露天掘りも可能なんじゃないの?」
「雨水と地下水が合わさると流石に汲み上げ量が膨大過ぎます。少ない地下水だから可能な方法ですわ」
「はぁ、中々上手く行かないものね」
「そもそも私達は鉱夫じゃ有りませんよ。採掘が商売じゃ無いですから、手掘りで十分ですわ。自分達で使う必要量が掘り出せればそれで十分なんですから」
今やっている採掘は自分達の装備を整える。その為の素材集めだ。
別に自分達で採掘せずに、売っている素材を使用しても良い。
しかし、魔物討伐クエストを熟しつつ素材を集めた方が効率が良い。
それにそもそも見習い冒険者には素材を買い集める元手が無い。そんな訳で見習い冒険者は自分達で素材を集めるしか無いのだ。
◇
メグミは非効率さにウンザリしながらもツルハシで、ザクザクと黒い壁を崩す。
ツルハシでの採掘のやり方自体に決まった方法はない。
スタミナが有り余って居るなら、滅多やたらとツルハシで岩壁を突き崩しても別に構わない。
実際、男子などはその方法で大雑把に大きく砕いた後、鉄鉱石を選別する方法をとっている。
だが、女子は化石の発掘作業の様に、鉄の多く含まれた黒い岩の周囲を最初に削り、ある程度の塊で鉄鉱石を掘り出す方法を取っていた。
(大きく砕く方法は無駄が多すぎだわ。そうでなくても非効率的なのに更に悪化させてどうするのよ!)
効率を追求するなら鉄鉱石の多く含まれた部分だけ掘り出した方が良い。だが鉄鉱石の部分だけ掘り出すとその部分だけ穴になる。
深く掘り進め様にもツルハシはドリルと違い、振るう為の空間が必要な為、穴になるとそれ以上採掘出来ない。
その為、効率的に掘り進めるには化石の発掘の様な方法にならざるを得ないとも言えた。
「そういえば削岩機じゃ無くてドリルはどうなのかしら? ハンドドリルとかで、こうグリグリって♪」
「はぁぁ~……ノリネエって頭が良い筈なのに発想が幼稚よね」
「幼稚っ!?」
「お姉さま、孔を穿つ事が目的ではなく鉱石を掘り出す事が目的です。切り屑の様な粉では……」
「ううぅ、なら大きなドリル……ホラ円錐形のドリルとか漫画に……」
「ふぅ~あのねノリネエ。相手は岩なのよ? 漫画のドリルは漫画なの! あんなモノで採掘するとか無理に決まってるでしょ?」
「円錐形では外周部の直径が大きすぎて人の手では支えきれません。ドリル側のトルクが大きくなり過ぎますよ、お姉さま」
「うっ……」
「同じ理由で太いドリルビットも使えないのよねぇ。今度は長さ方向で接触面積が大きくなり過ぎるから、摩擦抵抗で人の手で支えられるトルクを超えるのよ」
「ぅぅ……」
「ノリネエ、ドリルってのは孔を空ける道具なの。それ以上でもそれ以下でも無いわ」
「個人が片手間に採掘するには、結局ツルハシが最適解なんですよね」
「まっ……魔法でドリルの様な……」
「諦めなさいノリネエ。魔物のいる場所で無駄に魔力を消費する事は出来ないわ。岩石を砕く魔法は有るけど、岩石を砕くほどの魔法よ? 消費が大き過ぎて無理ね」
「魔物との戦闘の際に魔力切れでは、泣くに泣けませんからね」
「うぅ……ままならないものなのね……」
色々とアイデアは出るが、結論として採掘道具としてのツルハシの選択の正しさが補強される。
先人含め、皆が選ぶにはそれなりの理由がある。それが確認された以上ツルハシを振るうしか無い。
だがその為には結局は周囲を掘り出す必要がある。一見無駄思えても必要がそれを求める。
◇
それにこの化石の発掘の様な方法は、大物が纏まって取れるので気分が良い。
そう……気分が良いだけだ。
鉄鉱石は大きな塊で取れようと小さな塊だろうと価値は全く変わらない。
それは分かっていても……何故か大きい塊で取れると気分が良い。
その為、メグミは自分のモチベーションの維持も鑑みこの方法を採用していた。
コロリッ! 今回も結構大きめの黒い鉄鉱石が転がった。
「お!! 取れたっ♪」
少し機嫌を直して、その鉄鉱石を手に取り、隣で同じく採掘しているサアヤの背後に居る魔道スライムに手を伸ばす。
「プリンちゃんよろしく」
メグミが手にした鉄鉱石を『プリン』と呼ばれる魔道スライムの上に乗せる。
と、どういった仕組かメグミには未だに良く分からないが、ゼリーのようなプルプルした体に、チュルン! 鉄鉱石が吸い込まれる。
プリンの周囲を見ると精錬された鉄の塊が幾つも転がっている。
楕円の卵のような形状な為、まるで鉄の卵をプリンが産んでいる様にも見える。
「プリンちゃんは働き者だねぇ、私も欲しくなっちゃうよ魔道スライム」
メグミはその鉄の卵をチョンと指でつつきながら呟いた。
◇
サアヤによって『プリン』と名づけられたこの『魔道スライム』は直径60センチほどのお餅型。
全体が透き通ったゼリーのような体に、薄いピンクの色が付いており、体の中心にある黒い核の周りに六芒星の模様がうっすらと光って浮いている。
(優しい光……こういうのはなんだか少し幻想的で綺麗よね)
『プリン』の名前の由来はサアヤの一番好きなデザートからなのだそうだが、別に『プリン』はカラメルの掛かったプリンの様に2色に分かれているわけではない。
不思議に思って以前メグミはサアヤに理由を尋ねた。
「ねえ、サアヤ? 何で『プリン』なの? どっちかってーと、ゼリーじゃない? ジュレとかでもいいし?」
メグミの知っているモノの中では、見た目はゼリーが最も近い。大きなお餅型のゼリーだ。
「まあ、触った感触は『わらび餅』っぽいけど、ほんのりピンクで透明な所はやっぱりゼリーよね?」
メグミはプリンをなでなでしながらそう尋ねる。
触った感触は、ゼリーの様に脆い所が無く、モッチリと弾力が有るのでツルツルした『わらび餅』の方がシックリくる。
「メグミちゃん、『ゼリースライム』の亜種というか、その『ゼリースライム』を元に人工的に造られたのが『魔道スライム』ですよ。ゼリーなんて名前だと退化してるみたいじゃないですか?」
プリンをフニフニ揉みしだきながらサアヤが答える。
「人工的に造られてて進化とか退化とか有るの? そもそも『ゼリースライム』が天然のスライムを、何だっけ? 品種改良ってより魔改造して造ったスライムなんでしょ?」
プリンを揉み揉みしながらメグミが尋ねる。
プリンは二人掛で揉まれても特に嫌がらない。
サアヤが云うには、揉まれたり撫でられたりすると、体液の流れが良くなってプリンは気持ちが良いとの事なのでメグミも遠慮はしない。
「まあ、そうですけど、けどゼリーみたいな見た目にゼリーって名前を付けるのは安易でしょ? プリンちゃんはプリンで良いんです!」
サアヤはプリンをむぎゅっと抱きしめながらそう断言する。
「この子のどこら辺がプリンなのよ? それにデザート系ってのと、プルルンッとした触り心地と見た目から名前つけてるなら安易なのは一緒じゃない?」
触りたそうに手を伸ばすメグミだが、サアヤがむぎゅっと抱きしめたまま横を向くので触れない。
(ヤバいわ、この子の触り心地、癖になる! ああ触りたい、揉みたい!)
中毒性が有る触り心地だ。
「プリンを馬鹿にするとメグミちゃんでも許しませんよ! プリンをゼリーなんかと一緒にしないでください! 『プリン・ア・ラ・モード』は究極のデザートですわ!」
プリンはサアヤの大好物だ。
勿論このプリンでは無くデザートのプリンの事だ。
以前冷蔵庫に入っていたので、ついメグミが黙ってつまみ食いをしたら、友情に亀裂が入りそうな勢いで怒られた。
五つあるなら一つ位食べても良いだろうと思ったのだが、サアヤが一回で食べるプリンの分量が五つなのだそうだ。
(いや……いくら好物でも食べ過ぎよね………)
オヤツは別腹と言っても、この華奢な身体の何処に入るのか?
「………ねえサアヤ、その今言ってるプリンってデザートの方? それともスライムの方? どっち?」
「どっちもです!! お師匠様にお願いして譲って貰った、珍しい赤系の『魔道スライム』なんですよ」
三倍速いとかは無いのだが、『魔道スライム』は若干その色によって属性や性格に差が生まれるらしい。
特に赤系の『魔道スライム』は魔力が高く、成長すると様々な魔法が使える様になるので珍重される。
ただ気難しい子が多く、自分の主人を非常に選り好みする為、所持者が極端に少ない『魔道スライム』だ。
最も『魔道スライム』自体は結構メジャーなペットの一種で、他の色の『魔道スライム』は初心者、見習い冒険者も良く連れて歩いている。
なにせ『魔道スライム』は別名『錬金スライム』と呼ばれており。様々な錬金術の素材錬成の手助けをしてくれる。
メグミ達も今はプリンに鉄鉱石から鉄の錬成をしてもらっていた。
迷宮内で素材の錬成が出来れば、単位重量当たりの買取価格も上がる。
不純物を多く含んだ安く重い素材を抱えて、えっちらおっちら迷宮外に持ち出す必要がなくなる為、非常に便利な、有用なペットとして人気なのだ。
プリンは今もその体内に複数の鉄鉱石を抱え込み、シュワシュワと音がしそうな勢いで何やら溶かしている。
鉄の卵に成りかけの物もあり結構な個数の鉄の卵が取れそうだった。
(フム、魔鉄としてはイマイチ、けど鉄としては良い出来ね。コレならそこそこの値段で売れるかしら?)
◇
メグミがプリンを褒める様なことを呟いた所為かは定かでないが、その瞬間『ガフッッ!!』と背後から断末魔とも言えぬ空気の漏れる音がした。
更に『ゴキンッっ!!』と何か固い物の折れる音がする。
又かと男共にウンザリしながら、確認の為に背後を振り返ってみると『黒星狼』の幼生体が、コボルトの喉笛に噛み付き、首の骨を噛み折っていた。
「ワンッ!!」
こと切れたコボルトの喉から口を離し、どや顔で『黒星狼』の幼生体がメグミの方を見る。
「うんうん、ソックスも偉いよ、働き者だ! お利口さんだねえ」
メグミはそういいながら、「僕は? 僕も偉い?」とでも言いたげな顔で尻尾をブンブンと振る『黒星狼』の幼生体の『ソックス』の頭を撫でてやる。
「ムフンッ!!」
ソックスはメグミに褒められて満足そうに尻尾を全開で振る。
大きな子犬、マメシバの様なソックスがそうしていると大変微笑ましい。
しかし、メグミを見るソックスの、口の周りは返り血で血だらけだ。
メグミはウッとソックスに気付かれないように気持ち引いてしまう。
(これがなければすっごいかわいいんだけど……グロいよね……まっ仕方ないんだけどね)
『黒星狼』の主な武器は牙である。その為攻撃は口で行われる。
返り血で口の周りが血だらけになるのは仕方ない。
(理解はしてるけど……可愛い子犬の口の周りが血だらけなのはね……ギャップの所為で余計にホラーだわ)
『黒星狼』は成体ともなれば大きさは今の中型犬程の大きさの数倍。
そうなれば前足の爪も結構な武器になる。
だが今のソックスは幼体で、犬に例えると生まれたての子犬も良いところ、ヨチヨチ歩き程度らしい。
(既に中型犬位の大きさなんだけどねぇ)
それでも子犬なので爪で引っかいても痛くもない。
なので牙で攻撃するしかない。働き者なソックスの口の周りが返り血で血だらけになっても仕方ないのだろう……
◇
『黒星狼』は全身がほぼ黒色で、額に十字の星型に白い模様のある魔物だ。この見た目が黒星の由来らしい。
(黒地に白い星なんだから白星じゃないの?)
そうメグミは思ったりするが、まあ白星狼なのに全体的に黒いってのも、名前詐欺なので黒星で正いのだろう。
ソックスはメグミが『大魔王迷宮』の地下一階で、鍛冶修行で前日に鍛錬しまくった剣の試し斬りを行っている時に見つけた。
寄ってくる魔物を片っ端から斬り裂いて、剣の具合を確かめるべく試し斬りをしていたメグミに、魔素樹の影から現れたソックスがヨチヨチと歩み寄って来たのだ。
「あれ? 魔物じゃない? ん~? マメシバ? 黒いマメシバなのかな? お前何処から来たの? 迷宮の中は危ないわよ?」
「ワン!」
一声鳴いたその手足の太いコロコロした子犬は、メグミの足元にすり寄ってくる。
「ん? なにこの子、人懐っこいわ。エサ……肉は無いわね。えっと林檎とかパイナップルは有るけど食べる?」
メグミが掌に小さく刻んだパイナップルの果肉を載せてそっと差し出すと、クンクンと匂いを嗅いでからパクリとその果肉を頬張る。
そして果汁の付いたメグミの掌をペロペロと舐めるのだ。
(何この可愛い生物は! くぅう! ダメよ、そんな円らな瞳で見つめないで!)
思わず抱きかかえて、そのまま初心者魔法の講義に連れて来てしまっていた。
迷宮内に小さな子犬を放置も出来ない。『仕方ない』そうメグミは自分に言い訳をしていた……
「なっ! メグミちゃんその犬どうしたんですか?」
教室でサアヤが子犬を抱いたメグミを見て驚く。
「あら可愛い! マメシバ? 黒いけどマメシバなのかしら? ん? でもこの子、生まれたてみたいに幼い感じね、歯もそんなに生えてないわ。子犬にしては少し大きいけど、体の大きな子なのかしら?」
ノリコはその白いソックスを履いた様な前足を両手で持って握手(?)しながらメグミに尋ねて来る。
「迷宮内に迷い込んでてね、危ないから連れだしてきたのよ。首輪もないし、ノラなのかな?」
「迷宮内に子犬? えっ!? 迷宮内に居たんですか? この子?」
メグミの説明にまたまたサアヤが驚く。
「そうよ、朝の日課で迷宮内で昨日打った剣の試し斬りをしてて見つけたの。可愛いでしょ! ねえ、これ飼っても良いのかな? 懐いてるし良いよね? 飼い主も居なさそうだし!」
「まあ、迷宮に迷い込んだの? 危なかったわね。こんな子犬がよく無事で、運が良かったのね」
子犬の頭を撫でながらノリコが言う。しかしサアヤは慌てた様に、
「待って下さい、お姉さま、メグミちゃん。迷宮内に一般の動物は居ません! 一般の動物は魔素が濃くて近寄ることすら出来ません。迷い込むこと自体あり得ないんです」
そう説明する。
「ん? けどこの子、迷宮内にいたわよ?」
「魔物の幼生体じゃないでしょうか? 偶に迷宮内で繁殖した魔物の幼生体が見つかることがあるんです。それじゃないでしょうか?」
「え? この子こんなに可愛いのに魔物なの? ……ダメよ! ダメッ! 絶対殺させないわ! この子は私が飼うの! 躾けるから平気よ! 殺す気なら先ず私を倒す事ね!」
子犬を抱きかかえて庇うように背を向けるメグミに、
「……はぁ、困りましたね。まあ魔物の幼生体をペットに飼うこと自体は割と一般的ですから、殺したりはしませんけど」
サアヤは少し困ったように溜息をついている。
「なんだそうなの? 『魔物は皆殺しだーー!』ってヤツじゃないのね。良かったわね! あんたは今日からウチの子よ」
「ワン!!」
「イヤ、メグミちゃん、捨て犬を拾って飼うわけじゃあ無いので、色々手続きが必要なんですよ」
「なら講義が終わったら手続きね」
メグミの中では既に決定事項のようだ。
「けど、このままペットを連れて講義を受けて良いのかしら?」
ノリコは心配そうに呟く。
「大丈夫よ、この子大人しいし。ね? 無駄に吠えたりしないよね? まあ最悪力尽くで大人しくさせるわ」
「ねえメグミちゃん、この子本当に子犬、幼生体なんでしょ? 酷い事しないでね」
「何よ酷い事って? 口を閉じさせるだけよ?」
「………酷い事しないでね、お願いね」
「………まあ、『魔道スライム』を連れて講義を受けても平気なので、騒がなければ大丈夫だと思いますけど……講義が終わったら先生に獣使いの師匠を紹介してもらいましょう。手続きとかは本職の師匠に聞いた方が早いですわ」
「そう言えばメグミちゃん、この子、名前はどうするの? 『この子』じゃあ呼びにくいわ」
「そうね……うん、決めた! 貴方は今から『ソックス』よ!」
「ワン!!」
口の周りが白く、尻尾の先端も白い。また手足の先だけ白く、まるでソックスを履いているみたいだったので『ソックス』
(我ながら捻りのない名前だなぁ……)
◇
メグミ達はその後、講義が終わって直ぐに『初級魔法』担当の先生に、獣使いの師匠を紹介してもらう。
そして、その足で獣使いの師匠の下を訪れ、そのまま手続きをして貰っていた。
獣使いの師匠は、歳上なのに可愛い感じの女性で、突然押し掛けたメグミ達を快く受け入れてくれた。
「突然、すいません。他に御用とか……迷惑では有りませんか?」
「ん~、気にしなくて良いよ。ペットが最優先だからね。人は待たせても死なないけど、ペットは放置すると死んじゃうからね」
「フム、流石師匠ね。細いのに太っ腹だわ!」
「コラッ! メグミちゃん。師匠に失礼でしょ」
「メグミちゃん。先ずはお礼が先だと思うのですけど?」
「だから褒めてるでしょ? ねっ師匠!」
「褒めるのとお礼は違うでしょ! メグミちゃん」
「元気な娘達だね。まあお礼なんて必要ないから。気にしなくて良いよ」
「ほら、気にしなくて良いって。ノリネエ」
「メグミちゃんはちょっと気にしなさい」
「メグミちゃん、『遠慮』って言葉知ってますか?」
「二人ともダメダメね。大人の女性、師匠が胸を貸してくれてるのよ。ヒヨコな私達は素直に甘えてれば良いのよ。常識でしょ?」
「メグミちゃんに常識を問われるとは予想外でしたわ」
「サアヤちゃん、私、常識がゲシュタルト崩壊しそう」
「お姉さま。しっかりしてください」
「ハハ、見てて飽きない娘達だね。でもそろそろ手続きを進めて良いかな?」
そのままメグミから話を聞いて、書類に記入していた獣使いの師匠は、ソックスを拾った経緯を聞いて少し驚く。
「なにこの子、大魔王迷宮の地下一階に居たの? へえ? 転移魔法の罠にでもかかったのかな?」
師匠は興味深そうにソックスを見つめる事暫し。そのままソックスの頭を撫でる。
本当に動物が好きなのだろう。師匠の目尻は下がりっぱなしだ。
「質の悪い目的地がランダムの罠だからねえ、この子も運が良いのか悪いのか……まあ他の魔物に食べられることなく、ここにこうして生きているんだから運が良いのかもね」
「そう言えば地下一階にはこんな魔物は居ませんね。どこの階層の魔物なんですか?」
「もっともっと地下深くの階層の魔物だよ。『黒星狼』って言ってね。熊、そうだね元の世界で地上最大の肉食獣、『北極熊』って知ってる? あれより大きな魔物だね」
動物型の魔物は元になっている動物も居るが、大体元の動物よりも巨大だ。
狼も魔物になると熊よりも大きいらしい。
「知能が高くて、集団で襲ってくる、厄介な魔物なんだよ。そう、だから幼生体が発見されること自体が稀だね」
群れを作る動物は、群れ全体で幼生体を大事に保護する。
その為、幼生体が見つかり難い。
冒険者の目につき難い巣穴の奥にいる場合が多いからだ。
メグミはまだ成体の『黒星狼』を見た事がない。
(そんなの敵に回したくないなぁ)
ぼんやりそう思う。一撫でされただけで死ねそうだ。
「へえそうなんだね。ならこの子も大人になったら大きく成るんだ。ソックス、お前大きく成るんだって、今はこんなにちっさいのにね」
「そうだね成体になるとおっきくなるよ。けどまあ、この子は産まれたばかりだろうね。歯の生え揃い方を見るに、生後一週間は経ってないねえ。けど君は本当にこの子、飼う心算なのかな?」
「そうですよ、だから手続き進めてください」
「メグミちゃん、本当に良いんですか?」
「何よサアヤまで、良いわよ。名前だって付けたんだから、もうウチの子よ! ねえソックス!」
「けどねえ、見習い冒険者寮はペット厳禁だよ? あそこは見習いが入れ代わり立ち代わりで使うからね。その辺の決まりが厳しいんだよ。次に使う人がペットが苦手だと困るだろ? アレルギーとかも有るからね」
「なっ、ダメなの? マジで? どうしようノリネエ!」
「どうしようも無いわね。合理性のある規則だし、こればっかりはね」
少し考えたメグミは徐にソックスの瞳を見つめて……
「ソックス、貴方、今日から寮の中ではヌイグルミ! 良いわねヌイグルミよ、出来るわね?」
「ワン?」
ソックスはメグミが何を言っているのか理解しているのか、していないのか、話しかけてくるメグミを不思議そうに見つめる。
「なっ!」
サアヤが絶句し、
「無理があるわよ、無理過ぎるわよメグミちゃん!」
ノリコがその無茶を指摘する。
「大丈夫よ、これだけ可愛いのよ? 動かなければヌイグルミに見えるわ!」
メグミはそんなノリコの言葉もどこ吹く風で、その無茶なアイデアを実行する気満々だ。
「確かに可愛いし大人しい子だけど、尻尾、尻尾が元気に動いてるわよ……それに子犬にじっと動くななんて無理に決まってるでしょ?」
ノリコを含め皆すっかり子犬扱いだが、ソックスは狼だ。
「寮母さんを誤魔化せればそれで良いのよ!」
メグミは堂々と不正を宣言する。
「あー、私がここに居るのを忘れてないかな? 一応、師匠の立場として、不正は見逃せないんだけど?」
「良いじゃない、師匠! 見逃してよ。減るもんじゃないでしょ!」
メグミはそんな師匠に抗議するが、
「ダメよメグミちゃん、不正は私が許しません!」
ノリコも不正には断固反対なようだ。
「硬いのよノリネエは! この子の命が掛かっているのよ! なによ一寸誤魔化すくらい、融通を効かせなさい!」
諦めることなく不正を宣言するメグミに、肩を竦めてサアヤは、
「はぁ~、とりあえず、暫くは私の所で引き取ります。お爺様とお婆様も許してくださいますわ。それに三人で住める家を探すって話でしたでしょ? 少しの我慢ですわメグミちゃん! ウチなら今でも毎日来てるのですから、毎日会えますわ」
そう提案する。
「そうねそれが良いわ、メグミちゃん。早く住む家を見つけましょう! そうすれば不正なんかしなくても毎日一緒に住めるわ」
ノリコが手を打ってその提案に賛同する。
「ううぅ、仕方ないわね。じゃあサアヤ、暫くウチのソックスをお願いね。ソックスゥ、毎日会いに行くからね! 広い庭のある家が見つかったら一緒に庭で遊ぼうね!」
そう言ってメグミがソックスをヒシッと抱きしめる。
「ワン!」
「あーー、話は纏まったようだね、いや一時はどうなることかと……」
「けど減らないでしょ?」
「結構無茶言うねえ君は! けど不正を見逃すとね、減るんだよ私の信用が……はぁ……そうでなくても少ない信用が、さらに減ってマイナスに突入しちゃうよ」
「少ないの信用? 何したのよ師匠?」
「良いかい? ペットは家族なんだよ。魔物だろうが家族、絶対に処分なんてさせないし、ペットを虐待とか、酷い事してる奴らは許せないだろ? 許せないよね?」
獣使いの師匠は見た目は小柄で可愛い感じの女性なのだが……
「まあ………そう言うことだよ」
伊達に獣使いではないらしい………許さなかったのだろう。
◇
メグミがソックスの振る尻尾を背中で気持ちよく感じつつ、またぼんやりそんなことを思っていると、如何やら手が止まっていたらしい。
「メグミちゃん手がお留守ですわよ。プリンちゃんが働き者で可愛いのは当たり前ですわ。なにせ私のプリンちゃんですもの!」
サアヤは親バカだ。
(この場合ペットバカ(?)かな?)
「ソックスちゃんが働き者でお利口なのも分かりましたから、手を動かしましょうね」
サアヤがコツコツと目の前の壁にツルハシを立てながら、メグミに向かって注意する。
細い腕に似合わぬツルハシの鋭く勢いのある動きを目の端に捕えながら、メグミはサアヤの方を見る。
隣に居るサアヤは膝を折ってしゃがみこみ、今はツルハシを黙々と振るっていた。
先程メグミがちょっかいを出したので今はちょっとご機嫌斜め。
(むうぅ、まだ怒ってるの? ちょっと触って揉んだだけなのに……)
その程度はメグミとしてはスキンシップの範囲内。
(けどアレね。美少女は怒っていても美少女ね。癒されるわぁ)
ぱっと目に飛び込んでくるのは白に近い金髪、輝く様なプラチナブロンドが印象的だ。
細く艶やかな髪質で、今は動きの邪魔にならない様に長い髪の毛を編んでから後頭部に巻き付けている。
顔は、透き通るように綺麗な白色。陶磁の様な滑らかな肌にはホクロすら無い。
(プルプルしているのよね。モッチリモチ肌)
切れ長な大きな碧眼が特徴的。
(ツケ睫毛なんて必要ないわね。睫毛長いわ~でもサアヤって睫毛までプラチナブロンドなのね)
凝視めていると、その大きな青い瞳に吸い込まれそうになる。
スッと通った鼻筋に小づくりな鼻、サアヤはまるで人形の様に整った顔をしていた。
(うーむ、ここまで整ってると作り物っぽく見えそうなモノなのに、自然だわ。奇跡的なバランスね)
地の性格が滲み出ているのか、なんとも愛らしい。さながら童話に出てくるお姫様のようだ。
その華奢で小柄な細身の体躯を見ていると、
(こうなんか後ろからギュッ!! って抱きしめたくなるよねホントに!! 辛抱たまらん! もうこの可愛すぎだぞチクショウ!!)
ロリコンに目覚めそうになる……ただメグミの場合は最初から手遅れなので問題無い。
その華奢な体に、簡素な青いシャツを腰でベルトで止めて、ひざ丈の白いスパッツに青のロングブーツ。
(シンプルなのにサアヤが着ると品が良く見えるのよね。安い冒険者用の服の筈なのに高価そうに見えるのは何故?)
シャツの上から、くすんだオレンジ色のレザーのベストを胸の前で紐で編みこんで着ている。
体の線が出るタイプの装備であるが、胸はほとんど膨らんでいない。
(貧乳は希少価値よ!! 良いっ、実に良いわ! 心が洗われるようね)
サアヤはもうすぐ14歳、将来の成長の見込みは……限りなく低い……
コホンッ、気を取り直して!
腰の後ろにはやや細身のショートソード(メグミ謹製)をベルトに吊るしている。
そして足元には長いスタッフ(メグミ謹製)を地面に伏せて置いており、彼女が魔法の使い手であることを物語っていた。
「メグミちゃん、手!」
サアヤから再び叱責が飛ぶ。改めてサアヤを眺めていたら手が止まっていたらしい。
メグミは美少女は幾ら見詰めても飽きる事がない。
それが表情豊かな美少女、サアヤなら一日中でも眺めて居られる。
(くうぅ! 糞真面目子ちゃんめ! いいじゃんちょっと位手が止まっても)
内心メグミはそう思いつつも、そんな不満はおくびにも出さず、
「ハイハイ分かりましたよ。手ね、手を動かしますとも」
そう軽く返した。
メグミはその手に握るツルハシを岩壁に突き立て、そのまま手を動かしつつサアヤの次の言葉を待つが……
(あれ? 反応がないな?)
サアヤの方に顔を向けると、ちょっとメグミの返事に不満だったのか、若干顔を不機嫌そうに歪めつつツルハシを振るって、
「ハイは一回」
サアヤは壁を向いたままポツリと注意する。
サアヤの隣から「プッ」っと噴き出すような声がする。
サアヤの小言がツボに入ってノリコが笑ったのだろう……
サアヤの尖ったナイフの様に長い耳が、感情に合わせて時折動くのが大変愛らしい。
今もちょっと機嫌が悪いのか、ピクピクと動く様子がとてもチャーミングだとメグミは思う。
そう彼女は『エルフ』である。
そして今日のサアヤの髪型はメグミの力作だ。この大好きな耳がよく見えるようにセットした。
髪を編んだりするのが好きなメグミは、サアヤも喜んでくれているので、いつもサアヤの髪型を整える係を買って出ている。
(毎日毎日、これだけサアヤの髪をセットしているのよ。もうこの綺麗な髪とサアヤは私の物でよくね?)
そんな風に密かにメグミは思っている。
ちっとも良くは無いが、心の中で思っている事を咎める者は居ない。
偶に外に溢れた言葉を注意はされるがメグミは全く気にして居なかった。
この事もサアヤ本人には(まだ)内緒だ……
(ああぁ、やっぱり美少女は良いわ。心が癒される)
眼福に微笑みつつ、再びサアヤを凝視める。
(やっぱり……ツルハシの動きを見るに、サアヤってば、また魔法の腕を上げたのかな?)
華奢なその腕で振られるツルハシだが、その勢いと岩壁への食い込み方は少女のそれでは無い。
硬い岩壁がザクザク削られている。
(『身体強化』に『武器強化』、それだけじゃなく『腕力向上』もかかってるよね、これ?)
メグミはまだ『腕力向上』は使えない。
前回の測定ではまだ基礎魔法力が足らなかった。今メグミが自分にかけているのは『身体強化』と『武器強化』だけだ。
(そろそろ使えるかな私にも、今度覚えに魔術ギルドにいこう……)
最も身近な仲間、パーティメンバーは最も身近なライバルでも有る。
種族的な特性かサアヤ自身の才能故か、決して超えられそうも無い高い壁はメグミをワクワクさせた。
どんな事であれ、競いあえるライバルがいる事は好ましい。
(簡単に勝てたら面白くないわ。ちょっとサアヤは壁として高すぎだけど……ウーーン、魔法の才能はサアヤが上でしょうね。でも全ての才能がサアヤに負けている訳じゃない)
一つで良い。一つ何か上回れれば負けない。
(工夫次第よね。要は弱い魔法だって使い様って事よ。真正面からは無理でも回り込めば壁の向こうに辿り着ける! バカ正直に乗り越える必要は無いわ)
卑怯などとは思わない。
(ふふんっ! 勝てば良かろうなのよ)
『勝てば官軍』
メグミは自分の目的を果たす為の手段を選ぶ様な、殊勝な心の持ち合わせが無い少女だ。
(そう……絶対の自信が有る魔法で負けて落ち込んでるサアヤに付け込んで……ムフフフッ)
『自分の欲望に忠実』
ただその欲望を果たすという目的の為に、相手に勝つ必要は全く無いのだが……
一度計画を立てると、その計画を達成しようとする余り、選んだ手段の実行にのめり込み、目先の目標しか見えなくなるのがメグミの欠点だった。
◇
そんな事を思っていると、またコロリッ、鉄鉱石が転がった。
メグミがそれをプリンに渡そうと手を伸ばしたその時……『ドスッ!!』……何かが刺さる、何かに刺さる音が斜め背後から響く。
『グフ……ッ』コボルトの断末魔の吐息が、今音がした方向、サアヤを挟んでメグミの反対側にいる、ノリコの背後から聞こえてきた。
そちらを見ると『一角猪』の『ラルク』が頭に生えた白い大きなサイのような角を、コボルトの胸に突き刺していた。
(急所に一撃とは、やるわねラルク!!)
メグミは感心しつつ、ラルクを見る。
ラルクはノリコの飼っている『一角猪』の幼生体で、メグミがソックスを拾って直ぐに、こちらはノリコが拾ってきた。
全身真っ白で角だけがほんのり黄色い。角の生えたイノシシ、それがラルクだ。
◇
『一角猪』は『聖獣』なのだそうで、ユニコーンと同じく処女以外触らせてもらえないし懐かない。
男が触ろうとすれば攻撃を仕掛け、非処女が触ろうとすれば必死で逃げる。
この『一角猪』も成体ともなれば黒星狼の成体とどっこいどっこいの大きさになるらしい。
(チッ!! 処女厨め!!)
そんな風に思わないでもないメグミだが、メグミ、サアヤ、ノリコの3人には大変懐いており、人間の言葉がわかるのかよく言うことを聞いてくれる。
非常に知能が高いらしい。
(ええ……どうせ私達三人は処女ですとも、彼氏居ない歴=年齢ですとも!!)
しかしメグミは自分はともかく他の二人に彼氏が出来ない理由が良く分からない。そう思いつつノリコを観察する。
(視姦では決してないわよ)
ノリコはすらっと背の高い、見た目はおねえさんタイプの美人さんだ。
(美人じゃ言葉が足りないわね。絶世の美女よ)
背が高いのを本人は気にしているようだが、足が長く、全体的に胸以外はほっそらしているため、本当にモデルの様にスタイルが良い。
(そのスタイルで背が高いのが不満? なんて贅沢なっ!)
今日は黒い長い髪の毛を首元で三つ編みにしつつ、肩にかける様に前たらしている。
(もちろん髪のセットは私よ。当然でしょ)
サアヤと同じく色白だが、こちらは雪のような色白さんで、黒目が大きな瞳とハッキリとした目鼻立ち。
(潤んだ様に見える瞳が唆るのよ。はぁ可愛い! でもね……こう……見た目は完璧なお姉様タイプの筈なのに何処か可愛いのよ。ノリネエの方が歳上なのにね)
誰しもが一目みて美人とだと思う、そんな美貌の持ち主だ。
(それに偶に後光がさして見えるのよね。気の所為? 如何だろう……聖女って言われても驚かないけどね)
そんな美貌にも関わらず、ぱっと見で一番印象に残るのはその大きな胸だ。
もっさりした大地母神の神官服を押し上げるほど大きい。
大地母神の神官服は、白を基調色にした紺色の縁取りの服で、モサっとしたシャツを腰でベルトで止め、膨らんだジャンプスカートの様なズボンといった構成となっている。
(汎用性重視の体型無視だから、シンプルだけどモッサリ……)
ノリコはそれに編み上げの黒のブーツを合わせている。
(動き易さ重視かも知れないけど、少しヒールが欲しいわね。ノリネエってば背が高いの気にしてヒールが高いの嫌うのよね)
肩には短いマントの様な上着をかけており、こちらも白に紺の縁取りだ。
トータルでその服を例えるなら、ローマの法王様の服と、よくある水兵さんの制服を足して割って魔改造した様な、モッサリとした服である。
(これじゃあノリネエのスタイルの良さが台無しだわ。でも改造したらダメって言われたし……ホント残念無念)
そんな服でもスタイルが良いのと胸が大きいのがわかるくらいにプロポーション抜群なのだ。
(モゲロッ!! ちくしょうっ!! ……イヤやっぱり駄目ね勿体ないわ。寧ろ揉みしだかせろ、ぐへへっ!!)
コンプレックスに燃える乙女の様な事と、変態親父の様な事を同時にメグミが考えているとはつゆ知らず、ノリコは凛々しい顔でツルハシを振るっていた。
胸がツルハシを振るうたびにプルンプルンと揺れている。
(どこかの総統閣下が『おっぱいぷるんぷるん』と叫びたくなる気持ちも分かるってものね。至高だわ!)
ノリコは神官服の上着のシャツ中に、サアヤと同じレザーのベストを着ている。
胸を締め付ける為、胸が若干小さく見え、更にがっちりホールドしている筈なのにも関わらず揺れる。
(なにこの胸囲の格差社会!!)
なんとなく遣る瀬無くなりつつ観察を続ける。
(視姦? 違うってば!)
神官は教義で、人を殺めるための刃物は遠ざけるようにと決められている。
その為、ノリコはベルトを巻いた腰の後ろに細身で長さ50センチ位の柄を持つハンマー(メグミ謹製)を装備している。
また足元には大型の長さ160センチ位のポールハンマー(メグミ謹製)を地面に伏せて置いてある。
何故ハンマーばかりかといえば、普通のメイスやロッドでは持ち手が太すぎて女の子の手には余るからである。
持ち手を細目にして、打撃部分を太くすれば自然とハンマーになってしまったという、装備者の要望に沿った結果の必然であった。
そんな風にノリコの方を見つつ(視姦しつつ)プリンに鉄鉱石を渡し、
(う~ん、眼福眼福っ♪)
一通り視姦して満足したので、前を向いて岩壁にツルハシを立てて採掘を再開する。
するとまたメグミの後ろから、『ゴフッ』とコボルトの断末魔の吐息の後に、続けて『ゴキンッ』っと音がした。
(はあぁっ……ソックスは本当に優秀だな~)
メグミが諦め半分に思っているとノリコが、
「ふーーーっ」
大きな、深いため息をついた。
そして、
「メグミちゃん、サアヤちゃんソロソロお昼ね。地上に戻ってお昼ご飯にしましょうか?」
微笑みながら涼やかな声でメグミ達に語り掛けてきた。
「分かりましたわ、お姉さま」
「了解ーー」
サアヤとメグミがノリコの提案に了承の返事をする。
そして未だに五月蠅い背後を、三人はなんとも言えない……半分諦めた顔で同時に振り返った。
◇
メグミは手早く背後の状況を確認する。
支路の入り口付近にゴロウがいた。
大きめのブロードソードに小型の盾、部分金属鎧を着た背の高い青年、それがゴロウだ。
ゴロウはコボルト4匹に囲まれて奮戦中、その足元には2つ魔結晶が転がっている。
(4匹に囲まれている割には頑張ってるわね。まあ囲まれている時点でダメダメだけどね)
戦いは互いの実力差が余程無い限り、数の有利が強く働く。単純に数が多い方が勝つのが常道だ。
その為、魔物との戦闘は各個撃破が基本。
極地的にでも数の利を得る為に、敵の魔物を孤立させ複数人で素早く仕留め、それを繰り返す。
囮役として複数の魔物を引き止めるにしても2匹程度が理想。多くても3匹まで。
ゴロウの様に4匹も引き止めるのは、それはそれで優秀なのだが、消耗の方が激しくなり余り賢いやり方では無い。
(アタッカーは何やってるのよ?)
そう思い視線を動かすと、ゴロウよりも更に少し右の支路の奥側、メグミ達に近い側にタクヤがいた。
タクヤは両手に片刃のロングソードを装備し、こちらも防具は部分金属鎧を装備している。
タクヤは丁度その時、
「痛てぇ! ちくしょうやりやがったなこの糞コボルトが!! オラッオラッ」
喧しく吠えていた。
口だけは大変勇ましい。
男子としては若干細身で背の低いタクヤは現在コボルト2匹と戦闘中、足元にはこちらも2つ魔結晶が転がっている。
(はぁ~……その口を閉じて手を動かしなさい! あんた一応アタッカーでしょうが?)
囮役でも無いアタッカーのタクヤが2匹のコボルトと戦闘中。
各個撃破の基本が既に破綻している。
(サポート! 遊撃役は何してるの! サッサと1匹引き離しなさい!)
そのサポート役、遊撃のシンゴは左のタクヤよりも更に支路の奥、メグミ達に近い位置にいた。
「クッ!!」とか「チッ!!」とか言いながら1匹のコボルトと戦闘中だ。
両手にナイフを装備し、その身にレザーアーマーを装備した中肉中背のシンゴの足元にも1個魔結晶が落ちていた。
(えっと……たった1匹相手に何してるのこのバカは?)
シンゴは決してサボっている訳では無い。だが、パーティでの戦闘はチームワーク、連携が重要だ。
それぞれ適性に合わせて役割がある。
ゴロウが囮役として複数の敵を足止めするのは、シールドを持つ戦士としての適性から当然だ。
そしてその役割は一応に果たしている。
アタッカーのタクヤが2匹相手にしているのは、一時的なら許容範囲だが、どうも一時的には見えない。
サクサク敵を倒して数を減らすのがアタッカーの役割。
だが実力不足な上、更に2匹相手にしている為、サブの囮役となってしまい、アタッカーの役割が果たせていない。
そんなアタッカーから敵を引き離し、代わりに一時的な囮役を担う役目のサポーター、遊撃役のシンゴが、何故か1匹相手に奮戦中。
その役割を放棄しているとしか思えない。
(男子の司令塔は誰? 誰が指示してるの?)
ゴロウがリーダーっぽいのだが一切指示を出していない。その余裕が無いのかも知れないが、ならサブリーダーが指示を出せば良い。
(連携が全く取れていないわ……個々の実力も無いけど、パーティとしての最低限の連携すら出来ていない。最悪……コイツら基礎がまるで出来てない! ペーペーじゃない!)
単に男子が三人集まっているだけの烏合の衆。それが今のゴロウ達の状態だ。
メグミはそのまま自分の斜め背後のラルクを確認する。その足元には6個の魔結晶がキラリと光る。
また背後のソックスの足元を覗き込むと7個の魔結晶が転がっていた。
(二匹ともまだ幼生体なのに頑張るわね。ペットの魔物って成長が早いのね。ってラルクは聖獣だっけ?)
メグミの中では魔物も聖獣も、同じ不思議生物で大差が無かった……
(まっ、どっちでも良いわ)
そしてゴロウのペットも確認する。この子はプリンの後ろで守りについていたが、こちらの足元には何もない。
だがこれは羊とカモシカを足して割ったような『ヤックー』という種類の、戦闘よりも運搬に向いた魔物なので仕方が無い。
(まあこの子も幼生体らしいし、ウチの子達と違って戦闘向きじゃないものね)
逃げる事もなく、騒ぐ事も無く、その場で壁としてプリンを護っただけで十分優秀だ。
どうやら自分達の背後に迫ったコボルトは全てラルクとソックスが仕留めたらしい。
(ペット以下って本気かっ! ……この場合、本気と書いてマジって読むのよ)
偶々、偶然、調子が悪い。若しくは役割的に魔物の討伐数が少ない事も有るだろう。
だが三人の討伐数を全て足してもラルク以下で有る。空いた口が塞がらない為体だ。
(ここは地下一階よ? そんな場所で男が三人もいて、13匹も後方に抜けられてるってどうなってるの……)
そもそも背後のペット達は最終防衛線。
ペット達を活躍させる事なく自分達の背後を守る事が『最低限』求められた三人の野郎共の役割だ。
だが、それがまるで出来ていない。
メグミはその絶望的な状況に打ちひしがれながら横を見る。するとサアヤ、ノリコ共にウンザリする様な顔で後ろを見ていた。
(あぁ、みんな同じ感想なのね……)
◇
ここで『コボルト』だが、この鉱山ダンジョン『黒鉄鉱山』に多数発生する魔物である。
ヨークシャーテリアによく似た顔をもつ人型魔物。
鉄鉱石などを好んで食べ自身の爪や体毛を強化しつつ成長するらしい。
(鉄鉱石を食べるってお腹の中はどうなってるの? 消化してるのよね?)
その岩を噛み砕く顎力と牙は驚異で脅威だ。
(今度解剖してみようかしら? ん? でもそもそもこいつらって解剖できるのかしら? ……深く考えちゃダメね。今度暇な時にレッツチャレンジ!)
今確かな事はそうやって強化された体表面の外側の毛は結構固めで、下手な攻撃は、そう丁度ゴロウ達の様なへにゃへにゃな攻撃は容易に弾いてしまう。
だが何故か内側の毛はフワフワとして柔らかい。しかも、二足歩行な為、内側の胸や腹は正面に剥き出しだ。
(関節の稼働範囲を稼ぐためかしら? 硬いと邪魔になって動けないものね)
鎧などでもそうだが、強固な装甲は防御力は高いが、動作を妨げる障害でも有る。
顕著な例を挙げれば、全身金属鎧を着込んだ戦士は一度転べば、自力で起き上がる事さえ出来ない。
歩行すら困難な為『騎士』騎馬に搭乗して移動力を確保して居る。
(でも……それなら何で二足歩行なのかしらね? そう進化したって事? 弱点を晒すその進化は間違いだと思うわ)
一応、コボルトは二足歩行進化の利点として自由に動かせる腕が有り、人の様に道具を、武器を使う事が出来る。
また鋭い手の爪は、それそのものが優れた武器となり、自由に動かせる腕と相まって攻撃の幅を広げていた。
(器用に道具を操る手を得た事と引き換えに、弱点を晒すねえ……差し引きでプラス? マイナス? うーん……マイナスじゃないかなぁ)
そもそもコボルトは強靭な顎と牙、鋭い爪を持つ。優れた武器を既に備えて居るのに更に武器を持つ利点はリーチのみ。
(せめて武器を装備して無い低階層のコボルトは四足歩行に戻るべきでしょ? 利点がまるで無いわよ)
前傾姿勢での攻撃スタイルに、弱点をカバーしようとする努力は見て取れる。
(でも同じ犬科のソックスにぼろ負けしてる時点でダメダメなのよね)
同じ犬科でもソックスは一応狼だ。例えマメシバにしか見えなくてもだ。
(体格ではコボルトの方が若干有利でしょ? それでぼろ負けじゃあね)
傷すら負うこと無く、ソックスもラルクもコボルトを倒していた。
(まあ、ぼろ負けの理由は分かってんだけどね。前傾だろうが四つん這いのソックスの方が更に低い。ソックスの視点からだとコボルトの弱点が丸出しなのよね)
懐に飛び込んでしまえばリーチの差など無いに等しい。
ソックスやラルクは一気に懐に飛び込んで戦果を挙げている。
コレは人も一緒だ。
体表面の毛皮に攻撃を弾かれてしまう場合には、恐れずに懐に飛び込み、柔らかい内側に刃を突き立てる事が重要となる。
そう……重要なのだがゴロウ達は攻撃を弾かれた事に動揺して完全に腰が引けていた。
これでは懐に飛び込みようがない。
(ちょっと硬いだけの直立歩行の犬じゃない! 何をビビってるのよ! まったく情けないわね!!)
コボルトは鳴き声も『わんわん』『ばうばう』など犬まんまであり、犬が二足歩行しているように見える。
黒鉄鉱山の地下1階に沸くコボルトは、背は幼稚園児並み低い。しかし見た目に似合わず、幼稚園児よりも素早く、力が強い。
(一応見た目によらずって奴では有るのよね。牙さえ剥いて無ければヨークシャーテリアみたいでちょっと可愛いのにね)
メグミは襲って来る以上、可愛かろうと容赦するつもりは無いが、事切れる瞬間の顔は若干可哀想ではあった。
(割と腕力も有るけど、園児との差はやっぱり野生と温室育ちの差なのかな? 近所のワンコってどうだったかしら? ソックスは一応狼だし魔物だし参考にならないわよね)
コボルトも魔物なのだが……まあ、メグミに魔物と意識させない……所詮その程度の強さだ。
最下層である地下10階には、身長が3メートルにもなる巨大なコボルトも居るらしいが、それらとは比べるべくも無い。
(そこまで大きくなれば魔物でしょうけど、ここのコボルトはね)
メグミは魔物では無く雑魚に分類していた。
地下5階層以下は『見習い』冒険者は立入厳禁であると冒険者ギルドからも注意されているが、此処は地下1階である。
『魔鉄』と呼ばれる、魔素を多く含んだ武器の制作に用いられる鉄鉱石が取れるのは、地下2階からであり、地下1階は小手調べ用で、本当にこの迷宮の初心者用の階層なのだ。
当然、そこに現れる魔物、このコボルト達はこの鉱山最弱の魔物。雑魚中の雑魚。
その雑魚を相手にこの為体は……
(情け無くて泣けてくるわね。日本男児でしょうが! 草食系だろうが、もやしっ子だろうが根性見せなさいよ)
◇
メグミ達三人は今朝、この男子三人組のゴロウ達とパーティー募集広場で出会い、パーティーを組み、この鉱山に来ていた。
冒険者が臨時にパーティを組んでクエストに当たる事は良くある事だ。
メグミ達はここの所連日、魔鉄の採掘の為に、この黒鉄鉱山に通っている。
しかしメグミ達三人だけは二人が背後を守り、一人だけしか採掘が出来ない為、非常に効率が悪い。
また地下2階からは広い『ルーム』と呼ばれる部屋で採掘することに成るため、二人の護衛だけでは採掘をしている者の背後をカバーしきれない。
魔物の発生が少なければそれでも何とかなるのだが、地下2階は人気がある階層の為、冒険者が多い。
その為、魔物の発生が多いのだ……
(矛盾している? 違うわ。魔物の発生がそんな仕組みになってるのよ)
その為、度々採掘を中止し、コボルトなど魔物の撃退に手を取られる。
そうで無くとも悪い効率が更に悪くなる。
「これは、やっぱり地上とは違うわね。三人だけじゃあ採掘しながらだと手が足らないわ」
「魔物の撃退、戦闘だけなら余裕ですわ。けれど、採掘をしながらとなると……」
そう戦闘だけなら問題は無い。だが護衛しながらとなると手が足りない。
「鬱陶しいわね。雑魚とはいえ無視も出来ないってのが余計にね」
護衛に必要なのは突出した戦闘力より、ある程度の戦闘力を有した人員の多さとその連携だ。
「強い魔物では有りませんけど、魔物はどこに沸くか分かりませんからね。この状況で壁に視線を向けて周囲の警戒が出来ないのは……『危険』ですわね」
「致命傷じゃ無くても、怪我は避けたいわ。痛いもの……」
ノリコの場合、怪我は自分が負うのも、他人が負うのも等しく痛い。
自分の負傷は肉体的に痛く。他人の負傷は精神的に痛い。
「場所が悪いのよね。地形が防御向きじゃ無いのよ」
相手の魔物が強い場合、袋小路は死地だ。何処にも逃げ場が無い。
しかし相手の魔物が弱い場合、袋小路は左右と背後の心配の無い防御に適した要塞と化す。
正面から侵入してくる魔物を撃退するだけで、奥に居る者達を守るのは容易となる。
だがルームには袋小路が無い。広い広間は防御には最も不向きな地形だ。
壁に張り付いて採掘する者の左右と背後、百八十度全ての方向から魔物に襲われる。
守るべき範囲が広い故に、護衛する為の人手が必要になる。
「何で地下2階には袋小路、普通の坑道みたいな所が無いのかしらね?」
「採掘で壁まで崩して、結果として繋がった広いルームになったというのも有るのでしょうけど。積極的にそうした側面も強いそうですわ」
「何故? 繋げた広い地下空間とか落盤し易いだけでしょ? 利点が無さそうなんだけど」
「人気が有る階層ですからね。だから魔物の沸きが多いですよね?」
「そうね。で?」
「もう少し魔物が弱ければ袋小路でも対処出来るのでしょうけど、ここで問題になるのは見習い冒険者の実力と魔物の強さの兼ね合いです」
「兼ね合い?」
「袋小路では魔物の多さに押し負けて全滅する冒険者が後を立たなかったらしいです」
「って事は逃げ易さを優先したって訳? お陰で護り難くなってるわよ」
「そこはパーティとしての連携や護衛の訓練も兼ねて丁度いいと判断された様です。まあ難易度的にも魔物の強さ的にも平均的な人数のパーティには丁度良いでしょうからね」
「落盤は鉄鋼で補強してでもって事ね。はぁ~お陰で少人数パーティじゃどうにもこうにも……」
「武器を振り回すにはある程度の間隔が必要、離れていないとダメでしょ? 採掘している人の直ぐ後ろで延々防御も出来ないのよね……」
「ソックスやラルクも育ってきて結構戦力にはなるけど……それでも少し厳しいわ。地下2階に来て居る普通のパーティが六人~八人な理由も分かるわね」
地下2階で採掘しているパーティの一般的な構成は、採掘する係が2名、これをその他の冒険者とペットの魔物でガッチリ防衛するスタイルが一般的だ。
8名位のパーティになると採掘をする人数が更に一人増える。
これらの人員配置で交代しながら採掘を続けるのだ。
「この鉱山に来る見習い冒険者の主目的が採掘ですからね。採掘をする人数が多い方が効率が良いのは誰でもわかりますわ。単純計算でも、一人より二人の方が採掘量は倍、三人になれば三倍。単位時間当たりの採掘量がまるで違います」
三人パーティでは魔物の撃退にも手を取られ、採掘量は一人分の半分、半人前なのだ。
その為、六人パーティに成るだけでその採掘量は一気に4倍に膨れ上がる。
そう……単純に計算すると、三人パーティで単位時間当たり0.5の採掘量が、六人パーティだと二人で採掘の為、2の採掘量になる。
一人当たりの取り分は0.17から0.3となりほぼ倍だ。
八人パーティで三人で採掘した場合は、この一人当たりの取り分が0.38と微増するだけなので、無理に八人まで人数を増やす必要はない。
まあ効率自体は上がっているし、休憩や交代を考えると、余裕のある八人居ても困りはしない。だが八名も人を集めるのが今度は大変なのだ。
見習い冒険者のパーティに入ってくれる者は見習い冒険者にほぼ限られる。
足手纏いの見習いとパーティを組んでくれる一般の冒険者は殆ど居ない。
メグミ達ような素材集め、採掘目的のしかも初心者用の黒鉄鉱山低層階、付き合ってくれる一般の冒険者の方がどうかしている。
まあ仮に居たとしても女性ばかりのメグミ達三人組に対して、裏で疚しい気持ちを抱く如何わしい連中位だ。
(そんな奴らは、こっちがお断りよ)
「ここは選り好みをしている場合じゃないと思うの、ね? メグミちゃん、良いでしょ?」
故にノリコはそう提案する。
「パーティ募集広場に行って、臨時のパーティメンバーを探しましょう。そうね三人以上の見習い冒険者のグループを見つければ良いと思うの。どうかしら?」
重ねてノリコが提案する。そう、主にメグミに対して提案する。
見習い冒険者の中から臨時のパーティメンバーを探さなくてはいけない。
自分達の立場では選り好みをしている場合ではない。しかしメグミ達の場合は……
「そうね! 女の子が良いわ! 可愛い子を探しましょう!」
今ノリコが選り好みをするなと注意したばかりなのに、メグミは選り好みしまくりだ。
そんなメグミに深いため息をついてサアヤが、
「はぁ……無理だと思いますわ」
最初から無理だと言い聞かせる。
「メグミちゃんは、自分達が前衛で防御に回って、採掘をその子達に任せる気でしょう? メグミちゃん、普通の女の子は力仕事の採掘は嫌がりますわよ?」
至極真っ当な意見で嗜める。そもそも採掘目的の鉱山は女子に不人気だ。
「ならその子達が前衛で防御して私達が採掘すれば良いじゃない! 何も問題ないわね!」
それでもメグミは諦める気はなさそうだ……だがサアヤは更に、
「メグミちゃん! 普通、女の子の前衛とか、特に見習い冒険者では滅多にいませんからね?」
そう言って嗜める。
前衛も出来る自分達の特殊性をメグミはちっとも理解していなかった。
そもそも女性の冒険者は人数が少ない。
男性の半分以下、冒険者全体の1/3、その位しか女性冒険者は居ない。
命がけの危険な職業に女伊達らに就く様な、そんな奇特な女性はそうそう居る者ではない。
そんな奇特な女性冒険者では有るのだが、特に女性見習い冒険者の場合は更に特殊だ。
見習い冒険者の定番となっている魔鉄の採掘も、女性見習い冒険者には不人気なのだ。
力仕事は女性には不向き、腕力に劣る為当然だろう。
そして魔物と正面切って戦う女性見習い冒険者も滅多にいない。
こちらもその身体能力と体格などから、前衛で正面から魔物に対抗するのに不向きな為、当然と言えば当然だ。
精々が中衛で槍などで前衛を支援する程度。普通は後衛で魔法や弓矢で火力支援、若しくは神官等で支援魔法担当する場合が多い。
戦い自体慣れていない見習い冒険者、更に女性にこれ以上を求める方が酷だった。
「ね? だからこの際、男の子でも良いんじゃないかしら? 何でイヤなのメグミちゃん」
男性の見習い冒険者は女性とは逆に前衛が非常に多い。
未だ自分達の才能も分からない未熟な冒険者は、実力などあろう筈も無いのに無謀にも英雄に憧れる。
憧れるだけなら、夢見るだけなら問題はない。だが、少し魔物と戦ってそれに勝つと、心に余裕が出来る。
するとその事に己惚れる。己の実力を勘違いする。
勘違いしたバカ野郎の相手をしたくないのはノリコやサアヤも一緒だ。
しかし、この際贅沢は言って居られない。だが……
「なんで? 理由なんて無いわ! 可愛い女の子とむさ苦しい野郎、どっちを選ぶかなんて考えるまでも無いわね!」
メグミは自信満々で答える。
メグミには関係ないのだ。
相手が勘違いしたバカ野郎だろうが何だろうが男で有るだけで問題外だった。
「メグミちゃん! お友達を選ぶ訳ではないんですよ。臨時のパーティーメンバーを選ぶんです! 地下2階程度なら普通の前衛男性冒険者なら余裕でしょ? 選り好みしている場合じゃありません! 臨時です、贅沢は敵ですわ!」
「そうね、俺様系でオラオラ系のおバカさんで無ければ贅沢は言ってられないわね。優しいタイプだと良いのだけど……まあ、メグミちゃんと喧嘩にならなければ、この際誰でも良いわね」
「甘いわね二人とも! 男ってだけで大半はダメよ! ほぼ全ての男子と喧嘩をする自信があるわ!」
このパーティの最大の問題はメグミがこのパーティに居る事だった。
兎に角、男子との相性がすこぶる悪い。
「まあ良いわ、とにかくパーティー募集広場に向かうわよ! 行ってから良さげなのを見つけて声を掛けるわ! 無論女の子優先でね!」
「「……はぁぁ~……」」
二人は大きなため息をついた。
◇
だが三人の心配は杞憂に終わる。
何故ならメグミ達三人がパーティー募集広場に入った途端、女子は目を逸らしそそくさと広場の隅に逃げ出し、男子でさえ目を合わそうともしないのだ。
メグミ達が歩を進めるごとに潮が引くように人が引いていく。
(なによ、相変わらず失礼な連中ね! やっぱりあれかしら? 連れの2人が美人過ぎて皆引いてるのかしら?)
メグミのその想像は半分正解で半分間違っている。
確かにメグミ達三人はその美貌でも目立っていた。その為、嫉妬も混じった複雑な感情で、女子が引き気味なのは仕方がない。
誰だって引き立て役に、美女の添え物としての引き立て役になるのは御免こうむりたい。
だがそれだけでは無い、この三人に女子が関わろうとしない理由はそれだけでは無かった。
この三人、いい意味でも、悪い意味でも目立つ。
悪目立ちし過ぎていたのだ普段の行動が……端的に言って他から浮いている存在なのだメグミ達は……本人達にその自覚はないが……
そして三人に対して群がりそうな男子でさえ目を逸らす理由がここにある。
メグミ達の事を少しでも知っている者は誰も近寄らない。分かっているから近寄らない。
その為、メグミ達とパーティーを組んでくれる者は最初から盛大に振るいに掛けられる。
メグミ達の事を知らない、全くの新人か間抜けなボンクラ。若しくはメグミ達と同類の他から浮きまくった存在のみが その振るいに残る。
メグミは選ぶ心算だったようだが、そもそも選ぶ余地などない。
だからその時、ゴロウ達と目が合ったのは偶然だ。
特に選んだわけではない。ただメグミ達が近寄ってもぼーっとその目の前に迫るのを見つめるだけで、逃げようとしなかった。
それだけの理由だった。
(まあ、一応、部分金属鎧にレザーアーマー。全くの新人って訳じゃあ無さそうだけど……強くは無さそうね。こんなので役に立つのかしら?)
こんなの呼ばわりをするメグミのゴロウ達に対する第一印象は、『弱そうで頼りない』だった。
しかしノリコは逃げない三人に声を掛ける。他に声を掛けれそうな相手が居ないのだから仕方がない。
「ちょっと良いかしら? 私達これから『黒鉄鉱山』に魔鉄の採掘に行くのにパーティメンバーを探しているの。貴方達、もしよかったら一緒に如何かしら?」
更にサアヤが、
「私達は前衛でも採掘担当でも構いません。是非ご一緒にいかがですか?」
そう言って誘う。
メグミは野郎など御免被りたいのだが、他に選択肢が無いのだ……
(まあこんなのでも居ないよりマシよね、低階層のコボルトの相手程度、誰でも出来るわ)
第一印象から低評価のメグミであるが、それはタクヤの第一声を聞いて確信に変わる。
「ハッ、俺達に声を掛けるとは、なかなか見る目のあるお嬢さんたちだね!」
(見る目も何も選び様が無かっただけよ! 見てたのなら分かるでしょ? バカなの?)
「黒鉄鉱山か、俺達はまだそこには行ったことが無いけど……まあ良いさ、ゴブリン狩りにも飽きてきたところだ。手を貸そうじゃないか、なぁゴロウ!」
ロン毛を片手でかきあげ、ポーズを決めながらノリノリで誘いに乗るタクヤだが……
「……なあタクヤ、俺達はゴブリンは昨日が初めてだろう? 飽きるほど狩ったか? 2・3匹位じゃなかったか?」
ぬぼーっとした印象のゴロウが、馬鹿正直に全てを話すとタクヤはポーズを決めたまま固まった。
(正直なのはプラス、でも時と場合によりけりよ。生き方が下手……苦労してそうね)
慌ててシンゴがそんなゴロウの脇を肘で突きながら小声で、
「ゴロウ、察しろ! タクヤのハッタリが台無しだろ!」
そう注意する。だが、それも丸聞こえなので台無しだ。
(コイツは正直ってより音量調節が出来てないだけ……男のドジっ子に需要とかあるの?)
「……フッ、まあ良い。ゴブリンなど雑魚にすぎん! 俺達に掛かればコボルトとて物の数では無いな!」
シンゴは、バッと音がしそうな勢いで顔を右手の掌で覆いながらポーズを取って言い放つ。
(この馬鹿は、一々ポーズを取らないと喋れないのかしら?)
一瞬でシンゴはドジっ子から馬鹿に格下げされた……
だがそれは兎も角、ゴロウ達もこの話に乗り気の様だ。
「では一緒に来ていただけるのですね? 助かります! さて……役割分担はどうしようかしら……貴方達が採掘をしますか?」
「はぁ? 何を言い出すかと思えば……お嬢さん、俺達は戦士だぜ? 力仕事を任せて悪いが、お嬢さんたちは採掘係をお願いしたいな。護衛は俺達に任せてくれ!」
「まあ俺達はこんな鎧を着ているからな。しゃがんで採掘をするのも窮屈だし、できれば前衛でお願いしたいかな。どうだろう?」
「大船に乗ったつもりで安心してその背中を預けてくれ! ああ、一匹たりとも背後に敵は通さないさ!」
その言葉にメグミ達は視線で会話する。
(どうかしら?)
(他に選択肢はありませんわ、お姉さま!)
(まあ居ないよりはマシね。はぁ……最悪荷物運び位は出来るでしょ)
三人とも低評価だったが、一応話は纏まった。
「ではお願いします。ところで、私達は直ぐに出発できますが、貴方達、準備の方は大丈夫かしら?」
「っと……ん~こちらも特に問題ないか?」
「そうだな、魔物狩りのつもりで来ているから、俺達が採掘をしないなら特に準備は必要ないかな」
「常在戦場の心構えで居るからな、何時でも戦える!」
言葉だけは大変勇ましい。
◇
それで街から1時間かけて徒歩で鉱山に移動した。
たかが1時間の行軍。
その程度でゴロウ達の息は上がっていた……別段早く歩いたわけではない。
何かと話しかけて来るタクヤ達を適当に流して、普通に歩いてきただけだ……距離にして4キロほどであろうか?
「あんた達、大分息が上がってるけど平気なの? 少し運動不足すぎない?」
「メグミちゃん、分かって無いな。俺達は金属鎧を着こんでるんだぜ? 武器だって重い、荷物を運びながら歩けば多少息位上がるさ」
多少では無く息を切らせてタクヤが反論するが……説得力は皆無だ。
「はぁ、まあ良いわ。どうする少し休憩する?」
水筒を取り出し、水分補給をしていたゴロウが、
「いやそこまでは必要ない。水分も補給したし、いけるよ」
そう気楽に答える。
他の二人に比べて、一番重そうな装備なのに一番余裕がある。
「ここって定期便の乗合馬車とかないんだな。ったくもう少し利便性を考えて欲しいものだ」
余裕の無いシンゴが何やら文句を言っている。だが……
(たかがこの程度の距離で乗合馬車? 馬鹿かしらこの男は? 一体運賃に幾ら払う気なの?)
……御者だって食べて行かなくてはいけない。
ここは見習い冒険者が主に来る鉱山だ。お金を払って馬車に乗る客が少ない事は容易に想像出来る。
見習い冒険者は大体貧乏なのだ。
そんな客相手に乗合馬車など運航しても食べて行けないのは明らかだった。
(不安だわ、この三人すっごい不安……ここは一度様子を見るべきね)
そうメグミが思っていると、メグミが提案するよりも早くノリコが、
「ゴロウ君達はこの鉱山初めてだったわよね? ここの魔物に慣れる為に、最初はお互いの顔見せも兼ねて、地下一階で試し狩りと採掘は如何かしら?」
そう提案する。
「俺達は護衛だからな。まっ、お嬢さんたちの方針に合わせるさ」
そう言ってタクヤは髪をかき上げる。
(邪魔なら纏めれば良いのに、何やってんのこのバカは? 戦闘中もかき上げるつもりかしら? そんな……まさかよね?)
髪を纏める方法など幾らでも有る。バンダナやカチューシャで押さえるのも有効で実際にそうしている冒険者は多い。
それこそクリップやゴムで纏めても良い。こちらは女性に多く、メグミも前髪をクリップでサイドに留めて邪魔にならない様にしている。
だがタクヤに髪を纏める様子は無い。
「けどここは噂じゃあ、地下2階と3階がメインだろ? 俺達は地下3階でも平気だぜ?」
「うーん、だがタクヤ、俺達はコボルトは初めてだろ。だからノリコちゃんの提案は、悪くないと俺は思う。いけるようなら先に進めばいいしね」
「けどゴロウ、ゴブリンと違ってコボルトは武器すら持っていないんだろ? フッ、雑魚相手じゃあ物足りないな!」
「まあまあシンゴ、モノは試しって云うだろ? 無理するのは様子を把握してからで良いじゃ無いか?」
「それもそうだな、魔物ってのは変わったのが多いからな。行動パターンの把握って意味でも安全に試すのも悪くないか……」
「ん、じゃあタクヤは賛成だな? シンゴ、どうしてもイヤか?」
「はぁ……仕方ない、付き合うさ。そもそも今日のメインはお嬢さん方だからな」
「って事でこっちはOKだよ、ノリコちゃん」
「ハイ、ありがとうゴロウ君。じゃあ地下一階で試掘ね。良いかしらメグミちゃん、サアヤちゃん」
「ん、了解」
「ハイ、お姉さま」
(はぁ~コイツら余裕かましてるけど……悪い予感しかしないわ。どう見ても動きが雑魚のそれよ。これが偽装って線は限りなく低いわ……)
戦い慣れた者は独特の雰囲気を纏う。
命懸けの戦いを繰り返す事によって生じる空気感が存在する。
例え見習い冒険者であろうと、ある程度魔物と戦闘経験を積めばそれなりの動きになっていく。
それをメグミはこの三人から感じ取れなかった。
(予感って、悪い予感の方が良く当たるのよね)
◇
メグミ達の悪い予感は大当たりだった。
それから直ぐに地下一階で採掘を始めて、現在2時間ほど経過……もうすぐお昼である。
(……想像以上の酷さだわ。これはお昼ご飯を食べたら役割交代かしら?)
ゴロウは背が高く筋肉質、なのに体格に似合わず童顔で幼さの残る顔に短髪。
その体格と装備で『一見』それなりの戦士に見える。
(スポーツをしていたのかな? 三人の中ではまあそれなりに鍛えている方なのよね)
三人の中では唯一寡黙で、最初に『威嚇』で声を上げて以来声を聴いていない。
(『威嚇』はヘイトも稼いじゃうからね。あれ以上コボルトに集られ無い為にも、これ以上は使えないって事か……)
終始複数のコボルトに周囲を囲まれているにもかかわらず、中々巧みな盾裁きで、コボルトの爪の攻撃を往なしており防御は上手い。
(反射神経はまあまあ? ヌボ~っとしてるのにねぇ)
しかし大きめのブロードソードが、決定的に腕前に追い付いていない。
振り自体は鋭いのだが、不器用なのか大振りだからかコボルトに躱されまくり全く当たっていない。
偶に掠りはするがその硬い毛皮に弾かれて傷を与えられていない。
(刃筋が立っていないのよ。狙いも甘い)
コボルトは金属を食べてその毛皮や爪を強化する。それは下手な鎧や武器よりもよほど強力な武装。
ゴロウ達は素手のコボルトよりも武器を持ったゴブリンの方が強いと思い込んでいるが、実際は逆だ。
雑魚魔物として有名なゴブリン。
体格的に大差ないそんなゴブリンと比べて、コボルトの方が上と判断されている原因がこれだ。
コボルトはただの直立歩行の犬ではない、鉄の鎧と武器を纏った人型の魔物。
ゴブリンの持つ粗末な鎧や武器よりもコボルトの毛皮と爪の方が防御力も攻撃力も高い。
その硬さと攻撃力の高さ故に、闇雲に攻撃して易々と倒せるほど甘い魔物では無い。
ゴロウ達が戦闘を始めて2時間程。
ゴロウはその間ほとんど複数のコボルトに囲まれているためか、汗だくだくで見ていて憐れな印象さえ受ける。
コボルトとゴブリンを比べて何方がより強いか、骨身にしみて理解したことだろう……
(これでも三人の中では一番真面ってのがもうね)
タクヤは男子としては背が低めで体型もスマート。
日本であれば、最近のチョロイ今風男子として、その体格でも普通なのだろうが、戦士として見た場合頼りない。
その軽さはパリピな陽キャとしてはそれなりに有用だろう。しかし魔物との戦闘に軽いだけでは全く役に立たない。
(うん……まあそれを補う何かが有れば良いだけなんだけど)
甘い顔というか甘やかされて育った我儘そうな顔にチャラい言動。
(間違いなく一人っ子よね。兄には見えないし、弟の様に歳上の兄弟に世間の厳しさを教え込まれた様にも見えない)
存在そのものが甘い。
(まあムードメーカー系? 明るいのは良いけど……)
首筋位に伸ばしたストレートのロン毛を気障にかき上げる癖がある。一目でメグミは、
(あ……こいつナルだ)
そう感じた。
そもそもなんで両手にロングソードを持っているのか、メグミにはそれが理解出来ない。
二刀流に憧れがあるのか、そんなユニークスキルが発生したのかはわからない。
だが、ほぼ使えているのは右手だけで、左手の剣が全く役に立っていない。
(二本持ったら攻撃力が二倍とか思って無いわよね……)
左手の剣は思い出したように時に振られたり、防御するときに思わず左手が自然に前に出る、その時に手に握っているから剣が前に出ているだけの状態である。
(左手の剣が飾りにしかなっていないっ! 一刀すら真面に扱えていないのに何故二刀流? 格好だけかこのアホ男は?)
本来ゴロウが引き付けている敵を的確に仕留めていくアタッカーの役割の筈だが、その攻撃力の無さから殆ど役に立っていない。
(大体自分に向かってくるコボルトなんざ無視すれば良いのよ。ゴロウが折角引き付けているんだから、それを背後から切り倒しなさいアタッカーでしょうが!)
一発や二発攻撃を貰っても、その方が結局は倒すのが早いし、ダメージも少なくなる。
最初、ゴロウが敵を引き付けた段階でそうしていればこの状況は無かった筈だ。
だがタクヤは自分に向かってきたコボルトとの対戦を優先し、今の状況に陥っている。
(弱いだけならまだしも、こいつ等チームワークはどうなってるの? まるでバラバラじゃない? 仲間じゃないの?)
そしてこの男、兎に角喧しい。
ちょっとした傷でも『ヒール』を要求し、今もカスリ傷程度で周りに敵が複数いるにもかかわらず叫んでいる。
(喚く余裕が有るなら指示を出しなさい! 前衛同士でコミュニケーションも取らずに、採掘担当に『ヒール』を要求? アホも極まってるわ)
そして最悪なのは最後のシンゴだ。
シンゴは天然パーマ気味の癖毛で、その前髪を少し伸ばして目にかかる位にしている。
(タクヤの長髪もそうだけど、近接戦闘職なのに前が見難くないの? 命がけで戦っているのに自分で不利になって如何する気なのかしら?)
そう最初から気になっていた。
(戦闘前には対処すると思ってたけど、まさかそのまま戦うとはね……)
そうタクヤもシンゴも何も対処していない。自分の髪で自分の視界を塞いでいた。
(この危機感の無さは何なの? 平和ボケ?)
シンゴの顔は平凡で目がちょっと垂れてるかな? って位であまり印象に残らない。
(まあ平和だったものね。戦闘どころか、そもそも生き物を殺した経験がなさすぎなのよね。魚は切り身、肉も加工済み。都会っ子に命懸けで魔物と戦えってのが無理な話なのよ)
平凡を絵に描いたようなシンゴに、危機感を持てという方が無理なのかも知れないが……
(けどね、こっちでもう結構戦ってる筈よね? なのにコレ?! ボケボケすぎでしょ?)
環境が変われば人はその環境に適応しようと変わる。変わろうと努力する。
だが中には上手く馴染目ない者もいる。
シンゴ達は馴染めなかった者達なのだろう。他よりも浮いた集団として、理解出来る部分がメグミ達にも有る。
メグミ達は環境に馴染み過ぎて他から浮いた存在。
ゴロウ達は環境に馴染めずに他から浮いた存在。
しかし両極端な両者だが抱える悩みは『他から浮く』と似ていた。
話しをシンゴに戻そう。
シンゴは先ほどからしきりに「クッ!!」とか「チッ!!」声を上げてコボルトと戦闘を繰り広げている。
(ウザッ! 兎に角ウザいことこの上無いわ)
戦闘中に声が出るのはよく有る事。それ自体は問題ない。
敵の攻撃を息を飲んで躱す。攻撃が上手くいかずに舌打ちする。
良くある事だ。
その相手が雑魚で無ければ格好もついただろう。だが……残念ながら相手は雑魚だ。
(叫ぶ間にサクサク倒しなさい! 何をタコ踊りしてるの?)
シンゴは装備でも体格でもコボルトに劣っているわけではない。
基本スペックでは圧倒している。
あの厨二病患者御用達の伝説の指ぬき手袋もしっかり装備しており、レザーアーマーも黒、服も黒、ナイフも黒色。
(これはもう間違いなく厨二病に罹患しているわね!!)
そうメグミに思わせる装備だが、極端に質が劣っている訳では無い。
見習い冒険者の装備としては平均的なモノを揃えていた。
体格も良い。中肉中背ながら筋肉質で、中々締まった体をして居る。
(そもそも何でシンゴがサポートの遊撃なの? この三人の組み合わせで、このシンゴの体格なら、本来シンゴがアタッカーに回るべきでしょ?)
だが実際は一番小柄で華奢なタクヤがアタッカーを引き受けている。
何故か?
(度胸の問題かな……多分そうね。タクヤは下手くそで無謀で格好つけ。でもそれなりに度胸だけは有る。三人の中だと一番腰が逃げてない)
喧しく騒いでいるが、その分実際に攻めている。
(その点シンゴはダメね。格好付けて大口は叩く。筋トレでもしてるのかな? 一見強そうな体格だけど)
コボルトを相手する腰は完全に引けていた。
鋭い爪が恐いのだろうと思うが、距離を保って戦おうとする為、コボルトに与える傷が浅い。
(ビビリのヘナチョコが、なんでリーチの短いナイフを使ってるの?)
リーチさえあれば身体能力的にも、ここまで苦労する事は無い筈だ。
ショートスピアかロングソードの方が遥かに向いている。
(大口を叩いておいてこの根性の無さは何なの? 逆に凄いわね、二時間も戦ってコボルト一匹倒しただけとか……)
今シンゴは一匹のコボルトしか相手にしていない。そんな物サクサク倒してゴロウなりタクヤの援護をすべきだろう。
にも拘らずそれが出来ていない。
「クッ、硬い、何て硬さだ。もしやこれが噂に聞くユニークかっ!!」
(ただの雑魚コボルトよ……)
そう今まさにシンゴは一匹のコボルト相手に死闘を演じていた。
(演じていると信じたいわ……その方が余程マシよ。巫山戯るなってど突きたくなるけどね)
これらの状況をほんの数秒でメグミ達三人は把握した。
(もう……なんて言って良いのか……酷いわね)
溜息さえ出ない。
唖然としたまま更に数秒観察を続けていると、シンゴがようやくコボルトを一匹仕留めた。
胸に突き入れたナイフを引き抜きつつ、やっと倒したコボルト見やり「フッ!!」っと言ったかと思うと、どや顔をこちらに向けてくる。
(その自信満々な顔は何? アンタは遊撃でしょ? 今も仲間が苦労してるのよ? 何で即サポートに行かないの!?)
「ノリコちゃん『回復』をお願いできるかな?」
しかし、シンゴはそんな風に悠然とノリコに声を掛けてきた。
「ふーーーーーっ」
ノリコから先ほどよりも更に深い溜息が漏れる。
「まだ敵がいるでしょうにっ」
シンゴに聞こえないような小声で呟き、そのまま腰のハンマーに手を伸ばし立ち上がろうとしている。
(ふむ? ノリネエは我慢の限界ね。まあソロソロお昼だし、何時までも遊んではいられないわね)
刹那メグミは思案し決めた。
「私が行くからノリネエ達は後片付けお願い。ゴロウ、ヤックーに鉄玉乗せるね」
ノリコ達に指示を出しつつ、一応ゴロウにヤックーを使うことの断りを入れて立ち上がった。
(ノリネエが行っても良いけど、この場だと私が行った方が早いわ)
メグミは腰の後ろに装備している、やや大振りで肉厚の片刃のショートソード(メグミの鍛冶師見習い卒業試験作品)を右手で鞘からスラリと引き抜いた。
刃の反りの美しいメグミ渾身の力作である。
(ほぼ鉈だよねこれ……)
その手に持つ剣を見ながら思う。
剣鉈と言う武器が有るが、これはそれとも違う。
柄が長めで両手で扱うことも出来る大型のもの。頑丈さと実用性に特化したメグミの考案したオリジナルの武器だ。
(私が片手で扱えるギリギリの重さ。尚且つ、ギリギリの刃厚と刀身長よ)
腕力に劣るメグミには、長い刀身を持つ剣は扱えない。重過ぎるのだ。
(薄くすれば良いけど、今度は脆い。戦ってる最中に折れたら目も当てられない。コレがギリギリなのよ)
何本も何本も造っては試し斬りして、漸く満足した一本だ。
シンプルで飾り気は皆無。
(武器は飾りじゃ無いんだから、実用性第一よ。美しさを目指すなら機能美を目指すわ)
全体の形が良く、バランスに優れ……刃紋の浮かぶ刀身自体が美しい。
そんなメグミの着ている防具は、くすんだ生成りのオレンジ色のレザーアーマーだ。
良く使い込んでいるのか身体にピッタリと馴染んでおり、傷があちこちに付いている。
(使ってりゃ傷はつくわ! 全部裏面から補修済みよ。性能、防御力に問題はないわ)
見た目は悪いがメグミは気にならない。実用性第一がメグミのモットーだ。
そのレザーアーマーの下には濃いベージュのシャツとズボン。少し軽めのレザーの編み上げの靴で足元を固めている。
(服も一応防刃繊維入りで丈夫だから、まあこの辺で戦うには十分な装備よ)
色気もクソもない。実用性オンリーのそのチョイス。
(今日は一張羅だから! 他の人をパーティに誘うからって二人に一張羅に着替えさせられたから! 何処も破れて無いわ!)
繕ってい無い。それがメグミの一張羅。他に服が無いのだから仕方が無い。
(見習い冒険者は貧乏なのよ! 贅沢は敵よ!)
メグミは改めて自分の事を省みる。
背は女の子としては普通よりちょっと小柄な155センチ位。
(ちょっと低めかな? 毎日牛乳飲んでるのに……)
体形は無駄な肉はついてないが鍛えているので細くはない。骨格的には華奢だが、か弱さからは縁遠い。
ムチの様にシナり、バネの様な瞬発力を秘めた軽い身体。
特に下半身は無駄を削ぎ落としつつも筋肉がついている為、一見柔らかそうにむっちりしてみえる。
(むっちりが良い男の子もいるわよどこかに……いや男にモテても仕方ないか……)
足が長く頭が小さ目で、全体の均整が取れている為、遠目で見るとその背の低さを感じさせない。
胸は大き過ぎず小過ぎず。華奢でアンダーが細い。その為トップはそれ程でなくても……
(決して小さすぎはしないわ!! Cはあるもん!)
身体を鍛えている効果か、大きさは兎も角、形に関しては自信がある。
顔も自分ではまあまあかな? と思う。
(周りが良すぎるのよ、そう他の二人が綺麗すぎるの!! まあその方が私は嬉しいけどね!)
黒髪を肩で切りそろえ、前髪は邪魔なので左右の額の横にヘアピンでとめている。
(もう少し可愛いデザインのヘアピンが欲しいな~……今度皆で買いに行こうかな♪)
今のヘアピンは刀剣の鍛治の合間に自分で造ったシンプルなモノ。
(デザインとか苦手なのよね。こういった小物はやっぱりセンスが重要よ。私にはないものだわ)
自分で造ると何故かオシャレよりも機能性を考えてしまう。
審美眼と選ぶセンスはそれなりにあるつもりなので、お洒落なモノは買うか、売っているモノのデザインをそのままパクって自作する。
(ふふんっ、自作で商売しないなら著作権は関係無いわ。パクっても無問題!)
「ん、そうね、その方が良いわね……」
(なっなんですと! ノリネエがパクるのに賛成するなんて!)
イヤ違う。ノリコはメグミが自分の代わりに、魔物を片付けるのに賛成しただけだ。
今内心で考えていたことに賛成した訳では無い。
(それもそうか、ノリネエはエスパーじゃないものね。タイミングが良すぎて焦ったわ)
「任せるわね、メグミちゃん、手早くお願いね」
「ではお願いしますわね、メグミちゃん」
メグミに任せる旨を伝えるノリコとサアヤに、左手の親指を立てて了解の合図を送る。
こちらを見て頷いたノリコ達は、早速床に転がる鉄玉を拾い始める。
メグミはソックスに、
「はいちょっとごめんねぇ」
そう言って手で押しのけるようにして脇に退いてもらいつつ、自分に魔法をかける。
まだ効果時間は耐つと思うが念のため『身体強化』を掛け直し、『武器強化』をかけてショートソードが鈍い光を放つのを確認。
そして小さく呟くように、
「慈悲深き大地母神よ、我に『守護の盾』を与えたまえ」
祈りを捧げ、自分に掛かる守護を感じながら前に出る。
シンゴが『何をするつもりだ?』と訝しげな目でこちらを見てるが、説明が面倒なので無視する。
(普通見ればわかるでしょ? 武器を構えて前に出るのよ、ならやることは一つ!)
そして叫ぶ!
「タクヤ下がって、アタシがやるっ!!」
するとタクヤが何事かと敵から目を逸らしてこちらを見る。
(どんだけアホなのよこいつ)
戦闘中に敵から目を離すその姿に呆れながら、前に駆け一息に距離を詰める。
メグミは、目を逸らしたタクヤに『チャンス』とばかりに襲い掛かろうとした2匹のコボルトに向かって、
「ハッッア!」
『威嚇』を声に乗せ、気合と共に叫ぶ。
その『威嚇』の効果で一瞬動きを止めたコボルトに向かって更に一歩踏み込み。
「チェストッ!!」
『切り裂け』を発動させながら、右側から横薙ぎの一閃を放つ。
『威嚇』はその効果で一瞬の硬直を生む。その一瞬の硬直、それが戦いの場では命取りになる。
向かって右手のコボルトはその隙を突かれ、抵抗も出来ずに首が飛ぶ。
首を失った胴体からは噴水のように血が吹きだし、そのまま後方に倒れる。
首を撥ねた一閃は止まらない。
そのまま左手のコボルトに襲いかかり、左肩から入った刀身が左胸を大きく切り裂さき、そこで漸く止まる。
(止まった?! 途中で軌道を変えたからかな?)
左のコボルトに対して首を撥ねるには間合いが浅いと判断して、途中若干斜め下に軌道修正した一閃は胴体を両断する事なく止まった。
その結果がメグミは気に入らない。
メグミは両断するつもりだったからだ。
(いくら何でも雑過ぎたかしら? イケると思ったんだけどな)
だが、左胸を裂いた刀身は心臓に達し、傷からは血が勢いよく噴きだす。こちらも致命傷だ。
メグミは力が抜け倒れ伏すコボルトの胸に食い込んだ刀身を、前に踏み込む左足で胴体を蹴って抜いて、足を止めることなく前に駆け出す。
視線は既に次の獲物を求め、倒したコボルトには一瞥もくれない。
メグミが支路の入り口付近にいたゴロウに、
「あんたも下がりなさいゴロウ!」
叫ぶように指示。
するとゴロウは後ろも見ないで左脇に逸れつつ下がる。
(おっ! こいつはやっぱり他の二人よりは大分マシね)
少し感心しながら、目の前に迫った4匹のコボルトに向かって、
「ハッッ!」
またも『威嚇』を乗せて叫ぶ。コボルトの動きがまたしても一瞬止まる。
(コボルトは『威嚇』が効き易いのが良いわ。所詮はワンコ、内心ビビリなのね)
だがワンコだろうと可愛かろうと、メグミは呵責なく、容赦なく、その隙を利用する。
(フム……さっきのはチョット浅かったわ。この速さだと胴体は片手だと無理? 無駄な力は使いたく無いし)
ショートソードの長めに作った柄を、左手でもしっかり握る。『片手で無理なら両手で』メグミは何処までも合理的に動く。
目の前にいるのは獲物。
メグミにはそこに情を入り込ませる様な甘い心の持ち合わせがない。『如何に効率よく狩るか?』それしか頭に無かった。
「だぁっせいっ!」
今度は『弾けろ』を発動させ向かって右のコボルトに、右側からフルスイングの横薙ぎの一閃。
ブンッ! 空気を切り裂いて進む刀身は右のコボルトの左胸から右胸まで大きく切り裂く。
そのまま『弾けろ』の効果でコボルトを後方に弾き飛し、刀身は尚も獲物を求める。
更にその横、左隣のコボルトの左腕を切り裂いた刀身は、左胸に深く刃が入り込んで漸く止まる。
だが、ここでも『弾けろ』の効果は続く。
弾け飛んだ拍子に刃が抜け、更に3匹目、横のコボルトを巻き込んで横に吹っ飛んでいく。
2匹目のコボルトは、そのまま地面に、ドサッと倒れ動かなくなり、巻き込まれた3匹目のコボルトは、ドガンッ! と勢いよく壁に叩きつけられ転んだ。
(未だ浅い、ヤッパリこの速度だと両手でもダメか)
メグミは結果が気に入らない。二体同時に斬り裂くつもりが、それに至らない。
どこら辺に二体同時に両断するギリギリの境界が有るのか、それが知りたかった。
メグミは止まらない。
更に前に一歩踏み込み、残った左端の4匹目コボルト迫る。
「チェストッ!!」
気合と共に『切り裂け』を発動させ、右手だけで刃を返して一閃する。
一瞬で仲間を斬り伏せられた最後のコボルトは『威嚇』の硬直からは立ち直っていても、急激な状況の変化に戸惑い、動きが止まっていた。
そんなコボルトに刀身は無慈悲に喰い込む。
右胸から入った刀身はさしたる抵抗も受けずに左肩まで抜けていた。
途中心臓を両断したその傷からは血が吹き出し、まるで雨の様に坑道内に降り注ぐ。
(今位の速度なら一体は片手でいける。ヤッパリ一体斬り裂くと二体目では剣速が落ちるのね。纏めて処理するにはもうちょい工夫が必要かな?)
その最中、壁に叩きつけられ転んだ3匹目のコボルトが、何とか起き上がろうと必死にもがく。
(二足歩行の弊害ね。そのまま這って逃げるなり、襲い掛かるなりすれば良いのに、何で起き上がろうとするかな?)
メグミは、その最後の生き残りのコボルトの行動が酷く不合理に思えた。
「突きーっ!!」
改めて左手で柄をしっかりと握りしめ、『刺し貫け』を発動させて体ごと突進する。
起き上りかけのコボルトは動かない標的も同然。
(これじゃあ外す方が難しいわ)
起こした上半身、弱点が丸出しだ。遠慮なく左胸に深々とショートソードを刺し入れる。
コボルトは体を一度ビクッと痙攣させると、そのまま全身の力が抜けていく。
全ての敵が沈黙したのを気配で確認し、右足でコボルトの体を蹴って胸に深く刺さった刃を引き抜く。
(死体を蹴るのは死者の尊厳を傷つけてる気もするけど、こうでもしないと抜けないのよね)
生き物の身体は異物の侵入を阻止しようと、刃物が刺さると筋肉が硬直し締め付ける。
更にメグミのショートソードは反りがある分、抜け難い。メグミの筋力で腕の力だけで引き抜くのは難しい。
引き抜いた刀身を、右手でもう一振り上から下に振りぬいて血汚れを払う。
(刀身に異常無し、流石私の愛刀。今日も御機嫌でキレッキレね)
そして、
「ふぅー! よっし終わった! ごっはん、ごっはん♪」
陽気な声を上げながら後ろ振り返る。
(グロい死体を前にって? もう慣れたわ。一々こんなの気にしてたら生きていけないわよ。それに……)
後で撤収作業中のノリコ、サアヤから、
「おつかれさま~」
「こっちはもうちょっと待って下さい。まだ鉄玉を回収し終わってませんわ。あと魔結晶の回収を……っとこれは男の子、お願いしますわね」
そう声がかかる。
(返事がないな?)
そう思い男子の方を見ると、3人とも並んで固まっていた。目を見開き、口が半開きだ。
その表情を見てメグミは、
(益々アホっぽいな……せめて口は閉じようよ)
盛大に浴びた返り血の不快感と合わせて不快に思いつつ眺める。
そうしていると再起動したタクヤが口を開く。
「メグミってすっげー強くない?! マジ? ねえマジ?」
他の二人もタクヤの左右で首を縦に振りつつ同意を示す。
それを聞いたノリコは額に手を当て、深い……本当に深いため息を吐いた。
「ふぅーーーーーーーーーーーーっ」
そして見事に3人娘の声がハモッた。
「アンタ達が」
「貴方達が」
「アナタ方が」
「「「弱すぎるのよっ!!!」」」