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第19話バケモノ

 アキヒロは思う。


(勇者、この世界には勇者が、英雄が居る! ならばそうタツオはそれだろう、アイツは強くなる! 間違いなく強くなる、そして恐らく上級冒険者になる)


 そうアキヒロは確信していた。アキヒロの積み重ねてきた経験がそう確信させた。


(俺がこの異世界に来てから4年程経つ、その間様々な冒険者を見てきた。中級冒険者、上級冒険者、知り合いも居る、一緒に戦った連中もいる、遠くからその戦い振りを見ただけの上級冒険者もいる)


 そう様々な冒険者の成長を、強さを見てきた。そして自分も共に成長し、また強くなってきた。


(上級冒険者は凄まじい、桁が違う、強さの桁が違う。だがそんな連中だって最初から上級冒険者じゃない。自分が見習いの頃、中級冒険者だった奴らだって知っている、そんな連中の闘っている姿を沢山見てきた)


 ギルドの合同クエストで、ダンジョンの中で、様々な場所で、色々な状況で見てきたのだ。


(中級にも沢山仲間、友人がいる、同期の連中もどんどん中級に上がっていっている、自分は『黒銀』で足踏みしてるが……そいつらの強さも、成長する姿も良く知っている)


 そう自分だって強さだけなら既に中級、そんな自信もある、実績がある。


(だが! そんな連中、そう上級を含めても、タツオは自分の知る限り、一番の才能の持ち主だ!)


 そう間違いなく、誰よりも、上級冒険者と比べても!


(あの恵まれた体格、アイツ、まだ背が伸びてる! あれでまだ肉体まで成長している!

 そしてあのスタイル、足が長い! 抜群に長い、格闘技をやっていたからか? それに筋肉の付き方が良い、ウチの筋肉バカ三人みたいな見せる為の筋肉じゃない、如何に効率よく蹴りや拳で敵を破壊するか、それを追求した、その為だけの筋肉だ)


 ハイオーガとの戦いでタツオの剣が折れたつい先日の戦いを思いだす。そう三度目となる剣が折れたあの戦いを……


(中級でも、そう恐らく上級でも、素手でハイオーガを倒せる冒険者はそうは居ない、拳で頭を吹き飛ばし、蹴りで腹を突き破る、あの破壊力はなんだ?

 本人は、


『コツがあるんだ』


 尋ねたらそんな事を言ってたが、いやアレをコツと言われてもな……簡単に真似は出来ないって事なんだろうけど。

 そう信じられないことに今の所タツオは……


 武器を持って戦うよりも、素手の方が遥かに強い!


 直接的な打撃系、それだけじゃない顎を打ち抜いて気絶させたり、変な投げ方で一瞬で首の骨を折ったり、技も多彩だった。


『極めながら投げるんだ、え? やり方? 真似しねえ方が良いと思うけどな? お勧めしねえ』


 そんな事を言って誤魔化されたが、何で武器を失って素手になった方が強いんだ? 訳が分からねえよ)


 既に素手の格闘戦なら上級に迫る。


(武器を持った戦い、そう剣の腕だってどんどん成長していっている。

 格闘技があれだけ強いんだ、戦闘センスが抜群だ。

 それに糞度胸がある。普通尻込みしたり恐怖で足が動かない、足が前に出ないような状況、そんな状況を屁とも思ってない。死ぬかもしれ無いような場面でも、全くビビらない。平気で前に踏み込みやがる!)


 しかし無鉄砲で無謀なバカではない。


(そう、タツオは馬鹿じゃない、状況判断が出来る。無茶や無謀で前に踏み込んで行くわけじゃない、引くべき時には引いている。

 そう敵の動きが見えている、自分に出来ることが分かっている。

 これで、これだけの才能が有って強く成らない訳がない!

 そしてタツオは毎日基礎を怠らない、これだけ才能が有るのに努力を怠らない……成長速度が、成長が速い! 信じられない速度で強くなる)


 見習いになってまだ四か月、この短期間で既に剣の腕前も自分達に見劣りがしない。


(何とか上回って居られるのは後数か月……いや、一月位か?)


 早晩追い抜かれる、アキヒロの経験と、その確かな目がそう冷酷に告げる。



 『ゴブリン』



 冒険者が最初に相手をする、最も弱い人型魔物、それがゴブリンだ。



 現在、人を積極的に襲う強力な魔物は大半が迷宮に封じられている。

 多少地上に残った人を積極的に襲う魔物もいるが、それらの魔物は、ほぼ『自然繁殖型』だ。


 オークの様な繁殖力が旺盛な魔物であっても、定期的に狩られる町の近くでは余り数が増えない。


 ヘルイチ地上街付近では一月に一度オークの大集落のある旧王都近くの森に合同討伐演習でオーク狩りに行く、それで事足りる。その程度で開拓村や付近の街でオークによる被害は出ない。


この件を講習で聞いたメグミは、


「月に一度とか少なすぎでしょ? もっと増えても良いのにね? 地上のオークはまんまオーク肉でしょ? 

 あれ? けどその割にオーク肉って結構出回ってるわよね? 値段だって高くないわ?」


「地上のオークはあの程度の数で十分なんです! これ以上増えたらエサのゴブリンの数が足らなくなりますわ、あと街で出回っているのはほぼ迷宮産ですわ」


「え!! オークってゴブリンを食べてるの? ゴブリン肉って煮ても焼いても食べれない位不味いって聞いたけど?」


「オークの味覚は分かりませんけど、ほぼ主食のように狩ってるそうですわよ? まあ他の魔物、魔獣の類も狩ってるみたいですけど、一番数が多くて、狩りやすいのがゴブリンですからね」


「クソ不味いゴブリン食べて、めちゃ美味しいオーク肉になる仕組みが分からないわね、魔法かしら?」


「メグミちゃん、別にオークもゴブリンだけ食べているわけでは無いと思いますわ、他もバランスよく食べてるんじゃありませんの?」


「ねえサアヤちゃん、魔物と魔獣って違うの?」


「いいえ同じですわ、お姉さま。魔物の中でも特に動物型の魔物が魔獣と呼ばれて居るだけです、地上に広く分布して、普通の動物と魔獣、今ではほとんど区別がつきませんわね」


「それでも違いがあるのよね? どうやって見分けるているの?」


「殺して解体して、魔結晶を持っていたら魔獣、そうでなかったら猛獣、只の動物ですわ」


「雑! 雑過ぎるわ! 見分け方が雑過ぎる!」


「魔結晶を持っている分、力が強かったり、他の個体より大きかったり色々違いもあるのですけど……他と比べられる群れで暮らしている魔獣は比較的見分け易いですわ、けれども単体で相対した場合、見分けるのは困難ですわ、比較できませんもの。

 それに群れにしたところで、群れ全体が魔獣の場合も有るので……中々見た目だけで見分けるのは難しいですわね」


「その程度の違いって事?」


「地上の魔物の魔結晶は小さいですからね、余り差が付かないんですわ」


「そうなんだ、けどこの街の付近じゃどっちにしろ余り大きな魔獣は見かけないわね、ペットの魔獣か畑の害獣位ね、見かけるのは」


「そう言えば……確かに地上の魔物の討伐クエストってほとんど見ないわね」


「街の周辺では大型の危険な魔物は見かけませんね、まあ見つかれば即討伐隊が組まれて狩られてしまいますから」



 しかし、ゴブリンは別だ、狩っても狩っても一向に数が減らない!

 

 その繁殖力は旺盛だ、鼠算式に増えてい行く、妊娠期間が僅か2週間、しかも双子・三つ子が多い。そして60日も有れば大人になる。

 だがそれでも、それにしても数が多いのだ、鼠算式どころではない。明らかに増えるスピードが繁殖のそれではない。


 そう、地上に居るゴブリンは『自然繁殖型』と『自然発生型』が混在している、現在の薄い地上の魔素でも、自然の洞窟、大きな木の臺、ちょっとした窪地、そんなちょっと魔素が溜まる、そんな場所に自然に発生するのだ。


 繁殖型であれば、そうゴブリンであっても裸の赤ん坊で生まれて来る、生まれた時には何も纏っていない、何も持っていない。非力な赤子、これはゴブリンとて一緒だ。


 だが発生型のゴブリンは違う、例え地上であっても、そのゴブリンは大人の姿で、粗末ながら鎧を纏い、その手に武器を持って自然発生するのだ。


 この発生型のゴブリンの武具は、巡り巡って繁殖型のゴブリンの武具にもなる。地上で発生するゴブリンの武具はその殆どがゴブリンが死んでも魔素に分解されないのだ。


 この件を講習で説明されたメグミは、


「けどゴブリンの武具って質はどうなの? あんなのでも狩り集めて纏めて売れば素材として生活費の足しくらいにはなるの?」


「アレを素材にする位なら普通の安い鉄鉱石で武器を作った方がマシだと思いますよ?」


「一応鉄製なんでしょ?」


「上位種のハイゴブリン、ホブゴブリン辺りならほぼ鉄製みたいですけど、普通のゴブリンの武具はほどんど青銅製みたいですわ、それに質が余りよくなくて……不純物が多いですからね、他の国では重いしお金にならないと言って、放置されることが多いらしいですわ」


「それでその放置された武器を他のゴブリンが拾って使うのね?」


「バカなの? 他の国の冒険者はバカなのかしら?」


「魔道スライムはこの地域の専売みたいなものですからね、その場で精製も出来ない、収納魔法がつかえる冒険者も少ない。

 そうなるとヤックーの様な運搬用のペットでも居ないと運搬が出来ませんわ。それに……ゴブリンの武具は汚いんです、例え運べても、その匂いや毒の処理が大変ですわ」


「ノリネエみたいにハンマーを持って歩けばいいのよ、質の悪い青銅製の武具なんて一発で粉々よ!」


「メグミちゃん! 私はハンマーをそんな事をする為に持って歩いているんじゃないわ! それに破片が飛び散って返って危険よ!」


 常に武器を供給され、更に発生型も繁殖型も一緒になって群れを作り人を襲う魔物……その数が、その豊富に供給される武器が厄介だった。


 一匹一匹は弱い、小学生の子供並の背丈、大きくても120センチ程度、筋力だって大したことはない。碌に剣など握った事の無い村人であっても、下手をしたらその鋤や鍬で簡単に倒せる。そう一対一ならば人が負ける事など先ずない、そんな弱い魔物がゴブリンだ。


 ただし、ゴブリンは決して一対一などで戦わない、村人一人に対して10匹以上で襲い掛かる! 

 そう、大きな、大きな群れを作って人に襲い掛かるのだ。


 ゴブリンは知能が低い、その動きは単純で、武器も滅茶苦茶に振り回しているだけ、そんな魔物でも、10倍の数に襲われては村人では対抗のしようがない。知能は低くても本能で数が力だと理解している、大きな群れになるまで隠れ住み、群れが大きく成ると積極的に村々を襲い出す。


 ゴブリンは夜行性だ、暗闇でも目が見える、洞窟の中で暮らすために適応したと言われているが定かではない。人は闇では物が見えない、そう昼間であれば死角にならない物陰も、夜の闇の中では死角になる。

 故にゴブリンは夜に襲ってくる、その闇を最大限生かすために。


 ゴブリンは邪悪だ、地上でも様々な魔物が人を襲うが、殺しを楽しむために人を襲うのはゴブリン位だろう、そうゴブリンは自らの快楽の為、ゴブリンは楽しみながら、嬉しそうに人を殺す、犯す、そう他者の涙が、他者の恐怖する、その怯えた様が溜まらなく好きなのだという。


 ゴブリンは女性を犯す、攫われて犯される女性は悲惨だ、散々玩具のように犯され、子供を、ゴブリンの赤子を生まされ、そして飽きたら嬲り殺しにされる。その遺体を食べられるのはまだ良い方、中にはその頭蓋骨や骨で着飾るゴブリンまで要る。


 ゴブリンは悪知恵が働く、粗末ながら、粗末だからこそ厄介な麻痺毒を造る。そして粗末ながらも石斧や石槍を、また弓を、石の矢尻で矢を造る。


 そしてそれらの武器にその麻痺毒を塗る、これは発生型が手にしている武器も例外ではない。


 雑菌だらけの麻痺毒は破傷風を、敗血症を引き起こし、壊疽を発生させる、例え解毒してもこれらの症状が防げない……解毒だけではダメなのだ。その傷を癒し治療するには浄化も同時に必要になる。


 ゴブリンは弱い、しかし、最も多くの人を殺す魔物、それは今も昔もゴブリンなのだ。故に魔族が作り解き放ったと言われることもある、その襲われる人々の絶望を食べる為に……だが、


「いやだから人を殺しちゃダメよ、人の数が減ったらダメでしょ?

 人ってのは群れる性質があるわよね、けど不思議な事にね、人が一か所に街とか造って住むと余計ストレス発生させて、一杯負の感情をご馳走してくれるのよ。

 どんどん増えて、どんどんストレスを溜めて、どんどん負の感情発生させてくれた方が良いわ。だからゴブリンが殺しちゃったらダメよね?」


これがこの疑惑についての大魔王のコメントだ。


 実際、最新の研究ではゴブリンはその昔、邪神と呼ばれる神々によって、造られた魔物と言われている。


 欲望のまま振舞い、快楽を貪る事こそ、正しい姿だとする邪神!


 その邪神によって作られた魔物、その為、あのように邪悪なのだと言われている。



 しかし! 五街地域ではこの地上で最も嫌われる魔物、ゴブリンの被害を極限まで抑え込んでいる。


 冒険者組合主催で週一で開かれる、ゴブリン駆除の合同クエスト。


 これは周辺の町や、果ては小さな開拓村にまで『転移魔方陣』を設置しているこの地域ならではイベントだ。


 主に見習いや初級の男性冒険者を対象に開催されているこのクエストは、引率の冒険者に率いられた見習い冒険者等が彼方此方の村々に転移魔法で飛んでいき。その周辺のゴブリンを問答無用で狩り尽くす、そんなクエストだ。


 この地域は召喚者が多い、一ヵ月に約100名もの日本人が召喚される。更に、この世界でも各地から冒険者を志し、この街にやってくる若者も多い。召喚者以外でも若い男子は冒険者に憧れ志す者が多いのだ。まあ流石に若い女性で冒険者を志す者は少ないが……


 それはゴブリンを狩りの対象とする、見習い冒険者の数が多い事を同時に意味する。そう女性の参加を禁止しても十分すぎるほどに、その数が多い。

 一ヵ月に約100名、これは召喚者を含めた、新たにその月に見習い冒険者となった男性冒険者、その平均的な人数だ。


 見習い期間は召喚者もそれ以外の者も同じく六ヵ月、およそ600名の見習い男性冒険者がこの地域には常に存在していることになる。


 この膨大な数の見習い冒険者にとって、その一行に数が減らないゴブリンは格好の獲物だった。


 ある日、ゴブリンの討伐クエストに出かける男性冒険者を見て、メグミは若干羨ましそうに、不満を漏らす。


「男は良いわよ、ゴブリン狩ってりゃ生活できるんだから!」


「そうですわね、なにせ見習いを卒業して初級冒険者になってもゴブリンを専門で狩ってる人達も居る位ですから」


「そうなの? ゴブリンって一匹確か500円よね討伐報酬は? 経費を引いたら余り儲からない気がするのだけど? 何故なのかしら?」


「お姉さま、ゴブリンは地下に洞窟を掘って住んだり、自然の洞窟を更に掘って巣にしますよね?」


「そうね、そう聞いてるわ」


「そう、そしてゴブリンは光るものが大好きなんです、キラキラしたものを集める習性があるんです。

 地下を掘れば色々出てきますし、地上でも地面に色々落ちて居るでしょ? それらを収集しているみたいですわ」


「カラスみたいな連中よね?」


「そうね確かにカラスみたいね、けどそれが……そうかそれね、ゴブリンを専門に狩っている人達の狙いはそのゴブリンが集めた光物なのね!」


「そうですお姉さま、正解です! ゴブリンは巣穴にそう言った物を貯めこむので、それを狙ってゴブリンスレイヤー達は狩りをしているんです」


「ゴブリンスレイヤー? なにそれ?」


「ゴブリンばかり狩っているとそう言われるようになるんですけど、それが転じて今では職業、一種の冒険者の専門ジャンルと化してますね」


「まあっ、専門ジャンル化するほど人数が居るの? そんなに儲かるのかしら?」


「儲けは、まあゴブリンが何を拾い集めていたかによるので、一種の賭けですね。

 しかし、当たると大きいそうですわ、ゴブリンは金や銀、宝石等光さえすれば集めるので、貴重な宝石の原石なんかが有ると凄い金額になります。

 そしてこの賭けの一番の特徴は、損をしない、この点につきますわね」 


「? そうなの?」


「ゴブリンは一匹一匹は500円程度の討伐報酬ですけど、魔結晶が小さいながらも取れます、これが500円程度の買取価格です。

 そしてこの地域の冒険者には魔道スライムが居ますからね、その武具もその場で精製して素材に出来ます。

 更に100匹倒すごとに特別報酬として5万円支払われます。

 100匹倒せば15万円+αの利益が確定するんです、それに武具の素材等の売却益を含めて100倒した場合の確定報酬は約20万円程度ですね」


「100匹? 気の長い話ね、それでも必要経費は掛かるでしょうに、それ引いたら大して手元には残らないわよ? お小遣い稼ぎ程度じゃない?」


「メグミちゃん、甘いですわ、この街のゴブリンスレイヤー達の月平均の討伐数は一人約1000匹、月に200万円儲けて、更に運が良ければ大儲け! 嵌るのも分かる気がします」


「良くそれだけゴブリンを狩れるわね? 六人パーティだったら、そのパーティだけで6000匹? それだけ狩ったら獲物のゴブリンを探すのも苦労しそうだけど? どの位ゴブリンスレイヤーが居るのか知らないけど……ちょっととんでもない数ね」


「そうですね……この地域に所属しているゴブリンスレイヤーのパーティが約100パーティ位、パーティ人数の平均は6人ですから、単純計算で月に60万匹のゴブリンがゴブリンスレイヤーに狩られている計算になりますね」


「幾ら弱いとはいえその数は凄いわね……」


「この街ではゴブリン専用の探知魔道具が考案されて売られています。

 それに魔物のペット、特に狼系や虎系を共に連れていれば、ペットの嗅覚も利用できますからね、獲物のゴブリンを探すのに苦労はしません」


「専門の魔道具まで?」


「ええ、それに巣の駆除だってノウハウが完全に確立されてます。

 ゴブリンの巣専用の道具や魔道具が幾つも考案されて実用化されてますわ」


「それだけ狩られても絶滅しないゴブリンを褒めるべきなのか、そこまでするゴブリンスレイヤーを褒めるべきなのか……」


「この勢いで狩ってますからね、5街地域にはゴブリンの大きな巣は完全に無くなった見たいです。

 ですからゴブリンスレイヤーの殆どが地域外に出張して、その地域の冒険者組合で討伐クエストを受けて、クエスト報酬も貰いながら巣の駆除をしてるみたいですね。

 この地域の冒険者は転移魔方と転移魔方陣が有るので、転移魔方陣さえ設置されていれば移動が早いですからね。

 この街に補給に戻る以外は、ほとんど地域外に居るパーティも多いですわ。

 今現在地域内に居るゴブリンは、ほぼ見習い冒険者の狩りの練習用ですね。後は他の魔物のエサでしょうか?」


「単に狩り過ぎて、この地域の巣のお宝が貯まってないんじゃないの? 美味しくないから他に出張してお宝探してるんでしょ?」


「そうかもしれませんけど、安いクエスト報酬しか払えない辺境の開拓村であっても喜んで駆け付けるこの地域の冒険者、ゴブリンスレイヤーは大変喜ばれているそうですわ」


「その開拓村を助けるのが目的じゃないってところがミソよね。その開拓村迄の移動の経費さえ討伐クエストの報酬で賄えれば、後は丸っと丸儲け、まあ実際に助かってる人が居るから良いけどね」



 アキヒロがタツオと最初に会ったのは、冒険者ギルド主催のゴブリンの定期討伐クエストの最中、『黒銀』冒険者として、『見習い』の引率を任されている時だった。


 この地域のゴブリン討伐クエストは独特だ。


 先ず、その目的地は、各開拓村や街に設置されたゴブリン探査魔道具によって大雑把に、どの地点にゴブリンが纏まっているか把握し、選定される。

 この魔道具は余り詳しい事は分からない代わりに探索範囲の広い、広域型のモノだ。探査半径は20キロに達する。ゴブリンの持つ魔結晶の波長に合わせた専用型ならでは探索範囲だ。


 そしてゴブリンの群れが居る地域に見習いと引率の冒険者を『転移魔法』で送り込むのだ。

 その地域の開拓村や町から討伐の要請があろうがなかろうが関係なく、そのゴブリンの数によって各地に人員が振り分けられ、討伐クエストが開始される。


「今日の群れは200匹程か? 数が少ないな、全員に獲物が回るか?」


 アキヒロがその手のゴブリン探査魔道具を眺めてゴブリンの群れの数を計測する。


「ふむ、どうだろうな。しかし今日の見習いは此方に来て一ヵ月足らずの者が多いようだし、その位で十分だろう? 

 50名ほどか? 一人当たり4匹だな、まあ儲けは少ないが、今回は武器を持った魔物と闘う経験をさせるのが主目的だからな、かまわんだろう?」


 マサオが後ろを振り返って、開けた草地で、残った引率の冒険者達の指導の元、陣形を形作る見習い冒険者を見ながら答える。


「まあそれもそうか、ん?? 大きい反応が幾つかあるな、これはホブゴブリンか? 一匹やけに大きい反応もある、この程度の群れにしては珍しいな」


 アキヒロが手にするゴブリン探査魔道具は探査範囲が狭い代わりにより詳細な探索が出来るタイプで、ゴブリンスレイヤー御用達の品だ。

 この討伐クエストに際して冒険者組合から引率の冒険者に貸し出されてる。


「アキヒロ、一通り調べてきたよ、どうやらこの巣穴は、メインの出入口の他に、隠された出入口が3か所有るね。

 空気穴は他にも何箇所かあるけど流石にゴブリンでも通れない狭さだから無視して良いと思う。

 タロウやバックス、それにエイタを其々の隠された出入口の見張りに付かせた。彼等の嗅覚でも他の出入口は発見できなかったから、見落としはないよ」


 先行偵察に行っていたノブヒコが報告する。タロウ、バックス、エイタはアキヒロ達が飼っているペットの灰色狼の名前だ。

 其々アキヒロはタロウ、マサオはバックス、ノブヒコはエイタの飼い主だ。


 今回のゴブリンは小高い丘の中ほどにある自然の洞窟、そこを自分達で拡張して巣穴としていた。悪知恵が働き用心深いゴブリンはメインの出入口の他に3か所出入口を設けていたらしい。

 ペットの灰色狼の嗅覚とノブヒコの索敵の結果なので、見落としは無いだろう。

 ゴブリンの巣のメインの出入口が遠目に見える丘の中ほどに集まっていた5人は、ノブヒコの報告を受けて、


「そうか、では始めるか、どうやら上位種が何匹かいる、恐らくホブゴブリンだろう、それと反応が大きな奴が一匹、これは恐らくゴブリンロードかゴブリンシャーマンだな。

 最悪こいつらは俺達で狩る。こっちに来て一月足らずの見習いには少し荷が重いかもしれんからな。

 各出入り口担当者には、一通りゴブリンを誘導し終えたら連絡をする。巣のメイン出入口に集合してくれ、後ろからゴブリン追い立てる。

 ではマサオはバックスの所に、ノブヒコはエイタの所、ヒトシは俺のタロウの所に行ってくれ、一匹も逃がすなよ!

 シノブは俺とメイン出入口だ、脇に逸れるゴブリンに注意しろ、最悪何方かが囮になって脇に逸れたゴブリンも草原に誘導する」


「了解、配置に付いたら隠された出入口に煙玉を投げ込んで封鎖するね」


「何時もの手筈だな、了解した」


「アキヒロ! 皆! 通信魔法球は常にオンにしておけよ! 後、開始の合図だ。残った引率の奴等に連絡を」


「それは俺が済ませたよヒトシ、後、脇に逸れた奴らの囮は俺がやる、アキヒロは残って、巣の中にゴブリンが残っていないか確認をしてくれ」


「分かったシノブ! 任せるぞ! ただ巣の掃除にカタメロンが必要だ、誘導が済んだら、悪いが急いで戻って来てくれ」

 

 五人は頷き合うと、


「良し、では行動開始!」


手慣れた様子で5人は其々行動を開始する。

 

 メイン出入口付近に着いたアキヒロとシノブは用心深く出入口付近の茂みに左右に分かれて隠れる。


 日の光を嫌うゴブリンは出入口の外には見張りすら立てていない。その為、一見無防備に見える。しかし、恐らく出入口を少し入ったところには見張りのゴブリンが複数いる筈だ。ゴブリンは外で見張る程勤勉ではない、だがその程度には用心深い。


≪アキヒロ、配置に着いた≫

≪此方もOKだ≫

≪俺もOKだ≫


 通信魔法球からノブヒコ、マサオ、ヒトシの声がする、


「良し、煙玉を放り込め!」


≪≪≪了解!≫≫≫


 この煙玉、大量の催涙ガスを発生させる。更に空気よりも重い為、地下に住むゴブリンの巣穴退治で重宝されている道具だ。


 そうこの街の冒険者達は態々危険なゴブリンの巣穴に馬鹿正直に踏み込んだりはしない。


 先ずは巣を見つけ出し、昼間、夜行性のゴブリンが寝ているところに、煙玉を投げ込み、燻り出すのだ。

 ゴブリンスレイヤーであればこの出入口付近に設置型の魔法罠を大量に仕掛け、燻りだしたゴブリンを一網打尽にするのだが、今回は見習いの訓練も兼ねているのでそれはしない。


 アキヒロは手元のゴブリン探査機に視線を向ける。


「動き出した! 効果抜群だな」


 逃走用の隠された出入口からガスが洞窟内に流れ込んでいる。必然的にガスが薄いメインの出入口にゴブリンは殺到する。


 ゴブリンは暗い洞窟内でも目が見える、そう僅かな光どころか赤外線が見えるのか、真っ暗闇でも平気で活動できる。


 自分の目から赤外線を微量に発生させ、その反射光を感じ取っていると言われている。


 人間にとっては非常に厄介な目だ。人の体温などから発生する赤外線も感じ取られるため、闇に潜んでの奇襲等が出来ない。ゴブリンには丸見えなのだ。建物の中に隠れていても透けて見えると言われている。


 しかし、その敏感な目に催涙ガスの効果は抜群だ。ギョロギョロした気持ちの悪い大きな目を持つゴブリンたちが、一斉に洞窟の外に逃げ出して来る。洞窟の外に出たゴブリンは皆涙を流して悶え苦しむ。


 すると、出入口の少し先の丘の登り口に現れた数名の引率冒険者が、その悶え苦しんでいるゴブリンに向かって石を投げ、囃し立てる。


 涙を流していたゴブリンは一斉にそちらを向くと怒りに我を忘れる。


『こいつらが自分達を苦しめる元凶!』


 ゴブリン達はそう思い込む、怒り狂ったゴブリンは武器を手にその冒険者達に襲い掛かろうと一斉に丘を下っていく。


(掛かったよ、本当に毎回の事ながらゴブリンは単純で助かるな)


 囮役の冒険者達は、見習い冒険者が陣を張り待ち構える、草原に向かって走り出す。


 ゴブリン達は脇目も振らず、草原に向かって丘を駆け降りる。

 そうゴブリン達は200匹対数名と思い込んでいる、確かにその条件ならばどちらが有利か火を見るより明らかだ。自分達の有利を確信しているゴブリン達は奇声を上げて逃げる冒険者を追う。

 

 順調に囮作戦は推移していた。しかし……


(まだか? ホブやその上が出てこない……)


 アキヒロは小声で通信魔法球に語りかける。


「此方にホブが出てこない、他に行ってないか?」


≪いや、此方には来てないな≫

≪こちらは催涙ガスの発生源だ。流石に一匹も出てこない……ガスの量が足らないのか? どうする? もう一発投げ込むか?≫

≪僕の所にも一匹も来ないな、アキヒロ、探査魔道具で調べられない?≫


 マサオ、ヒトシ、ノブヒコから報告が上がる。


「まだゴブリンが出入口付近にいる。ゴブリンが囮を追わずに、逃げたりしないか監視中で目が離せない! クソ、組合もケチケチしないでもう少し探査魔道具を寄こせば良いモノを!」


≪俺が監視しているから、そのスキにアキヒロ、確認できないか?≫


 シノブから提案が有る。


「ダメだな、シノブの位置からだと、死角が出来る、俺の方も同じだ。

 逃がすわけにはいかない! この経験を積んだゴブリンが逃げると、そのゴブリンが居る群れは煙玉を学習する、今回の囮作戦も学習する、一匹たりとも逃がすわけにはいかない!」


 ゴブリンは知能は低い、しかし物覚えが悪いわけではない、寧ろ、恨みは決して忘れない。


 現在アキヒロ達が引率している集団には、今囮役をやっているパーティと、草原で待ち構える見習いを率いているパーティ、それにアキヒロ達のパーティと3パーティの引率冒険者が居る。

 

 その内探査魔道具を持っているのはアキヒロ達と草原で見習いを率いてるパーティ、それぞれ一つ、計2機しか配備されていない。


 見習いの安全確保と周囲の警戒のため、見習いを率いてるパーティの探査魔道具は必須、又、ゴブリンを燻り出すアキヒロ達にも必須、それゆえの探査魔道具の配置だが、もう1・2機は予備機が欲しかった。


≪まあ結構高いからね、仕方ないよ≫


 ノブヒコが宥める。


≪アキヒロ、嘆くな、此方でも監視中だ。こちらの探査では、反応のデカい集団は確実に出入口に向かって来ている。用心深いのか我慢強いのか知らんが、動きが遅いだけだ、こいつらが最後で、洞窟内には……ん?

 弱い反応が幾つか残ってるな? 催涙ガスで脱げ出さない? 隠し部屋に子供のゴブリンが居るんじゃないか?≫


 そう草原で見習いを率いているパーティのリーダーから連絡が入る。催涙ガスの入り込まない隔離された隠し部屋にどうやら子供のゴブリンが居るらしい。


「ならデカいのが出てきたら監視はほぼ完了だな、隠し部屋か、厄介だな……シノブ! カタメロンは行けるか?」


≪おう、こっちは何時でも行ける、子供のゴブリンの始末はカタメロンに任せよう。どうせ洞窟内の処置もある、一緒にやっちまおう≫


 良いゴブリンは死んだゴブリンだけ、そう言われるが、子供のゴブリンをその手に掛けるのはやはり若干躊躇われる。かと言ってペットに嫌な役割を押し付けるのも気が引ける。

 しかし、シノブが言うには、


「魔道スライムに子供のゴブリンと大人のゴブリンの区別はついていない、等しく獲物だ。スライムには子供がいないからな、どうやら子供って概念が理解しにくいらしい」


との事だ。まあこの場合、アキヒロ達の精神衛生状態を考えても、カタメロンに頼るのが賢明だろう。


 そうこうするうちに洞窟の出入口から他とは明らかに大きさの違うゴブリンの集団が現れる。180センチに迫る大きな個体、ホブゴブリン、それに更に大きな2メートル近いゴブリンロードだ。


「来たぞ、ホブ5匹にロードが1匹だ。どうする此方で始末するか?」


 アキヒロが草原に居る引率の冒険者のリーダーに問いかけると、


≪いや、もう直ぐゴブリンと見習いが接敵する。今のタイミングでゴブリンを呼び戻されると厄介だ。

 なにせ見習いだからな、ゴブリンに釣られて突出して混戦になる恐れがある。そのまま放置で良い、此方に迫ったら囮部隊なり俺達で始末するさ≫


「了解、任せた、引き続き監視する」


 ゴブリンロード達は周囲を警戒しながらゴブリン達の後を追う、この距離でアキヒロ達に気が付かないのは、催涙ガスで嗅覚も潰され、更に昼の光の中では暗闇を見る自慢の目も役に立たないからだ。


 そう昼間は他の光が強すぎて、敏感すぎるゴブリンの目は余り見えていないのだ。


 ゴブリンは一応耳はそれなりに聞こえては居るのだが、優れた視覚に頼り過ぎて、聴覚の方は人より若干劣る。


 更に昼間の丘は冬だと言うのに鳥の声が喧しい。自然豊かなこの異世界では、冬でも鳥や動物が野山で盛んに活動している。この辺りは植生も豊かな為、エサに困らないのも要因の一つだ。


 アキヒロ達に気が付くことなく丘を下りて行ったゴブリンロード。十分に距離が取れたことを確認したアキヒロは、潜んでいた茂みから出て洞窟の出入口の前に立つ。

 シノブも同じく茂みから姿を見せ、召還魔法でペットの魔道スライム、カタメロンを呼び出す。

 そして更に続けざまに何回か召還魔法を唱えると、大量のゼリースライムがその場に現れる。


「よし、カタメロン、お前に仕事を頼む。こいつらを率いて洞窟内部の掃除をお願いする。生きているゴブリンを見つけたらそれも殺せ、アキヒロそれでいいな?」


 シノブがアキヒロに問いかける。


「ああ、それで構わない。事前の調査・探査では捕らわれている人は居ない、ただ、死体は有るかもしれない、人に関する物は分解せずに残しておいてくれ、遺品であろうと、遺族に渡したい」


 この巣の近辺で襲われた旅人や村人の報告は上がって来ては居ない、行方不明者の報告も無い、しかし万が一はある、アキヒロは万が一を考え指示をだす。


 カタメロンはアキヒロの話を理解したのか、返事をする様に一度プルンっと大きく震え、そのまま前に前進する。


 すると周囲のゼリースライムが一斉にカタメロンにの所に集まり、一匹の巨大なスライムが出現する。丁度カタメロンがその大きなスライムの核になったかのようだ。青い体が、透明なゼリーの中に浮かぶ。


 これが魔道スライムの特徴の一つだ、ゼリースライムを元に造られた魔道スライムは、ゼリースライムの上位に位置する。殆ど知能の無いゼリースライムを支配して、自分の身を守る鎧兼武器として使用できる。


 何かあっても傷つき、犠牲になるのはゼリースライムで、核代わりの魔道スライムはゼリースライムが居る限り無傷だ。この様な特徴から最初から大量のゼリースライムを纏った魔道スライムを巣穴に突っ込ませると言った荒っぽいやり方をしているゴブリンスレイヤーも居る。


 この魔道スライムが率いたゼリースライムによるゴブリンの巣穴の掃除は、その後、また分離してゼリースライムを巣穴に放置、洞窟に溜まる魔素をゼリースライムに食べさせて、ゴブリンの再発生を防ぐ意味でも推奨されている。


 そうゼリースライムも人工的に造られた弱い魔物では有るのだが、一応魔物、魔素を食料として食べるのだ。


 しかしこの大量のゼリースライムが満足するだけの魔素は洞窟内部にはたまらない為、一部のゼリースライムを除いてエサを求めて巣穴から出て行ってしまう、しかし最近は何処にでもいるゼリースライム、放置しても問題が無い。


 そしてその巨大なスライムは洞窟の出入口を変形しならすり抜けて、洞窟に蓋をするように奥に進んで行く。


 煙玉の煙と催涙ガスが充満する洞窟内部であるが、スライムは催涙ガスの影響を全く受けない。寧ろさそのガスを吸収・分解していく。またゴブリンの排せつ物や食べ残し、あらゆる汚れで汚染された洞窟内を綺麗に浄化しながら奥に進んで行った。


「ヨシ! 他の出入口の監視はもういい、隠されていた出入口を潰して塞ぐぞ! 準備だ!

 それが終わったらこのメイン出入口に集合! シノブ、探査機を渡して置く、スライムの掃除をこれを使って監視してくれ、一匹も見逃すなよ。

 ヒトシはシノブのサポートを頼む、他の三人はペットの狼と一緒に後ろからゴブリンを草原に追い立てるぞ」


≪今崩したら、万が一だけど、他が崩落してカタメロンが埋まったりしないかな?≫


「それは大丈夫だノブヒコ、カタメロンは柔らかい、どんな隙間でも這い出て来れるからな、例え崩落しても問題ない。それにこの巣のある洞窟の地盤はしっかりしている、小規模な爆破で大崩落はない」


 シノブはマッチョでマッスルな見た目に反して某国立大学で建築工学を学んだインテリだ、この異世界に来てからも、こちらの大学や研究所に出入りしている。


 基礎工事などの為に地質学も学んでいて大変詳しい、そのシノブが太鼓判を押すのだ問題はないだろう。


「今回は引率のパーティが少ないからな、普段ならもう1パーティ位居るから、後ろの追い立て役を任せて、ノンビリ巣の掃除が出来るが、今回はそうはいかない、急かして悪いが頼む」


 今回、他に少し規模の大きな群れが見つかった為、そちらに見習い期間終了間際の冒険者達や、引率の冒険者が大量に動員され、見習い冒険者に成りたての此方のグループには、アキヒロ達ベテランが配置されたが少し人数が少ない。


 草原からは見習い達と、ゴブリンの戦いが始まったのか雄叫びや奇声が聞こえて来る。自分達が不利と見れば平気で逃げ出すゴブリンだ。

 早めに後ろから追い立てて逃がさないように包囲しないと不味い。


≪爆破魔法設置完了! タイミング任せる≫

≪こちらも設置完了だ≫

≪OK、僕も完了した≫


「では爆破タイミングを合わせる! 3、2、1、今!」


 ズズズンゥン!


 遠くで重い爆破の音が重なって響く、アキヒロ達の居る、メインの出入口付近でも若干天井から小さな石がパラパラと降ってきているが、崩落はしなかった、この辺はシノブが言う通り地盤がシッカリしているようだ。


≪爆破完了、出入口の封鎖を確認! OKだ≫

≪こちらも完了、完全に塞がった≫

≪此方も終わった、問題なく塞がった、戻るね≫


 暫く待つと3人がペットの灰色狼と共に戻ってくる、


「では行くぞ、ノブヒコは左翼から、マサオは右翼から回り込んでくれ、草原はどんな様子だ?」


 アキヒロ達は前進、展開しながら草原のパーティのリーダーに状況を確認する。

 出入口に残ったシノブは探査魔道具を確認し洞窟内を探査、ヒトシがそのシノブを守る様に周囲を警戒している。


≪こちらは敵の先鋒と接敵した、うーーん、見習い共の腰が引けてるな、相手のゴブリンの腰も引けてる、お互い威嚇するだけで中々仕掛けない、此方に来て間がない見習いだから仕方ないか……大した数じゃあないんだがな。

 御蔭で逃げ出すゴブリンも居ない、見習いの腰が引けているのを見て有利だと思ったのかもな。

 念のため此方のペットも回り込ませて周囲を固めている、そちらは登り口を中心に100メートル幅位で後ろに蓋をしてくれ≫


 今回少ない人数でアキヒロ達が引率を任された理由、それはペットの存在だ。

 引率の3パーティは全てペットを全員飼っていた、更に前衛系の狼系、虎系のペットの数が多かった為この人数で十分と判断されたのだ。

 十分育ったペットは強力だ。下手な初級冒険者よりも戦闘能力が高い、それを見込んでの人員配置だった。


「OK、了解した、直ぐに向かう! ホブとロードは? 囮の連中が相手をしているのか?」


≪ゴブリンの集団の中心に居るな、まだ距離がある、此方から仕掛けるには周りのゴブリンが邪魔だな、んっ? 何しかしている……クソッ、あのロードはシャーマンから進化していたのか! ロードが広域術式発動! 『戦意高揚』か!≫


 魔物は生きている、経験を重ね学習成長し、魔結晶を育て強く成って行く。この成長が有る段階まで達すると、急激に姿形が変わり能力が劇的に高まることがある。これが進化、魔物の進化だ。


 進化した魔物はそれまでの種族とは別種、上位種と呼ばれる種族になる。

 最初から上位種で生まれるものも居るが、下位の種族から進化した個体の方が最初から上位種として生まれたものよりも強い。


 それまでの経験や知識は進化しても失わない。積み上げた経験、学習した技や知恵を活用し進化した能力を生かして戦うことが出きる。

 肉体的な能力に差がなくとも、その能力を生かすことが出来るだけの経験の差により強弱が付いてしまうのだ。


 今回のゴブリンロードはどうやらゴブリンシャーマンから進化した個体で、ゴブリン独自の『精霊魔法』が使える様だ。


 肉体的にはホブゴブリンよりも貧弱なゴブリンシャーマンだが、知能は高い。そのゴブリンシャーマンがゴブリンロードに進化し強靭な肉体を得ている、厄介な敵だ。


 集団戦においてゴブリンシャーマンの『精霊魔法』は非常に有用だ、『戦意高揚』は群れのゴブリンの闘争心に火をつけ、『集団暴走』は群れのゴブリンの筋力を向上させ、戦闘力を上げる。


≪クッ!! 不味いぞこれは……『集団暴走』まで! このロード、肉を切らせて骨を断つ気だ!! ゴブリンが狂戦士化するぞ!!!≫


 やっとゴブリンの群れを視界に収めたアキヒロ達の目の前でゴブリン達が暴徒と化す。

 

 ゴブリンシャーマンの使う広域集団魔法『戦意高揚』『集団暴走』は二つの効果が重なるとゴブリンの肉体のリミッターを外し、火事場の馬鹿力よろしく、肉体の損傷を無視した狂戦士と化す。


 だがこれは魔法が切れた際に、重大な肉体の損傷を伴う捨て身の魔法だ。


「クソ、あのロード、この群れを捨ててでも生き残る気だ!」


 アキヒロが舌打ちと共に駆け出す。広域集団魔法は術者を殺せば効果が切れる。一刻も早いロードの討伐が求められた。


 このまま暴走したゴブリンと見習い冒険者がぶつかると見習い冒険者に犠牲者が出る可能性がある。


「何処かの討伐で逃がした、殺し損ねかもしれん、決断が早い」


 マサオがアキヒロに並走しながら告げる。こういった厄介な知恵を持ち進化する可能性があるため、ゴブリンを一匹たりとも逃がすわけにはいかないのだ。


 アキヒロ達が草原に到着するのと同時に、ゴブリンの先頭集団が一斉に見習い冒険者の防衛陣に襲い掛かる。


 見習い冒険者達の装備は貧弱だ、皆、鍛冶ギルド主催のお試し武器製造の体験学習で造った、体に見合わない大きめの武器を持ち。

 防具など革のジャケットを装備していればマシな方、殆どが最初に支給される丈夫な布の服だ。


 それを見たアキヒロはこんな事態なのだが、


(ああ、俺も昔は、そう最初はこんなんだったな、体に合わない大きめの武器、つい他の奴と張り合っちまうんだよな)


 懐かしさと微笑ましさが込み上げてくる。何故か武器製造の体験学習で男子は大きめの武器を見栄を張って造ってしまうのだ。最初に小さめに、扱いやすい大きさに造るよう注意はされるのだが……


 そんな見習い冒険者達に正気を失ったゴブリンが目を剥いて、涎を垂らしながら、奇声を上げて武器を無茶苦茶に振り回して突進してくる。


 錆びた青銅のナイフ、鋭い黒曜石を括りつけた簡易の槍、同じく黒曜石で造った斧など粗末な武器、しかしそれは人を殺せる武器だ。


 今回の討伐クエスト前の注意でも、散々ゴブリンの武器には毒が塗られている事を話している。その武器を振り回し、突然様子が変わったゴブリンに見習い冒険者達の腰は完全に引けていた。逃げ出す寸前と言っても良い。


(くっ、落ち着いて対処すれば平気なんだが、布の服と言っても防刃繊維が織り込まれている。あの程度の武器で切り裂けるものじゃあない。一人4匹も狩れば終わる、自分達の方が遥かにリーチが長いだろう!)


 それを感じた引率の冒険者が叫ぶ!


「陣形を崩すな! あの程度大したことはない! 後ろに下がるんじゃない!!」


 防衛陣系が崩れてゴブリンが押し寄せて乱戦になれば、腰の引けた見習い冒険者よりも、数が多いゴブリンの方が有利になる。

 その状況にアキヒロは心の中で舌打ちする、


(クソっ、不味い! 暴走状態では威嚇が効かない、引率の冒険者が前に出て壁も出来ない!)


 その時、陣形が崩れそうな見習い冒険者の一団から、一際異彩を放つ巨漢の男が飛び出し、ゴブリンに向かって突進する。


 大きな、しかしその大きな体には釣り合っているかもしれない不格好な大剣を横凪に一閃、先頭に居たゴブリン3体に体当たりするように放つ!


「ドォォォラァッ!!」


 気合の叫びと共に振られるその剣は、


ドォウッ!! グヴァンッッ!


一息に3匹のゴブリンの胴体を上下に両断する。しかしそれは切るというよりは武器の重さと勢いで潰して千切ると言った方が正確だ。


 巨漢の男は止まらない、更に踏み込んで返す刃でその後方に居たゴブリンに、


「次だぁぁぁ!!」


ヴオォン!!


横薙ぎにもう一閃! 更に2匹のゴブリンが胴を断たれてその場に沈む。一瞬で5匹のゴブリンの骸が草原に転がる。


 余りの出来事に呆気に取られた見習い冒険者の動きが止まり、何故か暴走状態のゴブリンの動きまでもが止まり、辺りが瞬間静寂に包まれる。


 魔法で暴走していたゴブリンの動きまで止まる、辺りに満ちるのはその巨漢の男の放つ強烈な『殺気』!


(これは、『身体強化』を使用しているな? 幾らあの巨漢、あの筋肉、あの腕力でも、あの大剣をこうも軽々振り回すのは魔法無しでは無理だ。

 それに武器が仄かに光ってる様に見える『武器強化』か? 見習いが? 信じられん!

 しかもあのゴブリンの切れ方、あの真面に刃もついて無さそうな大剣で叩き切ったにしては綺麗に切れすぎている……『切り裂け』か!!)


 アキヒロが驚愕して見つめる中、再起動はゴブリンの方が早かった、その冒険者の陣営から突出した巨漢を6匹のゴブリンが武器を構え囲む。


「ハッ、良いぜ! そうでなくちゃ面白くねえ! こいや! オラァァ!!」


 そのゴブリンを恐れもせずに巨漢の男は叫び、応戦するべく剣を構え直す。


(こいつは基本が出来ている! こちらに来たばかりの見習いじゃあないのか? 一か月位の見習いが集められている筈だが……)


 ゴブリンとの闘いの基本は気合だ! 

 

 技も技術も無く、闇雲に武器を振るだけのゴブリン相手だ。こちらも技術など不要! 相手を圧倒する気迫! 気合! それで十分なのだ!


 弱みを見せればそこを的確にゴブリンは突いてくる、人の嫌がること、人の弱見、そう言った事をゴブリンは本能で感じ取る。


 そしてこの巨漢の男、その気合は十分すぎた。


 自分を囲んで襲い掛かってくる6匹のゴブリンに対して、自ら更に前に踏み出すのだ。


(なっ、更に前に出るだと? 囲まれているんだぞ!)


 ゴブリンが飛び掛かるより速く、一息に距離を詰めた巨漢の男はまたも右から横凪に一閃!


グワァァン!!


 運の悪いゴブリン3匹がまたしても胴を両断され、肉塊と化す。


ゴッ!


 勢い良く振られた大剣が大地を削り、地面に刺さって止まる。そのスキをゴブリンは見逃さない!


 右からナイフを振りかざし巨漢の男に飛び掛かるゴブリン!


 しかし巨漢の男は、躊躇うことなく右手を大剣の柄から離し、振り向きざまにバックハンドブローでゴブリンの頭を打ち砕く。


グシャッッ!!


 どれほどの威力なのか、ゴブリンの頭部は目玉を零し、脳漿ぶち撒きながら破壊される。


 だがまだ! 正面からも更にゴブリンが石斧を片手に襲い掛かる!


 今度はその丸太のように太い、長い右足が、その正面から襲い掛かるゴブリンの腹を打ち抜く。


ボシュッッ!!


 腹を正面から蹴られた筈のゴブリンは、折れた背骨を背中から生やしながら吹き飛んでいく。


 背後から巨漢の男に飛び掛かろうとしていたゴブリンの動きが止まる、そう、蹴りの勢いを利用して男は既に振り向いていた。そのゴブリンを睨む。


 ゴブリンは凍り付いたように動かない。いや……その殺気に動けない。


ニヤリッ


 巨漢の男は視線だけでゴブリンを殺せそうな凄まじい笑顔と共に、両手で握り直した大剣の上段から振り下ろす。


ズンッ!!


 地面にまで到達した大剣と、頭から股間まで割かれ、左右に倒れるゴブリンだった物。


 またしても辺りに静寂が訪れる……圧倒的だった……ゴブリンに対して圧倒的なその巨漢の男の強さ。


 見習い冒険者達の陣営から歓声が上がる!


オオオオオオオオオオォォォォ!!


 皆剣を手に一斉にゴブリンに向かって襲い掛かる。そう自分達の、自分達と同じ見習い冒険者がやってのけたのだ。瞬く間に11匹、ゴブリンを屠る。


 同じ男、同じ見習い冒険者、少しでも勇者を夢見る男の子なら、しり込みなどしていられるわけがない!


「距離を空けろ! 仲間に剣を当てるなよ! 落ち着け! 獲物はまだまだ居るぞ!」


 引率の冒険者達が叫ぶが、見習い冒険者達は聞いていない、そう、一匹でも多く、他の誰よりも多く、ゴブリンを倒す、このまま臆病者では終われない!


 巨漢の男は状況を一変させた。


 ゴブリンには未だ魔法の効果が残っている……ロードは健在だ。だが暴走するゴブリン達よりも更に見習い冒険者達は暴走していた。


 状況の変化について行けず、逃げ出すタイミングを失い、周囲のホブゴブリンと共にゴブリンの陣営の中心で狼狽えているゴブリンロード。


 それを討伐すべく前進しながらアキヒロは、その巨漢の男から目が離せない、


(何だこいつは? これで『見習い』とかありえないだろう……)


 そのまま見ていれば男は、周りの乱戦を気にする風もなく、悠々と歩いて自陣に戻ると、自分で手のすり傷を聖水で消毒し『回復』を使い傷まで治している。


 その大剣をこの乱戦で振り回すのは危険だと判断したのか、自分の仕事はここまでと判断したのか分からないが、大した余裕だった、既に見習い冒険者の貫録ではない。


(英雄、勇者か、そうだなこいつは……間違いない、こいつがそうでなくて誰が英雄だ? だれが勇者だ?)


「アキヒロ、どう見る? アイツをどう見る?」


「ねえアキヒロ、僕は彼をこのままにしておくのは勿体ないとそう思うんだよね」


 ホブゴブリンを一撃で仕留めながらマサオとノブヒコが問いかけて来る。


≪俺はノブヒコの意見に賛成だ、アレは別格だろう!≫


 ヒトシが通信魔法球越しに話しかけて来る。


「なんだヒトシ、お前も見たのか?」


 アキヒロはホブゴブリンを切り裂きながら問いかけると、


≪ふん、こちらはカタメロンが仕事を終わらせるまで暇なんでな、シノブの探知機にも他にゴブリンの反応はない、でな、つい気になって草原を眺めていた≫


≪ヒトシは『拡大鏡』まで使ったんだぜ? まあ御蔭でおれも見れたが、あれは良いと思うぜアキヒロ≫


「だがお前ら、アイツを入れると『黄金』は当分先になる……良いんだな?」


 アキヒロは仲間に確認する。答えは分かっている、しかしパーティのリーダーとして確認しない訳にはいかないのだ。


「そうか? 俺は返って早く『黄金』になれる気がしてるがな」


「あれ? アキヒロは反対なのかい?」


 マサオとノブヒコが残りのホブゴブリンを片付ける。アキヒロはゴブリンロードの斬撃を躱し、その懐に飛び込み、股から顎下まで一気に切り裂いて。


「そんな訳ないんだろう? 俺はみんなが反対するなら個人的にでも手を貸す心算だっただけだ」


「じゃあ決まりだね、あの子、名前なんて言うのかな? ちょっと聞いてくるよ」


「待てノブヒコ! 俺も行く、パーティに誘うんだ、俺が行かないでどうする?」


「おいっ! アキヒロ正気か? 確かにアイツはスゲエよ、俺も正直度肝を抜かれた。けどな見習いだぜ?」


 草原で引率していたパーティのリーダーがアキヒロ達の会話を聞いて慌てて呼び止める。


「正気だ、それにアレが見習い? 冗談だろ。アレはもう見習いなんて玉じゃねえよ」


「はぁ、まあお前らのお人好しは今に始まった事じゃねえか……けどなアキヒロ、覚えて置け、本人がどうこうじゃねえ、見習いは見習いなんだ。そこは忘れてやるなよ」


 そう言って巨漢の男を心配する。


「俺達の事をお人好しとか言えた義理か? 俺達が声を掛けなかったらお前が取る気だったろ? 大体お前だってこんな引率なんて地味な仕事を中級になってもしてるじゃねえか」


 アキヒロは笑う、アキヒロはこの街が、この異世界が好きだった。お人好しが多い、そんな所が大好きだった。


「ねえ、アキヒロ! この子タツオって名前だってさ!」


「この子って何だ? 俺はガキじゃねえぞ?」


「ごめんねタツオ、そんな心算は無いよ、それにこんな大きな子供は居ないよ! 後僕はノブヒコ、ノブヒコって呼んでね」


「おうノブヒコ、よろしくな、で? 何の用だ?」


 その後、僅か数か月で剣を折りながらも『オーガ』を倒した巨漢の男、タツオは、『見習い』終了後、最短記録で『黒銀』まで駆け上がってくるのは確実と思われた。



 そして今アキヒロは思う…………


(あの『バケモノ』はなんだ?)


 目の前の見習いの少女に、アキヒロの背筋が凍る…………



 『コボルトソルジャー』複数がルームに現たのを視認して、直ぐにアキヒロはメンバーに向かって指示を出す。


「俺とノブヒコ、マサオでコボルトソルジャー達を足止めする。ヒトシとシノブは撤退準備急げ!!

 タツオは撤退支援、敵を近づけるな!! 急げ、誰も殺らせるな『黒銀』クラスの笑いものに成るぞ!!」


 そのままルームの入口付近を見ると、逃げ遅れた数人の背にコボルトソルジャー達が迫る。


ブォンッ!ブォンッ!ブォンッ!


 その背に向かって離れた位置で振り回されるククリナイフ、当たるわけのない距離でのその行為は、まるで弱者を甚振(いたぶ)るかのようだ。


バゥワゥウウウウ!!


 脅す様にコボルトソルジャー達がその背に向かって吠える。逃げている者たちは転がるように駆けている。その足元が危うい、転んでいないのが不思議なくらいだ。


(マズイ!! アイツら怯えと恐怖で筋肉が硬直してまともに足が動いてないじゃないか)


 アキヒロは直ぐ様、ルームの入口に向かって走り出す。タツオの知り合のい隣の『見習い』パーティーでも、メグミが指示を出している。


「ゴロウ達は撤退支援、前に出るな!! ノリネエは撤退準備急いで!! サアヤは私の露払い。私は入口付近のパーティの支援に向かう!」


 何の迷いもなく言い切るその声に、アキヒロ達が入口の壁際を見るとそこで採掘していたパーティが逃げ遅れている。突然の事態に混乱し全くその場から動けていない、怯えて固まっていた。


 そちらに駆けだすメグミに、ノブヒコが叫んで呼び止める。


「メグミちゃんも下がって! ここは俺たちが支える!!」


「数が多い、3人では無理です。それにあの程度の雑魚なら平気です」


 メグミは平然と前を見ながら走り出し、ノブヒコに拒否の意思を伝える。

 

(確かに逃げてきている見習いの支援にも向かわないとダメだ。入口のパーティの為に俺かノブヒコが向かえば、残った者が少数で多数の『コボルトソルジャー』の足止めをしなければならない)


 しかし、しかしそれでも!


(この子は何を言っている? 君は『見習い』だろう? 確かに地下2階のコボルトは難なく倒していた。しかし!! 相手は『コボルトソルジャー』本来地下4階の魔物だ! ……雑魚? 何を言っている?)


 唖然としながらもアキヒロ達も走り出す。先ずは行動、すっかり染み付いた緊急時の対応が身体を勝手に行動に移す。


 それでも気になりメグミの方を見ると、走りながら魔法や加護を使用しているようだ。そして想像以上に足が早い、壁際をアキヒロ達さえ追い抜いて逃げ遅れたパーティの所に急ぐ。

  

(何んで小柄な女子が前衛をやっているのかと思えば、この子一応基礎は出来ているな……

 しかし……何故恐れない? 逃げてきている『見習い』達を見ろ、皆必死で逃げている。相手は『武器』を持っているんだぞ!!)


 『コボルトソルジャー』


 この魔物は別格だ、地下3階までのコボルトとの一番の違いはその手の武器だ。たがこの武器、そうこの武器が非常に厄介なのだ、その強力さ故に、地下5階以降への見習い冒険者の侵入が禁止されている。


 そして禁止をしなくても地下4階にさえ見習いは近寄らない。


 地下4階にも『コボルトソルジャー』は出現するからだ。しかしその数は少ない、単体、若しくは普通のコボルトと共に出現する程度。まだ数人で掛かれば対処は可能だ。


 しかし地下5階からは複数体の『コボルトソルジャー』が襲い掛かってくるのだ。


 地下5階以降は侵入を禁止しないと命が危ない。


 この武器は、ゴブリンの武器とは違う、それどころかオーガ達の武器よりも鋭い、革の防具などいとも容易く切り裂き、一撃で冒険者に致命傷を与える。

 単体相手ならばどうにか対処が出来ても、それが複数になると攻撃を躱すのでさえ難しい。 

 

(『ゴブリン』の様な錆びた鈍らな武器じゃない、『オーク』の様な刃のない棍棒でもない。大型のククリナイフだぞ? アレは決してコケ脅しの武器じゃない、鋭くよく切れる本物の武器だ。魔鋼の武器だぞ!)


 『コボルトソルジャー』の攻撃力は『オーガ』に迫る!

 

(君は一応レザーアーマーを着ているが、そんなものは紙同然だぞ!)


 この地域の鎧は魔鋼と、魔法球を埋め込み、付与魔法で強化されている。そう剣と同様に精霊の宿った魔法の鎧なのだ。レザー部分でさえその防御力は鋼に勝る。


 だがメグミの鎧は只のレザーアーマー……見れば分かるのだ。魔法の鎧にはそこに宿る精霊の存在感、雰囲気がある。だがメグミのレザーアーマーにはそれが無い、凝った造りだが只のレザーアーマーだ。


(タツオを支援に向かわせるか? ……イヤだめだ! こちら側の出入口だけから敵が来るとは限らない……タロウ達が警戒している。何か嗅ぎ付けている……他にも強力な敵が流れてきているんだ。逃げてきた見習いの護衛のためにも戦力は残すべきだ。一か所に集中させるのは不味い!)


 アキヒロ達のパーティだけでは人数が足りなかった。


(ヒトシとシノブも逃げてきた見習いの治療と護衛に残さないと……クソッ! 人手が足らん!!)


 そんなアキヒロの思いなど、一切考慮せず事態は進行していく。メグミが駆けながら叫ぶ。


「サアヤッ!」


「魔法を打ちます、射線に居る人は退避を!! ……『氷の矢』!!」


 サアヤと呼ばれたエルフの少女の体の前に、突如空中から現れ浮かぶ氷の塊、両端の尖った氷柱の様な形状をしたそれは15本、放たれる氷の矢は一直線に飛ぶ!!


ヒュッヒュッヒュッ!!

ズドドドドドドドドドッ!!


 逃げる見習いを追う、コボルトソルジャーの群れの先頭集団に、15本にも及ぶ氷の矢が連続して炸裂する、それは3匹の敵に一瞬で穴を穿ち氷漬けにする。


(なっ! アレの何処が氷の矢だ、氷の槍の間違いだろ! しかしよくやった! 一気に3匹、しかもコボルトの足が止まった、時間が稼げる!)


 アキヒロ達はそのスキに逃げてきた見習いとコボルトソルジャー達の間に割って入れていた。


 一方魔法の攻撃から逃れたコボルトソルジャー達は、仲間の死に怯むことなく氷漬けの仲間の死体を迂回し、逃げる人たちを追う者と、逃げ遅れている出入口付近のパーティに向かう者との、2手に分かれる。


 この世界の魔法は例え仲間であろうと、当たれば敵に与えるのと同等の威力を放つ、フレンドリーファイヤが有効なのだ。ゲームのように都合よくは出来ていない。


 サアヤの遠距離攻撃に対して、コボルトソルジャー達は前衛と接敵を急ぐことで接近戦に入り、第二射を封じに掛かったのだ。


 コボルトは出入口付近のパーティーに向かって2匹、アキヒロ達の方に6匹向かってくる。


(クッ、彼方に2匹も流れた、しかし入口のパーティはまだ動けないのか! もしかして腰が抜けているのか? 厄介な! このままではあの少女よりも先にコボルトソルジャーがあのパーティに切り込むぞ、あの少女と挟み撃ちに出来れば良いが……入口のパーティにそれを望むのは無理か……)


 アキヒロ達の見つめる先で2匹のコボルトソルジャーが入口付近のパーティに迫る。


 メグミは『氷の矢』を発動し氷の氷柱を体の前に浮かべ放つ!


ヒュッヒュッ!   

ゴンッ、ゴンッ


 胸に氷の矢の直撃を受けたコボルトソルジャー2匹は、ダメージは大して受けていないようだが、その痛みに激怒し吠える!


ウガゥウウウッ!!


 怒りに煮えたぎった目を向け、メグミに目標を切り替え走り出す。メグミも速度を落とさず、そちらに駆ける。


(何故2匹同時に注意を引くんだっ! 1匹つづ各個撃破が常道だろう! 1匹なら出入口のパーティとて少しは耐えられるのに!)


 アキヒロは目の前に迫るコボルトソルジャーにその手の野太刀を構えながら、メグミの方にも注意を払う。


 メグミとコボルトソルジャー、交差する両者、先頭のコボルトソルジャーが、グルァウッと吠えて、ククリナイフを上から振りかぶり打ち下ろす。


ブウゥン!!


 空気を切り裂くククリナイフ一撃がメグミの左胸、心臓に迫る!

 

 その攻撃に更に踏み込んだメグミは直前まで避けようともせず、ギリギリになって最小限の動きでスッと左半身を引いて躱す。


(危ない!! なんて避け方だ! 命知らずなのか? それとも避け方をしらないのか!)


 アキヒロは内心絶叫を上げ、横ではノブヒコが余りの光景に息を呑んでいる。メグミの体の横を鎧を削る様に通過するククリナイフ。


 その瞬間、ミグミの腕が跳ね上がる。そうアキヒロ達には辛うじてメグミの腕が跳ね上がったのが見えた。

 剣筋さえ見えないその一撃は刃の残光が筋を引き、その残光がククリナイフを持ったコボルトソルジャーの手首を切り裂く、


シュバンッ キンッ


 空を切り裂く音と、骨を断ち切る音が同時に響く。


 手首で切り落とされた、ククリナイフを握るコボルトソルジャー手が冗談のように綺麗に地面に向かって落ちていく。


 そしてその手が地面に落ちるより早く、メグミの剣の残光はそのまま曲線を描き、コボルトソルジャーの首を凪ぐ。


ジャギンッ


 首の骨を断ち切る音がして、コボルトソルジャーの首が宙に舞う。


 そう音だけが響く、アキヒロ達はメグミの姿を、動きをその目に捉えることが出来ない。


(なっ、消えた! えっ、なんだ? 消えただと?)


 再びアキヒロ達がその姿を目に捕えた時には、ミグミは、勢いも止めず、背後のコボルトソルジャーに迫っていた。


 突如目の前に現れたメグミに、しかし仲間を倒され事は理解したコボルトソルジャーは怒り狂い、吠える。


ググァルアアッ!!


 猛烈な勢いで突き出されるククリナイフ!!


シュアァッ


 右胸に向かって突き出されたククリナイフを、メグミは又もギリギリまで避けずに直前で、スッと右半身を引き最小の動きで躱す。


(もしかして、避けた方向に相手の剣の軌道が変わるのが嫌でギリギリまで引き付けているのか? 避ける動きを最小限に抑えるためにワザとか!)


 そして体が霞む様な速度で前に踏み込む、メグミの姿が再びアキヒロ達の目から消え、残光がコボルトソルジャーの脇を抜け、すれ違い様に胴を凪ぐ。


ザシュッ!!


 コボルトソルジャーは右わき腹を大きく裂かれ、血を吹き出し内臓がこぼれる。コボルトソルジャーは堪らず左手で傷を押さえ、膝が崩れる。

 その背後に現れ、振り返ったメグミは、そのコボルトソルジャーの背中を斜めに切りつける、


ザグゥッン!!


 背中を袈裟切りにされ背骨を絶たれたコボルトソルジャーが前に倒れて地に沈む。


(なんだあれは?)


 アキヒロは自分で見た目の前の光景が信じられない。消えた、あの少女はこの距離で見ているアキヒロの目から消えた。踏み込みが速すぎて目で追えない。


 そしてタツオの言葉を思い出す。


「俺の同期召喚の仲間に一人、俺の目でも動きが追えない奴がいる、遠目で見ていても消えるんだ。そいつの動きは例え見えても霞んで見える」


 そんな馬鹿なとアキヒロ達は思っていた。

 

 そんな奴がいる筈がないと思っていた。


 上級冒険者の動きすら目で追えるタツオの目から消える見習い冒険者、それは既に見習いではない。


(あり得ない! そんな事は……こんな事はあり得ない!!)


 アキヒロは、目の前のコボルトソルジャーの突き出すククリナイフを、野太刀で逸らし、そのまま返す刃で斜めに切り下ろす。


ザンッ!!


 胸を袈裟切りにされたコボルトソルジャーが地に沈む、それを目の端で捉えつつ、もう一度メグミの方を確認する。

 地に臥した2匹のコボルトソルジャーが魔素に分解を始めており、その傍らに佇む小柄な少女はショートソードをその手に握る。


 何度見てもアキヒロは自分で見たものが信じられなかった。

 

(雑魚? 確かにそうだろう2匹が瞬殺だ、言うだけのことはある。だがそれを成したのが、小柄な少女でしかも『見習い』だと?)


 余りの出来事にアキヒロの頭が理解を拒む、そして目の前に迫ったもう一匹のコボルトソルジャーに剣を構え直す。


 そして再びメグミを視界の端に捕らえると、何故かメグミはルーム入口の方に走り出している。


(なんだ? 何かいる? なにか此方に来ている)


 コボルトソルジャーのククリナイフを野太刀で逸らしながら、メグミの移動先、ルームの出入口を見る。


 そして……アキヒロは後悔する。


 出入口付近に大きな影が……魔光石の光の丁度陰になる位置から何か大きなものががこちらに向かってくる……巨大なコボルトが魔光石の仄かな光の中に姿を現す。濃厚な魔素を纏うそれが、吠える。


ガルルルルルルアアアアアアアアァーーーー!!!!


 体中の筋肉が膨れ上がり、腕の太さが女性の腰よりも太い、盛り上がった筋肉で頭が小さく見える巨体、右手に握った黒光りする巨大な青龍刀。


ズシッ、ズシッ、ズシッ、


 一歩、歩くごとに地面を揺らす重々しい足音がする。


「バカな……『コボルトナイト』だと?」


 こんな低階層、地下2階などに居て良い魔物ではない。

 

(なんだ一体何回ジャックポットがあった?)


ブオオオンッッ!!


 振られたその巨大な青龍刀が風を巻き起こす。ノブヒコがコボルトソルジャーの胸に突き刺さったエストックを、その体に足を掛け引き抜きながら、声を限りに叫ぶ、


「下がって!! メグミちゃん!! そいつは『コボルトナイト』だ。逃げてっ!!!」


 助けに行きたいが、アキヒロ達の前にはまだ3匹のコボルトソルジャーがいる。


(くそ間に合わないっ!! こいつらを倒してからではあそこに間に合わない!)


 2メートルを優に超える巨体が、地面を揺らしながら走り出す。巨大な青龍刀を振り上げ、タツオより2回り以上大きなその巨体がメグミに迫る。


 メグミとの大きさ的な対比は幼稚園児と大人に見えるほど、圧倒的な体格差がそこには有った。


ガアアアアアアアルルルルルァァッ!!


 コボルトナイトが小さな獲物を威嚇するように吠える!


(何故だ……何故下がらない?? あの子は何を考えている!!)


 絶望するアキヒロの目の前でメグミの足は止まらない、前え、もっと前え!


 メグミはコボルトナイトに向かって前に踏み込む。そのメグミ小柄な体に、その頭上に巨大な青龍刀が振り下ろされる。


ブオオォン!


 不気味な音を響かせながら頭上に迫る青竜刀を、またしてもメグミはギリギリまで躱さない……当たる直前で何でもない事のように平然とメグミは右ステップでスイッっとその攻撃を躱す。体の直ぐ横を空気を切り裂きながら青龍刀が通り過ぎる。


ブオオオンッ ガシュッ


 振り下ろされた青龍刀は地面を切り裂く! メグミの姿がアキヒロ達の目から一瞬消える。


(な! 更に前に踏み出している!!)


 アキヒロ達がメグミの姿をコボルトナイトの右側方に認識したと同時に、


キンッ! 


 硬いものが切断される音が響く。青竜刀を振り終わったまま突き出されたていた、コボルトナイトの右手首が切り裂かれ、地面に落下していく。


 今回はアキヒロ達の目には残光すら見えなかった……そして又もメグミの体が霞む!


ザシュ!


 音がした……再び目に捕えたメグミの姿はコボルトナイトの斜め後方にあり、コボルトナイトの右膝裏は切り裂かれ血を吹き出す。


 膝を割かれたコボルトナイトが、右側に膝から崩れる。


ドォオスウゥン!!


 重い音立てて崩れ、膝を付き、地面に手首から先のない右腕を付いて体を支える。振り返ったメグミがその低くなった首筋に背中から刃を振るう!


ゴキィン!!


 残光がその首を通り過ぎると硬いものを絶つ音がする。するとコボルトナイトの頭が、冗談のように宙に舞う。そして……


ゴンッ!!


 地面に音を立てて転がった。


(……コボルトナイトを瞬殺だと?! 『オーガ』と並ぶ巨体に、あれほどの武器まで持った魔物だぞ?)


 アキヒロも残りのコボルトソルジャーに止めの突きを入れ倒し終わる。ノブヒコもマサオも同様にコボルトソルジャー止めを刺していた。


 そして倒したコボルトナイトの魔結晶と、落ちている巨大な青龍刀を拾うメグミを唖然として見つめる。


「この青竜刀ってレアドロップなのかしら?」


 首をひねるメグミ。


 地下7階に現れる『コボルトナイト』をショートソードと粗末な防具で平然と倒した『見習い』の小柄な少女が目の前にいる。


 ベテランの自分達がコボルトソルジャー2匹を倒し終わるよりも早く、2匹のコボルトソルジャーと更にコボルトナイトまで倒す少女。


 自分達の目では遠目でもその動きを捉えることが出来ないその少女。 


 ノブヒコが唖然と呟く……


「メグミちゃん君って……」

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