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第16話遠い『面』

「久ぶりね、タツオ、あんた相変わらずバカデッカイわね」


「バカデッカイてなんだよ、ご挨拶だな、ほっとけよ!! 全く相変わらず口の減らない女だぜ、久しぶりに会って最初の挨拶がそれかよ」


 メグミは初心者講習の3日間で、随分とタツオと話すようになっていた。



 初心者講習はその時召喚された各街の召喚者、大体約50人をここヘルイチ地上街に集め、先ずこの世界の在り方を講師役の冒険者組合の職員が教えていく。


 まあこの講師役は主にアツヒトが担当していた。最初の説明の時と変わらず、熱い語り口調ながら、質問や疑問に的確に答え、又身振りや、資料を多用したその解説は、分かりやすく、好評だった。


 この世界では魔法を用いた3Dの立体映像の投影装置が普通に使用されており、参考に映し出される映像も、召喚者たちの興味を引いて皆熱心に講習を聞いていた。


 若い召喚者がこれだけ集まれば最初は緊張から皆言葉少なだが、段々と馴染んで、気分は合宿、オリエンテーションのノリになってくる。

 休憩時間になると仲の良くなった者同士つるんで雑談に花が咲いていた。


 出身地、通っていた学校の話、共通の趣味の話、そして今の状況に対する不安、話題は尽きない、皆ワイワイと騒ぐ、しかし、その騒がしい初心者講習用の部屋の一角に静かな空間があった、タツオの周辺だ。


 タツオは一際異彩を放っていた、先ずその見た目が違う。誰よりも背が高く、誰よりも鍛え上げられていて、そして浅黒い肌に、鋭い目つき。


 その見た目だけでも、今回召喚された日本人の誰一人、タツオに勝てるものが居ないのは明らかだった。


(見掛け倒しじゃないわね、あの足の運び方、それに筋肉の付け方、確実に格闘技経験者!

 それにその纏ってる雰囲気ね、喧嘩慣れしてる……まああの眼つきなら喧嘩も吹っ掛けられやすいわよね……ヤンキーかしら? 極道ってことはないだろうけど……)


 タツオはこの異様な体験に戸惑う召喚者達の中に合って、一人堂々としていた。更に講習でも物怖じもせずに、講師にだって食って掛かる。悪目立ちし過ぎていた。


 その泰然とした態度が気に入らなかったのか、無謀な男子が数人で共謀し、人数差があれば勝てると踏んだのか実力差も分からずにタツオに挑んだみたいなのだが……その集団が翌日から、顔に痣を作ってタツオの後ろに付き従っているのだから結果は明らかだ。


 まあタツオは全く一人が苦にならないタイプなのか、手下のように付き従う連中を迷惑そうにしていたが……


 そんな一件も合って以来、皆がタツオを遠巻きに、はれ物に触るようにしていた、ただ一人を除いて……



 メグミは落ち込んでいた、


(はぁ……あれね特別何が悪いって事は無いんだけど、こう胸にグッとくる子がいないわ、レベルはそこそこなんだけど、みんな中途半端なのよね……)


そう同じく召喚された女の子達の質で落ち込んでいたのだ。


 今回の召喚者の約半数、25人以上女子が居るのだ、メグミの経験上、これだけ人数が要れば一人くらい美少女が紛れている物なのだが、今回の召喚者たちは外れなのか目立つ美少女が一人もいない。


 そう思っているメグミ自身が今回の召喚された日本人の中で一番の美少女なのだが本人にその自覚が無い、そんなメグミに男子が幾人か声を掛けてはいたが、メグミはその声が聞こえないかのように完全に無視をする。


 そんなメグミの態度は周りの女子から、


「何あの子、ちょっと顔がいいからってお高く留まって!」


そう反感を買い、一人女子の中で孤立していた。しかし、当のメグミにはそんな事を気に掛ける繊細な神経の持ち合わせが無かった。


 メグミは自分が面食いな事は否定しない。しかし、日本の高校では、顔は十人並でも性格や人柄で興味が沸き、仲良くなった友達もいた。だが、今回はその内面でも他と違う何かがある女子を見つけられなかったのだ。


 皆グループを作り、他のグループの者とは話したがらない、既にグループ間のカーストの様な物まで出来上がりつつある……メグミはこの女子特有の習性が嫌いだった。


(ハァ、これならお手伝いに来てる、ナっちゃんやアっちゃんを狙った方がましね、あの二人は良いわ! 伊達に自分で美人を名乗ってないわね!)


 だがナツコとアミはお手伝い、常に傍には居ない、他にも幾人か名前を知らないお手伝いの職員さんが居るのだが、この職員たちも皆レベルが高い、高いのだがこちらもナツコとアミ同様、常に居るわけではない。


 それでもチャンスを狙ってはこのお手伝いの女性職員に声をかけまくるメグミの行動は、明らかに他の女子から浮いていて、女子集団から益々孤立していった。


 だから、メグミはお手伝いの女性職員の居ない休憩時間、暇で仕方なかった……話し相手が居ないのだ。アツヒトがそんなメグミを心配して度々声を掛けてくれたが、メグミはこちらも完全に無視し、女子の反感を買いまくっていた。


 アツヒトはその顔の良さと、誰に対しても分け隔てない親切な態度で、女子の人気を集めていたのだ。


 だが、皆は知らないが幾人かの女性職員から色々情報を仕入れたメグミは知っている、ナツコとアミの言っていることは真実で、このアツヒト、見境ないらしい。


 メグミは元々男に興味が無いのに、そんなクズ、相手するのも嫌だった。


 そんな浮いている二人だからだったろうか……

 メグミにとって、興味のあることは二つ、一つは可愛い女の子、もう一つは剣道……


(タツオは強いわ、だけど剣道なら、そう武器を持った戦いなら、私とどちらが強いのかしら?)


 暇で仕方なかったのと、そんな興味から、メグミは無遠慮にタツオに話しかけていた。


「ねえ、タツオ、あんた格闘技経験者なんでしょ? 何? どんな格闘技習ってたの?」


「ああ゛っ! ん? なんだメグミか、何だ? なんか用か?」


 一緒に召喚されて、メグミもタツオの前で自己紹介している。名前くらいはタツオも覚えていてくれたらしい。


「いきなりガン飛ばしてんじゃないわよ!」


「ガン飛ばすって、何時の時代の不良だ? うぜぇ野郎が話しかけて来ないように警戒してるんだろうが」


「はぁ? 私のこの美声が野郎共のダミ声と一緒だとでも言う心算? 失礼なっ!!」


「いや悪かったって、話しかけて来るのが大体野郎ばっかりだからな、条件反射だ、気にするな」


「ふん、まあ良いわ、それより最初の質問! どうなのよ?」


「何だ? お前格闘技に興味あるのか? そういやお前も何かやってそうだな、他の連中と体の運びが違う……小さいのに面白い奴だな」


 メグミが他人の強さをその体の運び、重心移動から推し量っていたように、タツオもまた、同様に推し量っていたようだ。


「うるせえ! 好きで小さいんじゃないわ! バカデッカイあんたに言われると、こっちは面白くないわね!」


「……お前口が悪いな、ビックリするほど外見と中身が一致してねえ」


「口の悪さはお互い様でしょ!」


「はっ、それもそうか、面白い女だなメグミ」


「五月蠅いわね! それに小さい言うな! 小柄って可愛らしく言いなさい、レディに対して失礼だわ!」


「誰がレディだよ、俺にここまで言い返すレディなんざ居ねえよっ!」


「一々口の減らない野郎ね! まあ良いわ、話が前に進まない! で? どうなのよ?」


 目つきが悪くて皆誤解しているが、タツオは決してヤンキーではない……ないらしいのだ。

そう違った。そんな半端なものじゃなかった……その後タツオは……


「ああ、格闘技ね、まあウチは古武術の道場だからな、これでも跡取り息子でな、それでその古武術を習ってる」


「古武術? 今時珍しいわねなんて流派?」


「言ってもわからねえと思うが、なんだ? メグミお前、古武術の流派を知ってんのか?」


「幾つかね、ちょっと興味があって調べたことが有るのよ」


「へえ、ウチは『滅法』っていうらしい、無手の流派だ」


 タツオの告げた古武術の流派名をメグミは聞いたことがなかった。


 メグミは剣道をやってる傍ら、柔道や空手などの助っ人にも呼ばれていた。

 メグミは身体能力が異常に高く、反射神経がずば抜けている。その背の低さ以外、全ての才能が武道全般に向いていた。


 またメグミも他の武道が剣道に何か生かせないかと積極的に参加もしていた。そんなことも有って何かの参考にならないかと日本各地の古武術などの流派やその技を調べたりもしてた。


 だがタツオの名乗った流派は、そんなメグミが一度も聞いたことのない流派だった。


「ねえ、そんな古武術、私聞いたことないんだけど、超マイナーなの?」


「さあ? よくわかんねえな、けど裏じゃあ有名だって爺さんが言ってたがな?」


「裏? 何それ?」


「そっちもよく知らねえな、子供の頃から強制的に爺さんに仕込まれただけだからな、まあ無手で人を殺すことに特化してたから……表には出せなかったんじゃねえか?」


「……冗談だよね?」


「……まあ、冗談だ」


「もう冗談ばっかり! 冗談はその眼付だけにしろよ!」


 そう言って思いっきりメグミはタツオの背中を叩いたのだが……その背中はびくともしなかった。その背中の筋肉は冗談で済ませられるような鍛えられ方ではない。叩いたメグミの手の方が痛むくらいだ。


(殺人拳の継承者が、なんで男相手だとすぐ切れてるのよ!! あんたの両手は凶器でしょうが! 短気な殺人鬼とかシャレにならないわよ!!)


 メグミは心の中でもう一度盛大に突っ込みを入れた、まあ、喧嘩をした相手を殺してないみたいだし、十分手加減をしているのだろうが、それでもこの巨体でこの筋肉だ。ちょっと手加減を間違えただけで簡単に相手は死ぬだろう……


(コイツ想像以上にヤバいわ、素手だと絶対に勝てない!)


 メグミは益々タツオに対する警戒レベルを引き上げたのだが……周りからはそうは見えなかったらしい。


 メグミに周り中に響き渡るほど背中を叩かれ、盛大に突っ込みを入れられても、怒ることもなく平然としているタツオを見て、そうメグミとは反対に、危険はないと思いこんだのだ。


 特に女子がタツオに話しかけるようになっていた。


 まあ確かに目つきは鋭すぎるが、顔は悪くない、鋭い顔つきのワイルドなイケメンと言えなくもない。メグミはその眼つきで全て台無しだと思うが、大半の女子にはその鋭い目つきもちょい悪な感じがして良いらしい。


 スタイルだって日本人離れしている。背が高く足が長い。そのスタイルの所為か、よく鍛えられていて筋肉もしっかりついているのだが、ゴリゴリのマッチョには遠目には見えないのも良いのだろう。


 それにタツオは口は悪いし、短気だが、意外なほどフェミニストなのだ。

 食事時に小学校の給食よろしく、食事を部屋まで運ぶのだが、重い鍋を運ぼうとしている女性職員がいれば黙ってその鍋を手から奪い。


「どこに運べばいい?」


そう聞いてくるし、図書館での自主学習で棚の上の方の本を取ろうと背伸びをしている子がいれば、


「これか?」


そう言ってその本を手に取り手渡す。

 言葉は少ないし、ぶっきら棒なのだが、その動作が自然なのだ、女性のエスコートに慣れていた。


(何だろう? 凄い仕込まれてる……タツオの地の性格が優しいのも有るのかもしれないけど、これ誰かに仕込まれてるよね? 彼女か?)


 メグミも最初は警戒していたが、その姿を見ると段々警戒するのが面倒になってきた。他に話し相手も居ないし、此方から話しかければタツオは気軽に相手をしてくれる。


 メグミが少し雑に扱ったところで、口では何のかんの言い返しては来るが、決して本気で怒ることはないのだ。


 そんなメグミの様子が益々安心感を与え周りの女子も段々と気軽にタツオと話している。


 メグミが最終的に下したタツオの印象は、


『気の良い、近所のあんちゃん』


ヤンキーっぽい見た目なのに女性に対しては紳士なのだ。


 そんな感じでも男子は相変わらず話しかけて来ない、女性にモテ始めたタツオに対するやっかみも有るのだろうが、それよりも恐怖が勝っていた。


 男子のしている話を、メグミが聞くとはなしに聞いて知った情報を整理すると、タツオに仕掛けた数人の男子グループは、瞬殺だったらしい。


 六人ほどでタツオを囲んで仕掛けたらしいのだが、触れることすら出来ずに、全員倒れ伏したらしい。タツオを除けば、男子の中で最も武闘派の柔道や空手の有段者の揃った集団が瞬殺だ。男子の中でタツオは、今時珍しい番長の様な存在と化していた。



 メグミは改めてタツオを見る、本当に体が大きい、ここ数か月でさらに筋肉が引き締められ、その背の高さなのに、まるで鈍い感じがしない、確実に強くなっているのだろう。少し大きく成ったように見えるのは存在感が増したからだろうか?


 戦士にとって、その大きな体格は、才能だろう、天から与えられた才能なのだろう。


 メグミは女性として、自分の背が低いことはハンデにならないことを知っている。メグミ位の背の低さは寧ろ好きな男性も多いのかもしれない。メグミには全くどうでも良い話で関係ないが……


 しかし、戦士としては、メグミは自分の背の低さが圧倒的に不利なことも知っている。リーチが、筋力が違うのだ。


 メグミは声を掛けてきたタツオの顔を見上げて思う、


(遠いな……本当に遠い『面』、あの『面』に自分の剣は届かない……)


今はもう、永遠に届くことのなくなった、遠い『面』を思い出す。



 メグミは小学校に上って直ぐに、近所の剣道道場に通い始めた。

 偶然前を通りかかった時、見かけて、親に頼み込んで通うことにしたのだ。


 そうその道場の持ち主の娘で師匠のフミエは、若くて、綺麗で、背が高く、立ち姿の美しい女性だった。練習時は厳しいが、普段は優しい、メグミの憧れの女性だった。


 最初はそのフミエ先生が目当てだっだ、ただフミエ先生に教えて貰えるのが嬉しかったのだ。


 フミエも道場の講習日以外の日でも毎日通ってくる、そんなメグミが可愛かった。だから熱心に剣道を教えていた。


 見た目だけは美幼女のメグミだ、この時はまだ本人もその性癖に自覚は無い。無邪気な美幼女が、


「せんせー、ねえせんせー! どう? これで良い? 良い感じ?」


 熱心に無心に剣道を教えてくれとねだってくる。フミエはメグミが可愛くて仕方が無かった。


 若干、お尻や胸に抱き着いてきたり、スキンシップが大好きな子であったが、そこがまた可愛かったのだ。


 夏場の練習終わりなどは一緒にお風呂に入ったりもした。

 一人特別扱いの様な気もしたが、何時までも飽きもせずに練習して、最後まで一人道場に残っているメグミだ。他の子達にはバレようも無かった。


 裸で膝の間に抱えて湯舟につかれば嬉しそうに胸に抱き着いてくるし、頭を洗ってあげれば、


「わたしも、せんせー洗う!」


 そういって小さな手で頭だけでなく全身を洗ってくれるのだ。フミエには姉妹が居なかったが、年の離れた小さな妹が出来たような、そんな感覚だった。


 メグミはそんなフミエ先生も好きだったが、剣道自体も好きだったのだと思う。そう段々とフミエに会うための手段であった剣道も好きになっていったのだ。


 冬の道場の、氷の様に冷たい板張りの床に、足が悴むのも耐えたし、夏の防具の耐えがたい腐臭にも、何とか耐えて剣道を続けていたのは、フミエ先生だけでなく剣道も好きだったのだと思う。


 メグミは強かった。いや、強くなった。


 熱心にフミエが教えていたことも有るが、その才能もフミエに教えることの悦びを与えていた。本当に砂が水を吸うように、日に日に強く、速く、育っていく。そしてメグミは毎日練習を欠かさない、例えフミエ目当てであろうと、毎日練習を続けるのだ。



 小学校3年生の時点で道場内の小学生部門には男子も含めて敵は居なかった。道場では中学生も教えていたが、誰もメグミの練習相手になってくれる人が居なかった。


 中学生、一番多感で、自意識が芽生え、一番プライドが高い時期である。


 そのプライドが、小学3年生の女子に負けることを許さないのだ。そう見ただけで分かる、どうやってもこの少女には勝てない、それが分かってしまう。だが戦わなければ、相対さなければ負けることはないのだ、例え練習でも……


 メグミの練習相手はフミエだけになっていた。


 その所為か、メグミは天狗になっていた、上級生でも勝てないのに、同級生で自分に勝てるものなど居ないと思い込んでいた。


 それが、その一人孤高に強くなっていくメグミがフミエは心配だった。


(この子には年の近いライバルが必要だわ、このままではダメ、この子は今、鼻が高く成り過ぎている、慢心している、けどまだ井の中の蛙、このままだと何時か後悔する……けど普通慢心したら練習サボるのよね、なんでこの子はこんなに熱心なの?)


 メグミ自身にも自覚が無いのだ、フミエにその理由は分からなかった。


 フミエの勧めで、メグミは少し大きな地域の大会に小学校3年生で初めて参加した。


 フミエは知っていた、噂で聞いていたのだ、メグミと同い年で、既に神童と噂になっている子がこの大会に参加しているのを……


(その子なら、メグミちゃんと正面から戦える、育てた私が言うのも変だけど、あの子は少し異常よ、強すぎるわ。

 けどその子ならメグミちゃんのライバルに、メグミちゃんの慢心を諫める戦友になれる!)


 そこでメグミは『彼女』と出会った。


 何気なく見ていた同級生の出ている試合だった。同じ小学3年生部門に参加している他の試合はどれもつまらなかった。


(弱すぎて話ならないわ、時間の無駄ね、フミエ先生と練習している方が余程有意義よ)


 ヘロヘロと振られる竹刀でペシペシと殴り合う、そんな風に同級生の試合がメグミの目には見えていた。


(遅いわ! 圧倒的に竹刀の振りが遅い! それに何なのあの踏み込みの遅さは! 道場の上級生より遅い!)


 メグミは知らないが、メグミに散々甚振られて、メグミの道場の上級生のレベルは格段に上がっていた、最近では地域一・二を争うエリート道場との呼び声も高い。


 そんな彼らと一般の同級生を比べるメグミがどうかしているのだが、メグミにはそんなことは関係なかった。


(はぁ~、つまらない、サクサク試合に勝って、フミエ先生に褒めて貰おう! そうよサクサク勝てば褒めてくれるわ! きっと抱きしめてくれる!)


 最近調子に乗っているメグミに、フミエは厳しく当たっていたため、スキンシップにメグミは飢えていた、可愛い妹でその欲求を満たしてはいたが物足りなかった。


 急に以前にも益して構ってくれる姉に、妹の方はメロメロになっていたが……


 その試合もつまらないだろう、そう思って見ていた。


 そこに『彼女』がいた。


 『彼女』は圧倒的だった、相手の同級生が憐れに見えるほどの実力差があった。礼をして『彼女』が構えた瞬間、世界が凍った。


 『彼女』の放つ『面』は美しかった。


 メグミの目にも鋭い踏込から放たれた『面』は、背筋が伸び、腰から左足の爪先までつながるしなやかな曲線がまるで芯を通したよう伸びていた、手は良く前に出ていて、その姿は時が止まって見えるほど美しかった。

 

スパーンッ!


 綺麗な音を響かせて一本を取った、文句のつけようのない一本だ。開始と同時にその試合は終了した。相手の選手はただただ茫然としていた。


 メグミは『彼女』のその時の『面』が頭から離れなかった。


 その試合が終わって、礼をして後方に下がり面を外した『彼女』の素顔は綺麗だった、とても意志の強そうなキリリとした目と細面、真っすぐに伸びた背中、長い髪を首の後ろで纏めただけの髪型、細身なのに弱々しさを感じさせない。


 『彼女』の姿は菖蒲の花を、日本刀をメグミにイメージさせた。


 それからは自分の試合もそこそこに、『彼女』の姿を、試合をメグミは追っていた。目が……目が離せなくなっていた。


 決勝戦にいつの間にかなっていた。


 メグミの相手は『彼女』だった。


 メグミも『彼女』も何時も一瞬で互いの試合を終わらせて、勝ち進んでいた。その為、その決勝戦は、小学生3年生部門の決勝戦とは思えない位のギャラリーが詰めかけていた、この大会に参加した関係者が総出で注目していたのだ。


 その周りの喧騒もメグミの目には映らなかった、フミエ先生が何か言っていたがメグミの耳の上を滑って消えていた。


 メグミの目には『彼女』しか映らなかった。


 それまで喧騒に包まれていたいた会場が、試合前の礼と共に静まり返った。そうその場にいる二人の少女剣士、二人はその年の少女が放つ筈のない雰囲気で会場を包み支配したのだ。


 張りつめた静寂の中、試合開始の言葉が掛かる。


 メグミは最初から全力だった、今までの『彼女』の試合を見てそう決めていた。


(全力で戦わないと負ける!)


 初手の『面』の打ち合いは互角、『彼女』は強かった、こちらのフェイントにも乗らず、今まで同級生を圧倒していたメグミのスピードに、反応速度についてきた。今までと違い長い試合になった。


(強い、こんな強い人間が同級生にいるのか)


 だが勝負は一瞬だった、小手から崩して面を打つメグミと、その小手を無視し鋭い踏込で面を打つ『彼女』、メグミはその一瞬の差で負けた。


 小手を取った審判もいたが、メグミの旗は一本、彼女の旗は二本。小手は審判の見る角度によって一本が取りにくい。これは仕方がない事であった。


 メグミは悔しかった、『彼女』に負けたのが悔しかった。決して届かない面ではなかった。


(小手から入らずに面を打ち合えば勝てたかもしれない)


 それが悔しかった。僅かだが、確実に、速さは、その踏み込みはメグミの方が上だったのだ。


 それ以来メグミは慢心など捨てた、そう他の人相手に勝っても少しも嬉しくないのだ。『彼女』に勝つためだけに努力した。


 年4回あるその地方大会に必ず出場し『彼女』と戦った。


 次の大会では同じく決勝戦で彼女と当たり今度はメグミが勝った。前回大会よりも更にギャラリーが増え、勝ったメグミは驚きをもって皆に祝福された。


 しかしメグミは勝負に勝って気が付いた。勝敗よりも、もっと、そうもっと彼女と試合がしたかった。彼女は強くなっていた。前回の大会よりも更に強くなっていた。それがメグミには嬉しかった。


(私だけじゃない『彼女』も努力している、強く成ってる! 私は『彼女』に勝つために努力した! けど『彼女』は何のために努力してるんだろう?)


 メグミに負けない為の努力、そうだったら嬉しいとメグミは感じた。何故嬉しいのかはその時のメグミには分からなかったが……


 その後の大会でも勝ったり負けたりが続いたが、メグミは『彼女』と戦えるのが嬉しかった。


 『彼女』がメグミに勝てば『彼女』が優勝し、メグミが勝てばメグミが優勝した。何故か毎回メグミと『彼女』の試合は大注目されたが。メグミには如何でも良かった。年に4回『彼女』と戦える、その事が何よりも嬉しかったのだ。


 その他の試合に出ることや、全国大会に出ることも勧められたが、メグミには如何(どう)でも良いことであった。小学生であったし剣道以外にも色々して遊びたいのに休日が大会で潰れるのが我慢できなかった。


 そうでなくても毎日の剣道の練習で時間が無いのだ、『彼女』以外と試合をする位なら練習をしていた方がマシ、そう思っていた。



「お姉ちゃま、髪の毛結んでぇ」


 甘えて来る可愛い妹『綾音』


 この妹との触れ合いの時間を奪われるわけにはいかない、そう姉として!


「ふふん、お姉さまにまかせなさい! 今日もお姫様にしてあげるわ!」


「お姉ちゃま大好きっ!」


 メグミは抱き着いてくる3歳年下の妹が可愛くて仕方がなかった。


(我が妹ながら、なんて美幼女なの! 天使ね! 天使だわ! ああ、何だか甘い香りがする、少し体温が高いのよねこの子、ううっ可愛い!!)


 メグミは可成りの姉バカだが、事実妹の『綾音』は何処に出しても恥ずかしくない美幼女だ。


 学校でのモテモテ振りは姉の耳に入る程の噂になる位だ。


 普通それだけ目立てばイジメの対象になったりするのだが、この可愛い妹は、その妹属性を存分に発揮して、同級生女子の間でも可愛い妹ポジションを確保して、保護されていた。


 男子に興味を示さず、全く近寄らなかったのも功を奏したのかもしれない……


 一方の姉は残念美人の名を欲しいままにして、男子相手だろうが躊躇うことなく喧嘩をして、相手をぶちのめし暴れ回っていた。


 しかし意外と面倒見が良かったので下級生の女子から好かれ、上級生の女子からも頼りにされていた。


 同級生たちからも、メグミが全く男に興味を示さず、またその残念ぶりから男子からも嫌煙され、可愛い女の子ばかり追いかけていた為、安パイとして、皆、表面上はフレンドリーに付き合っていた。


「メグミはダメだな、黙ってれば学校一の美少女だけど、あの性格はな……」


「アイツめっちゃつええ、この間も三組のサトシがボコボコにされて泣かされたってよ」


「え? サトシが? あいつでも勝てないとかメグミは化け物か?」


「はぁ、中身がなあ、狂犬だからな」


 男子としてはその見た目から、仲良くしたいと思っている者もいるには居るのだがが……メグミは男子には一切手加減をしないのだ。喧嘩の際には急所を的確に一撃で射抜く。メグミを見ていると、男子はその股間に激痛が走る気がするのだそうだ。


「メグミちゃんはね……剣道と妹さん以外興味ないからね……」


「でも可愛い女の子も好きよ? 2年の子をこの間抱きしめてご満悦だったって」


「6年生の先輩の髪の毛をセットして喜ばれてたそうよ、ほらあの綺麗な!」


「ちょっと付き合い辛いのよね、まあ私の彼氏に手を出さなければどうでも良いけど」


「男子がたまーにメグミちゃん見つめてるのがムカつくのよね! 黙ってれば本当に美人なのよね、スタイルも良いし」


「けど全身筋肉よ? プールの時凄かったって」


「ああ腹筋? 割れてるんだっけ?」


「あり得ないよね、あの年で」


 そんな感じで遠巻きにメグミと接していた。まあメグミ自身が興味ある同級生が『彼女』以外居なかった為、余り真剣に友達を作ろうとしてこなかったのだが。


 そうそう、メグミの弟『晋太郎』、最愛の妹の双子の兄弟はメグミとその双子の姉とは他人のフリをして成るべく関わらないようにして学校生活を送っていた。


 小学生ながら野暮ったい伊達眼鏡を掛け、前髪を伸ばしその美少年ぶりを隠しながら平穏に暮らしていたのだ。


「姉ちゃん達と関わると碌なことが無い! 巻き込まれるのはもう嫌だ! 僕は関係ないからね!」


 昔から目立つ二人の姉と比べられる事に、その巻き起こす騒動に必死で耐えていたこの賢い弟は、この年にして既に悟りきっていた。



 一方のメグミは学校のそんな同級生たちの事などまるで気に留めず。この頃は、


(アレよね、私と『彼女』以外で試合をして、その優勝者と私が試合をしてあげるわ、万が一私に勝てたら『彼女』との試合を譲ってあげるってルールの大会って開いてくれないかな? で彼女との試合は3本先取のサドンデスよ! 延々試合が続けられるわ!)


そんな妄想を夢描くほどメグミは『彼女』との試合に夢中だった。『彼女』が練習している道場にメグミが出向いて『一緒に練習』と称して延々試合をしても良かったのだが、周りの大人たちが止めるのだ。


「ねえ、フミエ先生、『彼女』の道場に行きたいの! 彼女の道場は何処?」


「『彼女』の? ……そこに行って何をするの?」


「一緒に練習するのよ! 他の相手じゃ『彼女』も物足りないでしょ? 延々試合をするの♪」


「……あちらの先生ともお話してるんだけどね、メグミちゃん、それだけは絶対にダメ、貴方達、本当に延々試合する気でしょ?」


「そうよ? なんでダメなの?」


「貴方達は成長期! 過度な練習は害にしかならないわ、最近メグミちゃんは練習のし過ぎよ! 更に延々試合とか許可出来ません!」


「でも先生、他の大会の出場勧めたじゃないっ!」


「他の大会は良い骨休めに成るからよ! 大会に出てればその間、練習できないでしょ、気分転換にもなるわ!」


「むぅーー、行きたい! 行きたい! 行きたい!」


「ダメ! 絶対ダメ! あちらの先生も知ってますからね、無理に行っても『彼女』には会えませんからね!」


(あぁぁぁもうっ! あちらの先生も苦労されてるってお話しだったけど、メグミちゃんもこの発想に至ったのね、この子達を引き合わせたのは失敗だったのかしら?)


 『彼女』の師匠も、


「うちの子がそちらに出向いても、メグミちゃんとは会わせないでやって欲しい、お願いします」


そう言って頭を下げる。フミエは慌てて頭を上げるようにお願いする。年若いフミエと違って相手は年配の男性だ。


「あの子はメグミちゃんに夢中だ、メグミちゃんに勝つことしか頭にない、延々試合をすると言っていた、あの子ならやる、本当にお互いが壊れるまで試合をする」


 だが『彼女』の師匠はそう言って頭を抱え、頭を上げようとしない。


「私には分かるんですよ……最近の彼女達の試合を見ればわかる、あの緊張感、あの雰囲気、アレは殺気だ!

 子供が殺気を放つなんて最初は信じられなかったが、今は確信しています。本気で彼女達は殺し合ってる。あんなに楽しそうに殺し合ってるんですよ、あんな子供が……」


「少し、距離を設けないとダメですね、分かりました、ウチのメグミがそちらに行った場合もよろしくお願いします。うちの子も同類です、そう同類なのよね、あそこまで才能ある子達が同級生なんて……」


「少し年が離れていれば良き先輩と後輩、また違ったんでしょうがね、他と隔絶した才能を持つ二人が同時に存在している、お互いがお互いを認識してからの成長速度が常軌を逸している。

 もう私でも手が付けられない。手に負えない。うちの子は最近全国大会常連の高校生相手に勝っている。そんな子を相手に一歩も引かないお宅のメグミちゃんも、もう……」


「最近私相手の練習でも少し物足りないみたいですね……一応剣には結構自信があったんですけどね、ふぅ」


「お互い苦労しますな」


 そんな話し合いが有ったばかりなのだ。


 メグミはそんな大人たちの苦労など知る由もなく、不満であったが、流石に道場以外で竹刀を振り回すような事はしないだけの常識がこの頃はまだあった。


 仕方がない、仕方が無いのだと自分に言い聞かせてメグミは我慢した。まだ我慢が出来た。『彼女』と試合をするなら、その地方大会に出るだけで十分だった。


 年に四回、メグミはその試合を、そのチャンスを大切にした。他の相手との試合などメグミの眼中にはなかった。

 その地方試合に全国の猛者が大会関係者の手引きでこっそり参加したりもしたが、この二人の相手が務まる選手は皆無であった。


 『彼女』はスクスクと成長し、会うたびに背が高くなっていった。しかし最初の印象から変わらず、細く、しなやかで、綺麗な面を打つ『彼女』



 メグミは中学生になった。近所の中学校に通いながら、いつもの大会に出場したが『彼女』の姿がどこにもなかった。


(何故いないの?)


 探し回ったが居ない、何時も何処で見ても、目の端にでも捕えれば『彼女』は見つかった……なのに居ない。


 メグミは『彼女』の師匠を見つけ、その胸倉をつかんで尋ねる。


「何で『彼女』が居ないのっ!! どこに隠したのっ!!」


「わぁ、ビックリしたな、誰かと思えばメグミちゃんか、どうしたんだい?」


 『彼女』の師匠はメグミのその無礼な態度を咎めず、優しく尋ねる。


「どうしたもこうしたも無いわ! 『彼女』が居ないのよ!! 何でよ!!」


「あれ? フミエ先生から聞いてないのかな? 『彼女』は中高一貫の剣道の名門校に入学したんだよ、その学校は他の地方だからね、もうこの地方大会には出られないんだよ」


 その時、フミエがメグミに追いついた。


「ああっ!! 居たわねメグミちゃん! もうっ! 少しは私の話を聞いて! 急に駆け出すから、もしやと思って来てみたら! 何してるの! 申し訳ありません先生、うちの子がご迷惑をお掛けして、ほらメグミちゃん! 貴方も謝るの! 頭を下げなさい!」


「いやよ! 『彼女』を出しなさい! 試合をするのよ!」


「メグミちゃん! やっぱり聞いてなかった! ちゃんと何度も説明したでしょ? 一緒の中学校を受験することも薦めたのに!」


 メグミは確かにそんな話をされたのは覚えていたが、家を出て寮生活となる、との説明から、その話は聞き流していた。


 可愛い妹との憩いの時間が寮生活では取れなくなってしまう……そんな選択はあり得なかった。だが今その選択を猛烈に後悔していた……


「学校の話は何となく覚えてるけど、何で大会に出ないのよ!」


「ふむ、メグミちゃんいいかな? この大会は地方大会なんだよ、その地方で剣道をやっている者しか参加できないんだ。さっきも話したけど、『彼女』の学校は別の地方にある、だから『彼女』は参加出来ないんだよ」


「何とかならないの? え? もう『彼女』と試合できないの?」


「そんなことはないよメグミちゃん、全国大会がある! それに出場すれば必ず『彼女』と試合が出来る、これは僕が保証しよう」


「それに出たら『彼女』と試合が出来るのね?」


「ああ、だって君は『彼女』以外に負けないだろう?」


「当たり前よ、他の誰に負けるって言うの? あり得ないわ」


 メグミは多くの大会参加者の前で言い切る、そしてそのメグミを咎めるものは誰もいない。


「『彼女』だってそうだよ、『彼女』はね、小学生の全国大会に小学校3年生から出場して以来負け知らずだ、そう君に負けているこの地方大会以外全勝している。君以外に負けてないんだよ、連続で全国優勝し続けているんだ、だから君が参加すれば必ず『彼女』と戦える!」


 そうこの場に居る誰もが、『彼女』もメグミも他の誰かに負ける事などあり得ないと分かっていた。


「当然ね、私以外に『彼女』は負けないわ!」


「うん、そうだね、じゃあ君も全国大会に出るんだ!」


「分かったわ、全国大会に出る! ほらフミエ先生! 急いで! 手続きよ!」


「ちょっと待ってメグミちゃん! この大会は? 試合はもう直ぐよ」


「バカな事言わないで! 『彼女』の居ない大会に何の意味が有るの? 時間の無駄よ、棄権するわ!」


 その言葉は大会関係者を大いに落胆させた、メグミは本気だ、この少女の本気を疑う者はこの場には誰一人居なかった。メグミの奇行は既に知れ渡っていたのだ。なにせコレだけ強いのに他の大会に一切出ない、異常だった。


 この大会の名物となっていたメグミ達の試合はもう行われない。しかしメグミの試合、それが見られるだけでこの大会は大いに注目されていたのだ。


 この大会にしか参加しない謎の剣豪少女として、『彼女』の天敵としてメグミの名前は既に全国に知れ渡っていた。そのメグミが試合に出ない、しかも今の言葉で今後も一切参加しない事が確定してしまったのだ。


 大会関係者とフミエの嘆きが重なった。



 全国大会に出れば『彼女』に会える、彼女と戦える。メグミは『彼女』のいない地方の予選大会で、


「ねえ面倒よ、まとめて相手とかできないの? 時間が掛って仕方が無いんだけど?」


そう大会運営者に直訴して他の参加者たちを激怒させていた。


「なんだあの馬鹿は、後悔させてやる!」


 メグミの事を知らない他の地方出身者は息巻くが、同じ地方出身者は、


「ねえ準優勝誰になるかな?」


「運次第でしょ? 3位も実質準優勝みたいなものよね」


「はあ、やっと『彼女』が居なくなって、全国大会の出場枠が一つ増えたと思ったのに……」


「まあ去年までと一緒よ、3位入賞頑張るわよ!」


「この地方だけ参加枠もう一個増やしてほしいわね、不公平よ!」


「お隣も今頃そう言ってるでしょうね、『彼女』が居たら、もう優勝は無理だもの」


「こっちも無理だけどね……あの子、あの地方大会専門じゃなかったの?」


「『彼女』と試合する為に参加したって噂よ」


「ああ、今年は全国大会の決勝戦であの試合が見れるのね、それは楽しみだわ!」


「決勝戦かな? 途中で当たったりしない?」


「無いわね、私が関係者なら絶対同じブロックに入れないわ」


「まあシード確実か……」


 その地方大会でメグミは全ての試合を3秒以内に終わらせた。3秒持った3位となった娘が、周りを囲まれ皆から祝福されていた。


「凄い! 凄いわ! 貴方3秒も持ったのよ! 胸を張りなさい、実質優勝よ! 組み合わせ次第では全国で良い所までいけるわ」


「ありがとうみんな、私全国でも頑張るね! 籤運! そうよ、あの二人に出来るだけ当たらないブロックを引けるように祈って!」


「くうぅ、今年は運が良かったけど、来年は貴方が準優勝かもね、クソ、私一秒も持たなかったわ」


「いいえ、全国大会は籤運よ! 運が全てなのよ! 貴方今ツイてるからもしかすると良い所までいけるわ」


「あんた達それで良いのか? なんだあの化け物は! アレは一体何なんだ」


「貴方他の地方の出身者? ああ、貴方全国大会も出たこと無いのね。今年から全国大会の優勝か準優勝になる子よ、よく覚えておくのね」


「全く他の地方の子は気楽よね、去年まで二人もこの地方には化け物が居たのよ、絶対に優勝できない大会に出続ける私達の気持ちが貴方に分かって?」


「勉強の為だ、経験だって、数秒で負けるのに何が勉強よ! 経験よ!」


「地方大会なんてもっと酷いわ! 二人が無双するのよ! 地獄よ」


「特例でね、偶に他の地方の優勝者が参加するけど泣いて帰るのよ? いい気味よね」


 参加者たちの恨み節は続く、そう彼女達だって心が有るのだ、どんなに相手が悪かろうと、どんなに相手が強かろうと、負ければ悔しいのだ。



 メグミは晴れて『彼女』の待つ全国大会に初めて出場した。


 だがメグミには全国大会に出場した悦びなど無かった。『彼女』を探した、ただひたすら、その広い会場で『彼女』の姿を探し求めた。『彼女』以外の人間になど興味はなかった。


 『彼女』を見つけた、彼女はさらに身長が伸び、益々綺麗になっていた。


 余りの嬉しさにメグミは何も考えられなくなり、『彼女』をずっと見つめていた、その時メグミはふと『彼女』と目が合った気がした。だが直ぐに『彼女』の試合の番になり、『彼女』は面を付けてしまった。彼女のその表情が見えなかった。


『彼女』の試合を見た、美しい、本当に美しい面を打つ。『彼女』は益々強くなっていた。


 『彼女』の試合に夢中になって自分の試合を忘れていたメグミは、危うく棄権になるところだったが、『彼女』の試合が一瞬だったため、辛うじて自分の試合に間に合っていた。


(『彼女』と戦いたい、早く戦いたい、早く試合がしたい)


 メグミには既に目の前の対戦相手など見えて居なかった。


 試合に遅れてやってきて、自分の事を見ようともしないメグミに対戦相手はいきり立つが、それは試合前の礼をするまでだった。


 一瞬で試合会場がそのメグミを知る者には御馴染みの雰囲気に包まれる、周囲で試合をしていた者達の動きまでが止まる。


(邪魔ね……あんた邪魔よっ! なんで邪魔するの? 目障りよ)


 メグミにとって目の前の対戦相手は障害物、只の木偶人形だった。『彼女』との試合を邪魔する、木偶人形!


 その雰囲気、メグミが発する尋常ならざる殺気に当てられ、茫然としていた審判がハッと気が付き試合開始を告げる。


「始め!」 パシーン! 「一本!!」


 一瞬だった、試合後対戦相手は語っている。


「切られた、私は切られたわ! 間違いなく切られたのよ! 怖い、あの子怖い!」


 全国大会に出場した猛者が震えながら涙声で語る。


 静寂に包まれた試合会場で『彼女』だけが満面の笑みでその様子を眺めていた。



 メグミの気持ちと裏腹に『彼女』とは中々当たらない、メグミは苛立っていた。


(お前ら雑魚など如何でもいいのよ、早くっ! 早く『彼女』と試合をさせてっ!!)


 そのメグミの苛立ちは会場内に殺気を振りまく、メグミだけなら未だしも、そうもう一人、中々当たらない試合に苛立つ鬼がもう一人……


 気の弱い者はその気に当てられ、気分を悪くして蹲り、運の悪い者は気絶して担架で運び出される。


 (ようや)く『彼女』と試合で当たったのは決勝戦だった。


 やっと戦える、やっとこの瞬間が来た。メグミは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。それまでの殺気が嘘のように会場から消えて関係者がホッと胸を撫でおろす。


 メグミは『彼女』と立ち合い気が付く、


(面が遠いな……)


メグミの身長も伸びてはいたが、『彼女』はそれ以上に成長していた。


 礼をして互いに構える、そうこの為に、この瞬間の為だけに今メグミはここに居るのだ。邪念を振り払い、メグミは『彼女』と相対する。


「始め!!」


 『彼女』は初手で面を撃つ、メグミはそれを弾いて改めて確信する。


(面が遠い、リーチの差か……)


 以前であれば合わせられた『彼女』の面に届く一撃が繰り出せなかった。


(だがまだっ! まだ速さだけなら、反射速度、剣の振り、まだ僅かに私の方が速い!)


 続けて『彼女』が面を打つ、だかその一撃には躊躇い、迷いがあった。

 以前であれば『彼女』の面に合わす様に放たれた、メグミの面、それが無く単に弾かれた。その事が、彼女の脳裏に僅か一瞬のスキを生んだ。僅かな隙、だがその隙はメグミと『彼女』との闘いにおいて大きすぎる隙……


 メグミはその瞬間を逃さず小手を打つ。メグミの方が僅かに速い!


 旗は3本メグミに上がった。


 ……一本勝ち。


 試合後、『彼女』はメグミを見ていた、メグミだけをただ意志の強そうなその目で、凛々しいその顔で、一心不乱に見つめていた。その事がメグミは嬉しかった……ただただ嬉しかった。


(『彼女』が私を見てくれている)


 そのことが何故か無性に嬉しかった。


 その年メグミは全国優勝を果たし、『彼女』の小学3年生から続いていた連続優勝はストップした。


 メグミには全国優勝など如何でもよかった。


(いつもの地方大会の優勝と何が違う? 今回は私が勝って『彼女』が負けた、それだけ、何時もと一緒)


 メグミにとって重要なのは『彼女』と試合をすること、そして『彼女』が勝つか、メグミが勝つか、重要なのはそこだけだった。



 全国優勝を果たしてから、少しメグミの周辺が騒がしかったが、メグミには本当に如何でも良かった。色々表彰の話や学校でも校長先生に呼び出されたがすべて無視した。


 メグミは単に『彼女』に勝っただけ、しかし周囲、特に剣道の世界では違った。


 地方大会で『彼女』が負けている。『彼女』に勝てる人間が居る。その噂はあった。その映像も、確かに存在した。しかし全国大会での『彼女』しか知らない者は今まで信じていなかったのだ。


 いや違う、信じたくなかったのだ、まさか世の中に二人も化け物が居る事など信じたくなかった。


 全国大会、全国から選りすぐられた猛者たちがその覇を競う場所において、『彼女』は絶対だった。それほど圧倒的な勝利を今まで納めてきたのだ。今までの連続優勝も、これからの連続優勝も誰一人疑っていなかった。


「『彼女』が負けること自体難しい」


 そう言われるほどに『彼女』とその他の者には隔絶した差が存在したのだ。


「『彼女』と同世代の者は不幸だな、一生優勝できない」


「いっそ男子も統合した大会を試しに開いてみないか?」


「無理だ……同級生ではどうやっても無理だ。昔から負け慣れている女子でさえキツイんだ。男子の同級生だと、心が折れ兼ねん」


「やるなら年齢制限のない試合に『彼女』を参加させた方が早い」


「それでも誰が勝てる? あの年であの体格だ。既に社会人トップクラスでも相手をするのがキツイ、年齢制限の無い、更に男女混合試合で男子の現役トップにお相手願うか?」


「何人の男子選手の心が折れるかな……」


「試合は止めて、練習に付き合って貰え、練習ならば心の傷も浅かろう」


 そんな事を話し合っていた大人達をあざ笑うかのように、メグミは全国に登場したのだ。


 大人たちは見たのだ、自分の目で、その目に見せ付けられた。


 絶対王者と互角、それどころか打倒した少女を。噂ではない、『彼女』の体調不良でもない、『彼女』に匹敵する圧倒的な実力を見せつけてメグミは『彼女』に勝ったのだ。


 メグミと『彼女』の全国大会での決勝戦までのその他の試合の合計試合時間は一分にも達していなかった。



 全国大会から一月、周囲は未だに騒がしかったが、それよりもメグミには気がかりなことがあった。


(面が遠かった……背が、身長が私には足りない)


 それ以来メグミは必死で背が高くなる努力をした、牛乳も飲んだし、鉄棒にぶら下がったりもした。しかしメグミの背は中々伸びなかった。



 メグミは両親におねだりして、自分の部屋にぶら下がるための鉄のバーを設置してもらった。それにぶら下る姉に、


「メグミ姉ちゃん何してんの?」


最近成長期に入ったのか急激に背が伸び始めた弟、シンタロウが声を掛ける。


「ウルサイ、邪魔よ! 乙女の部屋に勝手に入ってくるな!」


「乙女の部屋? え? 乙女の部屋なの? 何もないじゃん! メグミ姉ちゃんの部屋に乙女らしいものなにもないよ? ってか物がないよ? 姉ちゃん中学生だろ? そんなバーよりほかに何か別の物を買った方がいいと思うけど?」


「他に重要なものなんて無いわ! 良い? 私は背を伸ばすのよ! 一ミリでも高くなるの!」


「……メグミ姉ちゃん、ウチはパパはソコソコ背が高いけど、ママは背が低いよ? ついでに両方のおじいちゃんも背は普通だけど、おばあちゃんは背が低いんだよ」


「なによ、それがいま関係あるの?」


 姉に遠回しな忠告は通用しない、分かっていたが、直接的に言えば多分この姉はブチ切れる。


「……ねえメグミ姉ちゃん、アヤネには色々可愛い小物買ってあげてるよね?」


「なに? あんたも何か欲しいって言うの? イヤよ、そんなお金が有るならアヤネの服を買ってあげるわ」


「うっ、別に僕のモノじゃないよ! もう諦めてるよ! 自分の物を買ったらどうだって言おうとしたんだよ!」


 メグミは口ではこういったが、多分、何時の間にかシンタロウの好きな物を買って持ってくる、そう言う姉だ。シンタロウは内心、


(しまった、言い方を間違えた、これじゃあ僕がおねだりしたみたいじゃないか、また姉ちゃんが無理をする)


「はっ、必要ないわね! 良いシンタロウ、アヤネは可愛いの、天使よ! 当然着飾るべきなのよ! 私はね、着れる服が有れば良いのよ!」


 そう姉は、シンタロウの上の姉は常にこの調子なのだ。全く自分で自分の服を買おうとしない。


 両親が見かねて色々買い与えているが、可愛い服には全く興味を示さない。常に動きやすさ優先で、シンプルなものを好むのだ。そして擦り切れて少し位破れていても全く意に返さない。


 下の双子の姉、アヤネの為に可愛い服を自作で縫ってしまうほど、手先は器用で、洋裁が得意なのに、全く自分の為には生かさないのだ。


(勿体ない、本当にもったいないよな……姉ちゃん、中学生になって益々美人になってるのに何で? まあ言っても無駄か……)


 シンタロウは姉の日常に思いを馳せる。


(はぁ、ママとパパが嘆くほど、メグミ姉ちゃんは剣道とアヤネのことしか頭にないんだよな……)


 姉は、何時勉強しているのか不思議なのだが、学校の成績はソコソコ良い為、注意しにくいのが難点だ。


(ママとパパにおねだりするのも大抵が剣道の道具だし、それもバカみたいに練習するから直ぐに痛むし、それも姉ちゃんは自分で修繕してギリギリまで使うし)


 本当に手先が器用で洋裁が得意なのだ。剣道着の繕いなどお手の物。それどころか防具の修繕迄自分で熟す。竹刀など近所の竹やぶから竹を切り出して来て、自分で作ってしまう。


(けど限界がなあ、普通の人から見た限界を超えたら、見るに見かねてこっそりフミエ先生が両親にお願いにやって来てるみたいだけど、姉ちゃんそれでも使い続けるからなあ……)


 そう……見事に直すのだが……特に色の違いを気にしない。機能上問題無ければそれで良しとしている節があり、適当に手近な材料で直してしまう為見た目が非常に悪い。


(別にウチのママとパパはケチじゃないんだけど、寧ろ幾らでも買おうとするんだけど姉ちゃんはなぁ……限界の境界線が人より低いんだよね、普通の人には見るに堪えられない状態でも姉ちゃんははまだまだ大丈夫だって言うし、だから本当に壊れるまで、使えなくなるまで自分から欲しがらないんだよなぁ)


 シンタロウは部屋に転がっている剣道着を見る、擦り切れて破れた箇所が幾つもある、しかし一応メグミの手によって継ぎはぎが施され、確かに機能上は問題ないのだろう、だが普通の乙女がこの剣道着を切るだろうか?

 まあ洋裁の腕が生かされていると言えなくもない、見事な繕いの腕だ、だが継ぎはぎであることに変わりはない。


(姉ちゃんは自分の容姿にあまり興味が無いんだよね、汚くしたり、だらしない訳じゃあないし、ちゃんと洗濯はするし、身だしなみは整えるけど、自分の着る服に興味が無さ過ぎる!

この間なんか僕が、


「もっと可愛くしたら?」


って言ったら、


「何言ってんの? 私は可愛いわよ? どう見ても可愛いでしょ?」


だもんな……一応姉ちゃん自分の容姿を気に入ってはいるんだよな、それが少しもオシャレに繋がらないだけで……

 不潔なのは嫌いで洗濯も好きだけど……自分のオシャレには全く興味が無いんだよね。アヤネの為には幾らでもオシャレなモノを買ってくるし、自分で造るのに、別にオシャレが分からない訳じゃないのに自分の為には何もしない。

 はぁ、本等に残念な姉、残念美人だよな……)


 シンタロウは憐れむ様に姉、メグミを見つめる。シンタロウはこの不器用に生きる姉が好きだ。それだけに何とかならないか、幼いながらも心配なのだ。


「何よその目は、気に入らないわね!」


(姉ちゃんは乱暴者だと思われているし、事実そうだけど。けど理不尽な暴力は振るわない。口では色々言ってくるけど、この程度ならもう慣れた。別に僕に冷たい訳じゃないしね。アヤネを好きすぎるだけで……)


 実際一度も姉に叩かれた事は無い。姉は暴力にはそれ以上の暴力で返すが、決して自分から暴力を振るった事は無い。少々ツッコミがキツイ事はあるが……


(以前僕が風邪で熱を出した時、ママがお友達と旅行で出掛けてて、家に誰も大人が居なかった時。あの時は姉ちゃんが必死で僕を看病してくれた。姉ちゃんはアヤネが大好きだけど、僕の事を嫌ってるわけじゃない。昔からそうだ。遊んでいてもアヤネばかり相手するけど、僕が泣きだしたらあやしてくれる)


「お姉さま、お菓子を作ったの! 一緒に食べましょう! 生クリームをタップリ使ったからカルシュウムも沢山よ!」


 アヤネが突然部屋のドアを開けて入ってくる。


「あら? 何でシンタロウがお姉さまの部屋に居るの? まあ良いわ、アンタの分も有るから一緒に食べるわよ?」


 アヤネはシンタロウにも声を掛ける。シンタロウは別に双子の姉、アヤネも嫌いではない、苦手なだけだ。


(メグミ姉ちゃんがアヤネを好きなのは多分妹として、ちょっと度は過ぎてるけどね。けどアヤネは本気でメグミ姉ちゃんの事が好きだからな……ちょっと引くくらい大好きだからな)


「アヤネの将来の夢はね! メグミお姉ちゃまのお嫁さんになること!!」


 小さい頃そう語ったアヤネを見て両親は微笑ましそうに笑った。


「ハハッ、アヤネはお姉ちゃん子だな」


「まあっ、微笑ましい、メグミも可愛がってるものね、好かれて当然よね」


「けどパパは少し寂しいな」


「あらアナタ、浮気はダメよ?」


「「アハハハハ」」


 そんなのんびりした両親だった。しかしシンタロウは知っている、大きく成ったアヤネの今の夢、それは以前と変わっていない。


 メグミの留守にメグミのベットでその匂いを嗅いで悶えているアヤネを何度見た事か……


「僕は借りてた漫画を返しに来ただけだよ、お姉ちゃん達二人で先に食べて、僕は続きが気になるから次の巻を読んだ後で食べるよ、アヤネありがとう」


 賢い弟はベストな選択をした。そして上の姉が、恐らくシンタロウの為に買ってくれた漫画をもって部屋を後にする。



 メグミは中学2年生になった、また『彼女』に会うために全国大会にメグミは出ていた。


 ウキウキと上機嫌でメグミは『彼女』を探した。


(見つけた! 見つけたわ!!)


 喜色満面で『彼女』を見めるメグミ、だが、その笑顔は直ぐに消えた……


 『彼女』は益々綺麗に、そして益々背が高くなっていた……


 メグミと『彼女』の間には既に15センチの身長差がついていた。


 その大会でメグミは負けた、『彼女』に負けて準優勝だった。



 『彼女』に負ける、悔しいがそれ自体は良い、今までだってそうだ、何回も『彼女』にメグミは負けた。


 だが負け方が、その試合の内容がメグミには気に入らなかった。


 身長差があった……面に……もう面に竹刀が届かなかった。


 飛べば届くだろうが、それはでは負けが確定する、格下ならば通用するだろう、他の背が高いだけのゴリラ女には通用すだろう。


 しかし『彼女』がそんなスキを見逃すわけがない、浮いた瞬間軌道を読まれて対処される。空中では方向転換も出来ない。


 胴を狙うか? いや無理だ、引き胴すら狙えるスキが『彼女』にはないない。


 メグミには小手を狙う以外の手段がなかった。


 他の攻撃はただ身長が低い、その事だけで完全に封じられていた。それでも果敢にメグミは攻めたが、この不利を覆せるだけの実力差がメグミと『彼女』の間には無かった。勝負の結果は必然だった。


 周囲はメグミが負けても褒めてくれた、『彼女』を手古摺らせたメグミを、『彼女』のライバルと絶賛した。


 だがメグミにはその言葉が虚しく響いた、


(今のままではどうやっても『彼女』に勝てない! 何度やっても負ける!)



 中学3年生になった、メグミの成長期は完全に終わっていた……


(背が……身長が足らない、どうして背が伸びない)


 小手しかなかった、メグミには小手以外に攻撃できる場所がなかった。


(ならば!! 小手を極めてやる!!)


 『彼女』に勝つにはそれしかないのであれば、小手で『彼女』に勝ってやる、来るのはわかっているだろう、攻撃は見切られて居るだろう。


 ならば、もっと速く、もっと鋭く、分かっていても躱せないほどに速く、鋭く。


 メグミとって3度目の全国大会が始まった。


 『彼女』が居た、本当に日本刀の様に綺麗だった、背に菖蒲の花を纏っているかのようにメグミには見えた。『彼女』の身長は更に伸びていた……


 決勝戦で『彼女』とまた当たった、『シード』というらしいが、『彼女』とメグミは決勝戦まで当たらないように、意図的にブロックが分けられていたそうだ。


 中々『彼女』と当たらないメグミが苛立って殺気を放ち始めると、フミエ先生が慌てて駆け寄ってきて教えてくれた。


「なんでそんな余計な事をするのよ!」


「そう言ったルールなのよ、強い者同士は決勝で当たるようにする為のルールなの! 我慢しなさい!」


 そんなルールなどメグミには如何でもよかった。しかし大好きなフミエ先生にはメグミは強く逆らえない。フミエ先生にあやされながらメグミは決勝戦を待った。


 『彼女』と試合に臨んでメグミは惨めだった……


(なんで私はっ!! なんで私はこんなに背が低いっっ!!)


 美しい『彼女』の相手をするメグミは、自分が『彼女』の相手をするに相応しい体格で無いことを呪った。


 たがそれでも……


 メグミはどんなに自分が醜くても、悪あがきでも、『彼女』と試合がしたかった。


 試合の間は『彼女』の相手はメグミだけだった。


 世界中でただ一人メグミだけを見つめてくれていた、『彼女』を独占できた。


 試合が始まった。


 メグミは狙った、この一年それだけを狙っていた。


 『彼女』が面を打つ一瞬、その一瞬だけを……


 『彼女』が面を打つ、メグミは小手を打つ、一瞬メグミの小手の方が速かった。


(勝った!!)


 しかし、上がるメグミの旗は1つ、『彼女』の旗は2つ……


 そう小手では一本が取り辛い、分かっていた。見る位置によって小手は、一本かどうか変わってくる。そんな事は百も承知だ。


 悔しかったが仕方がない。メグミは負けて『彼女』が勝ったのだ。


 試合後、初めてメグミは『彼女』に声を掛けられた。


「次は負けない、次は絶対に勝つ、覚えておいて」


 『彼女』は言った。何時もの意志の強そうな目に涙をたたえて『彼女』が言う。それだけ言うと『彼女』は背を向けて歩いていく、『彼女』は後ろ姿さえ美しかった。


(なにを言ってるの? 私は負けたのよ、もう……多分もう私の面は貴方に届かない)


 『彼女』の面に自分の竹刀が届くことはない。更に背が高くなった『彼女』との身長差は20センチ近くだろうか?


 涙がこぼれた……負けたのが悔しいのではない。『彼女』の前に、もうこれ以上立てないだろうとわかって涙が出た。


(私の身長ではもう『彼女』の相手は務とまらない! 次は小手対策をしてくる、私なら絶対にする! なら『彼女』がやらない訳がない! 来年からは高校生になる、突きも使用可能になるわ! 


 リーチが、私にはリーチが足らない!!


 『彼女』に竹刀が……『彼女』に竹刀が届かない……)


 そしてメグミは漸く悟った。


(ああ……私は『彼女』の事が好きだったんだ……『彼女』のことが好きで好きでたまらなかったんだ)


 その時初めて自分が女性が好きなんだと……女性しか、『彼女』しか愛せないんだと……小学3年のあの試合で一目『彼女』をみて一目惚れしていたんだと今更気が付いた。


『新堂 奏』私の初恋の人



 メグミは高校に入ってからも裏で努力だけは続けた。お気楽な進学校の部活に顔を出しながらも、どうにか彼女の相手が務まらないかと、何か手がないかと、延々悩み試行錯誤した。


 その年の全国大会には参加しなかった。


 フミエ先生は参加を薦めてくれたが、メグミは無様な様をカナデの前に晒す気にはなれなかった。


(カナデに勝ちたい! 彼女の前に、彼女を倒せるものとして私はその場所に立ちたい! そうでなければ、勝つ見込みが無いのであれば! それは私とカナデとの試合じゃない!)


 そして、その秋ついにメグミは一筋の光明を得た。それを磨き、努力した。


 嬉しかった。


(来年には彼女ともう一度戦えるかもしれない。これなら勝つ見込みがある! 『カナデ』と試合ができるかもしれない)



 しかし今メグミはこの異世界にいた。


(遠い………本当に遠いよ、その面には………もう永遠に届かない)

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