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第15話地下2階

 メグミたちは地下2階を目指して鉱山地下1階のメイン通路を進んでいた。ゴロウ達3人が前衛、その後ろをペット達、ラルク、ソックスを左右に配し、プリン、ヤックーの『メリー』を真ん中にして護衛、


(ゴロウめもっと早く教えなさいよ、名前有ったんだねメリー)


その後ろにノリコ、殿(しんがり)にメグミとサアヤが左右に付いた。



 ゴロウが全くメリーの名前を呼ばないのでメグミ達はヤックーと種族名で読んでいたが、


「じゃあゴロウのヤックーはプリンと一緒に真ん中ね!」


出発前のミーティングでそうメグミが指示をすると、ゴロウがボソッと、


「よし、メリー、午後もよろしくな」


休憩中はノンビリと草原で草を食んでいたメリーの頭を撫でながら呟くのだ。


 このメリー、割と怖いもの知らずなのか、休憩中、鉱山管理事務所の厩舎にいる地竜の所で、喉が渇いたのか地竜用に用意されていた水桶から水を飲んでいるのをメグミは見かけた。

 大人しい地竜だった為、特に問題は起こらなかったが、体長10メートルの鉱物運搬用の地竜である。軽く突かれただけでメリーなど即死だろう。


(あれかしら? 同じ運搬が仕事の間柄だから気が合ったのかしら?)


その後メリーは遠慮なく地竜の為に用意されている飼葉も餌箱から食べていた。


(ゴロウも頭を撫でる前にメリーのお世話をちゃんとしろ! 水くらいちゃんとやれ!)


 メグミ達はちゃんとお昼ご飯の時に、ペット達に餌と水分補給はたっぷりとさせている。

 ラルクはその後も草原に生えている花など食べられる草を摘まんでいたが、

 

(あの子は食べられるものが周りにあると、大体常に何か食べてるもの。お腹が空いているわけじゃないわ、習性よ、無視して良い筈よ……ってメリー?)


「はぁ? メリー? え? メリーなの? なに? 名無しじゃないの?」


「俺だってペットに名前くらい付けるんだが……」


ボソボソとゴロウが弱々しく抗議する。


「いやなんでもっと早く教えないのよ! え? 私達ずっとヤックーって呼んでたでしょ?」


「ごめんねメリーちゃん、立派な名前が有るのにヤックーなんて呼んで悪かったわ」


「お姉さまは悪くありません、悪いのはゴロウさんです! けどごめんねメリーちゃん……」


「そうよ悪いのはゴロウよ! 名前が有るならサクサク教えなさいよ! あんただって『ウドの大木』って呼ばれたら嫌でしょ?」


「…………俺の種族は人なんだが?」


またしても控えめにゴロウが抗議するが、


「バカね、細かい事を気にしてんじゃないわよ! いい? 今大事なのは名前は重要だって事よ! 名前があるのにヤックーなんて呼んだらメリーに失礼でしょうが! 

 私達だってお世話になったのよ、メリーには感謝してるわ! それを名前が無いなら仕方が無いと思ってヤックーって呼んでたのよ? 御免ねメリー! あんたの飼い主様は全く使えないわね! そうよだからゴロウ、あんたの人としての種族は『ウドの大木』で間違いないわね」


メグミの言葉には容赦がない。


「おいおい、メグミの姉御、流石にそれは酷いぜ、仮にもウチのリーダーだぜ?」


 絶句してしまったゴロウに変わりタクヤがフォローに入る。


「何が酷いのよ、ウド〇木に謝りなさい!! ゴロウを良く見なさい! 似てるでしょうが!」


「えええぇっ!! 詫びるどころか開き直っただとっ!!」


 今まで事の推移を見守っていたシンゴが驚きの声を上げる。


「まあっ! 確かに優しそうで、愛嬌のある所がそっくりね、そうよ誰かに似てると思ってたけど確かに目元とか似てるわね」


 確かにゴロウは同じ糸目だ、目元が似ているというか二人とも同じく目が線だ。


「お姉さま、そのウド〇木さんとはどこのどなた何ですか? 私は知りませんが……」


 異世界生まれのサアヤが知らないのは無理もない。なにせ、


「サアヤ、日本のコメディタレントよ、割と背が高いからウドって芸名が着いてるけど、そうね、背の高さならゴロウの方が高いんじゃないかしら?」


「メグミちゃん、そもそもウドって何ですか? 背の高い生き物?」


メグミはサアヤの疑問に、


(あれ? そう言えば見かけないわね、売ってるのを見たこと無いわ、お使いで八百屋とか行くけど、春なのに見かけないわね?)


「そう言えばこっちでは見かけないな、もしかして存在しないのか? なあゴロウ……って何真っ赤になってるんだ、あれか流石に腹に据えかねたのかリーダー!」


「違うぞタクヤ、コレはノリコ様に褒められたから照れてるだけだな」


シンゴが冷静に指摘する、


「ねえ、ウドって何なんですか!」


「山菜よ、ほっておくとどんどん成長してあっという間に1.5メートル程に成長するわ、食べられるのは小さい若い芽吹いた頃だけで、育ってしまうと食べられないの。だから地下で育てて柔らかいまま大きくしたりもするわね。

 それで『ウドの大木』ってのは慣用句ね、大きく育っても中身が伴わずに役に立たない者の例えとして用いられるわ」


 淀みなくメグミがサアヤの質問に答えて説明する、その説明は簡潔で分かりやすい。メグミは言動が乱暴で一見そうは見えないが、可成り学力の高い進学校に通っていた女子高生なのだ、頭はこれでも良い方なのである。


「……メグミちゃん、ゴロウさんに謝るべきでは?」


 そうサアヤの言う通り、メグミは勘違いや、間違いなのでなく、ハッキリとその言葉の意味を理解した上でゴロウを『ウドの大木』と呼んだのだ。


「なんでよ? メリーの名前をもっと早く教えなかった罪に対する罰よ、受け入れるべきね。

 それに慣用句の意味はどうあれ、ウド〇木と似ている事に変わりはないし、ノリネエに褒めて貰って本人はご機嫌なんだから、ほっとけば良いのよ」


 メグミは今日も絶好調、何度も言うがゴロウは年上、先輩である。


「メグミちゃんの言い方は兎も角、ウドの徒名が付く人に悪い人は居ないわ、人が良い穏やかな方が多いのよ。

 私は好きだったわ、ウド〇木さん! とっても優しそうで明るいのよね!

 けどメグミちゃんも一寸言い過ぎよ、ともあれメリーちゃんの名前も判明したし、張り切って出発しましょう。

 いい加減出発しないと帰りが門限に間に合わなくなっちゃうわ」


 ノリコが話を締めて、急かしたため、そのまま出発となったが、ゴロウはそのノリコの言葉に益々照れてモジモジし始めていた、


(ノリネエが好きだって言ってるのはウド〇木よ? ゴロウ、あんたじゃないわよ? 勘違いしてストーカーになったら遠慮なく切り殺すからね?)


 流石にそれを口に出して言わないだけの常識は辛うじてメグミの中に残っていた。


 

 シンゴが左の暗がりから飛び掛かかってくるコボルトの胸を突き、一撃で仕留める。午前中は硬い毛皮に弾かれ、中々致命打を与えられなかったのに、メグミ達が造った刀は防御する腕ごと易々と貫く。


 右の支路から現れた2匹のコボルトを、タクヤがその手の剣で横凪にする。すると右のコボルトは胴を絶たれ、その場に下半身だけを残し、左のコボルトの胴も半ばまで断たれ、血と内臓を零しながら後ろに倒れた。

 こちらも午前中と同じ人物とは思えない変わりようだ、僅か一閃で2匹のコボルトを仕留めている。浅い傷を与えるのが精々だった者が、一刀両断で胴体を断つ。


 正面から現れた2匹のコボルトに、ゴロウが、


「はっっ!!」


威嚇の叫びをあげ、一瞬動きの止まったコボルトを、右から一閃! 2匹の首が同時に宙に舞う。その攻撃は確実に敵を捉えて敵を切り裂く、剣の重量に振り回されることは無い、軽いにも拘わらず、その剣の攻撃力は以前のブロードソードに比べて段違いだ。


 午前の戦いとは見違える三人の姿がそこにはあった。当たらなかった攻撃が、『身体強化』と適切な武器チョイスで確実に敵を捉えるように成り。硬い体毛に中々刃の通らなかった攻撃は、『武技』と『武器強化』『身体強化』、そしてメグミ達の鍛えた武器により、易々と切り裂く必殺の一撃と化していた。


「ノリコ様達の言う、『弱すぎる』の言葉の意味がよくわかる。俺たち本当に弱すぎたんだな」


「絶好調!! 絶好調だぜっ!! なんだ、この剣!! 驚くほど切れやがるっ!!」


「フッ、地下1階のコボルトなど最早相手にならん、ノリコ様たちのご恩に報いるためにも、もっと強い敵を所望する」


三人とも嬉しそうだ。


(うん、あの三人が正直ここまで変わるとは思ってなかったわ……やっぱり元の筋力、武器の攻撃力が高いと上昇幅が違うわ。

 クソッ、やっぱり男はズルいよね、あの三バカでさえ体格、筋力が女子とは違うわ。

 けど……技や技術はまだまだね、辛うじて刃は立てて振ってるけど、それだけ……

 相手の動きに合わせてるんじゃなく、所詮は武器の威力に物を言わせて振り回してるだけか……)


 メグミは思う、


(確かにゴロウ達は強くなったけど、恐らく今のままで通用するのはこの鉱山だと地下3階位までね。あの踏み込みと間合いだと武器を持ったコボルト相手には通じない。素手のコボルト相手に、リーチで勝ってあの程度じゃねえ……)



 この黒鉄鉱山のコボルトの大きさは、

 ・地下1階は100センチ前後

 ・地下2階は110~130センチ前後

 ・地下3階は140~150センチ前後

 ・地下4階は160センチ前後

と階層が深くなるごとに大きくなる。まだメグミは地下4階のコボルトを見たことはないが……

 そして地下4階からは武器を持ったコボルト、『コボルトソルジャー』が発生する。

 この辺りから武器の威力とリーチに頼った、力任せの一撃だけでは辛らくなる。

 相手の武器による攻撃を躱して、此方の攻撃を当てるだけの技量が必要となる。爪で攻撃してくる普通の『コボルト』とはリーチが全く違うのだ。


 それに武器は良いが今度は防具が心もとない。そもそもメグミ達は、防具製作の材料集めで鉱山に通っている。ゴロウ達の防具は部分金属鎧だが、使われているのは普通の鉄で魔鉄では無さそうだし、メグミ達に至っては革である。

 大魔王ダンジョンの地下5階にいる『レッドブル』という、牛の魔物の革らしいのだが、防御力はあまり高くない。特に魔法的に強化等されていない、鞣しただけの普通の革だからだろう。

 なにせ防具はその大きさ、重量が武器とは比べ物にならない、見習い、初心者用だと正直武器よりも防具の方が高いのだ。

 動きが阻害されるのは嫌なのだが、


「地下4階以降に進むためには、急所だけでも魔鋼でしっかり防御しなきゃだめよ! いい? これは最優先事項よ!」


「ねえ、ノリネエ、最後の所をもう一回言って!」


「へっ? えっと? これは最優先事項よ! これで良いの?」


「うん、実に良いわね、髪の色が違うけど、巨乳だし、ねえノリネエ伊達眼鏡とか掛ける気ない? 凄い似合うと思うわ」


「メグミちゃん、女教師! 女教師ものですね!」


「あらサアヤ分かるの?」


「眼鏡をかけたスーツ姿の女教師が、『ココ、テストに出ますからね! ちゃんと覚えるのよ、最優先事項よ!』とか言いながらピシッと教鞭で黒板を指すのが良いんでしょ? 漫画で読みましたわ」


「ああ……まあその程度よね、そうね漫画のテンプレ女教師よね、けどねここからエロ展開に移ると尚のこと良いのよ!」


「年上の女教師に憧れる話ではないのですか? エロ展開? ってなんですか?」


「サアヤは知らない方が良い事よ、この手のお話は本編よりも同人誌の方が盛り上がるのよ! とだけ教えておくわね」


未成年、女子高生のメグミが何故それを知っているのか定かではないが、


「もうメグミちゃんたら! サアヤちゃんに何を教えているの! エッチなのはいけないと思います!!」


ノリコがサアヤに要らないことを教えるメグミを、左手を腰に当て、立てた右手の人差し指を振りながら怒る、


「ねえノリネエそのセリフもう一回! もう一回お願い!」


「……なんで? もう嫌! 絶対言わないわ!」


「そうね、『ママ』のメイド姿も良いけど、ノリネエも似合いそうね、そうだ『ママ』の服ならノリネエでもサイズ合うでしょ? 今度借りて着てみないメイド服!」


「コスプレ! コスプレねメグミちゃん! お姉さま私も見たいです!」


「この世界にもコスプレって有るの? 日本から来た私にはこの街の住人が既にコスプレしてる様に見えるんだけど……」


「コミパの会場では結構皆さんしてるんですよ?」


「はぁ? えっ? コミパ??」


「年に二回開催されるお祭りですわ、色々催しも有って年々規模が大きく成ってますわね」


「うん、何だか詳しく聞くのが怖くなってきたからその辺で良いわ、間違いなく日本人ねそれをやり始めたのは」


メグミ達がそんな会話をしている中、背後ではノリコが、


「『ママ』の服? そう『ママ』の服ね、良いわねそれ! うふふっ、『ママ』の服! 今度お願いしてみようかしら」


嬉しそうに『ママ』の服を繰り返し呟いていた。




 思い切り話が逸れたが、折角なのでメグミ達の防具の話を少し話そう。メグミ達が防具店にて鎧を選んでいた時の話だ。


「高い!! バカ高いわね防具って、何この値段! ボッてんじゃないの?」


 メグミは防具屋のオヤジの見ている前で大声を上げてその値段を嘆く、その値札には『魔鋼とレザーのブレストアーマー、50万円』と書かれている。

 そう、防具は大体部位ごとに別売りなのだ、小手部分、手甲部分、胴部分、垂れ部分、拗ね当て部分、面部分、更にいくつかの部位を同時にカバーできる鎧等、種類も多い。


 そしてメグミが良さそうだなと目を付けたその鎧は胸当て部分のみで50万円、確かに出来が良い、魔鋼で胸の前面だけを覆い、その他の箇所はレザー、背中も心臓の裏辺りが魔鋼で保護されている。魔法も付与されているのか割と軽く、魔鋼が積層化され、装着者の動きに合わせて微妙に動く工夫が施されている。


「メグミちゃん、声が大きいですよ! お店のオヤジさんが睨んでるじゃないですか!」


「正直な感想を言っただけよ、この程度で怒る程暇じゃないでしょ? それに見てよこの値段、いいサアヤ、これだと全身軽めにセットで揃えると200万円を軽く超えるのよ? サイズの手直しだって必要だし、やっぱり自分で造った方が早いわよ?」


「けどねメグミちゃん、その自分で造るための素材を集める為にも、防具は必要なのよ」


「ねえノリネエ、どうせ黒鉄鉱山や大魔王迷宮の地下5階位でしょ? そんな階層で防具なんて要るの? ちょっと厚めの布の服で十分じゃない? 今までだってそれで何とかなったでしょ?」


「メグミちゃんは敵に接近し過ぎるから、見ているこっちがハラハラするの! 心臓に悪いのよ! メグミちゃんだけでも少しは防具を揃えるべきよ」


「当たらなければ良いのよ、コボルトや牛の魔物位大丈夫よ、あんなへなちょこ攻撃、私には当たらないわ」


「頭だけでも守った方が良くありませんか?」


サアヤがバケツの様なヘルメットを手にメグミに問いかける、


「視界を遮るのは勘弁してほしいわね、邪魔なだけよ、返って敵の攻撃や危険の察知が遅れて危ないわ。それにコボルトは小さいから頭は平気よ、あの背丈じゃあ私の頭に攻撃は届きはしないわ。

 牛はあれよ、あんな単純な突進当たるほうがどうかしてるけど、攻撃に当たったら頭とかどうとか関係ないわね、吹き飛ばされてお終いよ」


「もうっ! そんなこと言っても心配なものは心配なんです!! メグミちゃん、剣道やってたんでしょ? ほらあそこに剣道の面に似た兜があるわよ?」


「ノリネエ、剣道はね、一対一なのよ、だから視界が少々狭くても問題ないわ、けど実戦は、魔物は大体複数いるからね、視界を塞ぐのは下策ね。

 頭部保護の為でも、そうねこの自転車乗りの被ってるような通気性の良さそうなヘルメットが精々でしょうね……ってこれ良さげなのに高い! え? 20万円!! 兜だけで? 頬の方まで覆ってて良さそうなのにクソ高いわね! うんやっぱり兜は自分達で造るわよ! こんなの買ってられないわ!」


「その値段は魔鋼だからでしょうか? あれ? 割と軽いですね、これも魔法付与されてますわね」


「あれね、魔鋼製で割と良さそうなのはどれも高いわね、魔法付与されているからかしら? 

 あっちの革だけで造った防具のコーナーを見て観ましょうか? あの辺は御手頃っぽいわ」


「ねえノリネエ、そこら辺の革だけのは厚手の服と大して防御力変わらないと思うんだけど……」


「でも大して変わらないなら少しは変わってるのよ、少しだけでも防御力を上げるの!」


「……まあ良いけどね、あれ? これ可愛いわね! デザインが面白い! なんだろう、只のレザーアーマーにしては凝ったカットね」


埃を払いながらメグミが鎧を手にして、吟味する。


「色は地味ね、素材のまま? なのかしら? メグミちゃんあっちにカラフルなのもあるわよ?」


ノリコはピンクや赤、青や黒など、綺麗に染められたレザーアーマーを指さすが、


「どうせ傷だらけになって色は禿げるんだから、色とかそんなのはどうでも良いわ、それよりも機能性、着心地の良さと、如何に体の動きを阻害しないかね」


メグミの手にするその鎧は、女性用なのだろう胸の部分が膨らんでいる、胸等の重要部分は硬めの革、肩などの関節部分周辺は柔らかい革と使い分けられ、更に硬い革も複雑な構成で立体的に縫い合わされている、


「メグミちゃんのそれ完全に女性用ですね、本当に立体的に構成してて材料は革なのに面白いですね」


「ねえ見て、ほら結構ピッタリよ、あれよね、革だと紐で縛るだけだからサイズの調整がある程度出来るから手直しの手間が省けて良いわね」


メグミは気に入ったのかサクサクとその場で試着をする。


「メグミちゃんそれが気に入ったのね、へえ流石に革だけだと安いわね、小手や垂れと合わせて25万円だって書いてるわ」


「特に魔法付与もされてないし、単に職人さんが頑張って工夫しただけのレザーアーマーね、けど動きやすいし体を覆ってる面積も広めだわ、へぇこのレザーアーマーも積層構造になってる、体の動きに合わせて変形するのね、だから動きやすいんだ……

 もしかして最初に見てたブレストアーマーと製作者一緒かしら? なんだか雰囲気が似てるわ」


「そうかもしれませんね、デザインのテイストもどことなく似てますね、銘は……特に入ってませんね、『習作』でしょうか?」


「え? 『習作』って銘って入って無い物なの?」


ノリコの疑問に、


「え? お姉さま『習作』ですよ? 未熟な作品に名前を入れたら恥ずかしいでしょ?」


そうサアヤが説明する。


「ふーーん、職人さんの拘りなのね、ねえメグミちゃんはどうしてるの?」


「銘? って名前入れてるの? 職人さんが? 剣や鎧の名前って所有者が付けるんじゃないの?」


「? いや剣や鎧の名前じゃなくて、こう柄で隠れる部分に製作者の名前とか入れるじゃないですか? メグミちゃん見習い鍛冶師を卒業したんでしょ? 入れてないんですか銘」


 サアヤが不思議そうに問いかけて来る、それがこの世界の常識なのかもしれないが、異世界人のメグミはそんなことは知らない。


「じゃないですかと言われてもね? へえ、そんなの入れるものなのね、けど何のために入れるの? 一々面倒よね?」


 日本の刀なども柄に隠れる部分に鍛冶師の銘が入っていたりするのだが、女子高生のメグミにそんなことを知る由もなく、ただそうする理由が想像できずにサアヤの言葉に首をかしげる。


「自分の作品だって他と区別する為じゃないんですか?」


「自分の造った物位一目見れば分かるわよ? それに柄に隠れてるんでしょ? 見れないじゃない、無駄でしょ」


 メグミの造るものは飾りがない、そうでなくても盛り込みたい、必要な要素が多いのに無駄なものを施す余裕はメグミにはない。

 故に理由のわからない銘を入れる道理もなく、そんな行為は無駄にしか思えないのだ。


「まあメグミちゃんの造る武器は直ぐに分かるわね、飾り無しの機能美だけ、けどそれが、全体のシルエットがとても綺麗で、色々工夫してるから個性的なのが多いものね」


「まあ自分の造った武器は直ぐに分かるわ、同じものは他にないもの。他と一緒の物を造っても、使う人は全員違うのよ? 人が武器に合わせてたんじゃあ、そこらの量産品と変わらないわね、武器が人に合わせるべきよ。

 それにあっちのブレストアーマーにも銘なんて入って無かったわよ? あの値段で『習作』って事は無いだろうし、銘を入れない職人さんも結構いるんじゃないの?」


「この鎧を造ってる職人さんも個性的な鎧が多いし、メグミちゃんと同じ様な考えなのかもしれないわね。そうね他とは違う、一目でそれとわかる物を作っていれば銘なんていらないのかもね」


「でしょ? 師匠も別段銘を入れろとか言ってなかったわよ?」


「けどメグミちゃん、お姉さま、ここら辺の鎧には全部銘が入ってますよ」


「つまらない鎧ね、個性が無いわ、工夫も無い、モノにその独特の雰囲気が無いわ、銘を入れてる暇があるならもう少し使用者の事を考えて工夫するべきね」


「手厳しいですねメグミちゃん、で、どうします? そのレザーアーマー買いますか?」


「そうね、ねえ!! おっちゃん!! このレザーアーマー、買うからまけて! 値引いてよ!」


メグミが大きな声を上げて、防具屋のオヤジに声を掛け、値切りだす。


「お嬢ちゃん、ソレ気に入ったんだろ? だったら良いじゃないか職人の為にも25万くらい出してやりな」


「なによ? 委託販売じゃないでしょ? これ、おっちゃんが買い取って並べてるんでしょ? ケチケチせずに負けなさいよ、こんな小さめのサイズのレザーアーマーなんて滅多に売れるものじゃないわよ! どうせ不良在庫と化してたんでしょ! 買ってもらえるだけ感謝なさい!」


 メグミは強面の防具屋のオヤジさん相手でも全く怯むことなく言い返す。


「冒険者は大勢居るんだぜ、お嬢ちゃん」


 だがオヤジさんも長年商売をしてきただけはある、此方も負けじと切り返す。しかし、


「おっちゃん甘いわね、良い? これは女性用、しかも小さいわ。

 私くらいの背の女の子はね、普通接近戦なんてしないわ、前衛の後ろから槍で攻撃するか、魔法や弓なんかで後方から攻撃するかよ、だから鎧がそれほど必要ないの!」


 そう前衛職は男子が多い、女子で前衛をやっている者は少ない。


「ううぅ、だが背が低くても近接戦闘をするベテラン女性冒険者は幾らでも……」


「はっ、だから甘いのよ! それにこれは本当に只のレザーアーマー、こんなの買うのは見習い冒険者だけ、見習い冒険者ってのはね、普通臆病なのよ、戦い慣れてないから益々接近戦をしないの、だから益々鎧が必要なくなるの!

 そしてこの値段、25万円は見習い冒険者には大金よ!

 これだけ条件が揃ったら、不良在庫まっしぐらね! 間違いないわ!」


 メグミは小柄で別段ドワーフのようにがっしりとした体形でもない。人族の普通の女の子で、更に見習い冒険者、この条件で前衛で戦っている者はメグミを除けば皆無と言っても良い。


 そう現代日本の女の子を舐めちゃあいけない、生きた魚も捌けない者が、異世界に来ていきなり魔物と殺し合うのだ、接近戦を挑むメグミの方がどうかしている。


「くっ、だけどなお嬢ちゃん、その鎧は俺のお気に入りだ! 飾っておくだけでも……」


「その割には埃をかぶってたわね! 磨いてる風でも無かったわ、どの口がお気に入りだなんていうのかしらね!」


 メグミの猛攻に防具屋のオヤジも脂汗を流している、もう一押しで陥落、そんな時ノリコが防具屋のオヤジに声を掛ける。


「ねえおじ様、そこのレザーのベスト、私とサアヤちゃんの物を一緒に買いますから、全部セットでお安くならないかしら?」


 ノリコが胸の前で手を祈るように合わせると、その形の良い大きな胸がむぎゅっと潰れる。更に美貌のノリコの潤んだような瞳で見つめられるのだ……破壊力は抜群だった。


「ぐはぁ、負けた、負けたぜお嬢ちゃん達! ああ、もういいさ! もってけドロボー全部で20万!! もう鼻血もでねえ、出血大サービスだ!」


 一着7万円のレザーのベストが2枚もついてその値段、39万円が20万円、約半額だ。


「ちょっ、おっちゃん!! なによ! ノリネエがお願いしたらそんなにアッサリ! 私があんなに粘ったのに……何なのよっ!」


 あんまりな展開にメグミが切れた、自分だって女の子だ、その女の子が一生懸命お願いしても散々渋ったのに、ノリコがお願いすると、メグミでさえ予想も出来ない値引き額をあっさりと自分から提示する。


 まあメグミの場合、その交渉には女の子らしさの欠片も無く、女の武器を一ミリだって使用していない、同じ女の子として扱えと言っても無理が有り過ぎるわけだが、そんな事を気に掛けるメグミではない。


「まあまあメグミちゃん、安く買えたんですから良いじゃないですか、ね? 落ち着いて!」


 確かにメグミもそのノリコのむぎゅっと潰れる胸に、


(挟まれたい! その胸の谷間に顔を挟みたいわ)


そんな事を考え、防具屋のオヤジと一緒になってその胸に目が釘付けだった。

 だがそんな自分をアッサリ棚に上げ、


「胸よ、このエロオヤジ、ノリネエの胸をガン見してたわ! あれよ、痴漢罪で訴えようかしら? イヤ、この場合このオヤジの奥さんに言いつける方が効果的ね!」


「うわぁ、お嬢ちゃん止めてくれ! この手入れ用のオイルをおまけで付ける、付けるから! それだけはやめてくれ!」


「何個? 何個つけるのよ! ノリネエ相手にアレだけ値引いておいて私にはお手入れ用のオイルが一個だけなの?」


 メグミの鎧も一緒に値引いているのだが、それすらメグミには関係なかった、そう、女の沽券に関わる問題なのだ。


「ぐぬぬっ、ええーい分かった、お嬢ちゃん! 3個だ! これで本当に最後、3個で勘弁してくれぇ!」


 防具屋のオヤジは涙目だった。


「お姉さま、私ちょっとオヤジさんが可哀そうになってきましたわ」


「メグミちゃん、無理を言ってはダメよ! ほらもういいでしょ!」


「まあ今日はこの位で勘弁してあげるわ、次からはもうちょっと素直になる事ね!」


「どこの悪党のセリフですか! オヤジさんごめんね! けどありがとう! お姉さま私これが良いです! このレザーベストが良いですわ」


 サアヤの場合華奢すぎて、選ぼうにもそんなに種類が無い、だが中々可愛いデザインで、縫い目で模様を付けていてオシャレだ、色もくすんだオレンジ、胴体部分だけだがシッカリと覆っていて、安いわりに良い感じだ。


「あら綺麗な色ね、そうね少し落ち着いた感じに仕上げていて、元の素材の色も生かしているのね、そうだ! 私も同じ色のこのレザーベストにするわ」

 

 ノリコの場合は今度はその胸が収まるサイズの物が無い、その手に取ったレザーベストも前開きで胸部分を調整できるから、辛うじて着用可能であろう、そんな感じ、背中で縛るタイプの物は全滅である。


 試着すると、サアヤの物は服の上からでも若干余裕が、特に胸部分に余裕が有るが、他は割とピッタリだ。

 サアヤのレザーベストは前身部分を左右の胸のパーツで上から覆って、そこを胸の前で紐でとめるタイプのレザーベストだ、そうすることにより、紐でとめられる胸の間の部分もしっかり革で覆って防御力を高めることができる、縫製や飾り縫いといい中々凝った作りの物だ。

 しかし華奢なサアヤが着ると、胸のパーツ間の開いた部分の隙間が完全に埋まり、前から見る限りでは、その下にもう一枚革の装甲があるようには見えない。


「……まあこのレザーベストの本来のスタイルでは無いんだろうけど、これはこれで似合ってるわよ」


「慰めは要りませんわ! 良いんです! 私はまだ成長期! 成長期ですもの!」


強がるサアヤに、メグミは、


(アレね、少し余って皴が寄ってるから、今夜にでも弛んだ部分はカットして縫っておくかな? ふむっ? 成長期ねえ、まあ大丈夫、このベストを着ている期間は大丈夫でしょ問題ないわ)


そんな事を考えていた。


「けどそれ、やっぱり縫い目が凝っててオシャレで雰囲気が良いわよサアヤちゃん」

 

 ノリコも落ち込むサアヤの肩に手を置いて慰める。


 しかし、その慰めているノリコの方も、試着したレザーベストは、そのレザーベスト本来のスタイルではない。


 服の上から着用したのだが、その巨大な胸に紐が半ば留められず、更に開いた胸の谷間部分の打撃や刺突に対する防御力が弱そうだった。


 一応このレザーベストも胸の左右のパーツから、その隙間を埋めるべく革のヒレが付いているのだが、ノリコが着るとヒレの全く長さが足りずその胸の間の隙間がちっとも埋まっていない……防御力は低そうだ。

 

 だがそれは視覚に対する攻撃力は抜群だった。


「ノリネエのは神官服の中に付けるしかないわね、そのもっさりした神官服の上からじゃあ紐で縛れないわ、それに視覚攻撃力が高すぎるわね」


 防具屋のオヤジは、レザーベストにむぎゅっと拘束される胸の視覚攻撃に、鼻血を吹いて早々にダウンしている。

 ノリコが着ると普通のレザーベストがちょっとしたボンテージファッションと化すのだ。



 そんなこんなで辛うじて防具を手に入れたメグミ達では有るが、別段防御を疎かにしているわけではない。


 できれば鎧も防御力の高い、魔法の付与された防具を揃えたいと思ってはいるのだ。だがない袖は振れない、お金が無いので泣く泣く諦めている。


 だからといってただお金が貯まるのを待っているわけではない。防御の手段は防具以外にも色々あるのだ。


 『加護』の『守護の盾』と『守護の鎧』は防具の防御力に関係なく防御力を上げる。見えない鎧や盾を装備している様なものだ。


 メグミ達も戦闘の際には必ず使用するようにしている、これらの神聖魔法は『加護』が高まれば可成りの防御力となるが、まだメグミたちの『加護』ではこの効果だけで強い攻撃を防ぐのは辛い。


「コボルトの爪程度はへっちゃらよ、それに動きが全く阻害されないのも良いわね、下手な鎧よりもよっぽどマシよ」


「けどまだまだ弱いわ! これだけじゃあだめよ……もう少し私の『加護』が強ければ……もっと頑張って修行しないとダメね」


 そうノリコが改めて気合を入れているが、メグミには『加護』の修行の仕方があまり理解できない。ノリコは滝行とかしているみたいなのだが、


(本当にそれって効果あるの? 使ってれば段々と強く成ってる気がするから、集中力と力のコントロールさえできれば良いんじゃないの? 苦行に耐えると精神力が鍛えられて加護の力が増すって言われてるけど、精神力って言っても要は集中力でしょ?

 苦行に耐える意味が分からないわ? 座禅でもして瞑想した方がよほど効果がありそうだけど……)


そんな風に思っている。

 ただメグミ達の師匠である神官長のアイや高司祭のヤヨイが言うには、


「確かに『加護』の力を高めるには集中力も大事ね、けどね、更に上の段階の『加護』を修めるには精神的な負荷に対する忍耐力も必要になるのよ。

 こちらの神様は確かに気安い、身近な神様よ。けれどその力、その『加護』の力はとても、そう信じられない程強いのよ。本物なのよ、ああ見えても本物の神様なの、人とは次元の異なる存在よ。

 それだけの力を行使する存在に同調する、そうなれば当然、その神の受けている精神的な負荷が同調したものにも僅かとはいえ流れ込んでくるわ」


「信者の思いを一身に受けて、それを力と変えて人々に『加護』を与える。

 それは言いかえれば、そんな信者の強い思いを一個の存在がすべて受け入れて処理していることと等しいのよ。

 僅かに流れ込んでくる、そんな程度でも修行をしていない者が気安く同調すれば発狂してしまう、それほどの人の意志の、思いの奔流、それはね想像を絶する精神的な負荷よ。

 あの方たちは平然としておられるけどね、その精神的な負荷はとても常人が耐えれるものではないのよ。

 そう神と同調することによってより身近に神を感じて、より強い『加護』を得るためには、その神の精神に触れても耐えられるだけの精神的な忍耐力が必要になってくるの。そのための苦行、その為の修行です。

 わかりましたか? メグミ」


「神官ってマゾなの?」


 そんな二人の説教にメグミはとんでもない疑問を投げつける。


「? 言ってる意味がよくわからないわね?」


 それを聞いた二人は目が点だ。メグミの言葉の意味は分かるが、その結論に至った経緯が分からない。


「だって苦しい思いをして苦行に耐えて修行して、それで『加護』の行使の際にはまた苦しいのに耐えないとダメなんでしょ?

 好き好んで苦しい思いをするのはマゾじゃないかしら? 違うの?」


「まっ……まあ、ある意味ではそうなのかもしれないわね、けどそれは……」


「極論過ぎるわね、それに……」


 二人が同時に反論を口にしかけるがそれよりも早くノリコが、


「けどメグミちゃん、ちょっと苦しい思いに耐えれば人を救えるのよ? 助けることが出来る人がいるの。

 本当に奇跡を起こせるのよ。その為なら、そうよその為なら、耐えれる、そうでしょ?

 大事な人を、大切な人を、護る為の力を得ることが出来るのよ、だったら私は耐えて見せるわ!!」


そう反論する。

 ノリコにとっては自らの心の命じる正しいと思える行為を成すためには、その程度の苦痛や苦しさは払っても惜しくない代価なのだろう。


「だからそれがマゾなんでしょ? 苦しみの先の喜びの為に、目的の為に耐えるんでしょ? マゾじゃない?」


 メグミは尚も言い募るが、


「メグミ、私たちもね苦しくないわけではないの、その苦しみを喜んでいるわけでもないわ。

 ただ修行でそれ以上の苦しみを感じているとね、あまり苦しく感じないの、そう慣れるのよ。

 人間って不思議よね……大きな苦痛、苦しみを知っていれば、それ以下の苦しみはね。

 この程度? この程度はどうってことないわねってなっていくのよ」


アイに諭される、精神的な負荷に対する耐性を付けさせるのが神官の修行の目的だ。決して苦痛を喜んでいるわけではない。


「それって慣れてるの? それって感覚が……精神がマヒしていってるんじゃないの? 大丈夫なの神官って?」


 精神がマヒする、それは精神的な苦痛に対して心が動かない、悲しみや怒り、そう言った人の心の痛みを感じなくなるという事ではないのか?

 メグミはそれを心配する、そう特にノリコに対して……


「大丈夫なように修行するのよメグミ。それにね、苦痛そのものを喜ぶのがマゾでしょ? だから少し違うんじゃないかしら?

 それにノリコのことを見てればわかるでしょ? マヒどころか……それにあの子がマゾ見えて? マゾではないでしょ?」


 ノリコの正しさの根底に有るのは優しさだ。

 他者の、弱者の痛みを自分の事のように感じ、その痛みを取り除こうとする、他者への慈しみこそがその行動原理の根底にある。


 そんなノリコの心が神官の修行でマヒしたか?


 そんなことはない、寧ろ他者を救うための力を手に入れて益々鋭敏に、悪く言えば悪化している。


「そうね、ノリコは特に顕著なのだけど、才能の有る神官はね、目的を決めてそれに集中すると他のことが見えなくなるの、感じなくなるのよ。

 だからこそノリコは強い『加護』を得ることが出来ているのでしょうね……ノリコは一つことに集中すると他の一切が目に入らないでしょ?

 目標を定めた途端に苦痛も苦しみも、感じてはいても切り捨てちゃうの、目標に向かって一直線よ……ちょっと、いいえ可成りその度合いが高いから心配なのだけど、神官としては得難い才能では有るのよね」


 普段は穏やかでのんびりした感のあるノリコだが、一度行動に移ると、驚くほどに迷いが無い。


 目的を達成するまでは、他の一切が目に入らない。恐るべき集中力だが、それは同時に自らの身の危険でさえ考慮に入れない危うさを秘めている。


「ああ、まあノリネエはねえ、ちょっとどころじゃないからね……」


「えっ! あれっ? あれれ?」


 メグミの身も蓋もない疑念を嗜めていたアイやヤヨイが、何時の間にか自分を嗜めていた……突如として自分の方に話題が振られ、更に自分でも自覚の有る欠点を、治そうと思っても治らない欠点をメグミにまで嗜められている事態に、ノリコは困惑していた。


「お姉さま、長所は短所と表裏一体ですわ。お姉さまのそれは短所でもある代わりに長所でも有ります。私はそんなお姉さまが大好きですよ」


 サアヤはそんなノリコをフォローするが、全くフォローに成っていない。


「サアヤ、日本ではそれを猪突猛進って言うのよ……ハッ! そうかだからラルクが懐いたのか!」


 猪だけにね! どや顔をしているメグミに、


「メグミ、貴方、自分の『加護』の徳が中々高まらないからノリコに八つ当たりしてるわね?

 貴方の『加護』が強くならないのは、余りにも神を頼る意思がなさ過ぎる所為よ?」


アイがズバリ、メグミの不満を言い当てる。そうメグミは未だに『治癒』が使えない……それがとても不満なのだ。


 メグミもノリコも目的の為には手段は問わない所がある。だが二人は似ているようでその手段の取り方が違うのだ。


 ノリコは神だろうとなんだろうと、いや寧ろ神だからこそ、その力を引き出し、自らの心にしたがって正しいと思える行為を成すために使うことに遠慮はない。それも自らの力の一部として行使することに躊躇いが無いのだ。


 ノリコにとって必要なのは『結果』、自らの心が正しいと思える『結果』を成すための行動なのだ。


 その『結果』をもたらす為に必要なものを利用するのに、それが他者の力で有ろうと遠慮が無い。メグミの指摘通り猪突猛進、『結果』の為には他の一切を考慮しない。


 メグミも同じく、目的のために手段を問うような繊細さは持ち合わせていない。だがメグミの場合、その行使する力は自分の力に限られる。


 そこに他者を当てにしたり、他者の力を行使したりする、他者に頼るところが無い。


 利用できるものは全て利用して、自らの才能を伸ばす事、力を蓄える事には遠慮はないが、実際に事を成すのに、他者の力を頼ろうとしない。結果は全て自らの行動の結果。他者の所為にすることはない代わりに、他者に頼ることもしない。


 メグミにとっては自らの心の命じるままの『行動』、その『行動』をすることこそが大事なのだ。


 結果がどうであれ、それは自らの招いたこととして受け入れる。

 自分の目的はあくまで自分の目的で、その為に関係のない他者を巻き込むことを良しとしない。


 メグミには自覚があるのだ、孤高に正しくあろうとするその『行動』は『独善』、己が心が命じる『行動』が世間一般の正義すら必要としない『独善』であることの自覚がある。


 故に他者をその『行動』に、行為に巻き込む気が無い。しかし同時に自らのその『行動』、行為に躊躇いも無い。


 『加護』は神を感じ、その力を自らを通して引き起こす奇跡。


 メグミには、例えそれが神であろうと、縋ろうと、頼ろうとする気が無い。神の存在は感じられても、その力を頼るのに違和感が有るのだ。


 故にメグミの『加護』の力は、徳は中々高まらない。


「メグミも才能は有るのよね、貴方も一度決めたら梃でも動かないでしょ?

 例え死ぬようなことになっても絶対にその意志を曲げない頑固者。

 神官の素質は十分に備えていますよメグミ、ノリコの事を色々言えない程度にはね」


 ヤヨイの言葉にメグミは口をへの字に曲げて不満顔だ。自覚が有るだけに反論できない、それが悔しい。



 『魔法』の『鎧強化』は鎧の防御力を高めるが、元の防具の防御力が低いと上昇幅が低い。


「けど使ってると防具の損耗も防げるし、掛けて置いて損はないかな? まあそれもある程度までね、ガッツリ行っちゃうと傷は付いちゃうわ」


「金属製だと大分違うみたいですよ、元がそもそも固いですからね、割合で強化されるので、上昇する防御力も高いですわ……ってメグミちゃんのレザーアーマー、もう大分小さな傷が入ってますね、この間買ったばかりなのに……」


「飾ってるんじゃないわ、使ってるんだもの傷くらいつくわよ、けどちゃんとメンテナンスしてるから防御力に問題は無いわ、あれよね、生物由来の素材だと、回復ポーションが使えるのが良いわね」


 レザーアーマーのメンテナンスは、回復ポーションに漬け込み傷を修復、その後陰干しして、メンテナンスオイルで表面を保護するのが一般的だ。


「もう細胞は死んでるんでしょうけど、なんで回復するのかしら? 不思議よね?」


「まあそう言われてみれば不思議ね、このポーション、どういった仕組みで回復させてるんだろう? ……今度調べてみるわ」


「……危ない事は止めてね、自分で自分を傷つけて実験するのは禁止ね!」


「うっ、私、動物実験は嫌いなのよね、可哀そうでしょ? ラルクが」


「ねえ、なんでラルクなの? ねえ、本当にダメよ、何時もラルクを引き合いに出すけど、止めて! 冗談でも本気で怒るわ、私の可愛いペットなのよ!」


「もう軽い冗談よ、怒らないでよ、ラルクって落ち担当、そんな感じがしない? 分かった! 分かったから睨まないで! そうね迷宮に行って魔物で試してみるわ」


「それこそ大丈夫なんですか? メグミちゃんの場合大体一撃でしょ? 魔素に分解中の魔物に掛けても効果は無いと思いますけど?」


「植物系はしぶといから平気よ、あいつ等なら、一撃じゃあ死なないから実験出来るでしょ」


 メグミはそんな事を言っているが、回復ポーションは結構高い、金欠のメグミにこの実験は暫く無理だろう。


 魔法には『空気の鎧』や『物理障壁』などもあるが、メグミ達はまだそれを使いこなせない、基礎魔力が足りないのだ。


 この辺りの魔法を覚えた冒険者は、スッパリと物理的な防御を切り捨てて、魔法で強化されたレザーアーマーのみの装備で、俊敏さに重点を置いたスタイルの者も割といる。


 変わり種としてビキニアーマーもこの世界には有るのだが、何のためにそんな装備を着て戦うのかメグミにはさっぱり理解できない。


「魔物にも視覚効果って意味が有るのかしら? 冒険者相手ならノリネエとかが着れば効果抜群でしょうけど」


「どうでしょうか? ゴブリン・オーク・オーガなんかのクッコロ系には効果絶大でしょうけど、自分が不利になる効果でしょうし、確かに意味が分かりませんわね」


「けど普通に売られているのよね、しかも結構気合の入った魔法付与効果付きで、値段も糞高いわ。あれどう見ても実戦を想定してるのよね……実際に来ている人を見たことが無いんだけどね?」


「ねえメグミちゃん、私は絶対に着ませんからね? ねえ、こっちを見て? 分かった? 絶対に着ません!」


「家で着れば良いでしょ? 外に着て出ていく必要は無いわ? 私が楽しめれば良いんだし」


「……それに何の意味が有るの? それに高いんでしょ?」


「そうね、糞高いわね! だからその内私が自分で造るわ、ノリネエは楽しみに待っていれば良いだけね!」


「ううっ! ねえサアヤちゃんからもなんとか言って! メグミちゃん本気だわ!」


「お姉さま、私も楽しみにしてますわ! 大丈夫です、一緒にお風呂にだって入っているんですから、家の中で着る分には恥ずかしくありませんわ」


「絶対に着ませんっっ!!!」


 実際は魔法を防御に使用している冒険者が、念のため局所的に急所を守るための装備で、本来服の上から装備し、さらにその上に何か羽織ったりして装備するものであって、メグミ達が考えているような、素肌の上に直接装備してそれ以外は素肌をさらす、そんな風に装備している者は……極一部の例外を除いてほとんどいない。



 『武技』の『鉄壁』『要塞』なども効果は高いが、効果時間が少ない。それと、


「武技系は少し行動が制限されるのが致命的よね、もう少し使い勝手が良くならないのかしら?」


激しく動くと効果が解けてしまうのだ。効果を持続させるには動きを制限せざるをえない。


「まあ、小型の人型魔物相手の演習とかでは役に立ってるみたいですわよ、この武技を使って盾役、壁役になるんですって」


「黙って殴られる囮役ね、マゾなのかしら? 私には耐えられないわね」


「どうなんでしょう? 演習とかでは引率役が囮になってこれらの武技を『威嚇』と共に発動して、引き付けた魔物を見習いや初心者が周りから攻撃して倒すのが最も効率がいいそうですよ」


「はあ? つまんない戦い方をしてるわね、それじゃあ実力がつかないでしょうに、私もオーガやオークの討伐演習に参加したいわ、武器を持った敵と戦いたいのよ! 男ばっかりズルいわね」


「メグミちゃんはあんな魔物が好みなの? クッコロになっても知らないわよ?」


「あの程度にやられる私じゃないわ! けどまあ良いわ、早めに黒鉄鉱山の地下4階に行きたいわね!」


 まあその為にも、やはり基礎的な防御力を上げるのがベストであろうとメグミ達は今鎧の材料集めをしている。



 武器屋店主ザッツバーグに連れられたメグミは、彼の店の隣にある、防具店に入っていった。ここは五街地域一の防具店、お高い鎧がずらりと並んでいる。


 そんな鎧をメグミが買える筈もなく、目的はその店の奥の鍛冶場にあった。


「ねえ師匠! 鎧の作り方を教えて!」


「ん? おおっ、メグミか、なんじゃやっと防具の重要性に気が付いたか! アルバートの所は卒業したんじゃったか? ふむ、ならば今からお主はワシの弟子じゃ! ワハハハハッ! アルバートの悔しがる顔が目に浮かぶわ!」


「?? まあ良いわ師匠! 防具と武器で鍛冶の仕方は何が違うの?」


 ザッツバーグはそのメグミの様子に、


(ああ、この子は本当にドワーフの区別がついていない。見た目の違いに気が付いてない、目の前の『神匠』、防具界の『心匠』グエン・エバンスと巨匠の見分けが付いてない! ここまで違って尚、一緒に見えるのか!)


余りの衝撃に眩暈がして来る。流石にここまで違えば自分の娘達でも違いは分かると言うのにこの調子なのだ。


 そもそも建物だって違う、今防具店の中を通って来たはずである、にも拘らず、メグミは目の前の『心匠』に対して、『巨匠』アルバートと同様に接しているのだ。


(まあ同じ、ハイ・ドワーフで体格は似ている、しかし、金髪と銀髪、全くその髪の毛の色が違う! 第一、家のリフォームの際に二人同時に見ている筈だ、どちらも手伝いに行ったと言っていたぞ? 何故同一人物に見える?)


 ザッツバーグは真剣に悩んでいるが、答えは簡単、髭もじゃのドワーフなどメグミの眼中にないからだ。メグミにとって重要なのはその目の前の師匠の教えであり技術なのだ、容姿など最初から見てはいない。


 大半の男性の顔を覚えていないメグミにとって路傍の石ころ扱いされないだけでも師匠達は凄いのだ。


「ふむ、良いかメグミ、防具はな、その装着者の体に触れるもの、その体に寄り添うものだ、より深くその防具を装備する者の事を考えねばならん、装着する相手をよく見て観察し、その者を良く知ることが重要じゃ」


「その辺は大丈夫ね、私程二人の体の隅々まで知り尽くしている人は他に居ないわ!」


「……ふむ? なんじゃ造る相手はもう決まっておるのか? ならば次じゃな、そうじゃな、次は何を素材にして造るかじゃ、見習いにヒヒイロカネで鎧を造っても、使いこなせん!」


「はぁ? なんで? 体を覆う防具よね? 使いこなすって何?」


「武器でもそうじゃが、何じゃ聞いて居らんのか? ヒヒイロカネは強い力を秘めた金属じゃ、まあアダマンタイトやオリハルコンも程度の差こそあれ一緒じゃの、そして防具は、その強い力を秘めた金属に包まれるんじゃ、弱い者ではその力に耐えられん」


「ああ、前に似たような事を言ってたわね、そうね武器でも無理なのに鎧にしてその中に入るのはキツイのね、けど耐えられないって、具体的にどうなるの?」


「そうじゃのう、鎧の力に当てられて体調を崩すくらいなら可愛いものじゃな、力を鎧に吸われて、衰弱する者、中には干からびて衰弱死する者もいる、鎧によっては相応しくない装着者を食い殺す、呪いの鎧の様な物もある」


「へえ、まああれね、バランスが大事って事ね! ねえ師匠! 私達みたいな駆け出し冒険者にお勧めの防具ってなに?」


「ムゥ、そうじゃな、お主は既に鍛冶が出来る、ならば追加で『革製品加工魔法』を学び、革加工も出来るようになって、【レザーアーマーを『付与魔法』で強化しつつ、部分的に『付与魔法』で強化した魔鋼で補強する】防具がよかろう! まあこの街の見習い・初級冒険者の定番じゃな」


「ああ、似たようなの装備してる綺麗なお姉さんが居たわ、アレね、あれがそうなのね!」


女性、特に綺麗な女性の顔は絶対に忘れないメグミである。


「そうじゃ、動きが阻害されんからの、この街の冒険者は大概この防具を最初に揃えるんじゃ、重すぎもせんし、お主の様な女子にはピッタリじゃな。

 それに防御力だって高いぞ? 『付与魔法』次第じゃがの、鉄の板金鎧並じゃな。

この街で一番売れている鎧であろう、大人気じゃの」


「そうですなぁ、『黒鉄鉱山』で『魔鉄』や『魔紫水晶』を集め、『大魔王迷宮』の地下5階で『レッドブル』を狩って、革を集める、これがこの街の見習い・初級冒険者のパターンですな。

 自分で加工する者、持ち込みで職人に加工してもらう者、色々いますがね。

 メグミちゃんは当然自分で加工するんだろう? 『心匠』も良い弟子が出来て良かったですなぁ」


何時の間にかこの防具店の店主、ヘッケン・クラートがザッツバーグの隣に来ており、メグミにそんな風に声を掛けている。


「お邪魔してるよ、ヘッケン」


ザッツバーグは気軽に挨拶をする、


「なに、お隣同士で遠慮はいらんさ、ザッツバーグ。それに良い子を連れてきてくれて『心匠』もご機嫌だ」


「まあね、餅は餅屋だ、ウチの『巨匠』だって鎧も作れるだろうが……」


「まあ防具なら『心匠』の方が上だわな、それで連れてきたのか? 『巨匠』はなんと?」


「まだ話してない、メグミちゃんが素材を買いに来てね、それで防具の作り方を聞いてきたから、そのまま連れてきたんだ」


「大丈夫なのかザッツバーグ……あの子は『巨匠』の愛弟子だろう?」


「卒業してから来る頻度が極端に落ちてたからね、『巨匠』には良い薬だ、自分で遊びに行けと何度も言ってるんだけどねえ」


「防具作りを教えることになるとそのまま遊びに行かないままになるか、だがバレたら怖いぞ?」


「なに『心匠』の所に防具を作りたい者を連れて来る、大人として当然のことをしたんだ、少し位の雷は甘んじて受けるさ、それにな、こっちの店に来られると、またぞろ冒険者達が騒ぎだす。武器を造ってるならそれでもいいが、そうじゃないとなると揉めるのが目に見えてる」


 ザッツバーグとヘッケンがそんな話をしている間にも、メグミは『心匠』グエンに『革製品加工魔法』と革加工の基礎を教えてもらっている。


「ねえ師匠、けど『レッドブル』の革ってドロップアイテムでしょ? 集めるの面倒ね、ドロップアイテムなんて運しだいじゃない」


教えてもらった通りに手を動かしながらメグミが尋ねる、


「ほう、良い手つきじゃ、うむ、やはり筋が良い、お主は器用じゃのう。

 そうじゃ『レッドブル』の事か、まあそこは心配せんでもええじゃろう、何せ『大魔王迷宮』の地下5階は草原階層『放牧場』といわれとる位、エサの草が豊富じゃ、直ぐに受肉して、革やら肉やらよく落とすでな、うん? メグミ、そこはもうちょっとこうじゃ」


「こうかしら? ん? これで良いのね? 草原階層ねえ、そう言えば地下6階も同じ草原階層で『レッドブル』も居るんじゃなかったかしら? 下に行くほど魔物も大きく成って素材も良い物が取れるんでしょ? 何で地下5階……ああ、そうかあそこはゴブリンが居るから、私達は入れないのか」


「そうだよメグミちゃん、地下6階は『ゴブリン』が居るからね、見習い・初級冒険者の女性は立ち入り禁止だよ」


 ザッツバーグはそう言ってメグミに忠告をする。


「確かに『レッドブル』は人気の魔物、何せドロップアイテムが美味しいからね、狩る実力さえあれば儲かる魔物だ、少し冒険者で混み合うけど、なに『大魔王迷宮』は広い、彼方此方に『転移魔方陣』も設置されてるから、場所を移れば空いているところもある。無理しちゃいけないよ」


 ヘッケンもメグミにアドバイスをする。

 この街に四人いる『神匠』持ちの内の二人に気に入られているメグミだ、二人の商人も気に掛けているのだ。


 因みに残りの二人の『神匠』持ち。


 『精巧』ヒルデガルド・ロイエンタール。


 サアヤを愛弟子として可愛がる師匠であり、メグミやノリコの師匠でもある錬金術の『神匠』でエルフだ。


 サアヤにプリンを譲った人物で、リホームの時も魔道スライムを大量に引き連れてきて、掃除に一役買ったし、新たに鍵の魔法球など製作してリホームにも一役買っている。


 『武器追加効果付与魔法球』の第一人者であり、最高峰の造り手だ。また良く冒険者が持ち込む加工困難な希少金属をインゴットに精製して、保存しやすくしている。


 そして最後の一人は、

 『極巧』ラル・ラッカネン、メグミ達の魔道具の師匠でドワーフだ。メグミ達の家の家電魔道具を修理したのは彼だ。寡黙で可成り気難しい事で知られているが、熱心に技術を学ぶメグミ達の事を大変気に入っており、何時も突然家に遊びに来ては、メグミ達の家の家電魔道具を改造していく。


「そうだよ、女性の立ち入り禁止階層、地下8階の『オーク』、地下13階の『オーガ』これらの階層には絶対に入っちゃダメだよ! まあ普通は入れない様に見張りも居るんだけど、メグミちゃんはね……何故か不安になるんだよね」


「『大魔王迷宮』は各階層の詰め所に転移魔方陣が設置してあるんだ。無理にそんな階層に行かなくても、階層を飛ばして移動できる、入れないくても特に問題ないからね」


 ザッツバーグとヘッケンは交互にメグミに忠告する、二人にここまで心配されるのはやはり普段のメグミの行いに原因が有るのだろう。メグミ無謀な奇行の数々は職人の間ではかなり有名になりつつあった。


 この機会についでに話しておくと、この街には、このような女性保護の措置は他にもあり。地上の『ゴブリン』『オーク』『オーガ』の定期討伐クエストも、女性の参加が禁止されている。(上級と中級の一部上位者は、参加推奨されないが一応参加OKらしい)


 メグミはそのことが非常に不満だ。



「私の前にはオークなんて物の数じゃないわよ、幾らでも狩ってあげるのに!」


「何で? メグミちゃんは何でオークと戦いたがるの? 二足歩行の豚の様な魔物なのよ? 何が良いの?」


「良いノリネエ、『オーク肉』よ、地上のオークは全部オーク肉を落とすのよっ!! てか死んだらオーク肉よ!」


「人型の生き物を例え魔物でも食べるのは対抗があるわね、私は」


「そうね、私もそう思ってたわ、けど実際に食べると、美味しいのよ、こう本当に高級豚の味がするわ。

 『オークロード』だっけ『ジェネラルオーク』だっけ? どっちもかな? すっごいお高いのよ! めっちゃ美味しいって噂よ!」


「メグミちゃん、その二種類は地上ではレアな魔物なので、定期討伐演習に参加しても滅多に狩れませんよ、定期討伐演習は野宿だし、御トイレも有りませんし、女性が参加しても良いことは有りませんわよ?」


「そこがネックよね! お風呂も無いみたいだし、まあ途中街に寄ったら入れるみたいだけど、一番の問題はトイレね!」


「街道沿いなら一定距離ごとに公衆トイレが設置されているみたいですけど、討伐演習は街道を外れますからね、森の中ですから仕方ありませんわ」


「ああっ! もうっままならないわね、こう魔法で簡易型のトイレとかお風呂とか出せないのかしら?」


「例えあっても女性は参加禁止ですわ、諦めましょうね」


「そうよ、別に普通の魔物を狩っても良いじゃない?」


二人に説得されたメグミは不満げに、オツマミとして出されたオークの干し肉を齧る。



 また、この街の女性冒険者は強制ではないが『自爆魔法式』を体に付与されている。これは今までもセリフの中に登場した、


「クッ、近寄るな汚らわしい! 貴様たちの様な穢れた魔物の慰みモノなどにだれが! クソッ放せ! いっそ殺せ!!」


この女騎士が言いそうなテンプレなセリフ、これこそが散々言われている『クッコロ』


 人間の女性をその性欲の対象として犯す魔物達に捕らえられ、こんなセリフを言う事態になることを、『クッコロ』になるというのだ。


 このような事態に陥った際、全生命力と引き換えに自爆できる付与魔法、これが『自爆魔法式』だ。


 殺せと魔物に頼んでもそもそも言葉が通じるかさえ怪しい、そんな事は無駄なのでサッサと自分で自爆する為の物だ。


 この自爆攻撃は強力で、見習い冒険者程度の実力でも、『オーガ』でさえ数体まとめて吹き飛ばせる威力が確保されているそうだ。メグミ達3人も念のためこの『自爆魔法式』は付与してもらっている。


 デメリットが無く無料だからだ。


 特に体表面に問題となるような跡は残らない、子宮の中に小さな魔方陣が発生してるらしいが妊娠・出産等に影響はないそうだ。まあそんな予定もないが……


 何故こんなに簡単に女性の自爆が推奨されるかと言えば、この異世界、『蘇生』や『復活』があり、死んでも生き返れるからだ。


 女性冒険者には見習いから『自爆魔法式』と同時に、『復活の首飾り』が一回目に限り無料で冒険者ギルドから付与される。


 この首飾りは、登録者が死ぬと自動で発動し、更にその際に装着している必要はない。鞄やバック、それどころか『収納魔法』に収めた状態でも発動し、自爆などで登録者が死ぬと速やかに『セーブポイント』と呼ばれる、病院内の各6柱神の『蘇生』を使える高位の神官が交替で24時間詰める施設に登録者を転送する。


 そしてその場に詰めている神官によって『蘇生』され、病院内に移送、目を覚ましたらベットの上となる。


 肉体の損傷も治癒されて蘇生する為、傷跡さえ残らない、魔物に犯されるよりはサクサク自爆した方が余程良いらしい、この自爆、凄く痛いそうだが、痛みを感じる暇もないとは使用者の談だ。

 

 この『復活の首飾り』別に死んでいる必要はなく、登録者の任意でも発動できるのだが、


「ねえこれってセーブポイントに一瞬で戻ってこれるんでしょ? 出掛けた時の戻りの移動に凄く便利じゃない?」


「メグミちゃんは出かける度に、戻ってくるのに600万円使う気ですか? 最初の一個以外は有料ですよ、メグミちゃん見たいな考えの人が過去に乱用した所為でね!」


「それにね、メグミちゃん、これを使わなくても『転移魔法』や『転移魔法石』が有るから、大丈夫なのよ、『転移魔法石』で一個千円位だったかしら?」


「なんだ無料じゃないのね、残念。後、『転移魔法石』って一回使ったら壊れるんでしょ?」


「高位神官を24時間365日常にだれか一人を拘束してるのよ、その事を思えば600万円でも安いと思うわ、けど移動で使うべきじゃないわね。

 それを思えば『転移魔法石』は一回千円だけど安い物じゃないかしら?」


「お姉さま! いざって時のお守りですよ! 移動に使うなんてダメに決まってますわ! それにこれ造るのだって結構お金掛かってるんですよ、『復活の首飾り』は原価自体が高いですからね、『転移魔法石』とは比べ物になりませんわ」


「何でどっちも繰り返し再利用できないの? 一回使いきりで壊れないとダメな理由でもあるの? なんで?」


「『復活の首飾り』の方は悪用されない為と解析されない為らしいですわ、詳しくは私も知りませんけど……

 それと『転移魔法石』は魔力を込めた水晶なんですけど、発動と同時に込められた魔力を解放するために砕けますからね、再利用は難しいですわね」


「ふーーん、まあアレね、その辺が解決できれば繰り返し使える様にも出来るって事ね」


「『転移魔法石』は兎も角、『復活の首飾り』は使ったらダメですよ! 実験も禁止! 万が一発動したら600万円がパアですよ!」



 この首飾りは男性冒険者にも初級冒険者になると同時に一回目だけ無料で付与される。何故見習いから付与しないのか、何故男性だけ遅いのか色々疑問がるが、初心者講習でアツヒトが、


「男ってのは本当にバカでね、そうゆう道具を貰うと、つい使っちゃう馬鹿が中には居るんだよ、お調子者は特に男子に多いんだ。

 それにこの異世界での金銭感覚に疎いと、600万円の価値が分からない、それに中には日本で大金持ちの子供だったりしてね、金銭感覚の狂ってる奴もいる。その為の予防措置だよ」


「けど命の危険があるのは男も女も一緒でしょ? なんで?」


「魔物との闘いの危険かな? それはないよ、見習いが戦う魔物で命まで奪うような強力な魔物はそうは居ない、僕達も見張ってるからね、そうそう危険はないさ、万が一死んでも蘇生させるしね」


「え? じゃあなんで女子だけ配ってるの?」


「命の危険はなくても、貞操の危険はあるんだよ、魔物だけじゃあない、地域外の組織に誘拐される事件も嘗てはあったんだ、その為の予防措置の意味もある」


「地域外の組織が何で召喚されたての見習いを攫うの?」


「召喚には結構な魔力が必要になるんだよ、この街みたいに魔族が協力している地域は良いけどね、それ以外だと召喚自体がほぼ不可能らしいね、強力な冒険者になる可能性のあるこの街の召喚者は、他の国からしたら喉から手が出るほど欲しい人材なんだよ」


「けどそれも男だって一緒よね?」


「なに攫われたって必ず助け出すさ、それが男だろうと女だろうとね、けどね汚された貞操は、心の傷は癒えないんだよ、だから女の子にだけ配ってる」


「綺麗な女の子にとって、世界は危険に満ち溢れているのね」


「そうだよ、だからメグミちゃんも気を付けるんだよ」


「一番の危険人物が何か言ってるよ、アッちゃん!」


「だから不用意に近寄ったらダメよメグミちゃん! この男は獣! 最低のクズよ、そうよね、ナッちゃん!」


「アハハッ、厳しいな二人とも」



 一行は順調に地下2階への階段に到着した。地下1階側の階段降り口には詰め所はなく結界が有るだけで、そのまま広い階段を下りると、トイレ施設と手洗い場があり、ちょっと体を休めるベンチなども設置されている。


 トイレ施設内は男女別に分かれており男性用小便器3個、男性用3個室、女性用4個室がある。

 少し離れたところに6畳ほどの広さの詰め所の小屋があるのが見えてくる。小屋に到着するとノリコが詰め所の窓口に居るおじいさんに尋ねる。


「今この階層はどんな感じですか?」


「うーーん、あんたら今からかね? CからJの10は今日は人数が多いな、今からだと空きスペースが無いかもしれんのう……既に各ルーム2回ほどジャックポッドが発生したとの情報もあるでな。

 ふむ、今からならJの6から9辺りかのう? あの辺は両方の詰め所から遠いでな、不便じゃからな少し不人気じゃ、まだ空きもあろう。

 少し沸きが多いがA・Bの10も空いているじゃろう、じゃがあそこでジャックポットが起きると逃げ場が、逃げるためのルートが制限されておるからのう、すこし心配じゃのう、今日は止めておいた方がよかろうのう」


「有難うございます。Jの6から9で空いてるところを探してみますね」


ノリコはおじいさんにお礼を言って詰め所を離れる。


 このおじいさんは見習い・初心者へのアドバイザーであり、ことが起こると魔物の駆逐に乗り出すこの階層の番人だ。こんな萎んだおじいさんがそこまで強いのかと疑問も沸く。


 しかし、このおじいさん達は、今は好々爺として、メグミ達のお尻を触ろうとするスケベジジイだが、メグミがお尻を触られている時点で只者ではない。


 引退こそしているが元上級冒険者達なのである。


「ヌハハ、コボルトなんぞ目を瞑っていても倒せるわ!」


以前尋ねたらそんな答えが返ってきた。


 ここで鉱山2階の構造だが、この階層は北から南に1から10、西から東にAからJと碁盤の目状にルームと呼ばれる単位で呼ばれており、地下一階に続くこの詰め所がE-1、地下3階に続く詰め所がE-10にある。


 現在、Aの1~8、Bの1~8、Cの1~6、Gの1~3、Hの1~3、Iの1~4、Jの1~4は落盤の為、侵入できない。中央部分のルームは落盤を防ぐためにもう採掘できる壁はなく。実質各10の列の南の壁ととJの列の東の壁が11とKのルーム作成に向けて、採掘されているようなものである。


 各ルームは一辺約100メートル程有るため、それでも採掘の場所には困らないが、落盤で閉ざされたルームの近くは魔素が高く、間違って閉鎖されたルームに続く穴を掘ってしまうと、閉鎖空間内で強力に育ってしまった魔物が溢れるため採掘禁止ルームとなっている。


 メグミたちは広い地下2階を、隊列を組んで進んでいく。


 地下2階はあちこちの柱や壁に、「崩しちゃイヤーーン」「クッここはもう駄目だ、いいから他を掘ってやってくれ」「やめてこの壁を崩さないで、この壁は何にも悪くない!!」「掘らせはせん。この壁は掘らせはそんぞーー」だの好き勝手書いてある……まあ壊すな危険って事なのであろう。


「全くいつ来てもファンタジー感ぶち壊しよねココは!」


「一階がそれなりの雰囲気ですからね、いきなりこれは確かにアレですわね」


「でもメグミちゃん、色々書いてあって面白いのよ? ほらあそこに可愛いイラストがあるわ!」


「緊張感が無いのよ! ほら男子、油断しない! こんなんでも魔物は遠慮なく襲ってくるからね! 地下1階よりは強力よ、前を見て全周警戒!」


「メグミの姉御も無茶言うよ、前を見てたら全周警戒なんてできないだろ!」


「出来るわよ、考える暇が有ったら神経を研ぎ澄ますのよ、考えるんじゃない! 感じるのよ!」


 そう言ってメグミの振るった剣は、背後から襲ってきたコボルトを股下から顎の下まで両断する、メグミは振り返りもしない。


「メグミちゃんのようには行かないでしょうけど、くれぐれも油断しないで! 特に柱の影が危ないわよ」


 この階層には彼方此方に崩落防止の補強の為、鉄の柱や梁が設置されている。それが物陰を生み、冒険者の目に死角を作り出していた。


 この柱とか梁には各部材にすべて日付と名前があちこちに彫りこんである。使用されずに余った鉄鋼も彼方此方(あちこち)に積んであるが、そちらにも日付と名前が刻まれている。一見ボランティアによる安全確保の補強工事の為の寄進に見えるが……


「なあ、これって先達の寄進なのか? 色々名前が刻んでるけど?」


 タクヤが誰とは無しに尋ねると、


「はっ、そんな可愛いものじゃないわよ、これはね投資よ」


 メグミがそう答える。


「ん? 何だそれ?」


「タクヤさん、これは全部ボランティアを兼ねた投資なんですよ、普通の安い鋼鉄を仕入れて、それをこの地下2階に設置する。

 すると鉄鋼が魔素を吸って魔鋼に成るんです。魔鋼になるだけで元の値段の数倍価値が上がりますからね」


「7・8年毎に改修工事ならぬ回収工事が行われているんだって。まあ補強の点検も兼ねてるんでしょうけど、人件費を差し引いても利益は十分に出ているみたいだし、ボランティアじゃあ無いわね」


「世知辛い話だなぁ」


「けど実際に崩落防止にも役に立っているのよ、これはこれで良いんじゃないかしら?」


「そんな事より、崩落したルームの開封作業を進めて欲しいわよ、今日だって2階が狭くなって混雑するから、無理して3階に行って、いざって時に手に余ってるのよ」


「近いうちに実行するって噂は以前からありますけど、お金も人手も要りますからね、中々腰が重たいようですわ」


 先達たちによる色々台無しな雰囲気の地下2階であるが、標識等も多く設置されており、迷う心配はないのは救いである。その標識も鉄製で日付と名前が刻まれているが……しかし、そんな中でも魔物は容赦なく襲い掛かってくる。


 中央部付近はあちこちに壁があり、又、柱などで死角・物陰も多いことから全周囲警戒をしつつメグミ達は慎重に進んでいく、既に20数匹のコボルトに襲われたが、ゴロウ達も危なげなく撃退できており魔結晶を回収しつつ一行は、順調にJ-6ルームにたどり着いた。


 東側の壁には既に何組かパーティが取り付いて採掘しているが、中央付近が空いていた。


「あそこで採掘しましょうか? 鉱脈も見えるし」


「了解しましたわ、ノリコ姉さま」


「ん、良いんじゃない」


「「「サー、イエッサー」」」


 ノリコはゴロウ達の返答に少し嫌な顔をしたが、諦めたようだ。


 一行がその場所に歩いていくと、目的の場所の手前にいるパーティと目が合った。メグミたちは軽く会釈しながら進んでいたが、相手のパーティメンバーの一際背の高い男がメグミに声を掛けてきた。


「誰かと思えばメグミじゃねえか、久しぶりだな」


 タツオがそこにいた。

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