第1話はじまり
かつてこの世界は、地上に魔族が溢れ栄華を誇り、竜種が跋扈し、魔物が暴虐の限りを尽くしていた。
魔素と怨嗟と血が地上を埋め尽くす。
そんな世界でも、人々は剣と魔法と神の恩恵を持ってそれに対抗した……
長い長い戦いが続き、延々と流される血、消費される命と生産される死。
しかし、地獄の様な戦いの日々にも終わりが訪れる。
人の側の敗北。
人類は魔物との圧倒的な力の差を前に力尽き、滅びの危機に瀕していた。
人々が死を覚悟し頭を垂れる……その時、忽然と黒き暗雲が空を覆い、昼を夜の漆黒で染め上げた。
人々が絶望を宿した視線で暗き空を見上げる中、黒き瘴気を纏い大魔王が人々の頭上に現れた。
人々が神に祈りを捧げ、最後の時を待つ。そんな中……大魔王は人々に告げる。
「いやいや、ちょっと待って滅んだら駄目じゃん? 君ら滅んじゃったら僕ら明日から何食べたらいいの?」
……だが人々には、大魔王の言ってる言葉の意味が分からない。
「君らの『負の感情』が僕らのご飯だよ? その絶望、大変美味しゅう御座います。ご馳走様でした」
人々が理解していないのが分かったのか、大魔王は態々言葉の意味を説明してくれた。
お陰で人々は言葉の意味は分かったが、御礼を言われても困る。
「でもね滅んじゃったら困るなぁ」
人々が唖然とする中、さらに大魔王は続けてこう告げた。
「僕らさ、地下に潜るわ。態々地下とか面倒だから普通に地上に住んでたけどさ」
大魔王は人々の想像と違い、地下に篭って高笑いを上げる趣味は無いらしい。
更に意外な事に先程から一人称が『僕』だ。
「魔素が駄々洩れで、魔物沸きまくりで君ら滅びそうじゃん。だからさ、地下に迷宮でも作ってそこに篭るわ」
『何故迷宮なのか?』人々にはその意味が分からない。
ここは『大変助かります』と御礼でも述べるべきなのか?
人々が戸惑う中、更に大魔王の言葉は続く。
「ああ、大丈夫、大丈夫、魔物もやばそうなのは粗方殺すか連れて行くかするから」
大魔王の声は重低音なのに、口調はやたらと軽かった。
アフターフォローもバッチリの提案に、更に人々の混乱は加速する。
「今まで一杯殺した? 僕らが? そりゃそっちから攻め込まれれば応戦はしたけど、基本こっちから手を出してないよ、魔族は。正当防衛だよ、正当防衛!!」
人々は『過剰防衛』の言葉を大魔王に送りたかった。
「魔物? あれはその辺に溢れている魔素から勝手に沸いてるだけで、僕らの管轄じゃあないよ。そりゃ中には生み出した手下の魔物もいるけど、そいつらは管理してるから襲ってないよ」
その溢れている魔素の原因が魔族なのだが……大魔王はその辺を丸っと棚に上げていた。
「竜種? あれはそれこそ全く僕らとは関係ない。それに竜種は基本飯食って寝て繁殖してるだけだからね。奴ら君らのこと眼中にないから」
竜種は『食う寝る遊ぶ』の良い御身分らしい。
「そりゃお腹が空いたのに出会えば、ちょうど良いオヤツ代わりに食われるだろうけど、他に食い物があれば、態々君ら襲わないから大丈夫じゃね?」
巨大な竜種にとって、人類は態々襲う価値の無い食糧なのだろう……
大魔王の言っている事の意味は分かる。だが、その意図がまるで分から無い。
人々は混乱し、しかし、かと言って何か出来る事が有るでも無い。
ただただ途方に暮れる。
そんな中、大魔王の言葉が続く……
「じゃあ僕らこれから迷宮作って篭るんで、頑張って繁殖、繁栄してね。産めや増やせで目出度いね……って目出度かったらダメじゃん、僕魔族じゃん!!」
『負の感情』は魔族のご飯らしいが、どうやらお目出度い『喜びの感情』はご飯にならないらしい。
セルフでノリツッコミが出来る事を、流石は大魔王と褒めるべきなのだろうか?
人々は大魔王への態度と対応を決めかねていた。
「……まあ沢山増えて『負の感情』を量産してくれることを……祈るわけにもいかないし、う~ん、期待してるわ。じゃあね♪」
大魔王は悪魔で軽かった。
大魔王が『口調は軽いが内容は重い』宣言を一方的にして消えると、暗雲が消え、空から光が差し込んだ。
人々が大魔王の宣言に混乱する中、大魔王達魔族は宣言の通り、地上各地の魔都を捨て地下迷宮を作りそこに籠った。
地上に溢れていた魔素が減り、凶悪な魔物も消え、地上には束の間の平和と地下迷宮への入り口だけが残った。