第094話 エヴァ(1)
すいません。実は新人賞が近づいてまして、投稿を続けて行くとなかなか書くモードにならないこともあり、一旦連載を中断したいと思います。5月あたまごろには戻ってくる予定です。本当に読者の皆様には大変申し訳ないなと思っております。では5月ごろにまた会いましょう!
かつてM&Jの阿南をバラバラに引きちぎった緑色の髪の少女――エヴァ――はライナル南部方面における軍の指揮官だった。エヴァは歩いていた。ライナルエリア南東の街にて仕事があったからだ。エヴァは何気なく後ろを振り向く。自分の後に続くオリジンの屈強な兵士達が見えた。その雑多にみえる人の姿に渋谷でうろつく人々の影が重なった。軍には男が多い。エヴァは背が低い。よって視線が胸のあたりに集中する。だが、どうも視線が意図せず股間へと下がっていってしまった。大の男達が左右に揺れるモノを引っ下げ行進してるように思えた。いや、実際そうなのだが、それがこんな大量にかぁ……などと思うと。何だか急に馬鹿らしくなってきた。
「ホント、マオ姉も私にメンドクサイこと押しつけるよね?」
そう、隣に歩く世話係の男に言ったつもりなのだが、この世話係の小太りの男は、あろうことかエヴァの言葉を聞き逃してしまったらしく、無表情のまま、ただ前を向き歩いていた。緑の草を踏む短く柔らかい音がその音を阻んだとも思えなかったエヴァは、ドスの聞いた声で「おい!」と言ってみた。すると飛びあがらんばかりに驚いた小太りの男は、額の汗を拭きながら「なんでしょう?」と尋ねてきた。もう一度同じ話をする気などサラサラなかったエヴァは「え~なんとなく☆」と、おどけた。小太りの男はどこか申し訳なさそうな表情をすると、また前を向いた。
この「無言で前を向く」という行為がエヴァの怒りの導火線に火をつけた。
「てめぇえええええ! 殺されてーのか!!」
小太りの男は、男言葉でなじる女主人の意味不明の激怒にどうしていいか分からず、すいません! すいませんでした! と、何度も叫び、土下座をしていた。この間、オリジンの軍は止まったままだ。小太りの男はエヴァの4人目の世話係だった。1人目はこの性格に耐えきれず世話係を辞め、2人目はエヴァに殺され、3人目は逃げ出したのだ。
『これ以上私を怒らせたいのかしら?』
これが3人目が逃げ出した後のマオの言葉だった。エヴァは、その言葉を思い出し、とりあえず少し頭を冷やす為に“こう”言ってみることにした。
「あはは。全然OK~~☆」
もちろん、こういった発言の裏にはエヴァなりの感情の変遷がある。だが、この激怒の次におどけたり、おどけていたのに激怒する、という急激な感情の変化は世話係の心を大いに疲弊させるものだった。
それになまじエヴァは強かった。
やろうと思えばいつでも世話係を殺せるだけの実力を持っていた。
だからこそエヴァの評判は芳しくなかった。
生来エヴァは目下の者に厳しかった。
何故そんなに厳しいのかは自分でもよく分からないのだが、とにかく、そうしてもよい、と心のどこかで思ってしまうところがあった。
それに、それなりに良いところのお譲さまであったエヴァは、ふとした作法に五月蠅かった。たぶん、この条件が色々合致してしまったのがいけなかったのだろう。
彼女は自分の品行方正さを上の者に押しつけることはできないが、自分より目下の者になら最大限に押しつけても構わない、と思ってしまった。
その結果、エヴァの率いる軍隊では、軍律よりも、正座の際の背筋の伸ばし方、箸の持ち方、服装の着こなし方の方が重要視され、違反者は厳しく追及された。
おかげで、彼女が一度軍を率いると、吐き気がするほどの品行方正さを身につけた軍隊が出来あがった。
マオの目には、これが一種の秩序と映ったようだ。以来、オリジン内におけるエヴァの地位は着実に上がり続けるのだが、彼女が指揮官に向いているか疑問視する声も多かった。
――別にいい。そんなもの、見返せばいいだけ。
エヴァは楽観的な感性の持ち主だった。だからこそ今回の仕事もひきうけた。失敗はほぼ無いとみたからだ。だが今回の仕事、いや、戦いに不安が全く無いわけではない。エヴァは初陣だった。いや少し違う。軍の一部として戦った事はある。命も賭けた。だが、指示された作戦の中で動くのと、作戦自体を考えるのでは、やはり仕事の質に違いがあった。
それでもエヴァが「ま、なんとかなるでしょ☆」と考えるのは、やはり楽天的な資質が成せる業だった。一方その楽天さを知らない小太りの男は「初陣だからこんなにヒステリックになっているのだろうか?」と思った。そんなことは全くないわけだが、小太りの男は無駄に想像の翼を羽ばたかせ、そう勘繰った。この軍隊では小さなことで激怒するエヴァの下で働いてきた兵士が多く、普段からこんなもの、と皆思ったが、小太りの男は派遣されてきたばかりの4人目の世話係だった。エヴァという人間を知らなかった。だからこそ小太りの男はエヴァのその心を和らげるつもりで自分からエヴァに話しかけてみた。
「あ、あの。私はマオ様にもシオン様にもあったことが無いのですが御二人はどういった方達なのでしょうか」
命知らずな野郎だな。周りの男達は皆そう思った。5人目も近いんじゃないか? 誰かが小声で言った。エヴァは意外にも普通に答えた。
「そうねぇ。二人の秘書官を務めたのは私だけだしぃ。確かに私しか二人の素顔を知らないかもねぇ……」
エヴァはそういうと、遠い目で彼方を見た。小太りの男も彼方を見た。青い空があった。いつの間にか軍隊はまた行進をはじめていた。
「シオン様はねぇ。そうねぇ、マイペースな人かな」
「あのシオン様が……ですか?」
「そう。でもシオン様なりのマイペースね☆」
「どういう意味なのでしょう?」
「あの人……、自分を興奮させてくれる状況にしか興味をもてない人なの。ふふっ、なのに、興味の幅が極端に狭いのよねぇ」
エヴァと小太りの男は並んで歩いていた。二人の間を風が通り抜けた。眼下に見える草原が波を打っていた。小太りの男は興味深く訊いてきた。
「興味の幅が……、狭い? ……のですか?」
「そう、自分の命がとられそうな状況にしか興奮できない性質なのよ。ある種の変態に近いのかも。でもさぁ、あの人、強すぎるでしょ? で、いつもどうしてると思う? ツマらなそ~~にしてるのよ。もう~~いっっつもね! 囚人の処刑をご自分で決闘形式に変えたのも暇つぶしの為。何と言うか、この世界で皆が生きようと思って、あーでもない、こーでもないとか悩んでいるのとは真逆ね。シオン様にとってこの世界は退屈そのものなの。ただ一度だけ心が躍った、と言ってたけど。きっとあの男ね。バルダー城攻略戦で戦ったとか言う二刀流の男。唯一シオン様に一太刀を浴びせた男。分かったでしょ? シオン様はね。この世界で唯一キャッスルワールドに中に居ながら、キャッスルワールドをプレイしていない感じの人なのよ。でもだからといって何をするわけでもないのよ? 囚人と決闘して毎日少し楽しんでるだけ。だからマイペース。そうとしか形容のしようがないのよ」
小太りの男は感心してるのかしていないのかよく分からないような顔をし、何度も頷いていた。男は次に、マオ様は? と尋ねてきた。そういえば、部下からこんな自然に質問などされたことがなかったなぁ、と思ったエヴァは、少し長くなるわよ、と言った。
それは、マオと二人で酒を飲んだ時の話だった。




