第090話 ファントム(5)
ホークマンはグロスの証言を書き留めた数枚の紙をテーブルに広げ、椅子に座り、それらを眺めた。そこには2日間に渡る拷問の僅かな成果があった。
『命令の発信者はオリジンの宰相であるマオ』
『今回の虐殺グループの結成はM計画と呼ばれる計画の一環らしい』
『報酬はオリジンへの加入』
拷問して分かった。グロスはオリジンの一員ではなかった。バルダーエリアの親オリジンと看做されている何処かのクランに所属していた男だった。だが、どういうわけかマオと直接交流があり、マオはグロスに取引をもちだした。
『ねぇグロス、やってもらいたい仕事があるの。もちろん報酬は用意するわ。報酬は、オリジンへ加入できる権利……、というのはどうかしら? これが何を意味しているか分かるでしょう? 現実世界へ帰る為の切符をあなたは手に入れるの』
グロスはこの話に乗った。そして、マオから貰ったリストに記載されていた仲間を集めた。オリジンへの強い恨みを持つ者たちを。ホークマンは一旦紙から目を離し、そして目を瞑った。
「で、俺が選ばれた。確かに俺はこの計画にはうってつけの人物だっただろうな。オリジンへの強い恨みを持ち、更に虐殺という行為を屁とも思わない。まさにうってつけ」
ホークマンはこれらを口に出しながら拳を握りしめ、眉間にしわを寄せた。
頭に来た。
ホークマンこと菊池健一は誰かに支配される行為を忌み嫌う。自由を好み、常に自分のしたいようにする。そんなホークマンにとって誰かに利用される行為というのはアイデンティティに関わる行為だった。しかも、自由だと思わされていたのだ。上手く躍らされていたのだ。頭に来たなんていう言葉では表現できない怒りがあった。マオという女と、そして自分に対する怒り。全身の毛が逆立った。100回その女を犯しても犯し足りないと思った。尊厳を傷つけられたと思った。その女が、殺して、と懇願するまで拷問し、犯し、最後に殺す。そうでもしないと傷つけられた尊厳を回復することはできないと思った。気づくと目の前にある紙の一枚をクシャクシャに握りしめていた。
ホークマンは一度深呼吸をした。怒り過ぎると周りが見えなくなるのは昔からの悪い癖だ。落ち着け、ホークマンはそう自分に言い聞かせた。
殺そうと思う相手を憎んではいけない。
ゴッドファーザーという昔の映画だったか、その主人公がそんなことを言っていた。上手い事を言うモノだと思った。確かにその通りだ。怒りや憎しみは判断力を奪う。情報にバイアスがかかる。それは命を失う行為に繋がるというものだ。マオという女の目玉をくり抜きアクセサリーとして持ち歩きたい、といった感情は、今は抑えておこう。自分の感情を噴出させる瞬間は勝利を確信した時だけでいい。その時はその女の体を使い思い切り遊ぶ。死へと続く拷問遊び。それでいい。いや、それがいい。
――その時にこの俺を舐めた報いを受けさせてやる。
ホークマンはニヒルな笑みを浮かべると、もう一度深呼吸をした。手に握った紙を広げ、丁寧にしわを伸ばしてゆく。だんだんと落ち着いて来た。
そういえば、そんな事を想像するよりも今はやるべきことがあった。この問題の本丸を考えなければならない。なぜ、そのマオという女は虐殺グループを作ったのか、という疑問を解決させなければならないのだ。そもそも、その女は何故オリジンの支配するエリアの人々を殺さなければならなかったのか、ここが不思議でならない。ホークマンは以前バルダーエリアを支配した立場としてエリア支配の《果実》がどういうモノであるかを知っていた。金がじゃぶじゃぶ集まるのだ。そして、金がクリア条件のもう一つの条件である以上その金欲しさに人は動く。つまり、間接的な支配も広がるわけだ。それにゲームの性質上、金はあって困るものではない。金を生みだすのは人だ。人を支配してこそ果実は得られる。だが、その金を生む人々を虐殺する行為にどんな意味があるというのか? 税収は落ち込むし、反オリジンがほとんど残っていないキサラギエリアなど親オリジン派の巣窟とも言える。つまり、オリジンは自分の手足を食いちぎっている様なものなのだ。この《不合理さ》の意味するところは何なのかとホークマンは考えた。更に“これ”である。ホークマンは丁寧にしわを伸ばした紙を見た。そこには“こう”書かれていた。
『キサラギエリアの街が残り3つになった時点で、他のエリアに移り、同じ事をしろ』
他のエリアでも虐殺をしろ……。グロスに何度も確認したが、この《他のエリア》というのは、文字通りそのままの意味らしい。最初はオリジンの施政の及ばない唯一のエリア、アラファトエリアで虐殺を行え、という意味なのかと思いグロスに確認したが、グロスは「マオ様は特にそう言う事は言っていなかった」と言っていた。アラファトエリアを含むキサラギエリア以外の4つのエリアのうちのいずれかでいいから同じ事をしろ、という意味なのだろうとグロスは解釈していた。そんな馬鹿なと思ったが、逆にそうなのかもしれないとも思った。平気で自分のエリアの金のなる木を殺せる女なのだ。それもありうるかもしれない。
「オリジンの狙いは……何だ? いや、そもそも――」
――M計画とは何なのだ?




