第089話 ファントム(4)
今回の視点人物はミハイルではありません。誰だろう、と想像しながら読み進めてもらうと嬉しいです。
最初はそうは思わなかった。だが、ある時から目標の到達には5手6手足りないと思い始めた。もっと言えば時間だ。
圧倒的に時間が足りない。
突然分かってしまった。これは有効ではないと。
だが、むしろ最初に聞いた時は、なぜ自分はそんなことすら思いつかなかったのか……、と思った。ショックだった。右手に持った注射針が震えた。柄にもなく緊張しているらしい。だが、人殺しは得意だった。この計画に絶対的に必要な資質だった。自分はこの計画に最適だと思った。そういえば、キャスルワールドに来て2日目の夜、初めて人を殺した事を思い出した。当時の仲間には正当防衛だと偽った。だが違う。夜道で女とすれ違った。街に灯された松明の火はやけに小さく光っていた。暗かった。女は無防備だった。女が背を向けた瞬間、初期装備で支給された斧を思い切り女の後頭部にブチ込んだ。血が飛び散り、女のHPは間もなくゼロになった。女の衣服を漁り、戦利品を獲得した。これは現実世界では殺人と呼ばれる行為だった。白目で見られる行為。だが、ここには現実の常識を諭すような親も教師も警察も役所もTVカメラもマスコミも何もなかった。
完全な自由だった。
ホークマンは、笑った。
女は、恐らくマイマイの中でもがき苦しみ溺れ死んでいるのだろう。それを想像した時、己の体を未知の快感が駆け抜けた。それは、初めて味わう勝者の味だった。
殺人への抵抗など微塵もあるはずが無かった。あったのは抑えがたい快楽だった。
殺し、征服する快楽だった。
今思えばあの最初の殺人で、勝利の快楽の虜になった。
話を戻そう。最初グロスから計画を聞いた時は、なぜ自分はそんなことすら思いつかなかったのかと思った。ショックだった。小賢しさが自分の大いなる特徴だと思っていたからだ。
グロスの計画はこうだった。
オリジンを破滅に追いやるための大いなる計画。オリジンの征服エリアの街を襲う計画だ。グロスは魅力的な言葉を繰り返した。まず、奴等が《税金》と称しているオリジンの運営資金を絶てる、という事だった。というよりもそれ自体を手に入れる事ができた。金がキャッスルワールドのもう一つのクリア条件である以上それは魅力的なプランに思えた。もう一つはレベルUPだ。このゲームは人を殺すことでしか経験値を獲得できない。この計画では皆殺しが基本だった。女子供、何もかも。人っ子一人残さない。「動く者全てを殺す」というグロスの言葉は「お前達好きなだけレベルUPしていいぞ」という言葉に変換されて聞えた。遠慮なくレベルUPさせてもらった。そして、ここが肝心なのだが、あれだけ狡猾で残酷で畏怖の対象であるオリジンを手玉にとっている、という感覚はかなりの快感を伴った。スパイをあらかじめ街に先行させておくというのもグロスの案だった。案の定作戦は見事に当たり、金をじゃぶじゃぶ稼ぎ、ポンポンレベルUPした。
この時、感覚が一時的に麻痺したのかもしれない。
オリジンを手玉にとり、奴等から成功を奪い取っている、という快感が目を曇らせた。
グロスはいつまでたってもキサラギ城を攻めると言いださなかった。確かに94人のクランでは頑丈なキサラギ城を攻め落とすなど夢のまた夢だろう。グロスの話では街の人々にそっぽを向かれたオリジンは財政的にも立ち行かなくなり自然とクランの規模が小さくなるという話だった。
だが、小さくならない。いつまでたってもオリジンは悠然とその姿を保っていた。
何か計画が間違っているのでは? と思い始めたのはこのあたりからだった。
1つ気になっていることがあった。ずっと気になっていたことだ。
グロスは時々、本拠地であるデカルトの森から消える。
敵の偵察だの、自由時間だの色々な理由をつけては本拠地であるデカルトの森からいなくなった。この行為はかなり不自然だった。
だから、グロスに尾行をつけることにした。なるべく、慣れた奴の方がいいのだろうが、それよりもグロスの息のかかってない奴が尾行することが重要だった。だから、新参者である褐色の肌の女を選んだ。なんでも現実世界ではダンサーだった奴らしく、女だが、身軽な奴だった。そして、グロスがいなくなる度に女はグロスのあとを尾行した。そして、分かった。
グロスの行先は二つ。
まずモンスター郵便局、そこに定期的に顔を出し、どこかに手紙を出していた。
そして、もう一つはデカルトの森の中にある、一軒の古びた小屋だった。小屋には定期的に手紙が送られてきていた。ここでグロスは外部の誰かとやりとりしている事がわかった。誰とやりとりをしてるのか? そこが気になった。昨日、手紙の宛先が分かった。手紙を出す前のモンスター郵便を脅し、手紙を横から奪い取ったのだ。
手紙の宛先はバルダー城だった。
オリジンのマオが支配する城。
そして、今日は真相を聞きだす日だった。グロスから本当のことを。
我々は《ファントム》と呼ばれている。
昨日まで誰にも支配されていない存在のハズだった、そう思い込んでいた。確かめなければならない……、どんな手段をもってしても。右手に持った注射針が震えた。褐色の肌の女フィオナの威勢のいい声が聞えた。
「捕えたよホークマン! こっちに来な!!」
ホークマンは右手に持った注射針にキスをすると扉を開けた。
そこには大勢の仲間と椅子に縛り付けられ猿ぐつわをかまされているグロスが居た。グロスは「んー!!」と声を出し必死に何かを訴えているようだった。
ホークマンは、思い切りグロスの腕を抑えつけると、プスリと注射針を刺し、緑色の液体をグロスの中に押し込んだ。グロスは震えていた。
「グロス……、お前も知ってるかもしれないが結構高級品なんだぜこれ。これ1本でリネームカード1枚と交換できるくらいの高級品……。ホラ、グロス。お前はある意味本物のキャッスルワールドを体験できる数少ない体になれたんだぞ? もう少し喜べよ」
ホークマンはそう言うと、グロスの猿ぐつわを緩め、ほっぺたをつねった。グロスが叫び声をあげた。
「痛っ!」
グロスはそう言ったあと、ホークマンを見た。怒りの目だった。
「気づいてくれたみたいだな。それに即効性があって助かるぜ。これはキャッスルワールドにおいてワザと感覚を鈍くさせられている《痛覚》を呼び起こす効果をもった薬だ。効果はまる1日程度かな。だから1日耐えきればお前の勝ちということになる。その時は楽に死ねるだろうよ。あー一応言っておくが、吐いたら生かしておいてやるとは言っておく。殺す時は、そうだな……どうやって殺すかはその時決める。くくく。まぁその前に吐いちゃった方がいいかもしれんがな。なぁに質問に答えるだけさ簡単だろ?」
グロスの顔が青くなっていった。
「皆、抑えつけろ」
ホークマンの号令でグロスの体は数十人に押さえつけられた。そして、あがくグロスの左手だけをテーブルの上に置き、強引に伸ばさせた。ホークマンは自慢の武器である斧を構えた。
「1つ目の質問だグロス。手紙だ。お前は誰の命令でこんなことをしている?」
「…………そ、それは……」と言いグロスは口籠った。
「ん?」
「……だ、だから……」
「ブー!」とホークマンはニヤつきながら言った。
呆気にとられたグロスは口をあけたまま左右を見回した。ホークマンは続ける。
「質問されたらすぐに答えるなんて基本だろ? ん? 俺のことを忘れたのか? 俺が相当短気な男だって知ってるよな? そんな俺に対して口籠るだなんて……。馬鹿な野郎だぜお前は。さぁ行くぞ」
そう言うとホークマンは斧を振り上げ、片方の頬を釣り上げた。悲壮感に満ちたグロスの絶叫がデカルトの森に響いた。
「待て待てホークマン! 待てええええええ!!」
次の瞬間、衝撃音と伴にグロスの左手首から先が腕から離れ、血が舞った。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
「赤ちゃんみたいに叫ぶだなんてしょうがない野郎だなお前は。お前の手を斬りおとしたら次は足首、次は耳、その次は体の色んな部分を引き裂かなきゃならん。その後は、腕、すね、あそこ、目玉。なぁ頼むぞ。その前に吐けよ? 一応お前を仲間だと思っていた時期があったんだ。俺の良心もそれなりに痛んでるのさ。まぁかなり楽しい事は否めないがな。そこで俺からのお願いだ。俺が本格的に楽しくなってくる前に吐いてくれ。俺は快楽主義者なんだ。楽しいと思った事を途中でやめることなんて出来ないぜ?」
グロスの目には涙が浮かんでいた。怯える目。恐らくはじめて殺される側にまわってしまったことを実感している目。そんな怯えきった小鹿に鋭いくちばしを持った狡猾な鷹が優しく語りかける。
「次は答えられるかな? どこまで体が耐えれるかな? くくく。では質問だ。お前は誰の命令でこんなことをしている?」




