第088話 ファントム(3)
「ふふふ。そうね。この話はいつかあなたにしなければならない話だと思っていたわ。この話をあなたにしなかったワケ? 理由は色々あるけど、あなたが本質的な意味でこの世界の仕組みを誤解している事を私が知っていたからかしら。まぁそれは白老様やシオン様も同じね。皆等しくこの世界を誤解している。いや、白老様は違ったかもしれない。でもあの人は分かっていても舵を切る事が出来なかった情けない男。私は違うわ。そもそも前提が間違えてるのよ。この世界で生きている事を《生きている》と思うだなんて。違うわ。全然違う。皆等しく《死んでいる》のよ。あそこで働いているシーツをとり変えている女の人を見て、綺麗にシーツを広げて……素晴らしい仕事ぶりね。あの人は死んでいるの。見て、あの城壁近くで遊んでいる子供。無邪気でいいものね。あの子も死んでいるわ。あの子もあの人も、あれもこれも皆、皆死んでいるの。皆動いているけど死んでいるわ。そして、最後の救済において極少数の人々のみが初めて生を得る。この世界をまずはそう捉えるべきなのよミハイル。私の言ってる意味が分かるかしら? ふふふ。では、今回の計画を説明するわ。これがキャッスルワールドにおいて訪れる最終局面を想定した私の計画。白老様のような腰抜けには絶対に出来ない計画……、《M計画》よ」
30分ほど前に時間は遡る。
マオのいるバルダー城にミハイルが到着したのは、夕方だった。
「ここで少々お待ち下さい」
そう言って、マオの侍女らしき女が応接室から消えた。ミハイルは残された応接室の中で深い溜息をついて椅子に腰を下ろした。目の前のテーブルにはお茶の入った湯呑が置いてあった。それを一杯飲んだ。温かった。ミハイルは湯呑を置き、まず、これからマオに何を喋るべきかを考えた。いきなり、お前はファントムと何か関係をもっているのか? と聞いても良かったのだが、そこで否定された場合どうするべきか考えていなかった。元々腹の探り合いみたいな会話は得意じゃない。
――そういえば……。
ここでミハイルはある事実に気がついた。
ミハイルは1対1でマオと話をした事がなかった……、という不思議な事実だ。ほとんどは手紙を介しての事務的なやり取りだけだったし、二人が話をする場にはいつも先生がいた。先生が反りの合わない二人の仲介役を担っていた。先生が懐かしかった。先生には安心感があった。先生の行動は予測できたし、なにより全面的にこちらを信頼してくれている所があった。今回の騒動に関しても先生が宰相のままならきっと何の問題も――、応接室のドアが開き、そこから白のドレスに身を包んだマオが現れた。マオは挨拶もせず、そのままミハイルの席と向かい合った席に座り、口を開いた。
「何か用かしらミハイル?」
このマオの態度がミハイルをイラつかせた。普通は、久しぶり、こんにちは、何でもいい、そういう言葉が頭に来るだろ。なのに、何だコイツは。そんな事を思っていると。
「用がないなら失礼させてもらうわ」
と、言い、マオは椅子から立ち上がろうとした。ここまでわざわざ出向いたのに用がないわけがないだろ! と思い、ミハイルは「ファントムの件だ」と言った。マオは肘かけから手を放し言葉を返してきた。
「その件は先日手紙で指示したわよね?」
「そうじゃない。ファントムと……お前の繋がりについてだ」
「……」
少々ストレートに話し過ぎただろうか、そんなことをミハイルは思った。マオが席から立ち上がろうとするので咄嗟に言ってしまったのだ。だが、言ってしまったものはしょうがない。覆水盆に返らず、だ。ミハイルはマオを見た。マオは黙っていた。この反応を見る限り自分の指摘は当たったのではないか、と思った。まだマオは黙っていた。その様子を観察してると、マオが不気味な笑いを始めた。
「ふふふ、ははは。そう。あなたにしては意外と早く気づいたんじゃない?」
詫びもせず、笑うその姿を見て、ミハイルはマオを殺してやりたくなった。
「何故、私に言わなかった?」
「ああ、《ファントム》のこと? それとも私の《M計画》のことかしら?」
「M……計画?」
「そう、巷で《ファントム》と呼ばれている奴等……アレは私の計画の1つに過ぎないわ。このキャッスルワールドを征する為の私の最後の計画」
ミハイルはファントムの真相を確かめにここに来たつもりだった。しかし……、現実は想定よりも遥かに濃厚な《奇》としてミハイルの前に現れた。
「ミハイル……、あなたはこの話を聞く準備は出来ているのかしら?」
斬るつもりだった。もしも、マオがファントムに関与していたら。だが――。
ミハイルは無意識のうちに首を縦に振っていた。好む、好まない、に関わらずミハイルは大きな何かに突き動かされている気がした。
「ふふふ。そうね。この話はいつかあなたにしなければならない話だと思っていたわ」




