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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅰ章 キャッスルワールドへようこそ
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第007話 竜虎旅団(3)

 ロビーでの定例会議が終わり団員はそれぞれの宿舎に戻る。もちろんモトヤも例外ではない。宿舎は細かく部屋割りされおり、モトヤ達の住む宿舎にはモトヤをはじめ6人の男性が寝泊まりしていた。

 モトヤは宿舎に着くと、とりあえず水道の蛇口をひねり二度ほど顔を洗う動作を繰り返す。仮想現実における洗顔など無意味な行為であることは分かっているのだが、それでもやらずにはいられなかった。


 ――きづかれたか?


 頭の中でさきほど隠れて聞いたホークマンの声が木霊する。


『昨日、話した通りさ。あの女を裏切り者にしたてる。で、俺達の経験値にする。あの女は俺達のクランを弱体化させるために、あのような事を言っていた……ってね。』



 モトヤは顔を洗う動作を終えると、正面を向く。そこには鏡が置いてあり、髪やら顔やらが濡れたゲームキャラ「モトヤ」の顔が映っていた。


 ――確かにホークマンとホラフキンは言っていた……エルメスを裏切り者に仕立てて殺すと……確かにそう言ってた……。信じられない……そこまでやるのか? というか何でそこまるする必要がある! そこまで相手を貶めていい理由なんてどこにもないだろ!



 心がグチャグチャになっていた。状況を整理しきれない。もう一度蛇口から水をひねり出し手でバシャバシャ顔を洗った。


 ――落ち着け……落ち着け俺……。決行日が分かっているんだ。こっちは。


 モトヤは大きな武器を手にしていた。それは粛清の決行日の情報だ。決行日は明日の夜である。

 モトヤは深呼吸をした。

 多分、どこかのタイミングでホラフキンはエルメスが裏切り者であるという偽情報をクランの皆に告げ、ホークマン辺りが証人の役をするんだろう。皆がこの情報をどの程度信用するかによるが、一度レッテルを貼られたら、剥がすのは死ぬほど難しい。レッテルとはそういうものだ。一度入ってきた先入観を簡単には覆す事はできない。それに簡単に殺せば済む世界において、レッテルほど恐いものはない。

 つまり、逆に考えるとホラフキンが皆を説得する前にこちらがあっちにレッテルを貼ってやればいいんだ。これだ! うん! これだ! まぁレッテルじゃなくて事実なんだけどな。しょうがない。


 とりあえず話を聞いたことを気付かれてはいないと思うが……、念の為、気付かれていると思って考えを組みたてて見るか。……その場合どうなるだろう?


 待て待て、そんなことよりも、この情報を早くエルメスに伝えた方がよくないか? うん。そうしよう。それがいい。


 モトヤは早速ジュンを連れエルメスの宿舎に向かおうとする。その途上でジュンには簡単に状況を説明した。


「はぁ? なんだそりゃマジか? あのクソ野郎共……。エルメスと一緒にあいつら叩きだそうぜ」


 モトヤとジュンは裏路地を通っていた。後は歩くと一分ほどの距離にエルメス一派の宿舎がある……そこに行く為にホラフキンのいる宿舎の裏を通る。するとその宿舎から沢山の人の声が聞こえてきたのだ。


 ――え?


 その声に驚きモトヤとジュンは立ち止まる。そこには、カーテンに遮られている窓があるが、そのカーテンの隙間から宿舎の中が見えるようになっていた。モトヤは吸い込まれるように、隙間から中を見る。そこにはすでに20人近い人がいた。


 ――なんで? さっき定例会議が終わったばかりなのに?


 ホラフキンの声が聞こえる。


「みんなに集まってもらったのは他でもない、エルメスがなんであんな事をいうのかという理由をやっとつきとめたからだ。端的に言うと僕達のクランを弱体化させ他のクランに襲わせるための作戦だったみたいだ」


 ――やられた……。


 モトヤは頭がクラっときた。あれほどやろうとしていた先制攻撃を見事にされたのだ。……これによりエルメスは裏切り者のレッテルを貼られた事になった。

 レッテルは一度貼られたら剥がすのは困難だ。先手必勝の必殺技と言ってもいい……。しかし、何でホラフキンはこんな早くに演説をしているのだろうか? 粛清の決行日は明日の夜のハズだ。この時間帯に演説して明日の夜決行するというのも何かおかしいぞ?

 背筋に悪寒のようなものが走る。


 ――まさか!


「これがその銀行の明細書だ。これによると確かにクラン【バインダー】から【エルメス】に報酬が入っている。あの女はこれを仲間と分けるつもりだろう」

「マジかよ」

「やってくれるぜ! あのアマ!」

「ちょっと見せてくれ! ……本当だ……銀行は本人のネームで口座が開かれるから偽証は不可能のはずだ……これはマジで本物なのか?」


 ホラフキンが説明を続行する。


「その通りだ。銀行の口座名は本人のネームがそのまま使われる。この明細書に関してはエルメスからの削除申請が銀行に出される前にとりだす事ができた。基本的には同じクランに所属しているなら銀行口座の情報は自由にとりだすことができるというルールを活用した」

「じゃあマジなのか!?」

「クソッたれ! やってくれるぜ! あのクソ女!!」


「ここからは僕の想像だが恐らく成功報酬は成功報酬で別にあるだろう。僕たちを殺し尽くした後にね」


 ホークマンがホラフキンの話に割り込むように喋り出した。


「そして、これを仲介した人物も分かった。モトヤだ。これは俺がちゃんと見たから間違いない……あいつは怪しまれない為にずっと中立を装ってたのさ」

「ふざけんなよ! あの餓鬼!」

「クソガキが!」


 ――!!


 モトヤの体を落雷に打たれたような衝撃が突き抜けた。モトヤも粛清対象に入ってしまったのだ。もう完全にエルメスだけの問題ではなくなった。ほんの少し前まではどこか少し人ごとのような感覚がどこかにはあった。だが、これはもうモトヤの問題となったのだ。モトヤも殺されるのだ。


 そしてモトヤは確信した。やはり盗み聞きしていたことを察知されていたのだ。そう考えると、どうしてこんなに早く人々を集めて演説しているかというのにも納得がいった。今日これから殺すつもりなのだ……この演説が終われば……すぐに。


 モトヤはこのキャッスルワールドのルールが導き出す人々の黒い本性に吐き気がした。何もしていない自分が他人の謀略を聞いてしまったというだけで、ただそれだけの理由で殺されようとしてるのである。


 ――ふざけんなよ! 俺が何をしたっていうんだ! クソ! ふざけんなよ!!


 不意にジュンの左手でモトヤは肩を叩かれる。ジュンの右手の親指はエルメスの宿舎の方角を指していた。

 ジュンは目で“危険だ! エルメスを連れて逃げるぞ!”と語っていた。

 その通りだ。もうこれ以上ここに留まっていても意味は無い。今更彼等を説得することは不可能だろう。一度貼られたレッテルを剥がすのは困難を極める。もう俺達には逃げるという選択肢しか残っていないのだ。

 そして、無念の心を抱きながらモトヤとジュンはその場を立ち去り、エルメスの下へと急いだ。すぐに逃げなければ彼女も命は無いのだ。





「……ウソでしょモトヤ君?」


「マジだよ、だから伝えに来たんだ、一緒に逃げようエルメス」


 今、モトヤ達はエルメス一派の宿舎にいる。そして今おこっている事とこれから今すぐに逃げなければ危険だという事を伝えた。

 はじめは和やかだったエルメスの顔は次第に青白く変わってゆき、血の気を失っていった。


「ウソよ……。そんな……なんで……なんでそうなるの? そもそもなんで私がそんな目に会うの? 全然意味が分からない」


 隅っこに居た女が叫び出す。


「嫌嫌嫌嫌!! やっぱりあいつは危険だったのよ」


 部屋にいる誰もが青くなっていた。ジュンが“早くしろモトヤ”という合図を送ってくる。その通りだ。俺達はショックに浸っているヒマなどないのだ。モトヤが“行くぞ”と言いかけた時にエルメスが叫ぶ。


「私! みんなを説得するわ! 真実を話すわ!」


 モトヤとジュンは顔を見合わせ二人同時にこう思った。


 ――まずい!


 既に相手は説得に応じる雰囲気ではない。相見(あいまみ)えた瞬間に即座に命を奪おうとするだろう。特にホークマンとホラフキンに関してはそれが真実ではないということを承知で攻撃を仕掛けてくる。彼等の前にむざむざ我が身を晒すのは死に行くようなものだ。


「馬鹿な! 殺されるぞエルメス!」


「まだ説得の余地はあるはずよ! むしろここから逃げたら自分達の非を認める事になるわ! やってもいない罪で罰せられるのよ! 理不尽よ!」


「理不尽……か……間違いない。理不尽すぎる状況だよこれは。そもそも俺達は同意もしない殺人ゲームに巻き込まれ……そして次はやっていもいない罪を被せられ殺されようとしてる……。理不尽だらけだ。……だけど殺されれば本当に終わりだ」

「……」

「多分やつらがここに来るのは演説が終わればすぐだろうから1分後かもしれないし、5分後かもしれない……どちらにせよ時間が無い、だから今決めてくれ! それでも残るというのであれば俺はジュンと二人で逃げる」


 エルメスはモトヤを見つめたまま押し黙ってしまった。その時、エルメス一派の一人が口を開く。


「逃げましょう! エルメスさん! 生きていれば冤罪を晴らす機会は必ずやってきます! 死ねば終わりだ! そうでしょう!?」


 エルメスは苦悶の表情を見せ目を瞑る。その表情からは“無念”やら“虚しさ”やら“怒り”やらの表情が見え隠れした。そして目を開き、ようやく声を発した。


「分かったわ、逃げましょう……。生きて誤解を解くわ……、あいつら許さない!」


 モトヤは縦に首をふり頷く

 エルメスは自分を慕ってくれる部屋の人に声をかける。エルメスの目には僅かではあるが涙が滲んでいた。


「みんなこんな事になってごめん! 今は生きる為に逃げるわ! モトヤ君について行きましょう!」


 モトヤは彼女達の顔を見た。エルメスとその一派は覚悟を決めた顔をしていた。


「じゃあ、俺とジュンについて来てくれ、ロビー通りの道は目立つから裏路地をすり抜けて始まりの街の出口付近まで行く、それから草原を抜け、隣町に行く、隣町への行き方は分からないけど……少なくともここでじっとしているよりはマシだろう、じゃあ行こう!」


 モトヤの合図でエルメスとその一派は自分達の宿舎を飛び出し二人について行く。はじまりの街の裏路地は入り組んでおり、かなり視界が効きづらい。更に夕方から夜となって辺りも暗くなってきていた。ホラフキン達といえどここを追跡するのは難しいだろう……。モトヤ達はここを小走りで走り抜ける。


「みんな念のためアイテム欄にある武器を一応装備しといたほうがいい」


 モトヤの声に促されるように全員が次々と自分の武器を装備しはじめる。

 ただエルメスだけは「私、騎士なんだけど……剣の使い方なんて全然分からないの、だから、モトヤ君が持ってて」といい剣をモトヤに差し出す。

 その行為にモトヤが戸惑っていると横からジュンが口をだす。


「じゃあ俺がもらっていいか?」


 ジュンの提案にエルメスはモトヤの方を向いた。


「私は構わないけど、モトヤ君はいいの?」

「いいよ俺は、もう一本剣を貰ったとしてもどう使っていいか分からないし。それよりエルメスはいいのか?」

「私は持っていても持っていなくても変わらないもの」といいエルメスはジュンに自分の剣を預けてしまった。これによりジュンは奇しくも二刀流となった。


 モトヤ達は裏路地を抜け、はじまりの街の出入り口の付近まで来た。隣町がどの程度の距離の場所にあるか知らないため、ここからそこまではとにかく徒歩で歩き続けるしかない、夜とだけあって草原方面はかなり暗かった。


 モトヤは、とりあえずここまで何事も起きなかった事にホッとしていた。どこかで戦闘になることを覚悟していたからだ。


「さあここからはむしろモンスターが問題かな」


 裏路地を抜けたモトヤ達がいる場所からはじまりの街の出入り口まではやく20mぐらいの距離がある。


「ここから、あの出入り口まで20mくらいあるけど、ここから全力ダッシュであそこを通って、さらに草原でも隣町までダッシュするからね。ついて来てね。」


 エルメス達はモトヤの言う事に黙って頷く。

 そして、モトヤとジュンとエルメスを先頭に始まりの街の出入り口まで全力ダッシュする。

 その時である。


 フォンフォンフォンフォンフォンフォン


 不思議な風切り音(かざきりおん)がした。まるでブーメランのような……。

 次に「ドサッ」という音がする。


「きゃああああああああああああああ」


 ――なんだ?


 モトヤが振り返るとそこには首の無いエルメスが立っていた……。

 下を向くと可愛い瞳のエルメスの首が転がっていた。その瞳からすでに生気は感じられない。


「は? は? は?」


 エルメスの立っていた体の部分が千鳥足のようにふらふらしながら、地面に仰向けに倒れた。


 モトヤは急いであたりを見回す。


「へへへ、逃げようってのが甘いんだよ」


 それは聞き覚えのある声だった。

 次の瞬間近くの建物から竜虎旅団のメンバーがぞろぞろ出てくる。


「ホークマン! それにホラフキン!」


 モトヤは半ばパニック状態であった。


 ――なんでここが分かった? 裏路地を尾行された気配はなかったぞ!!


 ホークマンがニヤケながら喋った。


「へへへ、なんでここが分かったんだ? って顔をしてるな。冥土の土産に教えてやるぜ。一度クラン登録した人間はオプションからクラン脱退ボタンを押さない限りクランリーダーのレーダーでどこに居るかというのが分かるんだ。知らなかっただろ?」


 次いでホラフキンが喋った。


「モトヤ君……君には失望したよ……。僕達の味方だと思ったのに、さあ皆! 強くなる為に経験値を溜めるぞ! 獲物は目の前だ!!」

「おおおおおおおおおおおおお」


 ――狂ってる、こいつら狂ってる!


「いやああああああああ」

「うわああああ死にたくない死にたくない」


 エルメスの取り巻き連中が絶望の叫びをあげていた。



 ――俺も死ぬのか……童貞のまま死ぬのか……大学だって行ってみたいし……彼女だって作りたい……結婚だってしたいし……子供だって……俺……こんなところで死ぬの?



 ――死?


 ――嫌だ


 ――絶対に嫌だ!!


 ――俺は死なんぞ!!



 ――絶対に死ぬもんか!!



 ――生き抜いてやる!!!!!



「俺は生きるんだーーーーーーーーーー!!!!!!!!」



 そういうと涙目のモトヤは鞘から剣を抜き、そして構えた。

 これがこの世界に来てから最初の戦闘だった。


 昔の日本人風にいうならば、これがモトヤこと和泉智也の【 初陣(ういじん) 】であった。




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