第084話 策士(14)
満月が照らす闇夜。バルダー城から南東に5kmほどの地点に広がる名もなき森に怒号が響いていた。この怒号はたった1人の男の為に発せられていた。またたく間に2つの城を陥落させ、1夜のうちに全てを失った男……、M&Jのリーダー「モトヤ」……。森から聞こえる全ての声はこの男の死を望んでいた。
「あそこだ!」
「追え! 追えええ!」
ヒュン
走って逃げるモトヤの耳を矢がかすめた。走りながら後ろを振り向き「クソッ!」と叫ぶモトヤの視界に大きな火の玉が映る。前を向きなおし、横に倒れた木の下を飛びこむようにくぐりぬけた。爆音と共に森がやや明るくなり、背後から木の倒れる音がした。モトヤはそれを最後まで聞かず、走った。ひたすら走って逃げた。
モトヤはアリスと分かれた後、30名程のオリジンの部隊の追撃を受けていた。大量の矢の雨に追い立てられ、モトヤはやむなく森の中に逃げ込んだ。矢を射られず、追手をまくためにはこれが最善だと考えたからだ。だが想像とは違う展開がモトヤを苦しめた。すぐにまけると思った敵は、月明かりの届かぬ闇夜の森の中で、音と僅かに映る影を的確に捉え、執拗にモトヤを追ってきた。恐らく夜目が利くように、事前に目を闇に慣らしたのかもしれない。敵は相当追い慣れているとモトヤは感じていた。
――そういえばこんな風に逃げた事がある。ホークマンが襲ってきた時だ……。あの時も森の中を走った。ホラフキンの時も俺は逃げたんだっけ。
モトヤは、常に逃げ腰な自分を自嘲気味に笑う。だが、いずれも最終的には逃げ切った。その経験がモトヤに「逃げきれる」という自信を与えていた。根拠のない自信だったが、少なくともないよりはマシだと思った。それに――。
――アリスは必ず勝つはずだ。あいつにもう一度会うんだ。約束したんだ。
モトヤは懸命に駆ける。木の枝を避け、けもの道を通り、走りに走った。心なしかようやく敵を引き離してきた気がする。モトヤは走りながら後ろを振り返る。パッと見、後ろに敵はいないように見えた。
――逃げ切ったのか?
いや、そんな筈はないと思った。もっと逃げなければ。そう思い前を向きなおした途端、モトヤの瞳に映ったものは、あと数十mで切れる森と……、その先に見える切り立った崖の対岸だった。
「あぶねぇ!!」
スピードを殺す為にモトヤはわざと自分から地面に転がった。5~6回転した体は、地面との摩擦で上手く止まった。
「ふぅ~」モトヤは深く溜息をついた。
もう少し前を向くのが遅れていたらヤバかった。そこは崖だった。いや峡谷と表現した方がいいのだろうか、モトヤの感覚では平地に突然深い割れ目が出来たような……、そんな地形に見えた。対岸までおよそ20mくらいだろうか? とても飛び越えることのできるような幅ではなかった。モトヤは這って崖の下を覗いた。50mほど下に川が流れていた。月明かりで色は分からなかったが、轟々と勢い良く流れる濁流を見て、結構底が深そうだと思った。この谷を見ながら思う、やはり南東に逃げるべきではなかったと……。確かにこちらにはアリスの言ったように港町ノアと外海がある……。しかし、バルダー城から東側の地形をモトヤはあまり知らない。ジュンの消息を確かめる為にビンスえもんを伴いバルダー城を訪れた……、あの時がこのあたりを訪れた最後だった。もちろん、そこから東の地形など知る由もない。つまり、当然このような切り立った崖があることも、その下に川が流れていることも知らなかった。
――しまった!!
その瞬間モトヤは気づく。追手はこの先に崖があることも川があることも全て知った上でモトヤをここに追いたてたのだ。だからこそ、一瞬追撃の手が緩んだように感じたのだ。この森でまくしたてるように追いたて、崖の近くまで追いたてると次は回り込むように包囲し、段々と包囲を狭める……。間違いない、十中八九その手口に違いない。
――くったれ、俺はまるで狩りの獲物だ。
とるべき選択肢は2つ。包囲される前に崖沿いに進み、囲みから上手く逃げるか、とって返し、恐らく薄くなったであろう囲みを破るか……。
――魔物使いであれば……、おいでおいでを使った戦法がとれたのに!
『おいでおいで』のスキルを使うこと自体はできる(他の職業で覚えたスキルは、職業を代えても使う事ができる)……。だが、あのスキルは【モンスターは他の職業と魔物使いが一緒だと優先して他の職業を攻撃するという】という魔物使いの特性と組み合わせて使わなければただの自殺に等しいスキルだった。
「くそっ!!」
囲みを破れるような力が自分にない以上、崖沿いに進み、素早く包囲から逃げ出す選択肢しかないと思った。
モトヤは体を起こし、立ち、崖沿いを東に駆けた。敵は北西から追ってきているのだから、崖沿いを西に行っても既に囲まれている可能性が高い。そういう判断をした。ハズだったのだが……、視界の数十m先、東の崖沿いに人影が見えた。
――なに!? 東が塞がれた!?
モトヤの体が反対側に舵を切ろうとすると反対側の西からも追手が来るのが見えた。
――え? え? 西もダメ!?
瞬間、全身に震えが来る。これは……、これはひょっとして……。
――俺はここで――モトヤは顔を左右に振る。
――いや! 俺はまだやれる! まだやれるハズだ!!
次の瞬間、モトヤの手がはじけるように飛んだ。手の甲から掌にかけて矢が突き刺さっていた。
モトヤは自分が来た森を見た。暗闇の中から数十本の矢が自分に向かって飛んで来るのが微かに見えた。
「ひぃっ!」
モトヤは、思わず切り立った崖の出っ張りに逃げる。ほとんど無意識だった。これ以上逃げ場なんてない。下の川を見た。月明かりで乱反射する茶色い濁流が笑った気がした。
モトヤにクラン「りっちゃんと一緒」ですごした中の一コマ蘇る。
『例えば40mくらいの高さから水の中に落ちたらどうなります?』
『そんなこと俺に聞くなモトヤ! 死ぬに決まってんだろ! プールにドテッ腹から飛び込んだ事ないのか? めっちゃいてーぞ! 水っちゅうのは! コンクリと同じなんだよ!』
――後ろもダメ。
モトヤは生きた心地がしなかった。
トンッ!
右胸に衝撃が走る、そこにはコンマ数秒前まで無かった矢が生えていた。
「ひぇっ!!」
モトヤは情けない声をあげ倒れ、HPバーを見た。HPは半分ほどが既に減っていた。進退極まった。
――死ぬ! 死んでしまう! 死にたくない! 死にたくない!!
その思いだけがモトヤに残った。
思わず声をあげた。その声は数時間前まで2つの城の有するリーダーとは思えない、情けなく、聞き苦しさを伴う声だった。
「分かった分かった!! 降参!! 降参だ!! 俺の負けだ!! マオにそう伝えろ!! お前達の勝ちだ!!」
モトヤはそういうと両手を頭の上に乗せたポーズをした。
これがモトヤの降参のポーズだった。
そもそも、モトヤとはどんな男なのか……。モトヤは思考の男だった。つまり、勝つ方策を常に探す男だった。思考はある種の麻酔に似ている、怒り・恐怖・歓喜、そのような感情を鈍らせるのだ。思考を膨らませるのが計画であり方策だ。モトヤは、どんな戦場においてもある種のプランを持ち、または思いつき、逆境を跳ね返してきた。その間、感情は制御される。思考の間、感情に麻酔はかけられるのだ。では、方策が見つからなければどうなるのか……。思考は動きをやめる。感情は麻酔をかけられず、膨らんでゆく。思考と言う武装を解き、膨らんだ感情に支配されたモトヤは、酷く臆病で、卑怯な性向をもった極々普通の……ありふれた男だった。
矢をつがえモトヤの下に続々集まってきたオリジンのメンバーがモトヤの姿を見て鼻で笑った。
それでも矢を射ろうとするオリジンのメンバーに対し、聞いた事のある声がそれを止めさせた。
「あ~~皆さん。弓を下ろして下さい。私が少しモトヤさんと話をしますから」
そういってモトヤの前に現れたのは坊主頭に眼鏡をかけた「でん助」だった。でん助は、こちらを見て満面の笑みを見せた。思えばモトヤはでん助の笑った顔など見た事がなかった。恐らくこれがモトヤの見る初めてのでん助の笑みだった。
「どっちみちモトヤさんを殺す事に変わりはないのですけどね……。でも、その前に話をしたかったのです。どうですか今の気分は?」
「いいように見えるか?」
モトヤの言葉にでん助は顔を俯きながらまた笑った。
「くくく、いえいえ。確かに悪いでしょうね」
この男が何を考えて自分を裏切ったのかモトヤは知りたかった。何故そんなことができたのか。
「お前のせいだ……。でん助……、全部お前の!」
「はい?」
「お前せいで皆死んだ! 皆だ!! ナナもパプアもお前が連れてきたルカもライオネルもアストラも多分阿南も畑中もだ!! 全部お前のせいだ!! お前が俺を裏切るからこうなったんだ!! それに俺は――お前を助けた……」
アリスと共にボコタの街ででん助と交渉をした時のことを思い出した。
「お前は本当なら身ぐるみ引っぺがされて無一文で転がってたんだ!! それを俺が助けたんだ!! その計画を俺が阻止したんだ!! お前は俺に恩があるはずなんだ!!」
「自分でたてた強盗計画を、自分で止めたから感謝しろと言っているのですか? んふふ。なかなか面白い理屈です。まぁそれはともかく……、正直に言えば私も当初は決めかねていたんです……。オリジンにつくか、それともM&Jに残るか……。なにせ、モトヤさんの戦術的才能は私が一番買っていましたからね。でも……別の才能に出会ったのです。ある種の芸術性を伴った陰謀の才能……」
モトヤにはそれが誰の事を指しているか分かった……。
「マオか」
でん助は黙って頷いた。
「まず私の立場としては、私が現実に帰還することこそが最優先です。他の命なんてどうでもいい。どちらの才能が私を現実に連れ帰ることができるのか……、こう……天秤の両秤に二つの才能を置き……比べました……、クランの人数や勢いを含め……じっくりね。そして、結論がでた。私はマオを選びました。そしてモトヤさん……自分を見て下さい」
モトヤはでん助に言われ、自分を見まわした。そこに居たのは哀れな負け犬だった。必死に逃げ、最後には降伏し命乞いをする薄汚い哀れな負け犬だった。
「モトヤさん……やはりあなたは負けた。私の予想どおりね。私は正しかった。私の正しさをあなたが証明した」
「それは! お前が裏切ったからだ!!」
「いや、ちゃんと上手くルカを使えばまだ可能性はあった。あなたが勝つ可能性は残されていた。だから私はマオに関するある程度の情報はあなたに与えたハズです。だが……無駄だった、あの才能の前ではね。よく分かりました。偽物の才能は本物の才能の前では色あせる存在なのだとね」
「戦いにさえ持ち込めば!! あんな女なんて!!」
でん助は溜息をつきながら左右に首を振った。
「持ちこめましたか? 今回持ちこむ事はできたのですか? それに戦術的才能という意味では恐らくあなた以上の存在『ミハイル』がオリジンにはいます。分かりますか? M&Jというクランもモトヤという才能も両方がオリジンに負けたのです」
「そ、それは!!!」
モトヤはもう言い返す事ができなかった。しかし、次に出した言葉は反論では無かった。
「だけど……、あんまりじゃねーか……。お前のせいで皆死んだんだぞ……あんな可愛かったナナも無残に溶けて……、パプアだって……ルカの酔った一面を知ってるか? とんでもなく陽気な女だったんだよ、あいつ……。阿南だって畑中だって……皆……皆……良い奴等だったじゃねーか……なぁでん助?……」
また、でん助は鼻で笑った。
「前……ジュンさんが死んだ時にも言いましたが……、これがキャッスルワールドです。よくある話です、こんなこと本当に腐るほど……。それにあなたが殺してきた人達の中にもいたでしょう? 一生懸命に生きているただ良い人が……」
言葉が重くのしかかる、かつて殺した男の言葉が。
『もう逃げられない、私もお前も……もう逃げられないんだ』
――嫌だ! 嫌だ!! 俺は嫌だ!! すまない!! 本当にすまなかった!! だから頼む!! 生かしてくれ!! 俺は死にたくない!!!
でん助の言葉が聞えた。死刑を執行する声が。
「では、そろそろいいでしょう。さようならモトヤさん、安らかに眠って下さい」
――嫌だ!!
モトヤは腰の鞘から剣を引き抜こうとするが――遅かった。でん助の合図で飛びかかったオリジン兵の二人がモトヤの肩と腹を切り裂いた。次に兵の一人がモトヤの首をはねようとするが、その前にモトヤは50m下の激しく荒れ狂う濁流に落ちていった。
落ちゆく刹那、モトヤの世界は回転した。終わりの時だ、そう思った。
――俺は……。
――すまない……アリス……俺は……お前と……。
一瞬、皆の顔が浮かんだ。
白いフードを被り可愛く笑うナナ。
陽気に楽器を鳴らすパプア。
酔った姿が可愛らしかったルカ
誰にでも噛みつく畑中。
「吾輩」が口癖の阿南。
「アタイ」と声をだすフィオナ。
誰よりも誇り高い女、アリス。
――ジュン……。俺、好きな人が出来たよ。そいつは実は泣き虫で、強がってるんだ。でも誰より優しくて誇り高い女で……。なぁ……お前なら……何て言うかな? お前なら…………。
二人の兵士は崖の下を覗いたが、茶色に濁った川にモトヤの姿は見えなかった。恐ろしい速さで流れるこの濁流に飲まれたらしい。二人の兵士のうちの一人が聞いた。
「でん助さん……クランマークはどうなった?」
でん助の視界の右上にはクランマークが表示されている。M&Jのクランマークだ。このマークは自分がどこのクランに所属しているか識別するもので、M&Jメンバー全員に共有されている。これは自分の視界からしか見る事はできない。このマークは自分からクランを脱退するか、リーダーが自主的にクランを解散するか、リーダーが死んだ場合のみにしか消える事はない。
でん助は何度か頷きそのままの事実を言った。
「M&Jのクランマークが消えたよ」
その言葉はモトヤの死を意味していた。
後ろに控えていたオリジン兵達が一斉に声をあげる。
「うぁ~やっと帰れるわ」
「これで城が4つ手に入るのか」
「俺達ぶっちぎりなんじゃね?」
方々に言い合う兵士達を尻目にでん助だけは名残惜しそうに崖から下を眺めていた。
「どうしました? でん助さん」
「いえ……、ただ……あれほどの男……、生かしてオリジンの役に立てるべきだったかもしれないな……、と思っただけです」
でん助に尋ねた兵士は無言で頷き、その場を去った。
でん助だけがその場に取り残された。
「あの無邪気な高校生が二人とも死んだのか……」
でん助は川に向かって数秒合掌すると、ポケットにしまってあった花を取り出しモトヤが転落したあたりに置いた。
これがでん助なりの弔いの方法だった。
キャッスルワールドは続く、少なくともまだ半年は……。その時自分は生き残る事ができるのだろうかとでん助は思った。
これから時代はオリジン一強時代に突入する。
そして、同時にオリジンに加入していない者にとっては受難の時代に突入するのであった。
キャッスルワールド第3章はこれで終了です。長かったですねw 私も長いなぁ、と思いました。4章に関しては3ヶ月後ぐらいにスタートできればいいなと思っております。ではその時までしばしのお別れです。ではでは☆




