第083話 策士(13)
ミンサガの「熱情の律動」あたりを聞きながら読んでもらえるといいなと思います。
アリスの着ている黒の法衣「ラーガラージャ」にはある特徴があった。「ラーガラージャ」を装備している術者が手を合わせ、祈ると「ラーガラージャ」が術者からMPを吸い取り、場面に最適な魔法を選び出し、勝手に呪文を唱えるのだ。無論戦っていない時は吸い取ったMPが星の模様をかたどった曼荼羅に溜まるしくみになっていた。
ラーガラージャの唱える呪文の種類、威力は共に術者に依存している。つまり、術者のレベルが低かったり、魔法を唱える事ができない人物だと極端に性能を落とす装備品なのだが、逆にMP量、魔法の種類、威力ともに高レベルの人間が着ると、高レベルの術者がもう1人誕生することと同じ意味を持った。
ラーガラージャはその戦闘スタイルにより3種類の段階に分けることができた。防御スタイル、バランススタイル、攻撃スタイル。アリスが好んで選択するスタイルは防御スタイルだった。ラーガラージャに全ての防御を任せ自分は攻撃に専念するのだ。
つまりアリスが合掌を終えた瞬間から、既に戦いは始まっていた。ラーガラージャはアリスの体に次々と補助魔法をかけてゆく。
≪人体防御倍加呪文≫
≪人体速度倍加呪文≫
アリスの体が青と緑の光に包まれてゆく中、アリスの瞳は目の前のマオの一挙一動に向けられた。アリスは考える。人生スキルを複数持つ者の戦闘とは何かを……。人生スキルはその1つ1つが必殺的な意味合いを持つものが多い、例えば自分の人生スキルである「魂の交換」もその1つだ。相手と自分の体を交換するスキルで、使い方によっては破壊的な効果をもたらす。アリスにはマオの保有する人生スキルの量、質伴に見当がつかなかった。人生スキルはその用途も形態もユニークなモノが多く、全く予想がつかない攻撃をするものが多い。それを見極めるには時間が必要だ……。だが、戦いの時間は限られる。となれば……。
短い時間の中で高速回転するアリスの脳が導きだした結論はシンプルだった。
自分の全MPを使いひたすら攻撃を仕掛ける。そして相手に反撃する暇を与えない。ポケットにあるMP回復のエーテルは残り1本。攻撃が尽きる前に倒せる自信はなかった。だが、思った。この相手に受けにまわれば全てが終わると。
アリスは魔法の詠唱を始めた、と同時にマオがアリスを指さし小声で何かを呟いた。するとマオの人差し指の爪がギュンと伸び、風を切るような速さでこちらに向かってきた。アリスはそれを倒れ込みながら躱し、詠唱を続ける。
「炎呪文」「魔法倍加呪文」
アリスの左手の指が炎に包まれ、右手の掌に球体が生まれた。マオの中指の爪が間髪入れずに倒れ込んだアリスの脳天を襲う――が、ラーガラージャの空間魔法により前方の空間が歪み、爪はアリスの頭をグニャリと避け、太ももをかすった。瞬間、電流が走ったような痛みを感じた。
――痛い!? なんで!?
アリスは小さな疑問を抱えながら即座に立ちあがり、両手を合掌した。すると左の炎と右の球体が混ざり合った球体から勢いよく大量の火の玉がマオに向けて発射された。マオの10mほど伸びた2つの爪が勢い良く引っ込められてゆく。
――まだまだ!!
「炎呪文」「炎呪文」「炎呪文」「魔法倍加呪文」
アリスは、間髪入れず大量の火の玉を作りだし、同じようにマオに向けて発射した。これは数百本のロケット花火が一斉に同じ場所に向かって飛んでゆく様に似ていた。
アリスの目はこの火の玉に囲まれる刹那のマオの様子を確認していた。マオは逃げる準備をせず、それどころか悠然と佇み微笑んでいた。
――もしや!
アリスは次の呪文を唱えるのを止めた。
アリスの放った大量の火の玉が爆音と共にマオに着弾した。これを一度に受ければ高レベルの戦士だとしても即座に消し飛ぶほどの威力なのだが……恐らく……。
足音が聞えた。ゆっくりこちらに向かってくる足音。
――やはり。
アリスはバックステップで距離をとる。すると燃え盛る炎の中からマオはゆっくりと姿を現した。マオのHPバーは何も減っていなかった。いや重要なのはそこではない。アリスは目を凝らす、炎の海の中に3つの影が見えた。マオが少し首を傾けると3つの影は炎の中から姿を現した。それは空中に浮かぶ3枚の盾だった。
アリスの視線はこの3枚の盾に注がれる。
――アレは恐らく自動で術者を防御するタイプのスキル。180度からの攻撃を一度に受け止めることができる事を考えても、3枚全てが魔法を防ぐ事ができる。となれば!
アリスの決断は早い。
=状況分析の早さと決断力の早さ=
この2つの早さこそが勝敗を分ける要因であるという事を経験により知っていた。アリスは呪文を唱えた。
「魔法反射呪文」「魔法倍加呪文」
アリスの左の掌には丸い5cmぐらいの鏡のようなモノが、右の掌には球体が浮き、アリスはその二つを混ぜマオに放った。すると魔法倍加呪文によって増やされた鏡が6つに分かれマオの後ろ180度に展開した。続いて呪文を唱える。
「炎呪文」「炎呪文」「炎呪文」「魔法倍加呪文」
無数の火の玉がアリスから発射された。
アリスの3枚の盾に対する結論はこうだった。あの3枚の盾は魔法を反射する性質のものではなくただ受け止めるタイプのモノである。さらに大きさが縦150cm横100cmほどの大きさなので前方からの攻撃には強いが四方向からの一斉攻撃では盾で防ぎきれない箇所が出てくる。つまり四方からの攻撃こそが最も有効。
マオに向けられた火の玉の半分はマオを越えマオの後方に展開する鏡に当たった。魔法反射呪文は魔法を反射する魔法である。鏡に当たった魔法は跳ね返り、後方からマオを襲う。つまりマオは今、360度から攻撃を受けているのである。
「考えたわね」
マオは一言そう言うと手で顔を覆い上空に飛んだ。すると3枚の盾の一枚が吸い寄せられるようにマオの足下に来てマオを乗せた。火の玉は下からマオのいる上空に向かって一斉に襲い掛かかるが、マオは全ての盾を下方向に展開し、それをしのぐ。マオは一瞬アリスを見た。
視線が交錯する。
野生の勘、女の勘、言葉は色々あるがアリスは直感する。
――逃げる気?
思わずアリスは叫ぶ。
「逃がさない!!」
マオもほぼ同時に叫ぶ。
「3枚の神話の盾北へ!!」
マオの足下に浮く盾は命令を受諾すると50人ほどがこちらに向かっている北へ飛んだ。間髪入れずアリスは呪文を唱えた。
「拘束する薔薇呪文」
アリスの右手から恐ろしい速さで黒い薔薇のつるが伸び、飛んでいるマオの足首に巻きついた。マオが驚愕の表情を見せた。
盾の飛ぶ勢いでアリスの右腕は前に引っ張られ脱臼するが、なんとか踏ん張り、逆に思い切り後ろに手を引いた。マオは足首をとられ、つんのめる形で盾から落ち地面に叩きつけられた。
――ここ!! ここしかない!! チャンスはここだけ!!
アリスは残った左手で魔法の詠唱をはじめる。
「魔法反射呪文」
アリスは思考する。マオは拘束する薔薇呪文によってもう上空に逃げ出す事はできない。ここで360度からの魔法攻撃を喰らわせれば理論上絶対に攻撃からは逃げられないハズだと。
だが、ここで問題が発生する。右手をマオの拘束に使ったままなので素早く呪文の数を増やす魔法倍加呪文を唱えることができない。
マオが手をつき起きあがろうとしている所が視界に映る。
――時間が無い!!
ここでアリスはラーガラージャを攻撃スタイルに移行することを決断する。これは賭けだった。ラーガラージャの防具としての防御力など無に近い。この間に攻撃を喰らえば致命的なダメージとなる。だが迷ってなどいられなかった。
≪ラーガラージャ攻撃スタイル移行≫
それと同時にラーガラージャがマオに激しい電撃を浴びせはじめた。
≪電撃呪文≫
≪電撃呪文≫
≪電撃呪文≫
この電撃攻撃が続く間、アリスは魔法反射呪文をマオの後方にセットしてゆく。マオの姿は盾に阻まれ上手く見えないが3枚の盾が平行に並びラーガラージャからの攻撃を守る為大きく前方に張り出していた。あの3枚の盾の欠点は術者を常に守ろうとするため、居場所を察知されやすい点にあった。よってあの盾の裏に確実にマオがいることは分かっていた。
――勝てる!! 後方はガラ空き、攻撃は必ず成功する!
とアリスが思った刹那、電撃を受け黒く焦げる盾の僅かな隙間からマオの爪が地を這いアリスに襲いかかる。電撃の光がほんの一瞬アリスの視界を遮った。ほんの一瞬……。
それが致命打となった。
爪は無防備なアリスのドテッ腹を突き刺し、更に肉をえぐり、捻じれるように貫通した。
「きゃああああああああああああああああああああああああ」
アリスはあまりの痛みに気が狂わんばかりの声をあげた。腹を貫通した爪の先端は貫通後向きを180度変え、アリスの心臓に襲いかかった。
≪ラーガラージャ防御スタイル移行≫
≪空中斬り≫
ラーガラージャが空中に発生させたエアカッターが素早くマオの伸びた爪を斬りおとした。マオの爪がまた引っ込んでゆく。
苦痛に顔をゆがめるアリスはやっとの思いで立っていた。まるで現実世界にいるかのような痛み……意識が四散し全く集中できない。マオの妖艶な声が聞こえてきた。
「ふふふ、痛いでしょう? この人生スキルは【悪魔の爪の悪戯】という名称で鈍くなっている痛覚を現実世界の2倍から3倍に引き上げる能力なの。てっきりこの攻撃でショック死するかと思ったけど……案外我慢強いのね。でも見て」
盾から顔を出したマオはアリスのHPバーを指さした。
アリスはこの時に初めて気づく。たった一撃喰らっただけなのに自分のHPバーの半分近くが無くなっていたのだ。次、同じ攻撃を喰らえば死ぬ。悪寒が背中を走り抜けた。
マオは次に自分の足首を指さしアリスを見た。
「この魔法……拘束する薔薇呪文と言ったかしら? 存在は知っていたけど、使える術者がいるなんて初めて知ったわ。素晴らしい魔法、この黒い薔薇のツルからは逃れられそうにないわね、お見事よ。だけどこの魔法はどうやらあなたにとって諸刃の剣だったみたいね。この魔法のせいであなたの右手は塞がった」
そう言い終るとマオはゆっくりとこちらに向かって歩きはじめた。その悠然と歩く姿にアリスの本能が足に震えをもたらす。本能は全力で死を感じていた。
マオの使う悪魔の爪の悪戯は恐ろしく速かった。10本ある指のどこからでも爪は伸びる。この攻撃を全て塞ぎきる自信はアリスにはなかった。それに……。
アリスの体には穴がポッカリと空いていた。その激痛が常時体に走り続けていた。足下がふらつき、視界さえも歪んで見えた。
――負けない! 私は負けない!!
「さよならリアナ。来世で会いましょう。悪魔の爪の悪戯!!」
僅か0.2秒に満たない刹那の中、アリスの思考は重大な決断を下す。
「拘束する薔薇呪文解除」
ラーガラージャとアリスの両手は『 防御 』に全力を傾けた。空間魔法が空間を歪め爪の進行方向をずらした。マオの手から伸びた10本の爪のうち9本がアリスの立つ大地のすぐそばに突き刺さる――が、1本はアリスの顔の左側頬をえぐりとった。と同時にアリスはマオに向かって走ってゆく。
――ここしかない!!
アリスは10本の爪が伸びきってマオの攻撃手段が限られる場面を待っていた。
既にHPバーの残量はほぼなかった。かすっただけでも死ぬ。だから意味がある。アリスは呪文を唱える。
「炎呪文」「魔法倍加呪文」
マオは笑った。何度同じ攻撃を繰り返せば気が済むのかと。
アリスは素早く合掌し大量の火の玉をマオに飛ばすが“3枚の神話の盾”によって難なく防がれる。着弾した火の玉はその場で虚しく燃え盛る。アリスはそれを計算に入れていた、そして待っていた。燃え盛る炎によってマオが一時的にこちらの姿を見失う時を。
――今!
マオの視界は火の海と3枚の盾によって遮られていた。だが、アリスが無謀な前進を試みた事は分かっていた。どうするつもり? そう心の中でマオは思った。炎が揺れ、正面が一瞬だけ見えた。こちらに向かって走って来たハズのアリスの姿はなかった。疑問に思ったマオの瞳に影が映る。
「上!?」
上を向いたマオの瞳が捉えたモノは正面の火の海を飛び越え、上半身が下着姿のまま合掌をするアリスの姿だった。アリスの呪文を唱える声がマオの耳に届いた。
「喰らえ!! 氷呪文」
マオの背後にまわったアリスから大量の氷柱がマオに放たれる。
懲りない奴、マオはそう思った。そして、こう思った。すぐに3枚の神話の盾が守ってくれると。今、伸ばした爪を戻している最中である。これだけ近距離なら爪が手元に戻った直後にアリスを殺せる、そう確信していた。
だがマオにとって、それは永遠とも思える時間だった。1秒にも満たない時間だったが、マオはそう感じていた。本来であれば即座に反応する3枚の神話の盾が火の海に隠れたまま全く動かない。だが、それでもすぐに動いて自分を防御するだろうとマオは思っていた。
人生スキル「3枚の神話の盾」はその速さ、強度、において絶対的な防御力を有していた。魔法・物理のどちらにも対応可能で、更に自動的に防御するとあってマオのお気に入りのスキルの1つだった。マオはこのスキルを獲得してから戦闘で傷ついたことが皆無だった。マオにとって3枚の神話の盾はそれほど絶対的なスキルだった。そのハズだった。
一瞬、風が吹き、火の海がきれて、マオの瞳に“ある映像”が飛び込んできた。
火の海の外側で黒の法衣から大量の雷がまき散らされる映像。
3枚の神話の盾がまき散らされる雷からマオを守る為に並行状態を保つ映像。
マオの脳は一瞬この状況が理解できなかった……が、一瞬遅れて理解する。3枚の盾は動かなかったのではない、動けなかったのだ。黒の法衣の放つ雷から必死に自分を守り続けていたのだ。
「まずい!!」
マオは咄嗟にスキルを発動させた。
【蛇の脱皮】
そうマオが唱え終った直後に大量の氷柱がマオの全身を貫いた。
頭、心臓、腹、腕、太もも、ふくらはぎ、そして……顔。
着地したアリスは振りかえりマオのHPバーを確認する。マオのHPはゼロだった。当然といえば当然だ、心臓と頭は急所である。ここを貫かれると、どんな低レベルの攻撃でも死ぬ。キャッスルワールドとはそういうゲームなのだ。
――紙一重だった……。
3枚の神話の盾は360度をカバーできない。ラーガラージャを攻撃スタイルに切り替え、脱ぎ捨て、前後からハサミ討ちにする。この発想が頭をよぎらなければ死んでいたのは自分だった、アリスはそう思った。
だが、戦いはまだ終わってはいない。
――早くモトヤに追いつかなくては!
アリスは黒の法衣「ラーガラージャ」を拾い上げ、身につけると、すぐにモトヤを追おうと走りだそうとした。瞬間、激痛がアリスを襲った。改めてマオに貫かれた腹部を見ると、おびただしいほどの血が流れ出し、地面を赤く染めていた。こんな状態で生きているのが逆に不思議なくらいだ。思わずアリスは地面に突っ伏しそうになるのをなんとか堪えた。不味い……このままでは……モトヤを助けに行かなくちゃならないのに……。その時、アリスの視界に50人程の塊が映る。
――アレは追手!!
アリスは歯を食いしばり、なんとか森の中に倒れ込むように身を隠した。いや、実際に倒れたと言ってもよかった。
マハーバリだ。マハーバリで合流するのだ。モトヤならこの局地を生き延び、絶対にそこを目指すはずだ。ボコタで再会した時のあの殺気、あのオーラ。モトヤはオリジンを倒すまで絶対に死なない。マハーバリへ……行かなくては……。
アリスの意識はそこで途切れた。
戦闘終了から10分ほどすると50人の兵士がようやくマオの死体の下に辿りついた。
「うわぁ……ひでーな。まさかマオ様が……」
「こんなに氷が突き刺さった死体見たい事ないわ……」
「さっきまでマオ様と戦ってた金髪の女……どこいった? 追うか?」
「やめとけよ……マオ様がこんなになったんだぞ……。俺たちじゃ命がいくつあってもたりねーよ」
大量の氷柱が刺さったマオの死体は一目で判別が不能なほど損傷しており、集まった兵士は一様にうめき声をだした。
「ふふふ、勝手に殺さないでくれるかしら?」
兵士達は顔を見合わせた。するとマオの死体のある土の下から声が再び聞こえた。
「ちょっと掘り起こしてくれない?」
兵士がマオの死体をどかして掘り進めると、そこに居たのは紛れもなくマオだった。
「マオ様……これは?」
「ふふふ、別にあなた達は知らなくていい事よ……。ただこの人生スキルを使ったペナルティで2週間は口しか動かせないし、いかなるスキルの発動もできないけどね……。だからちょっと誰か私を持ちあげてくれるかしら?」
兵士が二人がかりでマオを持ちあげるとダラんとしたマオの体に指示を乞うた。
「マオ様……見失いましたが金髪の女を追いますか?」
「追わなくてもいいわ。一応目的の9割は達成したことだし……良しとしておくわ。それよりもバルダー城を早く占領なさい……あとは、でん助にまかせるわ」
月明かりが照らすなか、小指一本動かせないマオは密かに笑った。まだ報告はこちらに届いていないがミシャラク城も恐らくエヴァの部隊が手に入れているころだと思った。
マオは自分の完成させた策略に満足していた。多少のミスはあったが誤差の範囲だった。もう目の上のたんこぶであった白老はいない。シオンは全てを自分に任せるだろうことは簡単に予想がついた。
「さぁこれからは私の時代ね」
マオは静かに微笑んだ。




