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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅰ章 キャッスルワールドへようこそ
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第006話 竜虎旅団(2)


 竜虎旅団が結成してから4日目の朝が来た。もうすでに旅団内は分裂しているようだ。


 モトヤは自分達が寝起きしている宿舎から数メートル離れた所にある“パブリックスペース”と呼ばれている簡易的な広場に何気なく立ち寄ると、そこで竜虎旅団随一のタカ派であるホークマンとその一派の5人が喋っていた。モトヤはハッキリ言ってあいつらが苦手だ。


「あんなに平和平和と言うなら、ネームをエルメスじゃなくリリーナ・ピースクラフトにしてほしかったぜ」


 ホークマンが何やら訳の分からないような事を言いだすと、それに続けとばかりに子分の5人がそれぞれに好き勝手な事を喋り出した。無論そこにホークマンも加わる。


「ガンダムのエルメスじゃねーだろ、ブランドのエルメスからとったんだろ」

「いいから名前をリリーナ・ピースクラフトにすりゃいいのに、完全平和主義を唱え、そしてサンクキングダムのように滅べ」

「サンクキングダムってなんだよ」

「知らねえよ、そう言えばお前の職業ってなんだっけ」

「狩人だが?お前は?」

「僧侶だよ、これから町の外に行ってモンスターを合同で狩るらしいんだけどさ、俺なんて僧侶なんだぞ、どうすりゃいいってんだよ」


 ホークマン一派の一人が自分が僧侶だという事で悩んでいるらしい、モトヤは自分の職業をなんとなくで選んだので深くは考えていなかった。

 この僧侶の男に対しホークマンが自分のこめかみを指さしながら笑う。


「お前はとびっきりの馬鹿なのか? 僧侶で殴るつもりでいたのか? 後ろで回復させてりゃいいんだよ、それが唯一の役目なんだし」

「そういやエルメスちゃんはなんの職業なんだ?」

「確か僧侶だったかな? あれ? 騎士だったかな?」

「おい、アイツにちゃんってつけんじゃねー」

「あいつと魔物使いをセットにしてモンスターの前に置けばいいんだよ」

「なんでだよ」

「知らねーのかよ、魔物使いは他の職業と一緒だとモンスターは優先して他の職業の方を攻撃するらしいぜ」

「へぇ~ガセじゃねーの?」

「さあね、情報屋やりたいとか言ってた“でん助”が言ってたから本当なんじゃねーの?」

「それでエルメスちゃんを殺そうってか? へへへへ」

「だからアイツに“ちゃん”なんてつけんじゃねー、とにかくあいつの言う事聞いてたら俺達殺されるぜ。リリーナは自分が女王をしたOZも軍備を捨てるとかいう理由で滅ぼそうとしたんだぜ。だからホワイトファングにやられたのさ」

「そのリリーナの話まだ終わって無かったのかよ」



 ――俺も結構古いアニメ好きだけどさ、そこまで知らねーわ。とりあえずホークマンがリリーナ・ピースクラフトなる人物を死ぬほど嫌いな事はよく分かった。きっとこいつの主義思想と真反対なんだろう。


 ホークマンはなかなか不謹慎な奴で、この竜虎旅団で唯一レベルが2の男だ。つまり奴はもう既に人を殺したことのある男だった。

 2日目の夜だったと思う。ふらっとホークマンがいなくなったと思ったら翌日レベルアップして帰って来た。ホラフキンが事情を問いただそうとすると


「正当防衛ってヤツだったのさ」


 と言ったきり、そのままなのだ。

 それ以来、ホークマンは皆からちょっと異質な目で見られていた。


「あいつは人殺しなのよ! どうして皆そんな平気なの?」


 このホークマンのレベル2騒ぎに一番反応したのがエルメスだった。


「ふらっと、どこかに行って人を殺してくるなんて信じられない、あたし恐い」


「そうそう、ホークマンはこの旅団から排除すべきよ」

「そうだそうだ! あいつは殺人者だ!」

「今度あいつに殺されるのは私達じゃないの?」


 と見事にエルメス一派はパニックとなっていた。だがこの男はこの逆風を屁とも思っていない。


「まぁとりあえず、俺が使える奴だというのが竜虎旅団の皆に分かっただけだ」


 使える奴。このキャッスルワールドにおいては重い意味だ。この世界は殺して殺して殺して最後に頂点に立った戦闘クランと莫大な富を得た人物のみが生き残れる修羅の世界だ。この世界においては殺す事ができるというのは価値の証明みたいなものなのだ。


 このように、竜虎旅団内ではかなり主義主張が違う者同士が出てきて対立してするのが最早珍しく無くなってしまった。

 この分裂状態を長く続かせない為にホラフキンはモトヤとジュンのところに相談にやってきた。これはモトヤ達が比較的中立であったからだと思われる。


「僕の方としては良かれと思ってやったんだけどね。どうすればよいやら……」


 ホラフキンの気持ちは理解できる。この分裂状態を長く続かせる事はよくないことだ……このクランにいる誰しもが思っているだろう。


「モトヤ君、何か案はないか?」


 モトヤは思っている事を素直に言ってみた。


「確かに今のままではよくないよね……もういっそクランを分けるというのはどうなんだろう?」


 この提案に流石のホラフキンも押し黙るが、モトヤは恐れず自説を述べてみた。


「このままだと何をするにも反対や違う意見で何も物事が進まない……。現に2日目の会議以降何も決まらないことが多くなったよ。ならいっそクランを分けてみるのも手かもしれないって思ったんだ」


 モトヤは心底ホラフキンとエルメス双方の為にこの提案をした。ここまで二人が相いれないなら……離れさせるしかないと思えたのだ。


「……とりあえず君の意見は分かった。今日はありがとう」

「いやいや、こちらこそ」


 そう言うとホラフキンはそそくさとモトヤの部屋を去って行った。ホラフキンの表情から察するとモトヤの提案は彼の中ではダメな案であったかもしれない。

 もうすぐ、夕方の定例会議の時間だ。




 ロビーにエルメスの声が響く。

「私は何も全ての戦闘を否定しているわけではないわ。やむおえない時は戦う事だったあるわ。でもそれは最後の手段であるべきよ。私たちにはもっと何かやれることがあるハズよ」


 この演説に、しきりに皆が首を縦に振っていた。もう半分以上ロビーは竜虎旅団の所有物と化していた。エルメスが続ける。


「例えば、外部との連絡方法。今の私には分からないけど、可能性はゼロではないはずよ。それにどうしても納得いかない事があるの。安田将軍がこのような暴挙に及んだ理由を知りたいわ。私思うのだけど、これは安田将軍が仕組んだ事ではないんじゃないかしら?」


 聞いていた観衆がどよめく。その中の一人が手をあげてエルメスに質問した。


「エルメスさん、どういう意味なんです? 老中の真壁が確かに言いましたよね?」


「あれが本物の老中だなんて私には思えないの、だって考えてもみて? こんな事をすれば国民からの支持率なんてガタ落ちよ? こんな事をして誰が得になるの? だとすればこれはテロリストの仕業よ! いやひょっとしたら他国の仕業かもしれない、とにかくその場合であれば私たちは助けがくるまで大人しくしていればいいのよ」


 この会議にはホークマンなどのタカ派も出席しているが、同時にこのロビーは出入り口が開きっぱなしで演説者の声がはじまりの街のロビー付近の通りを歩く人々も勝手に聞こえるようにもなっていた。この場所を指定したのはエルメスだった。モトヤは思った。これはひょっとしてエルメスの策略なのではないか、と。自分達の集団が平和主義であることを示せば少なくともやられる前にやる、といった感じの比較的精神的に不安を抱える連中からの攻撃は未然に防げる事になるのではないだろうか。それに竜虎旅団は今この世界で恐らく最大規模を誇るクランなのだ。そのクランが平和主義を掲げるということを外に示せば、ある程度キャッスルワールドの雰囲気を変える事に役に立つのではないだろうか。


 もしも、お互いが信頼し、戦う事をやめたら、安田将軍の目指す精神など生まれるわけもなく、そもそもこのゲームをする意味もなくなる。安田将軍も1年間争わないキャッスルワールドを見れば考えが変わるかもしれない。少なくともエルメスは本気でそう思っているようにみえた。エルメスが語気を強める。


「いい? もしも安田将軍が本物だったとしても1年間何も戦いが行われないキャッスルワールドを見れば考えが変わるはずよ。それに強い精神っていうけど、戦って殺すことが強い精神だとは思わないわ。どんな状況下であっても安易な方向に流れないことこそが強い意志と評価されるかもしれないわ!」


 所々で拍手が出始める。エルメスが手をかざした。


「それにさっきも言ったけど、こんな事国民が黙っていないわ。もしも本当に安田将軍がやったなら今頃壮絶な反対デモが各地で行われているはずよ! 安田将軍は従来の政権運営や法律などを引き継ぐことで国民の信頼を得てきたけど、今やっている事は真反対よ! こんな事国民は許さないわ! すぐに解放されるハズよ!」


 モトヤとジュンはこの様子を眺めていた。よく分かるのは日を追うごとにエルメスの支持者が増えているという事だ。エルメスの勢力は竜虎旅団全体の中ではまだ少数だが、近いうちにホラフキンと団長が交代するかもしれないという予感を漂わせた。恐らくエルメスにはそういう才能があった。しかも演説している相手は平和主義者日本人なのだ。エルメスの演説が心に響かないはずはない。


 この演説を最後まで見てホラフキンがジュンの隣で吐き捨てるように言った。


「かもしれないとか、こうに違いないとか、願望と決めつけだらけの話ばかりじゃないか。それに、こんな戦えない集団だと周りから思われたら竜虎旅団は餌食にされるぞ……」


 モトヤとジュンはこのホラフキンの発言に顔を見合わせた。エルメスの行動はホラフキンにとってはよほど我慢のならない行動なのだろう。ホラフキンはこの世界で勝つ事を前提とした組織作りをしようとしているのでエルメスのような思想自体を受け入れることができない。エルメスの言っていることはガンジーがやっていることに近いからだ。

 だが、本当にエルメスの言うとおりなのだろうか? 本当に外の世界では反対デモが頻発するような事がおこっているのだろうか? もしくは老中の真壁は真っ赤な偽物で本物が助けにくるのを待てばいいのだろうか? もしも本当にその通りなのであれば、ここで待つだけでいい。

 だが逆に老中の真壁の言ったことが全て本当であり、反対デモが各地おこったとしても軍隊によって鎮圧されていたらどうなるのだろう? その場合は好む好まざるに関わらず、このゲームで勝つ為の手段をとらざるをえない。

 モトヤはいくら考えても答えが出ない、本当の正解など全てが終わってみないと分からないからだ。ふと横にいるジュンを見た。ジュンは退屈そうにこの演説を聞いていた。


「なぁジュンはどう思った?」

「え? そうだな……考えてもしかたない事かな……とは思う。所詮なるようにしかならないだろうし」


 なんともジュンっぽい答えだ、とモトヤは思った。この男は主体性に欠け、とにかく目の前に事に脊椎反射するように反応する。事態が右に流れようが左に流れようがこの男にとってはどちらでもよく、とにかく目の前の現実への対処のみを考える。物事を簡単に割り切ってしまうという点に関しては一流の才能をもっているのかもしれない、とモトヤは思った。その時、視界の端にホークマンとホラフキンがロビーのお手洗いに行くのが見えた。なんとなくモトヤもむずむずしていたのでお手洗いに行こうと立ち上がる。


「おいジュン、連れション行こうぜ」

「ガキかよ、早く行って来いよ」


 なんだよ冷たいヤツ。しかし、どうしてVRの世界で尿意をもよおすのか……。

 モトヤはそんな事を思いながらロビーのお手洗いを目指す、だが、そこにはホークマンもホラフキンもいなかった。てっきりここかと思っていたのだが……モトヤの勘違いだったらしい。モトヤは小用を済ませロビーに戻ろうとすると、廊下の奥の方から何やらヒソヒソ声が聞こえてきた。モトヤは思わず聞き耳をたててしまう。


「くくく、だから俺の言ったとおりだったろ? 団長、これはモトヤの言った分裂案じゃダメだぜ……。あっちに人が流れるだけだ」

「……分かっている……だから昨日決めたろ」

「分かっているならいいのさ。俺の目から見るとまだあんたは“ためらい”みたいなもんを感じちまってるんじゃないかと思ってね……。言っとくが現状維持は不幸しか呼ばないぜ? 竜虎旅団は全部あの女に骨抜きにされるぞ。リリーナ・ピースクラフトに骨抜きにされたOZのようにな」


 ――ホークマン? それとホラフキンか?


「……やるさ。……ただ例のモノを見せてくれ」

「ほらよ……完璧だろ?」

「確かに完璧だな……。誰もこのカラクリには気づかないだろうな……。これであの女を裏切り者にして殺す事ができる」

「色々手間だったからな……。だが、これさえあれば皆団長の言う事を信じるだろうよ」

「では、エルメスを殺した後に、この【バインダー】というクランを襲えばいいんだな?」

「くくく、まぁそういう事になるなぁ」


 ――な……に……? エルメスを……殺す!?


 モトヤは自分の耳を疑った……。今微かに聞こえている声は自分の想像の次元を遥かに超えた話をしているのだ。聞き違いかと思いたかった。


「いつやるつもりだ」

「おいおい! あんたもやるんだぜ! まぁみんなの説得に関してはあんたの方がうまそうだが……普通に考えると早けりゃ早い方がいい。じゃないと皆あの女の信者になっちまうだろうしな」

「では明日の夜」

「くくく、明日の夜だな? OK」


 もう話が終わりそうだ。この場に居てはまずいぞ! どうしようどうしよう。そうだ! もう一度お手洗いに入ってやれ! 大だ! 大の方に入ってやれ!


 モトヤは音をたてずに急いでお手洗いに入ってゆく。するとしばらくして二つの足音が廊下の奥からロビー方向に遠ざかってゆく音が聞こえてきた。


 ――もう、大丈夫だ……。


 モトヤは念のため、もう5分ほど大の方のトイレに籠ると水を流し大きな音をたてながら出ていく。そしてジュンの隣の席に座ろうと廊下とロビーの出入り口付近まで行くが、元の席に帰る途中で見えてしまう。ジュンの隣にホラフキンとホークマンが座っているのだ。


 ――そうだった……ホラフキンはジュンの隣の席だった……。


 モトヤが元の席に帰るか帰らないかウジウジ悩んでいると、ジュンがモトヤを発見した。


「何してんだおーい!」


 その声につられるように、ホラフキンとホークマンがこちらを見た。


 ――あいつ!!


 モトヤはジュンを絞め殺してやりたい衝動に駆られた。モトヤは仕方なく元の席に戻る。その時ジュンが間髪入れずに爆弾を落した。


「なんだ長かったな~トイレ」


 ホラフキンとホークマンが一斉にジロっとモトヤの方を見た。もうモトヤはいっそジュンの口の中に石をつっこむか猿ぐつわをかませたかった。そんなことは出来ないので、適度にジュンの話をかわそうとする。ジュン気づいてくれ!!


「あ、ああ。いやぁ大の方がなかなかでなくってさぁ……」

「ふーん……あれ? 連れションって言ってなかった? 連れで大とか最低だなお前! ははははははは」


 こんな生きた心地がしないジョークを聞かされるのは、はじめてだ。

 モトヤは不意にジュンの方を向いてしまう。ジュンの方を向くという事はホラフキンの方を向くという事だ。次の瞬間ホラフキンと目があってしまった。ホラフキンはモトヤの顔をジッと凝視していた。モトヤは震えだす足を強引に手で抑え込むと必死にとぼけた。


「あれ? ホラフキン? どうかした?」

「いや」

「そうかぁ……」


 モトヤはそう言い終ると視線をロビーの壇上に昇っているエルメスの次の演説者に目を向ける。だが視線をその人に向けながらもジュンの横にいるホラフキンの動向が気になった。


 ――バレたか? それとも大丈夫なのか?


 モトヤは自分の心臓の動きが早くなっていくのを感じた。


 ――目があったのは気付いたからか? それとも偶然か?




 こうして緊張の中、ロビーでの定例会議が終わった。




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