第074話 策士(4)
大きな船体が船着き場の4番と書かれた場所にゆっくりと近づき、接舷すると、船員と思われるむさくるしい男達が船内から船着き場に飛び出した。船からのびる紐のような何かを船着き場の黒い出っ張りに巻きつけているのだ。数分もすると船は完全に動かなくなり、船と船着き場の間に板のようなものが乗せられた。それをじっと眺めていたチョビ髭の男の耳にマイクを通した様な声が聞えてきた。
『フェリー高橋をご利用いただき、今日はまことにありがとうございました。マハーバリ。ミシャラクエリアのマハーバリに到着いたしました。船をお降りの際は、足下に気をつけお降り下さい。また、お忘れ物がないかどうかご確認ください』
椅子に大人しく座っていた船内の人々がチョビ髭の男一人を残し一斉に立ち上がり、出口まで列をなす。そんなに急ぐ必要なんてない。完全に人がいなくなってから立ち上がればいい。そう思ったチョビ髭の男は目を瞑った。不意に肩を叩かれた。
「お客さん着きましたよ」
こちらの意図を察しないむさくるしい男達の一人が声をかけてきた。チョビ髭の男は不快な声を隠さず「ええ、どうも」と答えると、列の後に加わり、大型客船の後部座席からゆっくりと船着き場に降りた。むさくるしい男は「今後とも御贔屓に」と決まり文句を言うと、引きつり笑顔のまま船内に戻っていった。チョビ髭にメガネをかけた男、トールマンの目は船着き場にある看板に注がれた。
【港町マハーバリへようこそ】
トールマンは1つ大きな深呼吸をすると、ここまでの経緯を思い出し、足を街の中心へと進めた。
直接の上司であるマオから手紙が来たのは3日前だった。
その手紙の淵は紅く塗られていた。淵が朱色に塗られた手紙は「他言無用」の意味を持つ、オリジンの派閥“マオ派”に属する者のみが知りえる暗号である。手紙にはこう書かれていた。
『久しぶりねトールマン、手紙の世間話ほど無意味なものはないので早速本題に移るわ。白老殿に内密の仕事ができた。白老殿は反対するであろうが、我々は4つ目の城であるミシャラク城を獲りにいく、その為にお前に一仕事してもらいたい。この手紙を読み次第、ミシャラクエリアの港町マハーバリに向かいなさい。そして、マハーバリの宿屋スプリングの主人に《マオの使い》と言いなさい。以上よ』
手紙はここで終わっていた。既に時刻は夕方をまわっていた。トールマンは宿屋「スプリング」を探す。程なくしてその宿屋は見つかった。マハーバリに存在する宿屋は全部で3つ。その中の最も大きな宿屋が「スプリング」だった。
トールマンは扉を開けた。
カランカラン。
扉についている鈴が鳴った。
「はい! いらっしゃい! スプリングにようこそ! 何名様でご利用でしょうか?」
「1名だ……。あの……“マオの使い”なんだが……」
「ああ! 203号室で御予約の!! お待ち申しあげていました。そういえば“マオの使い”様宛てに手紙を預かってました」
「そうか、ありがとう」
トールマンは店の主人から鍵と手紙を渡された。その手紙にも同じく淵に朱色が塗られていた。トールマンはとりあえず、予約されているという203号室の部屋の扉を開け中に入った。
「ふぅ……」
トールマンは扉を閉めると一息ついた。このエリア……ミシャラクエリアはトールマンの所属するクラン「オリジン」の勢力圏外だ。今はM&Jという急激に力を伸ばしているクランが治めている、いわば敵地なのだ。敵地ゆえに妙に緊張してしまう。そういうものがあった。とはいえ任務の内容が気になった。トールマンは手紙の端を破り中身の便箋を取り出す。
『これを読んでいるということは、どうやら手紙が届いたようね。手紙を二つに分けたのは、もしものことを考えてのことである。では、さっそく任務の内容を伝える。この手紙は2060年11月20日から25日までの間に読まれる事を想定している。もしも、この期間以外にこの手紙を読んでいるならば、ただちに手紙を破却せよ』
トールマンは画面の右下に映る時刻を見た。
2060/11.22/18.44
期間内だ。トールマンは視線を手紙に戻す。
『この期間、港町マハーバリでは朝の競りというものがある。水揚げされた魚やモンスターに値をつける業者市のことだ。ここを仕切る白いフードを被る“ナナ”という女に【強烈な悪魔の光】の原液を飲ませなさい。手段は問わない。ただし、絶対に殺してはいけない。任務が成功した場合、現在泊まっている203号室に置かれているタウン誌の中に赤い紙を挟みなさい。失敗した場合は青い紙を挟みなさい。任務が終わり次第、通常の任務に戻りなさい。以上よ』
トールマンは静かに頷く。部屋の中を見渡した……、あった。トールマンは化粧台の上に無造作に置かれていたタウン誌を手に取る。中にはマハーバリの観光スポットや店のクーポン券などが貼りつけてあった。ナナという女に爆弾の原液を飲ませ、この雑誌の中に赤か青のどちらかの色の紙を挟む……、それが任務……。トールマンはタウン誌を閉じ、靴を脱ぎ、ベッドの上に寝転がった。朝の競りはどの港町でも早い時間帯から行う。時間を確認した。既に19時をまわっていた。まだ寝るには早いが、寝ても良いと思った。しばらくすると心地よい睡魔がトールマンを襲った。トールマンの意識は闇の中に沈んでいった。
=数日後=
その部屋には既にトールマンの姿はなかった。チェックアウトしたのだ。いるのは別の二人。紫のターバンをかぶる男「モトヤ」と毛皮のコートを着た女「マオ」。モトヤはこの部屋にあるタウン誌に手を伸ばす。そして一枚の紙を取り出した。
「赤だ」
マオは静かに笑った。
「ふふふ、爆弾の調達はできたみたいね」
モトヤは少し複雑な気分だった。マオの提案した方法はM&Jの仲間の一人に爆弾を飲ませ、その爆弾をマオの中に移動させる……、という方法だった。ナナの体の中には現在爆弾の元になる液体がある。マオが指定したとはいえ、モトヤは仲間を騙したことになる。仲間の反応が少し怖かった。
「……なぁ……例えば、お前は仲間を騙すような真似に罪悪感を感じた事はあるか?」
「ふふふ、ナナちゃんに爆弾を飲ませた事が不本意だったのかしら?」
「そりゃあ……まぁな……」
マオは甘い息をモトヤに吹き掛けると、モトヤの頬を優しく撫でた。モトヤはそれを振り払う。
「リーダー……、あなたが迷うと困るから先に言っておくわ。結果は全ての事柄より優先される問題だと私は考えるわ。もしも、ここでトールマンから爆弾を調達出来なかった場合、あなたは自力でバルダー城に挑まなければならない。測り知れない死人がでるでしょうね。ふふふ。現実に帰る希望をもってあなたのクランに入った人々は地獄の底に叩きつけられることになるわ。それはわかるでしょう?」
「……」
「過程や信頼などは問題では無いわ。味方の誰も死なせずにバルダー城を奪取する。これをやることが重要なのよ。そうすることであなたの手段は正当化されるわ。そして、出した結果の前に人は文句などつけない。そういうものよ」
結果という巨大な果実をまえにすると、そこに至るまでの手段は正当化される。その通りなのかもしれないと思った。モトヤは何度か頷き、マオを見据えた。マオはモトヤに振り払われた手を膝に戻した。
「気が済んだかしら?」
「ああ、だがまずはナナから爆弾を取り除かなければならない」
「そうね。ああ、それと……コレはいつ取ってくれるのかしら?」
マオは自分の腕を指した。
マオの腕にはルカの人生スキル【|あなたの浮気絶対に見破る《サーチマインド》】の効果で赤色のバンドが巻きついたままになっていた。ルカの人生スキルが消える条件は、5つの質問を終えるか、ルカが能力を解除するか、そのどちらかしかない。現在、仲間として行動するマオがその解除を求めたのは自然な流れだった。だがモトヤは冷徹にこう言い放つ。
「お前が途中で心変わりするとも限らない」
「なるほどね。まだ完全に信頼される状態には至ってないわけね」
「これも同じさ……。結果を出して俺から信頼を勝ち取れマオ」
「ふふふ、分かったわリーダー。では、ナナちゃんを連れて来て」
モトヤは頷いた。そして扉の外に向かって叫んだ。
「ルカ! ナナを呼んで来てくれ」
「分かりました」
しばらくすると看護婦姿のルカと白いフードを被った僧侶ナナが現れた。
「あ、どうもモトヤさん。どうしたんですか? マハーバリに来てるなんて聞いてなくて……。それに、こちらの人ってどちら様です?」
マオとナナは面識がなかった。
「こんにちはナナちゃん。近くM&Jに加入するマオって言うの、よろしくね」
マオは手を差し出した。ナナはその差し出された手を握った。マオは握手を終えるとモトヤを見て頷いた。モトヤは顎を前につきだす。
「よし、ナナもう帰っていいぞ」
「え!?」
呼んだばかりで帰れというモトヤにナナは困惑の色を浮かべたが、ナナは全員に一礼し、部屋から出ていった。それと同時にモトヤはルカの肩に手をのせる。
モトヤはマオを見据え厳しい目つきになり、口を開いた。
「これが2つ目の質問だ。爆弾の原液はナナからマオの中に移動したのか? もうナナの中に爆弾はないんだな?」
モトヤの問いに赤いバンドは鈍く光り、マオはうすら笑いを浮かべ答えた。
「もちろんYESよ」
計器は反応しなかった。真実だった。赤いバンドに2つ目の星マークが浮かび上がる。モトヤは深い安堵の溜息をついた。これで爆弾はナナからマオの体内に移動したのは確実となった。マオの表情を見た。マオは“どう? 満足した?”と言いたげな表情を浮かべていた。とりあえず良かった、モトヤはそう思った。思った直後……あることを思った。
……恐ろしく静かなスキルだな……と。
能力発動のエフェクトは一切なく、体が光るわけでもオーラに包まれるわけでもない。ただ握手をした。それだけにしか映らなかった。これでは――。
モトヤは、顔を細かく二三度横に振り、思考を中断した。どうも胸の奥にアリスの言葉が引っかかりマオをそういう目で見てしまう。何かおかしな所はないか、何か矛盾点はないか。むしろ考えなければならないのは、この作戦がオリジンに感づかれずに無事成功するかどうかなのに……。「ふぅ」モトヤは一息つくと、気を取り直し言った。
「よし、では計画を次の段階に進める」
マオは、微笑を崩さず目蓋をゆっくり開閉させることで返事をした。その仕草は色っぽかった。
モトヤとマオとルカは揃って203号室から退室した。
部屋は暗くなり、後には赤紙が抜き取られたタウン誌だけが残された。




