第073話 策士(3)
松明の炎が揺れていた。モトヤは、ロウソクを松明に近づけ火を灯すと、それを手燭にセットし、独房の扉を閉めた。暗闇に包まれた独房の中ではモトヤの持つロウソクの炎だけが輝きを放っていた。モトヤは手燭を前方に掲げた。すると闇の中から妖艶な雰囲気を漂わせるマオが姿を現す。モトヤは息を飲んだ。小さな独房にマオの囁くような声が染み込んだ。
「おはよう、それともこんばんは? この暗闇の中で暮らしていると段々と時間の感覚が無くなっていくのを感じるの……。もちろん今何時何分かは分かるけど……。人間にとって光って大切なのね……と、今更だけど思ったわ、例えゲームの中でもね。時間がゆっくり流れている気がするの。ねぇリーダー? 一週間ぶりかしら、私は一カ月ぶりな気さえするわ。もう少し早く返事を聞けると思ったけど……、今日はもちろん例の話の返事をしに来たのよね?」
ロウソクの光は3つの顔を照らしていた。紫のターバンを巻いたモトヤ、毛皮のコートを着ているマオ、そしてもう1人……看護婦の衣装に身を包んだ紫色の髪の女がいた。
「そうだ、返事をしに来たんだ……マオ」
モトヤは顎を前につきだし、看護婦の女に作業を促す。看護婦が何か小さな言葉を唱えた。すると、マオの腕に腕時計より一回りくらい大きな茶色の“何か”が巻きついた。マオは全く表情を変えずに尋ねた。
「これは何かしらリーダー?」
モトヤは看護婦に目配せする。看護婦は改まって口を開いた。
「これは私の人生スキル【|あなたの浮気絶対に見破る《サーチマインド》】です。嘘発見機……といえば分かるでしょうか?」
マオがゆっくり微笑む。
「なるほどね……、プレゼントの中身に不安があるのね」
モトヤも微笑んだ。
「開けてみたら玉手箱だった……なんてパターンもある。貰える物は貰いたいが、良い物だけ欲しい主義なんだ」
「ふふふ、面白い子。いいわ、気の済むまで質問なさい」
看護婦がモトヤの目を見て許可を求める。モトヤは頷き、看護婦は口を開いた。
「私の人生スキル【|あなたの浮気絶対に見破る《サーチマインド》】は、一人のプレイヤーに質問できるのは5回までとされています。一度調査された人物は二度と【|あなたの浮気絶対に見破る《サーチマインド》】の対象者にはなりません。また、あなたに巻きつけたそのバンドは対象者の心を読みとる道具で5回質問されるまで消えませんし、取り外すこともできません。あと質問を聞かれた対象者……、つまりマオさんはYESでのみ全ての質問を答えて下さい。そして、質問者は……つまりモトヤさんですね、質問をする時は体の一部を私の何処かに触れながら質問して下さい」
マオは、きょとんとした顔をしてモトヤに聞いた。
「何でそんな秘密を洩らすの? 5回までなんて言わなければ交渉で優位に――」マオは何かに気付いたように腕に巻かれたバンドを凝視した。
モトヤがニヤリと笑った。するとマオの腕に巻かれた茶色のバンドがみるみる赤くなっていった。それを見たマオは目を瞑り、甘い吐息を吐きだした。そして目を開け、モトヤを真っすぐ見た。
「相手にスキルの説明をする……。これがこの能力の発動条件なのねリーダー」
「そういうことだマオ。これでお前は俺の前では嘘をつくことはできない」
「ふふふ」
「何がおかしい?」
「5回よ、たった5回。慎重に考えて質問なさい」
「……」
モトヤは看護婦姿の女「ルカ」を見た。
「ルカ……質問がある……“沢山の意味を含んだ質問”をすることは出来るのか? 例えば『ここで前回に会った時に俺に話した話は本当か?』といったような質問だ。こいつはここで俺に沢山の話をした。バルダー城奪取の方法、白老を殺す方法、小型の核爆弾を持つ能力者の話、マオの人生スキルの話……これらを個別に調べると5回じゃ足りない。だが、包括的な意味の質問なら1度で済むハズだ。そういう質問方法は可能なのか?」
ルカは、一呼吸してから答えた。
「……もちろんできますが……。私の能力では答えた内容が嘘か本当か……という判別しかできません。つまり、沢山の意味を含む質問を彼女にして、嘘である反応が出ても、どの部分が嘘なのか……、といったことは判別できません。なので、そういう質問方法はある種の精度を欠くと思うのですが……」
「なるほどな……」
モトヤはマオを見た。マオは自分の羽織る毛皮を見ながら指にくるませ、微笑んでいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「私への質問は決まったかしら?」
マオのうなじの部分が見えた。その姿が妙に艶めかしかった。モトヤは大きく息を吐くと顔を左右に振り、ジッとマオを見た。
「俺はまずお前との信頼関係を構築すべきだと思った」
マオは、毛皮を指にくるませるのを止め、モトヤを見た。
「……そうね。私はずっとそうしたいと言って来たわ」
「お前が俺達に味方するのは変だ、そう思ってる仲間もいる。俺もその一人だ」
「私の理由は既に話したわ。あとはそれで納得できるかどうかはリーダー次第よ」
「本当だとしても、この独房から出した瞬間にどこかに行くかもしれない」
「否定はしないわ。だが、今となっては私にとってもこのクランに入る事は相当な利益よ、理由は分かるわよね?」
マオが腕をのばし、モトヤの頬をゆっくり撫でるような格好をする。
「俺達がミシャラク城を獲得したから……だな?」
「そういう事よ。これは私にとって利益がある選択肢なの……。ここで更にバルダー城を獲得すればM&Jはオリジンと並びこの世界で最も城を多く獲得しているクランになるわ。そして、私はゲームクリアに近づく事になる。私は私の為にこの提案をしてるに過ぎないわ……。どこかおかしな点はあるかしら?」
話に矛盾点はなかった。マオは純粋に自分の利益のみを見つめ話している。モトヤにはそう映った。
「だから、まず最初の質問は、俺達の信頼を確かめる為の質問だ」
モトヤはルカの肩を触った。空気が変わった。
「ここで前回俺に話した内容……。お前のスキルの話、スキルの実験の話。小型の核爆弾の話、そしてそれを使った今回の計画……全てをひっくるめて前回に会った時の話だ。これは全て本当か?」
モトヤの質問を受け付けたと言わんばかりに、マオの腕に巻かれた赤いバンドが鈍く光り始めた。
そして、モトヤはルカから渡された手にひらサイズの懐中時計のような機器を握りそこを凝視した。もしも1つでも嘘があるならここに表示されている針が平常値から大きくかけはなれた所を指す。
これはモトヤにとっても賭けだった。マオが全く違う理由で嘘をつく可能性もある。その嘘自体、何の害悪もないかもしれない。だがこれはその可能性を全て消す質問だった。モトヤはクランに入りたいというマオの誠実さがどれほどのモノかを試した。“もしも本当にM&Jに加入したいのであれば、嘘をつく必要などない筈である”強引にそう結論づけたのだ。
「答える前に確認させて……」
「?」
「私が答える質問の整理よ。私が今言われた質問は、【私の人生スキルの話で偽りはないか】、そして【トルーマンの人生スキルの中身の話に偽りはないか】、更に【トルーマンの人生スキルを使ってバルダー城を爆発させる、その爆発させる中に白老も含まれる……この話に偽りは無いか】……この3点の質問を私にしたのね?」
「4点だ。【トールマンのスキルをお前が人から人に移動させ実験したという話に偽りはないか】だ」
「OK、あ、これはもう一度質問を受けた方がいいのかしら?」
マオは看護婦姿のルカを見た。ルカは首を左右に振った。
「いいえ、YESと答えないかぎり人生スキルの効果は継続されます」
「なるほど」
マオは笑顔で答えた。
「YESよ。もちろん真実を話したわ」
モトヤは計器を凝視した。
……針は動かなかった、1ミリたりとも動かなかった。それはつまり、この計画に偽りはない……という事が証明された瞬間だった。
「言ったでしょ? バルダー城をプレゼントするって」
マオの赤く変色したバンドに焼きゴテで押された様な星のマークが1つ浮かび上がった。
「1つ浮かび上がったということは……。この星マークが5つになれば、このバンドは消滅するのね?」
「そういうことになります」
マオの質問にルカが答えた。
この二人がやりとりする間にもモトヤは目を瞑り考えていた。マオの話した作戦に偽りはないのであれば、アリスが何を言おうとも特大プレゼントは受け取るべきだ……、モトヤは強くそう思った。未来への道が拓けたのだ。
モトヤは二度深く頷き、決意を固めた。マオの作戦に乗る、そう決めた。
「分かった。それじゃこのプレゼントはありがたく貰う事にするよ。ああ、それとクラン登録だが」
「それに関してはちょっと待ってほしいの。今M&Jに加入すると白老に私達の動向を勘づかれる危険性があるわ……。なので、この作戦が終了するまで私はクラン【オリジン】を脱退せずにそのまま所属することにするわ……」
確かに筋が通った話だった。モトヤは静かに頷いた。
「マオ……お前のスキル本当だったんだな」
「言ったでしょ? 最初から本当だって」
「ってことは……職業を移動させるというのも本当なのか?」
「ええ、そうよ。嘘であれば、そこの針が動くんでしょう?」
確かにその通りだ。
「分かった、なるほどな」
モトヤは、そう言うと独房の扉を開け、叫んだ。
「おーい!! アイツを連れて来てくれ!!」
するとパプアと赤色のマフラーをした男が独房に現れた。モトヤは赤色のマフラーの男に事情を話した。すると赤色のマフラーの男は飛び上がって喜び左手で画面の操作をはじめた。数分ほどして男の職業が“戦士”から“指導者”に変わった。これを見てマオはニヤリと笑った。
「つまり、モトヤ……あなたの職業を“魔物使い”から“指導者”に変えてほしいのね?」
「そういうことだ。できるだろ?」
「両方の意思を確認してからにしたいわ。赤いマフラーをつけてるあなた……、あなたは指導者の職業を手放して魔物使いになってもいいのね?」
赤色のマフラーをつけた男は満面の笑みで答えた。
「当然だよ! だって指導者を殺して回る悪党がいるんだろ? もし僕が指導者だとバレたらそいつ等に殺されちゃうよ。それに彼が指導者になれば、ここのクランに僕を登録してくれるらしいんだ。殺されるリスクは負ってもらって、自分は300人の城持ちクランに加入することができる。こんなハッピーな事はないよ!」
マオは笑いながらモトヤを見た。モトヤも何も答えず笑っていた。指導者を暗殺していた人物は既に捕えられ目の前にいる……、なんてことをモトヤは言わなかったのだろう。マオは赤色のマフラーの男に向かって優しい言葉をかけた。
「確かに世の中は悪党が多いわよね。あなたも気をつけてね。ああ、そういえば……私もなりたい職業があったのよ……。魔物使い……これになりたかったの、だから赤色さんは私の職業である魔法使いでいいかしら?」
赤色のマフラーの男は頷いた。最早職業は何でもいいらしい。
「じゃあ二人とも私の手を握って」
モトヤと赤色のマフラーの男はマオの手を握った。30秒ほどして三者の職業表示が変更された。
マオは魔法使いから魔物使いとなり、
赤色のマフラーの男は指導者から魔法使いとなり、
モトヤは魔物使いから指導者となった。
モトヤは、恐る恐る左手を動かし、オプションの項目の一つにあるクランの所属人数を見た。そこには【 98/300 】という表示があった。モトヤは思わずガッツポーズをした。この裏技的方法でも指導者の特性は失われていなかった。
「おめでとう、リーダー。これであなたは300人のクランを作れる資格を得たのね。本当におめでとう」
「ありがとう! ありがとう!」
ここに至りはじめてモトヤは“指導者”となった。これはキャッスルワールドをクリアする上で極めて重要な条件だった。
それから程なくしてM&Jはミシャラクエリアの各地のクランと協議を行い、あっという間に300人近くのクランに成長した。
この時期からM&Jはミシャラクエリア全土に対する支配を確立していった。




