第068話 ミシャラク城の主(3)
「なんだと!?」
ミシャラク城の王の間に義家の怒号が鳴り響いた。ジブリールは身をかがめた。義家の目は血走り鼻息が荒い。ミシャラク城に帰還したジブリールは早速義家から呼びだされM&Jとの会談の結果を催促された。ジブリールは、本当のことは言わずに『会談の場所に現れたのは別の者であと3日だけ会談日を延ばしたいとM&Jから言われた』という嘘の会談内容を伝えた。この話に義家は激怒したのだ。
「あれだけ会談予定日を延ばしておきながら、また延ばしたと言うのか!! 奴等は本当に食糧支援をする気などあるのか!?」
義家は、床にしっかり固定された王座を何度も蹴った。この間ジブリールは小さく身をかがめていた。義家は、散々に王座を蹴り終ると、彫りの深い顔で今度はジブリールを睨みつけ、叫んだ。
「それでお前はノコノコ帰って来たのか!! 何でそのまま奴等の本拠地まで行き、話をまとめてこなかった!! ガキの使いじゃないんだぞ!!」
ジブリールは尚も小さく身をかがめていた。何としてもこの場をやり過ごさなければならなかったからだ。この話はジブリールとカッツォが帰路に就く馬車の中で必死に考えた作り話だった。馬車の中で“恐らく義家は激怒する”と二人は予想していた。だがそのぐらいがちょうど良いと思った。怒らせることで義家の冷静な思考を奪う……それがジブリールとカッツォが行きついた結論だった。3日遅れる、という嘘は2日で事態の決着をはかるというカッツォの意思の表れだった。城に戻り次第《城放棄派》で集まり義家を追放する話を放棄派の全員にもちかける。そして翌日の早朝に放棄派全員で王の間に押しかけリーダーの交代と追放を迫る。そういう計画だった。とにかく初日は義家に嘘をつき通す、それと《城放棄派》で意見をまとめる事だった。もともと放棄派は義家とはあまり馬が合わないプレイヤーが多い。ジブリールの様な側近まで勤める者はごくわずかだ。となると同情論は極わずかしかでないだろうとジブリールとカッツォは考えた。
「申し訳ありません……私もそうしようと思ったのですが。絶対に3日後に会談を行うと相手が言ってきましたので……」
ジブリールがうつむいたまま泣きごとを言うと、義家は「分かったもういい」とだけ言い残し、衛兵を連れ自分の居室に戻っていった。
ジブリールは一人取り残された王の間でゆっくりと立ち上がる。そして王座に近づくとそこに腰をかけた。ジブリールは義家に対する同情の気持ちが依然残っていたのだが、叱責されたことで“その気持ち”が僅かに小さくなった。どこかホッとする気持ちがでてきた。王座の肘かけに肘をかけ更に深くもたれかかった。
――いい気持ちだ。
源氏のリーダーは義家だ、ジブリールは違う。もちろんこれからジブリールはM&Jに入団するのだからM&Jにおいてもリーダーではない。しかし、100人近い人数がM&Jに入るのだ、それを取りまとめる役は必要だろう。
――私がそれに最も近い人間だろうな……。
そんな事を思いながらジブリールは王座の感触をたしかめていた。確かにジブリールはこの城の王では無い。だが、ジブリールが傘下に置く放棄派は残留派と比べ人数が2倍近くいた。となれば……今、この瞬間、実質的な王は自分ということになるのではないだろうか? ジブリールは、自分の鼻の穴が膨らんでゆくのを感じた。人の上に立っているのだ。一瞬かもしれない、だが……良い。王の気分というのはこれほど良いモノなのか……。
ジブリールは、肘かけを指でコツンと鳴らすと自分のキャッスルワールドでの軌跡を思った。
――思えば私は義家様の影に隠れ続けてきた。どんなに抜群の功績をあげようとも絶対にトップにはなれなかった。
No2とトップとの間には分厚い透明の天井があった。No2は命令される側であり、命令内容が完遂されないと叱責される立場なのだ。いつも叱責されていた。ジブリールはここにきてはじめて自分の不遇を思った。だが頭を横に軽く振り思いなおした。追放される方がもっと不幸なのだ。かえってラッキーだった……そう思う事にした。
ジブリールは、王座から立ち上がると王の間から退室した。王の間の扉付近の廊下でジブリールを待っていたのはカッツォだった。
「ジブリールさん、こっちです」
どうやら既に城放棄派の面々が集まっているらしい。カッツォにつれられ、ミシャラク城の地下の倉庫の一室に向かった。そこはいつも放棄派の面々が会議の場所として使っている場所だった。
ジブリールが倉庫に入ってゆくと、その中の一人から声をかけられた。
「カッツォから義家様のことを聞きました」
ジブリールは、部屋の扉が閉まっていることを手で確認すると、やや大きな声で聞いた。
「全員すでにカッツォから聞いたのか?」
倉庫にいる全員が見事に首を縦に振った。カッツォがしたり顔で喋り始める。
「ほとんど説得の必要はなかったです。全員俺達と同じ気持ちでしたから。俺達は生き残る為の最善の道を選んだつもりです。そしてM&Jに合流するまでのリーダーはジブリールさんで皆問題ないよな!?」
放棄派の面々が次々と声をあげた。
「問題ないどころか大賛成だよ」
「ジブリールさんは俺達の代表だしな」
「問題ないっす~」
ジブリールは嬉しかった。人からリーダーと認められるのがこんなに嬉しいとは予想していなかったからだ。思えばキャッスルワールドにおいて、ここまで人から支持されたこともなかった気がした。
「わかった。ありがとう皆。すでにカッツォから聞いていると思うが、作戦の決行は明日の早朝だ。なぜこの時間なのか……それは義家様に衛兵がついていない時間帯だからだ。一人でも犠牲者を少なくし、全員で生き残る。これが私とカッツォが考えた事だ。従ってくれるか?」
全員が頷いた。
それから、放棄派の面々はそれぞれの宿舎に戻った。すでに20時をまわっていた。
「おい! おい! 起きろ!」
カッツォは、激しく揺すられ起こされた。外で雨が降っている音がした。カッツォは視界に映る右下の時刻を見た。深夜2時だった。何だと思い自分を起こした相手を睨んだ。ロウソクの明かりと数人の男の顔が見えた。2~3秒顔を見つめて、その男達が城残留派の男達だという事が分かった。次にカッツォは辺りを見回した。今、起きた場所はいつもの寝床ではなく、別のどこかだった。そこで理解した。カッツォは、寝ている間に城残留派にどこかに連れ出され、取り囲まれていたのだ。カッツォは激しく動揺し、うわずった声を出した。
「な、なんだぁ?」
すると、その中の一人が低い声で言った。
「義家様から質問がある」
カッツォはギョッとした。朝には追放しようかという相手からの……拉致されての質問……。カッツォは自分の息が荒くなっていくのを感じた。濃厚なある予感がした。カッツォの視界の右端から義家が現れた。義家は普段は持たない刀を持っていた。それは義家自身が「髭きりの太刀」と名付けた刀だった。義家は刀を抜き上段に構えると、カッツォに“ある質問”をした。予感は当たっていた。
「この俺を追放する企みがあるそうだな?」
3秒ほどの間があいた。その間、外で雨が降る音が響いていた。雨の音が二人の空気を不穏にさせた。
「な、なんのことでございましょう義家様! そんなことあるわけないじゃないですか!」
段々と義家の目つきに殺気が籠っていくのを感じた。その殺気に呑まれたら終わりだと思い必死に気を強く保とうとするが、義家が衝撃の一言を放った。
「ジブリールは吐いたぞ!!」
カッツォは固まった。信じられない。一瞬そう思ったが、あの腰巾着ならやるだろうとも思った。眉間にしわがより、歯を食いしばった。自分ではどうすることもでない激情が全身を駆け巡り、爆発した。
「馬鹿な!! あの野郎裏切りやがったのか!! 畜生!! やっぱりあの時殺しておくべきだった!!」
カッツォは散々ジブリールを罵った後に義家を見た。義家はまるで“信じられない”と言いたげな表情をし、何度も目をパチクリさせていた。周りの城残留派の男達も同様である。義家が叫んだ。
「やはり、あの手紙は本当だったのか!!」
「手紙?」と言い終ると、カッツォはここで気づいた。カマをかけられたのだ。ジブリールは裏切ってなどいなかった。カッツォは自分で吐いたのだ。全身から汗が噴き出すのを感じた。義家の殺気はより強いモノになっていた。
「つ、つ、追放なんて……そんなことするわけないじゃないですか!!」
カッツォの言葉に周りの人間は表情一つ動かさなかった。義家もである。全員、冷めた目をしていた。カッツォの手は震えはじめた。義家の刀を持つ手に力が入る。これを見てカッツォは慌てて喋り始めた。
「お、俺じゃないんです! 俺は何も悪くない! ジブリールがM&Jとの約束だって言って嫌がる俺を無理やり計画に参加させたんですよ!! お願いします義家様!! 信じて下さい!!」
「すべて話したら助けてやる。俺を追放する計画に城放棄派全員が関与しているのか?」
義家の低い声にカッツォは頭を低くしながら叫んだ。
「そ、そ、そうでございます! あ、いや。俺以外の城放棄派です!! 俺はこの計画に賛同しませんでしたから!! た、助けてください!! 俺は本当に義家様を崇拝しています!! 俺はいつも寝る前に――」
「もういい」
と義家が言い終ると、上段に構えた《髭きりの太刀》を振り下ろした。カッツォの頭は頭上からアゴまでスイカ割りで割れたスイカのようにパックリと縦に割れた。HPを示す緑色のバーが全て無くなった。
義家は、低い声で言葉を発した。
「信じていたのに……最も信じるに足る友だと思っていたのに……ジブリール……。あいつ許さんぞ!!」
次に義家は周りを囲んでいた男達に命令した。
「城放棄派の連中は大罪を犯した。今まで意見の違いこそあれ同じ仲間だと思っていたから大目に見てやっていたのに俺を裏切りやがった!! 許さん!! 絶対に許さんぞ!! このまま手をこまねいても我等がやられるだけだ! この闇に乗じて全員を殺す! じゃないと奴等から襲ってくるぞ!! いいな!? この命令は絶対だ!!」
その言葉は、有無を言わせぬ迫力を持って伝えられた。
「残留派の全員を起こし! 今から奴等を討ち取る!! ついてこい!!」
義家は走りだした。男達も後を追い走りだす。暗闇に紛れる“その一団”はまるで怨念をまとった一匹の生物のようだった。
時計は深夜の2時20分を指していた。




