第063話 101人目?
最近、不思議な噂がある。M&Jのメンバーが実は101人いるという噂だ。
魚市場にカモメの鳴き声が響く。港町マハーバリは朝日を浴び活動を開始する。モトヤは、朝はマハーバリの街を散歩すると決めていた。湖畔を歩く。するとカモメの鳴き声と共に男達の叫ぶ声も聞こえてきた。今、魚市場では競りが行われていた。モトヤは遠くからその様を眺める。床一面に置かれた魚と木箱に乗ってピョンピョン跳ねる白いフードが見えた。
――ナナだ。
モトヤは、顎をさすりながら、目を凝らし、聞き耳をたてた。
僧侶ナナは、シドロモドロになりながら足をふらつかせ、男だらけの場所で奮闘していた。元々魚市場を作ろうと言いだしたのはナナだった。その責任感のせいか、魚市場の仕切り役を買って出たのだ。
「400!」「420!」「よーし500だ!」
魚市場には仲買人とよばれる中間業者が競りに参加していた。競りには仲買人しか参加できない。仲買人になる権利はM&Jから買う、そういう仕組みになっていた。ナナは現時点の最高値である500ゴールドで本当に落札して良いか競りに参加している仲買人に問いかけた。
「え~と、あの~500ゴールド以上はないですか?」
何ともだどたどしい仕切り役の声だが、もう聞きなれてしまった仲買人が気にせず続ける。
「いや530!」「540!」
競りが止む事は無い、基本的に競りは今日水揚げされた魚が全てなくなるまで行われる。
これが最近の港町マハーバリの朝なのだ。モトヤは、満足げな顔を浮かべ宿舎に戻ってゆく。既にモトヤ達が街を占領してから3週間が過ぎようとしていた。
モトヤは、マハーバリの街を支配した後にまず街の改革に着手した。以前、街を支配していたクラン「プラウド」は、敵が侵入することを極端に恐れ、全ての門を閉じ、街を閉鎖的にした。モトヤは恐れなかった。夜間以外は常に門を開放し、港町マハーバリを解放した。モトヤは法学部を卒業した高校教師の“ある言葉”を覚えていた。
『モトヤ、都市計画法の理念を知ってるか? 法の力を使い、人をバラけさせるのさ。人っていうのは放っておくと集まるモノなんだ。経済的な理由によってな。だから放っておくと一番経済活動が盛んな地域に勝手に集まる。それが東京なのさ。韓国のソウルなんて酷いもんだ。どちらも都市計画法の理念を軽く考えてるのさ』
キャッスルワールドには、人をバラけさせるような工夫はない。市街化区域も市街化調整区域もない。完全な自由だ。放っておかれているのだ。法的な歯止めが無い以上、人は経済活動が最も盛んな地域に集まりやすく、モトヤの考えではそれがイズマ湖周辺の港町だった。イズマ湖に面する港町は全部で5つしかない。マハーバリをおさえ、門を開放し、極端な税制を敷かなければ、あとは勝手に人が集まるハズだ……、とモトヤはふんだ。何といってもイズマ湖は「海路での物流」が盛んなのだから。
モトヤは、経済に関してズブの素人だ。簿記さえもよく分からない。だがそんなモトヤでも「陸路での物流」がキャッスルワールドにおいて如何に困難を伴うモノであるか知っていた。
まず、この世界には列車や車といった物は存在しない。馬車はある。ただ馬車といっても極めて馬に似たモンスターである。……ようは魔物使いにしか馬を扱えないのだ。道もない。数km、または数十kmおきに標識があるだけで、自分達で一から作らなければならない。(エリアをまたぐ城と城との間には不思議にも道らしき砂利道程度のものはある)
つまり、プレイヤーは通常どこに行く時も徒歩なのだ。それも道なき道をゆくのだ。(既にオリジンなどは自分達の道を作っているが)
アイテム欄に収納するという機能があるおかげで、それなりの重量だったとしても徒歩で他の街まで持っていく事は可能だろう……。だが遅いのだ。徒歩は遅いのだ。更にこれにある問題もプラスすることになる。モンスターの問題だ。基本的にモンスターは陸地のどこにでも生息している。陸を歩くということはモンスターとそれなりの確率で遭遇することを意味していた。つまり陸路は“遅い”うえに“危険”がつきまとうのだ。
その点、船での通航は移動速度が徒歩よりも段違いに早かった。確かにモンスターは湖にも生息しているのだが、陸での遭遇確率よりはずっと低かった。それに船を扱うのは腕の差こそあれ職業的な制約がない。船舶免許が必要なわけでもない。
最早比べるまでもないかもしれないが、キャッスルワールドにおいて「陸路での物流」と「海路での物流」では、「海路での物流」の方が圧倒的に優れていると言えた。つまり、4つのエリアに面しているイズマ湖が「物流の中心」になることは、云わば“必然”なのだ。となると、ゲーム内の現象において湖沿いの街に人口が集中している様も必然と言えた。
この状況と恩師の言葉を総合的に考えるならば……、物流の側面で優位に立つイズマ湖には人が沢山おり、人が沢山いるゆえに経済活動が盛んになる。経済活動が盛んになれば、少しでも豊かになりたい人が周りからそこに集まり、結果的に人口の密集地帯ができあがる。つまり、モトヤは『港町マハーバリは最終的に人口の密集地帯の一つになる』と予想していたのだ。
だから欲しかった。この街が……。
モトヤは、宿舎に戻ると「町長室」と呼ばれている部屋に入って扉を締めた。椅子に座り、背もたれに体重をかけた。肘かけにおいた右手を見た。3週間前に阿南を殴った右手だ。一般人を自分の許可を得ずに殺した阿南をモトヤは殴った。結局モトヤはその2日後に自ら阿南に謝りに行った。「元日本陸軍組」がゴッソリ抜ける危険性を思っての行動だったのだが、どちらかといえばそれ以外の感情がそうさせた。元はと言えば自分の計画の甘さが問題であったのだ。自分の失敗を部下に尻ぬぐいしてもらった……。純粋に己を恥じたのだ。すまなかったと。だが、阿南はこう答えた。
『別に殴るのは良いのです。ただし、吾輩と約束してください、積極性を失わないと……。モトヤ殿の長所は戦術や策略の巧みさにあります。慎重のあまり自分を見失うことだけはあってはなりません』
一度のミスで弱気になるな。そういう意味なのだろう。
だが、阿南が殺したのが、もしもジュンだったならば……、モトヤは阿南を許さなかったにちがいない。自嘲気味に笑う。自分はなんて身勝手な人間なのだとモトヤは思った。3週間たった今では、むしろ阿南の行動こそが「M&J」を救ったとすら思い始めていたからだ。自分と大切な人の命以外は気にならない。人とは元来そのようなモノなのかもしれない。モトヤは、このゲームに囚われてからそのように考える事が多くなった。今まで囚われていた常識とはなんだったのか……。むき出しの命や感情を目の当たりにし、全てが引っくり返される気持ちだった。
例えば安全1つとっても日本とキャッスルワールドでは大きな違いがあった。現実空間では日々の買い物で一々気を張る事はない。お金をいつの間にか盗まれる心配もそれほどないし、通り魔に遭う確率はもっと低いだろう。だから、気を張らなくてもいい。だが、キャッスルワールドではいつも意識のどこかで気を張ってなくてはいけなかった。様々な事が考えられたからだ。買い物中に、横から武器を突きつけられたり、売り物を買いに来た客が、店主に向かって突然全財産をよこせと迫ってきたりと、可能性を考え出せばキリがなかった。死と危険。現実空間の“日本”に居た時に感じていなかった剥き出しの暴力がキャッスルワールドには常に溢れるほど存在していた。
この暴力と死を濃厚に感じれば感じるほど、自分が重要だと思う人以外の他人の命に関心がなくなってゆく、そう思えた。更にそれが仕方がない様なことに感じてきていた。確実にキャッスルワールドに染まって来ている……、モトヤはそう感じていた。
ふと思った。もしも、竜虎旅団から逃げ出す時、エルメスが死ななければ……、この世界はどうなっていたのか。皆で一致団結し、安田将軍にゲームの見直しを迫れたのだろうか? 自分はこんな非道な人間にならなかったのだろうか? ジュンは死ななくて済んだのだろうか? この世界は――。
コンコン。
不意に「町長室」の扉が鳴り、モトヤは我に返った。誰だ? と尋ねると、私ですよ、という返答が返って来た。それとほぼ同時に目が隠れるくらい前髪が垂れている男が「町長室」に入室してきた。
「お手紙ですよ。モトヤさん」
そう言って前髪が垂れた男はモトヤに二通の手紙を渡そうとした。モトヤは手紙をもらうため手をのばすが、突然引っ込められた。
「……何のつもりだ? アストラ」
モトヤが睨むと、アストラと呼ばれた前髪が垂れている男は軽く微笑み、爽やかに言った。
「中身を見せてもらえます?」
「断る」
モトヤの返事は早かった。だがアストラはめげない。
「一通は恐山近くに小屋を建てろと命令されていた畑中さんから……、もう一通は見慣れない名前ですが情報屋からの手紙ですか? ……恐山にはミシャラク城がありますね。もしかしてこの二通はミシャラク城と何か関係が?」
「…………」
「ノーコメントですかモトヤさん。でも否定しないという事は白状したという事と同じですよ」
モトヤは、目を瞑り大きく溜息を吐く。
「お前……、自分の立場が分かっているのか?」
モトヤの質問にアストラは不敵に笑う。
「ははは、もちろんですとも。私が必要だからでん助さんに大金を支払い、私をヘッドハンティングした……。そうですよねモトヤさん?」
「少し認識が違うな。オリジンに追われているお前を俺が保護したんだ。正確に言えば保護していたでん助から買い取ったんだ」
「大体合ってるじゃないですか」
半笑いでニヤついた顔を浮かべるアストラをモトヤは睨んだ。今度はアストラが溜息をつきドアにもたれかかった。
「モトヤさん……、私はね別にミシャラク城を占領するクラン『源氏』側についたっていいんですよ。この命が保証されるならね。オリジンがくだらない指導者狩りなんて始めるからこんなに肩身が狭くなって……誤解だと言ってもアイツ等聞く耳を持たないですしね。まぁとにかくミシャラク城を保有する源氏はモトヤさんよりも私をオリジンから守れる能力を持っている筈です」
このアストラの台詞にモトヤは不敵に笑う。
「ふふふ、大丈夫だ。もうじきあの城は俺のモノになる。俺のこの言葉が本当かどうか見定めてから源氏に鞍替えするか決めても遅くはないだろ?」
今度はアストラが笑った。
「ははは、確かに」
そう言い残しアストラは「町長室」から去っていった。
アストラが去った町長室の扉を見つめながらモトヤは呟く。
「いでよ、シャドウ」
すると、モトヤの目の前に暗い穴が出現し、そこからモトヤの影をかたどったモンスターが出現した。モトヤはその影に命令した。
「シャドウ。アストラを見張れ。もしアストラが街の外へ出ようとしたならば、真っ先に俺に知らせろ。いいな?」
「◆ΔΦΨ」
シャドウは、承諾の言葉らしき音を発すると室内から消えた。
モトヤは、また背もたれにもたれ掛かかった。
「ふぅ……。まったく……落ち着け俺……」
モトヤは、イラつきながらも。自分に暗示のように言葉をかける。万が一にもアストラに逃げられる様なことがあるならば、ミシャラク城を攻略する為の大事な鍵を失う事になる。それだけは避けなければならなかった。
いっそ誰かに打ち明けたかった。アリスにでも……。モトヤは頭を左右に振る。秘密はどこから漏れるか分からない。秘密が絶対に漏れない方法は1つしかない。自分以外は知らないということだ。
モトヤは、大きく息を吸い、吐き出した。
ミシャラクエリアに住むほとんどの者は、このエリアの主を交代させる巨大な陰謀が動いていた事に気付いてすらいなかった。




