第060話 ある日
モトヤ達は模擬戦が終わったのちも変わらず今までの拠点であるミシャラクエリアの街「ベネディクト」にいた。これには理由がある。
それは「クランが統合されたとしても自分達が今までおこなってきたビジネスを優先させる」という約束がモトヤと阿南とフィオナの間で交わされていたからだ。阿南率いるクラン「日本陸軍」もフィオナ率いるクラン「ミロクスター」も元々ベネディクトに拠点を置くクランで、それぞれビジネスを行っていた。「ミロクスター」はベネディクトの街で商人の用心棒を営み「日本陸軍」は傭兵業を営んでいた。これらを優先させるという事は必然的にベネディクトに本拠地を構え続ける事を意味していた。では、なぜビジネスをしなければならないのか……、それはキャッスルワールドには「SP値」というものが存在するからだ。既に1章で説明したが「SP値」とは腹の減り具合を表すメーターで、これがゼロになった場合は死に至るのだ。なので、キャッスルワールドは日々ゴールドを稼いで食品を買って食べることをしなければゲーム終了時を待たずに死ぬ仕様になっている。何とも現実世界みたいな話なのだが、そのせいもありモトヤは両クランを「M&J」に統合する際、このような約束をフィオナと阿南と交わしたのだ。
『今までと変わらない生活ができる事を保証する』
つまりクランが統合されたとしても“日々の生活に変わりが無い”ことが両者と両クランに所属する人々の望んだ条件だったのだ。
ガンッ!!
フィオナは勢いよくテーブルに手を叩きつけた。
「モトヤ!……つまりこういうかい? アタイ達と約束はしたが、それを破るって!」
「あ~どうしてそう悪くとるかな? フィオナそういう事じゃない。そういう事じゃなくて……より良い選択肢を選ぶべきだという話をしてるんだ」
「ふざけんじゃないよ、約束を守りな!!」
モトヤ達が以前から本拠地にしていたベネディクト街の一角にあるコテージのダイニングルームのテーブルを挟んでモトヤとフィオナが激論を交わしていた。アリスは、同じテーブルに席を並べているが、特に発言はしていない。議題は「本拠地の移転について」だ。モトヤは、本拠地をもっと金がもうかる場所に移動すべきと主張し、それに対し「約束と違う」とフィオナは喰ってかかっていたのだ。
アリスは、暑苦しく激論を交わす二人を尻目にお気に入りの紅茶を一杯飲む。すると、うっとりする感じで「はぁ」と甘い息を吐き出し、少し頬が赤くなった。こんな議論の最中なのに少し幸せな気分になるのはアリスの乙女の部分がそうさせているのかもしれないが、アリスとしてはモトヤの唱える案に賛成だった。モトヤが移転先に主張したのはイズマ湖に面した「マハーバリ」と呼ばれる港町で人口が非常に多い。イズマ湖は交通や物流の要所として人が集まる場所なので必然的に湖の周りにある港には人が集まりやすい。それにモトヤの話を聞くとここを1クランのみで支配するという話だった。本当にそれが可能であるのならばそうした方がいい。アリスはそう思っていた。
だが、フィオナは頑としてこれを聞き入れなかった。
「今のベネディクトの用心棒の仕事はアタイ達が苦労して手に入れたもんなんだ! もしもアタイ達が去ってみな! あのゴルドフの糞にすべての金を渡すようなもんだろ!!」
ゴルドフというのはベネディクト街におけるNO1の用心棒クランのリーダーの名前だ。フィオナはキャッスルワールドに来てからのほとんどの時間をこいつと商人の用心棒の職を奪い合うことに捧げていた。いわばライバルの様な関係にあった。そんなフィオナにとって本拠地を移動するというモトヤの案は、いわば自分達の保護している商人からの利益を黙ってゴルドフへ差し出すのに等しかった。この敗北に似た行為にフィオナは激しく抵抗していたのだ。
アリスは、もう一杯紅茶を飲みながらこう思った。フィオナの気持ちも分からないではない。だが、だからといってそれが最善とは限らない。アリスは、思い切って二人の議論に割って入った。
「あの、アタシからもいいかしら?」
モトヤとフィオナの視線がアリスに集中する。アリスは、フィオナの方に顔を向け喋った。
「フィオナ……臥薪嘗胆ってやつよ。そのゴルドフってヤツがムカつくんでしょ? でも考えてみて、モトヤが言ってる案の方がミシャラク城を獲得する為には近道なのよ。今はこちらが利益を相手に与えるだけだけど……城を複数とってエリア全土を支配するようになれば、ゴルドフの方がフィオナを頼ってくるわ。“昔の顔みしりだからクランに入れてくれ”って感じでね。そうすればゴルドフの命はフィオナ次第……その為に今は最善の道を選択すべきよ。そうなった時のゴルドフの顔を見たいと思わない? きっと懇願する負け犬の顔をしてるわよ」
アリスは、言い終ると少し“それ”を想像するように含み笑いをする。フィオナは、そんなアリスを見て「少し考えさせて」といいダイニングルームから去って行った。このあまりのフィオナの呆気なさにモトヤは驚いたらしく溜息でもつくように声を発した。
「すごいな……あんな簡単にフィオナの心を動かすなんて……」
その素朴すぎるモトヤの声がアリスの耳に届いた。アリスは少し考える。ひょっとしたらモトヤにはリーダーの素質はないのかもしれないと。アリスから見るとフィオナという人物は非常に分かりやすい人物だった。気が強く、負けず嫌い。自分のプライドと自分の利益が一番大切で、そんな彼女にとって基本的に他者というモノは自分を引き立てる為の道具にすぎなかった。他者から命令されるのも、他者に自分の利益が行くのもまっぴらごめんなのだ。だがこの我の強さゆえにあそこまでの力を手に入れたのだろうとアリスは思った。一流アスリートもそのような性格の人が多い。絶対に他者に負けたと言う事実を受け入れたくないのだ。恐らくモトヤに負けたことでさえ面倒な業務を引き受けさせたと自分を納得させた上での事だろう。ならばモトヤが提示する道がゴルドフへの勝利への道だと思いこませることが、恐らくフィオナの理屈の中では最もしっくりくるハズだとアリスは想像し、それがあの言葉になった。それに対し幼児の様な眼をするモトヤにアリスは少し不安になった。恐らくこういう事なのだろう。
==モトヤは、リーダーとして一番重要な、人と人との調整機能に優れていない。少なくとも理屈で相手を言い負かすことは出来るが感情の部分でやや鈍感なところがある==
アリスは、思わずドムの完璧さを思い返さずにはいられなかった。ドムは人格的、能力的カリスマ性を帯びていて、何故だか知らないが人の心が読めるように人を温かく包んだようなところがあった。アリスの元居たクラン「ストリーム」の人々はそんなドムに心服し、積極的に奉仕した。それに比べるとモトヤは酷く能力だけに偏った男だった。少なくともアリスにはそう映った。ということはそれを補う人材が必要だった。だがそんな人材に心当たりは無い。つまりそのスペシャリストであるプレイヤーがクランに加入するまでは自分という存在がモトヤの欠点を補わねばならないとアリスは思った。
「こういう仕事は今後アタシがするわ。マハーバリにも恐らく武力を頼みとするクランが居ると思うし、モトヤはそれを倒す策を組み立てて」
「おう……分かった」
この現象は主従の逆転に近いところがあったが、この面倒なことを引き受けるのも、全てはアリス自身が生き残るためだった。
その後アリスは、モトヤと短く打ち合わせをすると別室にいたパプアの所まで行きパプアに阿南を連れてくるように頼んだ。今夜中に阿南だけでも味方に引き入れるべきだとアリスが判断したからだ。パプアは小言を呟きながらも阿南を呼ぶためにコテージから姿を消した。
「……」
空白の時間ができた。
アリスは、モトヤに目をやる。
実はアリスは、模擬戦以来どうしても気になっていることがあった。それはモトヤの模擬戦で見せた「戦い」についてだ。アリスにとって「戦い」というのは基本的に前衛と後衛ぐらいしか決まっておらず、あとは個々の判断に委ねられるものだった。ドムがそういうスタイルの持ち主だったせいもあるかもしれないが、とにかく「戦い」とは“個人に委ねられるもの”だった。だからこそ気になったのだ。モトヤの戦法……戦術とでも言えばいいのだろうか? あの集団を重んじる戦闘は……アレはいつどこで覚えたものなのか。それを知りたかったのだ。
「あのね、モトヤ……、模擬戦の戦い方……戦術っていうのかしら……アレってどこで習ったの? 確か軍隊を指揮したのもアレが最初よね?」
アリスは、正直不思議で堪らなかった。あのモトヤの戦術を見てるといつの間にか自分の使う魔法以上の魔法を見ている気になるのだ。モトヤは少し窓の外に目をやり答える。
「ああ……そのことね……」
一応本人も戦術などに関して疑問に思われてるという自覚はあったようだ。するとモトヤは何やらアイテム欄から色々と本を取り出しアリスに手渡してきた。アリスは、それを受け取るとまずタイトルをみた。
【キャッスルワールドで起きた戦いの記録一覧】
それを見てアリスは、まずどう反応していいか分からなかった。この本がどうしたというのだろう? アリスの表情を見てか見てないかは分からないがおもむろにモトヤは喋りだした。
「アリスが持ってるその本は、キャッスルワールドにおける詳細な戦闘を記録した本だよ。“戦史”と言ってもいいかもしれない」
――戦史? 戦闘の記録?
アリスの頭の中ではモトヤがどういうつもりでこの本を出したのか……それを考えていた。時々街の至る所で“本”というモノが売られている事は知ってはいたが、アリスは関心を示した事はなかった。なので、そんな本があったという事実をはじめて知った。モトヤは話を続ける。
「他にも色々、古代ギリシャ時代の戦術の本……こっちは戦国時代の野戦術かな? で、こっちは攻城戦の歴史みたいな本で……まぁそんなのが詳しく書いてある」
モトヤはそのまま喋りつづける。
「キャッスルワールド戦史以外の本はどれも現実の世界の戦術を書いた本なんだ。だけど俺はそれを参考にして、この間の模擬戦の戦術を組み立てた。まぁ色々説明するけどさ、このキャッスルワールド戦史を見てて俺はあることに気付いたんだ……。それは人生スキルとか個々の職業スキルがあるせいで“個として戦い”が先立ってるな……ってね。それでだ、あの老中の真壁の言葉を思い出してくれ」
現実の戦術だったのかと納得しようとしてた所に、いきなりモトヤから老中の真壁の名前を出されたことでアリスは思わず「え?」と言った。頭がモトヤの話の展開に追いつかない。その話がコレとどう関係あるのだろうかとアリスは思いつつも言われるがままに真壁の言葉を思い出そうとする。どうもあの時はパニックになっていて、ある程度の状況は覚えているのだが話の内容となると所々しか覚えていない。確か日本人の精神がどうだこうだの言われ、その後ルールの説明があり……それだけだった気がした。
アリスは、“言ってる意味が分からない”……という目をモトヤにした。するとモトヤが更に得意げになりある言葉を洩らした。
「おぼえてないか? 『共に乗り越えなければゲームクリアは出来ません』と言ったんだ」
モトヤは更に続けた。
「そして真壁はこう言葉を続けた。『裏切り、裏切られ、共に生き、共に死に。そうすることで最終的にゲームクリアをすることを願っています』ってね。つまり、このキャッスルワールドというゲームは最初から“集団戦を想定したゲーム”なんだ。で俺は思ったわけだ。集団戦が最初から想定されているにも関わらず、それ用の戦い……つまり戦術を用いるクランというのは非常に少ないぞってね」
得意になってるモトヤは、饒舌になりマシンガンのように続きを喋る。
「あとこうも思ったわけだ。最初から集団戦であることを提示している以上、集団戦向きの戦術というものがあると……でも考えてほしいのは集団戦の戦術を編み出すことなんて並大抵の作業じゃない。それこそ世紀をまたいで発達するような非常に高度なものだ。それにここはゲームの中だ。ゲームの中だけの現象があり、それに沿ったものじゃなければ効果を発揮しないとする。じゃあたった1年という期間の間にそれを生みだす事ができるのだろうか? 俺は違うと思った。つまりだ、それはこういうメッセージなんじゃないか? “既存の戦術を使え”というね」
アリスは思った。こういうのを何というのだろう? 『コロンブスの卵』とでも言えばいいのか……。そうなのだ。城という攻略目標がある以上集団で戦うということは当たり前なのだ。クランという単位でクリアできるルールといい、集団で戦うというのは言わば当たり前のことなのだ。モトヤは当たり前のことを言っているに過ぎない。だがそんなことアリスは一度も頭をかすめた事がなかった。恐らくゲームの中にいるという意識がそうさせていたのかもしれない。アリスはこんな簡単なことに気がつかなかった自分が不思議だった。
そんな微妙な表情するアリスの視界に動物の罠らしきものをアイテム欄から取り出すモトヤが映る。それはクラン「りっちゃんと一緒」時代にモトヤが作った罠を張りモンスターを捕まえる道具で【モトヤスペシャル】とモトヤが命名したものだった。
「俺の親友が言っていたんだが。既存のゲームには罠を張ってモンスターを捕まえるという事自体がそもそも無いそうだ。この現象はむしろ現実に近い……つまりあらゆる“現実に近い”と思わせるクオリティの高さはこう俺達に説明してたんじゃないのかな? “この世界のほとんどは現実世界と同じルールだぞ”って確かに特殊なスキルとかそういうモノを使えたりするんだが、ゲーム仕立ての現実をそのまま提供したんだとは考えられないか? とすると。“現実の戦術”もそのまま使える可能性があるんじゃないか? と思ったんだ」
アリスは、再び同じ言葉を思い浮かべた。
『コロンブスの卵』
リアルすぎるクオリティはそういう事を示唆していたのかと……。確かに現実の戦術の本があったとしてもそれをそのまま当てはめて行動するとは普通は思わない。なにせこれはゲームだからだ。ゲームである以上ゲームのルールが有効である。誰もが考えることだ。いやゲームに親しみがあればこそ、そういう結論に行きつく。だがこのクオリティの高さは……そういうことだったのか……。
アリスは、思わず問いかける。
「いつから? いつからその可能性に気付き始めたの?」
モトヤは目線を下にする。
「きっかけは前のクランに居た時だが……完全に気づいたのはジュンが死んでからだな……クソ……せめて……もう少し早く……俺が……」
モトヤの無念さと怒りが滲み出た瞳を見て、アリスはむしろこの戦術の根本に気付いた。
モトヤが短期間でここまで色々なモノを身につけた原因は気づきもあったのかもしれないが、恐らくそれを上回るほどの覚悟と後悔の深さがモトヤを恐ろしい男へと変貌させたのだ。
「分かった。話してくれてありがとう。モトヤの戦術の知識がどこから来たかわかったわ」
アリスのこの言葉に対しモトヤは「そうか……」と言ったきり喋らなかった。再び両者の間に沈黙が流れた。




