第054話 模擬戦(3)
今回は人物視点切り替えが激しいので★印で視点切り替えをさせてもらいます。基本的には★がついたら視点が切り替わったと思って下さい。
アソト山のでっぱりのある中腹――観客席には僧侶ナナ・阿南・アリス、それと折り畳み用の椅子に座り1人優雅に戦況を見守るでん助がいた。奇妙な図である。ナナも阿南もアリスもでん助のことはよく知らない。その男が自分達と同じ場所で観戦しているという違和感……。
アリスはでん助の方をチラッと見た。でん助は食い入る様に戦況を眺めていた。アリスはそのでん助の真剣な眼差しからでん助の目的が分かった気がした。恐らくでん助は自分の商売でこけた場合を想定し、モトヤが保険をかけるのに相応しい人物なのかを見極めようとしているのだ。それはアリスも同じだった。この模擬戦で自分のリーダーとなる者の能力を見極める。ここに集まった人々は多かれ少なかれ同じ想いなのだ。自分達の未来を最も頼れるものに委ねたいのだ。ゆえにアリスは戦いの一部始終をこの目に焼き付けなければいけなかった。これはアリスの自身の生死がかかった問題なのだから。
アリスは……大きく息を吐き視線を模擬戦の戦場である「ナギ」へと戻した。
★
その頃フィオナの下にはある重要な一報がもたらされていた。
渓谷の谷底を見下ろせる山に入る道を斥候の一人が見つけてきたのだ。この一報を聞いてからのフィオナの行動は早かった。
「Aチーム!! 全軍アタイについてきな!!」
フィオナはこの勝負は時間との戦いだと思っていた。モトヤが渓谷の谷底部分を通過しているという情報が最初に入ったのは20分程前、モトヤがまだ谷底にいるのであれば谷底を見下ろせる山からの攻撃が可能だった。もしも谷底にいなかったとしても、そこから次の進軍先を考えれば良い。これがフィオナの思考法だった。とにかく目の前に出されたチャンスには全力で喰らいつく。フィオナはチャンスの意味をよく分かっていた。実際の戦いにおいてチャンスというものはそう頻繁に降って湧いてこない、それを座して見送る者に決して幸運は訪れない。ゆえに『チャンスの神様には前髪しか生えていない』と言われるのだ。
「行くよ!! オラ!! 遅れるんじゃないよ!!」
フィオナの檄がAチームに響く。Aチームは一直線に斥候が見つけた山道へ入って行こうとしていた。
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アソト山の中腹にいるアリスは、このAチームの動きを見ていた。アリスが見つめる先には川が流れる谷とその谷底を見下ろすように2つの山が左右にそびえ立っている「渓谷」があった。いやこれは最早渓谷と表現するのはおかしいかもしれない……「峡谷」とでも言えばいいだろうか? それほどそこは勾配がきつい谷だった。なので山が二つあるというよりも平地に突然割れ目が出来ていると表現した方がいいかもしれない。だがこの平地……いや左右の山は高さには若干の違いがあった。アリスから向かって左の山の方がやや高く、右の山の方がやや低いのだ。その斜面にも特徴があり、左の山は切り立った崖のような岩肌が続き、アソト山から見る限りとても昇れるような山には見えなかった。だが右の山は木や草も生え、その気になれば昇れるような斜面であるといえた。そしてこの山と山との間は約40mくらいだろうか? そのぐらいの幅しかなかった。これは一般的な谷と比べてもかなり狭い方だと言えるだろう。
なぜこんなことを詳しく説明しているかと言うとアリスは自分の目が信じられなかったからだ。アリスは何もフィオナのAチームの行方だけを追っていたわけではなく、モトヤのBチームの動きも追っていた。だからこそ“Aチームの動き”に疑問を感じたのだ。何故Aチームは“そこ”に向かって動いているのかと……。
Aチームはアリスから見て、向かって右の山の山道へ入って行ったのだ。
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フィオナ達Aチームは山道を猛ダッシュで駆け上がってゆく、このフィオナの大地を蹴る強さは尋常ではなく、それがフィオナの猛スピードを生みだしていた。フィオナの職業は戦士である、なので通常は走るスピードは遅いハズなのだが……どこかステータスが壊れているのか、自慢の青い髪をたなびかせフィオナは集団の先頭にたって山道を軽快に昇っていった。ここでフィオナは全員に命令を伝えた。
「弓と矢を持ってる奴だけでいいから、走りながら装備しときな!」
フィオナの命令を受けた数十人は早速走りながら弓と矢を装備しはじめる。フィオナは谷底を見下ろせる山についたと同時に矢を射るつもりだった。そうすることで勝利をもぎとるつもりだったのだ。もしも、この奇襲でモトヤのBチームに勝てるならフィオナは2戦を2勝で終える事になる。それは100人のリーダーにフィオナが就任することを意味していた。フィオナは自然と悪魔のような笑みを浮かべる。この笑みはフィオナが大勝利を確信している時に現れる笑みで、傍らにいるオドムはそのことを知っていた。
「おい! 野郎共! 姐さんが笑ってるぞ!! この戦い大勝利間違いなしだ!! 気合い入れろよ!! 姐さんの期待にこたえるぞ!!」
「オウ!!」
「まかせて下さいよ姐さん!!」
Aチームの士気は最高潮に達した。そして、ようやく谷底を見下ろせる場所にあと数十mで到達するところまで来た……フィオナは目を細めた。ちょうど谷底を見下ろせる場所の手前に6~7mの裂け目があった。いや、裂け目というには深かった。落ちたら死ぬ。そう確信させるだけの裂け目だった。フィオナは、一瞬この裂け目を飛び越えてやろうかとも思ったが、良く見ると、運良くその裂け目に吊り橋が架かっているのが見えた。
――ラッキー!!
フィオナは、迷わず吊り橋を一気に渡り、走りながら矢をつがえ弓を引いた。そして、山頂付近に到達すると、滑り込むように谷底を見下ろし矢尻の先を谷底に向けた。
……だがそこにはモトヤのBチームは影も形もなかった。フィオナは弓を引く手をやめた。どうやら勘が外れたようだ。既にモトヤのBチームは谷底を通過してどこかに行ったらしい。フィオナに遅れてAチームの全軍が吊り橋をわたりフィオナの下にやってきた。一様に士気がみなぎり矢をつがえようとしているのだが、フィオナは彼らに向かって手を縦にし、左右に振った。
「ダメだ……当てが外れたみたいだね」
フィオナがAチームの前でこう呟いた直後にそれは起こった。
今さっき渡ったばかりの吊り橋が切り落とされたのだ。
「なんだい??」
フィオナは叫びながらも直感的に状況を理解した。これは「罠」だと。
「マズイ!! 盾を構えな!!」
フィオナが言い終る前に雨の様な矢がフィオナ達に向かって降り注いできた。突然の矢の雨にAチームは大混乱に陥った。フィオナは間一髪この矢を避ける。矢が仲間と地面に突き刺さった。フィオナは素早く盾を取り出し、頭上に掲げた。盾から矢が刺さり続ける感触が伝わって来た。
――Bチームはどこだ?
視界が狭い。フィオナは吊り橋方向を見るが、そこからは何も攻撃されているようには見えなかった。
――後ろじゃない? となると前か?
フィオナは、首をぐるりと180度回転させ、前――向かい側の山を見た。それは“向かって左の山”と先ほどアリスが解説した場所で、右の山から20mほど高い位置に山頂部分があった。フィオナはやや上を見るような格好で、山頂部分を凝視する――が、どうも向かいの山の山頂部分はこちら側に向かって出っ張ったようになっていて敵の姿が見えない。だがここにモトヤが……敵がいることは間違いないように思えた。だが同時に疑問も湧き上がる。どうしてあそこにモトヤがいる? 左の山に続く道など無かったぞ。頭を振った。今は目の前の状況に集中するしかない。
「お前達!! あそこに敵がいるよ!! 攻撃しな!!」
フィオナが絶叫している間にも、その山からは絶え間なく矢が降り注いでいた。ここでは矢を受けるだけと思ったフィオナは撤退する為に後ろを見る――が、吊り橋以外に退却路がないことに気がつく。となると、やはりここで敵を倒すしかないのだ。
「射返しな!! お前等なにやってんだい!! 射返すんだよ!!」
フィオナはAチームを激しく叱咤する……しかし、Aチームはあまりの矢の量に攻撃する事も退却することもできず、その場に留まりかろうじて矢を盾で防ぐしかない者で溢れかえっていた。そうこうしているうちにアソト山の中腹からモトヤのBチームの勝利を告げる旗が振られた。この旗が振られた事で雨のように降っていた矢がピタリとおさまる。この激しい矢雨が止んだことでフィオナは頭をあげ自分の率いたAチームの様子を見まわした。フィオナは素直に驚いた。×印だらけだったのである。
モトヤ率いるBチームの圧勝だった。
この圧勝劇に味方のであるはずのBチームの面々も驚いていた。特に谷底で戦況が見えないままだった畑中にとってみれば狐につままれたような気分だっただろう。
「マジに俺達が勝ったのか?」
畑中は不思議がって近くの味方に何度も勝利の確認をした。しかしその近くの味方も畑中以上の情報は何も知らない。アソト山の中腹からの自分達のチームの勝利を指し示す旗が見えた。ただそれだけなのだ。
何もせずに勝ってしまった。畑中はそう思っていた。畑中がやった仕事といえばただ大盾を持って渓谷の入り口付近に立っていただけである。なのに勝ってしまったのだ。この状況に畑中は得体の知れない気持ち悪さを覚えた。
「何だよアイツ……何なんだよマジで……」
★
このモトヤの圧勝劇は戦っていた当人達が驚いていたことも確かだが、それ以上にギャラリーの面々はもっと驚いた。特につぶさに戦いの行方を見守っていたアリスは驚きを隠せなかった。
「どうして?」
アリスは、今起こった出来事を振り返ってみることにした。まずBチームは西側の山々が連なる所の特に切り立った「峡谷」の谷底部分に入って行った。そこからアリスにはBチームの行方が見えなかったのだが、峡谷内に左の山の山頂へと続く道でもあるのだろう、十分もたたないうちにBチームは左の山の山頂付近にあたりにひょっこり姿を現し、そこに陣を張ったのだ。アソト山から見ると切り立った崖があり山頂に近付く事は不可能かと思われた左の山だったが、渓谷内から見ると左の山の入って行けるポイントがあるらしかった。
アリスはここにモトヤが陣を張った目的を「防御の為」と読んだ。この左の山の山頂に辿り着くには恐らく「峡谷」の中にあるであろう山道を通るしかない。となればモトヤが陣を張る場所に辿りつくには必ず峡谷の中を通らなければならない事を意味する。つまり、Aチームが峡谷を突き進む間と山道を昇る間は、Bチームは好き勝手矢を射ることが出来るというわけだ。モトヤは、この時点でかなり有利な地形を先に占領したと言えるだろう。
だが、こういう地形を利用した防御陣を敷く事は必ずしも野戦において成功とはいえないことが多い。それは何故なのか……アリスはドムが居たクラン「ストリーム」で何度も野戦を行った為に、その欠点が痛い程よく分かる。つまり、あまりにも防御に適した土地を選ぶと敵はそこになかなか近づいて来てくれないのだ。アリスはモトヤが左の高い山に陣を敷いた時点でこの戦いは持久戦になると予想した。だが戦いは1時間限定だ……となると痺れを切らして軍を動かした方が負ける。十中八九そういう展開になると思っていた。
だが、モトヤの兵の配置が気になった。モトヤは、山頂に陣を張った後、その中の数人を峡谷の入り口付近に立たせたのだ。兵は一様に大盾を持っていた。この人数の少なさにアリスは首を傾げた。峡谷内の防御が薄すぎる気がしたのだ。
Aチームが峡谷の中の道に入るにはこれら数人を蹴散らすだけで良い。このモトヤの失策にフィオナが気づけば、フィオナの行動次第ではモトヤを倒す事もできるかもしれない……。アリスはそう思った。
だが、ここでアリスの予想外の出来事がおきる。それはフィオナが峡谷の中に進軍せず、包囲するのでもなく、右の山を昇り始めたことだった。先ほども説明したが右の山の山頂は左の山の山頂よりも少しばかり低くなっていて、モトヤが弓を射る為に準備している左の山から見ると谷底に射るよりも大量に確実に矢を射れるポジションにあったのだ。アリスの目にはまるでフィオナが自ら矢を射られやすいポジションに移動しているようにさえ見えた。そしてAチームの全軍が吊り橋を渡ると待っていましたとばかりに吊り橋が切り落とされ、Aチームは左の高くなっている山からBチームの矢を一方的に受け、敗れてしまったのだ。
「Aチームはどうしてこんな選択をしたの?」
アリスが予想できなかったのはモトヤのBチームの動きではなくAチームの動きだった。まさかこんなに早く決着がつくとは思っていなかったのだ。
アリスは意を決して一人アソト山を下山する。そしてAチームが最初陣を張っていた所まで来ると“あること”に気付いた。アソト山の中腹あたりからだとモトヤが陣を張っている場所が見えたのだが、いざアソト山から少しでも降りて行くとモトヤが陣を張った左の山の山頂のあたりが見えなくなっていたのだ。そして、当然ながら狭くなっている渓谷の入り口付近からは渓谷の中の左の山に入る山道は見えるハズもなかった。正面から見えるのは、右の山に昇る為の山道しか見えなかった。
「つまりフィオナが見えていたのはBチームが谷底に入って行くところだけだった?」
となると、右の山の山道を昇り高所をから攻撃しようというのは至極まともな戦術ということになる。フィオナは当然の動きをしただけなのだ。モトヤはそれを予想し、はじめからあそこに陣をひいたのだ。だがここで一つの疑問が湧き出てくる……。もしも、モトヤがフィオナよりも先に「ナギ」を出発して左の山に布陣する……となった時にフィオナがアソト山の観客席で待っていたら全てが丸見えになるのだ。結果的にはフィオナが先に出発することでモトヤは陣を張る所を見られずに済んだのだが……。これは偶然なのだろうか?
――あ?
ここでアリスはある出来事を思い出した。
モトヤはアソト山の観客席でアイテム欄から取り出した薬草の袋を盛大にぶちまけたのだ。そのおかげでモトヤはBチームに薬草を食べさせるのが遅れた……。結果的に薬草を先に食べ終わったフィオナは先に動いた。もしも、この時にフィオナが先に動かなかったとしても絶対に同時スタートをしていたに違いなかった。つまりモトヤだけが出発するという状況を回避できるわけだ。
「なんて奴なの……薬草をぶちまけた事も計算の内だったの?」
すると不意に後ろからでん助の声がした。
「いや、多分それだけではないですね……」
いつの間にかアリスの後ろにはでん助も来ていた。でん助もフィオナの目線の高さを知りたかったに違いない。でん助は、盆地の中心を指さした。
「見て下さい。モトヤさんのBチームはこの地形にいるもの全てが目につく盆地の中心の草原のあたりを行軍しました。あれはBチームの動きをフィオナさんに捕捉させる為でしょうね。そもそもモトヤさんが考えた作戦はフィオナさんに自分の行軍ルートを知らせないと意味のないものになるでしょうから」
アリスもでん助に言われてハッとした。確かにその通りなのだ。モトヤの作戦はBチームが渓谷に入って行ったことを相手に知らせないとそもそも成り立たないのだ。
ここでアリスの横に来たでん助が突然笑い始めた。
「ふふふ、ははは。アリスさん。ひょっとすると我々は物凄く幸運なのかもしれませんよ?」
数秒の沈黙が二人の間に流れたあとにアリスは唾をゴクリと飲む。
これが後に「王」と呼ばれる男の才能をアリスが最初に目撃した瞬間だった。
加筆箇所
・その斜面にも特徴があり、左の山は切り立った崖のような岩肌が続き、アソト山から見る限りとても昇れるような山には見えなかった。だが右の山は木や草も生え、その気になれば昇れるような斜面であるといえた。
・だが同時に疑問も湧き上がる。どうしてあそこにモトヤがいる? 左の山に続く道など無かったぞ。頭を振った。今は目の前の状況に集中するしかない。
・アソト山から見ると切り立った崖があり山頂に近付く事は不可能かと思われた左の山だったが、渓谷内から見ると左の山の入って行けるポイントがあるらしかった。




