第053話 模擬戦(2)
阿南の声が飛ぶ。
「吾輩はこの結果に納得がいかん!!」
叫ばれた僧侶ナナは右往左往するばかり。
「あわ……あわあわ」
阿南のセリフを自分への侮辱と感じ取ったのか、フィオナは声を荒げた。
「うるせーなクソジジイいい加減負けを認めな!!」
アソト山のでっぱりのある中腹(観客席)で「ナギ」での「模擬戦・第一戦目」を終えた阿南とフィオナが「模擬戦・第一戦目」の勝敗の行方をめぐり、模擬戦を裁定していたナナに激しくつめよっていた。主にナナに抗議しているのは阿南なのだが、その抗議内容に抗議するようにフィオナは阿南の顔面近くに顔を寄せ激しく罵倒しているのだ。
一体、第一戦目において何が起こったのか……。
実は第一戦目は非常にシンプルな戦いだった。両軍は試合開始と共に山間に身を潜め、斥候を放った。そしてフィオナ率いるAチームの斥候が、潜んでいた阿南率いるBチームを発見した。この斥候からの報告を聞いたフィオナは、Bチームを強襲するべく行軍を開始する……が、このAチームの繊細さに欠けた行為はBチームの斥候に発見される要因となり、結局両軍向き合って真正面から普通に戦うという図式になった。
真正面から戦闘する以上、これは戦術の問題では無く個々の強さの問題となった。この結果、阿南のBチームの方が先に兵の過半数を失った。ここでフィオナ率いるAチームの勝ちが確定したわけであるが、どちらが勝ったか示す為の旗が上がるまでの数分の間にフィオナ率いるAチームはBチームの果敢な攻撃により大打撃を喰らい兵士の大半を失ったのだ。(ここでの兵を失うという表現はHPが半分になり頭の上に×印がでることをさす)
この時間差によって勝敗があたかも逆転したかに見えた原因は裁定者であるナナが勝利チームを指し示す旗をあげることが極端に遅かったせいであった。最初に兵の過半数を失ったのはBチームなのだが、それを確認し旗を上げ終わるまでの僅か数分の間に壊滅的な打撃を受けたのはAチームの方だった。通常の戦闘ならば阿南率いるBチームの圧勝と言ったところだろうが、ルール上勝っていたのはフィオナのAチームだった。ナナはルール通りAチームの勝ちと判定を下したが、この結果に阿南は納得いかず鬼気迫る勢いでナナに抗議したのだ。
「やはり吾輩は納得がいかん!! これはそもそもルールの方が間違えているのだ! こんな模擬戦のせせこましいルールでは本当の戦の勝敗などはかれるハズがない!!」
阿南は譲らなかった。モトヤは眉をへの文字に曲げどうしたものかと腕を組んで抗議の行方を見守っていた。だが、やがてこの小さな問題に時間をとられたくないという想いがモトヤの中で強くなり、ある折衷案を提案した。
「OK OK。あ~そもそも模擬戦は勝ち負けはあまり関係ないから!! リーダーの資質を見る為にやってることだし。ルール上の勝利はAチームで、本当の勝ち負けではBチームが勝ったということで、それでOK?」
このモトヤの如何にも適当な答えに阿南は大きな溜息をつき、それ以上抗議をすることを止めた。フィオナも急に馬鹿らしくなったのか、頭を左右に振りAチームのいる30mほど離れた場所に去って行った。
この様子を後ろから見ていたアリスはモトヤに見えるように自分の手首あたりをチョンチョンと指さした。“早くしろ”という意味だ。モトヤはこのアリスの冷淡な行動に少々嫌な気分がしたが、モトヤ自身早く次の「模擬戦・第二戦目」をするために折衷案をだしたのだ。アリスも同じ想いだったに違いない。
とりあえずモトヤは次の「模擬戦・第二戦目」の為の準備をする。モトヤはアイテム欄から大きな「薬草」と書かれた袋を取り出し、それをBチームの皆に配ろうとするが途中の道端でこけて薬草を大量に地面にぶちまける。Bチームの面々はそれを笑いモトヤはそれを“ごめんごめん”と謝りながら袋に戻した後に一人一人確かめるように皆に配っていく。皆それを一様に口に放り込みHPの回復をはかる。
3人のリーダーが最初に取り決めた約束。それは1戦1戦が終わるごとに、全員が薬草を食べ、次の戦いに臨むことであった。これは薬草を食べHPが回復する事によって3戦とも同じ条件でフェアに戦う為である。
「おーい! アタイのところはもういいぞ~~!!」
どうやらフィオナのAチームは全員が薬草を食べ終わったらしい。モトヤがこれから率いる予定のBチームはまだ全員に薬草を配り終わってなかった。
「こっちはもう少しかかりそうだ」
フィオナはモトヤの言葉を聞くと薬草の入った大きな袋をナナに手渡し「じゃあアタイ達は先に言ってる」と言い残し、Aチームと一緒に「ナギ」の中に消えて行った。
二戦目は確かにフィオナのAチームとモトヤのBチームとの戦いだ。だが同時に陣地からスタートするハズであるのに……これは少々ルール違反ではないのだろうか?
僧侶ナナはオロオロした顔でモトヤの方を見る。だが薬草を配り終ったモトヤはむしろケロリとした顔でBチーム全員に話し始めた。
「逆に都合がいいさ。今から皆にアイテムを配るのを見られずに済むしな。じゃあまずさっきの戦いで前衛部隊を務めた者はこっちにきてくれ」
阿南が率いる「日本陸軍」を中心としたメンバー「Bチーム」の前衛部隊はモトヤの前に並んだ。
「この中で防御力とHPの高い奴は誰になる?」
「俺ッス」
先ほどモトヤに質問した頭にそり込みをいれた特攻服の男「畑中」が手をあげた。
「では畑中君。この中から君が思うHPと防御力の高いメンバーを君も含めて6人選んでほしいんだけど」
モトヤの偉そうな態度に畑中はイラついた態度を見せるが、結局残りの5人を選抜し、6人がモトヤの前に並んだ。この6人にモトヤは衝撃の言葉を告げる。
「この6人には前衛部隊の任務を与える。他の全員は後衛部隊だ」
畑中を含めた6人は大きく口を開けて互いを見た。前衛部隊がたったの6人……畑中はキャッスルワールドで前衛として戦ってきた年季がモトヤとは違う。その畑中に言わせると前衛部隊の果敢な奮戦こそが戦線を維持するカギであり、また前衛が踏ん張らなければ後衛なんていとも簡単に崩壊することを知っていた。その前衛がたったの6人……素直に畑中はモトヤを戦闘の素人だと思った。
「モトヤさん……悪いけどアンタ戦闘の指揮をしたことってあるの?」
モトヤは頭を横に振った。
「ない、これが初だな」
畑中はモトヤのこの発言に頷きながら鼻で笑う。
「やっぱりな。なぁ教えてやるぜ、この人数じゃ戦線が維持できない。さっきもAチームの奴等とやりあったから奴等の実力は大体分かってる。これで奴等とやりあったら、あっという間にこっちが崩壊するぜ?」
モトヤはこの畑中の言葉に反応せずに無言で6人に対し大盾を配っていった。畑中は不審な顔つきで再度モトヤを見る。するとモトヤがまたも衝撃の一言を放った。
「前衛部隊の6人は一切攻撃しなくていい、その大盾を両手に持ちひたすら防御してほしい」
この現実感を欠いた言葉に畑中はついにキレる。
「ふざけんじゃねぇ!! そんなことして勝てるわけがねーだろ!! こちとら阿南さんをリーダーにすえる為に、ここであの女をぶっ潰さなきゃなんねーんだよ!!」
モトヤは畑中の目を見た。畑中もモトヤの目を見る。睨みあい。という言葉が適当なのか分からないが少なくとも畑中はそのつもりでモトヤを睨んでいた。だがモトヤはというと穏やかな目で畑中を見ていた。そしてゆっくりと口をひらいた。
「一旦俺に騙されたと思って、俺の指揮に身を委ねてくれ……必ず勝ってみせるから」
畑中はモトヤから視線を外し空を見つめると「チッ」と舌打ちし、とりあえずモトヤの命令に服する事にした。どのみち指揮権はモトヤにあるのだ、ジタバタしても仕方ない。
この様子を遠くから眺める者がいた。フィオナの斥候だ。これは厳密に言うとルール違反なのだがフィオナは元来そういったものに敬意を払わない人物だった。先ほどの戦いが終わった後にフィオナは一つ後悔したことがあった。それは馬鹿正直に戦闘開始の合図が出てから斥候を出したことだった。もしも先に身を潜め、出発地点から相手のチームを追いかければ簡単に相手を発見できる。これがフィオナの辿りついた結論だった。ゆえに早く薬草を食べさせ、何食わぬ顔で「ナギ」に身を潜めたのだ。
勝てばよい。これがフィオナの信条だった。
「あ、動いた」
Aチームの二人一組の斥候は身を潜めながらBチームの様子を観察している。そしてお目当てのモトヤの指揮するBチームがついに軍を動かし始めたのだ。斥候はBチームの動きをつぶさに観察する。
モトヤの軍隊「Bチーム」はアソト山の中腹からナギの中に入ってゆくと、どこからも丸見えである盆地の草原のあたりを経由し、その正反対の西側の山々が連なる地点へと行軍していった。
「西側へ行った?」
「はい」
フィオナは斥候からの報告を受けていた。報告によるとモトヤは西側の山々が連なるあたりに入ってゆき姿が見えなくなったという事だった。
「それはそうとして! なんで最後まで動きを追わなかった!! あのガキの動きを捕捉しとくのがお前の役目だろ! アタイを舐めてんのか!!」
「すみませんフィオナ様! モトヤが入って行ったのは、あまりにも狭い渓谷でこれ以上追跡すると発見されると思いましたので……」
「あああもう分かった!! 引き続き任務につけ!!」
「は、はい!」
フィオナが斥候を追い払うように陣から叩きだすと1人の大男がフィオナに近づいてゆく。
「姐さん……どう思います?」
大男の名は「オドム」といってフィオナの「ミロクスター」の幹部の男だった。
「狭い渓谷ねぇ……入って行ったのは恐らく隣の山の方だろうが……“待ち”のタイプかもねぇアタイの嫌いな奴かも」
フィオナは必ずしも経験に富んだ指揮官とは言えない。何故ならキャッスルワールドが始まってからほとんどの時間を街の用心棒として過ごしたからである。よって市街戦は得意だったのだが野戦というのはあまり経験した事がない。ようするに1対1や2対1などのミクロな戦いには自信があったが、指揮する人数が大規模になる野戦となると兵をどう動かして良いのか分からない面があった。
即断・即決・速攻。これがフィオナを最も分かりやすく表す言葉ではあるが、そんなフィオナも手痛い目に合った経験があった。それが“待ち伏せ”するタイプとの戦闘だった。街角に数人が待ち構え一斉に襲い掛かってくるアレである。その時は何とか難をのがれたが、最も命の危険を感じた瞬間でもあった。
「ああ、姐さんを殺すために酒屋で待ち伏せた【スメタナ】の野郎共の時ですか? まぁありゃ確かに危なかったですが……ですがあまり慎重になりすぎると相手に考える時間を許しますぜ」
「分かってるさオドム、ただあのガキが山の斜面を利用して防御の構えでくるなら難しくなるって話をしてるのさ」
そこに再び別の斥候がやってくる。
「敵チームから戦闘準備が整った青い旗が振られました」
「どこで敵の青旗が振られた?」
「さきほどの別の斥候が伝えた渓谷の入り口付近に3人ほど兵士がいまして、その中の1人が青旗を振っていました」
フィオナはオドムと顔を見合わせた。
「渓谷の入り口?」
渓谷の入り口とはつまり山と山の合間の部分の“谷のはじまり”の部分である。フィオナは不思議に思い斥候に尋ねた。
「一度目の報告にあったBチームが渓谷に入って行ったっつーのは、渓谷の隣の山の部分を昇って敵の姿が見えなくなったんじゃなくて、その狭い渓谷の谷底を進軍して姿が見えなくなったということなのかい?」
「そうでございます」
この斥候の一言にフィオナは顔を真っ赤にさせ斥候の顔面を蹴りあげた。さきほどの報告をフィオナは勘違いしていたのだ。まさか谷底を行軍するアホもいないと思い、てっきり隣の山に入って行ったものと取り違えていたのだ。ただこれは逆の意味でチャンスだった。敵が渓谷の谷底部分を行軍しているのならば渓谷の隣の山に上手く布陣すれば一方的に矢を射かけてBチームを壊滅させることも可能なのだ。
「それならそう言え馬鹿野郎!! 誰でもいいから10人ほどこっちに来い!!」
フィオナに言われて極力身を低くしていたAチームの面々がフィオナの下に集まる。
「いいかい、お前達もこれからは斥候を務めな。そして先ほどこいつが言っていた渓谷のすぐ横にある山へ続く道を見つけな! いいか早さが大事だからな!! 数十分以内に見つけれない奴はアタイから特別にお仕置きしてやるからな」
Aチームの斥候の面々はフィオナによる精神的苦痛を受ける拷問を思い出し、顔を青くしながら西側の渓谷付近に散らばって行った。
「ああ、あとオドム。青旗あげときな。そろそろ旗を上げないと怪しまれるだろ」
「はい姐さん」
オドムが青い旗を上げると、それに反応するように虹色の大きな旗がアソト山の中腹あたりから見えた。それは試合開始の合図だった。




