第049話 M&J
所々に星の模様のある黒い法衣「ラーガラージャ」を身にまとった金髪の美少女アリスは、ボコタの街のモトヤに指定されたメイン通りの交差点付近で、仲間と共にモトヤを待っていた。だが時間通りに来た筈なのに既に30分以上も待ちぼうけていたのだ。
「はぁ……アリスさん……僕等モトヤに舐められているんですよ」
アリスに喋りかけたのは小汚いチリチリの頭が特徴的なパプアという小男で。服装も小汚く「乞食」と言われてもしょうがない風体をしている。ゲームの中で? っと思われる人もいるかもしれないが、良い服装にはやはりそれなりの値段がかかる。戦闘を行うと想定していない者の中には防具に気を使わない人もいるだろう“戦わないのであれば服装など無意味”っと言った具合に……。省エネ。ミニマリスト。呼び名は色々あるが、つまりパプアはそういう人物だった。
そのパプアがアラファトエリアからバルダーエリアまでの船賃をモトヤからの『ボコタに来てくれ』という一方的な手紙のせいで支払うことを余儀なくされたのだ。文句の一つでも言いたくなるのだろう。
「……」
アリスは黙ったままだった。アリスは別にモトヤを信じ切っているわけではない。が、ボコタにワザワザ呼ぶという事は“何かがあるのかもしれない”とは思っていた。そして何よりも右目を瞑ると左目からのみ見える赤いレーザー光線が“モトヤと合流せよ”とアリスに囁くのだ。アリスは現在そのレーザー光線の先を見ていた。そこにモトヤがいるからだ。少なくとも赤いレーザー光線……“ジルドレイの盲点”はお互いを発見する為にある。なのでこれをつけている間は少なくともモトヤはアリス達の事を仲間と思っている証拠であった。
メイン通りの交差点……ボコタの街で一番人通りが多い場所。そこにゆっくりと近づく紫色のターバンの男がいた。男は片手に本を持ち何やらブツブツと呟いていた。その姿がうっすら見えた時アリスはある違和感に包まれた……。
「モトヤ……?」
その姿は何と言えばいいのか、格好はアリス達と別れる前の紫のターバンのままなのだが、全体的な雰囲気が何か違うのだ。アリスはその正体を掴もうとするがよく分からない。凄みとでもいえばいいのか……? いや違う、それは敢えて言うなら“殺気”に近いものだった。モトヤの毛穴という毛穴から尋常じゃないほどのドス黒いオーラがでているのだ。もちろんこのオーラというものは目に見えない。もちろんアリスも見えない。だがモトヤの大地を踏みしめる一歩一歩の足から、まるでその大地を呪い殺すかのような危険な波動が放たれている様に見えたのだ。
アリスはこの様子を見て全てを察した。手紙には書いてはいなかったが、恐らくモトヤの親友は死んだのだ。今モトヤが一人でこちらに向かっている事を見てもほぼ間違いないだろう。辛く悲しく殺気に満ちた足取り。これが今のモトヤなのだ。
アリスがモトヤと呟いたのを聞いてパプアをはじめ仲間の5人が一堂にアリスの見ている方向を見た。そこにいたのは本を片手に持ち紫色のターバンを身に付けたモトヤだった。モトヤは一同を発見すると近くまで来てまず遅刻した言い訳を喋り始めた。
「やあ、その…待たせてすまなかったね。軽く書店に寄ったら見事に興味をそそる本があってね。そこでちょっと遅くなっちゃって」
久しぶりに会ったモトヤは第一声を明るく喋った。だが目の奥が笑っていない。まるで殺気の強さと比例するようにテンションが高くなっているかのようにアリスには感じられた。だがアリス以外の5人のメンバーはモトヤの変化を感じていないみたいだった。修羅場をくぐったアリスだけがこのモトヤの変化を感じ取った。おどけた言葉の中には、すでに覚悟の一端が表れていた。
とりあえずアリスは手をあげてモトヤの言い訳を遮ると、今までパーティーを率いていた身として、まず最初に聞かなければならない事を聞いた。
「どうして私達がバルダーエリアまで出向かなければならなかったのか……理由を教えてちょうだい」
このアリスの簡潔かつ直球の質問にモトヤは首を軽く縦に振りながら本を閉じアイテム欄に入れ、その後ゆっくりと喋りだした。
「……理由はある。このボコタ街に居る“ある人物”と交渉をしたかったんだが、アリスの力が必要だったんだ。それに皆を連れてきてもらったのは、俺達はクランを立ち上げるからだ。もちろんリーダーは俺だ」
まずこの場にいたアリス以外の全員が“なんて身勝手なヤツなんだ”という感想をもった。それに反発もある。モトヤは親友が大事だからと一度はパーティーを抜けると宣言した男なのだ。
数秒の沈黙を挟み溜息をつきながら小汚いチリチリ頭のパプアが思っていることをそのまま言った。
「モトヤ……君ねぇ……自分が身勝手すぎやしないかと思わないか? 突然こんな所まで呼びだして自分がクランのリーダーになる? 僕は反対だね。アリスがリーダーなら納得するけど。例えば君とアリスなら僕等が信頼をおけるのは間違いなくアリスだ」
後ろにいた元囚人一同も同じように頷く。
牢獄を出てからモトヤが彼等と同じ場所にいたのは1~2日程度にすぎない。信頼とは時間をかけて育まれるモノなら少なくともここいる元囚人一同はモトヤとはあまり信頼を育んでいないということになる。この反応に対しモトヤはこう答えた。
「みんな……大事なことって何だ? それは現実の世界に帰還することだよね。より多くの城を占領し、みんなを現実の世界に導く事ができるのは俺だけだ。俺こそが、このキャッスルワールドを征す事ができる男だからだ」
パプアは、モトヤのレベルを見た。自分達と別れる前のレベルと同じレベル3……。
ハッタリ? いや誇大妄想癖……とでもいえばいいのだろうか? さしたる病名は分からなくとも、この場にいたアリス以外の者はモトヤに対しそういう感情を持った。少なくともこんな男のクランに入りたいとは誰も思わないだろう。
だがアリスだけがモトヤの言葉を理解した。
この男は覚悟が変わったのだ。死を恐れ逃げ惑うことを選ぶより、死ぬかもしれないが自分もゲームの駒の一つとして命を賭けることを誓ったのだ。恐らく、過去の自分のように。
モトヤはアリス以外の者の放つ不信感を感じ取ったのか“ある提案”をする。
「試しにちょっとクランに入ってみてくれ……別に抜けるのはいつだって出来るし。だろ? それとも今すぐ他のクランに入るあてはあるのか? そうじゃないなら俺の作るクランに入ってもいいだろ。嫌だと思ったならその時抜ければいい」
だがパプアをはじめとする元囚人仲間達はそれでも首を縦にふらない。
「いや、だから君を信用できないし、君の指示を聞きたくないんだコッチとしては」
ここでモトヤが素っ頓狂なことを言い始めた。
「OK! 分かった。ならこうしよう。皆のリーダーはアリスだ。そしてアリスのリーダーが俺だ」
アリスは首を左右に振りながらモトヤをジトッと見て、口を開く。
「ごめんなさい。全然意味が分からなかったのだけど」
モトヤは両手を広げさきほどの言葉の意味を説明する。
「あ~んだから、皆はアリスの指示のみを聞く、俺からの指示は一切聞かなくていい。俺はアリスに指示を出すがアリスがそれを不服と思うなら俺の指示を拒否しても良い、何時でもね。もちろんクランが嫌になったら出ていくことも自由だ……それならどうだ?」
パプアをはじめ元囚人一同は顔を見合わせる。そして次にアリスの方を見る。パプア達はそれで特に問題ないといった態度だ。あとはアリスの決断次第だった。
アリスにはある事情があった。それはオリジンの白老が“オリジンを恨みに思っている人物”としてアリス(リアナ)を血眼になって探しているという事だった。アリスはかつてキサラギエリアで絶対的な強さを誇ったクラン「ストリーム」の生き残りで、白老はストリームを滅ぼしたオリジンの中心人物である自分達を恨んでいるであろうと思っていた。白老は能力が高く、オリジンに対する復讐心を抱いてそうな人物をピックアップし優先的に暗殺者をさし向けオリジンに対する敵意をつむ作戦を展開していた。アリスは名前をリアナからアリスに変えたおかげで何とか難を逃れていたが、名前がリアナだった場合もうとっくの昔に死んでいたかもしれない。とにかくアリスには最大勢力を誇るオリジンに加入したかったとしても出来ない事情があったのだ。
アリスはだからこそオリジン以外のクランの中で最終的に勝利する者を見つけなければならなかった。そしてアリスはこれをモトヤの器をはかる絶好の機会だと思った。もしも運よくモトヤがそれに値しそうな人物であればそのままついてゆく、もしも器に値しないなら別のリーダーを探すしかない。
「私はそれでいいわ。モトヤがリーダーで私が皆のリーダーでという事で」
アリスが同意した。この瞬間にモトヤをリーダーとする小クランが誕生したのだった。
「OK! じゃあ俺がクラン作成するから皆そこに登録してくれ」
一同、頷く。そして次々にモトヤの作成したクラン「M&J」に登録してゆく。とりあえずモトヤとしてはまず考えていたことの第一段階が無事成功した事を素直に喜んだ。
「よし……クランが出来あがったところで、早速次の行動を開始したいと思う!!」
ここでパプアが手をあげ、モトヤの行動を制止する。
「モトヤはさっき自分で言った事を忘れたの? モトヤが指示をできるのはアリスだけ。だから別に僕達に語りかけなくていいよ」
それを聞いたモトヤは、数秒パプアを見つめたあとにアリスの耳元で小さく指示をだした。アリスはそのモトヤの小さな声に了解のサインを出すと、アリスが皆に指示をだす。
「モトヤの提案は建設的な提案だったので受け入れる事にしたわ。これからある男の所に私とモトヤと二人で行くわ。そして皆にはやってもらいたいことがあるの」
こうしてとにかくモトヤはリーダー(?)としてクランを設立する事になり、最初の一歩を踏み出したのだった。




