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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅰ章 キャッスルワールドへようこそ
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第002話 キャッスルワールドへようこそ(2)

 大理石の床に赤い絨毯をひいた《謁見の間》にて、筋肉質の初老の男性が金細工が施された椅子から立ちあがった。その初老の男性の肩には、日本国で唯一つけることを許された《支配者の証》と呼ばれる雉の模様の贅沢な装飾品がつけられていた。




「今日か……。では真壁、あとは頼んだぞ」




 初老の男性はそう言い残し《謁見の間》から奥のプライベートルームに杖をつきながら去ってゆく。重い金属の扉がバタン、と閉まると、跪き、俯いていた白髪の翁――老中の真壁――は、すっくと立ちあがり、一礼すると、別室へと急いだ。強い精神力のある日本人を取り戻す為に新たに施行した【 本能闘争における改善および改良法 】の手続きに入るのだ。








「では協力してくれるゲームセンターを再度確認する」




 狭い室内で複数幹部による電話確認作業がすすめられる。




「世田谷コミックVR店、OKです」


「麻布VRメガギガ店、OKです」


「電撃ノウスロウ川崎店、OKです」


「電撃ノウスロウ新宿店、OKです」




 この後も次々とVRゲームを売りにする大型店舗の了解が確認されてゆく。


 真壁はこの報告を聞きながら、スタッフの顔を見る。全ては予定通りに進んでいた。




「うむ、ではこれより【 本能闘争における改善および改良法 】の手続きに入る」










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










 和泉智也と杉原淳二は、学校を休み世田谷コミックVR店に来ていた。もちろん、今日からゲームセンターで楽しめるVRMMORPG『キャッスルワールド』で遊ぶ為だ。




「いらっしゃいませー」




 女の店員の爽やかな声が世田谷コミックVR店の一階に響く。


 智也と淳二の学校はブレザー着用のため、そのままの姿だと最悪補導される。その対策として智也と淳二はブレザーをカバンの中に押し込み代わりに私服を着ている。こうすると補導される確率がグンと下がる。中学生の頃の知識だ。智也達は懲りもせずまた同じことをしていた。




 智也達は無言で定額者用の会員カードを取り出した。ここのゲームセンターを選んだのもカードを作る際に銀行引き落としの手続きだけで身元確認などをしないためだ。つまり、カードから智也達が高校生だとは判別不可能であった。




「和泉様と杉原様ですね? 125番と172番のVRルームが現在御利用可能ルームになっております。そのお部屋でよろしいでしょうか?」




 二人とも同時に頷いた。ここで淳二が口を開く。




「あの、すいません、キャッスルワールドって今日からですよね?」




 女の店員が気持ち悪いくらいの満面の笑みを見せた。




「はい! 今日から御利用いただけます!」




 智也と淳二は顔を見合わせる。やったのだ、俺達はやったのだ! 店員を騙し学校を休み、ゲーム始動日に長時間ゲームをする権利を手に入れたのだ!!


 子供のような勝利に智也達は酔う。




「では、別のスタッフが部屋まで案内いたしますので、少々お待ち下さい」




 そう言われて1分ほど待つと、別の女店員がやってきて、ご案内します、と声をかけてきた。智也達は背後霊のように後に続く。数十秒歩くと、女店員の足が止まった。125番と書かれたルーム番号が目に入った。女店員はその番号が表示されているドアを開けた。




「こちらが杉原様のお部屋になります」


「俺か、じゃあなモトヤ、また後でな」


「おう」


「では、仮想現実の世界をお楽しみください」




 そう言い終ると女店員は扉を閉め、ドアノブにある真ん中のボタンを押した。




 ――あれ?




 このボタンを押す行為に智也は違和感を覚えた。ここの店にきて7~8回になるが、こんなボタンを押すような店員の動作は見た事がなかった。だが、小さな疑問は湯気のようにすぐに消える。今から大作ゲームをすることを思えばささやかな疑問でしかないのだ。




 ――まぁいっか。




 172番ルームの前にきた。




「こちらは和泉様のお部屋になります」


「どうもです」




 智也は、慣れた感じで部屋の中に入ってゆく。背後から声が聞えた。




「では、仮想現実の世界をお楽しみください」




 扉が閉まり、カチンという音が聞えた。 




 ――しかし……相変わらず狭い部屋だな。




 基本的にこの手のVRルームは部屋の2分の1をVR器機である【 マイマイ 】が占めているため、かなり狭い。店側の事情としてはマイマイを多数配置し利益を得る為にこういう構造にしたのかもしれないが、本当に狭いので服を脱ぐのも苦労する。


 智也はスッポンポンになるとマイマイの横に置いてある電子画面の項目から『キャッスルワールド』を選択した。




 ――これでよしと。




 次に智也は特殊ジェルで満たされたマイマイの中に入った。この特殊ジェルがなんとも気持ちいい。続いてマイマイの上のフタの内側に設置されている酸素吸入器を口にあて固定した。ここをしっかり固定しないと誤って窒息死する恐れがある、ただ長時間入ればという話だが……。


 酸素吸入器の固定が終わると、智也はちょうど内側のフタの横についてあるボタンを押した。すると、上のフタがゆっくりと下りてくる。それと同時に智也はこのマイマイの中で寝そべり特殊ジェルの中に沈んだ。完全に上のフタがおりてガッチリとしたカプセル状になると、足元にあるタンクから更に特殊ジェルが流し込まれる。ジェルがカプセル一杯に満ちると、マイマイは電流を流し、智也の脳にゲームスタートの合図を送った。




 智也の本体の意識は失われ、ゲームキャラを動かす為の電気信号が智也の脳からゲーム機本体へと送られる。






 ゲームが起動した。


 智也は、もうどこか頭のスイッチが切り替わったように感じていた。


 この時はもう自分の手を動かそうとしても動かせない、動かせるのはゲームのキャラの手だけだ。


 どういう理屈かは分からないが、智也の脳が発する命令は智也の体ではなくゲームキャラの体の方に行くらしい。


 智也は辺りを見る。いつの間にか暗闇に包まれていた。右も左も真っ暗。手も足も見えない。いつも始まりはこんな感じだ。で、次はお決まりの企業ロゴが眼前に映し出される。




『コウノカワエンターティメント』


『カルテッド・ザ・オーロ』




 これをスキップさせることができるといいのだが、この企業ロゴ画面だけはスキップできない。実に忌々しい。そして、それらが出尽くした後にようやくソフトの再生に切り替わった。




 ドーーーン




 重低音が頭の中にズッシリと響いた。そして、ドラゴンボールに出てきたセルのような声でタイトルコールが告げられた。




『キャッスルワールド。それは鉄と血と魔と人が入り乱れる世界、人々は外敵から身を守る為に城を作った。そこには5つの大地があり――』




 ――あー長くなりそうだ。スキップだスキップ。




 そうモトヤが思考すると、画面がどんどん勢いよく視界の端に流されてゆく。すると、ある画面で、視界が固定され、女性の声がモトヤの耳に聞えた。




『では、御自身のキャラの作成と職業を選択してください』




 ――おーし、まずはのキャラメイクの時間だ。




 とりあえず、いくつかのモデルから自分に似たキャラを選択し、それを若干イジる。おー似てるかもな、と少し盛った意識のある智也は、自分に対し言い訳をする。


 ――若干俺よりイケメンな気もするがホンの少しだな。ほぼ本人と同じくらいだ。


 そんなくだらないことを思っているうちに画面が切り替わった。




 ――次は職業選択かな?


 用意された、職業のロールモデルとなるべき映像が智也の前に次々と並べられてゆく。斧を振り回す、重武装の兵士が一番端に見えた。


 ――こりゃ戦士かな? するってーと、こっちが魔法使いか?


 智也は片っ端から職業を確認する。


 戦士、槍使い、騎士、魔法使い、職人、調理士、僧侶、弓使い、盗賊、魔物使い……、ん? 魔物使い?


 よく分からんがスライム的な何かを仲間にできたりするのかな?


 倒すとこっちを見てきたりするのかな?




「ちょっと面白そうだな」




 という軽いノリで魔物使いを選択。最後に自分のニックネームである「モトヤ」というネームを登録しゲームをスタートさせる。


 すると、智也の足下から光が溢れてきた。溢れてきた光に智也は思わず目をそむけた。




「ぐあ! まぶし!」




 再び目を開けると、そこはどこかのロビーみたいな場所に変化していた。


 うちの近くの市民体育館ほどの広さかな? と思い、顔をあげると、天井にはガラスのシャンデリアがキラキラ光っており、その灯りがロビーに満ちていた。灯りが揺れるたびに、小さな影もそれに合わせ揺らめいた。頬に少し風を感じた。ほどなくして、その風にあわせ、あの影が揺れているのだと気づいた。次に床に目を移すと、若干明度の違う象牙色のタイルが敷き詰められており、踏むとなかなかに硬い。


 あまりにリアルなので、しゃがみこみ、指の腹を使い、そっと床をなぞってみると、指先にヒンヤリとした感触が残った。




「すげぇ」とモトヤは思わず声を漏らした。




 モトヤは数々のVRゲームをジュンと共にプレイしてきたが、かつてこれほどリアルなゲームがあっただろうか、と思った。それは現実世界のようだった。現実の再現ではない、まるで、ここは現実そのもののような気がしてきたのだ。ゲームに入ってたった数分でモトヤはこのゲームのクオリティに圧倒されていた。


 少し、息を整えると、改めてあたりを見回した。 


 すでに沢山の人々が登録を終えたのだろう。ロビーは人がごったがえしていた。


 手当たり次第に声を掛けまくる人、ずっとラジオ体操を踊っている人やロビーの真ん中で寝転んでる人もいる。




「畜生なんだこれ、畜生! おかしいぞ」




 何やらパニくってる人もいる様子。とりあえずそんな事をおいといて、モトヤはもうこの世界に来ているであろう杉原淳二を探す。




 特にお互いの合図などを決めたわけではないが二人でそろってゲームをプレイする時は大体「モトヤ」と「ジュン」で登録しているので分かるだろう。特に「モトヤ」というネームはあまり見た事が無い。きっと杉原淳二が勝手に探し当てるに違いない。




 不意に肩を叩かれる。


 頭の上には「ジュン」と表示したネームがある。




「淳二か?」


「おうよ。しかし、なんだそのキャラデザ! ちょっとイケメンすぎるだろ(笑)」




 ――あれ? 自分にそっくりのキャラを選んだはずなのだが?




 モトヤは若干の不満を覚えつつも自分の服装を観察する。モトヤの格好は紫色のターバンと紫色のポンチョのようなモノを羽織っており、ちょうどドラ○エ5に出てくる主人公の様な服装をしていた。いいのだろうか? 権利関係とか大丈夫なのであろうか? 魔物使いを選んだとはいえまさか“そのまんま”の格好になるとは思っていなかったモトヤだが、それよりもこれから何をするのかが気になった。魔王倒しにいくのか? まぁそれは最終目的なのかな? 知らんけど……。じゃあまずRPGの世界でやることといったら……。モトヤはジュンの方をみてロビーの外側を指さす。




「じゃあとりあえず、モンスターでも倒しに行ってみるか? ゲームシステムも気になるし、あと普通は掲示板にモンスターの討伐依頼みたいなのがあるよな?」


「それがな……ないんだよ」


「え?」


「モトヤが来るまでここら辺のロビー周ったけどさ……。掲示板らしきものはあるが、モンスターの討伐依頼なんてゼロだぜ、ゼロ」


「マジかよ」


「普通にモンスター倒しに行ってもいいけど。そもそもこのゲーム、何をすればクリアとか知らねーしな」


 あれぇ? まさかこれはベータ版という事はないよな? いやいや正式に発売されてるし、つまり正式なベータ版? ああ、もう駄目だ、こんがらがってきた。




「う~ん。じゃあ、何をすりゃいいんだろうな? とりあえずモンスターでレベル上げて魔王を倒しに行けばいいのかな?」


「さぁなぁ……」


「ゲーム雑誌にもゲームの詳しい内容とかは書かれていなかったんだよな、インタビューの人がしつこく食い下がって聞いてたけど、言えないんです(笑)の一点張りだったし。今のところ大してなにも説明されずにここに放りだされた感じだけど……」




 そうモトヤがブツブツ言っていると、ジュンがモトヤの頭を叩いた。




「とりあえず、外出てみようぜ、モトヤ! 外!」




 そう言うとジュンはロビーの外へ走った。


 杉原淳二はシンプルな男だった。


 和泉智也からしてみると時々頭に脳みそが入っているのかな? という行動する男であることには間違いないが、とにかくやれる事をやり、細かい疑問は気にしない男だった。


 良く言えばワイルド系、悪く言えば脳みそ空っぽ系だろう。


 ジュンは両手を広げこちらを向いた。日光がジュンを照らしていた。




「ほらモトヤ見ろよこれ! すっげええぞ! 空! 大地! この世界が!!」




 ジュンはそう叫び笑うと、こんもりした丘に向けて走った。モトヤも負けじと丘にのぼり『キャッスルワールド』の景観を一望した。




 ――うわあああ、ホントにすげええ、何この景色。




 ファンタジーとはよく言ったもので、現実世界ではありえないようなバランスの構造物が多数配置されていた。ゲームをTV画面で見ると簡単に受け入れられる世界もこうして自分自身がゲームに入りそこから見ると、とんでもない違和感と同時にその構造物のアンバランスさがまるでピサの斜塔を見た時の感激に似ていて、不安定がもたらす感動をモトヤに与えていた。




 上空を見上げると、なにやら緑色のひょろ長いものが飛んでいる。


 モトヤは思わず浮かれて指さす。




「ドラゴンじゃねえかあれ?」


「え? どれどれ?」


「あれ?」




 なんか違う。




 よく見るとそれはドラゴンではなく緑色というゲテモノ色の一反木綿であった。ええ水木漫画にでてくるアレです。これはファンタジーではなくホラーではなかろうか?


 うーん。大別するとファンタジーになるのかもしれないが……、それは登場させるなよ……。 というか著作権だか意匠権だかは大丈夫なんだろうか?




 次に少し横に目を移した。


 そこにはヨーロッパの中世の街並みと酷似した風景があり、道は綺麗な石畳で整備されていた。その上を歩くと「コツコツ」という音と足の裏にちょうど良い反発があり、床の硬さがうまい具合に伝わってくきた。


 このクオリティが高いんだが低いんだかよく分からない所も含めてファンタジーなんだろうかという小さな疑問を抱きながら、しばらく両人ともこの景観に浸った。






 そうすると不意にモトヤの耳のそばから男の声がした。




『よし。目標の10万人も集まった事だし、そろそろいいか』




 なんだと思い見渡すと、そこには誰もいない。


 その瞬間に気づいた。どうやら皆、同じ反応をしているようだ。




「ジュン、今の聞こえたか?」


「ああ、10万人がどうのとかってやつだろ?」




 その声は全プレイヤーのすぐそばから聞こえるみたいだ。


 そして声はやがて喋り出した。




『どうも諸君、私は老中の真壁という者です』




 ――あ? 真壁? 老中の真壁ってまさかTVによく出てくる幕府最高職の老中の真壁まかべ勝すぐるのことか!?




『さて皆さん、皆さんにとても良い報告があります。皆さんはなんと映えある「本能闘争における改善および改良法」における第1回目の被験者に選ばれました。いやぁ実にめでたい!』




 この声を聞いている者全てが事態を飲み込めなかった。




 ――なんだ? 一体何を言っているんだ? なんちゃら法ってなんだ?




 この老中真壁の演説こそ和泉智也ことモトヤの長い長い命がけの戦いのはじまりだった。


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