第036話 ジュン編 第二次バルダー城の戦い(6)
2060/06.24/10.15
2060年6月24日午前10時15分。
7時ごろまでは朝霧に包まれていたバルダー城も今はすっかり霧が晴れ、当たりを見回すのにちょうど良い天候となっていた。特段雨もなく、風もなく、日が照り過ぎる事もなく、ベストコンディションと言って良いだろう。この偵察係にとって最も良い条件の中、時太郎はバルダー城の塔の最上階から職人仲間に作ってもらった双眼鏡で敵が来るであろう北西の方角を一心不乱に凝視していた。この場には人生スキル“転移”を使う長い髪の兵士“板東”もいた。
「あのさ時太郎さん、君ホークマン様から嫌われているって本当なのかい?」
「……」
このあまりにもバカバカしい板東の質問に答える気にもならない時太郎は、聞こえない風を装いオリジンの発見任務を続ける。しかし板東はそんなことを全く気にせずに一方的に喋りたおしてくる。
「いやぁホークマン様は今はこのバルダー城の絶対君主だからね。君も嫌われないように努力しといた方がいいと思うよ。僕なんか嫌われない為にどれだけの苦労をしているか……君には分からないだろうね。例えばこうやってね髪なんかを束ねていると――」
「見えた。オリジンだ」
双眼鏡に映る大量の人影と大きな攻城塔とオリジンの旗を時太郎はハッキリと確認した。先頭には白髪の老人“白老”と全身黒一色の“シオン”がいた。まだ小さくしか見えないが彼ら二人にはなにやら別格の存在感があり、遠く離れた双眼鏡越しでも彼等二人だけは他の軍から浮いてるように感じるくらいのオーラがあった。
「板東さん、鐘鳴らして!」
「ちょ、ちょっと待て、僕にも見せてくれ」
時太郎の隣にいた板東は時太郎から双眼鏡を取り上げ今度は自分で見た。
「本当だ……確かにあれはムツキの街で見たオリジンの旗だ」
「板東さんが鐘を鳴らさないなら私が鳴らしますよ」
そう言って時太郎は塔に設置してある鐘を鳴らす。この鐘は外敵が迫って来た時に城内に敵が来たと知らせる為の鐘だ。
カラーンコローン、カラーンコローン。
この鐘はバルダー城内にいる全ての者の耳に届いた。
ホークマンにも、ブリントにも、ヴァシリーにも……そしてジュンにも。
ジュンは大きく息を吐き、そして自分のアイテム欄にあるべきモノがあるかチェックする。チェックし終えるとジュンはようやくベッドに寝そべった上体を起こした。
「よし……行くか……」
ジュンはベッドから出ると、時太郎が全力で鐘を鳴らす塔の最上階にゆっくり昇っていく。ジュンが塔の最上階に上がる頃にはすでに肉眼で見える距離にオリジンは迫っていた。
「しかし大きいな……あれが攻城塔ってヤツか……」
初めて見る者はまずオリジンの600人という規模にも驚くが、それ以上に攻城塔の壮大さに驚く。バルダー城を囲む外壁とほぼ同じ高さの建造物が迫ってくるのである。バルダー城の外壁の高さは約30mだ。つまり30mの建造物が動いて迫って来ているのだ。これに圧倒されない者はなかなかいないだろう。この壮大さにジュンでさえオリジンの軍よりもまず先に目がいってしまった程だ。だが既にジュンはこの攻城塔の無意味さを知っていた。この攻城塔を無効化する為にホークマンが突貫作業でバルダー城の外壁の周囲に堀を作ったからだ。この堀がある限り、攻城塔は外壁に近づく事ができない、外壁に近づかなければ攻城塔は使えない。そして、今はその堀の半分くらいの高さにまで水が張る水堀といわれる“皇居のお堀”と同じ状態になっていた。攻城塔が使えず、直接壁上に渡る事が出来ない以上。オリジンはここを通ってバルダー城に攻撃を仕掛けるしかないのだ。しかし、それはなかなかに骨が折れる作業であることは間違いなかった。
この水堀は幅10m、深さがなんと5mもある水堀で外壁に辿りつくまでかなりの時間と労力が必要だった。その間、大量の矢がこの堀を渡る者を射続ける。だがこの水堀の真に恐ろしい所は他にあった。
「キングマーマン達は元気にしているのか?」
ジュンは何気なく時太郎に聞いた。偵察係の時太郎であれば、ずっとこの塔の最上階から外を眺めていると思ったからである。
「ええ、元気すぎる程ですよ。ありがたいことに共食いもまだしてませんしね」
モトヤが港町ベールで見つけた魔物使い専用モンスターショップ“キバ王”と似た商売を行う店がこの世界には複数存在した。もちろんバルダーエリアにもそのような店があり、ホークマンはそういった店で水の中に生息する凶暴なモンスターを買い、出来あがったばかりの水堀に放ったのだ。それがバルダー城の水堀につい最近生息し始めたキングマーマンだった。キングマーマンは水の中に踏み入れた人を襲う凶暴なモンスターでバルダーエリアの中ではトップクラスの戦闘能力を誇るモンスターだった。最初ホークマンがバルダー城の水堀にキングマーマンを放つと言い始めた時は反対する者も多数いたが、オリジンが迫るにつれ、反対意見は少数になっていった。そして今ではまるで守り神のように崇めるまでになっていた。ジュン自身モンスターの存在がこんなに頼もしいと感じるのは初めてだった。
北西の塔の上でジュンと板東と時太郎は段々と自分達の戦意が向上してくるのを感じていた。ここに前触れもなく突如ホークマンが姿を現した。あまりに突発的な出来事で板東あたりはホークマンにどう接していいか分からない。
ホークマンは何も言わずニヤリと笑った。そして、その後城門の跳ね橋の上げ下げを行っている男に向かって大声を出した。
「跳ね橋を上げろ!!」
ホークマンの号令によって跳ね橋は上げられバルダー城は完全に水堀に囲まれた状態になった。もしも跳ね橋が下がったままであれば、そこから侵入されるからだ。
「くくく、さぁ~てオリジンはどうでるかな?」
ホークマンの言葉を聞きながら、ジュンもオリジンがどちらの手段にでるのか興味があった。それは戦闘方針の決定と言ってもいいだろう。それは大まかに言って2通りの手段があった。
1、城をそのまま攻撃する
2、城を包囲する
このゲームにはSPというメーターがあり、空腹での死という概念が存在する以上、城の包囲という手段も戦術上十分に有効な手段なのだ。最もホークマンはそれに備えてバルダー城に大量の食糧を運びいれていた、一ヶ月程度は持つ食料だ。なので今のバルダー城は通常の城攻撃にも、包囲戦にもどちらにも対応可能であった。もしも包囲戦である場合、矢が届かない安全な場所からぐるりと城を包囲するように布陣するのが定石であった為、敵がそのように布陣すれば包囲戦を選択したと推測する事ができる。だがそれ以上敵が近付いてくるのであれば、それはこのバルダー城を賭けた血みどろの籠城戦が始まるということであった。
ジュンはアイテム欄から弓と矢を出し戦闘に備えた。この様子をみたホークマンは時太郎と板東に声をかける。
「ホラ! お前達もボーっとしてないで戦闘の持ち場につけ」
ホークマンに言われて時太郎と板東はその場を素早く立ち去って行った。この北西の塔の最上階に残ったのはジュンとホークマンだけになった。
「くくく、ジュンどっちに賭ける? 奴等は包囲戦を仕掛けてくると思うか?」
現実の世界において包囲戦というのは有効な手段だ。特に数が違う戦いにおいては真っ先に選択される戦術だと言ってよいだろう。だがここはキャッスルワールドなのだ。戦う期間がたったの1年間なのだ。その世界において包囲戦はどれだけのリスクになるだろう。相手が一ヶ月以上持ちこたえたら、その間に自分の城を同じ期間分だけ放置するリスクを伴うし、その間城に残された兵士達は少数で持ちこたえなければならない。クラン上限数が決まっている世界において包囲戦というのはかなり非現実的な手段なのだ。それに包囲戦というのは何せ時間がかかる、場合によっては相手が一ヶ月も二ヶ月も粘る事は珍しくない。となると、時間制限のあるキャッスルワールドにおいて、やはり包囲戦はそこまで有効な手段とは言えない。ホークマンはそれを知りながら敢えてジュンに尋ねてきたのだ。ジュンはこのホークマンの質問の意図を見透かし鼻で笑った。
「ふっ、そんな馬鹿いねーだろ。来るぜ」
ジュンの言葉にホークマンも笑う。
「この北側正面の指揮はお前にまかせるぞジュン!! 俺は色々忙しいんでな」
ホークマンはそう言い残すと、北西の塔から去っていった。それと同時にオリジンの全軍がバルダー城を取り囲むように展開してゆく。鷹の団、ジロンダン、ボコットケモンスターの各人員はほぼ全て外壁の壁上に配置され弓を装備していた。
オリジンの軍は東西南北に分けられそれぞれ一斉に襲い掛かる気配を見せながら矢が届かないギリギリの範囲で待機していた。後は開戦の合図を待つばかりと言った様子だ。
だがジュンは少し不審に思う事があった。ジュンの正面のオリジン……つまり北に配置されたオリジンの軍だけが他の東西南のオリジンの軍の2倍近い人数なのだ。これはどう考えても不自然な現象だった。
「なんでこんなにオリジンの北側の軍だけが多いんだ?」
ジュンは元来そこまで頭が良くない……だがそこが最大の長所とも言えた。ジュンは物事を複雑にせず最もシンプルな形として捉える事が得意な男だった。ある意味で天才肌の男だった。その男が出した結論がこうだった。
「つまりオリジンは、この北側を突破しようって思ってるんだな?」
ジュンはオリジンの軍の配置からオリジンは北側から攻めるという明確な意思を感じた。
ジュンの闘争本能に火がつき胸の鼓動が早鐘を打つように高鳴る。やれるものならやってみろというオーラがジュンの体の隅々から湧き出るように溢れだした。
ジュンがそう思考した矢先にオリジンの陣営からホラ貝のような音が戦場に鳴り響いてくる。
ブブボオオオオオオ
これは明らかに戦闘開始を告げる合図の音だった。この音を聞いたオリジンの軍が攻城塔も含めて全方位から一気にバルダー城に攻めかかってきたのだ。
この光景にジュンはニヤつき、バルダー城の北側壁上で待機する全軍に対し右手をゆっくりと挙げ号令をかけた。
「弓ぃいいいい!!!! 構ええええええ!!!」
ジュンの号令を皮切りに東も西も南も城内にいる全ての兵が一斉に矢をつがえ弓を引っ張り発射の合図を待つ。
そしてジュンの右手が短く振り下ろされた。
「放てええええええええええええええ!!!!」
2060/06.24/11.25
2060年6月24日午前11時25分。
戦いの幕はついに切って落とされた。




