第032話 ジュン編 第二次バルダー城の戦い(3)
朝が来た。木々にとまった小鳥たちが美しいさえずりで爽やかな空気をバルダー城の城内に届ける。また東から射す強い日光が寝ぼけ眼の兵士の脳を刺激し、脳に活動の時間帯であることを知らせる。この日差しは塔の宿舎の東側窓付近を陣取っている杉原淳二ことジュンのベッドも照らしていた。
ジュンは特段朝が強いわけではないが、こうも朝日にしつこく照らされたとなると最早起きる以外の選択肢がない。
「あぁ……眩しい……もう朝か……」
ジュンは最早儀式となっている様に目を手でこすり欠伸をし、体を伸ばした後にベットから起きあがった。ジュンは時々不思議に思う事がある。自分の本当の体はマイマイの中で特殊な溶液の中に浸ったままずっと動かずにいるのに、どうして仮想空間で伸びをしたらそれがまるで現実の体で伸びをしたような感覚におちいるのだろうかと……。肉体派ならではの疑問点だが、ジュンはそんな疑問よりも自分がしなければならないことを思い出す。ホークマンに作戦の件に関して十分な説明を受けることと、自分の人生スキルの十分な検証をしなければならないのだ。
「ホークマンの野郎起きてるかな?」
ジュンは視線を視界の右下に移し時間の確認をした。
2060/06.17/06.55
「6時55分か……アイツ起きてるかなぁ? 流石にまだ寝てるか……いいやメンドクセェ叩き起こせばいいや」
ジュンはそんな独り言を言いながらフラフラとホークマンが昨日から眠る場所として引っ越した奥の間へと向かった。奥の間はバルダー城の本城の最上階にあり、色とりどりのシャンデリアと豪勢なダブルベットで支配者の寝室と呼ぶに相応しい作りになっている。この寝室は元々ジロンダンのアッシュボルトが使っていたみたいだが、今はホークマンの寝室になっていた。ジュンが城に入り階段を昇り奥の間へ行こうとすると上から女の喘ぎ声のようなものが響いてきた。
――あ? え? いやまさかな……。 キャッスルワールドはそーゆーことも出来るのか?
ジュンは階段を昇るにつれその卑猥な叫び声が大きくなってくるのを感じた。奥の間の前あたりに辿りつくと、そこにはちょうど縦長の白い帽子を被った少女ブリントが顔を紅潮させながら扉の前に立っていた。ブリントはジュンに気付くと鋭い目つきで聞いてきた。
「ジュン、なにか用なの?」
ブリントがそうジュンに尋ねる間にも女の喘ぎ声は扉の中から漏れてくる。
ジュンはブリントの顔を見つめながら、この顔は照れて紅潮しているのか、それとも怒って紅潮しているのかを考えた。
「ねぇ! 何も用が無いなら帰ってよ」
「いや、用ならある」
「私が代わりに聞いといてやるわ」
「断る。直接ホークマンと話すから、そこどけよ」
「はぁ? ホークマン様に気に入られているからって調子にのらないでよね! あんたなんてあたしの不思議な銀紙でアッサリ捕まった癖にもう一回やってやってもいいのよ!」
その時、扉の中にいる女の喘ぎ声が一段と大きくなり、そして止まった。どうやら絶頂をむかえたらしい。
「終わったみたいだな。じゃあ入らせてもらう」
「ジュン!! テメー!!」
ジュンはブリントの制止を振り切り奥の間に入っていった。そこには裸の美女と裸のホークマンがベッドの上に寝転がっていた。
「きゃああああ」
裸の美女は叫び、急いで後ろを向き、布を自分の前にあてた。その様子を横目で確認しながらホークマンは口をひらいた。
「何か扉の外が騒がしいなと思ったら、ジュンお前か、くくく。デリカシーを持てよ? デリカシーを」
ホークマンはジュンの目を見て用件を察したようだった。
「さあ奥さん、悪いが服着てくれ。おいブリント、奥さんを部屋までお送りしろ」
「……はい、ホークマン様」
ジュンがブリントの方を向くと殺意むき出しの目で睨まれる。どうも現実とは違い、鷹の団の女性とはうまくいかないようだ。そして裸の美女が服を着てブリントに付き添われ奥の間から出て行き……そして扉が閉まった。
バタン
「……奥さん?」
ジュンはとりあえずホークマンがさっき発した言葉の中で気になった言葉をあげてみた。ホークマンも腰にバスタオルを巻きベッドから出て近くのソファーに座った。
「ああ、ほら人質にとってきたろ? クランリーダーの妻の一人だ。まぁだから奥さんと呼んでるわけだ……くくく。あいつの旦那も可哀想なものだぜ、まさか一日経たないうちに心変わりをする妻がいたなんてな。そこは俺も想定外だった。おう、突っ立ってないでお前もそこに座れよ」
とりあえずジュンもホークマンに促されるまま椅子に座った。
「で、なんだ? 聞きたい事があるんだろ?」
ジュンにとってはややこしい話は面倒なのですぐに本題に移ってもらった方がいいのだが、それでもさきほどの“奥さん”のことが気になってつい聞いてしまう。
「キャッスルワールドは男女の営みも可能なんだな」
「くくく、聞きたい事ってそれなのか?」
「いや違うが多少驚いているだけさ」
「ははは、ひょっとして今知ったのか? 青いなジュン。俺なんかこの世界に来て数日後には試したさ、キャッスルワードにおける唯一の楽しみでもあるからな。まぁいい本題を言えよ」
「……じゃあ遠慮なくそうさせてもらう」
ジュンは改めてホークマンの目を見て昨日の夜に気になった疑問をホークマンにぶつけてみた。
「なぁホークマン、オリジンの実態というものをどれくらい掴んでいるんだ?」
「あぁ?」
「だから今回の600人の兵が来るというのがそもそも変だろボコットケモンスターの光宙も言ってたとおりにさ。この事に対してどれくらい実態を掴んでいるんだ?」
「……ああ、そのことか……ふぅ……」
「……」
ホークマンは鼻から息を吐き出し窓から外を眺めた。その無意味な間はジュンの予感の正しさを告げていた。
「ほとんどわかっちゃいねーな」とホークマンは言った。
「……マジかよ」と思わずジュンはつぶやく。
流暢に指先を動かすホークマンは2枚の紙をアイテム欄から取り出した。
「実はバルダー城をベストコンボイから奪ってから、一番攻めてくる可能性のあるクラン“オリジン”を探るために鷹の団のメンバーの4人をキサラギエリアとライナルエリアにそれぞれ2人ずつ周辺情報を探るスパイとして送り込んだ。表向きは普通の冒険者としてな……最初は情報屋を使おうかと思ったんだが、奴等は金次第で裏切るから信用できねぇ、だから鷹の団からそういうスパイ活動をしてくれる奴等を募ったんだが……一週間前くらいかな、そいつ等からの連絡が途絶えた」
ジュンはホークマンが手に持っていた紙のうちの1枚を見せてもらう。
『オリジンの次の標的はバルダー城らしい。その為の作戦の要になる人生スキルを持つ“会計士”という男を近頃オリジンに入団させたらしい』
「これは?」とジュンが訊く。
「そのスパイの得た情報だ」とホークマンは言った。「連絡係が俺のところまで届けてくれた。で、そいつが消える前の最後の情報が……、これだ」
ジュンは、ホークマンが差し出したもう1枚の紙を手にとり、そこに目を通した。
『会計士の人生スキルが分かった。ある一定の空間における誰が誰を殺したか数を把握するスキルだ。一部では“死体を数える男”とも呼ばれているらしい。だがこれがどう使われるかは分からない……人を殺した数など数えてどうするつもりなのか?』
ジュンはしばらくその文字を眺めるが、この文章を書いた人物と同じ感想を持った。本当に殺人の数など数えてどうするつもりなのだろうか? こんなに意味不明なスキルがどうして重要なのだろう?
ホークマンはそんなジュンの顔を見て声をかける。
「その顔だと、どうやら俺と同じ感想みたいだな」
ジュンはホークマンの方を見た。どうやらホークマンもこの意味は分からないらしい。ジュンは視線を紙に戻す。すると右下に小さな文字ではあるが、別の文章がのっていた。
『白老はバルダー城を占拠する人物について色々調べている』
ジュンは即座にこの説明をホークマンに求めた。
「ホークマンこれは? 白老は色々調べてるってやつ」
「それか? まぁ色々調べてるんだろうなバルダー城についても俺達についてもな。誰が過去にどんな戦術をとってきたか、どういう戦歴の持ち主なのか、戦いではどういう策をもちいる人間なのか、誰がキーマンなのか……ってな具合にな。戦う前の当然の行為と言えばそれまでだ」
ジュンはホークマンの言いっぷりに安心はしたが、逆にこちらはどの程度の相手を知っているのか気になって来た。
「オリジンの連中の情報はないのか?」
「色々あるといえばあるが、ないと言えばない」
「どういう意味だよ」
ホークマンは溜息交じりでジュンの質問に答えた。
「だから人物の情報とかシオンやら白老やらの情報はあるが、2人とも肝心の人生スキルは不明だし。キサラギ城とバルダー城の構造が同じだの、オリジンの兵士がどこどこで訓練してるだの、そういう今回の戦いと結びつかないような情報は山ほどあるが。何故オリジンは600人という軍を作れたか、会計士の人生スキルがどういう風に重要なのか、そういう重要な事は何一つわかっちゃいねーってことさ」
ホークマンは悲しげな顔をした……だがその直後にまた自信満々な顔つきに戻る。その目はある種の攻撃的な光を帯びていた。
「だから俺は考え方を変えた……ようはどっちにしろ、この城を攻撃しにくるんだろ? ゲームクリアの条件が“城を多く獲得しろ”って話だもんな。ならばこのバルダー城を強化すればいいんじゃねーか? ってことだよ。数千の兵が来ても耐えれるようによ! つまりその答えが“コレ”ってわけだ!!」
ホークマンは椅子から立ち上がり窓を思い切りよく開けた。眼下に広がるのはバルダー城の周りを囲む城壁と更にその周りを取り囲むようにして掘られている“堀”だった。
“堀”とは城を守るための防御施設の一つで城壁の外側をとり囲むように地面に溝状の穴を掘り敵の侵入を阻むのモノを言う。一般的にはこの溝が深ければ深い程、広ければ広いほど敵の攻撃からよく耐える良い堀とされている。“堀”と聞いてイメージが湧かない人は皇居の周りを囲む“お堀”を想像してもらえると分かりやすい、あれは堀に水を張った“水堀”というモノでああいう深く掘った溝を堀という。
ホークマンはこの堀を城をとり囲むようにしてそびえ立っている城壁の更に外側に作った。いや、作ったという言葉は少し違う、正確には“作っている最中”なのだ。
「結局どのくらいの数で来るのか、どういう能力を持った奴がいるのか、そういうのが分からねぇなら。城の防御施設を強化するのが一番の早道だって気づいたわけさ。どうせ城を攻撃するには俺達がやったようにハシゴをかけて壁上にとりつくか、城門を突破するしかない。それにこの堀は攻城兵器対策も兼ねてるんだ」
「攻城兵器?」
それはジュンにとって聞きなれない言葉だった。
「なんだ……ジュンは攻城兵器も知らんのか? おいおい近頃の高校生はちゃんと歴史を勉強しねぇみたいだな」
「知るかよ」
ホークマンは無学な者に対する憐みの目をし、その後に攻城兵器の説明をはじめた。
「攻城兵器っていうのはアレだ、まぁ簡単に言うと城を攻撃するための兵器ってヤツだ。城門を破壊する攻城兵器、城壁を破壊する攻城兵器、中でも俺が一番警戒したのが壁上の通路にとりついてハシゴなどを使わずにそのまま壁上の通路に人を送り込んでくる攻城兵器だ」
ジュンはこういう話を聞いてもいまいちピンとこない。だって今やっているのはゲームなのだ。攻城兵器やら堀やらまるで現実の中世みたいな話だ。
「おい、ホークマン……待てよ……さっきからお前現実の中世みたいな事話してるな……ここはゲームの中だぞ?」
「あのなジュン……俺達はそもそもどうやってこのバルダー城を攻撃したんだ? ハシゴを掛けてそれを昇って攻略したんだろ」
「だけど、そのなんたら兵器っていうのは使ってないぜ?」
「俺だってあれば使いたかったんだよ……それに攻城兵器はすでにこのキャッスルワールドの中で使われているんだぜ? 知ってたか?」
――え?
「情報屋の話だと、キャッスルワールドで攻城兵器が使われた例がもう3例もあるらしいってよ、僅か一ヶ月半の間にな、くくく、驚きだろ? その際に使われた攻城兵器が城門を破壊する攻城兵器“破城槌”そして俺が一番警戒していた“攻城塔”だ。何でもオリジンがキサラギ城を攻めた時にこの2つが同時に使われたらしい」
「じゃあオリジンはその攻城兵器とやらを使ってくるクランなのか?」
「そういうことだ。で、とりあえずその対策だけはしといたわけだ」
ジュンはホークマンの言ってる事の大体の意味が分かったが、それでもどうして堀を掘る事が攻城兵器への対策になるのか……そこが分からなかった。
「あのよホークマンじゃあ堀を掘ったところでどうしてその二つの攻城兵器からしのげるようになるんだよ」
ホークマンは顔をしかめながら“それも説明するのか?”という顔つきをする。だがジュンは引かない、自分の命にかかわる問題だからだ。
「やれやれ……全く……誰から同じ事聞かれたら今度はお前が説明しろよジュン。俺はもうこれ以上喋らんぞ」
「分かった分かった」
≪作者の声、↓この図が攻城塔の図になっています。こういうのでイメージしてもらいたいです≫
「ふぅ……今確認されている攻城兵器に対しなんで堀を掘るだけで対策したことになるのか? という疑問だったな……この二つの攻城兵器……破城槌も攻城塔もどちらも城門や城壁にかなり接近しなければ使えない代物だからだ。破城槌に関しては城門にピタッとくっつくまで接近しなければ効果がねぇし、攻城塔に関しても城壁のすぐ近くまでいかないと効果がない……だからよ、このバルダー城の外側を囲っているカーテンウォール(城壁)のまわりに堀を作ったならば城門にも城壁にも接近できなくなるって話だ。分かったか? お前の脳みそでも分かったか?」
――こいつ……モトヤと同じようなからかい方をしてきやがる。
「ご丁寧にどうもありがとうございます(しかめっ面)ただ疑問は少しあるけどな……」
ジュンの言葉にホークマンが敏感な反応を示す。
「何がだ」
「それで本当にこれから迫ってくる600人をしのげるかって話だよ」
だがホークマンはこのジュンの言葉を聞いてニヤリと笑う。自分のプランがそれだけではないという事を知っているからだ。
「そりゃあ、やってみなきゃ分からねぇ。ただ俺には“他のクランリーダー達の妻を人質にとってバルダー周辺のクランを従わせている”という計画もあることを忘れるなよ? オリジンがこの城を囲んだらそれがオリジンの最後ってわけだ。奴等は城を攻撃する最中に背後から俺が作った“人質クラン連合軍”に攻撃を受ける手筈になっているんだからな」
「だから、そいつら……本当に大丈夫なのか? 裏切ったりはしないだろうな?」
「くくく、自分の恋人や妻をあっさり捨てることが出来る奴なんてなかなかいやしねーよ」
ジュンも少し想像してみた。確かに今自分にキャッスルワールドで大切な人ができたら、少なくともその恋人を見殺しにするという判断はしないだろう。それどころか、率先して恋人に害が及ばないように協力するかもしれない。憎らしいが人の心の弱みを握るホークマンならではのやり方だ。
――確かに心配する必要はないのかもしれないな……。
ある程度納得したジュンは質問を変える。
「そういやオリジンはあと何日くらいでこっちに到着する予定なんだ?」
「見張りの話だとあと7日くらいらしいな……一日での移動距離が15kmと遅いらしいぜ、遠目でも攻城兵器を押しながら行軍してることを確認してるから恐らくそのせいだろうな」
「アイテム欄に入れりゃいいのに」
「おいおいジュンよぉ……アイテム欄に入れる重量ルールくらい知っておいた方がいいぞ、アイテム欄にモノを入れれる重量には制限があってそれはSP値に比例するがどんなにSP値が高い奴でも500kg以上はアイテム欄には入らねーようになってるんだよ……攻城兵器なんて何トンあると思ってるんだったくこれだからガキは……」
「じゃあそれまでに“堀”は完成するんだな?」
「ああ、その予定だ。【 土を掘る 】というスキル持ちの職人だけを雇って突貫工事をしてるからな、奴等の土を掘る凄まじさは並じゃねぇな……土をプリンみたいに掘りやがる」
ジュンはホークマンの計画がそれなりに万全のように感じた。とりあえず600人が来る理由は不明だとしてもある程度は戦える気がしてくる。少なくとも敵が攻城兵器を用いているく事、それに備えて対策していることというのは分かった。
―― ……こりゃ勝てるんじゃね?
「ほら、もういいだろ。説明は終わりだ! 出てけ! 出てけ! 朝からクタクタだぜ……ったくよぉ」
ジュンは“そりゃ朝からやってたからじゃね?”と言おうとしたが、ホークマンと不毛な話をしても意味が無いと思い、丁寧に一礼した後、ジュンは奥の間から退出した。
ジュンが奥の間から退出した後にホークマンは再びベッドに戻り、寝転がった……。ホークマンは面倒臭がって説明を省いたが、バルダー城をベストコンボイから奪取した後にバルダー城にいる3クランは始まりの街とボコタの街に“税金”と称する金の取り立てを行った。その手口はほとんどヤクザまがいの方法で、街にいる人に対し20人ぐらいで取り囲み10ゴールドという金を取り立てるのだ。10ゴールドくらいであればと人々も被害に合わない為に金を払った。
塵も積もれば山となる。その時に集めたゴールドはなんと1万ゴールド以上の額になった。その金で城に食料を蓄え、更に職人を雇い堀を作らせているというわけだ。
更にホークマンは城持ちクランであることを生かしクラン入団者を募っていた。もしもクランに入るならば“税金”を免れる事ができるという事でだ。目論見通り、入団希望者が続出しバルダー城を攻めた時に減った人数を上回るほどの入団希望者が現れた。
「くくく、来やがれオリジン……この城を攻めた時がテメェ達の最後の時だぜ」
全てはホークマンの目論見どおりに事が進んでいた。




