第031話 ジュン編 第二次バルダー城の戦い(2)
ホークマンによるアッシュボルト、光宙粛清後の夜……ジュンは何となく寝付けなくなり、気分を紛らわす意味でバルダー城の北西の塔の最上階で佇んでいた。この最上階は屋上になっていて、外が一望できる。もちろん壁上の通路からでも一望できるわけだが塔は360度を見回せる上に壁上よりも5mほど高かった。高いという事は遠くまで見えるということだ。この空間でジュンは遠くの夜の空を見つめ、あることを考えていた。
――あそこまでやるのかホークマン……。もっと他の道があったんじゃねーか?
ジュンは元々ホークマンのことがあまり好きではなかったが、それでもどこか話の通じる奴だとは思っていた。しかし、やはり悪党は悪党なのだと思わざる得なかった。
――エルメスの時もそうだった。ヤツは相手の心を読み、罠にハメる謀略の使い手としてはキャッスルワールドで1、2を争う存在なのかもしれない。あの金色の逆立った髪とイカツイ顎とむさくるしい服装で人はアイツを“武人”寄りの人間だと思うが……違う。あいつの本質は“知性”……狡猾さと残忍さこそがアイツの武器なんだ……。
ジュンは自分は何を武器にしてこのキャッスルワールドを生き残るつもりか考えた……考えたが自分の本質はどうあがいても“武人”でしかないなと思った。つまり暴力こそがジュンの最大の武器なのだ。それを使うことで生き残るしかないのだ。幸いな事にジュンの選んだ職業は戦士だった。前衛で戦う事においてはそれなりに優れた職業といえる。
――前の戦いでレベルが5つ上がってレベル8になった……。今の俺ならかなりの使い手が相手だとしても負けねぇはずだ。
ジュンは、アイテム欄から2つの剣、「雷神」と「風神」を取り出し二つの剣を構えた。そして中学や高校で遊びの時間に覚えた二刀流の型を実践する。
「はっ!」 「えいやっ!」
防御と攻撃を同時に繰り出せる二刀流の型は無限に近かった。その無限の型をジュンは実戦を想定しイメージを膨らませながら現実の状況に落し込んでゆく。同じ方向から二人の敵が来た時の型、後ろと前に一人づつ敵が迫って来た時の型。
「はっ!」 「とりゃっ!!」
――次は三人同時にかかってきたイメージだ。
ジュンはまるで体をねじらせるように剣を構える。左腕の剣を右から居合するように構え、右腕の剣を左から居合するように構え、一気に両方の剣を同時に横に振るのだ。これによって360度の攻撃が可能になる……しかし……。
――この技は一度に周りの敵を全て倒せる技だが、技を放った直後は完全に無防備になるな……。ってことは、技を使う時は周りの全ての敵を一撃で倒さなきゃなんねーってわけだ……。そういや昔のアニメに出てた「ユパ」という剣士も似たような技を使っていたな。
ジュンはこの技を「ユパ」と呼ぶ事にした。
ジュンは一度妄想特訓を止め、素ぶりの稽古を始めた。キャッスルワールドの中で“剣の素振り”というモノはかなり地味な稽古の部類にはいる。ゲームなので別段腕の筋肉が鍛えられるわけではないし、当たり前だがこんなものは何一つステータスに影響しない。それでもジュンはこの素振りを稽古する必要があった。何百という動作の繰り返しが一つの動作を作る。特に二刀流の動作はジュン自身完全に慣れている動作ではなかった。ゆえに素振りが大切だった。このゲームがもしも単純にデータを競い合う古典的RPGであればこのような稽古は完全に意味のないものになるが、キャッスルワールドは、かなりの部分でアクションRPGと言える部類に属するモノである為、このような稽古が意味のあるモノになるのだ。
ジュンはこの動作を“染み込ませる動作”と呼んでいた。自然に剣が型に沿って出てくるまで体に同じ動作を繰り返させるのだ。それを繰り返せば繰り返すほどに動きは体に染み込んでゆき、より無駄がなくより合理的に動く事になる。
この動作を繰り返しながらジュンはオリジンというクランについて考えた。
オリジンは2つの城を占領するキャッスルワールド内で現在最強のクラン……。その強さによってゲーム開始一ヶ月の時点で2つの城を占領し、そして今3つ目の城を手に入れようとしていた。
クランの現在のリーダーの名前は「シオン」不思議なことに最初の時点ではシオンはリーダーではなかったらしい、最初のリーダーは現在シオンの片腕となって働く「白老」と言われる老人だそうだ。
――今日のリーダー継承の話を聞く分には白老が自らの後継者をシオンと決めてクランリーダーを継承させたってことか。運よく指導者という職業になることができた部下をリーダーにすえたってことか? となるとシオンはお飾りのリーダーで本当の敵は白老ってやつになるのかな。
だが、そんなことはどうでもいい、誰が実質的な支配権を握っているかなどジュンにはあまり関係が無い話だ……それよりも大切なことがあった。
それは迫りくる敵の規模が600人という今まで相手にしたことがないくらいの敵の規模だったということだ。
――600人……しかし、オリジンは何故600人という規模で行動できるんだ?
ジュンは昼間の粛清前の会議室で光宙が言っていた事を思い出す。
『おかしいじゃないノ!! おかしいヨ!! だってオリジンのリーダーの職業が指導者という話は聞いたヨ、指導者ならクラン上限数を100人じゃなくて300人にすることができるって。でも向かってきている人数が600人なら数が合わないじゃないのヨ』
その通りだ……数が合わないのだ。指導者がクランリーダーである場合、クラン人数の上限は100人ではなく300人になる。つまるところ、その数字こそがこのキャッスルワールドにおいて兵力を動かせる限界の人数であるハズなのだ。その2倍の兵力がこのバルダー城に向かってきているというのはそもそもかなりの異常事態なのだ。
――つーことは今バルダー城に向かってきているのはオリジンとオリジンに味方する何か別のクランの連合軍なのか?
そうだとしても、それ以上に疑問に思う事がある。仮に大軍を動かせたとしても、クラン限界人数で攻めるという馬鹿な真似をするものなのだろうか? 自分達が今まで苦労して獲得してきた城を空にして攻めてくるのものなのだろうか? いや……常識的に考えてそんなことするハズがない……となるとオリジンはある程度防衛の為にライナル城とキサラギ城に人数を残しているということなるだろう……だがそうなるといよいよ600人という数字に合点がいかなくなる。何も無い所から突如兵士が降って湧いて来たかのようだ。
「“うちでのこずち”かよクソッたれ」
つまり、この状況はどう考えてもおかしいのである。
―― 一体何が起きている……一体何が……。
ジュンは首を左右に振る。自分の頭ではこれ以上の思考は困難であると悟っているからだ。だがそう思うとあることが強烈に気になってしまう。この意味不明な状況をどの程度ホークマンは把握しているのだろうかという事をだ。
――アイツのことだから何かしら策はありそうだが……昼間に言っていた策だけで本当にバルダー城を守りきれるのか? もしも守り切れなかったら……。
焦りが素振りの剣の速度を鈍らせる。ジュンは苛立ち頭から色んな情報を排除しようと試みた。
――このことに関しては明日だ。明日の朝にホークマンに聞こう。今は剣の稽古に集中しよう。そうするのが一番いいはずだ。
ジュンは答えのない自分への問いをやめ、今すべき剣の稽古に集中することにした。
――集中だ。集中。
ジュンは「雷神」と「風神」の二つの剣をこすり合わせる構えをした。するとジュンの頭の中である音が鳴り響く。
パララララー
――あ? 何の音だ?
ジュンは意味不明な音に周囲を警戒する……が……特に周りに異変は無い。
シュンシュンシュン
――あ? なんだこりゃ??
ジュンは視界の左側にうつる項目の操作を一切おこなっていない、にも関わらず次々とオプション画面やスキル画面が開かれてゆくのだ。ジュンはこの訳が分からない現象は敵が何らかの攻撃を仕掛けているせいかと思ったが、HPが減っている様子はない。とりあえずジュンは勝手に色々な画面が切り替わってゆく現象をとめるために、指で操作を試みるが全く命令を受け付けない。
――何がどうなってるんだ?
すると……空欄だった人生スキルの欄にある文字が浮かび上がって来た。
――お?
人生スキル【 五輪の書 】『=五輪の書=とは、常人には意味がなく達人にのみ意味があるスキル。スキルを発動すると視界に移るプレイヤー全ての行動が1秒早く人生スキル発動者の目に残像となって見える。更に装備している武器の耐久度が最高値まで上がる。スキル効果時間は5分。消費MP10』
「おおおおおおおおおお!!!!! 人生スキル!!!!」
いきなりジュンの身におこった謎の現象は人生スキルの発現イベントだったみたいだ。
「ついに俺も人生スキル持ちプレイヤーか!! …………でも……これ……弱くね? だって1秒後の世界を知ってどうする? 本当に役に立つんだろうか?」
人生スキルは一人につき一つだけのものらしい……。もしもこれが使えないスキルならジュンは一つしかない枠をまるまる無駄スキルで占めさせたことになる。
――とりあえず今日はもう遅いし明日誰かを実験台にして試してみるかな……あーホークマンに聞くのも明日、人生スキルを試すのも明日、明日は超重要だなこりゃ。
この頃、逆の南東の塔の最上階ではジュンに恋人を殺されたヴァシリーが一人佇んでいた。ヴァシリーはホークマンの粛清とそれに対する周りの反応に苦悩していた。
「今日の他のリーダーの粛清……団長も悪魔だったのよ……酷い話……酷い騙し討ち……それにいくら皆も自分達が助かりたいからって団長の判断を許せるの? ジュンも悪魔、団長も悪魔……それに賛成するみんなも悪魔よ!!」
誰もいない空間は……ヴァシリーを雄弁にさせた。誰も聞いていないという安心感からである。
「レビテンス……助けて……私はどうすればいいの……私はみんなを信頼できなくなってる……」
するとそこに光につつまれたハトのようなものが暗闇に紛れヴァシリーの元までやってきた。そのハトの足には何やら直径4cm、高さ10cmくらいの円形の筒がくくりつけてある。その筒をよく見ると『ヴァシリーへ』と書いてあった。
「何? これは……」
ヴァシリーはハトから筒を取り外す、すると光るハトはどこかに飛び立っていった。筒には電源のスイッチのようなものがついてあり、ヴァシリーは不審に思いながらもそのスイッチを押してしまう。
『やあ、ヴァシリー随分と君を探したよ』
ヴァシリーは驚き、その筒状の物体を地面に放り投げてしまう。しかし、その筒の声は止む事はない。
『君のことは何でも知っておるよ……全てね……。レビテンスのことは残念だったね……でも大丈夫じゃ。私はね、君の願望を叶えてあげるために来たんじゃよ』
ヴァシリーはいつしかその筒から発せられる不気味な声から耳をふさぐ事ができなくなっていた。




