第020話 5月30日 バルダーエリア 雨(3)
モトヤと兵士達の間は距離にして60mほどしか開いていない。
モトヤを追う兵士達はモトヤに追いつこうと全力で木々をかきわけ追いかけた。
その中の長い髪の兵士“板東”がモトヤの変化に気付いた。
「なんか、おい、あいつ口動かしてねーか?」
「あん?」
頬に傷のある兵士“ザラス”は長い髪の兵士の声がよく聞こえなかった。
「なんだって? 板東なんか言ったか?」
「だからザラス!! モトヤがさ! 何か喋ってねーか? って言ったの!」
ザラスは足下から前方に目を向けた。確かに何か喋っているのかもしれないが、視界の状態が悪くてそれどころではない。転倒したらモトヤに一気に引き離されるからだ。
「分かんねえわ! それより転ぶなよ!」
「分かってる! だけど気にならねーか?」
ザラスは喋りかけてくるおしゃべりな兵士板東に向かって「黙れ」と言いそうになるが、思いとどまった。何故だか頬に傷のある兵士もそこが気になって来たのだ。そして今度はモトヤの口元を集中して見ると確かにモトヤは何かを口ずさんでいるみたいだった。
「確かに、何か口を動かしてるな」
「だろ?」
ザラスは息を弾ませながら、モトヤが何をしているのか考えた。
多分スキルだろうな……じゃなければ頭がおかしくなったかのどっちかだ。まぁスキルだと仮定するか。だとしたら一体何のスキルを使うつもりだ? レベル2の魔物使いなんてモンスターを1~2匹操るのが限界のハズだ。いや分かんねーぞ。凄いスキルのがあるのかもしれねぇ。
ザラスは板東に助言を求めた。
「なぁ! モトヤがこんな時に使いそうなスキルってなんだ?」
「はぁ? 俺が知るかよ!! そもそも魔物使いに何のスキルがあるかすら知らねーよ」
聞くだけ無駄だった。というよりも考えるだけ無駄な気がしてきた。とにかく目の前にいるモトヤを倒せばいいのだ。それでいい、それだけがやるべきことなのだ。
そう決心するとザラスは今装備している槍を思い切りモトヤに投げつけた。
「どらああああああ!!」
それをモトヤは芋虫みたいに転がり這いつくばりながら木を盾に何とか避けた。
一本の槍に怯えるモトヤを見て頬に傷のある兵士は自信たっぷりに言った。
「なぁにあんな奴たいしたことはねーさ!!」
すると先ほどの攻撃がどこかにダメージを与えたのか、モトヤの逃げる速度が落ちてきた。
「見ろ! モトヤの足が遅くなったぞ!」
ザラスは板東に向かって喋りかけたが、頷くだけで大した反応がない。いつの間にか自分の方が板東よりもお喋りになっていたことに気がついた。
そうだよな。言葉なんて必要ない。目の前のモトヤをぶちのめせば、それでいいのさ。
そう思いザラスは走りに集中するために足下に視線を戻そうとするが、その前にモトヤの左手が忙しく動き出したところに目がいった。すると次の瞬間、大きくて頑丈そうな盾が現れモトヤはそれを装備したみたいだった。
俺がさっき投げた槍を警戒したのか? まぁいい。
ザラスは左手でアイテム欄を操作し、もう一本槍を取り出した。
すると、ここでモトヤは一旦立ち止まると180度方向を変え、追いかけるザラス達に向かって走ってきた。
ザラスはモトヤがヤケになったのかと思ったが、相変わらず何かを口ずさんでいる姿が見える。人は緊張すると色んな物事が遅く感じるらしい。頬に傷のある兵士はこの時点でようやく何かの異変に気付いた。モトヤが向かってくる事自体が明らかにおかしい現象なのだ。
何故モトヤがこちらに向かってくるんだ? 何故剣ではなく大盾を装備したんだ? そもそもさっきからずっと何を唱えているんだ? 自分を強化するスキルか? それとも何か魔物使い特有のスキルか?
ザラスは一列になりモトヤに向かって行く自分を含めた兵士たちを眺めた。物凄く嫌な予感がした。自分達は何かとんでもないミスをしたのではないかと思えてきた。
モトヤの事は良く知らないが、普通は逃げ続ける。逃げ切れるかどうかは分からないが、それでも沢山の兵士に立ち向かうよりは遥かにマシだからだ。こちらに突っ込んできたモトヤの末路を普通に考えれば、兵士に囲まれメッタ刺しにされて死ぬ、それで終わりだ。そんな選択を人はするものなのか? 普通は逃げる……だがそうしないという事は……何か勝算があるのか?
モトヤが段々と近づいてくる。
ザラスは走っているうちにモトヤが何を口ずさんでいるのかが聞こえてきた。
「…………で、…………で」
ザラスはモトヤが口ずさむ様をまるでスローモーションのように聞いていた。
「……いで、……いで」
ザラス達とモトヤがぶつかるまであと5~6秒程度の距離にあった。
その時、ザラスの耳にモトヤの呟いている声がハッキリと聞こえた。
「おいで、おいで。おいで、おいで」
その時であった。モトヤの背後から大量のモンスターが突然現れたのだ。
「グゥガアアアオオオオオオ」
ザラスはあまりの出来事に驚いて転びそうになった。
「魔物使いが一度に操れるモンスターの数なんて多くて数匹程度だぞ! なんでこんな大量のモンスターが!!」
ザラスはこの時モトヤが使っていたスキルが何の目的で使われていたか分かった気がした。恐らく大量のモンスターを集める為のスキルだったのだ。そして更にあることに気づいた。自分達が今いるのは雑木林なのだと。その視界の悪さのおかげでほとんどの兵士達がモンスターの接近に気付けなかったのだ。
大量のモンスターを集める事と俺達にそれを気づかせない事にうってつけの地形だったわけか!!
「クソオオオオオ! これを狙ってやがったのか! モトヤ!」
モトヤは大盾を自分の前方に構え兵士に向かって走り続けた。顔も足も手も体も兵士達の攻撃からすっぽりと隠れるくらい大盾は全てを覆っている。モトヤはこれで前方からの攻撃はほぼ受けないと確信していた。
モトヤは大盾のせいで前方は見えないがさっき肉眼で見た限り、そろそろ兵士達に接触するハズだった。
「ガン!!」
モトヤの予想通り数人の兵士が剣や槍などでモトヤを攻撃した――――がモトヤはその攻撃を大盾によって見事に防ぎ兵士達の背後に回り込む。
モトヤはスキル「おいでおいで」を解除する。
モンスター達もモトヤを追いかけてきた勢いそのままに近くにいる兵士達に襲いかかった。
「ウゥガルルルルル」「キュイイイン」「ブゥゥゥン」
モトヤは持っていた大盾を地面に放り投げ剣を思い切りよく鞘から引き抜き、そしてモンスターと戦っている兵士の頭を背後から突き刺した。戦場は兵士達の混乱の声で満たされた。
「なんだ! なんでモンスターが」
「この雑魚が!! 死ね!! 死ね!!」
「どうしてこんなに大量のモンスターが攻撃してくるんだ」
モトヤは兵士の頭から剣を引き抜き、犬型モンスターと格闘している兵士の背後に忍び寄ると心臓を一突きした。モンスターとモトヤの攻撃により兵士の数はどんどん減っていった。
モトヤは兵士達を背後から襲いながら自分の作戦が見事に成功したことを喜んだ。
モトヤの作戦とはこうだった。
まず、魔物使いの職業スキル「おいで、おいで」で周囲のモンスターを自分のそばに呼び寄せる。
次に、呼び寄せたモンスターを「おいでおいで」を唱え続けることで誘導し、自分ごと兵士達に突っ込む。そうすることによってモンスターも兵士達に突っ込む。この時重要なのが兵士達にまずモトヤが突っ込まなければいけないことだ、その為に大盾を装備し最初の一撃をしのぐ。
ここでスキル「おいでおいで」を解除する。
この後に力を発揮するのが魔物使いの特性の「モンスターは魔物使いと他の職業が一緒にいたら他の職業を優先して攻撃する」というルールだ。これによってモトヤが連れてきたモンスターの群れは魔物使いであるモトヤ以外を攻撃することになる。
こうして兵士達とモンスターを戦わせ、モトヤは背後から兵士達を倒してゆくのだ。
モトヤの方に向かって突然槍が飛んできた。モトヤはそれを直前で気づき間一髪で槍を躱わした。モトヤは槍が投げられてきた方向を見た。そこに居たのは頬に傷のある兵士だった。
頬に傷のある兵士は目の前のハチのモンスターよりもモトヤの事を優先して攻撃を仕掛けてきたみたいだった。モトヤにとってはこういうタイプが一番まずい。モトヤは剣を構え頬に傷のある兵士に向かってダッシュした。
頬に傷のある兵士は左手でなにやら操作を行っているようだ。恐らく武器を装備するつもりなのだろう。今投げた槍のせいで頬に傷のある兵士は丸腰状態なのだ。
モトヤは頬に傷のある兵士に向かって飛び上がり、剣を振った。
それと同時に頬に傷のある兵士は新たな槍をアイテム欄から取り出したみたいだが。一歩こちらが早かった。モトヤの剣は頬に傷のある兵士の首を捉え的確に斬りおとした。
だがその直後にモトヤの背後で何かが光る。モトヤが振り返るとそこに両手を広げモトヤの方を向いている長い髪の兵士がいた。その兵士は「転移」と叫んだ。
すると、モトヤの体が激しく発光し始めた。この事態に流石のモトヤも焦って叫ぶ。
「ちょ! ちょっと待て! なんだこりゃ!!」
モトヤの体は激しい発光を伴ったまま天高く体が舞い上がった。
「うわ! 待て待て! ヤバいだろ! どうなってる!!」
次の瞬間、発光したモトヤの体はまばゆい光に吸い込まれその場から消えた。
その様子を遠くから見ていたホークマンは突然「馬鹿野郎!!」と大声を発し、雑木林の向こうから兵士たちの戦いに加わろうと勢い良く走りだした!!
モンスター達の攻撃はまだ終わらない。ほとんどの局面では兵士が勝っているが、レベルの低い兵士などはモンスターの攻撃で瀕死の状態だ。その瀕死の兵士が仲間の兵士に向かって助けを求める。
「駄目だ……やられる……助けてくれ」
すると何処からともなく風切り音が聞こえてきた。
フォンフォンフォンフォンフォンフォン
その風切り音は瀕死の兵士を通り過ぎ、兵士に襲いかかろうとしていたモンスターの頭部を吹き飛ばした。ホークマンのトマホーク(投げ斧)がモンスターを仕留めたのだ。九死に一生を得た瀕死の兵士はこちらに向かって走ってくるホークマンに対し感嘆の声をあげる。
「ボス!!」
その兵士の声が届かぬうちにホークマンは自分の装備品からもう一本トマホークをとりだし、モンスターの群れめがけて投げ込んだ。
「キャンキャン」
「キュイイイイイイイン」
「グゴゴゴゴ」
ホークマンのトマホークの威力は絶大でモンスター達は一斉に森に逃げ込んでいった。
「助かった!!」
「さすがボスだ」
戦いが終わったことを確認するとホークマンは長い髪の兵士のところにズカズカと向かってゆく。
「おい! 板東!!」
板東と呼ばれた長い髪の兵士は顔をこわばらせ返事した。
「はい!!」
ホークマンは板東の胸ぐらを掴み大声で怒鳴る。
「俺はここに着く前に言ったよなぁ?? 「転移」は使うなってよぉ!!」
「は、はい」
長い髪の兵士“板東”はホークマンに謝りつづける。だがホークマンはそんな板東に対し執拗に責め続けた。
「俺の言う事が聞けなかったのか!!」
「す、すいません……。やられると思ったもので……」
横から他の兵士が口を出す。
「お言葉ですがボス! あのままだと我々はモトヤにやられていました! 板東さんの判断は正しかったです!!」
ホークマンはジロっと兵士を睨み、そして小さくつぶやく。
「馬鹿が……だからモトヤを俺の駒にしたかったんだよ……」
転移とは長い髪の兵士板東だけが使える人生スキルで、全MPを使い、対象をキャッスルワールドのどこかにワープさせる呪文だ。どこの土地に飛んだかは飛ばした術者にも分からない。
実のところキャッスルワールドは5月1日のゲーム開始から一カ月ほどが経過したのだが、未だに始まりの町付近の人口が多かった。理由は様々だが最大の理由は1つしかなかった。始まりの町付近のモンスターが一番大人しいのだ。人々はそれ以上の戦闘能力を持つモンスターと戦う事を恐れ始まりの町付近に住み続けた。
つまり始まりの町から離れれば離れるほど強力なモンスターに命を狙われることになるのだ。
ホークマンはつぶやいた。
「もう駄目かもしれんなモトヤは……ふぅ……。まぁ新しい駒を探すさ」
モトヤはレベル2の魔物使い……。始まりの町付近以外での生存は難しかった。




