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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅰ章 キャッスルワールドへようこそ
2/118

プロローグ

多少文章を変更しました。8/20

「ドム! ドム!!」


 ドムは、その声に振り返る。

 そこには金色の髪の少女リアナがいた。

 リアナは泣きじゃくり、尚も自分の名前を呼んでいた。

 ここは、木々が所狭しと生い茂る、暗く、深い、キサラギ城近くの森。枝が左右にうねりをあげる植物が多く生息し、それがまるで人の侵入を阻んでいるかのような森だった。

 ドムはそれを知りながらこの森に足を踏み入れた。

 いや、知っていたからこそ、ここに隠れていた、と言った方がより正確な表現かもしれない。

 敵。そう敵から身を隠すために、ドムはこの森に逃げ込んだ。

 なのに、ドムはその場に立ち尽くし、悠長に緑の葉を指で確かめるように触りはじめた。のどの奥から乾いた笑いがこみ上げる。


 ――間違ない……、これは葉っぱだ……。匂いも光も葉の裏につく水滴さえも何もかも……クソッタレ……。キャッスルワールドさえ……キャッスルワールドさえプレイしなけりゃ……。


 ドムは顔をあげた。木々の合間から見える小さな空に一筋の星が流れた。そして、それを追いかけるように平べったい雲がゆっくり東へ流れていった。美しい、と思った。本当に、ここがゲームの中だなんて一体誰が想像できるだろう?




『キャッスルワールド』 ……それは中世の世界を舞台としたVR(仮想現実)ゲームのソフトの名称でドムとリアナはそのゲームを現在プレイ中であった。



 リアナの金切り声がドムの耳の奥まで響いてきた。


「ドム諦めないで! そんなものを触ってないで、足を引き抜くよう努力して!」


 ドムは空を眺めるのを止め、自分の足下を見た。

 ギザギザの歯をした『トラバサミ』という狩猟用の罠が自分の足首にしっかりと食い込んでいた。そう、これが葉を触り始めた理由だった。しばらくここに隠れ、それから消えるつもりでいたのに、奴らはあらかじめこちらの思考を読んだように、この森一帯に罠を仕掛けていたらしい。おかげで、もうドムの指はボロボロだった。この罠を壊そうと、何度もトラバサミの口に指を這わせこじ開けようとしたからだ。

 でも無駄だった。一度食い込めば二度と逃れられないサメの歯のように、刃はしっかり足首に食い込み、ドムを離さなかった。そして、それを何度もするうちに、この獰猛な牙からは永遠に抜け出せない……、と悟ってしまった。


 敵はドムとリアナを追っている。敵はトラバサミにハマったドムを見つけだし、やがて殺すだろう。その時、ドムとリアナの二人はどうなるのか? もちろんこの世界はゲームの世界だ。

 セーブポイントからやりなおすのか?

 それともゲームオーバーになり、仮想現実の世界を離れ現実世界に戻るのだろうか?


 いや、違う。

 正解は「死」だ。


 このゲームの中で死ぬと現実の肉体も死を迎えるのだ。キャッスルワールドとはそういうゲームだった。それさえ事前に知っていれば絶対にプレイなんてしなかったとドムは思った。しかし、時すでに遅し……。ドムは知らずにキャッスルワールドをプレイし……、そして、敵に追い詰められていた。


 ドムはクランのリーダーで少女リアナはその部下の一人だった。リアナはトラバサミの間に指を這わせ、頑なに閉じるその口を懸命に開かせようと努力していた。ドムはその行為の無意味さを知っている。力のステータスが少女よりも数倍も高いドムが何度も同じ事をしたが結局無駄だったからだ。

 ドムは少女に向かって力なく言った。


「やめろ、リアナ……。もうすぐ追手がくる……やめるんだ……。君まで死ぬぞ」

「でも、でも……。ドム! あなたが死んでしまう!」


 少女はその大きな瞳に更に沢山の涙をあふれさせた。

 ドムは少女が泣く理由を知っている。


 ――それは僕がもうすぐ死ぬからだ。



 このゲームを脱出する方法は2つ。

 ゲームクリアをして生きて脱出するか、

 ゲーム内で死んで死体となって脱出するか、

 その、どちらかしかない。

 現実世界のドム達の肉体は、カプセル状のVRゲーム機【マイマイ】の中にいる。ゲーム内で死ねば、VRゲーム機の中にいる本物のドムの体も死ぬ。死因は溺死だ。死体となり、このVRゲーム機の中から脱出できるわけだ。最もこれは脱出とは呼べないだろう。ただ【マイマイ】の中から死体が運び出されるだけなのだから。



 キャッスルワールドにはいくつかルールがある。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 キャッスルワールド ルールその1:ゲーム内の自分のキャラが死ぬと、ゲームをプレイしている本人の体も死ぬ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ダメ! ドム、あなたはリーダーなのよ。生きて、お願い!」


 少女リアナは泣いた。ドムと少女だけが今回の戦いで唯一生き残っているクランメンバーなのだ。もう少女の顔見知りは全て死んだ。クランリーダーのドムが死んだらいよいよ最後は少女だけになるのだ。

 ドムは泣きじゃくる少女に対し最後の望みを託す。自分は死ぬかもしれないが、少女にはどうしても生きていてもらいたかった。ドムは彼女にやってほしいことがあったのだ……。


「リアナ……、君に頼みたいことがある……」

「え?」

「僕の本当の名前は……雨宮トオル……僕の娘に……雨宮アリスに……、僕の最後を伝えてくれ……僕の言葉も一緒に……」

「嫌よ! 自分で伝えて! 諦めないで、生きて」

「聞くんだリアナ! 時間が無い! 頼む……アリスに言伝(ことづて)を……」

「嫌よ!」

「リアナ!!」とドムは怒鳴った。


 少女は涙を流しながらも聞くしかなかった。自分のリーダーであるドムの最後の願いなのだ。そしてドムは言伝(ことづて)を託すために喋り出した。


「このまんま伝えてほしい。……パパがマヌケなばっかりにこんなことになって本当にごめん……だがこれだけは覚えていてほしい……。パパはアリスの事が大好きで……パパは……パパは……本当にアリスのことだけが大好きで……、ごめん……強く生きて……幸せになって……こんなパパで……本当にごめん」


 ドムは言い終ると一枚のカードを少女に手渡した。


「ドム……、これは?」

「それはリネームカードと言って自分の名前を変更できるレアアイテムだ……。僕も君も有名になり過ぎた……。恨みを買う事も多いし、落ち武者狩りも多いだろう。それで名前を変更してゲームクリアに最もふさわしい人間と行動を共にするんだ……。いいか! これはリーダーの僕からの最後の指令だ! 絶対にゲームクリアをしろ! そして僕の言伝を娘のアリスに伝えてくれ!」


 少女は頷く。

 その時である。こちらに向かって矢が飛んできた。


「おい見つけたぞ! あそこだ、あそこにいるぞ! 鎌使いのドムだ!」

「うほぉ~ラッキィ~! あのマヌケ罠にかかってるぜ。おーいみんな! こっちだぞおお! こっちに鎖使いのドムがいるぞおおお!!」


 この瞬間ドムは鬼の形相と化し、赤白い発光を身にまとう。


「行けリアナ! 生き延びろ。絶対に、絶対にだ! アリスに僕の言葉を伝えてくれ! ここは僕が引き受ける。頼んだぞリアナ!」


 ドムは大きな鎖鎌をとりだし、振りかぶる姿勢をとった。

 少女リアナはドムを置き去りにするようにこの場から一目散に走り始める。少女のほほを涙が伝った。少女はドムを一切見なかった。


「おいおい! ありゃ漆黒の魔術師リアナじゃないのか? ラッキー両方瀕死だぜ!! その経験値、俺達がいただく!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 キャッスルワールド ルールその2: キャッスルワールドの世界では経験値はモンスターから入手できない。人を殺す事によってしか経験値は入手できない。ゆえに強くなりたければ人を殺すしかない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ドムの地鳴りのような声があたりに響き渡る。


「お前達の相手は、この僕だ!!」


 ドムは腕をしならせ、腰をかがめ、大きな鎖鎌を敵に向かって投げつけた。うねるような動きを見せた鎖鎌は、あっという間に追手の足首に巻き付き、足首から先がはじけ飛んだ。ドムは鎖を引っ張り、鎌を手元に戻すと、少女の後ろ姿をチラリと見た。


 ――リアナを無事に逃がす。


 それが最後の仕事だと自分に言い聞かせた。片足がトラバサミに挟まったまま、ドムは力の限り鎌をなげつけた。そのたびに、敵の首や手がはじけ飛んだ。


「この野郎! 死にぞこないが!!」


 罵声に包まれる中、また視線はリアナを追った。

 小さくなってゆく背中が見えた。


 ――もう少し……、あの背中が見えなくなるまで。


 そう思っているうちに、囲まれてしまっていることに気づいた。

 360度全てに敵がいた。

 ドムは鎖を握り、それを回す。ドムの上をヘリコプターのプロペラが回転するように鎌が回り始めた。

「どこからでもかかってこい!」と叫んだドムに呼応するように正面の2人がドムに襲い掛かる。その直後だった。背後の一人がそっとドムに近づき、ドムの背中に深々と剣を突き立てた。背中から入り込んだ突剣は、ドムのお腹から飛び出した。

 ドムは背後から剣を突き刺した男の襟首を掴み、鎌で男の喉を引き裂いたあと、目にもとまらぬ速さで、正面の2人を切り裂いた。


「ぐああああああああああああああああ」


 深い森の中に男たちの断末魔が響き渡る。


 ――どうだ! 僕はまだ死なんぞ!!


 次の瞬間ドムの胸に矢が突き刺さる。


 ――なに?


 よく見ると追手のほぼ全員が弓を構えて矢をつがえていた。


「これで経験値は俺達のもんだ、放て!!」


 ドムの全身に矢が突き刺さってゆきHPゲージがみるみる減ってゆく……。その攻撃は止む事はない。トラバサミに足をはさまれその場から動けないドムは弓を射る者にとっては格好の的だからだ。


 ヒュン ヒュン グサッ


 グサッ グサッ ヒュン ヒュン


 ドムは、敵兵が弓を弾く音とその放った矢が自分の体に突き刺さる音を聞きながら、矢が刺さり続ける様を眺めた。もうどうすることも出来なかった。


 ――ああ、僕はこれで終わりなんだな……。



 次にドムは少女が逃げた方角を見た。もう少女は見えなくなっていた。少女は逃げ切ったのだ。追手も少女を追う気配が無い。


 ――アリス……どうか……幸せに……。


 そしてドムのHPはゼロになりプレイヤー雨宮の意識も無くなった。


 これがキャッスルワールドにその名を轟かした鎌使いのドム「雨宮トオル」の最後だった。







 少女は逃げ続けていた。

 通常、視界の右上にはクラン名が表示されている。

 それがさっき無くなった。

 リーダーのドムが死んだのだ。


 少女は走りながら泣いていた。いくら泣きやもうと思っていてもそれができないのだ。少女の脳裏にはドムの顔やドムの言葉が次々と浮かんで離れない。少女にとってドムは真のリーダーだった。少女はまだ16年しか生きていないが、あれ以上尊敬できる人に出会った事がなかったのだ。


 少女は思った。自分の生命の最後の瞬間までこの命はドムの願いのために使いきると、必ず約束を果たすと。

 少女はドムから貰ったリネームカードを手にとるとそれを天に掲げた。


「リネーム!!」


 リネームカードはカードを天に掲げ「リネーム」と叫ぶ事によって効果を発揮する。その後、自分が変わりたい名前を叫ぶのだ。


「アリス!!」


 少女「リアナ」の体をまばゆい光が包む。そして、その光が去ると少女の名前は「アリス」に変わっていた。


 これは誓いだ。生きなければいけないという誓い。美しく死ねないという誓い。生きて雨宮アリスに会わなければいけないと言う誓い。必ずゲームクリアして現実に帰還するという誓い。


 少女「アリス」は頬に流れる涙をぬぐう。

 少女の目に力がこもる。

 もう後ろを振り返ることなど許されないのだ。もう一人だけの命ではないのだから。


「必ずクリアするわ……。必ず……どんな手を使っても……。見ていてドム……私はやり遂げるわ。必ずね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 キャッスルワールド ルールその3: キャッスルワールドのクリア条件はより多くの城を占領するか、より多くのゴールドを獲得するしかない。クリア出来ない者は死あるのみである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




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