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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅳ章 M計画
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第098話 バスティアの戦い(3)


 悲鳴が轟くバスティアの街は赤に染まっていた。

 そう鮮やかな赤に……。

 弱き者は、腕をもがれ、首を刈り取られ、心臓を握りつぶされ、この街を赤くしていった。

 壁、石畳、街路樹、至る所がサンタクロースのように赤に染まった。彼等はまるでそれが使命であるかのように、どこかが弾け飛ぶ度に赤い液体を辺りにまき散らしていった。

 地獄というものがあるならきっとこんな所だろう、そう誰かが思った。

 残った僅かな住民は怯えるばかりで、ほとんどの者が逃げ惑うしかなかった。だが、逃げ道など何処にあるのだろう。この街は包囲されているのだ。街路樹に登ろうが、街の隅に隠れようが、そこには必ずオリジン兵がいた。

 戦うしかなかった。

 最早戦うしかなかったのだ。

 だが、誰がオリジン兵と戦うことができるというのか。この街にいるのは全てを諦め流れ着いた連中なのだ。まともに戦える者など数えるほどしかいなかった。

 誰かが思った。きっと街が包囲された時点で住人の命運は既に尽きていたのだ、と。赤が増えた。さっきよりもずっと増えた。醜い断末魔の叫びをあげながら住民たちは総出でこの街を赤く染めあげていった。


 オリジンの指揮官エヴァは、そんな街の様子を遠巻きに眺めていた。


 首や腕が転がり、大雨が降った後みたいに血の水たまりが出来る様を見てエヴァは思った、ああ、早く掃除がしたい、と。ベッキブラシでゴシゴシ石畳を磨くのだ。これらが腐れば強烈な臭いを発する事もすでに気になっていた。

 エヴァにとって戦闘はたいした問題ではなかった。人命などはもっと問題ではなかった。問題は戦闘によって街の清潔さと美しさが損なわれる事にあった。石畳は場所によってはめくれあがり、壁だって所々に穴が空いてしまっていた。それら全てを修復して元の街並みを維持したいという強烈な欲求がエヴァの体を突き抜けた。しかし、それらの全てをマオは固く禁じていた。そうしてしまえば、それは最早“ファントムの仕事”とは言えないからだ。ファントムは殺しを見せる。死体を見せる。全ての住民が無残に死んだ様を見せる。当然、街にはダメージが残っていなければならないし、血と焼け焦げた強烈な臭いがなければならない。その残忍さと野蛮さこそがファントムをファントムたらしめるものであったからだ。エヴァにはそれを守る義務があった。それが指揮官の役目だった。

 たしかにマオ姉の言うとおり、何も持たない奴等は利益の垣根を超えて結束するかもしれない。そいつらを事前に減らす為にファントムという別のクランを装い奴等を虐殺する必要があるかもしれない。少なくとも親オリジンクランをオリジンが攻撃したとなれば親オリジンの連中は一斉に離反をするだろう。

 それは分かる、そのロジックは分かる。だからこそエヴァ等はファントムを装わなければならなかった。

 だが、エヴァにとってその目的を完遂させるために汚物を残さなければならないことが何よりの苦痛であった。エヴァは自分を潔癖症などと思った事はない。ただ、床に捨てられたゴミが気になるだけなのだ。それが肉や血であれば尚の事気になった。


 ――ああ、もう本当になんなの。こんな血のエフェクトいる? 全く必要ないじゃない! これじゃまるで18禁よ!!


 エヴァの癇癪はこの軍ではもう誰もが知っている。だからこそエヴァの険しい表情に皆神経を尖らせていた。一体原因は何なのか。なぜ優勢に戦いを進めているのに機嫌が悪いのか、それともこの勝ち方では手ぬるいから機嫌が悪いのか。エヴァが眉をピクリと動くたびに、その理由がわからず街を取り囲む後衛部隊は揺れに揺れていた。そんな周りの兵士の気持などつゆしらず、エヴァは、その険しい表情を維持させながらバスティアの街を眺めていた。


 ちょうど、そんな時であった。

 街の奥の方が僅かに光ったように見えた。目を凝らすと、それは金色の光のように見えた。何だ? とエヴァは思った。そんなエフェクトをもたらす魔法など知らないし、そもそもそんな種類の明かりなど見た事がなかったからだ。

 ――どうせ誰かの人生スキルでしょ?

 エヴァは大して気に留めもしなかった。不思議な現象がおこったならまず人生スキルを疑え、これはこの世界に棲む者として常識に近い思考法だった。もちろん人生スキルが各プレイヤーの固有のスキルである以上、気をつけるにこしたことはない。だが、既に住人の7割以上は死んだと報告を受けたばかりであった。よほど強力なスキルであったとしてもここから挽回されることなどまずないとエヴァは思っていた。

 だからエヴァは、前線からの報告を待った。待つ以外、これといった行動をおこさなかった。エヴァは街をぐるりと取り囲む兵士達と共に草原に居た。その中でやや小高い場所を本陣と定め、ただ報告を待っていた。


 報告が本陣に来なくなってから15分が過ぎたあたりでエヴァの世話係の小太りの男が隣で呟いた。

「そういえば、定期連絡がこないなぁ……」

 そういえば、そうかもしれない、とエヴァも思った。前線の指揮官とエヴァは10分おきに定期連絡を交換していた。特に用事が無い場合でも戦闘の進行状況を伝える為に一旦連絡係は本陣に戻ってくるのだ。その連絡係が10分を過ぎても戻って来ないのだ。

 どうしたのだろう、と思った、その矢先だった。


 一人のプレイヤーがバスティアの街から姿を現した。エヴァはそれを眺めていた。幽霊の様な男だと思った。頭には紫色のターバンが巻かれており、体はボロきれのようなもので覆われていた。男は逃げるでもなく、隠れるでもなく、戦うでもなく、ただゆらゆらとゆっくり歩いていた。街を包囲していたオリジン兵はその様をボォーっと眺めていた。恐らくエヴァと同じ思いだったに違いない。

 なにか狐につままれたような、そんな気分になったのだ。だってそれは嘘みたいな光景だったからだ。ここは戦場だった。とても悲惨な場所である筈なのに、そこだけ何も戦闘が行われていないかのような、平和な夜の郊外をゆっくり散歩しているような、そんな穏やかな空気が流れていたからだ。

 皆が見守るなか、男は自分の背丈ほどの塀によじのぼると、そこで座ったまま動かなくなった。理解に苦しむ行動だった。


「あれは――」とエヴァが小太りの男に言いかけると、次の瞬間、強烈な金色の光が塀の上に座った男から発せられた。まぶしいと思い、一瞬エヴァは目を覆うが、すぐに自分の間違いに気付いた。あれは、光ではない。鎖だ、と気づいた。


 一本一本の太さが5cmほどはあろうかという無数の【 金色の鎖 】が座った男の背中からジャラジャラと音をたて勢いよく飛び出していったのだ。


 一瞬、攻撃されるのか、と思ったエヴァ他オリジン兵は身をかがめた。だが、鎖はこちらに向かってこず、街に散らばっていったようだった。


 訳が分からなかった。

 いや、だからこそエヴァは全身の鳥肌が立った。

 男は尚も座ったまま微笑んでいた。だから怖かった。何が起こっているか分からないこの状況が怖かった。だからエヴァは叫んだ。


 あの金色の鎖の男を殺せ! と、叫んだ。


 もはや、あの男がオリジン兵であるかの確認などどうでもよかった。敵でも味方でもどちらでもよかった。エヴァは、とにかくこの意味不明な状況がこれ以上続いてほしくなかった。

 エヴァの号令を聞いたオリジン兵は街の包囲を解き一斉に金色の鎖の男に向かって走り出した。鎧の音を軋ませ、殺意のこもった目を血走らせ、オリジン兵は走った。


 その次の瞬間であった。バスティアの街から大量に人が飛び出してきたのだ。


 エヴァは目を丸くした。


 バスティアの街の郊外で街から飛び出してきた人の群れと、オリジン兵は激突した。エヴァは叫んだ。


「何やってるの! さっさと殺して! いいから殺すのよ!!」


 叫んだあと、思った。これは何かがおかしい、と。バスティアの街の住人はすでにその7割ほどが死んだ筈である。なのに、この数はなんだというのか、それに!

 住民たちの死を恐れぬ攻撃に、むしろオリジン兵(こちら側)が怯んでいた。腕を斬りおとされても腹を裂かれても止まらぬ住民達の攻撃にオリジン兵は一人、また一人と倒れていった。訳が分からなかった。本当に訳が分からなかった。小太りの男が叫んだ。


「逃げましょうエヴァ様! ヤバイです! これヤバいですよ!!」


 エヴァは思い切り世話係の小太りの男を睨みつけた。


「オリジンに撤退の二文字はないの! わかった!? ついてきなさい! 【斬れる鋼の糸(コリンワイヤー)】!!」


 エヴァは乱戦の中に加わると両手の人差し指同士を合わせ、それから住民の首に“糸”を巻きつけた。外側に引っ張ると、住民の首がはじけるように上空に飛んだ。その動きは他のオリジン兵とは比較にならなかった。


 ――次!


 と思ったその瞬間だった。エヴァは違和感を覚えた。とてつもない不自然さを感じたのだ。エヴァは振り返った。首のない死体があった。今、始末したばかりの死体。エヴァはそれを凝視した。不自然さの正体が気になったのだ。


 ――なんなの? なにかおかしい。この死体、何かおかしい。


 恐らくこの時、気をとられていたからだろう。エヴァは自分に迫りくる白い影に気付かなかった。その白い影は女性と思えぬほどの高速移動を繰り返し、あっという間にエヴァの間合いに飛びこんだ。


 ――え!?


 エヴァが気づいた時にはもう遅かった。


 全身を白につつんだ銀髪の女性がエヴァのおでこに向かってレイピアを突き刺した。

 エヴァの視界には、その自分を串刺しにした女と塀の上にすわる金色の鎖の男が目に入った。男の顔にエヴァは見覚えがあった。そうだあれはミシャラク城攻撃する際に見せられた資料映像の中にそれはあったのだ。マオ姉は言っていた。


『この男は恐らくミシャラク城にはいないでしょう。居るのは、阿南、フィオナ、アリスの誰かね。たぶん本命はアリス。強いわよ、だから気をつけてね。そうそう。もし万が一この男がミシャラク城に残ったら、その時は、エヴァ頼むわよ。M&Jは恐らく私達オリジンに唯一対抗可能なクラン。そして、何と言ってもこの男――モトヤよ。何があってもこの男を殺さなければダメ。私の全ての作戦はこの男を殺す為にあるの。城を獲得してもこの男を逃がせばなんの意味もなくなるわ。いいこと? エヴァよく聞くのよ。絶対にこの男を殺さなければならないわ。ここで殺さなければ、次に死ぬのは私達かもしれないわ』


 ――あれは……モトヤ?――。


 ここでエヴァの意識は途切れた。


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