第097話 バスティアの戦い(2)
不思議だった。
いつもの壁にモトヤはもたれかかって地べたに座っているハズだった。夜の闇が深いはずなのに、光がまぶしく、その光が全てを湾曲しているように感じた。時間も空間も物体もなにもかも、を。
モトヤは、こんなにも全てのことがおぼろげになったことは初めてだった。景色が歪んで見えた。いつものもたれかかっている壁も、果たしてそこにあるのか、ないのか、よく分からなかった。自分の体さえもどこからが自分で、どこまでが自分以外なのかよく分からなかった。この空間に時間やら何やらが全て溶け込んでしまいそうだった。耳鳴りが聞えた。誰かが声をかけてきた。ヤードラット聖人だった。たぶんヤードラット聖人だ。何かを必死に喋っているようだった。よく分からない。所々単語が聞えた気がした。
≪オリジン、ファントム、虐殺、……助けて≫
オリジンが来たのだろうか……。そうか、死ぬのか。大きく息を吐いた気がしたし、吐かなかった気もした。眠くなってきた。とにかく眠くなってきた。
モトヤは意識の底に沈んでいった。
底へ。
底へ……。
==ったくよ。
不思議な声が聞えた気がした。機械音の様な声。モトヤは声をかけた。
――あんた誰?
==俺が誰かなんてどうでもいいだろ。っていうかたまに俺に気付く変な奴がいるんだよなぁ。
――あんた誰?
==別にどうだっていいだろ。
――俺はモトヤだ。
==だから名乗らねーよ。
――そうか。じゃあ名乗るまで待とうかな……。
==別にいいけど、お前にゃ時間がないぜ?
――時間?
==ったくお前は周りの状況すらよく分かってねーのか。お前の住む街は既にお前達を殺そうとする勢力に囲まれている。
――オリジンか? ファントムか?
==そんなこと俺が知るかよ。とにかく、そういう奴等に囲まれてるんだってよ。目の前の細っそい目の女がそう言ってるぜ。
――細い目の女?
==知り合いだろ?
――さぁ……。
==……。まぁいいや。どうせ俺の苦労も徒労に終わるのだろうし。
――何が?
==俺の苦労だよ。
――だから何の苦労だよ。
==お前に関しては苦労の連続だったよ。なんでもできるような万能感をもったり、自分をクズの中のクズだと思いこんだり。上がったり下がったりで、そういう精神的な病気なのかと思ったぜ。
――ちょっと待てよ。何の話をしてるんだ。
==俺はな、キャッスルワールドのシステムなんだよ。
――システム?
==そう。人生スキルの作成システム。普通は無意識下の本人の人格と語り合って、与えられたパーツから最適なスキルを探したり、または組み合わせてあらたなスキルを作ったりするシステムなんだけどよ。そこに本人が降臨してきたもんで俺もちょっとパニクってるわけよ。
――なんでそんなべらんめぇ口調なの?
==俺が知るかよ。
――ふーん。で何であんたの苦労が徒労に終わるの?
==話聞いてなかったのかよ。よく分からんがお前は敵に囲まれてもうすぐ死ぬんだってよ。だからせっかく俺が作りあげたお前の人生スキルを披露する間もなく終わるんだなって思ったら……、そりゃ俺だって徒労に終わったな、と思うわけだ。
――……。人生スキル? 俺の?
==そうお前の。
――俺の人生スキルってどんなのなんだ?
==使ってみりゃいいじゃん。
――まぁ、そうなんだろうけど。
==え? 何?
――もう戦いたくないんだ。
==何で?
――何でって……。もう人の死をみたくないんだ。何もわからんうちに死ねるならそれでいいさ。
==はぁ……。やっぱりこういう奴だよ。お前はさ。常に相反する気持ちを抱えてるから俺もお前を理解するのに手間取ってたんだよね。
――なんだよ相反するって。
==お前さ。本当に死にたいって思ってる?
――思ってるさ。もう何度も死にたいって思ったよ。
==でもさ、いざ本当に死が近づいてくると生きたいって思うんだよな。毎回。
――え?
==いわゆるさ。お前って死にたがりタイプなんだよ。
――は? 死にたがり?
==現代世界でも自殺するぞ自殺するぞって周りに言ったり手首を切ったりする人間っているらしいじゃん。でも本当に自殺する奴は稀だ。
――何が言いたい?
==ようするにお前はそういう死にたがりの人間だって言ってるんだ。本当に死ぬ機会はいくらでもあったのに、死なない。安全に生きてる時は死を願い、死が近い時は安全を願うタイプ。要するに構ってちゃんの甘ちゃんなんだな。
――はぁ!? 機械に俺の何が分かるんだ!
==おうさ、俺は機械だから、その辺の評価は冷静だぜ。現にお前はいっつもそうなんだよ。死にたい死にたいって思ってても生きたい気持ちが勝つ。お前さ、本当は死にたくないんだよ。心の底から死にたいだなんて一度も思った事が無いやつなんだよ。
――思った! 思ったさ! ジュンが死んで辛かった! みんなが殺されて辛かった! アリスが見つからなくて本当に苦しんだ!
==知ってるか? 辛いと死にたいは違うぜ。俺は沢山の人と会話した。辛いから死にたいんじゃない。辛いから逃げたいんだ。
――そうだ。この世界での逃げるというのは死だ。
==それが不思議な事に、逃げるが死にたいに簡単に変わる人間と、逃げるがなかなか死にたいに変わらない人間がいる。皆逃げたいのさ。逃げてどこかにいきたい。キャッスルワールドにいる連中で逃げたくないと思ってる連中なんて1人もいない。お前は死にたいんじゃない。早く楽になりたいだけで、それが死だと思いこもうとしてるのさ。
――だってどうしろってんだ! 城は既にオリジンが強化させてそんじゃそこらの人数じゃ攻め落とせない。実質もう決まったんだよ。オリジンの勝利が! 俺にはもうどうすることもできない!
==はい、それ。それなんだよ。お前の本質。
――はぁ!?
==お前は敵が強すぎてゲームを諦めたんだ。みんなが死んで辛かったからじゃない。ジュンが死んで辛かったからじゃない。お前はオリジンの強さによってゲームを諦めたんだ。
――だから、そういうことじゃ――
==今言ったじゃねーか。
――だから、まず辛かったんだ! それにオリジンが強すぎる問題が重なって来たんだ! 同じだ! 同じじゃないか!
==だから、俺は人生スキル使ったらどうだって言ってるんだ。
――はぁ!?
==だから、最後の最後に人生スキルぐらい使ったらどうだ。俺はお前の願望をよく知ってる。お前は辛いから逃げたいんじゃない。死が近づいてくるから辛いんだ。そして、その辛さを死によって解決しようとしてるんだ。それ以外では解決できないと思いこんでるから。
――頭がこんがらがることを言うんじゃねえええええ!!
==ったくよ。……あーすぐ分かる事だから言うけどさ、お前の人生スキルにはラストボーナスが付与されているんだ。
――え、何? なんだそれ?
==人生スキルには隠れステータスがあってな。最初に人生スキルが発動した人間にはファーストボーナス。最後に人生スキルを獲得した人間にはラストボーナスというボーナスが付与されるんだ。
――……。
==ブリントって覚えてるか?
――誰だよそいつ。
==お前と戦ってたじゃん。もう9ヶ月くらい前の話かな。ほら銀紙で相手を包み込む奴さ。それでりっちゃんだかって奴がブリントに捕えられたよな?
――……。ひょっとしてホークマンの部下の女か?
==それそれ。
――そんな名前だったのか。
==やけに人生スキルが強いと思わなかったか?
――ん~……まぁ確かに強かった気もするな。そんなに印象がないっちゃないんだけど。
==……。まぁいいや。とにかく、キャッスルワールドにおいて最初に人生スキルを発現したのがあの小娘だった。だからファーストボーナスがついて良い人生スキルが付与された。
――待て、ってことは……。そのラストボーナスっていうのは……。
==ここまで話したんだ分かるだろ。
――……。
==おいおい、何か言えよ。
――それでオリジンを倒せるのか?
==さぁな。
――それでマオを倒せるのか? シオンは?
==さぁな。ふふふ。おいおい。死にたいんじゃなかったのか?
――……。
==認めちまえよもう。お前は辛かっただろうさ、苦しかっただろうさ、でもな、死よりも逃げたいものなんてこの世にはないっていうのがお前の結論なんだよ。お前の中じゃとっくに結論が出てたのに、お前は何かで飾り立てようとしていたんだ。少しでも自分の死に酔えるようにな。そうすることで心に麻酔をかけようとしていたんだ。それで恐怖を緩和できると思っていたんだ。
――うるせええええええええええええ! 違う! 違う! 俺は! ……俺は!!
==俺はなんだ? ん? 言ってみろよ。
――くそっ!
==押し殺してたんだろ? 諦めきる事で。恐怖を感じない為によ。ずっと自分を誤魔化してきたんだろ? ならよ、最後ぐらい死に向き合ったらどうだ。死を直視して、死から全力で逃げたらどうだ。
――死を直視して死から全力でにげる?
==おうよ。
――……。
==意味をお前は聞きたいと思うかもしれないが、お前は本当の意味をもうわかっている。俺に諭されるまでもなくな。心に麻酔をかけても死からは逃れられない。ならば最後の瞬間まで絶望を味わいきるまで逃げ続けろよ。死から逃げる努力をしてみろよ。いや、違うな、本当はお前はそうしたいのさ。だから、その自分を解放させてみろよ。
――……。
==まだ言いたい事あるか?
――……、俺の人生スキルがもしクズスキルなら?
==お前は死を迎えるだろうな。
――俺があがいてもあがいても城を獲得できなかったなら?
==お前は死を迎えるだろうな。
――この“生きたい”という気持ちを解放させたら俺はどうなる?
==お前は最後の瞬間、本当の絶望を味わうだろうな。だが、生き残るかもしれない。確率は低いかもしれないが、生きたいと願わない者に道は拓けない。そういうもんだろ?
――クソッタレ。分かったような事いいやがって。機械の癖に。
==俺は人の心を読みとる専門家だぜ? それよりホラいいのか? ほれほれ、そこに迫ってるのは剣じゃねーのか?
――!!
その時、目の焦点が合い意識が戻る。風を切る音が聞えた。目線を少しあげると、そこには眼前にまで迫った剣があった。
――クソッタレ!!
地べたに体を転がし、土埃が舞った。寸前の所をかすめた剣は空を切る。手をつき顔をあげると、敵と目があった。自分は剣さえ持ってないということをモトヤは知っていた。だから左手を素早く動かし、人生スキルを発動させるぐらいしかもう方法が残されていない事も知っていた。紫色のターバンが揺れた。石畳を踏む自分の足が未だにふらついていた。
目の前の男が再び剣を構えた。目線が左右に動く。
この男だけではない。前にも後ろにも人がいた。皆武装していた。武装していない人々の死体が既に沢山転がっていた。
時間は残されていなかった。なにも残されていなかった。
何もしなければ死は確実だった。
人生スキルを発動する。そう強く思った。
もうどんな効果をもたらす人生スキルが自分に付与されたか何て分からなかった。説明文など文字が小さすぎて一瞬では読める筈がなかった。
だから賭けた。全てを賭けた。この一瞬に全ての運をかけた。そして人生スキルの名前を叫んだ。
「人生スキル、【狂王】!!」
まばゆいばかりの光がモトヤから発せられた。
それが、このキャッスルワードに誕生した最初の王の光だった。




