一章:新雪祝賀
――大昔、大地が痩せ、水が枯れ果て、多くの人々が目前に迫る死に怯えて暮らしていた。わずかに生える草を巡って争い、もう動かない我が子を必死にあやす母や、半狂乱ののち想い人と共に果てる者も現れ、もはや人の住む地は屍たむろす場と化していた。
誰もが生に絶望し、緩やかに、けれど確実に歩みを進めてくる死を覚悟を決めた時、奇跡は起きた。
灰色に染まる空より降り落りし白亜の光。それは数を増やし、生を見いだせない土地や人々を包み込むように降り注いだ。光をその身に宿した大地は息を吹き返したかのように緑を芽吹かせ、亀裂より溢れた清らかな水はすぐさま川を作り、大海を世界に巡らせた。人々の目には光が再び宿り、残っていないと思っていた水分をその瞳から止めどなく零し、この奇跡に感謝した。
こうして、人の世は瞬く間に息を吹き返し、繁栄を重ね元の世界の姿以上の大輪の花を咲かせたのだった。
濃灰の雲から零れ落ちる白いもの。誰もが知る『世界再生録』の、一番有名な部分を思い出しながら降り積もるそれを恨みがましく睨みつける。
初雪を祝う新雪祝賀、これはその『世界再生録』に出てくる奇跡――マナが雪に似ていることから、毎年最初に降る“美しく神聖な物”とされる新雪を祝うのだ。どうかこの雪がマナとなり、母なる大地がさらなる繁栄をお恵みくださいって。
「何が神聖なものだ、馬鹿馬鹿しい。ただ寒いだけじゃないか」
くしゅん、ともう何回もしているくしゃみをし、鼻をすする。降り積もる雪は恩恵どころか死に向かわせようとしている。もう数時間も前から手足の感覚がなくなっている、普通に考えなくても危険極まりない状態であることが分かる。
狭苦しい路地で、申し訳程度の厚さしかないマントを体に巻き付け必死に体に残る熱を逃がすまいとする。が、空から雪は降るし時折吹く風が容赦なく襲いかかり、そのなけなしの体温さえも奪い取っていく。
三十センチ先の路地の出口から聞こえる家族連れの声と雑踏。雪を踏みしめる音は感じる寒気を助長させ、幸福そうな笑い声は恨みを募らせていく。
誰もが幸せを噛みしめている中、俺だけ孤独をこの身に抱いていた。
「寒い、な……」
白く凍る吐息を、ピクリとも動かない掌に吹きかけてみるも効果はなく。底なし沼に沈んでいくような眠気が、俺を緩やかに死へと誘っていた。
「おい、坊主。生きてるか、しっかりしろ」
ペチペチと頬に触れる熱いくらいの温もりに目が覚める。白に包まれた自身の姿から、とても長い時間が過ぎたのを理解する。
「おい、しっかりしろ。おい!!」
今度は小刻みに揺すぶられ、直接脳を揺らされたかのような感覚に思わず眉を顰めると、さっきから聞こえる声が安堵のため息を吐いた。
「良かった、まだ息はしてやがったな……。おっと、また寝んじゃねえぞ? 今度こそあの世行きだからよ」
大声で笑うそいつは、みんなが厚手のコートを着込んでいる中薄手のインナーに着倒して薄汚れたコートという、誰もが目を疑う格好をした男だった。話し方からは人の好さを感じるが、無精髭にそれなりに筋肉のついた体から人はあまり近づかないだろうなという印象を受けた。
「あ、んた………。な、ぁ…………」
「ん? なんつってんだか分からねえが、こんなとこいたら風邪引くどころの騒ぎじゃねえしな。とりあえず家に来い、熱い風呂にも、美味い飯も食わせてやる」
すでに体力の限界を迎えた俺は、男がおもむろに脱いだ自分のコートをかけてくれるのを最後に、引きずり込まれるように再び眠りについた。