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七・魔法少女・設定

       《 七・魔法少女・設定 》



「ふふん、何か言いたげだな、アイカよ! しかし、もはやどう足掻こうと、貴様は僕を守るために戦わなくてはならんのだ! それが、魔法少女に選ばれた者の宿命なのだからな!」

 まったく空気を読めない王子の発言に、ぶちぶちぶち、と頭のなかで豪快な音が響き渡った。怒りもあるレベルを超えると、何も感じなくなるらしい。

 ムカムカしつつも、冷たい感情が心を占めていくのがわかる。

 沸騰していた頭が急速に冷えていき、代わりに残忍とも投げやりとも思える気持ちが頭をもたげ始めた。

「…あー、もう、いいや。別に、私、長生きしたいとか思ってないし」

 愛華の平坦な声に、勝ち誇っていた王子が間の抜けた表情になった。

「な、何だ、急に。そんな、何もかもを諦めたような顔をして」

「諦めるっていうか、変態王子のためにプライドを捨ててまで生き延びるのがアホみたいだなって思って。よく考えたら、人間、いつ死ぬかなんてわかんないもんね。事故とか突然死とか病死とかさ」

 感情の消え失せた愛華の言葉に、さすがの王子も危機感を覚えたのだろう。さっと顔色を変えて、がしっと両肩をつかんできた。

「な、何を言うのだ、貴様はっ!? ぶっちゃけ、貴様の死生観など、どうでもいい。が、貴様が死ねば、誰が僕を守るというのだ!?」

「いいじゃない。あんたみたいな馬鹿に統治される国の行く末を思うと、ここで殺されたほうが民のためになるわよ」

「な、何を根拠に、そんなことを!」

「あんたの言動を見てたら、嫌でもわかるわよ。ねえ、ハッシュくん。こんな馬鹿が王様になったら、一国民としてどう思う?」

 愛華の質問に、ハッシュがにこりともしないで、真剣に答える。

「――この世の終わり。地獄の日々の到来ですね。ちなみに、王子が王位に就いた段階で、私は首をくくる覚悟でいます」

「そ、そこまで言うかっ!?」

 歯に衣着せぬ物言いに、王子が息を呑む。

「しかしだな、ハッシュよ。何も、首をくくらなくてもいいのではないか? 貴様がいなくては、誰が僕の身の回りの世話をするというのだ?」

 おろおろしながらも自己中発言を繰り返す王子に、ハッシュが小さく笑みを浮かべた。それは、明らかに嘲笑とか、そういう見下す類の代物だった。

「新しく従者を雇えばいいじゃないですか。もっとも、王子の奇行の数々は城内で有名ですからね。好き好んで近づく者はいないでしょうが――金さえ積めば、どうにかなりますよ」

「……お金は万能ってことか。どこの世界も似たようなものなのね」

 魔法の世界とはいえ、俗っぽい風習からは逃げられないものらしい。人間がいれば、必ず欲が生じ、金銭への執着が生まれる。特に、金持ちで権力がある人間には、腹黒い人間がすり寄り、甘い汁を啜ろうと集ってくるものだ。

 この馬鹿王子にそんな苦労があるとは思えないが、ハッシュがいなくなれば、お近づきになろうとする者はあとを絶たないだろう。

「な、何を言うのだ。貴様以上に僕を理解している者はいないのだぞ。そ、そうだ、こうしよう。貴様の給金を二倍、いや、三倍にしてやろう。どうだ、これならば文句はあるまい?」

 青ざめながらもドヤ顔で言う王子だったが、ハッシュの冷静なツッコミには勝てなかった。

「いえ、私は王子を暗殺する気満々の謀反人ですからね。万が一、王子がすべてを水に流したとしても、私の意志は変わりません。王子を殺して自由になるか、暗殺に失敗して自害するか。その二択しかないのです」

「……なんてシビアな…。そこまで思いつめるなんて、よっぽど辛かったのね」

 思わずハッシュを同情たっぷりに見つめてしまうほどに、その言葉には悲痛さが漂っていた。それを聞いていた、事情も知らないはずの鈴木のおばちゃんまでもが涙ぐんでいる。

「まあまあ、事情はよくわからないけど、まだ若いのに生きるか死ぬかの仕事をしてるだなんて――大変だったでしょうねえ。ううう」

「――うわ、おばちゃん、マジ泣きしてるし」

 ずびずびと鼻をすすり始めたおばちゃんに、ティッシュの箱を手渡す。

「あら、ありがとう。愛華ちゃん。ずびびびーっ」

 ティッシュを数枚つかみとり、大きな音を立てて鼻をかんで、それをゴミ箱に捨てる。

「でも、安心してちょうだい。貴方を苦しめるそこの巨大な魚は、私がさばいてあげるからね。これからは、自由に楽しく生きなさいな」

 改めて包丁を握り直す様子に、思わず唾を飲み込む。

(……これで刺されたら、かなり痛いわよね…)

 王子バカのために恥ずかしい思いをするのも、プライドを捨てるのも嫌だが、凶器を見ると、ちょっと腰が引けてきた。さっきまでは、自棄になって殺されてもいいと思っていたが、誰しも好き好んで死にたくはないのだ。

 そんな愛華の緊張感が伝わったのか、ハッシュが助言してきた。

「アイカ様。魔法少女になれば、王子を殺して生き延びることも可能かもしれませんよ」

「え…? いや、でも、変身とか無理だし。だいたい、私には王子を殺せないとか言ってたじゃない」

「変身は別室で行えば恥ずかしくありませんし、魔法少女になれば、魔法が使えます。王子の命令こそ拒否できませんが、ルールにはどこかしら抜け道があるものです。ほら、魔法少女とはいえ、ミスをすることもありますからね。ちょっと気を抜いた隙に暗殺者に王子を殺される、なんてこともありえないとはいえませんし」

「! そ、そっか、その手があったか!」

 魔法が使えれば、今よりは馬鹿王子と渡り合えるはずだ。守っているフリをしつつ戦いながら、暗殺者に暗殺の機会を与えることも不可能ではない。

 そう考えると、一気に、活力がわいてきた。

 やっぱり、殺されるのは怖いし、痛そうだし、できれば御免こうむりたいところだ。

「ありがとう、ハッシュくん! おばちゃん、私、ちょっと着替えてきますから、待っててもらえますか?」

 愛華の弾むような声に、おばちゃんが大きく頷いた。

「もちろんよ。若い女の子は、いつも身綺麗にしないとね」

 おばちゃんの好意に甘えて、愛華は部屋を出ようとした。身体が動くようになっていることからして、王子の「離れるな」という命令は、そう長く効かないらしいことがわかる。しかし、案の定というか何というか、王子が余計な口を出してきた。

「ま、待て! 貴様、ハッシュの戯言を実行するわけではあるまいな? 魔法少女は、僕を守護するべき存在なのだぞ。魔法だって、そのために授けられているということを忘れるなよ」

「うるさいわね。私が何をしようと勝手でしょ。っていうか、私が魔法少女にならないと百パーセント死ぬんだから、余計な口出ししないでちょうだい」

「し、しかし、貴様は僕を殺すために魔法少女になるつもりなのだろう? それならば、貴様が変身しようがしまいが変わらないではないか」

「運が良ければ助かるでしょ。ああ、もう、とにかく、さっさと面倒なことは終わらせたいんだから、黙っておとなしくしてなさいよ。そしたら、すぐ――楽になれるから、ね」

 最後の部分に悪意を込めて言ってやると、王子はガタガタ震えた。

「ほら、見ろ! 楽になるとか言ってるではないか! 殺す気満々ではないか!」

「気のせいですよ、王子。被害妄想も大概にしないと、見苦しいばかりですよ」

 ハッシュのフォローにならない言葉に、王子が情けない声をあげる。

「気のせいなものか! …って、よく考えたら、ここにいるのは僕を殺したい連中ばかりではないか! ひいっ、絶体絶命とは、まさにこのことではないか!」

 彼は、ようやく現状を正しく把握したようだ。

 尋常ではないほど青ざめて、おろおろしながら部屋を歩き回る。しかし、窓の傍にはハッシュがいて、ドアのほうには鈴木のおばちゃん。部屋の中央部分には愛華がいて、逃げる場所などどこにもない。しかも、三人とも自分を殺したがっているという事実が重すぎたのか、王子はその場にがっくりと膝をついた。

 その様子をしらけた顔つきで見やり、ハッシュが薄く微笑んだ。

「…おや、どうやら観念したようですね。さ、アイカ様。今のうちに、変身の儀式をすませてきてください」

「ええ、そうするわ」

 愛華は、部屋を出て、一階の脱衣所に向かった。


「…ええと、確か、馬鹿王子が言ってた呪文は」

 記憶を辿り、例の恥ずかしい呪文を小声で言い放ち、適当な決めポーズをとる。

 すると、パアッと全身が白い光に包まれて、輝き出した。すると、まるで、服を着ていないみたいに身体がスースーしてきた。

 脱衣所の鏡を見ると、白く輝いて輪郭がわずかにぼやけているものの、裸体らしき姿が映っていた。

「……よかった、部屋で変身しなくて…」

 心の底から、そう思う。いくら向こうが気にしなくても、年頃の女の子としては、守りたいことがあるのだ。

 思わず呟いた愛華の目の前に、急に、パッとA4サイズの液晶画面のようなものが現れた。向こうが透けて見えているが、そこに浮かぶ文字も映像もやけにくっきりとしていた。

「随分と現代的というか、ハイテクな仕様なのね。ま、いいわ。…ええと、魔法少女の設定について……? 何か、ゲームの説明書みたいね…」

 画面の右端に『次へ進む』という文字があったので、その部分に触れる。すると、わずかにひやりとした感触があって、画面がパッと切り替わった。

「……一、衣装について。なるほど、髪型とか服とか靴とか、その他の小道具や装飾品を決めていくわけか。ふうん、結構、いろいろあるわね」

 帽子やリボン、スカートの丈や胸元の露出度、ブーツの長さや色など、結構、細かく指示できるようだ。

「………意外と可愛いのが多いけど、ここは、とにかく地味で露出の少ないものがいいわよね…」

 そう考えて選んだのは、紺色の膝丈スカートに、胸元に小さめのリボンのついた同系色のシャツ。どちらも袖と裾に白と赤のストライプが入っていて、学校の制服みたいな印象がある。足には、通気性抜群の黒タイツに、黒の皮靴。頭には、黒のカチューシャをつけてみた。

「…魔法のステッキの形状……うわ、どれもこれもおもちゃみたいなのばっかりじゃないの」

 白い棒の先に蛍光ピンクに輝くハートマークがあったり、巨大なリボンがついていたりと、とにかく、小さな子供が喜びそうなものしかない。

「……もっと地味なのは………あ、これでいいや」

 ステッキの項目の最後に、細長い木の枝のようなものが掲載されていたので、それに決める。

「……最後は、マスコットについて、か…」

 魔法少女の補佐役、と説明文が書かれてあり、選択肢は三つ。

「可愛い系、綺麗系、グロテスク系……? いやいや、最後のは、ないでしょ」

 当然ながら、可愛い系か綺麗系を選ぶことにする。

「……魔法少女の補佐役のマスコットといえば、小動物みたいなのとか精霊っぽい感じよね。だったら、可愛い系のほうがいいわよね」

 できれば、犬とか猫とか小鳥とか。そういう愛玩動物っぽいのがいい。

 そんなことを思いながら、可愛い系を押そうとしたとき――急に、脱衣所のドアが開放された。油断していて、鍵を掛け忘れていたのだ。

「き、貴様、いつまで待たせるのだ!? こうなった以上、僕の生き残る術は貴様にくっついて身を守るしかないのだからな! さっさと帰ってこないか!」

 ハッシュと鈴木のおばちゃんの殺気に心が挫けたのだろう。半泣きで飛び込んできた王子を反射的に蹴り飛ばして追い出すのに成功した愛華だったが、同時に、うっかりとパネルに手が触れてしまった。

「…あっ!」

 慌てて画面を見ると、最後の設定を終了したことになっていた。よく確認してみたら、最後の設定――愛華が選んだマスコットキャラは、可愛い系ではなく、グロテスク系になっていて、ゾッとした。

「げっ、ヤバい! て、訂正! 今のはナシだから!」

 慌てて画面を叩くが、訂正することも前の画面に戻ることもできない。焦って、あちこち触っていたら、ビービーと耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響いた。

 それは、まさしく警告音。

 驚いてパネルから手を離すと、画面には、真っ赤な字で『エラー』と出ていた。

「……えっと、これって、どうしたらいいの…?」

 また、最初から選び直せるのならいいが、中途半端にシステムが起動したらどうなるのか想像もつかない。

 愛華がおろおろしているうちに画面が消えて、眼前がパアッと一瞬白く弾けた。

「わわっっ!?」

 あまりの眩しさに目を閉じて、数秒後。

 恐る恐る目を開けてみると、正面に設置された脱衣所の鏡に、銀髪ツインテールの魔法少女らしき格好の女の子が不安げな表情で映っていたのだった。

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