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六・暗殺者の正体は

      《 六・暗殺者の正体は 》



「…え…?」

 ノックもなく部屋に入って来た人物を視認して、目が点になる。

 パーマをかけすぎたような奇妙なヘアースタイルに、やや横に伸びたぽっちゃりした体つき。魚をくわえた猫が描かれた赤と白のチェック柄のエプロン。日焼けした肌は、趣味のガーデニングのせいだろうか。浴びた紫外線の影響で、年齢よりもややシミが多く見受けられる。

「…な、何で、鈴木のおばちゃんがここに…?」

 そう。暗殺者かと思われた人物は、隣家に住む鈴木秀子、四十五歳だった。

 彼女は、愛華を見やり、いつものようににこやかに笑いかけた。

「あら、おはよう、愛華ちゃん。今日は、学校、お休みなの?」

「え、いや、これから行こうとしてて……おばちゃんこそ、何で、ここに? 何か私に用事でも?」

 愛華もいつもの調子で質問すると、彼女はにこにこ笑ったまま、すっと右手を持ち上げた。

 その手には、やけに細身の包丁が握られている。

「…お、おばちゃん、それって」

 何とも薄気味悪い悪寒に襲われて、緊張気味に愛華が問う。

 鈴木のおばちゃんは、扱い慣れた包丁を一瞥して、

「ああ、これ? 我が家で使ってる、愛用の刺身包丁よ。ほら、おばさん、料理好きでしょう? 特に、昔から魚をさばくのが得意でねえ。小さい頃からずっと使っていたもんだから、自分の身体の一部みたいに感じちゃってね。こっちに嫁ぐときに一緒に持ってきたのよ」

「は、はあ、そうですか。で、何で、包丁を持ってうちに来たんですか…?」

 訊ねる声が震えているのは、包丁がぎらぎらと血に飢えた妖刀のように不穏な気配を纏っているせいだ。

「ああ、それはね」

 ぎら、と細身ながらも鋭利な刃先がきらめく。

「――ちょっと事情があって。そこの金色の獲物を殺さないといけなくなっちゃってねえ」

「こ、殺っっ」

 ぞわわっと全身に寒気が走る。

 顔見知りに、笑顔で、愛用の包丁片手に殺害予告とかされても、本来なら、冗談だと感じるかもしれない。しかし、愛華には、何故かはっきりと見えた。

 身体から立ちのぼる殺意という名のオーラが。

 放った言葉に嘘はなく、それどころか、躊躇いすら感じないことに恐怖を感じる。

「お、おばちゃん。まさかとは思うけど、おばちゃんって本当はプロの殺し屋、とかじゃないよね?」

 恐る恐る訊いてみる。

 すると、予想外に間の抜けた声が返ってきた。

「殺し屋…? いやいや、普通の主婦だけど?」

「え、でも、さっき普通に殺すとか言ってたし」

 一体、どういうことかと思い、ハッシュを見やる。

 彼は、一度まばたきをしてから、説明を加えた。

「暗殺者に選ばれるには、ある特定の基準があります。その一つに、人を殺めてでも叶えたい願いがあること。それが私の叶えられる内容の願いであること。そして、王子の滞在ポイント――つまりは、アイカ様の自宅の半径五キロ以内の人間であること。私の場合は、さらに、殺害のプロであること、という条件を追加して探したのです。彼女の場合は、鮮魚を調理させたら、ご近所一! 包丁さばきのプロといったところでしょうか」

「…じ、じゃあ、おばちゃんは別に普段から人を殺してるわけじゃないのね?」

 ちょっとほっとする。まさか、隣家に殺人鬼がいる、なんて考えたくない。

 愛華の言葉に、おばちゃんは、驚いたように首を横に振った。

「してないよ、そんなことは! ただねえ、今朝、枕元に置いてあった、この手紙を読んだら、どうしてもそこの金色の獲物をさばきたくなってねえ」

「手紙?」

 おばちゃんは左手でエプロンのポケットから一枚の黒い封筒を取り出した。

 それを受け取って、なかに入っていた赤い便箋を取り出し、内容を確認してみる。

「前略、スズキ・ヒデコ様。…貴女のプロ顔負けの包丁さばきを見込んで、依頼したことがあります。それをこなすことができたなら、貴女が御主人に内緒で抱え込んだ、先物取引による負債三千万の返済を約束いたします。


  《 依頼内容 》


    一・隣家・園村家に現れた金色の巨大魚を殺すこと。

    二・殺す際は、最も得意とする武器を使用すること。

    三・殺害の際、傍にいる黒マントの少年には危害を加えないこと。

    四・任務を邪魔する者に対しては、どんな手段を取って退けてもよい。

    五・殺害の証として、写真を撮ること。


 以上の条件を満たした場合に限り、貴女の借金を肩代わりすることを約束いたします。ただし、条件を満たさなかった場合、殺害に成功したとしても報酬はないものとします。


 では、ご健闘をお祈りいたします――。


 ……って、巨大魚って何?」

挿絵(By みてみん)

 内容的に、王子の暗殺を依頼であろうことは理解できたが、一部、よくわからない言葉に頭を傾げる。

 ハッシュは、おばちゃんをちらりと一瞥してから、

「…彼女には、依頼を受ける代わりに、一時的に魔法の使用が認められています。だからこそ、余計な騒ぎを起こさないため、ことに及ぶ際には自動的に静寂の結界が張られ、王子暗殺のためにありとあらゆる不可能が可能になっているのです。その際、王子の姿は、彼女がさばき易い対象――つまりは、巨大な魚に見えるように設定されているのです。それくらいしないと、こちらの人々に殺人を依頼できませんからね」

 ちなみに、と彼は感情に乏しい表情と口調で付け加える。

「私にとって都合の悪いことは、すべて、別の言葉に変換されて伝わりますから、彼女の前でもこうして安心して会話できるようになっています。魔法って便利ですよね」

「…安心の意味がちょっとわかんないんだけど」

 つまり、鈴木のおばちゃんは、王子を殺しに来たのではなく、ただ単に、借金返済のために、巨大な魚をさばきにやってきただけなのだ。

「けど、いくら何でも常識的に考えて、怪しいうえにヘンテコすぎる話じゃない? とても、大人が本気にするとは思えないんだけど」

「だからこその魔法なのです。この手紙自体に、殺意を煽り、正気を失わせる効果が付与されています。ですから、貴女が王子を庇うような素振りを見せれば、容赦なくバッサリとさばかれてしまいますよ」

「さ、さばかれ……って、そんな、あっさり言わないでよ。怖いじゃない」

 あんな包丁を振り回されたら、とてもではないが、無傷ではいられない。ましてや、殺意をもって襲いかかられたりしたら、ひとたまりもないだろう。

「と、とにかく、王子を差し出して、さっさと逃げちゃえば安心ってことね?」

 確認すると、ハッシュが頷きつつ、同情に満ちた瞳を向けてきた。

「はい、そうできればいいのですが――アイカ様は、あいにく、王子を守る魔法少女の任を与えられていますからね」

「え、魔法少女だと何かマズイことあるの?」

「……本来、魔法少女は、王子を守護する存在でなくてはいけません。もちろん、私も従者として、王子につき従う義務がありますから、貴女同様、王子の傍から離れる行為そのものが容易ではないのです」

「つまり、どういうこと?」

「ですから、従者やそれに準ずる者が、自らの意思で王子から離れようとした場合、せいぜい二十メートルほどしか離れられないのです。王子の許可があれば、いくらでも離れ放題なのですが……ただ、それにも、期限がもうけられていまして、一ヶ月もすれば、強制的に王子の傍にワープしてしまうのです」

「……そ、それって、つまり」

「はい。王子の許可がなければ、我々は、安全な場所まで逃げることができないのです。それどころか、王子が離れるなと命じれば、一定時間、磁石の如く王子の傍から離れられなくなってしまうのですよ」

「う、嘘っ! 冗談じゃないわ、こんな馬鹿のせいで殺されるかもしれないなんて!」

 思わず、悲鳴が漏れる。さっと青ざめる愛華を尻目に、王子がはっとして、にやりと笑った。

「そ、そうか、その手があったか! ふははは、アイカにハッシュよ! 一センチたりとも僕の傍から離れるでないぞ!」

 バライドルの声に、身体が硬直する。

「う、動けないっっ!?」

 その背中に隠れて、バライドルが勝ち誇ったように笑っている。ちなみに、傍にはハッシュがくっついている。

「ふはははは、様を見ろ! 死にたくなければ、早く魔法少女に変身して、生命を懸けて戦うがいい! この僕を守るためになっ!」

「くうーっっ、ムカつくっっ!」

 心底そう思うが、王子をぶん殴る余裕はなかった。

 バライドルこと、金色の巨大魚を背中にかくまっている愛華は、殺し屋と化したおばちゃんの目には、ただの障害物としか映らない。

 ぎらり、と細身の包丁が妖しく輝く。

「…邪魔するのかい、愛華ちゃん。可哀想だけど、仕方ないねえ。おばさん、借金返さないといけないし、そこの魚をさばかないとどうにも気が休まらなくてねえ」

「じ、邪魔なんてしてませんっっ! むしろ、どこへなりと持って行ってもらいたいくらいです!」

 そう思うのに、王子の命令のせいで身体が動かない。そして、そんな愛華の背後に、馬鹿王子が隠れている。

 ということは、王子を殺すためには愛華をどうにかしなくてはいけないのは当然のことで――。

「お、おばちゃん、落ち着いて! 私を殺しても一文の得にもならないですよっ!」

 必死に訴えるが、おばちゃんの目つきは、すでに狂気を宿している。鼻息荒く、包丁片手に迫ってくる様は、まさにホラー。これがゲームなら、殺されてもまた人生をやり直せるかもしれないが、現実だとそうはいかない。

「ごめんねえ、愛華ちゃん。せめて、あまり苦しまないように殺してあげるから勘弁してちょうだいねえ」

 なんて、申し訳なさそうに微笑まれても、頷けるはずがない。

「や、ヤバいよ! 本気じゃないの、これ! ね、ねえ、ハッシュくん! どうにかなんないの、これ!」

 王子は当てにならないので、冷静なハッシュに救いを求める。

 彼は、自分の身の安全がほぼ保障されているせいか、淡々とした声音で言った。

「そうですね…暗殺者に立ち向かうには、並の人間では到底敵いませんから、とりあえず魔法少女に変身して、魔法で対抗するしかないでしょう」

「へ、変身って――あのクソ恥ずかしい馬鹿みたいな呪文唱えろっていうの? む、無理無理、羞恥心で死ぬから!」

 即座に突っぱねる愛華に、ハッシュが、抑揚のない声で言う。

「羞恥心と生命、どちらが大事ですか?」

「っっ――そ、そりゃ、生命のほうだけど」

 かといって、高校生にもなってあんな恥ずかしいセリフを口にするなんてできない。いや、できたとしても、それに合わせたポーズまで強制的に行わなければいけないとなると……かなり、心理的負担が大きくなる。というか、末代までの恥レベルの苦行だ。

(…けど、ここで殺されるなんてまっぴらごめんだし)

 すでに、生き残る術は一つしかない。

 生命を捨ててプライドを守るか、それとも、悶絶したいほどの羞恥心に耐えながらも生き延びるか――これはもはや、選択肢として成り立たない。

「あー、もう! わかった、やってやるわよ! こんなところで死んでらんないからね!」

 やけくそで叫んで、背後に隠れる王子に怒鳴る。

「馬鹿王子! 守ってあげるから、さっさと呪文とポーズを教えなさい!」

 呪文は一度聞いたが、恥ずかしい内容だったということしか覚えていない。

 危機迫る愛華の声に、王子はびくりと身体を震わせてから、かくかくと頷いた。

「わ、わかった。まずは、胸の前で両手を組んで祈るようなポーズで『ラブミーギブミーアイラブユー』と唱えたあと、手を解いて両腕を左右に広げて、『世界よ、きらきらお花のパワーで笑顔満開になあれ!』と言って、くるりと優雅に一回転。そして、満面の笑顔と決めポーズ――最後のポーズは自分で決めるのだ――で、『シャララーン』と叫ぶのだ」

「………」

 想像するだけで、恥ずかしい。というか、何だか陳腐というか、かなり適当な変身シーンではあるが、他に選択肢はないので、従うしかないだろう。

「……うう、死ぬほど嫌だけど、わかったわ…」

 頷いて、実行しようとしたら、王子が早口で説明を付け加えた。

「呪文を唱え終わったら、全身が白い光に包まれる。そうしたら、次は、変身の儀式を行わねばならん」

「…ちょっと待って。変身すんのに時間かかり過ぎじゃない? そんなのやってる間に攻撃されちゃうわよ」

 愛華のもっともなツッコミに、ハッシュが静かな表情で口を挟む。

「大丈夫です。暗殺者であろうが正義の味方であろうが、この世界には戦いの礼儀なるものがありますからね。何人たりとも、魔法少女の変身を邪魔したりはしませんよ。ねえ?」

 ハッシュに同意を求められた鈴木のおばちゃんは、すんなりと頷いた。

「大丈夫、おばちゃん、わかってるから」

 一体、何をわかっているというのか。

 よくわからないが、とりあえず、しばらく猶予を与えられたらしい。

 ちょっと安堵しつつ、王子の言葉に耳を傾けることにする。

「で、その変身の儀式とやらはどんな感じなのよ?」

「そうだな。僕も実際に見るのは初めてなのだが、変身シーンとは、いわゆるお着替えタイムのことだ。今回は、最初ということもあって、まずは基本となる衣装や髪型などを決定する必要があるのだ」

「……ま、まあ、言ってることはわかるけど…衣装とか、自分で決めてもいいものなの?」

 だとすれば、露出が少なくて、街中を歩いてもおかしくないようなラフな服装を選べるということになる。これは、いいシステムだ。ただ、気になるのは、王子が言っていた、変身の儀式という言葉。衣装を決めたり着替えたりするのに、普通は儀式なんて言葉は使わない。

(……何か、ものすごく嫌な予感がするんだけど…)

 どこかうろんげな目つきで王子を見やる愛華に、彼はまばたきをして、王子らしい爽やかな微笑みを浮かべた。

「安心しろ。他の王族はどうだか知らないが、僕は、寛容だからな。衣装設定等は貴様の好きにすればいい。ただ、衣装を決めて変身の儀式を行う際には、なるべく早く着替えるように心がけるべきだろうな。貴様に羞恥心の欠片でもあるのならば、な」

「え、何それ?」

 脳裏に思い描いたのは、子供の頃にテレビで観たことのある、魔法少女モノのアニメ。呪文を唱えると、どこからともなく現れたきらきらした光に包まれて、変身。そして、びしっとポーズを決めてキャラ固定のセリフを言うのだ。

(……ん? 待って?)

 何かが、脳裏に引っかかった。

 呪文を唱えて、きらきらした光に包まれて、変身。

 変身シーンは、一種の見せ場であり、名場面。

(…確か、私の記憶によれば……)

 呪文を唱えた途端、服が消えて、代わりにキラキラした光が身体にまとわりついて、それが新たな衣装となって出現するのだ。その間、わずか数秒。しかし、その間には少女の身体の輪郭がはっきりくっきり浮かんでいて――いくら光に包まれてエロさは軽減されているとはいえ、裸を見られているのと同じではないだろうか。

 そう考えて、ぞっとした。

 女のおばちゃんはともかく、馬鹿王子とハッシュ少年の前で変身するということは、場合によれば裸体をさらすようなものではないのか?

 青ざめて、その辺りを問い詰めると、バライドルは何を今さらという表情になった。

「当然であろう。着替えるということは、一度、着ていた服を脱がなければならないのは常識ではないか。だから、儀式と言ったのだ。我が国で『変身の儀式』といえば、女性の衣装替えのことを指すからな」

「……ってことは、魔法少女になるには、あんたらの前で着替えを披露しなきゃいけないってこと?」

 声が震えているのは、羞恥心のせいではない。むしろ、苛立ちのせいだ。

 変質者めいた露出男だの、魔法少女だの、暗殺者だの、生命の危機だの。ただでさえろくでもない目に遭っているというのに、さらなる苦行を強いられるなんて冗談ではない。

 馬鹿王子は、こちらの心情を察することなく、能天気な顔と口調で言う。

「安心するがいい。僕は貴様のみすぼらしい裸体になど興味はないからな。多少、もたついたとしても気にする必要はないぞ。僕の生命さえ守られるのならば、他はどうでもいいのだからな」

 その無責任で無遠慮な物言いに、ぷちん、と頭のどこかで何かが千切れるような音が響いた。

「あーそうですか。そうよね、私の気持ちとか、どうでもいいわよね、あんたはそういうの気にするタマじゃないもんね。ホント、早く死ねばいいのに」

 気分的には、椅子とか壁とかを蹴りつけたいが、自分の部屋を乱したくないので、ぐっと我慢する。その代わり、視線と口調にありったけの苛立ちと殺意を込めて、王子を睨みつけた。


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