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五・やってきました、暗殺者!

      《 五・やってきました、暗殺者! 》



「っ!?」

 思わず顔をしかめる愛華に、ハッシュが眉を寄せた。

「――…おや、早いですね。どうやら、暗殺者のお出ましのようです」

 その声に、バライドルがものすごい勢いで愛華の背中にくっついてきた。

 女を盾にして隠れるなんて、王子の――いや、男の風上にもおけない奴だ。

 イラッとしつつも、愛華はハッシュを見やった。

「…暗殺者って、王子を殺すために君が雇ったっていう?」

「ええ。この周辺に結界を敷いたようです。おそらく、この周辺のイキモノは一時的に深い眠りに落ちているはず」

 そう言われてみると、確かに、真夜中のような静寂が漂っている。

 いまだに朝食に下りてこない娘を怒鳴る声はなく、外からも家のなかからも物音一つ聞こえてこない。

「……気味が悪いわね」

 家の外は明るいのに、いきなり夜になったような錯覚に陥る。

 自分の衣擦れの音が、やけに大きく聞こえる。嫌な気配に反応したのか、心臓の音がいつもより早く、妙に口のなかが乾燥してきた。

「…ね、ねえ、ハッシュくん。暗殺者が狙ってるのって、王子だけよね?」

 大事なことなので、念入りに確認しておく。

 王子を人身御供にすれば、自分の身が安全になるのなら、喜んでそうするつもりだ。少なくとも、緊急事態に女の子の背中にかじりついたまま離れないような腑抜けた男には生きる価値なんてない。

 愛華の質問に、ハッシュはちょっと首を傾げた。

「一応、依頼主である私の身の安全は、九割がた確保されていますが…アイカ様は王子を守護する魔法少女ということになっていますからね。暗殺に巻き込まれて死んだとしても、おかしくはないでしょう」

「! で、でも、私はハッシュくんの味方だよね?」

「残念ながら、暗殺依頼には、魔法少女には攻撃してはならないなんて文言は盛り込んでませんでしたから、アイカ様の安全は保証いたしかねますね」

「そ、そんなっっ!」

 話が違う。

 共に協力し合って、王子を殺そうと誓ったばかりではないか。

 そうこう言っているうちに、階下で物音がした。

 ぎし、ぎし、と。

 誰かが足音を立てて歩いている。

「あ、暗殺者って足音を忍ばせてくるものよね? これ、別の人が来たんじゃないかな?」

 冷や汗を垂らしながら問う愛華に、ハッシュは小さく首を横に振った。

「…足音を立てずに忍び寄るのは、相手に自分の存在を気取られずに迅速に殺害を行うためです。ですが、今回の場合、それは必要ではありません。この世界において、魔法はどんな科学よりも勝るのです。気配をつかまれたところで、敵となるのは魔法少女と王子だけです。しかし、王子は、試練のために魔力を制限され、使用できる魔法も限られています。追い詰めるのは、さほど難しくはないでしょう。対して、魔法少女――つまりは、貴女のことですが――魔法を使えると言っても、契約直後はたいした魔法は使えません。下手すれば、一切の魔法が使用できない可能性すらあります。ならば、今、王子もろとも、障害となる魔法少女を一緒に消してしまおうと考えるのは、至極自然なことのように思えます」

「……は、話し合いで私を見逃してくれたりしないかな?」

 依頼主であるハッシュが暗殺者に手を出すなと告げれば、それでことはすむのではないだろうか。

 そう思ったが、そんなに簡単にはいかないらしい。

「暗殺者は、契約書に従い行動し、プロ意識が高ければ高いほど、忠実に任務をこなすものです。ちなみに、今回雇った者は、プロ中のプロですので、変更は受けつけないでしょう」

「プロのくせに、柔軟さに欠ける対応ね…」

 何ということだ。

 王子が暗殺されるのは喜ばしいことだが、それに巻き込まれて死んだのでは、たまったものではない。

 どうすればいいのか焦る愛華の背後で、バライドルが言った。

「わ、わかっただろう、アイカよ! 魔法少女として暗殺者と戦い、勝利しなければ、平和は戻ってこないということが! さあ、わかったら、早く変身して戦え! すぐにでも応戦しなければ、死んでしまうぞ!」

「し、死ぬなんて縁起でもない!」

 しかし、謎の足音はゆっくりと二階にあるこの部屋に向かってきている――ような気がする。

「さあ、急げ、アイカ! まだ死にたくはないだろう!?」

 必死な声に、心が焦る。

「っっ、ああ、もう、わかったわよ! で、どうすりゃいいのよ?」

 魔法少女、というくらいだから、アニメなんかであるように呪文だの何だのを唱えればいいのだろうか。

 よくわからないままにバライドルに訊くと、彼は愛華以上に慌てた様子で、

「ええと、あれだ。確か、魔法少女として魔法を使うには、まずはそれに適した姿へと変身する必要がある。肝心の変身の呪文は『ラブミーギブミーアイラブユー! 世界よ、きらきらお花のパワーで笑顔満開になあれ! シャララーン』だ」

「――は?」

 思考が停止した。

「…な、何、それ? 子供向けアニメみたいなセリフが聞こえた気がするんだけど…」

 呆然とする愛華のために、呆れたようにバライドルが繰り返す。

「だから、『ラブミーギブミーアイラブユー! 世界よ、きらきらお花のパワーで笑顔満開になあれ! シャララーン』だと言っているだろう。そして、振りつけなんだが」

「ふ、振りつけ? って、そんなの必要?」

 ますます、アニメの世界に近づいてきた。いや、魔法だの魔法少女だのと言っている段階で、すでに中二病くさいのだが――。

「振りつけと呪文の詠唱がなされなければ、魔法少女に変身することはできないぞ。それくらい常識だろうが」

 王子の小馬鹿にしたような、やや苛立ったような口調に、即座に言い返す。

「どこの国の常識だ! つか、あの変なセリフを言えって段階で、かなり無理があるんだけど! だいたい、私、ただの女子高生なのよ? 劇団員か何かだったら、平然と言えるでしょうけど、私には絶対無理! 恥ずかしすぎるうえに、痛すぎるもの! しかも振りつけまであるって、どういうこと? 完全に、嫌がらせじゃないの!」

「何を言う。これは、王族に伝わる正式な儀式で」

「黙れ、馬鹿王子! そんなに魔法少女に変身したいなら、あんたがやりなさいよ! この歳でクソ恥ずかしい呪文を唱えて踊るくらいなら、死んだほうがマシだわ!」

 自棄になって腕を組む愛華に、バライドルが慌てる。

「な、何を言うのだ、無責任にもほどがあるぞ! 貴様は、魔法少女として僕を守るという義務があるのだぞ!? それを放棄するなど、死罪にも等しい愚行だ!」

「はん、知るもんですか。あ、そうだ。いいこと思いついた。王子だけ一階に蹴り落として暗殺者とご対面させればいいんじゃない? そしたら、私に害が及ばないうえに、王子が死んで魔法少女だの婚約者だの言われなくてすむし」

 愛華の提案に、ハッシュが大きく頷いた。

「それは、大変よい考えです。さすがは、アイカ様。そうと決まれば、早速、バライドル様を敵に献上しましょう」

「そうね。さ、馬鹿王子。そういうわけだから、覚悟なさい」

 二人して、王子に迫る。

 じりじりじり。

 確実に、かつ、逃がさないように慎重に、獲物を追い詰めていく。

「お、落ち着け、貴様ら!」

 涙目で懇願されても、動じない。

 たとえ、見た目はキラキラした王子様であっても、女子高生の心を動かすにはまだ足りない。

 せめて、この馬鹿王子が、紳士的で颯爽とした好青年だったなら、多少の危険を冒してでも助けてあげたいと思うかもしれない。

 だが、考えてもみてほしい。

 いくら見た目が美しくても、露出癖があり、自己中心的かつナルシスト変態野郎。それだけでもムカつくのに、いざ、危険が迫ったとなると、女を盾にするような腑抜けという要素も追加されている。ここまでくると、どんな美形であろうが、欠点を覆い隠すことはできない。いや、むしろ、見た目がいいぶん、余計に残念な部分が浮き彫りになってしまう。

 ハッシュと愛華が左右から迫っていると、青ざめた王子が予想外の展開に出た。

 急に、窓に向かって駆け出したのだ。

 どうやら、このまま外へ逃げるつもりらしいが――。

「アイカ様!」

 ハッシュの声に、咄嗟に身体が動いた。

「よいっしょーっ!」

 むんずと長い腕をつかんで、思いきり引っ張ってやる。

 そして、そのまま叩きつけるようにして勢いよく壁に投げつけた。

「ぶべっ!」

 何とも言い難い悲鳴をあげて、王子が壁に激突して昏倒する。

 やった、と愛華がガッツポーズを取った、まさにその瞬間。

 不幸な運命が、不吉な音と共に訪れた。

 ぎし、ぎし、ぎし。

 階段を上ってくる足音が聞こえた。

 災厄は、何の迷いもなく近づいてきて――とうとう、ガッツポーズを取ったまま硬直している愛華の目の前に姿を現したのだった。


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