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四・王子と侍従

     《 四・王子と侍従 》



「な、何だと!? ハッシュよ、これまで僕の身に起きた事件の数々は、貴様の仕業だったのか!?」

 責めるというよりは、ひどくショックを受けたような声音でバライドルが言う。

 そんな王子を冷やかに見つめ、ハッシュは吐息した。実に、残念そうに。

「はい。ですが、どうやら、従者の契約をした私には、契約主である王子は殺せないらしいので、安心してください。ああ、ですが、この先、王子に万が一のことがあっても助ける気はさらさらないので、その点はご了承ください」

「……そ、そんな。よもや、貴様が、暗殺者の一人だったとは!」

 みるみるうちにしょんぼりしていく王子の様子に、愛華の胸にわずかばかりの同情が生まれ――たりはしなかった。むしろ、様を見ろという気分になる。

「そうよね。自分の将来が、こんな変態のせいで台無しにされるなんて、冗談じゃないもの。でも、諦めちゃ駄目よ、ハッシュくん。私も協力してあげるから、二人で王子を倒して、自由な未来を取り戻そうよ。ねっ?」

 愛華の励ましに、ハッシュが小さく頷く。

「そうですね。諦めるのは、まだ早いですよね。魔法少女である貴女が協力してくれるのならば、果たせそうな気がします」

「そうよ。一人では無理でも、二人ならきっとうまくやれるわ! 一緒に頑張りましょう!」

「はい。死力を尽くして、王子暗殺を成し遂げましょう」

 ガシッと手を握り、強い絆を結ぶ二人。その目には、友情の二文字が浮かんでいるように見える。

 一方で、一人取り残されたバライドルはというと、馬鹿なりに状況を把握したようで、

「お、おい、貴様ら! 本人の前で何という恐ろしい話をしているのだ!? 王族の抹殺は死罪に匹敵する悪行だと知っているのか!?」

 焦りながらも脅すような口調でそんなことを言い出した。

 しかし、ハッシュは無感情な人形みたいな瞳で王子を見つめ、平坦な声で告げた。

「ええ、もちろん知ってますとも。ですから、私が犯人だとわからないように、こちらの世界で暗殺者を三名ほど雇いました。これから一年は、あちらとの世界との交信は禁止されていますからね。やるなら今しかありません。ああ、帰国後、王子が告発しようとしても無駄ですよ。その頃には、口を聞けない身体になっていると思いますので」

「ひ、ひいっ! な、何て奴だ! この僕が目を掛けてやったというのに、暗殺を企てるとは! 貴様の血の色は何色だ!?」

「おそらく王子同様に赤いと思いますが、それが何か?」

「えっ、いや、な、何かと言われるとアレだが――というか、おい、女! 貴様は、一応、僕を守る魔法少女だろうが! 何とかしないかっ!」

 偉そうな口調とは裏腹に、青い瞳には悲壮感が漂っている。涙目になっているように見えるのは、気のせいではないはずだ。

 その狼狽しきった様子に、愛華は冷笑を浮かべた。

「は? そんなものになった覚えはないし、私、ハッシュくんの味方だから無理。むしろ、早く死んでほしいくらいよ」

「!!!!」

 よもや、この場に味方などいない。やっとそのことに気づいたらしいバライドルは、ない知恵を絞り出して、側近と守護者である二人にある交渉を持ちかけた。

「…わ、わかった。要するに、貴様たちは立場に見合うだけの報酬がほしいということだな。ならば、考えてやらないでもないぞ。僕が王位を継いだ暁には、ハッシュを宰相に、アイカを正妃に迎えてやろうではないか」

 これならば満足だろうと笑む王子に、ハッシュが凍りつくような声を投げつけた。

「宰相ですか? 嫌ですよ、愚鈍な王のために苦労させられる生活なんて御免です。そんなものはいらないので、可及的速やかに死んでください。それが、私が王子に望むすべてです」

「っっ! ア、アイカはどうだ!? このような狭苦しい箱のような部屋などではなく、もっと広い豪華な部屋で贅沢な暮らしができるぞ!?」

 藁にもすがるときの表情とは、今の彼のような顔を言うのだろう。

 絶望とわずかな希望の入り混じった瞳には、ハッシュ同様に冷めた目の少女の姿が映っている。

「いや、贅沢な暮らしはいいけど、あんたはいらないから。っていうか、私、一刻も早くあんたと縁を切りたいから、さっさと死んでもらいたいんだけど」

「!!!!」

 万事休す、という様子でバライドルが項垂れる。

 さすがに王子ということもあってか、状況を悲観して泣き叫んだり暴れたりはしないようだ。その点は少し感心したのだが――十秒としないうちに、彼は復活した。馬鹿につける薬はないというが、確かに、こうも回復力が凄まじければ薬など必要ないだろう。

 バライドルは、何かをふっ切ったように爽やかな笑顔を浮かべ、ハッシュと愛華の手を取った。

「…離してください、気持ち悪いです」

「な、何よ、急に。気味が悪いわね…」

 完全に精神的に叩きのめしたはずなのに、何故か、バライドルはにこやかに微笑んでいる。もしかして、ショックのあまり、頭がどうかしてしまったのだろうか。

 さすがにちょっと不安になってきたところへ、彼は、とんでもない宣言をぶちかました。

「よし、こうなれば、僕は貴様たちから一歩たりとも離れないぞ! 僕が死ぬときは、みんな道連れだ! せいぜい、自分の身を守るついでに僕を守るがいい! ふはははははっっ!」

 胸を張って笑う様を見て、こめかみに青筋が浮かぶ。

 あまりの腹立たしさに、ハッシュと愛華は、苛立った視線を交わした。

「――ムカつきますね。早く死ねばいいのに」

「まったくだわ。だいたい、ずっと一緒なんてありえないんだけど」

「こんなイキモノと四六時中一緒にいたら、脳が腐りますよ」

「っていうか、全裸の男をひきつれて学校になんか行けるわけが――…はっ! が、学校っっ!」

 今、何時だろうか。

 目覚まし時計を確認して、青ざめる。

 完全に、遅刻だ。

 馬鹿にかまけていたせいで、よもや、大事なテストを受け損ねるとか、ありえない。

 愛華は、バライドルの手を思いきり振り払おうとしたが、すっかり暗殺の恐怖にとり憑かれている男の手からは逃げられなかった。

「離れてなるものか! この僕を置いていこうなどと考えるなよ、アイカ! 貴様は、一生、僕の傍にいる定めなのだからな!」

 まるで、告白とかプロポーズみたいなセリフを必死の形相で言われても、不快感以外の感情はわいてこない。

「んなもん、知らないわよっ! あんたの命よりも、学校のテストのほうが大事なの!」

「何を言う! 僕の生命よりも貴いモノなど、この世にあるわけがないだろうが!」

「あんたの生命は、そこらの砂粒よりも軽いのよ! ちょっと、ハッシュくん! ボーっと見てないで、何とかしてよ!」

挿絵(By みてみん)

 すっかり傍観者を決め込んでいるハッシュに助けを求めると、彼は淡々とした口調でアドバイスを寄こした。

「それこそ、魔法少女らしく魔法を使えばいいんですよ。まあ、私同様、王子を害するような魔法は使えないでしょうが、おしおきするくらいならたぶん大丈夫でしょう」

「ま、魔法って――私、そんなの使えないんだけど!」

「使えないと思い込んでいるだけです。貴女には、王子から授かった魔力があります。いつもはスリープモードになっていますが、それを覚醒モードに切り替えれば、魔法が使えるはずです」

「いや、だから、そんなモードの切り替えスイッチなんて、普通の人間には標準装備されてないから」

「そうではなくて――」

 ハッシュは、ちょっと苛立った様子で吐息した。

「バライドル様。遊んでいないで、少しは真面目に説明して差し上げたらどうですか? このままでは、魔法少女としてのアイカ様は無能のままに終わりますよ。そうなると、必然的に王子の死が確定することになりますが、それでよろしいのですか?」

「! い、いや、それは困る! というか、まだ、説明していなかったのか? ハッシュよ、貴様がいながら説明一つすんでいないとは、どういうことだ?」

「はあ、申し訳ございません。何ぶん、私は自分の生命以外守る気も興味もないもので。よもや、王子が死なば諸共などという馬鹿な発想をするとは思いもせず」

「……ハッシュよ。少しは、僕に対する悪意を隠すことはできないのか」

「隠す必要がなくなりましたので、これからは自分の心に正直に生きようと思います。ですが、こうなった以上、魔法少女であるアイカ様の協力なくしては、私も王子暗殺に巻き込まれる可能性がありますから、速やかに魔法を使えるようになってもらわねば困ります。アイカ様も、ご自分の生命は大事ですよね?」

 訊かれて、愛華は一も二もなく頷いた。

「もちろんよ。この馬鹿のせいで死んだら、成仏できないわ」

「私も同じ意見です。王子の最期を見届けて自由を満喫するためにも、ここで死ぬつもりはありません。というわけで、王子。アイカ様に魔法少女としての情報提供をして差し上げてください。私は、すべてを把握しきれていませんので」

 容赦のない言葉の刃を受けて、心は瀕死寸前らしい王子が今にも泣きそうな顔で口を開いた。

「……何て奴らだ。貴様らにはヒトの心というものはないのか」

「加害者のくせして、何を被害者ぶっているんですか。だいたい、人のことを言う前に、まず服を着てくださいませんか。何が悲しくて男の裸体を見せられなきゃいけないんですか」

 ハッシュが、嫌悪感で表情を歪ませて言った。

 さすがに、精神的にまいっているらしいバライドルは、不満タラタラの顔つきで吐息しながらも、渋々頷いた。

「…わ、わかった。着るから、ちょっとは友好的な言動を心がけてくれ」

 完全に、上下関係が引っ繰り返ってしまったらしい。おずおずと意見する王子をつまらなそうに一瞥し、ハッシュが仕方ないなとばかりに吐き捨てる。

「いいでしょう。これからは、浴場以外では服を着用するというのであれば、考えてもいいですよ」

「…よ、浴場でだけか? しかし、それではリラックスできないではないか」

「では、これからも容赦なく素直に意見をすることにします。もちろん、こちらの意見が通らない場合は、それなりのペナルティーが生じますが、構いませんよね?」

「ぺ、ペナルティーだと?」

 ごくり、と馬鹿王子が唾を飲み込んだ。

 緊張の面持ちになった彼へ、ハッシュは淡白な瞳を向けた。

「はい。ちなみに、着衣を拒否した場合は、王子を縄で吊るし上げた挙げ句、外に放置します。運よく暗殺者が来て始末してくれればよし、悪運強く生き残ったとしても、一ヶ月ほど水も食糧も与えなければ自然と餓死してくれるでしょう」

 とても冗談とは思えない真剣な声音に、バライドルは思いきり青ざめた。

「服を着ないだけで死刑宣告とは、あまりにも重すぎるぞっ!」

「何を言ってるんですか。こちらの世界の罰則では、男として生命と同じくらい大事なモノをアレされるんですよ? それならば、いっそのこと、さっさと死んだほうが王子のためだと思うのですが」

「いやいやいや、貴様の考えはおかしい! 何故、僕を痛めつけること前提で話を進めるのだ!? ここが異世界で、わが国の監視から逃れているとはいえ、あまりにも無慈悲すぎるではないか!」

「王子。人生とは、無慈悲で過酷なものなのです。今さら、それを嘆いたとして、何になりましょう。それよりも、前を向いて生きるべきです。ああ、ちなみに、王子の場合は、前を向いたまま、奈落の底へダイブするという未来が確定していますので、今、こうして生きている時間を少しでも有意義に過ごしていただければと」

「いちいち、貴様の発言は恐ろしすぎるぞ!」

「恐ろしいだなんて、そんな。私の殺意は、世界滅亡レベルですから、可愛いモノですよ。むしろ、言葉にすると、こんなにもまろやかになってしまうのかと悔しくてたまりません」

 ひたり、と氷の微笑がハッシュの能面に張りつく。

 冷徹で残忍な笑みに、さすがの愛華も少しばかり背筋が寒くなった。

 どうやら、ハッシュが王子を殺したがっているのは、冗談でも脅しでもなく、真実らしい。できるものなら、その手を直接使って王子を八つ裂きにしたい。そんな殺気を感じて、バライドルが押し黙る。

 それを見て、ハッシュは笑顔を引っ込めて無表情で告げた。

「…わかったら、服を着てください。女性の前で裸でいることは、王族としてだけでなくヒトとしての尊厳を捨てたも同じ。それがわかったのであれば、服を着てください。これが、最後通牒ですよ、王子」

 ノーと言わせない強い口調に気圧されるようにして、バライドルはこくこくと頷いた。そして、慌てて指を鳴らした。

 パチン。

 その音を合図に、ふわりと風が吹いて、白い光の筋がカーテンのように王子を囲んだ。一秒としないうちに光が消え、一人の美青年が登場する。

 さらりとした金糸の髪は、短めの濃紺のリボンで結わえられ、白を基調とした立ち襟の上着の襟と袖口、裾は、銀と金の糸を使った派手めの刺繍で彩られている。胸元には金の羽の生えた狼のような紋章が輝いていて、何とも格好いい。すらりと伸びた足は、汚れ一つない純白のズボンで覆われていて、金の刺繍入りの白い革のブーツがこれまた王子様らしくて素敵だ。

「……えーと、どちら様?」

 思わずそう訊いてしまうほどの変貌ぶりだった。服を着て、身なりを整えただけで、こうも人間変わってしまうのかと驚きが隠せない。

 今のバライドルは、まさに、王子様だ。それも、現実世界とは程遠い、メルヘンチックな感じの。

 ついぽかんとしてしまう愛華に、彼は、キラキラオーラを放ちながら眉を寄せた。

「何を言っているのだ、貴様は? ずっと目の前にいた相手の存在を忘れるとは、愚かにもほどがあるぞ」

 ムカつく発言に、一瞬で目が覚める。

 キラキラ王子様の正体は、やはり、馬鹿王子だった。

「…冗談に決まってるでしょ。服着たら、ちょっと別人っぽく見えるなと思っただけよ」

 視線を逸らして応える愛華に、ハッシュが同情まじりの目を向けた。

「アイカ様のお気持ち、お察しします。たかが服を着ただけで、どうしてこうも立派に見えるのか――私も疑問に思い、服に何かしらの魔法でも施されているのではないかと疑いもしたのですが、何の仕様もありませんでした」

「…容姿がいいって、それだけで得よね」

 何とも釈然としないが、ずば抜けて容姿がいいのは間違いないので、そこは否定するわけにはいかない。だが、中身は露出狂の馬鹿王子だということを思うと、心底、残念でならない…。

 ハッシュはこめかみを押さえ、呻くように呟いた。

「まあ、見た目がコレなので、馬鹿のくせに民衆受けが抜群にいいんですよ。王族のなかでも、一、二を争うくらいに」

「…馬鹿のくせにカリスマ性だけは一級品ってことか。厄介ね…」

 魔法の国がどういうところかは知らないが、この馬鹿王子が王座に座った瞬間、国は一年と持たずに滅ぶだろう。ついでに、国民が裸族化していく可能性もある。そうなったら、目も当てられない。

「おかげで、あちらの世界では王子暗殺を企てることすらままなりませんでしたよ。何せ、民衆の支持率がトップクラスですからね。暗殺なんてしようものなら、草の根をかき分けてでも犯人を暴き出し、死刑にしろという国民の声が聞こえてくるようです。はあっ」

 なるほど。だから、国を出て、あちらの世界との通信が困難な場所で王子暗殺を実行に移そうとしていたのか。愛華は、ようやくハッシュの置かれた状況を正確に理解した。

 確かに、母国でことを起こせば、民衆と王族が一丸となって犯人を見つけようとするだろう。そうなった場合、どんなにうまく行動しても、ハッシュが犯人であるという証拠は、いずれ公の場にさらされ、そのまま、処刑台へ直行だ。

 しかし、この世界ならば、王子の死の真相を知る者は、愛華とハッシュ、そして、暗殺者たちしかいない。愛華は協力者なので、黙っているのは当然として、あとは暗殺者たちだが――ハッシュのことだから、抜かりなく口封じしそうな気がする。何か怖いので、その辺りは想像だけに留めておこう。

 ハッシュは、わずかに表情を緩めて、話を続けた。

「ですが、今、この地にはバライドル様を支持する国民はおろか、味方そのものが存在しませんからね。やりたい放題ですよ」

 淡々と、しかし、冷徹な殺意を込めた言葉に、バライドルが震えあがる。

「お、おおお落ち着け、ハッシュよ! とりあえず、話し合おうではないか!」

「嫌です。何年、私がこのときを待ったと思っているんですか? 往生際が悪いですよ。王族らしく、胸を張って死を受け入れたらどうです?」

「だ、誰が、死ぬか! 絶対に、この世界が滅んでも生き残ってやるからな! くそ、こんな奴が何故、僕の従者なのだ? しかも、肝心の魔法少女も使いものにならないときた! 部屋は馬小屋よりも狭いし、ろくな世界ではないな!」

 ぶつぶつと文句を言いつつも、ちらちらと不安げにこちらの様子を窺ってくる。どうやら、こちらの出方を窺っているようだ。

(……馬鹿に付き合うだけ、無駄よね)

 バライドルが死のうが生きようが、ぶっちゃけ、どうでもいい。いや、どちらかといえばさっさと死んでほしいくらいなのだが――今は、さっさと学校に行かなくてはならない。

 愛華が足早に部屋を出ようと足を動かした瞬間――びり、と静電気が頬を掠めた。


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