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一・クローゼット開けたら、王子様

      《 一・クローゼットを開けたら、王子様 》



 ピピピピピ。

 目覚まし時計が鳴っている。

 それも、耳元で激しく。

「う、うるさい…」

 イライラしながら、目覚まし時計を黙らせて、布団のなかでもぞもぞと動く。

 まだ睡魔は去っておらず、もう一度目を閉じれば、再び夢の世界にダイブできそうだ。

「…久しぶりにいい夢が見れたんだから、もうちょっと続きを…」

 むにゃむにゃ言いながら二度寝しようとしたが、それは学生の身では許されることではなかった。

「いい加減に起きなさい、愛華あいか! 早くしないと、遅刻するわよ!」

 ドアを乱暴に叩く音と、母親のどなり声。

 たまらんとばかりに飛び起きて、少女、園村愛華はぼさぼさの髪を掻きむしった。

「あー、もー、わかったってば! すぐに起きるから静かにして!」

 その声に、ぶつぶつと文句を言いながらも母親が立ち去る。

 ようやく静かになった部屋で大きな欠伸をして、周囲を見渡す。

「……ん? 何か、いつもと違うような…」

 ベッドの上にある、愛用の肌布団にイルカの形をした抱き枕。ベッドの傍には、マンガと小説の詰まった本棚があって、ベッドに向かい合うようにして、勉強机が置かれている。ベッドの下には服や小物を収納する引き出しがあるので、部屋にタンスは置いていない。クローゼットがあるにはあるが、ほとんど何も入っていない。もともと、物に執着がなく、洋服や小物類は貰ったものばかりで、自分で好んで購入することがないため、そんなに数が増えないのだ。それなのに――何だろう、奇妙な圧迫感というか、違和感があるのは。

「………??」

 首を傾げつつも、寝ぼけ眼でクローゼットに向かう。クローゼットのなかには、高校の制服を吊っている。他に、冬物のダウンコートとジャケットが一枚ずつぶら下がっているだけで、他には何も入れていないはずなのだが――。

「んん?」

 クローゼットの取っ手に指をかけた瞬間、物音がした。それも、なかから。

(………まさか、ネズミ?)

 音の大きさからすると、ゴキブリではない。もっと大きなイキモノだ。食べものなんて置いていないのに、と思いつつも、ゆっくりと戸を開けた瞬間――愛華は呆然とした。馬鹿みたいに、あんぐりと口が開く。

「……な、何、これ?」

 クローゼットのなかには、見慣れた制服と冬物の上着がかかっていた。かかっていたのだが――問題は、そのさらに向こうにあった。

 目の前には、どういうわけか、広い部屋が広がっている。それも、映画とかでしか見ないような、中世ヨーロッパ風の豪奢な一室だ。

 深紅の絨毯は見るからにふかふかしていて、壁には金糸でも編み込んだような緻密な模様が浮かび上がり、どこからともなく、聞いたことのない音楽が小さな音量で流れている。部屋を灯す照明は、壁に備え付けられた燭台で揺れる蝋燭の炎。いや、よく見ると、それは炎なんかではなく、オレンジ色に輝く蝶だ。愛華の存在に気づいて、ひらひらと羽を揺らし、その度に、小さな蝶が現れ、部屋のなかを飛び回る。

挿絵(By みてみん)

 部屋の中央に置かれているのは、これまた、映画でしか見たことのない、天蓋付きの巨大ベッド。かつての王朝で、お姫様が寝ていたであろう豪奢できらびやかな薄布のなかで、衣擦れの音が聞こえた。

 その瞬間、ぱっと蝶たちが弾けて消えたかと思うと、天井から眩しい光が差し込んだ。

(…えええっ!?)

 ここがクローゼットのなかだとするのなら、天井の高さは、愛華の部屋と変わらないはずなのに――どういうわけか、見上げたところに天井らしき板はなく、何故か、清々しい青空が広がっていた。しかも、いつの間にやら、絨毯は花畑に、音楽は軽快で爽やかなものに変化していた。

「ど、どど、どういうこと????」

 一体、我が家のクローゼットはどうしてしまったのか。

「はっ、そうか、夢、夢の続きなんだわ、きっと!」

 それ以外に説明がつかない。

 いや、それでも納得がいかないことが多々あるのだが…。

(…夢は願望の表れとかいうし、私、よほど現実逃避したいのね…)

 確かに、高校生活はすべてが順調というわけではないし、悩みもいろいろある。それにしたって、トレンチコート姿の変質者めいた王子様の夢といい、この奇妙な花畑のなかの寝台の夢といい――疲れているというよりは、色恋に飢えているといったほうがいいかもしれない。

 彼氏いない歴、十七年。つまり、生まれてからずっと、そういう相手に出会えなかった思春期の少女からしてみれば、自然な欲求なのかもしれないが……それにしたって、侘しすぎるではないか。

「……そこまで求めてるつもりないんだけどなあ」

 はっきりいって、恋愛なんて面倒くさいだけだし、恋するだけ夢見るだけなら、脳内で思い描いた王子様だけで充分なのだ。昨今では、恋愛ゲームも充実しているし、現実の男よりもよっぽどいいと思う自分は、女として終わっているだろうか。

 悶々と自己分析しつつ、とりあえず、花畑に足を踏み入れてみる。

 そこは、予想していたのとは違い、土の感覚も匂いもなく、柔らかな絨毯を歩いている感触があった。そのくせ、ふわりと香る優しくも甘い香りは、昨夜、飲み損ねたミルクティーを思わせる。

「…それにしても、よくできた夢ねえ」

 見上げた空は高く遠く、晴れやかで実に気持ちがいい。眩しく輝く太陽は控えめに照り、地上を包み込むようにして暖めてくれている。

 ぽかぽかぽか。

 春の日和を思わせる心地よさに、つい、眠気が復活しそうになる。

「……ふわあ。眠い…」

 目を擦り擦り、天蓋付きのベッドに向かう。

「……私、一度でいいから、お姫様みたいなベッドで寝てみたかったのよね」

 呟きながら、複雑な模様の描かれたレースの天蓋をめくって、ベッドに潜り込む。

「…あったかい……」

 まるで、前もって暖めてあったかのように、心地よく布団が温もっている。もぞもぞと布団のさらに中央に潜り込もうとしたところで、異変に気づく。

「――……ん?」

 何かが、指先に触れた。愛用の抱き枕や布団の感触ではない。

 もっとこう、程よい弾力と質感があって、同時に温もりもあって――…これは、一体、何だろうか…?

 眠気と疑問の狭間を漂っていると、急に、バアンと大きな音が鳴り響いた。まるで、巨大なシンバルを耳元で打ち鳴らしたような騒音に、思わず飛び起きる。

「っっっ、うるさいなあ、もう! 一体、何なのよ!?」

 眉を吊り上げ怒鳴る、愛華。

 その肩から、ふわりと軽く暖かな羽毛布団が落ちて――彼女は、見た。

 見てしまった。

 何をかって――?

 さらさらした肌触りのシーツの上で仰向けに眠る、謎の男を!

「!!!!!」

 サラサラと流れる金糸の髪に、きめ細やかな白い肌。目を閉じてはいるが、きっと目を開けても美形に違いない、その眉目秀麗な顔立ち。身体つきは筋肉質ではないものの、貧相というわけでもなく、ほどよく筋肉がついている。

 タイプかどうかと言われれば、確かに、悪くはない。むしろ、絵にかいたような王子様といった感じだが――そんなことは、この際、どうでもいい。

 問題は、その謎の人物がどこの誰かとか、何故、こんなところで熟睡しているのかとか、そんなことではないのだ。

 少女の目に映るのは、その綺麗な顔立ちなどではなかった。

 むしろ、そこから下だ。

「…な、なななななな」

 何で、この人、全裸なのぉぉぉぉっっっ!?

 そう言いたいのに、あまりの衝撃に声が出ない。

 うら若き乙女、穢れを知らない年頃の少女の思考回路では、到底、処理しきれない。

 ただ、目を逸らそうにも逸らしかたを忘れてしまったかのように視線が固定され、ついでに、身体も硬直してしまって逃げることすらできない。

 青ざめ、おろおろしているところへ、再び、大きなシンバルの音色が鼓膜を激しく揺さぶった。咄嗟にびくりと肩を震わせる少女の目の前で、異変が起きた。というか、ごく自然な現象だったのだが、少女にとっては、この世の終わりに等しい出来事だった。

 そう、謎の全裸男が目を覚ましたのだ。

 飛び起きるのではなく、ゆっくりと長い睫毛を揺らして二度三度まばたきをしてから、呑気な欠伸を一つ。

 そして、起きるのかと思いきや、枕に顔を押し付け、二度寝を決め込もうとする。

 それを妨げようと、立て続けにシンバルが大音量で鳴り響き始め、男はイライラしたように飛び起きて、空に向かって怒声を放った。

「うるさい、うるさい、うるさーいっ! 黙れと言っているのだ、愚か者めが! この僕の安眠を邪魔するなど、貴様は何様だっ!?」

 やや声高に、尊大な口調で告げた男の怒りの声に、シンバルの音がピタリととまる。

 それを確認して、満足そうに金髪美形が頷いた。

「わかればいいのだ、わかれば。さて、もう一眠りするか」

 そう呟いて、ようやく、少女の存在に気づいたようだった。

 よく晴れたアルプスの空みたいな澄んだ青い瞳が、少女を捉える。

「……うん? おい、貴様は何者だ? 何故、僕の寝所にいる?」

 その問いに、ようやく、少女の金縛りが解けた。

 びくりと肩を揺らして、視線を逸らす。

「えっ? い、いや、まあ、当然の質問だとは思うけど――…これ、夢なんだし、どうしてここにいるかとか訊かれても意味ないっていうか」

 本音を言えば、とりあえず服を着てくれ、と言いたいところだが、男の雰囲気がそうさせない。

 何ともあけすけで、尊大で、威圧的で――何より、綺麗すぎて、返す言葉を見失いそうになる。

 今さらながらにもじもじしながらうつむく少女の姿に、何か思うところがあったのだろう。男は、さらりと長い金髪を揺らして――ぽん、と手を打つ。

「そうか、思い出したぞ。貴様は、確か、昨晩の娘であったな。そうか、ならば、僕の元へ迷うことなく辿りつけたのも道理。そうとなれば、話は早い。おい、貴様。貴様の名は何という?」

「へ? あ、名前? ええと、園村愛華、だけど」

 何だか偉そうな奴だと思いながらも、愛華が答える。

 男は、口内でその名を反芻して、口の端を持ち上げた。

「ふむ、ソノムラアイカか。して、その名の意味するものは何だ?」

「え、意味? 意味なんかないと思うけど」

 愛華の言葉に、男が眉をぴくりと動かせた。どうやら、不愉快にさせてしまったらしい。

「…貴様、ふざけているのか? 意味のない名など、この世に存在しない。もう一度、訊く。貴様の名の意味は何だ?」

 全裸はともかく、秀麗な顔で睨まれると、妙な迫力がある。

(…とはいえ、意味とか言われても、何のことだかわからないし)

 苗字は先祖代々受け継いだものだし、愛華という名前も、両親が親族から集めた名前候補のなかからあみだくじで決めただけの無意味なものにすぎない。だから、愛らしく育つように、とか、花みたいに綺麗な心を持った女の子になりますように、なんて願いも込められていない。

 しかし、目の前の男は、それが気に食わないらしい。

(…かといって、もう一度、意味がないなんて答えたら怒られそうだし)

 愛華は、少し面倒くささを感じつつ、適当に答えた。

「えーと、花みたいに愛らしく可憐な女の子になるように、だったかな?」

 その答えに、男は何故か哀憫の情のこもった視線で愛華の顔を見つめ、

「……ふむ、それは何というか、現実的に考えて、貴様には荷の重い運命だとは思うが、与えられたものは仕方ない。名を与えた親を恨まず、強く生きるよう心がけるのだぞ」

「――…どういう意味よ、それ?」

 自分が十人並みの容姿だという自覚はある。特にこれといったモテ要素もないということも理解している。

 しかし、第三者、それも美形だが全裸男に同情されるいわれなどない。

 愛華とて、思春期の少女なのだ。同級生たちほど美だの異性だのに興味はないが、それでも、イラッとくる発言だった。

 そんな愛華の苛立ちに気づかず、全裸男は上から目線で続ける。

「そう恥じずともよいではないか。人間、容姿の美しさよりも、内面の気高さのほうが重要だというだろう。正直、その容姿で、愛らしいだの花だのといった表現はどう考えても合わないとは思うが、こうありたいという希望を持つことだけは誰にでも許されているからな。願いや理想は、常に高みにあるぐらいがちょうどいいのやもしれぬ。そこへ到達しようと無駄な足掻き――いや、努力をすることに意味がある、という考えもあると聞く。貴様は、その類の人間なのだろうな。何とも哀れなことだ」

「……黙って聞いてりゃ、全裸で初対面の女相手に暴言の数々を放つあんたのほうが、よっぽど残念な人間だと思うけどね」

 男の発言に、愛華が冷淡な口調で言い返す。とはいっても、怒鳴ったり早口になったりはしない。

 愛華は、怒りゲージが溜まれば溜まるほど、ゆっくりと冷徹な言葉を放つのだ。その怒りが深ければ深いほど、周囲の空気が凍りついていくというのは、友人の言。

 男は、まさか、見た目はおとなしそうな愛華が反論するとは思わなかったのだろう。驚きの顔でこちらを見つめている。

 それを蔑みの眼差しで迎え撃ち、愛華は続ける。

「だいたい、女の前で全裸をさらして羞恥心すらないって、どういう神経してるわけ? いっとくけど、それ、セクハラだからね? わいせつ罪で逮捕されたうえに、私の記憶に、その醜いモンさらした代償として二億ぐらい積んでもらわないと割に合わないレベルの犯罪行為だからね?」

「は、犯罪だと? 貴様、この僕を犯罪者扱いするというのか!?」

 男が、怒りで声を荒げたが、そんなことは知ったことではない。

「当然でしょ? あんたの国じゃどうかは知らないけど、私の国じゃあ、初対面、それも、年頃の女の子の目の前で全裸でいること自体、許されないの。どんなに顔がよくても、露出狂は犯罪者以外の何者でもないわ。はっきりいって、痴漢並みに女の敵よね、あんたって」

「!!!! き、貴様、黙って聞いていれば、図に乗りおって!」

 色白の顔が、不自然なほど真っ赤に染まっていく。

 しかし、愛華はやめない。それどころか、どんどんと言葉の刃を鋭利に尖らせていく。

「反論があるなら、せめて服を着てからにしてもらえないかしら? そんなチンケなモンをブラブラさせたまま文句つけられても聞く気にもなれないわ。少しは、常識ってものを勉強したほうがいいんじゃない?」

「じ、常識だとっっ!? 貴様、国の法たるこの僕に常識を語ろうというのかっ!?」

「はあ? あんたが法の世界なんて、一秒、いえ、刹那で滅ぶわよ。何、寝ぼけたこと言ってんのよ、馬鹿じゃないの、この変態」

「へ、へへ変態っっ!? き、貴様、平民の分際で、王子たるこの僕を侮辱するなど、許されると思っているのかっ!?」

「はいはい、変態王子、偉い偉い。偉いついでに、私に迷惑かけた慰謝料払ってどっかに消えてくれないかしら?」

「き、貴様っっ! 大人しく聞いていればっっ」

 そろそろ本気で男が爆発するぞというタイミングで、バアンと一際大きなシンバルの音が響き渡った。

 あまりの音量に、くわんくわんと三半規管を揺るがされ、平衡感覚が奪われる。意識が朦朧とするなか、部屋の風景が、ごくありきたりなものへと変わっていった。正確には、よく知る愛華の部屋へと変化する。

「! あ、あれ? ここ、私の部屋…?」

 愛華は、パジャマ姿のまま、ベッドに座っている。そのベッド脇には、顔だけはいい全裸の変態男が耳を押さえたまま立っている。そして、もう一人、眠たげな半眼の子供が目の前に現れた。

 茶色の髪は肩の辺りで品よく切り揃えられ、灰色の瞳は思慮深そうな輝きを秘めている。身長は、愛華よりも十センチほど低い、百四十五センチ程度。小柄な身体を覆う黒のコートのせいで、男か女かもわからない。しかし、中性的な顔立ちをしたその人物の手には、巨大な銀のシンバルが握られていて、あの騒音めいた音の犯人であることは明らかだった。

 その謎の少年だか少女だかは、言う。

 中性的な面立ち同様、性別を感じさせない声音と口調で。

「――おはようございます、バライドル様、アイカ様。本日は晴天だそうですよ。ご公務にはよい一日になりそうでなによりです」

 その無感情で淡白なセリフに、バライドルと呼ばれた金髪青年が眉を寄せる。

「…ハッシュ。貴様には、主を敬い、その意思を尊重するという忠誠心はないのか? 何より、その騒音で僕の目覚めを妨げるのはやめろと、数百回は言い聞かせたはずだが」

「はい、正確には、七百八十一回目になりますが、それが何か?」

「な、何かと言われても――と、とにかく、それだけ注意したのだから、もっとこう、優しく起こすという選択肢はないのか?」

「? 優しく起こしているつもりなのですが――わかりました、これからはバライドル様の意思を尊重し、より優しく起床をお助けいたします」

「う、うむ。そうしてくれ――ところで、ハッシュよ。明日からはどのようにして僕を起こすつもりなのだ?」

「はい、シンバルが駄目となりますと、これからは、毎朝、耳元で延々と読経を行うことにいたします。ところで、ご存じとは思いますが、経を聞きながら眠り続けた場合、いつしか魂が冥土へと連れ去られ、生命を落とすといいます。くれぐれも、早くお目覚めいただきたく」

 明らかに嘘だと思うのだが、あまりにも淡々と語るもので、妙な説得力があった。

 バライドルは、みるみるうちに青ざめて、ぶんぶんと頭を横に振った。

「い、いやいや、待て待て! 優しく起こさなくとも、これまで通りでいい!」

「そんなに遠慮なさらずとも、バライドル様がお望みならば、冬眠中のドラゴンを叩き起こすことも厭いませんよ。灼熱のブレスで熱い朝を体感するもよし、氷結の息吹で爽やかに目覚めるもよし。それとも、ちょっと危険に毒ブレスという選択肢もありますね。さて、バライドル様。読経とドラゴン、どちらがお好みでしょうか?」

 とんでもなくデンジャラスな目覚まし方法を提案されて、バライドルが蒼白になる。

「!!! い、いらん、いらんぞ、そんなものは! 貴様の小うるさい方法で充分間に合っているからな!」

「しかし、それでは先ほどの意見を撤回することになります。王子たるもの、簡単に意見を翻して意見を変えるというのは、どうかと思いますが…」

「う、うるさい! とにかく、ドラゴンも読経も必要ない! それより、何故、こんなところに飛ばした? こんな窮屈な箱に閉じ込めて、僕を窒息死させるつもりではないだろうな?」

 不快げに周囲を見やり、顔をしかめるバライドル。

 それに対し、やはり、無表情にハッシュが答える。

「窒息死、ですか。この部屋の仕様からいたしますと、壁や窓、ドアの隙間を塞いだとしても、完璧に隙間風を防ぐことは不可能に思えます。つまり、この部屋の隙間という隙間を塞がない限り、容易には起こり得ない展開だと思いますが――あ、もしかして、フリですか? そうなるように仕向けてほしいという。殺人ということならば、窒息死も夢ではありませんし」

「ち、違うっ! そうではなくて、何故、この僕がこのような狭苦しい箱に閉じ込められなくてはいけないのかという話だ!」

「――何故と申されましても、そういう掟だからだとしか答えようがありません。あと、正確に表現するならば、ここは、箱のなかなどではなくアイカ様の私室です」

「!! な、何だとっ!? こんなちっぽけな空間が、人間の部屋だというのか!?」

 驚愕の表情で、全裸男が愛華を見据える。

「き、貴様。よもや、貴様は平民ですらなく、どこぞの馬の骨の下で使役されている薄汚い奴隷だというのではあるまいな??」

「――…どこまでも失礼な変態ね」

 確かに、六畳あるかどうかの部屋ではあるが、一人で過ごすには充分な空間がある。

 あまりにも失礼かつ無礼な発言の数々に、こめかみに青筋が浮かびそうだが――これは、夢だ。いちいち、目くじらを立てていては、身がもたない。人間、スルー能力も重要だ。

 金髪碧眼の美形でありながら、全裸というありえない人物も。

 大人しそうに見えて、心なしか危険かつ過激発言をしている、少年だか少女だかわからない子供も。

 何もかもが、愛華の脳がつくり出した悪夢にすぎない。

 だとすれば、激昂するだけ無駄というもの。

 とにかく、スルーしまくって、平々凡々な日常ルートへと帰還する必要がある。

 愛華は、溜息を一つ零して、いつの間にか閉じていたクローゼットを開いた。そこには、見慣れた制服が吊られているだけで、異世界などはどこにもない。

「…当たり前よね。ファンタジー映画やドラマじゃあるまいし」

 ひとりごちて、制服を手に取り、振り返る。

 そこには、悪夢の象徴である変態と謎の少年?の姿がある――が、あえて無視する。

「……さて、今日は脱衣所で着替えようっと」

 呟き、ドアを開けて外に出る――と、足を一歩踏み出そうとしたところで、ざっと血の気が失せた。ドアノブをつかんだまま、ひゅっと息を呑む。

「!!!??」

 どういうわけか、いつもの廊下がない。それどころか、家そのものが存在していなかった。床も壁も階段も、何もかもが消え失せている。

 視界に広がるのは、きらきらと星らしき光が無数に輝く、宇宙空間。そこに、愛華の部屋だけがぽっかりと浮かんでいたのだった。


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