十・ツインテールは、ツンデレ…じゃなくて、魔法少女の証らしい
《 十・ツインテールは、ツンデレ…じゃなくて、魔法少女の証らしい 》
「……えーと、これは、一応、助かったってことでいいの?」
暗殺者は去り、こうして、自分は生きている。おばちゃんの仕事が終われば、また危険な目に遭うかもしれないが、しばらくは平和な時間を過ごせる…はずだ。
「はあっ、おばちゃん、マジで怖かった……」
かすり傷程度ですんだのが嘘みたいに、家のなかは悲惨なことになっていた。
あちこちの壁に無数の切り傷が残り、床に至っては、斬撃に耐えきれずに穴が開いている。床で寝ている母親に怪我がなかったのは、奇跡でも何でもなく、単に、結界内では一般人は傷つけられないようになっているからだと、ハッシュが教えてくれた。
「っていうか、ハッシュくん。あんた、人が死にそうになってる横で、よくもまあ呑気にご飯なんか食べていられたわね。ちょっとは助けてやろうとか思わないわけ? 一応、私はハッシュくんの味方のはずよね?」
嫌味ったらしく文句を言ってやるが、ハッシュは涼しい顔でやり返した。
「魔法少女を助けるのは、使い魔の役目ではないですか。第一、私は、自分を守るための結界しか張れませんし、王子同様に魔法制限を受けていますからね。あの状況では、どうしようもありませんよ」
「制限? そういや、馬鹿王子もそんなことを言ってたけど――それって、つまりはどういうものなの? あの状況で魔法が使えないって、かなり致命的じゃない?」
愛華の疑問に、ハッシュが淡々と答える。
「ですから、魔法少女が必要なのですよ。暗殺者との戦闘――つまりは、こちらの世界での戦闘行為は、こちらの世界の者にしか許されていないのです。いわゆる、不可侵条約とでもいえばいいでしょうか。私や王子のように、別の世界の住人には、こちらの世界の住人を傷つける、もしくは殺すなんてことはできないのです。ですが、逆に、こちらの人間には我々を殺すことが可能なのです。もっとも、例外として、魔法少女である貴女は、王子を殺す権利その他諸々を剥奪されていますが、その代わりに、王子以外の者であれば、我々の世界の人間を殺すことが可能になっています。まあ、その逆――たとえば、私が貴女を返り討ちにして殺すこともありえますので、その点は充分にご注意ください」
「…いや、私、王子以外には殺意ないから、返り討ちに遭う危険はないと思うけど。っていうか、あんたたちは攻撃されても反撃できないのって、何か不公平な気もするわね」
愛華自身、魔法少女にされた段階で王子を傷つけられないということは聞いているが、それ以外の情報は、初耳だった。
愛華のやや同情混じりの言葉に、彼は無表情に言う。
「それは、当然でしょう。我々は、この世界にとっては、侵入者のようなものなのです。招かれざる客なのです。いくら許可証を得たとしても、それは、滞在を許されたという程度の意味でしかありません。現に、私や王子が魔法を使うには、ある一定の条件をクリアしなければなりませんからね。たとえば――私の使用魔法は、主に、自分を守るための障壁と、幻影魔術があるのですが」
「幻影魔術?」
何だか、マジシャンっぽい言葉だ。
「貴女もご覧になったと思いますが、王子のいた寝室は、私の魔法でつくりあげた別空間なのです。あのように、私は空想を具現化する魔法が使えます。ただ、持続時間が十時間程度で、かなりのMPを消費しますので、ウザい王子を監禁――いえ、就寝時にのみ使用するようにしています」
言われて、思い出した。
天蓋つきの洋風ベッドに、オレンジ色に輝く蝶。音楽が流れていたり、いきなり青空が広がったり、絨毯が花畑になったり。あれも全部、ハッシュの魔法だったのだ。
「…へえ、ハッシュくんの魔法ってすごいのね」
「これでも、高位魔術師の資格を持っていますから、褒められるほどのことではありませんよ」
「そうなの? っていうか、高位魔術師って、何? 何かカッコイイんだけど」
「言葉通り、魔法のエキスパートという意味です。エリート、と言い換えてもいいかもしれませんね。ちなみに、王子も持ってますよ。腹立たしい限りですが」
「は、腹立たしいとは、どういう意味だ!」
横からの王子の声を無視して、ハッシュは続ける。
「王子の魔法は、空間転移を軸にしています。アイカ様の部屋だけを切り取り、別次元に移動させるなど、人やモノ、空間を切り取り、別の世界へ転移させることができます」
「…あー、あのクソ迷惑な魔法ね。あれ、ホント、厄介よね。今度、あんな真似したら、問答無用で簀巻にして、トラウマレベルの責め苦を与えてやるわ」
契約している愛華には、王子を傷つけたり殺すことは不可能だが、精神的に苦しめることはできるはずだ。王子のこれまでの傷心っぷりからいって、それは、ほぼ百パーセント証明されている。
愛華の本気の言葉に、王子は、青ざめつつも尊大ぶった口調で告げた。
「ふ、ふん。好き勝手に言いおって。この僕を脅そうなどと、貴様はどこまでも身の程知らずな女だな。だ、だが、まあ、何だ――魔法少女として僕を守ると約束するのであれば、これまでの暴言の数々は水に流してやってもいいぞ。無論、今後は、僕を崇拝し従属するというのであれば、だがな」
「……は? 別に、あんたなんかどうなってもいいし。あんたを崇拝するくらいなら、邪神でも崇めてたほうが数倍はマシよ」
何となく口をついて出た愛華の呟きに、王子はぎょっと目を剥いた。
「…じ、邪神だと? こ、この世界にはそんなものまで跋扈しているのか!?」
何故か、尋常じゃなく怯え始める、馬鹿王子。せっかくの美しい金髪が急にくすんだように見えた。
不思議に思った愛華は、ハッシュに小さく訊ねた。
「ねえ、もしかして、あんたたちの世界って神様とかが実在してるの?」
「ええ、それに近いものはいますね。ちなみに、我々の言う邪神というのは、こちらの世界での呪術師に相当します。神の如き卓越した力をもって、相手を呪い殺す秘術を体得しています。王族が警戒すべき存在の一つですね」
「…ふうん。けど、呪い殺すって――魔法の国には不似合いな感じよね。呪いと魔法は別モノなの?」
「はい。魔法は、魔力を消費させて作用を具現化させますが、呪いに魔力は必要ありません。呪術に関する正しい専門知識さえあれば、たいていの呪いは発動します。ただ、大がかりなものを行うには、かなりの知識量が必要になりますが」
「…えっと、要するに、魔法を使うには魔力が必要で、呪いには知識が必要ってこと?」
「はい、そのように考えていただいて結構です。ただ、呪いに関する知識を得るには、並大抵の努力では不可能です。それこそ、生命を懸けて臨むくらいの心意気がなければ」
「――ふうん。そこまでして呪いの力を欲しがるなんて、よっぽどの事情があるんでしょうね」
これまでの人生…といっても、まだ十七年しか生きていないが、これまで、死ぬほど努力して求めるような何かと出会ったことはない。もし、そこまでして欲しがるものができるとすれば、それはかなり追い込まれてのことではないだろうか。
すると、ハッシュは、意外にも神妙な面持ちで頷いた。
「……そうですね。それを思えば、私などはまだマシな人生を送っているのかもしれませんね」
その、わずかに沈んだ声と瞳から、ハッシュには他者には言えない苦悩があるのではないかと思った。まあ、他人の事情に首を突っ込む趣味はないので、相談でもしてこない限り、何もしないつもりだが。
ハッシュは、すぐに気持ちを切り替えて、ふと台所へ目をやった。
「…どうやら、結界が解けるようですね」
その声と同時に、ぱあっと壁や床が淡い光を帯びたかと思うと、みるみるうちに部屋が修復されていった。何事もなかったかのように元通りになったところで、台所の床で眠っていた母親が目覚めた。
「…ん、うん……?」
上半身を起こしながら、軽く頭を振り――母親が、愛華を見る。
「……あら、貴女、どこの子? 愛華の友達…じゃないわよね?」
「!」
ぶわっと、冷や汗が噴き出した。
鈴木のおばちゃんとの戦闘を回避し、結界が解けても、愛華はロリッ子魔法少女のままだったのだ。場違いなコスプレ少女がいきなり自分の家に入ってきたら、誰でも訝しがるに違いない。幸い、子供の姿なので、不審者というよりは、不思議な子扱いされているだけのようだ。ここで警察とか呼ばれないぶん、まだマシな状況といえるだろう。しかし、それでもピンチには変わりない。
「あ、あの、私、愛華さんの知り合いで! ち、ちょっと、お邪魔してまして!」
声を上擦らせ、ツインテールを不自然に揺らしつつ、愛華が後ずさる。
「あ、あら、そうなの……じゃあ、そっちの子も?」
ハッシュを見やり、母親が訊く。
ハッシュは、顔色一つ変えず、ぺこりとお辞儀をした。さすがは鉄面皮。そこに狼狽の色はなく、ただのお利口そうな少年にしか見えない。
「はい。お母様にご挨拶が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。私はアイカ様の知人で、名をハッシュと申します。以後、お見知り置きくださいますよう、よろしくお願いいたします」
「あ、あらあらあら、随分と丁寧な挨拶だこと。こちらこそ、よろしくね。で――そちらの方も愛華の知り合い、かしら?」
そちらの方、というのは、もちろん、馬鹿王子のことだ。
母親の頬がわずかに赤らんでいるのは、気のせいだと思いたい。
訊かれた王子はというと、愛華がとめる間もなく俊敏な動きで母親に近づき、優雅すぎる仕草でその手を取った。その間、一秒にも満たない早業。思いがけない行為に驚く愛華の母親を尻目に、王子は取った手の甲に自分の額を近づける仕草をしてみせた。どうやら、あれがあちら流の挨拶らしい。
「無礼にも、早朝より失礼して申し訳ありません、マダム。わたくしは、エシュラムザード王国が第一王子、バライドルと申します」
「!!!??」
まさに、青天の霹靂。
頭を打ってまともになったのかと疑いたくなるような、隙のない挨拶だった。浮かべた微笑は、それこそ天使を凌駕するほどの神々しさがあり、全身からは高貴なオーラが溢れ出ている。
これが、あの馬鹿王子なのかと目を疑いたくなるような現状に、愛華はぽかんとしてしまった。
そんな愛華の耳元で、ハッシュが吐息まじりに呟いた。
「…わかったでしょう? 何故、王子の民衆支持率が高いのか。舞台裏を知らない人間からしてみれば、王子は、まさに理想的な人間なのですよ」
「……つまり、猫被りがうまいってことね? 意外と演技派なのかしら」
さすがに、公私の区別はあるのかとちょっと見直しかけたところで、ハッシュがすかさず説明を付け加えた。
「言っておきますが、あれは完全に素ですよ。というか、条件反射のようなものです。バライドル様は、我々のように身近にいる者に対しては駄目人間全開なのですが、それ以外の者――要するに、初対面だったり礼儀を重んじるような相手に対しては、緊張のあまり、真人間のような言動をとってしまうのです」
「――え、じゃあ、あれ、緊張してるだけなの?」
随分とおかしな話だが、ハッシュの口ぶりからすると嘘や冗談ではないらしい。
よくよく観察してみると、キラキラ笑顔の額には汗が滲んでいるし、たまに、救いを求めるような視線がこちらに向けられてくる。どうやら、すっかり母親の女心をつかんでしまい、あれこれ質問攻めにあって困っている様子。
しかし、愛華もハッシュも助け船を出す気などさらさらなかった。それどころか、王子が笑顔を張りつかせたまま困り果てている様子をニマニマしながら観察したい気持ちで一杯だった。
すっかり愛華たちから興味を失った母親は、お気に入りの王子を強引に椅子に座らせて、紅茶を勧め始めた。
「さ、よろしければ、お茶をどうぞ。そんなに高級なものではないんだけど、とても美味しいクッキーもあるから、それも一緒に、ね」
すっかり浮かれて、恋する女学生みたいなノリでせっせと世話を焼きだした母親に、笑顔で対応しつつも、助けてくれという顔つきでこちらを見てくる哀れな王子。
それをすげなく無視した愛華とハッシュは、さりげなくその場を離れて二階の部屋へと向かった。
愛華は、魔法少女に関して知らないことが多すぎる。無知であることは死に直結することを体験した以上、今の自分の状態について知っておかなくてはいけない。そう思い、ハッシュにいろいろと話を聞こうと思ったのだ。
(――…本当は、深く関わる気はなかったけど…仕方ないわね)
銀髪ツインテール姿では外出できないので、今日一日は、家のなかでやり過ごすしかなさそうだ。あと三十分もすれば、母親は近所のおばさんたちと一緒にガーデニング教室に向かうので、それ以降は、自由に一階に行けるようになる。朝食は、それからになるだろう。
(…はあっ。やっぱり、学校サボることになっちゃったし…)
馬鹿王子の言葉を信じるなら、暗殺者を倒すか二十四時間経過しないと魔法少女スタイルからは解放されない。しかし、鈴木のおばちゃんを倒す術を持たない以上、愛華は、ひたすら時間がすぎるのを待つしかなかった。
ただ、このままでは、テストが受けられないどころか無断欠席になってしまうため、とりあえず学校に欠席の連絡を入れることにした。当然ながら、子供の声なので、なるべく低く、小さな声で、咳払いを交えつつ、風邪だということにしておいたが――かなり不審がられていたような気がする。まあ、何はともあれ、これで無断欠席という状況からは回避できた。風邪で休んだということで、テストは後日に回されるだろう。そうなれば、罰のトイレ掃除はしなくてもいいはずだ。たぶん。
愛華は、ベッドに腰かけて、ハッシュは勉強机の椅子にちょこんと座った。
「…で、訊きたいことが山のようにあるわけだけど」
切り出した愛華に、ハッシュは黒コートのなかに手を突っ込み、青い表紙の小冊子を取り出した。
「こちら、魔法少女に関する説明書になっています。とはいっても、あくまでも表面的な知識にすぎませんので、細かい部分は王子に訊いていただく形になりますが――よろしければ、参考までに一読ください」
「あ、うん。ありがとう」
こんなものがあるのなら、もっと早くに寄こせと思わなくもなかったが、魔法少女を拒否し、慌てて変身することになった状況を思うと、文句を言える立場ではない。
とりあえず、やや厚めの表紙をめくると金色の遊び紙があって、その次のページにはツインテールの魔法少女らしき女の子の絵が描かれてあった。
愛華と違い、典型的な魔法少女の絵には、大きなリボンだのレースだの、ごてごてした花らしきモチーフをあしらった杖なんかがあるのだが――やけに、クオリティーが高いのは何故だろう。描かれているのは、いわゆる、萌え系イラスト。こぼれんばかりに大きなキラキラした目といい、どう考えても頭身のバランスがおかしいだろうと突っ込みたくなるようなヒロインキャラ。しかも、二次元キャラを愛する人々の名言のようなフレーズが隅っこのほうに書かれてあった。
『 貧乳ツインテールこそ、正義の証!
みんなで広めよう、正しい魔法少女の魅力! 』
意味不明。胸と髪型で正義か悪かが決まるわけがない。だいたい、魔法少女の魅力を広めて何になるというのか?
当然ながら、愛華はハッシュに疑問を投げた。
「ねえ、これって、どういう意味?」
文字を指差し問うと、彼もよくわからないといった表情で、
「さあ、私にはわかりかねますが――ただ、こちらの世界においての魔法少女に対する期待のようなものが書かれているのではないでしょうか?」
「期待って、貧乳とツインテールのこと? ますます、理解できないんだけど…」
確かに、胸はないほうが動きやすいし攻撃も受けにくいかもしれないが、ツインテールにはどんな意味があるのか。
二人して首を傾げつつも、とりあえず、次のページを見てみることにした。
「…ここからは、魔法の取り扱いについて書かれてるみたいね」
魔法使用に関する注意事項のページに、さっと目を通す。
見たところ、注意事項といってもそう多くはない。
たとえば、結界のなかでは多少派手な魔法を使用しても修復できるので気にすることはないが、結界の強度を越えた超魔法を使用した場合は、被害が出る可能性が高いので、可能な限り使用しないようにという注意書きがあった。ちなみに、超魔法というのは、消費MPが三百を超えるものという指定がある。その傍には、小さな赤文字で、万が一使用した場合は、どんな被害が出ても当局では責任を負いませんと書いてあった。
「……私の魔法、何一つ使えないんですけど…」
まあ、別に、魔法が使いたかったわけではないが――魔法が使えないうえに非力なお子様キャラとなると、戦うどころか、死を待つのみではないか。まったくもって、希望もクソもない展開だ。
「…ねえ、ハッシュくん。魔法が使えない魔法少女って、どう思う?」
何となく訊いてみると、辛辣なまでに無情な声が返ってきた。
「ただのクズだと思います」
「…くっ。心を砕く一言だわ…」
自分だけでなく他人にまで存在否定されると、ちょっと――いや、かなり辛い。
「うう、こうなったら、魔法抜きの武闘派としてやってくしかないわね…」
おそらく、パートタイムが終われば、おばちゃんが再び訪れるはず。それまでに、何か対処法を考えなくては、本気でヤバい。
「せめて、武器でもあればなあ」
ただ、包丁などの刃物類は、おばちゃんのせいで恐怖対象になってしまったので、パス。できれば、攻撃ができて、なおかつ防御にも使えるというのが理想だが、あいにく、武器に関しては何の知識もないので、とりあえず、身近にあって使えそうなものはないか、考えてみることにした。