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九・魔法少女と暗殺者

       《 九・魔法少女と暗殺者 》



 さて、この現状における、魔法少女の正しい行いとは何だろうか。

 アニメだと、包丁を振り回す危険人物を成敗するのが自然な流れだが……それは、明らかに不可能な状況だ。

 何といっても、対抗できそうな魔法がないうえに、こちらは子供の姿。しかも、背中に張りつくようにしてくっついてくる駄目男のせいで、逃げることすらままならない。

 かといって、恥ずかしい思いをしてまで魔法少女になったのだから、無抵抗のまま殺されるのだけは避けたい。いや、どうせなら、五体満足で生き残りたい…。

(…何とか、相手の弱点なり何なりわかれば、まだ攻めようがあるかもしれないけど…)

 そこで、脳裏に浮かんだのは、魔法使用許可証。

 そこには、魔法使用者の個人情報が掲載されている。相手の攻撃手段…つまりは、魔法がわかれば、対策の仕様があるかもしれない。もっとも、見た感じでは、使用するのは魔法ではなく包丁という武器そのものといった感じだが……。

「お、おばちゃん! 戦う前に、一つだけお願いがあるんですけど、いいですか!?」

 駄目元で、おばちゃんに話しかける。

 すると、彼女は目をぎらつかせたまま、やけにドスのきいた声で応じた。

「お願いだって? いいだろう、最後の願いとして聞き入れてやろう」

「――あ、ありがとうございます…」

 何故か、急におばちゃんの口調が悪役っぽく変化しているのが気になったが、愛華にはツッコむ余裕などない。

 相手の気持ちが変わらないうちに、急いでおばちゃんの魔法許可証を見せてほしいと頼む。正直、断られることを覚悟したのだが、思いがけず、あっさりと現物を手渡してくれた。

「…すぐに返すんで、ちょっと待っててくださいね。ええと…」

 じっとカードを見つめ、おばちゃんの情報を頭に叩き込む。


  『 正式名称…暗殺者,《ダイニング・キラーMAX》

    通称………狂気の料理人

    レベル……七

    HP………三百五

    MP………百七

    魔法熟練度…十

    使用可能魔法

     一・出刃でぶつ切り(消費MP・十五)

       切れ味抜群の出刃包丁による斬撃。どんな硬いモノでも一刀両断できる。

     二・斬撃波(消費MP・二十)

       出刃包丁と刺身包丁の華麗なる共演! 美しい飾り切りが魅力。

     三・血抜き(消費MP・二十五)

       死体を新鮮なまま保管できる、必殺の暗殺切り。熟練度三以上で使用可能。

     四・秘技・三枚下ろし(消費MP・三十一)

       骨と皮、肉を美しく切り分ける芸術的剣技。熟練度七以上で使用可能。 』


 ……これは、ヤバい。どう考えても、ヤバすぎる。

 見た瞬間、どっと全身に汗が流れた。

(…全部、物理攻撃なうえに、攻撃を受けた際の末路が目に浮かぶんですけど……)

 これはもう、防ぐ以前の問題だ。恐怖心が半端ない。しかも、こちらは魔法も使えないうえに、レベルは一。HPときたら、たった二桁という脆弱キャラ。このままでは、王子が死ぬ前にこちらが先にオダブツすること必至。

「満足したかい? なら、そろそろ終わらせようかねえ」

 おばちゃんは、自分のカードを愛華の手から引き抜くようにして奪うと、刺身包丁を構えた。その様に震えた愛華だったが――ふと、あることに気づいた。

「…あれ? おばちゃん、出刃包丁は持ってないの?」

 使用可能魔法には、出刃包丁を使ったものがあったはず。しかし、今、おばちゃんの手にあるのは、刺身包丁の一本きり。

 愛華の指摘に、おばちゃんは肩をすくめてみせた。

「出刃は研ぎに出してるんだよ。定期的に研いでもらわないと、包丁も本領発揮できないからねえ」

 その言葉に、わずかばかりの希望を感じた。

(…ってことは、おばちゃんの使える魔法は限られてくるわね)

 一と二は、出刃包丁が必要だったから、使用できる魔法は二つ。

(ええと、『血抜き』と『秘技・三枚下ろし』だっけ?)

 三枚下ろしなんて言葉でしか知らないが、刺身包丁だけでできるのだろうか? というか、血抜きって何?

 料理なんてまったくしないので、その辺はよくわからないが――ともかく、あの刺身包丁だけに意識を集中させて、攻撃を避ければいいということだろう。

 反撃はできないが、避けまくって相手のMPを削ることくらいはできそうだ。

 そう安易に考えた愛華だったが――すぐに、現実の怖さを思い知ることになった。

「斬撃波!」

 使えないはずの魔法を連発する、おばちゃん。

 どこからともなく出現した出刃包丁と刺身包丁の乱舞に、こちらは逃げ惑うしかない。

挿絵(By みてみん)

「な、何で、斬撃波が使えるのよおおお」

 おばちゃんの手には、刺身包丁しかないのに。

 王子と一緒になって、テーブルの下だのドアの影だのに隠れつつ叫ぶ愛華に、一人、優雅に朝食を摂っているハッシュがのんびりとした口調で言う。それも、自分で張ったらしい安全な結界のなかで。

「スズキ様の魔法は、召喚術の一種ですからね。使用できて当然でしょう。ちなみに、あの刺身包丁は、魔法少女でいうところの魔法のステッキのようなものですので、あれで直接斬りつけたりはしませんよ」

「そ、そういうことは早く言ってよーっっ! ひ、ひぃやああああっっ」

 鼻先を、鋭利な刃が掠めた。露わになった白い太ももや二の腕には、かすかに血が滲んでいる。このままでは、ぐっさり突き刺さるのも時間の問題だ。というか、逃げ疲れて、今にも足がもつれそうだ。

 ちらりと見やったハッシュは、朝食に専念していて助けてくれそうにない。こうなったら、使えそうな人材は、一人しかいない。

「ちょっと、馬鹿王子! あんた、魔法使って何とかしなさいよ!」

「な、何とかできるならとっくにやっている! うひょあっっ」

 イナバウアーで飛んでくる刃を避けつつ、王子が叫ぶ。それに負けじと、愛華が怒鳴る。

「あ、あんた、私の部屋を宇宙っぽいトコに飛ばしたりしたじゃない! アレ使いなさいよ!」

 おばちゃんの暗殺者モードが解けるまで、おばちゃんをあの空間に飛ばすか、もしくは自分たちがワープすればいいのではないか。そう思ったが、魔法はそんなに便利なものではないらしい。

「ぼ、僕は、自分の身を守るための魔法を封じられているのだ! そもそも、この状況で魔法を使うこと自体、天変地異が起こっても無理だ! わかったら、貴様が何とかしろ!」

 何という、使い道のない王子だろうか。どこまでも足手まといにしかならない、駄目男だ。

 こういうときこそ、魔法の出番だというのに。

「誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんのよ、こんの無能王子があああっ!」

 罵声にも殺意がこもる。

 もう、こうなったら、一か八かで魔法を使うしかない。

 愛華の使える、たった二つの魔法のうちの一つ。

 トリック・オア・トリート。

 たぶん、運次第の魔法。これまでの愛華の運の悪さからいって、悪いことが起こる確率のほうが高いが――やむをえまい。

「あー、もうっ! こうなったら、やってやるわよ! いくわよ、トリック・オア、トリー」

 言いかけたところで、やたらと呑気な音楽が流れ始めた。

「???」

 のんびりとした、ハワイアンな雰囲気の曲調。あまりにも場違いな曲に、思わず脱力してしまいそうになる。

 音源はどこだろうかときょろきょろしていると、おばちゃんがエプロンのポケットから、携帯電話を取り出した。どうやら、アラーム機能が起動したらしい。

「あらあら、大変!」

 おばちゃんは、先ほどまでの殺意はどこへやら、そわそわしながら玄関へと向かった。

「え、え、え? おばちゃん、どうしたの?」

 よくわからないまま、何となくあとを追いかけると、玄関でサンダルを履きながらおばちゃんが言った。

「ごめんねえ、愛華ちゃん。おばちゃん、これからパートなのよ。遅刻したら大変だから、急がなくちゃ。愛華ちゃんも遊んでないで、ちゃんと学校に行きなさいね」

「は、はあ……」

 あまりにも拍子抜けすぎる展開に、頭がついていけない。

 ぼんやりと返事した愛華を置いて、第一の暗殺者・鈴木秀子は、いそいそと仕事へと向かったのだった。


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