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プロローグ

こんにちは。谷崎春賀です! 前々から魔法少女系を書きたくて、アレコレ考えた挙句、こんなんができました。とにかく、破天荒に馬鹿やってる話です。突っ込み体質で恋愛とは無縁な女子高生に、とにかく自己中で純粋馬鹿な美形王子。世界滅亡レベルで王子暗殺に執念を燃やす、腹黒侍従。とまあ、面倒で厄介な奴らが集ってますが、笑って読んで頂けると幸いです。

     《 プロローグ 》



 別に、運動が好きだからとか、ダイエットのためだとか。

 そんな目的はないけれど、ときどき、無性に走りたくなる。

 それは、たいてい、気分が落ち込んでいるときや鬱屈した何かが胸の奥にあるときだ。何も考えず、ただ闇雲に走って汗を流して、気を紛らわせる。それは、一種の現実逃避といってもいいかもしれない。

 その日は、特に何があったわけでもなかった。

 ただ単に、月明かりに誘われるようにして――といえば聞こえはいいが、要するに、暇を持て余していたため、何となく走りたくなったのだ。勉強だのゲームだのに興じる気分でもなく、かといって、素直に眠れるような雰囲気でもなかった。だから、ひとっ走りして程よく疲れれば、心地よく眠れそうだと思ったのだ。

 しかし、年頃の少女が、一人。それも、夜遅くに、防犯灯の少ない路地を走るなんてことは、昨今の日本では少々危険が伴う行為といえるかもしれない。しかし、幸いというか何というか、この近辺は比較的治安がよくて、強盗や空き巣などの犯罪や、痴漢や不審者情報などとは無縁だった。

 だから、夜の十時を回っていても犬の散歩に行く女性もいるし、自分のようにジョギングに勤しむ者もいる。

(……とはいえ、あまりいい趣味ではないわよね)

 一応、護身用に防犯ベルと携帯電話は常備しているが、それでも、やはり、夜の静けさや暗闇に身を浸していると、急に不安な気持ちに襲われる瞬間がある。

 それが、今だ。

 まるで、イキモノがすべて息絶えてしまったかのような静寂。

 住宅街だからという理由では納得できないほどに静謐とした空気のなか、聞こえるのは、やや荒い自分の息遣いと、単調な足音のみ。足元を照らす小さな懐中電灯と月明かりを頼りに、夜の道をひた走っていると、闇に追われて逃げ出す子供になったような心境にさせられる。

 家を出て三十分ほど走ったところに、自販機がある。

 そこに着くと、お気に入りのミルクティーを購入するのが、マイ・ルール。ミルクと砂糖のほどよい甘みをゆっくりと味わってから、自宅へと帰る。それがいつものジョギングコースだった。

 しかし――残念ながら、今日は予定外のことが起きた。

「…あれっ? ミルクティーがない…」

 息を整えつつ、自販機にコインを突っ込んだのに、目的の商品は売り切れ。代替となるような品――ミルクコーヒーも売り切れている。

「……うわ、ついてない…」

 ミルク系が飲みたかったのに、残っているのは、ミルクココアだけ。

「……さすがに、ジョギング後にミルクココアはちょっとねえ…」

 自宅で本でも読みながら飲むぶんにはいいが、運動直後に飲みたいかと言われれば即座にノーと返す。あの、喉にへばりつくような甘さを摂取したあとでは、再び走って帰る気分にはなれない。仕方なく、たいして飲みたくもないフルーツジュースを購入して、不満顔で一気に飲み干した。

 そして、やや乱暴に空き缶をゴミ箱に放り込んで、再び、走りだす。

 今度は、自宅へ向かって。

 自販機から離れて、五分ほど経った頃。

 前方に見えるアパート前の防犯灯の下に人影が見えて、思わず足をとめた。

「? この辺りじゃ見かけない人ね…」

 この時間、すれ違う人はだいたい顔見知りだから、遠目からでもすぐにそれとわかる。自分と同じようにジョギングを趣味にしているおじさんやおばさんとは、雰囲気そのものが違う。何というかこう――とにかく、ひたすら怪しいのだ。

(……何で、トレンチコートなんか着てるんだろ?)

 今は、季節的にはほとんど夏で、夜でも半袖で過ごせるぐらいの気温だ。もっとも、ジョギングで身体を冷やさないためにわざと長袖を着るというのならば、理解できる。

 しかし、少女の目に映る人物は、どう見ても、走りにきた格好ではない。

 灰色のトレンチコートで身体を覆い、いかにも不審なツバの広い同系色の帽子を目深に被っている。足には、ややゴツい黒革のブーツといういでたち。顔は見えないが、どこからどう見ても変質者か不審者の類だ。

「………とりあえず、関わらないようにしよう」

 そう判断して、少女は踵を返した。

 一応、この周辺の地理には明るいつもりだ。細い道は防犯灯がなくて怖いが、多少、道を外れても自宅まで辿りつける自信があった。だから、何の迷いもなく別の道を走りだしたのだが――…。

「…あ、あれ??」

 少女は、困惑顔で立ちどまる。

 視線の先、少女から二十メートルばかり先には、例の怪しげな人物がスポットライトを浴びて、舞台俳優のごとく立っていた。

「……おかしいなあ。何で、ここに出るわけ?」

 首を傾げながらも別の道を行くが、どういうわけか、五分後には必ず元の場所に帰ってしまう。何度も試みてみたが、やはり、同じ結果に辿り着く。

 何とも不気味な気配を感じつつも、少女は冷静だった。

「………よくわからないけど、やっぱり、この道を通るしかないってことね」

 呟き、携帯電話を取り出す。そして、連絡したのは自宅――ではなく、治安を守る警察官。この近くに警察官をしている従兄が住んでいるので、迎えに来てもらおうと思ったのだ。

 しかし、何故か、携帯は繋がらない。よく見ると、圏外になっている。

「??? 変な妨害電波でも出てるのかな?」

 こんなことは始めてだ。山奥でもないのに、電話が繋がらないなんて奇妙なこともあるものだ。

 いや、奇妙といえば、あの怪しげな人影もそうだ。

 少女は他の道を探して走り回っていて、軽く十五分は経過しているというのに、ずっと同じポーズで立っているなんて、不自然すぎる。

 試しに、三分ほどかけて、じっくりと人影を観察してみた。やはり、人影は、ぴくりとも動かない。まるで、マネキンのように。生きていないかのように。

「……もしかして、本当は人形か何かだったりして」

 どこかの誰かが、いたずらで置いたのかもしれない。

 そう考えると、少し、気分が楽になる。

「…とにかく、一気に駆け抜ければ大丈夫よね」

 万が一、相手が追いかけたりしてきた場合、防犯ベルを鳴らしながら走れば、何とか逃げ切れるだろう。そう考えて、駆けだした少女だったが――すぐに、後悔した。

 怪しげなトレンチコートの人物と距離をとりつつすれ違おうとした瞬間、急に、足が動かなくなったのだ。

「!?」

 動かないのは、足だけではない。全身の筋肉が引き攣ったように硬直し、少女はマネキンの如く動きをとめた。

(…な、何なのよ、これ!?)

 いきなりの出来事に、混乱する。

 しかし、事態を把握するより早く、少女は、本能的に身の危険を察知した。

 マネキンと思われたトレンチコートの謎の人物が、動いたのだ。

 一歩、二歩、三歩。あと二歩ほど進めば、少女の眼前に迫る。

(…に、逃げなきゃ!)

 そう思っても、身体が動かない。声も出ない。これでは、走ることも防犯ベルを鳴らすこともできない。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 絶体絶命のピンチって奴じゃないの、これっ!?)

 さすがに青ざめ、恐怖に震えていると、トレンチコートの不審者は少女の前で立ちどまり、顔を近づけてきた。

(い、いやあああっ! 近づかないで、この変態親父っっ!)

 相手が親父かどうかはわからないが、とにかく、夜道に怪しい格好で現れて女の子を襲うのは、変態趣味の親父に決まっている。きっと、あの帽子の下にはハゲ散らかした頭と脂ぎった吹き出物だらけの顔があるのだ。そして、一見、細身にも見えるトレンチコートの下は、おそらく全裸に違いない。初夏にトレンチコートなんて、露出狂ぐらいしか着用しないはずだ。そして、汚れを知らないうら若き乙女に醜いモノを見せつけ、快感を得るのだ。

(…いや、待って? ただ見せるだけなら、近づかなくてもよくない!?)

 そうだ。コートをはだけてみせればいいだけなのだから、わざわざ近づいてくる必要などどこにもない。ということは、相手は露出狂ではないだろうのか? 

(…ま、まさか、痴漢っっ!?)

 そうだ、きっとそうに違いない。となれば、露出狂のように、ただ目を汚されるだけではすまないのではないだろうか。

 ざあっと全身の血の気が引いていく音が聞こえた。

 同時に、頭のなかでけたたましく警戒音が鳴り響く。

(し、死ぬ気で逃げなきゃっっ!)

 そう思うのに、やはり、身体は動いてくれない。それどころか、むしろ、硬直がひどくなった気がする。このままでは、貞操の危機すらあるかもしれない。

 怯える少女の視界にある男の顔は、帽子の影で、よく見えない。笑っているのか、怒っているのか、無表情なのか。

 逃げられないのならば、せめて、思いきり睨みつけて威嚇してやろう。そして、犯人の顔を覚えておく。これから何が起きるか考えると怖いが、とにかく、あとで警察に届け出る場合のことを考えて、あまり性能のよくない脳に、相手の顔を記憶させることに集中しなくては。

 そう思った少女は、目を凝らしてみて、あることに気づいた。

(? あ、あれ? この人、もしかして……結構、若い?)

 少女の目に飛び込んできたのは、帽子の影に隠れていたスカイブルーの瞳。夜だというのに、湖面に落ちた木漏れ日のようにキラキラときらめていて、見惚れるほどに綺麗だ。しかも、見た感じ、成人しているかどうかといった年齢。十七歳の少女よりも、少しお兄さんといった雰囲気があるだろうか。額に落ちたサラサラの髪は、金糸のように美しく、何よりも少女の度肝を抜いたのは、その顔立ちにあった。変態親父だと思われた人物は、脂ぎったハゲ男などではなく、目を見張るほどの美形だったのだ。その事実に、貞操の危機以上の衝撃が少女の乙女心を揺さぶった。

(――う、嘘でしょ? こんな美形が変質者だなんて!)

 はっきりいって、予想外の展開だ。いや、異常事態といってもいい。

 少女の思考回路において、美男美女とは、世界的に保護されるべき芸術品と同等の価値を持っている。ましてや、この人物――碧眼のうえに、髪は金髪。背も高いし、トレンチコートで隠れているとはいえ、無駄なぜい肉も感じられない。

(――まさに、王子様キャラ!!)

 世界各国見渡してみても、ここまで理想通りの王子様はいないだろう。そう思わせるほどの美麗さが、トレンチコートの男にはあった。

 こうなると、相手が何者で何をしようとしているかなど、二の次だ。

 ただ、ひたすら見つめて愛でたい。

 目が潰れそうなほどに眩しい輝きを――整った王子様顔を見つめていたい。

 そんな気分になってきたときだった。

 トレンチコートの王子が口を開いたのは。

「……まあ、時間もないし、貴様でいいだろう」

「?」

 容姿に似合った爽やかな声で呟いた言葉の意味がわからないままに、少女は夢のように優美な所作で、手の甲にキスをする王子の姿を呆然と眺めたのだった。




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