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 広々とした庭。そこは屋外でパーティーを開いても大丈夫なのように設備された場所であり、そのためスペースは申し分なくある。

 無論、決闘をする場所としても最適だ。

 そしてそこには既に準備を済ませていたフリードがいた。片手には抜き身のロングソードが握られており、いつでも始められる様子だ。


「待たせた……かな」

「いいえ。体が丁度温まったところですよ」


 不敵な笑みを浮かべながらフリードは答える。


「では、早速だが勝負の確認といかせてもらう。勝敗の有無は相手が戦闘不能になるまで追い詰めるか、敗北を認めること。また……」

「敵にトドメをさすこと……ですな」

「何か、異論はあるか?」

「ない」

「そうか。なら……」


 と言いながらミハエルもまた自らの剣を抜く。その瞬間、フリードの目がキョトンとしたことに気が付いた。


「……レイピア、ですか」

「ああ、これが私の愛剣だ」


 ミハエルが持っているのは細剣と呼ばれるレイピア。

 幅は2cm。全長1.5m。重量は約2kg程。

 六つの花弁のような装飾を施された鍔は美しい花を表しているのだろう。手の甲を覆う湾曲した金属板などが取り付けられていた。刃から発せられる雰囲気はそれが見た目だけの骨董品ではないことを意味しているのが分かる。

 ミハエルはそれを愛剣と言った。それだけ思い入れがあるのだろう。

 しかし、だ。それはあまりにも彼には不釣り合いというものだった。

 フリードは別段、レイピアという武器を蔑ろにしているわけでも、ましてやミハエルを馬鹿にしているわけでもない。ただ彼の体格から考えて選ぶ武器としてはあまりにも似合っていないのだ。通常、レイピアとは突きをメインにした剣であり、そのために両刃であるものの斬ることにはあまり向ていない。そして小回りが利き、速さを主軸としている。そのためレイピアは刀身が細くしているのだが、その為に普通に斬っても、下手に突いても、曲がったり、折れたりする事が多い。

 だからミハエルとは相性が悪いとフリードは考えてしまう。ミハエルはその体格上、どちらかと言えば力押しで来るものだとばかり思っていた。斧か大剣か。それとも別の武器か。想像してはいたが、それでもレイピアが来るとは予想の範疇外だ。

 だが何が来たとしても関係はない。自分はただ自分の剣を彼に示すだけなのだから。


「では……」

「ああ……」


 一拍。

 刹那とも永遠とも言えるその空白はしかして過ぎ去り、そして。


「「尋常に勝負っ!!」」


 瞬間、フリードは動く。間合いを詰め、先に優勢になるために。

 剣術とは即ち間合い。いかに自らの間合いに先に入り込めるか。それが勝負の分かれ目。特に相手はレイピア。その攻撃は突きに限られていると言って等しい。ならば警戒するのは容易い。来るであろう技が絞られているということは先が読みやすいということだ。

 フリードは別段剣の達人というわけではない。だがそれでも剣には精通している方だと自負している。だから先読みさえできれば後は自分の技をどのタイミングで放つか。それだけだ。

 だが。


「―――――ハッ」


 次の瞬間、フリードの脇腹近くにミハエルの刃が後数ミリというところまで迫っていた。


「なっ……!?」


 襲いかかってくる凶刃。その一刺しをフリードはあと少しというところで横に避けた。

 しかし、それでも完全に避けられたわけではない。横腹の服には切れ目が入り、そこから少量ではあるが血が流れ始めている。痛くはないし、苦しくもない。この程度の傷でそんなことが言っていられない相手なのだとすぐに理解した彼はすぐさま後ろに跳び、先ほどとは逆に間合いを取った。


「ほう……今のを避けるか」


 ミハエルは既に戦闘の空気を漂わせている。鋭利な殺気は彼の持つレイピアのように冷たく、鋭く、そして何より突き抜けていた

 そんな彼に対し、フリードは尋ねる。


「今、のは……」

「何、『ただの突き』だよ。それほど驚くことではないと思うが?」

「ははっ、ただの突き、ですか……よく言います」


 それは余裕から来るもの、ではない。厳然たる事実をミハエルは口にしているのだろう。そして同時に自分はまだ本気を出していないとも言っている。

 二度も言うようだが、フリードは剣術家ではない。だが、剣には精通している。そんな彼でも今の一突きで理解した。目の前にいる男はただ剣術を嗜む貴族ではない、と。研磨を重ね、自らの剣を鍛えに鍛え上げた、正しく剣士であることを。

 自分の相手が強者である事実を改めて自覚したフリードはしかして心の奥底では喜びに満ち溢れていた。

 いい。いい。ああそうだとも。彼女と結ばれる男ならばそれくらいの器を持っていなければ!

 そして決闘はまだ始まったばかり。こんなところでは終われない。

 剣の柄を握りしめ、彼はまたもや立ち向かう。


「でりゃあああああああああっ!!」


 その雄叫びはこけおどしではない。彼の中にあるあらゆる力を全力にするための準備運動。それくらいしないとこの相手には自分の剣は届かない。


「―――――ハッ」


 そして再び迫りくる凶刃。先ほどと同じように間合いの外から繰り出される。

 しかし。


「同じ手はきかんっ」


 言いながらフリードの剣はレイピアを弾く。細いレイピアは特性上、簡単に弾かれるようにできてしまっている。

 だが、そんなことは気にしないとばかりにミハエルの突きはフリードを襲う。

 それに負けじとフリードは襲い掛かる突きを避ける。

 そこからはフリードの突き、ミハエルの防御の連続だった。

 繰り出される連続突き。一瞬にして何撃も別れて飛んでくるようなその攻撃群にフリードは全て対処することができないことをすかさず理解した。故に防御するのは急所だけ。それ以外は全て避けるか最小限のダメージに抑えられるようにする。


「――――ハァッ!!」


 その声と友にミハエルの連続突きの速度が上がった。一つひとつが先ほどよりもより正確に急所を狙い定めており、その威力は無視できず一発でも当たれば重症だ。そんな連撃を受けながらもフリードは思ってしまう。

 この人物はただ強いだけではない。とんでもなく巧いのだ。

 一発の突き。それは力加減を間違えてしまえば剣ごと折れてしまうというのに不思議と彼の剣捌きからはその心配がない。どこで力を入れ、どこで力を抜くか。緩急の心得を熟知し、それ故に剣が折れることも曲がることもあり得ない。そしてそれは剣に関してだけはない。最初の一撃、あれは恐らく脚力を存分に生かした突撃。体から判断するにミハエルの脚力は相当なものだろう。それを無駄なく使いこなした結果があれなのだろう。

 そして、最初の一手ですでにフリードは過ちを犯していた。

 最初、それは即ちミハエルがレイピアを持った瞬間だ。あの違和感からは想像できない素早い動きをミハエルは可能としている。フリードは彼の体付きから考えてそんなことはできないと勝手に思っていたというのに。見た目と武器の違和感がフリードに油断を作らせたのだ。

 そして今現在、攻防を逢いまみえているこの状況ですら、彼は一切その重心をぶれさせていない。腰を低くし、突きを繰り出しながらも一歩も動いていない。しかしだからと言って腕だけで攻撃しているわけでなく、上半身と腰、その両方を使って突きを繰り出しているのだ。

 再三にして思う。強い。巧い。凄まじい。

 ついていくのがやっとなフリードからしてみればこの時点で勝機は無しに等しかった。

 しかし、けれど、それでもだ。

 彼は剣を止めることをやめない。


「はぁぁぁあああっ!!」


 防御の合間、合間に少しずつではあるが彼も攻撃を仕掛けていく。とは言ってもそれは傷をつけるどころか当たる気配すらないものだが。

 しかし、ミハエルは少しではあるが驚いていた。自分が攻撃をしている際に逆に攻撃をしかけてくるとは。


(執念、というやつか)


 ふとそんなことを心の中で呟く。正直に言えばミハエルにとってフリードの剣は左程驚異では無かった。剣に精通はしているもののそこまで熟練したものではないと一目で分かった。しかし、だからと言って彼がすんなり負けを認める男とは思ってもいない。

 ミハエルが脅威と思ったのは彼そのもの。執念と言っていいそれはミハエルの予想を遥かに超えている。今こうして斬りあっていることにしてもそうだ。本来の彼の実力ならばミハエルについてこれるはずがない。にも拘らずだからどうしたと言わんばかりに対抗しているではないか。

 マリーへの想い。ただそれだけで彼はここに立っている。そしてそれだけでミハエルと斬りあいを演じている。こうしている間にも彼の一撃一撃はミハエルの連撃の合間をすり抜け彼を斬ろうとしている。

 決して手を抜いているわけではない。ミハエルにしても限界ギリギリの速度で技を繰り出しているのだ。想いの力とは侮りがたい。

 余裕などないし、油断もできない。それは理解しているし、分かっている。だが、それでもミハエルはこの状況下で彼に尋ねた。


「そこまでして――――そうまでして、貴方は彼女を欲っするか!」


 それは糾弾ではなく切実なる問い。

 それに対し、フリードもまた不敵な笑みを浮かべて答える。


「無論ですとも―――私の心は既に彼女の虜になっているのだから!」


 激しくぶつかり合う剣戟はすでに互角にまで昇華していた。


「一目惚れでした……夜会の中で見つけた彼女はまさしく一輪の花。些細なことを話し合う内に私は彼女に惹かれていった。まあ、彼女自身には引かれてしまいまたがねっ」

「自覚は、あったのか!!」

「そりゃあ当然っ、あれで気づかない男がいれば、それはただの阿呆でしょうとも。けれど……ええけれど、それでも私は彼女と少しでも共にいたいと願いました。貴方は馬鹿馬鹿しいと、気持ち悪いと切り捨てるかもしれませんがっ」


 重い一撃が振り下ろされる。それをミハエルはレイピアで巧く弾きながら返事を返す。


「そんなことはないさ……むしろ誇りに思うべきではないかな!!」

「そうですか。ふふっ、そんなことを言ってくれる御仁は貴方が初めてだ!!」


 そんなことを言うフリードにミハエルは心の中で密かに思う。

 馬鹿などするものか。気持ち悪いなどと言えるものか。できるわけがない。何せここにいる大柄なくせに奥手な男もまた同じような経緯をたどったのだから。

 しかし、いやだからこそだろうか。


「……けれど、私は貴方が正直憎いですっ」


 その言葉が飛んでくることは薄々理解もしていた。

 それもそうだろう。彼はずっとマリーという少女に恋をしていた。恋が叶わないのが貴族としての常識ではあるが、しかしてそれを簡単に受け入れることなどできないものだ。今のミハエルにはそれが痛い程理解できた。

 だからこそ、彼の心の叫びはきちんと受け止めなければならない。


「私はずっと彼女に焦がれていた。想いも伝えていた。なのに……なのに貴方という御仁に横から掻っ攫われてしまったっ!! 貴族の人間が恋を成就できないのは知っています。これが単なる我儘で貴方は何も悪くないことは自覚しています」


 けれど……。


「それでも、私にはどうしても彼女を諦めることができないっ!」


 血と汗と共に頬に流れる涙。

 それと共に彼の本音が流される。


「どうして『僕』ではダメだったんだ!! 『僕』の言葉が偽りに聞こえるから? 正直に話していないから? 安っぽく聞こえるから? どうして―――――どうしてっ!!」


 その瞬間、ミハエルはようやく本当にフリード・ディケンスを理解した。

 多くの人にとっては彼から出る言葉は全てが偽りに聞こえるのだろう。馬鹿馬鹿しくて話にならない。大げさな言葉で塗り固められた虚言として切り捨てられていた。五月蠅い、鬱陶しい、胡散臭い。そういった言葉で全て済まされていた。そして、それは愛する人も同様だろう。

 別に彼は嘘など言ってはいないというのに。

 別に彼は本心を明かしていないわけではないというのに。

 自分の本心に忠実で誰よりも真っ正直だっただけなのに。

 だからこそ。


「……ダメなんかじゃないさ」


 ミハエルは細いその剣でフリードの一撃を受けながらそう答えた。

 壊れる可能性が高い防御の構えを取りながらも、彼は言う。


「ああ、そうとも。ダメなどではない。何を卑下しているのだ。貴方は彼女のためにここまでする男なんだぞ? ダメな男が決闘などできるわけがないっ」


 細い剣でロングソードを押し返す。

 そして二人の間には一定の間合いができた。しかしどちらも踏み込まないままミハエルの話が続く。


「確かに貴方は普通ではない。常軌を逸していると言っていいし、異常だとも取れる。だが愛する者がいる男とはそういうものではないのか? がむしゃらに走って走って、追いつけず、それでも尚愛する者を追い続ける。それは決して馬鹿にされることではないっ」


 そしてだからこそ。


「私は貴方を尊敬している。彼女を想う良き好敵手として」

「――――っ」


 ミハエルの言葉にフリードは一瞬思考停止する。

 しかし、結局のところ今のがミハエルの本音であり事実であった。

 彼はフリードのことを羨んでいたのだ。自分には決してできないことをやってのける彼という存在に。圧倒的に強かった自分に対して互角にまで上り詰めた彼は認めざるを得ない。そして同じ人間を好きである事実がどうにも彼を眩しく見させる。

 だからこそ、ミハエルは彼のことを尊重するのだ。


「……クッ、クハハッ、ハハハハハハハッ!!」


 思考停止の金縛りから解けるとフリードの口から出たのは笑いだった。

 そしてそれは同時にミハエルの言葉の意味を理解したということでもあった。


「そうかそうか。貴方も『そう』なのか。なるほど。通りで話が分かる御仁のはずだ」

「笑ってくれても構わない。この歳で『これ』とは些か情けなくも感じている」

「何を仰る。それこそ誇りに思うべきことでしょう? それにしても、いやはや彼女の魅力は恐ろしいものだ」

「全くだ」


 二人の男をここまで本気にさせる。ある意味、魅惑な女と言ってもいいだろう。そんな彼女に惚れてしまった男は運がいいのか悪いのか。どちらにしろ、惚れた者の負けなのだ。

 だからこそ、目の前にいる男には敗けられない。


「――――先程貴方を尊敬していると私は言った。しかしそれは貴方に彼女を譲るというわけではない」

「ああ。そうでしょうとも。私としてもそうだ。手を抜かれるなどそれこそ言語道断だ」


 そう。二人とも互いのことを認めている。それは事実だし、真実だ。たった数時間ともにしただけで何を言っているのか、馬鹿げている、阿呆じゃないのか、という無粋な者の意見など聞く価値はない。彼らは剣でぶつかり合った。それだけで十分なのだ。相手がどういう人間なのかはそれだけでわかる。そして互いに相手がどうしようもなく真っ直ぐで不器用な人間なのだと分かった。

 だからこそ思う。

 目の前にいる人になら、男になら、彼女を任せていいのかもしれない、と。

 マリーのことを真剣に想ってない奴に彼女を渡す道理はどこにもない。しかし自分と同じように一人の少女の事を好きになり、そして命を懸けて決闘をする。彼女にしてみればいい迷惑だ。気持ち悪いとすら思っているのかもしれない。けれどそれでも示さなければならない意志があるから、そしてそれを感じ取ってしまったから。同じ立場にいる自分だけは理解しなければならない。

 けれども、だ。

 それを今、ここで口にするべきではないという考えもまた同じだった。

 認めているから、尊んでいるから、憧れているから。

 だからこそ、相手を貶すことはできない。

 ここで無条件に敗北を認めること、それこそ自分が認めた人物を蔑ろにする行為だ。それだけは何があってもできるわけがなかった。

 だからこそ、彼らは剣を構え、全身全霊で相手を打ち倒すのだ。


「―――ならばこそ、我が秘剣にて決着をつけさせてもらう」


 瞬間、ミハエルの体から殺気があふれ出した。

 その尋常ではない空気を纏いながら彼は腰を低くかがめ、剣先を獲物……否、宿敵に定める。

 フリードは自覚した。次の瞬間、ミハエルの『本気』が飛んでくる、と。秘剣、と彼は言っていたが対するフリードにそんなものはない。秘剣どころか単なる技ですら彼は持ち合わせていない。

 しかし、それでも逃げ出すわけにはいかなかった。ミハエルが本気を出す、それは即ち自らを認めてくれたという証。ならばこそ、それに応じなくては一体自分は何のためにここに立っているというのか。

 そうして彼は、再び雄叫びを上げながら最後の攻撃を放つ。


「うぉぉぉおおおおおおっ!!」

「――――っ」


 一方のミハエルは無言で、しかして今までの中でより喝の入った一歩を踏み出す。

 そして互いに間合いに入ったとき、フリードの前に現れたのは三つの剣先。そう、今彼の前には三本のレイピアが迫ってきていた。何が起こっているのか理解不能であったが認識はできた。恐らくは超高速で放った連続の三段突きというのがミハエルの技なのだろう。そしてこの三本のレイピアはその残像。達人故にできる技であり、フリードでは逆立ちをしても決して真似できるわざではなかった。

 その名は『三華月みかづき』。何よりも速く何よりも鮮やかなその技こそがブラッド家に代々伝わる秘剣である。

 そして、だ。

 超高速を認識できたフリードであるが、同時にそれに反応できるというわけではない。むしろ、視えたこと自体が奇跡と言っていい。

 結果。


「く、がっ、あああああああ」


 三段突きが彼に襲い掛かる。

 回避不能。防除不能。剣で弾くことも体を捻らせよけることも超高速の技の前では無意味。そして鋭利な刃はフリードの脇腹、右肩を的確に突く。

 そして最後は首元。そこを貫けばいくら細いレイピアでも相手は必ず死んでしまう。故にフリードは死を覚悟した。

 ……したのだが。


「……何故、止めを……ささない、のですか……」


 突かれた場所からの出血のせいか、あるいは緊張の糸が一瞬で切れてしまったせいか、息切れの状態でフリードはそんなことを口にする。見るとレイピアは彼の首元の数ミリ前で止まっていた。殺そうと思えば確実にできていたはずなのは明白。偶然レイピアが止まったと考えるのは無理な話だ。

 よって考えられるのはミハエルがわざと止めたというところだけだ。

 フリードの問いにミハエルはいつものような厳つい顔で答える。


「……私は貴方の想いを知った。覚悟を知った。その上でそれらを踏みつけて彼女と共に行く。ああ、恨んでくれても構わない。私もそれに対して謝罪など絶対にしない。それはこの戦いを侮辱することだ」

「そこまでわかっているのなら……っ!!」

「けれど」


 と言ってフリードの言葉を遮る。

 わかっている。彼に止めをささないこと。それもまたこの戦いを侮辱する行為だということを。

 だが、それでもミハエルはフリードを殺さない。

 なぜならば。


「私は貴方を殺したくない……同じ女性を想った人だからこそ、貴方には我々の未来を共に見てほしい」

「……、」


 なんという残酷なことを言うのだろうか。

 どう良いように取り繕ってもそれは結局自分たちの幸せを見せつけたいといっているようにしか聞こえない。それはある意味高慢で傲慢。フリードにとって拷問にも近い所業だった。好きな相手が他の男と幸せにしているところを見るなど誰が喜ぶものか。

 しかし何故だろうか。その瞬間、フリードの口から出たのは笑いだった。


「ふ、ふはは……本当に貴方には敵わない。私に死刑よりも辛い人生を送れ、と?」

「ああ、そうだとも。何か異論でも?」

「清々しくて逆に何も言えませんよ……ああ、けれど」


 それもいいかもしれない。そう思ってしまった瞬間、もはや勝敗は決してしまっていた。力の意味でも、心の意味でも。

 フリードは剣をその場に落とし、そして両手を上げて最後の言葉を告げた。


「……私の敗けです」


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