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 剣戟が錯綜する。

 それはもはや斬り合いなどではない。剣で行う殴り合い。それも尋常ではない速度で行われていた。


「らああああああっ!!」

「ァツアアアアアッ!!」


 激しい雄叫びが二つ。それは獣と称しても誰も疑いはしないだろう。

 あまりの獰猛さ故に周りの観客の中には恐怖すら覚えたものもいた。何だあの二人は本当に人間なのか。その疑問は正しい。特に一方は大量出血をしている身。そんな者が細い剣(レイピア)とは言え剣を振り回し、そして尚且つ相対しているのだ。おかしい、と思うのが普通である。

 そんな視線などしかして二人は気にしない。

 特にヤマトの方はしている余裕などありはしなかった。


「くっ!?」


 ミハエルの剣が脇腹をかすめる。痛み耐えるヤマトであったが、その痛みが消えることはなかった。

 みるとかすれた場所から少量ではあるものの確かに血が流れて出していた。


「どうして……すぐに治らない……」


 その小言をミハエルは聞き逃さない。そう、先程からヤマトの超治癒能力が格段に落ちているのだ。傷が全く治らない、というわけではないが、さっきまで一瞬で治っていたものが、かすり傷ですら一分程時間がかかるようになってしまっていた。

 しかし、異常はそれだけではない。


「くそっ、さっきの技も使えなくなってやがる……!!」


 それは苛立ちからつい零れてしまった言葉。けれどミハエルにとっては大きな情報でもあった。

 先程の技……あの奇妙で強大な光の衝撃波だろう。あれが使えなくなっている、というのはミハエルにとっては正直ありがたい。何しろ、あの一発でこれだけボロボロになっているのだ。もう一発まともに喰らえばただでは済まないだろう。

 それにしても、だ。

 治癒能力の低下。そして光の技の使用不可。これらが意味するとこは一体何か。

 光の技を使ったことによる激しい体力消耗。それが今、考えられる一番の原因だ。

 しかし、もう一つ考えられるのは……。


(邪魔をしない、というのはこういうことなのか……?)


 先程聞いた幻聴。あれがもし本物だとするのなら、そしてその言葉が本当だとするのなら、『彼女』がいっていたことはつまりはこれのことなのだろうか。

 それを確認することはできない。しかし、今はそれでいい。

 それよりも目の前にいる敵を倒さなければならないのだから。


「さぁ、どうした!! 動きが鈍くなってるぞ!! 君の限界はこの程度か!!」

「く、そ、がぁぁぁぁああああああっ!!」


 荒げる声と共に先程まで落ち込んでいた剣が巻き返すかのように速度をあげる。

 そうだ。それでいい。そうでなくてはならない。

 ここで、こんなところで、お前は負けてはならないのだ。

 何故なら、お前は、マリー・R・トワネットが認め、そして焦がれた少年なのだから!!


「負けない、敗けない、俺は、絶対に、まけられないんだよぉぉぉぉ!!」


 大きく振り下ろされた一撃は、しかしてミハエルの剣捌きによって衝撃を逃されながら回避される。

 しかし、そんなもの知ったことかと言わんばかりにヤマトの攻撃は続く。


「人は誰かのために戦うことで強くなれるんだ!! 恋人や仲間、友達や家族。そういった大切なもののために戦い、そして勝つんだ!! それが正しいんだ!! あんたみたいに自分のためだけに剣を振るう奴に負けるわけがない!! そして、俺がそんな奴と同類なわけもないんだ!!」


 上下左右から放たれる連撃。それと共に飛んでくるヤマトの言葉。

 彼の言葉には正しい箇所もあった。確かにそうだ。人は何か大切なもののために戦えば強くなれるのだ。そういう存在だとミハエルも想っている。そしてそういった人種が勝つのだと信じてもいる。

 だが、だ。

 そういったものの中にヤマト・キサラギも含まれるかどうかと言われればそれは否である。


「そうやって言葉にすれば自分は他人のために戦っていると思われるとでも!? 思い違いも甚だしい!!」


 無数に降り注ぐ剣戟。しかし、それは連続的なものではあれど、全く隙がないわけではなかった。むしろ、ミハエルのレイピアならば突ける箇所はいくらでもある。そして、そんなものを見落とすほどミハエルは馬鹿ではない。


「そうやって逃げているからこそ、君の剣は未だ軽い!!」


 いくつもある隙間。その一つひとつにミハエルの的確な突きが放たれる。


「がぁ……!?」


 命中したのは右脇腹と左肩。左肩に関しては浅かったが、脇腹は小さな刀身から伝わるほどの手応えがあった。

 苦悶するヤマトにけれどもミハエルは言い続ける。


「自分の本当の気持ちに気づけ!! そして認めろ!! でなければ君の剣では一生かかっても私には勝てない!!」


 あまりにも過剰なその一言だが、ミハエルにはそれだけの自信があった。彼がこのまま何も変わらないのであれば絶対にそうなる。そうしてみせる。

 何故ならば彼は……。


「君は誰かのために戦うことが正しいというが、君は誰かのために戦っているのではない!! 誰かの『せい』にして戦っているにすぎない!!」

「なに、を……」

「戦う理由を他者に預けることで責任からのがれようとしている、と言っているのだ。違うか!!」

「違う……」

「自分は彼女のために戦っている。だから何でも許される。正しい。そう言い逃れよう想っている!!」

「違う……!」

「ならばどうして君は自分ためではないと言い張る!? どうしてそこまで頑なに否定し続ける!?」

「それは……!!」


 自分のために戦うことが間違っているから、と彼は口にしようとしたのだろう。けれど、咄嗟にそれをやめた。やめざるを得なかった。その言葉を言い続ければ言い続ける程、ミハエルが言っていることが真実だから否定してがっているのではと思われそうだったからだ。

 けれど、そんなヤマトの気持ちを知らずに……いや知った上なのかもしれない。

 ミハエルは言う。


「本当は自分のために戦っていることを誤魔化したかったんだろう?」


 瞬間、ヤマトはミハエルを睨みつける。しかし、未だ引かぬ痛覚によって否定することも言い返すことも許されない。


「先程、君は言った。自分達はただあの日常に戻りたいだけなんだ、と。それが君の本当の願いなんじゃないのか? そして君自身が強く取り戻したいと想っているのではないのか!? だというのに君は自分のためではないと嘘を言っている。その理由は簡単だ。自分ではなく誰かのせいにして戦えば楽だからだ(・・・・・)。戦いとなれば必ず犠牲が出る。そして犠牲には必ず責任が伴うものだ。君は自分で責任を持つことに耐えられなかった!!」


 つまるところ、ヤマトは戦う理由を他者に押し付けることによって言い訳がしたかったのだろう。

 これは自分が戦った。けれども自分のためじゃない。他人のためにやった。だから自分には責任がなく、褒められることはあっても責められる謂れはない、と。そんな子供のような理由で彼は外装を固めていたのだ。

 本当の理由をその奥にしまいこんで。

 それは当然なのかもしれない。

 彼は未だ十代の少年だ。そんな彼に責任だの義務だの果たせと言っても仕方がない。さらに言えば彼は異世界人でもある。こちらの世界の常識が多少通じないのかもしれない。

 だが、それでもだ。


「自分自身を偽り続ける者に敗れる程、このミハエル・B・ブラッドは甘くない!!」


 強く言い放ったミハエルの言葉をヤマトは唇を噛みながら聞いていた。

 言い返したい。言い返したい。こいつが言っていることは間違っていると言い返したい。

 でも、それができない。できるわけがない。

 理由は簡単。

 何故なら、その言葉が間違っていないから。


「…………ああ、そうだよ」


 そしてヤマトは気づく。

 もはやこれ以上誤魔化すことはできないのだと。


「俺は……あの日常を取り戻したかった。俺は元の世界じゃあただの普通の学生だった。目立たない、誰からも必要とされない、そんな毎日を送っていた。だけど、こっちに来てからは俺は必要とされるようになった。仲間もできた。元の世界じゃあ一人もいなかった仲間が、だ。そしてそんな彼女達との日々は俺にとって宝物だった……でもあんたがそれを全部ぶち壊した」


 想いを吐露するヤマトをミハエルは静かに見守っていた。


「俺は壊れた日常を元通りにするため、その願いのためにここにいる。戦ってる! ああ、そうさ。あんたの言うとおり、これは俺の願いだ。でも……それが悪いことか? 何かを取り戻したいという気持ちが、心が、あんたは悪いっているのかよ!!」


 思いの丈、自分の心に仕舞っていた言葉を吐き出したヤマトにミハエルは首を横に振る。


「いいや。悪くはない。それが大切なものならば、何をしてでもやり通すのは当然だ。否定はしない。だが、それを君はずっと偽り続けた。結婚がどうの、マリー殿のためだなどと言い続けた。私が間違っていると言っているのはそこだ」


 そして。


「マリー殿を言い訳に使ったことが、私は何よりも許せんのだよ」


 彼がここまでしているのはミハエルのせいなのかもしれない。だが、それは明らかに自分のためである。それはどんな言い訳をしても無意味であり、否定はできない。

 だというのに彼はマリーを言い訳の一つとして使った。

 それは断じて許していいものではない。


「……あんたがそれを言う資格があるのかよ……」

「それを言われると耳が痛い。だが、それでも私には言う義務がった」

「義務、だと?」

「ああ、何故なら私は……」


 一拍置いて、ミハエルは微笑を浮かべながら言い放つ。




「私はマリー・R・トワネットのことを愛しているからな」




 その表情に一片の後悔も見当たらなかった。

 言葉にすれば安っぽいと言われるかもしれない。真実は口にするべきではないのかもしれない。

 それでも、だ。

 ミハエルはこの場でヤマトに言わなければならないと思ったのだ。


「……ハッ、散々言ったくせに、結局のところあんたも自分のためじゃねぇか」

「だから言ったではないか。私は自分のために戦っていると」


 そう。この二人は自分のために戦っているに過ぎない。

 一方は壊れた仲間との日常を取り戻すため。

 一方は自分が愛した少女への想いを証明するため。

 どちらも身勝手。どちらも手前勝手。どうしようもない人種であり、動機だ。はっきりって我が儘と言わざるを得ない。

 しかし、どちらもその我が儘を貫かんがためにここに立っているのだ。


「さて……君が己の理由に自覚したところで、質問をする。君は自分が自分のために戦っていると理解した。その上での質問だ……それでも君は戦い続けるのか?」

「当たり前だ」


 即答であった。

 けれどもその言葉には今までにはない力強さがあった。


「確かにこれは俺が勝手にやってることだ。俺が日常を取り戻したいと思ってやってることだ。それは自覚してやる。そしてこれが俺の単なる我が儘だってこともな……でもな、それでも俺は取り戻したいんだよ! 皆が、あいつらが、笑っているあの生活を、日常を!!」


 それが質問の答え。

 我が儘を自覚しながら、それでも突き通す。

 その言葉を聞けただけで、ミハエルには十分だった。


「……いいだろう。理解した。ならばやることはただ一つ」

「ああ、そんなこと、言われるまでもないっ!!」


 言うと同時に間合いを詰めてくるヤマト。

 今の彼は傷だらけだ。ボロボロと言っていい。治癒能力も不思議な力も使えない。身体能力でさえ、傷のせいで著しく落ちてしまっている。

 だが。

 しかし。

 けれども。

 今の彼は己の戦う理由をしっかりと自覚した。

 偽りの言葉を言い訳を捨て、真実の言葉を吐いた。

 そして、その上でミハエルに立ち向かってきている。

 そんな彼の姿は、今までのどんな攻撃よりも恐ろしく、そして勇敢だった。


(認めよう……今、君は私が本気を出すに値する男だと)


 それ故に。ミハエルは想う。

 自分はこの少年……いや、少年達の日常を壊すのだと。

 ヤマトが言うように彼らにとってそれは宝と称す程のもの。それは一人でも欠ければ崩れ去ってしまうかもしれないほど、脆く、けれども大切なものだ。

 それを取り戻そうとするのは正しく、当然だ。そしてそれを実行してしまえる彼らは賞賛に値するべき者達だろう。

 そんな彼らの祈りを、願いを、望みを。ミハエルは踏みつぶそうとしている。

 それを自覚している辺り、自分はなんとクズであり、最低であり、どうしようもない男なのだろうか。

 しかし、それでもミハエルはヤマトに勝利を譲るつもりはなかった。

 例え、どんなことを言われようと、どんな反発があろうとも、どんな障害があろうとも。

 この少年に勝つ、と。

 それこそが。

 ミハエル・B・ブラッドという男の選んだ道なのだから。


「らああああああっ!!」


 雄叫びをあげるヤマトに対し、ミハエルは静かに構える。

 狙うは一瞬。場所は三箇所。

 もはやこの技を放つ躊躇などない。彼にはその資格があるし、自分もその責任がある。

 一瞬、ミハエルは視界を閉じた。目の前に敵がいるというのに視界を塞ぐなど愚の骨頂。けれどもそれこそが彼にとって集中力を高める何よりのやり方であった。

 そして集中力を高めたミハエルの技は達人のそれを越す。

 ヤマトが剣をひと振りすればミハエルを切り殺せる距離まで詰めた、瞬間。

『三華月』がヤマトの体に襲いかかる。


「これ、は……!?」


 唐突に現れた三つの刃。その残像にヤマトは驚くもしかしてどうすることもできない。彼はすでに剣を振り上げている。そこから防御をすることも回避をすることも不可能だ。

 そして。

 ヤマトの体に三撃が直撃した。


「くっ、ああああああああっ!?」


 同時に少年の叫びが周囲に広がる。

 そして、そこで力尽きたのだろう。ヤマトはその場に倒れ伏せた。

 残ったのは血を流し、片手で剣を握っているミハエルのみ。

 そして、勝者は息を整えながら、宣言する。


「私の……勝ちだ!!」


 それは彼の今までの生涯の中で、一番感情が表に出た瞬間であった。

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