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 少年の剣が振るわれる。

 しかしそれを華麗に回避し、男の細く鋭い刃が少年の体を突き刺していく。

 その様子を見守っていたゲイルは微笑しながら小言を漏らす。


「ハッ、これはまた面白い展開になってきたものだ」

「ゲイル殿……?」


 隣にいたゼルドがゲイルの言葉に首を傾げる。自分の孫が命を賭けた戦いをしているというのに、何故この老人は笑っていられるのだろうか。

 それほどまでに狂人なのか、と一瞬考えたゼルドにゲイルは応える。


「いやのう。あの真面目さが取り柄の馬鹿孫のことじゃ。もしかすればマリー殿やガキ共のことを考えて……いや、遠慮してわざと負けるのではないか、と思っていたのだが」

「それは……っ」

「まぁ、聞け。言ったであろう? 思っていたのだが、と。実際はほれ、ご覧の通りじゃ。彼奴の剣に負けるつもりなど毛頭ない。むしろ、勝つ気まんまん、といったところだろう。というか、あのように感情を表に出す奴を見るのは久しぶりじゃ」

「……つまり、ミハエル君はそれだけ……」

「皆まで言うでない。彼奴もあまり他人にそれを言われるのは好まんだろうからな。しかし……それにしてもヤマト・キサラギ……噂通りではあるが、少々尾ひれがついていたようだ」

「というと?」

「あの小僧は確かに強い。ああ、それは認めよう。だが、それは奴の『体』と持っている『力』の話。肝心の奴自身はただの調子に乗ったガキだ。瞬間的な治癒能力。そんなものに頼りっきりになっているがために攻撃が大雑把。身体能力も使いこなせていない。さしずめ、何の取り柄もない子供が突然力を手に入れた状態、とでも言うべきか。別にそれが悪いとは言わん。じゃが、奴はそれに胡座をかき、己を高める努力をしてこなかった。そんな男にうちの孫は負けはせんよ」


 それは単なる身内贔屓ではないだろうか。何も知らない人間ならばそういった感想を持つかもしれない。実際、ヤマトがこの半年どのような生活を送ってきたのか、ゲイルは細かなことまで知る由もない。そんな人間にとやかく言われる筋合いはないのではないだろうか、と。

 けれど老人の考えが当たっているかのように戦況は進む。


「くそっ……!?」


 苦悶するヤマトの表情には焦りが見えた。

 そう。彼は今、焦っているのだ。

 治癒の力を持っているのに、超人的な身体能力を持っているのに。持久戦になれば絶対にこちらが有利になるはずだというのに。

 未だ大した傷を与えられていない。


「何故自分の攻撃が当たらないのか……不思議そうな顔をしているな」


 悠々とした態度でミハエルが口を開く。

 何だ、それは。余裕のつもりなのか。


「これは当然の結果だ。技術や経験。そういったものを私は君よりも少しだが培ってきた。地力の差、とでも言うべきか」


 地力の差。それはつまり、ミハエルよりヤマトが劣っていると?

 そんなわけあるものか。


「しかし、そんなものは実際のところ些細なことだ。さっきも言っただろう? 君の剣には決定的に想いが欠けている、と」


 想い? 想いだと? 無論あるとも

 欠けてるわけがない。今もこうして戦うのはマリーのためで……。


「私は今、自分のために戦っている」


 と。

 ミハエルははっきりと、断言した。その言葉はあっさりとヤマトの耳に入ってきた。


「本当ならば私は君に負けるべきなのだろう。マリー殿のことを考えればそうするべきなのだろう。それが正しい選択とやらなのだろう。実際、そう考えた時もあった」


 何を言っているのだ。


「だが、ある人に言われたのだよ。格好をつけるな、とな。ついでに思いっきり殴られた。そしてその時自覚した、自分は君に負けたくはないのだと。そして理解した。マリー殿のことを想うがために君に負けるという選択肢が間違っているということに」


 何を言っているのだ。


「私が勝つことがマリー殿は嫌なのかもしれない。そのせいで不幸になるかもしれない。だが、その上で私は君に負けたくないのだ。何故なら、君にここで負けるということは、それこそ私がマリー殿を想う気持ちが君より劣っていたと自分自身で証明することなのだから」


 何を言っているのだ。


「身勝手だと罵ってくれて構わない。他者を思わない最低な男だと思ってくれて構わない。自分のために戦うなんてこと、間違っていると言ってもらってもいい。だが、私はもう決めたのだ。自分に正直に、そして我が儘になると。その上で彼女を絶対に幸せにすると。この気持ちは誰にも負けないと信じている」


 この男は一体全体、さっきから何を言っているんだ。


「故にヤマト・キサラギ。君に勝利を譲るつもりは毛頭ない。もしどうしてもそれが嫌だというのなら、剣を取れ。そして証明して見せろ。自分の想いの方が強いということを!」


 意味不明。理解不能。

 訳の分からない言葉の羅列にヤマトは怪訝な顔を見せる。

 ヤマトの思考はとにかくミハエルの言葉を否定しようと模索した。

 自分のために戦う……そんな身勝手な理由が許されていいわけがない。ミハエルはマリーのことなどどうでもいいと思っているのだ。だからそんなことが言える。結局、色々なことを言ってごまかしているだけで、自分のことしか考えていないのだ。そんな人間に自分は、自分達は負けはしない。

 何故なら、彼女はこの結婚に乗り気ではない。反対している。そのはずなのだ(・・・・・・・)

 そして自分たちは仲間のため、マリーのために戦っている。

 自分のために戦っている目の前の自己中男なんかに負けない。負けるわけがない。負けてはいけないのだ。

 だって、こちらは『正しい事』をしているのだから。

 そして『正しい事』は尊重されるべきものであり、優先されるべき事柄。

 そのはずだ。

 そのはずなのだ。

 でも、しかし、けれども。

 ヤマトはこうしてミハエルに手も足も出ない状況まで追い詰められていた。


 そもそもにして、彼は一つ勘違いをしている。

 自分のために戦うことが、果たして間違っているのだろうか?

 他者のために命を賭ける。それは素晴らしいことであり、良いことなのだろう。しかし、だからと言って自分のために何かをするということが悪いことなどは誰も決めていない。

 いや、というより。


 自分のために戦えない人間がどうして他人のために戦えるのだろうか。

 

 そんな単純なことをけれどもヤマトは考えていない。考えないようにしている。


「想いの強さ、だと……? ふざけるなよ、そんなもん、俺の方が強いに決まってる。お前のような自己中野郎に負けるわけがないだろう!!」

「そうか……ならばそれを私に見せてみろ」


 どこまでも上から目線の言葉にヤマトはこれ以上なく腹立たしかった。

 何故だ。何故なんだ。何故そうまでして迷いなく断言出来るのだ。そっちが間違っているというのに。こっちが正しいはずなのに。

 どうしてそこまで自信があるのか。

 どうしてそこまで誇らしそうなのか。

 どうしてそこまで輝いているのか!


 それではまるで……こちらが間違っているようではないか。


 おかしい。おかしい。おかしい。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 そんなこと認めない。断じて認めない。認めてたまるものか。この男の存在を、言葉を、在り方を。容認してはならない。

 だからそのためにもヤマトはミハエルを倒さなけばならない。徹底的に。完膚なきまでに。

 否定して否定して否定して、それを実証しなければいけないのだ!!

 だから……。


(だから俺は……こいつに勝たなくちゃいけないんだ……!!)


 それが今のヤマト・キサラギの求めるモノだった。




 ――――― 願望確認・了承。これより実装に入ります ―――――




 その時、ヤマトが持っていた剣が光りだした。


「これ、は……」


 前触れもなく唐突に起こった現象にミハエルは愚か、当人であるヤマトも驚きを隠せていなかった。

 白かった刃は黄金の光を纏い刀身を染めていく。その光が危険なものであることをミハエルは即座に予感する。

 けれどもヤマトは違った。

 彼はその今まで見たこともない現象であるにも拘らず、光が何であるかということを理解していた

 それは幸運の加護。自らを勝利へと導く神の光。

 これを放てば自分は目の前にいる男を倒すことができる。


「そうか……それさえ分かればもう十分だ」


 一人勝手に納得したヤマト。自らの剣を両手で握り、そして構える。


「想いの強さを証明しろと言ったな……ああ、だったらみせてやるよ、俺の想いをな!!」

「お前……!?」


 ヤマトが取った行為は単純。

 ただ、剣を振り上げ、そして下ろすのみ。


「これで終わりだ……!!」


 けれど、たったそれだけのことで事態は急変する。

 剣に纏っていた光は膨張し、振り下ろされたと同時に噴出された。膨大になったちからの奔流は意思を持ったかのようにミハエルへと向かっていく。

 そして次の瞬間。

 轟音と衝撃波が総てを飲み込んでいった。

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