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式場の庭は観客で賑わっていた。とは言え、そのほとんどが貴族ではあったが、何やら聞きつけてきた市民も混ざっている。宴か何かと勘違いしているのだろう。実際のところ、観客である彼らからしてみれば同じようなものだ。どちらが勝っても現段階では彼らには何の迷惑も被ることはないのだから。
そして彼らの中で今話し合いをしているのはどちらが勝つのか、ということである。
「やはり新郎であるミハエル様だろう。四大貴族の中でも武芸に長けているブラッド家の当主。その手腕は今でも衰えておらんと言われているしな」
「いやいや、異世界人の少年には神が授けた恩恵があるという話ではないか。何でもそれは一人で軍勢を相手にできるとか。いくら四大貴族の当主様でもそこまでの力をもつ者を一人で相手をするのは」
「けれど、それは噂の話だろう?」
「まぁ、何にせよ、これから始まる決闘でその噂の真偽を確かめようじゃないか」
そんなことを口々に出す彼らには今から血が流れるであろうという緊張感がまるでない。当然だ。流れるとしてもそれは己の血ではないのだから。自分が闘うのは不安であり、真剣になるだろうが、それが他人ともなれば話は別。高みの見物を決め込むことができるわけだ。
そんな中、決闘の『商品』であるマリーは用意された椅子に座っている。その表情は険しい。自分が当事者であるにも拘らず、全く自分の意思を無視された流れ。けれど分かっている。こうなったのも全て自分が撒いた種が原因であることも。
彼ら……いや、ヤマトの前から消える時に何も言わずに去ったのがいけなかった。そのせいで彼らは自分を追いかけてきて、挙句ここまでのことをしでかした。そしてミハエルはそれらを防ぐことができないことも知っていた。今回の決闘を受けたのも最善の策だ。非難することなどできようはずがない。
しかし……それでもやはり、何もできずにここにいる自分が情けなかった。
自分のことなのに自分ではなにもできない……悔しいなんて言葉では片付けられない感情がマリーの心を支配している。
と、その時である。
決闘をする二人が庭へと出てきた。
おおっ、という声が観客から沸き起こる。そして彼らは二人に道を開けるためにさっと後ろへと退いていく。
結果、円の殺し合い場の出来上がりだ。
そして二人と共に決闘場の中心へとやってきたのは立会人であるザルクス。
「それでは、これよりブラッド家当主、ミハエル・B・ブラッドと異世界からの来訪者、ヤマト・キサラギによる決闘を行いたいと思う」
瞬間、歓声をあげる人々。彼らは既に決闘という名の『娯楽』の空気に染め上がっていた。
「勝敗は相手を戦闘不能にまで追い込むか、敗北を認めるか。そして……相手を殺してしまうかのどれかである。これに対して両者から何か異議はあるかな?」
「いいや。それで文句はない」
「はい。私も同意見です」
言いながらミハエルはヤマトを見る。自分よりも背丈の低い少年は、しかしてとてつもない敵意をむき出しにしていた。今にも襲いかかって来たそうなその覇気はなるほど、確かに常人のものではない。
それだけ彼はこの戦いに対する熱意があるということだ。
「了承した。では二人の意見が一致したところでそれぞれ位置についてもらおうか」
言われるとミハエルは己の位置に立ち、そして剣を抜く。細く鋭いレイピアはいつも通りの鮮やかさを保っていた。
一方のヤマトの武器は同じく剣。しかしミハエルとは真逆の幅の長いロングソード。結構な装飾をされているが、しかし何故かそれが『普通ではない』と感じてしまった。
奇妙な感覚に襲われたミハエル。そんな彼にヤマトは言い放つ。
「何だよその武器は。舐めてるのか」
「舐めてなどいない。私は剣を取る時はいつだって真剣だ」
やはりというべきか。フリードの時もそうであったが、ミハエルのレイピアを見ると誰しもがふざけているのかと尋ねてくる。
しかし、それももう慣れた。
「そうか。それならいい……後で言い訳とかされても困るからな」
空を斬り、音を鳴らす。
「あんたを倒してこの間違った結婚を止める。その上で、マリーを助ける。そして俺達は俺達の日常を取り戻す。覚悟しろよ、貴族様」
静かに言い放つ言葉には明らかな殺気が混じっていた。そしてその眼光もミハエルに向かっている。
「両者準備はいいな? ……それでは」
その言葉と同時にミハエルの手に力が入る。
彼の言葉は本物だろう。その熱意も敵意も殺意も。対峙するミハエルには分かる。それらは確かな真実だ。その想いを実現させようと、彼はここまでやってきた。
そして、それを全て理解した上で、ミハエルは戦うのだ。
「始め!!」
第一王子の掛け声と共に戦いは決闘は始まった。
*
真実を言おう。ヤマト・キサラギの力は凄まじい。
神からの恩恵というものか。それとも彼自身の力なのか。それは定かではないが、彼の身体能力は常人のものではない。超人的、と言えるものだった。
襲いかかる剣戟の速度は瞬速と言ってよく、観客の殆どには目にも止まらぬ速さ、として映っているだろう。またその破壊力も相当なもの。まともに受ければミハエルのレイピアは折れるだけでなく、木っ端微塵になってしまうのが予想できる。
と、ここまでならばアルヴィンと戦った時と同じ。
しかし、今日の彼は本気でミハエルを倒しにかかっていた。その証拠として以前は使っていない『力』を開放している。
いや、もしかすればアルヴィンとの戦いの時も使用していたのかもしれない。そのことにアルヴィンやクロエが気づかなかっただけで。
そもそも考えて欲しい。前回、ヤマトはアルヴィンにボコボコにされた。言葉で言うのは単純だが、しかしその実怪我は相当なものだったはず。
けれど、今の彼の顔には傷など一つも存在しない。
その要因はすぐに理解できた。
「はっ!!」
「ちっっ!?」
突き出されるレイピア。それは確かに敵の肩を貫く。
苦悶するヤマトは即座に後ろへと退く。そして肩に手をやるが、それも数秒で終了。
見ると突いたはずの方の傷が無くなっていた。
「……既に君には六回は命中させている。だが、その尽くが即座に治っている。なるほど、それが神の恩恵というやつか」
なるほど。確かにこれは普通ではない異常だ。
そして考える。もしも彼を戦場に向かわせたならば、どうなるのか。不死身の兵隊。それが一人いるだけでも戦力は大きく変化するだろう。しかも、その兵士の身体能力はずば抜けているときた。軍勢を相手に、というのは些か大げさかもしれないが、確かに大勢と戦ったとしても彼は勝つだろう。
「そこまで分かってるなら、この勝負に意味はないことは既に分かっているはずだ。俺は負けない。例えどんなことをしても、俺の体はすぐに回復する。致命傷を負ったとしても、だ。だが、あんたはそうはいかない。傷ができても治りはしないし、それだけ体力も削られる」
「……、」
「降参しろ。そうすればあんたは傷つかずに済む。無駄な争いをしなくていいんだ」
「断る」
ヤマトの提案にミハエルは一も二もなく答えた。その返答にヤマトは信じられない、というか呆れた表情を浮かべる。
しかし対してミハエルは未だ真剣な顔付きであった。
「傷つかずに済む? 無駄な争い? 何を馬鹿げたことを言っている。これは決闘だ。私は傷つくことなどとうの昔に覚悟できている」
そうだ。剣で切りつけられようが、拳で殴られようが、それが何だ。そんな程度の痛みがなんだというのだ。
この場には、もっと深く傷ついた少女がいるのだ。自分の言葉で大切な人を傷つけて、それでも彼らの前では泣くことは許されないから、必死に我慢して小さく震えながらも自分自身をも傷つけた。
だというのに、それをさせた張本人がのうのうと無傷のままでいられるわけがない。
そしてもう一つ。ミハエルにとって頭に来ることをヤマトは口にした。
「ヤマト・キサラギ……君は今、無駄な争いと言ったな? それは勝敗が最初から決まっている、と言いたいわけか」
「ああ、そうだ」
「ならば笑止。本当に無駄かどうか、確かめさせてやろう」
レイピアの剣先を敵に向け、そして再び攻撃を開始する。
相手が不死身? 傷はすぐ治る? だからどうした。
そんなことで勝負を投げ出すわけがないだろうに。
ミハエル・B・ブラッドという男は、どうしようもない不器用な男なのだから。




