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何が起こっているのか。
それを理解できている人間はこの会場内にてごく少数だろう。来賓は当然であるが、使用人までも唐突な少年少女達の登場に慌てふためいていた。
ざわつく周囲に目も触れず、少年―――ヤマト・キサラギは真っ直ぐマリーのことだけを見ていた。そして今にも駆け出してきそうな彼であったが。
カツン。
甲高い音の正体。それはマリーの父であるゼルドが杖で地面を叩いたものであった。
その形相はいつもなら感情が読み取りづらいものであったが、今ならばミハエルにも容易く理解することができる。
その表情に込めているのは怒り。
「……ここまでしでかすとはな」
小さな呟きと共に席を立つゼルド。
中央にある赤い絨毯までやってくるとまるでヤマト達のこと待ち受けるかのように立ち、彼らを睨みつける。
「見逃してもらった身で懲りずにやってきたものだ。まさかそこまで愚かとは思ってもいなかったよ。全く娘もとんだ者達と知り合ったものだ」
「愚か? 愚かなのはどっちの方だ!」
「何?」
その言葉が気に入らなかったのだろうか。ゼルドがムッと眉をひそめるとヤマトはそのまま続けて叫ぶ。
「娘って言ったよな。じゃああんたがマリーの父親なんだろう? だったらどうしてこんなことをするんだよ。マリーは結婚を望んでいない。なのに無理やりするなんて、親として恥ずかしくはないのか!」
「ああ全くもって恥とは思っていない」
即答であった。
「そもそも貴族の結婚とはそういうものだ。親や家族に決められた者と添い遂げる。それは時に強引な時もあるだろう。しかし、それが間違いであることなど決してない。それが家のためであるのだから。そしてそれはここにいるほとんどが理解しているはずだ」
ここにいる参列者のほとんどは貴族であり、王族の者達。そして既に結婚をしている者達も多くいる。もしかすれば幼い頃より結婚の約束をした者同士で一緒になった者達もいるかもしれない。もしかすれば何らかの出会いと奇跡が重なり合って劇的に一緒になった者達もいるかもしれない。けれど、やはりほとんどはゼルドが言ったような形で結婚という者を経験しているはずだ。
それは普通。それが当然。そういう風に彼らは認識している。
しかし、だ。
この世界で生まれていないヤマトにとってそれは『異常』であった。
「そんなの……おかしいだろう! 何だよ、誰も彼も当然のように言いやがって!! 結婚っていうのは好きな人間同士でやるものだ。そういうもののはずだ!! 好きでもない人間と結婚する? ふざけるのも大概にしろ!」
「それは下賎な輩の考え方だ。貴族である私達には家を守り、発展させるという役割がある。そのために……」
「そんなこと知るか!! 人を愛するのに庶民も貴族もあるか!! 誰かを好きになるっていうのは理屈じゃない……心で決めるものなんだよ!!」
少なくとも彼のいた世界ではそれが常識だったのだろう。そして彼はその常識をこの世界でも通用させようとしている。
視線をゼルドからマリーに移し、ヤマトはいう。
「なぁマリー。お前は本当にこれでいいのか? こんなものが正しいと思っているのか? こんなことで幸せになれるなんて、本気が考えてるのかよ!!」
少年の叫びにマリーは一瞬動揺したかのような表情を見せた。
しかし、それは一瞬、刹那のこと。すぐさま彼女は落ち着いた雰囲気を取り戻す。それはまるで感情を押し殺したかのような顔付き。自分は今から『言わなければならない事』を口にするぞと言っているようなものだった。
それはつまりあの時、あの夜の再来。
彼女がここでやるべきことはヤマトをとにかく大人しくさせること。そしてこれ以上の騒ぎを起こさないようにすること。でなければ今度こそ本当に処罰されてしまう。
だから彼女はもう一度言うのだ。彼らが傷つこうが、自分が傷つこうが、それが最善の選択だと理解しているから。
そして。
「そんなわかりきったことを聞かないでください。本当に貴方という人は面倒な方ですね。先日あれだけ言ってまだ分かりませんか? 私は――――」
「もういい、マリー殿」
そんなことをもう一度させる程、ミハエルという男は起用ではなかった。
制止されたことにマリーは驚いた顔でミハエルを見る。しかし、それには反応せず、彼はそのまま赤い絨毯の上を歩いていく。その途中でゼルドと視線が合うが、彼は歩くことを止めない。
そして、三メートル程の距離で立ち止まり、尋ねる。
「ヤマト・キサラギ……君はどうしても私とマリー殿の結婚を認めないと言うのだな?」
「ああ、そうだ!」
「そうか……しかしならばどうする。君がどれほど訴えかけようとはいそうかと引き下がるつもりは毛頭ない」
「ハッ、そうかよ。じゃあ……」
そう言って懐に手を入れるヤマト。
その瞬間、ミハエルの左右にアルヴィンとクロエが守るように立つ。不穏な考えを持っているのでは、という警戒からだろう。
しかし、彼が取り出したのは鋭利なナイフでも、物騒な刃物ではない。
それは真っ白な代物。
「こうするしかないよなっ!!」
言いながら、ヤマトはそれをミハエルの前の床に叩きつけた。
真っ白な物体の正体。それは……『手袋』。
自らの手袋を相手に投げつける。それが意味するものは、一つしかない。
「ミハエル・B・ブラッド! マリー・R・トワネットを賭けて決闘を申し込む!!」
ざわめいていた周囲がさらにどよめき出す。
当然だ。仮にも新郎新婦の晴れ舞台である結婚式において新婦を賭けた決闘を申し込むなど前代未聞である。
信じられない、という大衆の心境はごく自然なものなのだろう。
しかし、そんな中、ぱちぱちぱちっと言った乾いた拍手が鳴った。
見るとそこには銀髪の青年……いや二十前半の男が笑みを浮かべていた。
「これはまた、なんたる余興が舞い込んできたものだ。いやはや、四大貴族の結婚式というだけでも珍しいというのに、本当に楽しませてくれる」
男は立ち上がると、ミハエル達に向かって言い放つ。
「よろしい。その決闘、このザルクス・P・ライザードが立会人となろう」
その言葉に驚愕の声が上がる。
ザルクス・p・ライザード。その人物の名を知らない人間はこの国にはほとんどいない。特に貴族ならば絶対に知っておかねければならない存在だ。
何故なら彼は……。
(ザルクス・P・ライザード現第一王子であり、次期国王と噂される人物……)
つまりそういうことである。
次の国王候補をしらない貴族などいるはずがない。
そしてそんな王子に現国王は難しい表情を浮かべて言う。
「何を言い出すかザルクス」
「そうです、ザルクス王子。例え王族の人間である貴方とて四大貴族の結婚式に口出す権限はないはずです」
国王と共に抗議の言葉を告げるゼルド。
しかし、そんな二人の覇気に押されることもなく飄々とした口調でザルクスは答えた。
「いえ、わたしとて結婚式の邪魔など無粋極まりない行為であることは承知しておりますよ。それが四大貴族のものとなれば尚更だ」
とそこでザルクスはヤマトの方へと視線を移す。
「しかしながら、そこの少年が言うように無理やりな結婚、というのは些かどうなのでしょうかねぇ」
「……この結婚にご不満と?」
「いやいや、そんなことは言っていないさ。ゼルド殿、あなたも自分で言ったはずだ。王族に他人の結婚の口出しをする権限はない、とね。だが、実際問題どうなのだろうか。そこの少年が言うように、本来結婚とは好いた者同士でするものだ」
「愚かしい……貴方様までそのような戯言を口にするか」
「別にわたしは貴族の結婚の仕方が間違っている、とは言っていない。ただ、そこの少年が言うことも一理ある、と言っているに過ぎない。そこで、だ。新郎である彼に覚悟の程を見せてもらおうじゃないか」
ザルクスの手はミハエルの方へと向いた。
「決闘という場で新婦に対する愛がどれほどのものなのかを知る……これ以上の愛の表現などありますまい。そしてその上で新郎殿が勝利すればそこの少年も素直に納得するでしょう」
それに、と何やら不穏な言葉を口にしながら不敵な笑みを浮かべる。
「少年。君が例の異世界から召喚された人間、というのは間違いないね」
「……はい」
短い、けれども確かな返答。
それを確認したザルクスは満足したかのような顔付きで言う。
「異世界人の力……それを確かめるいい機会だとわたしは思っている。どうだろうか? 折角の四大貴族の結婚式だ。派手な余興の一つや二つ、あってもおかしくはないだろう? しかも相手は四大貴族の中でも武芸に長けたブラッド家の当主。これ以上の余興はないと思うが」
もはや何度目のざわめきか。既に彼らもそのことに対してためらいが無かった。それだけ今の現状がおかしいのだ。
しかしそれだけに周りの反応には責任感はない。困っているのは当の本人達だけで彼らには何の害もないのだから。
見てみたい、確かめてみたい……そんな言葉が小さくではあるがあちらこちらから聞こえだしていた。
だがそんな中でも未だゼルドは納得しきっていない様子だった。
「勝手に話を進めないでもらいたい。第一、決闘とは対等の地位の者がするもの。貴族でもない、ましてやこの世界の人間ではない者と貴族である彼が決闘するなど……」
「いえ、よいのですゼルド殿」
抗議を続けるゼルドの言葉を遮って止める。恐らくはこの場を何とかして決闘をせずに済む流れに持っていこうとしてくれているのだろうが、しかし最早それも無理だろう。周りの雰囲気、それから王族が立会人をやると言いだしたのだ。もはや当の本人達が止めると言ってもどうにもならないだろう。
故にミハエルが取る行動は一つ。
床に落ちていた白い手袋を取り、そしてヤマトに対してつい一ヶ月前に言った台詞と同じモノを言い放つ。
「ミハエル・B・ブラッド。貴族の誇りとブラッド家の名に賭けて、その決闘を了承する」




