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 一方その頃、女性陣の控え室は大勢の女性陣によって盛り上がっていた。というのも、花嫁であるマリーの化粧をどうするかであれこれ揉めていたのだ。おしとやかにするか、それとも少し派手にするか、ドレスの長さ、髪の束ね方、ブーケの色等など……担当を申し出た女性給仕達がああだこうだと言うに連れ、時間が大幅にかかったのだ。

 本来、当日ではなくもっと前の段階で決めているべきなのだが、実際に正装してみてやはりこうした方がいい、ああした方がいい、などという頑なな意見が出たのだ。

 しかし、それが功を奏したのだろうか。


「これは……」


 純白の花嫁衣装に身を包んだマリーはクロエが言葉を失う程の美麗を醸し出していた。


「どう、でしょうか……」

「とてもお似合いでございます」

「本当ですか?」

「こんなことで嘘をついてどうするのです。というか、これはもう文句のつけようがありません。流石に時間をかけただけはあるというものです」


 その言葉に後ろに控えていた女性給仕達が苦笑した。どうやら自分達があまりにはしゃぎすぎたことに対しては反省している模様である。

 その光景を見てマリーも微笑する。

 が、その笑みはすぐに消え去り、何やら落ち込むような顔付きになった。


「……あの、クロエさん」

「何でしょう」

「その……ヤマト様達は今どこに?」


 その言葉にクロエの表情に微小の変化が見えた。

 けれどそれを悟られる前にクロエは返答する。


「……王都の収容所にいる、と聞いております。牢屋の中ですが、身の安全は保証されています。今のところ、問題が発生したという報告は受けておりません。恐らくですが、あと一日二日で出られると思います。主様がゲイル様に掛け合い、陛下とゼルド様からも不問にする許可が降りましたから」

「そう、ですか……」


 安心しきったのだろうか。事前にミハエルから聞いていたはずなのに、再確認することでほっとしたように肩の荷を下ろすマリー。

 そんな彼女にクロエは質問を投げかけた。


「失礼ながら、マリー様に一つお聞きしたいことがございます」

「何ですか?」


 聞き返すマリーを見たクロエは一瞬、目を閉じ、深呼吸をする。そして何かの決心をしたかのように瞳を開き、そして口にする。


「何故、あの時、マリー様はあの者達と共に行かなかったのですか?」


 その内容はあまりに予想外だった。まさか、それをここで聞かれるとは思わなかった。

 しかし考えてみればその疑問は正しい。そもそも彼女はマリーとヤマト達のことを知っているのだ。ならば尚更マリーがヤマトの手を取らなかったこと、そして彼らにあんなことを言い放ったことが不思議でならないのだろう。

 そして、それに自分は答えなくてはならない責任があった。


「……不思議だ、と思いました?」

「正直なところ。言葉にするのは憚れることですが、マリー様が主様ではなく、あの少年……ヤマト・キサラギに想いを寄せていたのは承知しておりましたから。そしてマリー様がこの結婚に乗り気でないこともまた同じです。故にあの時、あの状況は貴女様にとってこれ以上ない幸運だったのではないですか?」


 そう。クロエが口にしたことはほとんど真実だ。

 マリーはヤマトの事が好きだ。そして彼らが乗り込んできた時、もしもその手を取っていればこの結婚を無かったことにすることができたかもしれない。希望的観測だが、その可能性は確かにあったのだ。そして何よりマリーの想い人であるヤマトが彼女を迎えに来たという事実が彼女にとってはこれ以上ない程の状況であったと言えよう。

 しかし、だ。それをマリーは敢えて台無しにした。

 それは何故か。


「彼らに迷惑をかけたくなかったから、ですか?」

「ええ……」


 あの時、マリーが彼らと共に行っていれば、間違いなく大きな事件として取り上げられただろう。そうなれば貴族達が黙っているわけがない。特にマリーの父親であるゼルドは何が何でも彼らを探し出し、重い罰を与えたはずだ。


「ヤマト様は父上を説得する、と仰っていましたが、それは無理な話です。あの方が貴族でない人間の言葉に耳を貸さないことはよく知っていますから」


 ゼルドは貴族という立場をある種絶対的な地位だと思っている。だからこそ、貴族としての在り方を自分だけでなく家族やその周囲の人間にまでも徹底させているのだ。それに対して、何度か抗議もしたことがあったが、その全てが無駄となった。


「では、マリー様が彼らを敢えて突き放したのは彼らを守るためだった、と」

「守る、なんて大げさですよ。ただ、ああでも言わなければあの人達はテコでも自分の意思を曲げませんから。特にヤマト様は自分が感じたこと、思ったことに忠実な方ですから」

「それはただの我が儘というのでは?」

「それを言われると耳が痛いですね」


 苦笑するも、やはり否定できないのでどうしようもない。


「それでも……自分に正直で真っ直ぐなところが、どうしようもなく愛らしかった、ということなんでしょうね」

「そうですか……」

「ああ、でも理由はもう一つあるんです」

「もう一つ?」


 首を傾げるクロエにマリーは微笑しながら答えを口にする。


「私は……旦那様との生活が嫌じゃなかったんです。真面目で愚直で、貴族として振舞っているもののどこか抜けてて、でもそんなあの人といる時間は……悪く無いって思ったんです。ああ、この人が旦那様ならいいかもって」


 それが恋ではないというのは理解できたし、分かっていた。けれど、だからと言ってどうでもいい存在だと思うことができなくなっていた。既にマリーにとってミハエルという男はそれだけの価値がある人間として見てしまっていたのだ。


「旦那様が超が付く程の極悪非道な卑劣漢だったら、迷わず彼らと共に行っていたんですけどね」


 もしも、ミハエルが世間からバッシングを浴びるようなどうしようもないクズならばマリーとて何が何でもこの結婚を断っていただろう。

 しかし、現実は違った。

 彼は何も悪いことはしていない。むしろ、ずっとマリーを気遣ってくれていた。だから彼を恨むことも憎むこともできない。してはいけない。そんなものはお門違いだ。

 例え自分が傷ついたとしても、それは自分の責任である。


「……そろそろ時間です。マリー様、準備の方を」


 クロエは時計に目をやり、それにマリーは応えるかのように立ち上がった。長い花嫁衣装を着崩さないようゆっくりと開かれているドアの方へと足を運ぶ。

 そして、クロエとすれ違う時。


「……不謹慎ですが、最後に一言。主様を選んでくださったこと、本当に感謝しています」


 小さな呟きが聞こえるも、しかしマリーはそれに返事はしなかった。


 *


 結婚式場。その扉の前。

 この国の結婚式は、新郎は既に会場の中で待っており、新婦は父親と共に入場する形となっている。故にマリーは外で待っていなければならない。

 無論、マリーのよく知る人物と共に。


「父上……」


 呼ばれてようやき気づいたのだろうか。ゼルドはマリーの方を向いた。


「久しぶりだな」


 その言葉の通りであった。マリーはゼルドにこうして会うのは本当に久しぶりである。前に会った時は、騎士学校から呼び戻されて結婚の話を持ち出された時……いや強制された時、というべきか。何にしろ、あまりいいことでは無かったのは確かだ。言い合いも口論もした。けれど一向に話を聞いてもらず最終的には従う形になってしまったことで今、マリーはここにいる。

 沈黙が長々と続く。当然だ。マリーは昔から自分の父親があまり好きではなかった。貴族としての在り方を強制するそのやり方はある種何かに取り憑かれたような気がしてならなかった。この結婚話が来るまでも幾度となくゼルドとは対立したものである。そして、結局はいつもマリーが負けていた。


「先日、ミハエル君の屋敷に賊が入ったそうだな。しかし、彼はその賊について不問にしてくれ、と言ってきた……お前の仕業か?」

「どういう意味でしょうか」

「そのままの意味だ。お前が彼に頼んだのか、と聞いているんだ」

「…………、」


 沈黙するマリーだったが、既に答えは知れているようなものだった。

 その反応にゼルドは呆れることも悲しむこともせず、ただ淡々と告げる。


「ミハエル君はお前の大事な夫だ。今回は彼の顔を立てて不問にすることを許可した。彼の寛大さに感謝することだ」

「……はい」


 嫌味な言葉だったが、しかしそれはマリーも少なからず思っていたことだ。自分の屋敷に忍び込み、あまつさえ部下と戦闘をした相手に対してなんのお咎めなしにしろと頼んだのはマリーであり、ミハエルはそれを承知した。

 感謝するのは当然のことである。


「しかし同じことは何度も繰り返すことはできない……次はないと思え」

「承知しておりますわ、父上」


 無難な、けれども感情の篭っていない返答をする。


「それから一応言っておくが、今回の件で未だに私のことを恨んでいるのなら別に何も言わない。恨み続ければいいし、憎み続ければいい。お前程度に疎まれたところで私には何の影響もない。だが……彼に対して憎悪を燃やすことは許さん。今回の発端は私だ。彼には一切の責任はない」

「分かっております。ですが……何故そのようなことを?」


 ゼルドの言葉は一々が正しい。それが嫌味に聞こえるのは既になれている。

 しかし、どうしてそのようなことを今この場面で言うのか。

 感情を表に出さない父親の表情はやはりというべきか、無表情であった。


「お前達はこれから夫婦として一生過ごす。そんな二人が余計な禍根をもつ必要はない」


 その余計な禍根そのものを作り出したのは誰のせいか。いや、それを言ってしまえばそもそもにしてこの結婚自体がマリーの意思に叛いているのだ。それをしている張本人にそんなことを言われても全く説得力がない。

 けれど、ゼルドの言う通りマリーはミハエルを糾弾してはいけないと思っているし、するつもりも毛頭ない。


「最後に一つ」

「何でしょう」


 これ以上何をいう事があるのか。

 もはやうんざりと言わんばかりな心境になっていたマリーだったが。


「花嫁衣装、とてもよく似合っている」


 ふと。

 何の突拍子もなくそんなことを言われてしまった。ゼルドの方を見るも相変わらずの硬い表情。そこには一片の変化も見当たらない。

 ただのお世辞だったのか……そう思うのが普通であると理解しているマリーだが、何故だろうか。どうしてもそうは考えられなかった。

 しかしそんなことなどどうでもいい。

 気を引き締めろ。自分はこの結婚式の花嫁なのだから。

 そうしてマリーの新しい道への扉が開かれた。


 *


 彼、ヤマト・キサラギは何か違っていた。

 別に風貌が特別良いわけではない。どちらかといえば普通であり、どこにでもいそうな優男。しかし纏っている雰囲気が異様だった。言い換えればば異物、というべきか。騎士学校という場には全く似合っていなかったのだ。

 だからこそ彼に近づいたのは最初はただの興味。それが好意に変わるのはそれほど日数はいらず、恋愛へと昇華するのは何ら不思議なことではなかった。

 彼にはマリーの他に三人ほど想いを寄せる女性がいた。いや、ある意味においては魅了されていたというべきだろう。彼女達と一緒に彼の傍にいた日々は楽しく、苦く、嬉しく、辛い日々であった。何故マイナス要素が加わっているのか。当然だ。何せ、彼がとことんまで朴念仁であり、どれだけ攻めてもこちらの好意に気づかなかったのだから。だが、それがあったからこそあの平穏で夢のような生活が送れたのだろう。

 しかし、夢はいつか醒めるものである。


「……綺麗だ」


 ミハエルがマリーの花嫁衣装姿を見た第一声はそんなものだった。

 どこか照れくさそうに、けれども嘘をついている様子は全く見えない。この人はいつもそうだ。どこまでも真面目な性格にマリーは心の中でふと呟く。

 彼とは違う。

 体も態度も風格も地位も。

 何もかも、あらゆる全てが異なっている。

 それが悪いとは言わない。嫌だ、などと口が裂けても言うわけがない。この人はマリーにとって良い人なのだ。

 確かに恋をしたわけではない。無理やりな出会いだったかもしれない。それでも、この人とならば上手くやっていけるんじゃないか。この一ヶ月と数日で彼はマリーにそう思わせてくれた。

 ああ、だからそろそろ覚悟を決めましょうよ。

 そう自分に言い聞かせる間にも結婚式は流れていく。


「ミハエル・B・ブラッド。汝はマリー・R・トワネットとの婚姻を心から望みますか?」

「はい」

「恵まれている時、不幸な時、病気のとき、健康のとき、いついかなる時であっても生涯彼女の夫として、その愛と忠実を尽くすことを誓いますか?

「誓います」


 大勢の視線の中、ミハエルはしっかりと神父の問いに応える。

 参列する者達は貴族だけでなく、聞かされていたように王族の姿も見受けられた。しかし、誰がどこに座っているか、などという細かな点に気が回せる程、今のマリーには余裕は無かった。

 そしてついにその時はやってきた。


「マリー・R・トワネット。汝はミハエル・B・ブラッドとの婚姻を心から望みますか?」


 その言葉にマリーは即答することができなかった。

 こういった場合、沈黙もまた肯定と流れていくが、しかしマリーはそれではダメだと思っていた。ちゃんと自分の口で言わなければならないことなのだから。

 そしてようやくそこでマリーは自分の手が震えていることに初めて気が付いた。

 それは嫌悪から? いや違う。

 それは恐怖から? 少し違う。

 ならば……後悔から?

 答えを出せないマリー。しかしもはやここまできたのだ。きてしまったのだ。ならばやることなど決まっている。

 そうして、答えを出そうとしたその時。


 バタン、と結婚式場の扉が勢い良く開かれた。


 ああ、神様。どうしてですか。

 ようやく諦めがついたと思っていたのに。

 ようやく決心がついたと思っていたのに。

 ようやく覚悟ができたと思っていたのに。

 どうして……こんな酷い仕打ちをしてくるのですか?


 開いた扉のその先にいるのは四人の人影。

 そして、その中で唯一男である少年は結婚式場全体に伝えるかの如く、叫ぶ。


「その結婚、異議あり!!」


 こうして嵐は巻き起こる。

 男が少女が部下が親族がどんな思いを抱いていようが関係ないと言わんばかりに。

 その後に何を残すのか。それは誰にも分からないのであった。

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