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結婚式前日の夜。
王都にあるトワネット家の屋敷にてとある男達が客室に集まっていた。
「――――以上が先日起こった騒動の顛末です」
使用人らしき者の話が終わると老人――――ゲイルは面倒くさそうに小言を口にする。
「全く、結婚式間近にこんなことをしでかすとは、やってくれるのう」
「―――申し訳ない」
と赤い服に身を包んだ男、ゼルドが謝罪の言葉を述べた。
「私があの者達に対して対処しきれなかったのが原因です。私の屋敷に来た時、早急に手を打っていればこんなことには……」
「あーあー、気にすんな。お前さんのせいじゃあないさ。まさか貴族の屋敷に殴り込みをかけるなんてこと、誰にだって予想できるわけなかろうて」
そんな無謀なことを考える人間はこの世にはいない、いたとしてもごく少数。それを考慮しろ、などというのはあんまりというものだ。
まぁただ、相手がこの世界の人間ではなかったわけだが。
「しかし事はそう易々と解決して良いものではないでしょう。今回の一件で彼が我々に対して反旗を翻す可能性もある、と分かったのですから」
「まぁ、確かに。理由がどうあれ貴族に歯向かうことに躊躇いがないってのは少々厄介じゃしのう」
ゲイルは自らの長い髭を撫でながら考えを述べる。
「別に貴族に逆らうことが悪いとは言わん。貴族も所詮人間だ。間違えを起こす時だってある。いや、その方が多い、と言っても過言じゃないからのう」
「……ゲイル殿。それは問題発言ではありませんか」
「事実じゃ。現に今、この王都にどれだけ間違いを犯している貴族がいる? 横領に賄賂、領民に対してやりすぎの徴税。果ては人身売買や密輸。表に出したら埃が出る連中が山のようにいる。そういう連中に対して、お前さんも腸が煮えくり返るのは当然だと思うだろう?」
「……、」
ゼルドは何も言わない。しかし、その沈黙は肯定でもあった。
「そういう連中に対して、反発するのは別段、儂も口出しするつもりはない。だが……どうにも儂にはそのヤマトとかいう少年がそういう類の奴とは思えんでのう」
「と、いうと?」
「今回の一件……まぁほとんどの原因は儂とお前さんにあるわけで、その男から見れば儂らがやっていることが気に食わんのも頷ける……じゃが、問題なのはそこだ」
「そこ?」
「自分の周りの女の一人が無理やり結婚させられそうになっている。それだけだ。たったそれだけの理由でその少年は貴族を相手にしようとした。普通に考えれば有り得んだろう?」
友人のために行動する。それは良い。素晴らしい行為だ。賞賛すべきものであり、賛同すべきものなのだろう。
だが、それだけの理由のために命を賭けることは普通だろうか。
これがマリーの命が掛かっているのならばまだ話は分かる。だが、実際はただの結婚話。確かに本人は嫌がっている可能性もあるが、それも単なる可能性の話。聞けばヤマト・キサラギは自分の直感だけで事に進んだと報告されている。
「儂が思うに、ヤマト・キサラギは自分が周りにどういう影響を与えるのか、考えていないのだろう。その反面、自分には力があるから絶対に失敗しないと確信している。いや、正確には過信、か。まぁそもそも十代の学生にそれを自覚しろ、なんてことを言う方がそもそも無理な話なんだが」
だが、その分質が悪い。
自分がやっていることに何の疑いを持たないことは、自分を信じるということではない。ただ周りを見ていないだけ。そしてそれは必ず周りを巻き込んで良からぬ方向へと進んでしまう。
「……それで。ゲイル殿はヤマト・キサラギは危険である、と。そう言いたいわけですか?」
「まぁ、簡単に言うとそういうことだ。貴族だろうが誰だろうが気に食わないから潰す。そういう考えは嫌いじゃないが、周りが見えてなきゃそれはただの我が儘でしかないからのう」
そしてその我が儘を突き通す危険性がヤマトにはある。
今回は何とかなったが、次同じようなことがあったとして、同じ様に防ぐことができるだろうか。
「とは言え……今回、問題視すべきことは異世界人のことだけじゃあない。そうじゃろ」
ゲイルは視線を変える。
「のう、エサル陛下」
呼ばれた男は目を伏せていた。
長い銀髪は雪のような冷たさを感じさせる。そして、それが彼が何者なのかを示す要因の一つでもあった。
彩色の国『ヴィフレスト』を統べる現王にして頂点に立つ男。
エサル・p・ライザード。
それが男の正体である。
エサルは目をゆっくりと開き、ゲイルに問う。
「ゲイル。『あれ』は今、どこにいる?」
「孫の話ではセイラ王女ならば他の連中と同じ収容所の牢に入れていると。本当ならば陛下の前に連れてくるべきかと考えましたが、何分本人がそれを嫌がりましてのう。自分も皆と共にここにいる、との一点張りとのこと」
「そうか……世話をかける」
大きなため息に交じるのは安心、というよりも呆れの割合が多い。
「あれに監視役として異世界人に近づけたのは余だ。あの少年の近くに入ればいずれ彼を使って良からぬことを企む連中が現れると思ってな。だが、その結果がこれだ。王族がこのような失態を招くとは汗顔の至りだ」
苦悶するエサルにゼルドが問いを投げかける。
「そもそもです。陛下、何故異世界人を召喚したのですか? 今までは敢えて聞きませんでしたが、それほどまでに北の『ガドラー』と戦争を……」
「馬鹿を言うな。余はお主たちと同じく十五年前の戦争を知っているのだ。そう易々と再開させるものか」
そう。ここにいる全員、十五年前の戦争に何らかの形で関わっているのだ。ゼルドは増援部隊の大将として、そしてゲイルはその戦争で息子を失っている。またエサルは慰安のために戦場の兵士達に激励を送るため、その足で戦場に趣いた。
その時の光景を。地獄を。悲哀を。彼らは今も覚えている。
「では……」
「ああ。あれは余の知らぬところで行われた。王宮においても余に反発する者は少なくない。その連中が秘密裏に行ったのだ。無論、その連中は処罰したが」
「しかし、肝心の少年は残ってしまった、と」
「異世界に送り返すには少なくとも数年はかかるらしい。先程処罰した、とは言ったが全員ではない。流石にそこまでは余にもできなかった。王宮に居続ければまた良からぬ連中に目をつけられかねない」
「じゃから騎士学校に入学させたわけですか」
「騎士学校に行ったとしても危険なことは変わらない。だが、少なくとも王宮よりはマシだと考えたのだ。あそこにはセイラもいたしな……結果的にそれが裏目に出てしまったが」
セイラに監視の役を任せたことがこんなことになるとは、エサルにとっても予想外の出来事だったのだろう。
「四大貴族の屋敷に乗り込み騒動を起こしたのだ。それが例え王族だとしても犯した罪には罰が必要。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
自分の娘のことだというのに……いや、だからこそか。その厳しい一言に迷いはなかった。
しかし、ゲイルは難しい顔付きで歯切れ悪く言う。
「あー、それがですな……」
「? どうした」
「いや、どうにも孫が言うには今回の件は不問にしてくれ、とのことで」
「何……?」
眉をひそめるエサルに続いてゼルドも疑問の言葉を並べた。
「どういうことですか、ゲイル殿」
「どうもこうもない。相手はマリーさんの友人達だ。それを処罰することはうちの孫にとって後味が悪いんじゃろう。幸いなことに被害はうちしか出ていないからのう。ブラッド家が被害届けを出さなければこれは罪にはならん。なったとしても二、三日牢の中で頭を冷やすだけで充分じゃろう。儂もそれには賛同じゃ」
「そんな戯言を聞き入れろと?」
「ああそうだ」
ゼルドの問いにゲイルは即答する。
「儂はな、今回の結婚は孫のためになると思ってやったことじゃ。あれもいい歳だしな。だからお前さんの話に乗った。それだけじゃ。別に異世界人の若造がどうの、儂らの反発組織がどうのなど関係ない。今回に限って儂はあれが望むのならそれをできるだけ尊重したいと考えておる」
「……何故だ?」
不満そうな口調。その質問に笑って答えるゲイル。
「何故もなにも、孫の晴れ舞台です。なら、できるだけ良いものにしてやろうと思うのは祖父として普通のことだと思うのですが……そうは思わんか、ゼルド殿」
「……、」
「お前さんとて自分の娘の結婚式に横槍を入れるような真似はしたくないだろう?」
その言葉にゼルドは何も返さない。けれどゲイルにとってはそれで良かった。その沈黙が否定か肯定かなどというのは言うまでもない。
視線を国王に変えながら、老人は言う。
「まぁそういうわけです。今回の一件は無かったことにする、ということで問題ありませんな?」
「……主がそう言うのならばそれでいい。何も言うまい」
ありがとうございます、と頭を下げる。流石の国王も自分の娘が罪に問われることになるのは防ぎたかったのだろう。
これでこの件に関しては終了……と言えれば良かったのだが、そうもいかなかった。
「にしても、妙ですな」
「妙?」
「保守派である四大貴族の結婚式を改革派が呼び出した異世界人が止めようとした……これが単なる偶然とは思えんのです」
「確かに……では、改革派の指示でヤマト・キサラギが動いていると、ゲイル殿は考えてらっしゃる?」
「いやそこまでは言わない。だが……何か起こりそうな予感がしてのう」
何が、というのは具体的には分からない。
もしかしたら単なる思い過ごしという可能性もある。考えてみれば今回の結婚騒動に改革派が関わっているとして彼らに何のメリットがあるだろうか。
今の段階では分からない。だが、ゲイルは思う。自分がこんな違和感を感じる時は必ず何かが起こる、と。
嫌な予感がする。
そんな不安を抱きながらも老人は孫の結婚式が無事に終わることを祈るばかりだった。




