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「全く、ちょっと様子を見に来たかと思えば何してんの、オタク」


 飄々とした口調であったが、彼が纏っている空気は全くといっていい程穏やかではなかった。


「何の真似ですか」

「何の真似、ねぇ。いや、俺も人の喧嘩に口を挟むとか、んな野暮な事はしたかないんだがな。状況が状況だ。流石に見過ごすわけにはいかねぇだろ」

「……私が負ける、と?」

「いやそれは有り得ない(・・・・・)だろ? オタクがこんな連中に後れを取るわけねぇことぐらい理解してるよ」

「では、何故」

「だからさっきも言ったろ? 一人の女相手に大人数でかかる、なんて真似はあまり好きじゃないんでね。まぁ、百歩譲ってこれが女同士なら静観するつもりだったんだが……」


 アルヴィンの視線がクロエから逸れる。

 その視線の先にいたのは、突然のことで動揺しているヤマトだった。

 アルヴィンは笑っている。しかし、それは何かが面白いから、というものではない。何とも呆れたと言わんばかりの笑みだった。


「なぁ、オタク、自分が今、何してんのか自覚してんのか?」

「何って……そんなのしてるに決まって……」

「ハッ、嘘だな」


 ヤマトの言葉を遮りながら、アルヴィンは断言する。その態度にイラついたのだろうか。ヤマトはアルヴィンを睨むように見つめる。

 しかし、そんなものには全く恐怖を感じない。

 当然だ。イラついているのはこちらの方なのだから


「人の屋敷に勝手に入りこんだ挙句、女はべらせて、一人をボコろうとか正気の沙汰じゃねぇだろうが。しかも自分達は何も悪いことをしてないと言わんばかりな態度。やらかしたことに自覚している奴の態度じゃねぇだろ。正直、ここまで馬鹿な奴は初めて見た気がするぜ」

「……挑発してるつもりか?」

「あぁ? 挑発だぁ? 馬鹿らしい。んなもんをする価値がオタクにあるとでも?」


 腹立たしい言葉を並べていく。

 それはヤマトだけでなく、彼の周りにいる少女達にも気に食わないものだったのだろう。全員敵意をむき出しの状態でアルヴィンを睨みつけていた。

 けれど、やはりというべきか、そんなものは知らないと言わんばかりに話は続く。


「つーかさぁ、邪魔しないで欲しんだけど、いや本当に。今、あの二人は取り込み中なの。大事な話してるってのにオタクらが行っちまったらまたややこしいことになっちまうわけ。お分かり?」


 ミハエルはマリーの部屋に行っている。どんな話をしているのか、それを知ることはできないが、何となくは想像できる。それはミハエルにとってもマリーにとっても重要な話だ。もしかすれば二人の仲が悪化する可能性すらあるのだ。

 そんな話の最中にこの少年を割り込ませれば確実に悪い方向へと向かってしまうのは明白。

 しかも先程からの会話からしてこの少年は敵と認識した相手の言葉を一切聞かない癖がある。あのミハエルが説得をしたところで意味がないだろう。

 だから、行かせるわけにはいかない。


「話なら、俺達にもある。だら俺達は……」

「マリー嬢に会いに行くってか? ああーはいはい。分かってる分かってる。どうせ俺達が何言ったところでオタクらが止まるつもりがないんだろう?」


 そうだ。このタイプの人間に何を言っても無駄なのだ。

 自分が思ったことが正しい。正しいのなら認められる。そんな幼稚な思考に囚われている者には説得など通用しない。そもそも話すら自分の都合の良いように解釈する。マリー嬢のことについてもそうだ。確かに、この結婚は彼女が望んだことではないのだろう。だが、だからと言ってそれを不幸だと決めつけ壊そうとしているのは許されるのか?

 答えは否、だ。

 しかし、それを口で伝えたところで意味はない。何故ならそもそもにして伝わらないのだから。

 ならば、どうするのか。決まっている。


「そこでまぁ一つ提案だ。オタクと俺、サシで勝負して勝った方の言うことを聞くってのはどうだ?」


 そう言いながら、アルヴィンは革の手袋を両手に着けた。


「俺と、一対一で勝負、ですか」

「俺としては、全員まとめて相手してもいいんだが、正直な話俺は女を相手にするのは気が引けてな」

「はぁ? 何それ。格好つけてるつもり?」

「わたくし達も馬鹿にされたものですね」

「……、」

「全くです。だから貴方はいつまで経ってもゴミなのですよ」


 アルヴィンの言葉は少女達に反感を買ってしまったらしい。いや、正確には少女達プラス給仕、であるが……。

 しかし、とは言ってもクロエはアルヴィンの提案に文句を言うつもりはないらしい。


「どうする? 受けるか? それとも、周りの女が一緒に戦ってくれないと不安なのか?」

「……ああ、いいぜ。受けてやるよ、その勝負」


 どうやらアルヴィンの挑発が効いたらしい。

 ヤマトは一対一の勝負、という提案に即座に乗ってきた。


「ちょ、ヤマト!? 何考えてんのよ!! 罠だったらどうするの?」

「そうです。ここは合理的に全員で掛かった方が良いかと」

「……相手は只者ではない」


 少女達の言葉に、けれどもヤマトは反発する。


「安心してくれ。例え罠だろうがそんなもん跳ね返してやる。それに俺がこんな奴に負けるとでも?」


 それはどこから出てくる自信なのだろうか。

 そんなことを思っていると、ヤマトが鞘から剣を抜いた。

 その瞬間、気づく。それがただの剣ではない、ということを。何やら豪華な装飾がされているのもそうだが、そこから発せられる空気は尋常ではないものだとアルヴィンは理解した。

 そして。


「いくぞっ!!」


 ヤマトがアルヴィンに斬りかかった瞬間、戦闘が始まった。


 *


 アルヴィンから見てヤマト・キサラギという人間は気に入らなかった。

 それは何故か。

 別に彼の周りに美少女が集まっているから、というのが理由ではない。

 ……いや、正直に言えばその点も少しは関わってくるが、しかし女の子にモテるからという嫉妬心からではないことをまずは理解して欲しい。

 そもそも、だ。アルヴィンはヤマトの事をそれなりに調べていた。彼のことだけではない。彼の周りにいる連中の情報も掴んでいた。だからこそ、マリーがヤマトに片想いしている、ということも知っていたのだ。

 そんなわけで、ヤマトが普通ではない力を持っている、ということも当然知り得ていたのだが。


(これはちょっと予想外だわっ)


 飛んでくる斬撃に対してアルヴィンは避けることで精一杯だった。

 情報通り、確かにヤマトは尋常ではない。剣の速さはもちろん、その威力も桁違いだ。先程から空ぶった剣戟が地面に突き刺さり、その度に抉っていく。本来ならば有り得ない光景。まるで巨大な斧を軽々と振舞わす巨人を相手にしている気分だ。一発でもまともに喰らえば終わりである。


「流石は異世界人ってところか。神頼みの力は凄まじいな、おい」

「それは、馬鹿にしてんのか」

「ああ、そうだが?」


 再び挑発するアルヴィンにヤマトは剣戟をさらに疾くしながら斬りかかった。

 それに対してアルヴィンは回避を続けながら隙を見て、己の武器を投げつける。

 投擲されたのは無数の『針』。それがアルヴィンの武器であった。


「ちっ、姑息な戦い方だな!!」

「生憎、俺はこういうやり口しかできないんでね」


 軽口を叩きながら、アルヴィンの針は止まらない。ヤマトが動きを止めたり、隙を見せればすかさず鋭い一本が飛んでいく。それを捌ききる力量は流石にアルヴィンも認めざるを得ない。


「正々堂々、闘う気はないってわけか」

「おいおい、不法侵入してきた奴が言える立場かよ」

「だからそれは仕方なくだ!! こうでもしなけりゃ俺達はマリーに会うことが……助けることができない!! だから邪魔をするな!!」

「助けることができない、ね」


 アルヴィンがそんな言葉を吐いた数拍後。


「テメェ、何勘違いしてやがる?」


 怒気の篭った、けれども静かな一言がヤマトに向けられる。

 あまりの覇気に驚愕したのか、ヤマトの動きが一瞬鈍る。それは戦いの中では絶好なる機会。そして、それを見逃すほど、アルヴィンという青年は馬鹿ではない。

 体の動きが鈍った瞬間、ヤマトの体に数本の針が刺さる。


「うっ……」

「ヤマト!!」

「ヤマトさん!!」

「……、」


 ヤマトを心配する少女達。けれど当の本人は「大丈夫だ」と言いながら針を抜く。細く鋭い針は確かに刺さったものの、出血の方はあまりない。痛みはあるものの、立つことができない、というわけではない。

 そんな彼を心配するわけもなく、アルヴィンは続けた。


「ああ、確かに。一人の女のために貴族の屋敷に乗り込んできたっていう心意気は認めてやる。誰にでもできることじゃねぇ」


 けどな。


「マリー嬢がいつ、テメェに助けを求めた?」

「……、」

「テメェの言うとおり、こりゃあマリー嬢の意思を無視した結婚だろうよ。両家の上の連中が勝手に進めた話なんだろうな。けどな、それがどうした?」

「どうしたって……そんなの、ありえねぇだろ!」


 ここぞと言わんばかりにヤマトは声を張る。


「本人に無断で話進めて、勝手に決めて、そんなの間違ってる!! 結婚っていうのはそういうのじゃないだろう!! 好きな奴らがやるもんだろ!! 誰かに決められるものじゃない!! そんな当たり前のことができなくてどうするんだ!!」

「ハッ、いかにもな台詞だな」


 ヤマトの言葉にけれどもアルヴィンは苦笑する。


「正論だ。ああ、全くもって正しいさ、テメェの言っていることはな。でもなぁ、それができない連中もいんだよ」

「何だよそれ……そんなのただ逃げてるだけじゃ……」

「だから、勘違いすんなっつってるだろ? ガキ」


 再びドスの効いた声音でアルヴィンが言う。


「テメェのものさしで勝手に人の人生決めんなよ。テメェみたく、無鉄砲に生きられない人間もいんだよ。だがな、それが悪いと俺は思わなぇ。そいつは自分がいる立場に対して責任と義務を感じてる。そのせいで今も他人を不幸にしたと悩みながら、それでも前に進もうとする。それが貴族ってもんだ」


 人には立場に応じた責任と覚悟がある。それはより高い場所へ行けば行くほど多くのしがらみを持ってきてしまう。

 けれどそれに負けず、下の者たちを導く。それができるのが本物の貴族。そして、ここにいるミハエル・B・ブラッドこそ本物の貴族だとアルヴィンは信じている。


「そもそもだ。テメェはマリー嬢の何なんだ?」

「……俺はマリーの仲間で、友達だ……」

「仲間、友達、ねぇ……。なるほど。仲間思いで友情を忘れない。そういうのは嫌いじゃあないし、間違ってもないと思う……それが本当なら、の話だが」


 その言葉に妙なひっかかりの覚えたのだろう。ヤマトは眉間にしわを寄せながらアルヴィンに再度問いを投げかける。


「それは、どういう……」

「何、まだ分からないわけ? テメェがマリー嬢を連れ去りたいのは友情でも何でもねぇ。ただ自分の周りにいる女が他の誰かに取られるのが気に食わねえってだけの話だって言ってんだよ」


 瞬間、戦慄が走る。

 何かが爆発したかのようにヤマトがアルヴィンに斬りかかる。そこにあるのは、確かな殺気。あまりの事にティナ達も驚いている様子だった。

 けれど、殺気の篭った剣で斬りつけらそうになった当の本人は不敵な笑みを浮かべていた。


「何だよ、図星言われて怒ったのか? だがな、それが何よりの証拠だ。テメェは誰か特定の女が好きってわけじゃない。だが、自分の周りに女がいる状況は好き。だから、その一人が別の男に取られるのが我慢ならないんだろう」

「うるさいっ、黙れ!! 俺とあいつらの関係をそんな風に言うな!!」

「事実だろうが。結局、テメェの人間の器はその程度だってことだよ。あれだろ? どうせ、今みたいな関係がずっと続けばいいとか、そんなこと考えてたんだろう? いいよなぁ。女にチヤホヤされるっていうのは。ずっと続けばいいとか思っちまうよなぁ」

「黙れ黙れ黙れ!!」


 激高の剣戟はしかし相手を捉えきれていない。どんなに強い一撃でも、速い一撃でも、無闇矢鱈なものなど危険でも何でもない。

 そして同時に隙も多く生じる。


「でもな……そんな奴に人の恋路を邪魔する資格はねぇんだよ!!」


 隙に付け込んで放たれたのは無数の針……ではなくアルヴィンの拳だった。

 鈍い衝撃と確かな手応え。それを感じた後、ヤマトは一メートル程吹っ飛ぶ。彼を心配する少女達の声が聞こえるがそんなものは関係ない。

 倒れふせる彼に馬乗りの状態となったアルヴィンは再びを拳を握る。

 ああ、そうだ。こんな奴にあの人達の邪魔はさせない。

 この数日のミハエルとマリーは見ていていたたまれなかった。それというのも、この少年がいたせいだ。無論、マリーがヤマトに恋をしてしまったのは仕方がない。文句など言えるはずがない。

 けれど、けれどだ、マリー嬢。敢えて聞きたい。

 何故、あんたはこんな男を好きになったんだ?

 それだけアルヴィンにとってヤマトという少年は呆れた人間なのだ。

 そして同時に思う。

 悩み苦しむ二人のことなど知らず、自分の正義感だけで物を言う目の前の少年がどうしようもなく殴りたくて仕方がない。

 だから、彼は言うのだ。


「恋をしたこともねぇガキが、あれこれ口出ししてんじゃねぇよ!!」


 怒りの篭ったそれは再びヤマトの顔面めがけて放たれようとした。

 瞬間。


「何をしている!!」


 唐突な男の介入と共に彼らの戦いはあっけなく幕を下ろすのだった。


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