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幕間2

 ヤマト・キサラギは異世界人である。

 本名如月大和。彼は元の世界では至って平凡な高校生であった。けれどそんなある日、謎の光に包まれ、この異世界へとやってきたのだ。

 そして彼を呼んだ人間達からは他国から自分達を守ってくれと懇願される。しかし、彼は今まで戦闘経験が皆無であり、戦争などに加われば確実に死んでしまうのは明らかだった。

 しかし幸か不幸か戦争は回避され、彼が戦場へ向かうことな無くなった。

 役割を失った彼は元の世界に戻るのかと思いきや、実はここで問題が発生する。

 何と元の世界へ戻るには少なくとも数年はかかる、というのだ。何でも彼をここへ召喚するために使った『魔装』という武具の力がほとんどないのだという。その力が再び溜まるのには年単位の時間が必要だという。

 真に申し訳ないが……という王宮の人間達からの言葉にしかして彼は。


「ああ、大丈夫だですよ。数年くらい待てますから。あっ、でもこっちで暮らさないといけないから、なんとかそこら辺は何とかしてもらえませんかね」


 何とも平然とした態度だった。

 いや、そもそもにして彼には危機感というものが無かっただろう。彼にとってみればここは異世界。右も左も分からないというのに、どうしてそんなに呑気でいられるのか。

 それは、彼が持っていた力……神の恩恵が関係していた。

 彼はこちからの世界に来る時、神と名乗る少女から力を与えられたのだ。それは振るえば大軍をも相手取ることができる代物であり、彼自身それを自覚していた。

 自分には力がある。だから身の心配をする必要がない、と。

 実際のところ、力を持った彼に敵う人間はいなかった。王宮にも、騎士学校にも。だからこそ、だろう。彼は異世界人でありながら、騎士学校へと通うことができたのだ。そもそも、彼が騎士学校へと入学したのはその力を扱えるからと考えたから。

 そんな彼の周りには多くの美少女が集まった。


 ティナ・グルフィンロッド。

 セイラ・ガラハッド。

 リーゼ・ランスロー。

 そして、マリー・R・トワネット。


 その出会いは様々。王宮で彼の世話を申し付けられた者や彼の存在が気に食わなくてつっかかってきた者、彼の力に興味があった者など様々。

 しかし、出会い方は違えど、少女達はヤマトに惹かれていく。

 彼が呼ばれてから半年というもの、王都では事件が勃発していた。連続殺傷事件、怪盗の出現、そして貴族の派閥争いによる戦闘等など……その事件にヤマトは全て関わっているといっていい。そして、事件によっては少女達の危機に駆けつけるその姿は彼女達にとって心を惹かれる瞬間だったのだろう。

 そして彼らはまるで物語の主人公のように事件に介入し、解決してきた。そんな彼らにはある種の強い集団と化していた。

 ヤマトの傍にいる少女達は彼の事を好いている。しかし、それをヤマト自身に気づかせないように……というか、彼自身がとんでもないほど唐変木なために気づいていないのだ。けれど、それが微妙なバランスを保つ要因となっている。

 彼女達はヤマトを中心として動く。彼がやろうとしていることを手助けし、足りなければ共に力を合わせ補い合っている。さらに言えば、ヤマト・キサラギという少年は根っからの悪、というわけではないため、目の前にいる人間が困っていれば助けるのだ。それに文句をいいつつも、彼女達はそれに従っている。

 人助けは良いことだ。何の問題もない。だが、彼らは自分の周りのことしか考えていないわけであり、相手の事など配慮していない。当然だ。戦争をする上で敵側の事を考える兵士などいるわけがない。

 自分やその仲間に敵対し、そして迷惑をかけている連中は全員敵。だから倒す。それはとても当たり前で、けれどもあまりにも短絡的な思考。

 考えてもみて欲しい。戦争をしている者の中で絶対的な悪などという存在はどれだけいるのだろうか。皆、国を民を家族を友人をそして大切な者を守るために戦っている。それは戦場にいけば誰もが分かる世界の理であり、悲劇だ。一方的な悪などこの世にそうはいない。

 だが、彼らにとってはそんなことお構いなしだ。悪いのは相手。だからそいつを倒せば何もかもが丸く収まる。そんな偽善丸出しの正義感ほど危険で厄介な代物はない。

 そんな考えしか持てない人間が自分の仲間のことを理解できるだろうか。否、できるわけがない。

 もしも、彼らが相手の事を少しでも理解しようとする心を持っていたのなら。

 こんなことにはならなかったのかもしれない。


 *


 時刻は既に夜を回っていたが、今夜は新月。空にはいつものような月が光を照らしていない。

 そんな闇夜が徘徊する中、ヤマトとその仲間達がブラッド家の屋敷、正確にはその庭にやってきていた。

 やってきていた、とは言っても正門から案内された、というわけではない。裏口から忍び込んだのだ。では裏口の見張りは何をしていたのか、と聞かれればそれは簡単。実はその見張りはヤマト達の協力者だったのだ。

 おかげで彼らはここまで誰にも見つかることもなくやってこれた。


「どうやら上手く入れたようだな」

「みたいね」


 ヤマトの言葉に同意を示すティナ。他の二人は周りを警戒しつつ、誰も近くにはいないことを確認するとふぅ、と息を吐いた。


「それにしても、まさかマリーが結婚させられそうになっているとはな……」

「本当よ。あの猫かぶり女が結婚だなんて、今でも冗談かと思うわよ。けど……」

「ああ。冗談じゃない。そうだろ、セイラ」


 ヤマトの言葉にセイラは首肯する。


「先日、わたくしの方に結婚式の招待状が届きました。王族であるわたくしにまで届いた、となれば嘘である可能性は恐らくないでしょう」


 突然だが、セイラは王族である。しかもただの王族ではなく、現国王の娘であり、正確に言うのならば第三王女なのだ。

 彼女の母親は普通の庶民であったが、王に気に入られ側室に迎えられた。そしてセイラが生まれたのだ。下賎な者の血が流れている、と言われ王族や貴族からも疎まれてはいるものの、彼女は立派な王女。今は訳あって身分を偽り、騎士学校へと通っている。とは言っても、ここにいる者達には全員知られているわけだが。

 そんな彼女のところにやってきた一枚の招待状。それが彼らがここへやってくるきっかけを作ったのだった。


「ここにいる領主が……くそっ」


 地面を殴りつける彼に今まで黙っていたリーゼが注意する。


「静かに。ワタシ達は今、不法侵入中。見つかればそれでおしまい」

「わかってる。分かってるけど……俺は許せないんだ。地位や権力を使って無理やり結婚しようとしているなんて……」


 ヤマトにとってミハエル・B・ブラッドという男はそういう認識だった。

 四大貴族の長。その力を使ってマリーを無理やり自分のものにしようと画策している。それが今の彼の思考だった。


「そう考えるのは早計。まだそうと決まったわけじゃない」

「でも、だったらどうしてマリーは俺達の前から何も言わずに消えたんだ? 俺だってあいつが心の底から望んでるんだったら、別に何も文句はいわないさ。けど、相手は三十を過ぎたおっさんだぞ? そんな奴と結婚だなんて、あいつが望んでるとは到底思えない」


 その意見にはリーゼも同意だった。

 マリーがヤマトのことを好きであることは、ここにいる誰もが理解していた。当然である。全員ヤマトを狙っていることは承知していたのだから。中でもマリーはヤマトに猛烈にアタックしていたのだ。それはもう、傍から見ても一目瞭然と言わんばかりに。それでも気づかないヤマトの神経はやはりどこかおかしいのだ、と改めて実感したわけなのだが。

 そんな彼女が突然いなくなり、あまつさえ結婚をする、などと状況に至った。これで不思議がらない人間はいないだろう。

 だからこそ、彼らは真っ先にマリーの実家であるトワネット家を訪ねたのだが、一向に取り次いでもらず門前払いをくらっていたわけだ。


「まぁ結論を急ぐことはありません。真相を掴むために、我々は今日ここへ来たのですから」


 微笑みながらヤマトを宥めるセイラ。そんな彼女にティナは疑問を投げかけた。


「にしてもアンタ、よくあいつがここにいるって分かったわわね」

「ええまぁ。ちょっとした情報屋に頼みまして。時間はかかりましたが、マリーさんがここにいるのは確かなはずです」

「ふーん。アンタがそう言うんなら信じるわよ。けど……これって大丈夫なの?」


 ティナの今更ながらの質問にリーゼははぁ、とため息を吐きながら言う。


「大丈夫なわけがない。ここは四大貴族の屋敷。見つかればタダでは済まないのは必至。それに警備は厳重のはず。ここまで来れたのは本当に運が良かっただけ」

「けれど、正規の手続きで入らせてくれる、とは到底考えづらいのも確かなはずです。それは、マリーさんの実家で散々身にしみたはずですよ?」

「何にしろ、ここから先は相当な賭け。マリーに会える確率は良くて一割……もしくはその半分。可能性は低い。引き返すのなら今」


 それはリーゼなりの最後通告。

 正直な話、彼女は不法侵入というやり方にはあまり乗り気ではなかった。貴族の、それも四大貴族の屋敷に乗り込む、なんて無謀な真似、誰が好き好むだろうか。それでも彼女が来たのは先程セイラが言ったように正攻法では到底マリーには会えないと判断したから。

 けれど、それには相当の覚悟が必要。

 だから彼女は引き返すなら今のうち、などと言ったのだが。


「ここまで来て帰れるかよ。何が何でもマリーと会って話す。そんでもって連れ帰る。色々と面倒なことは後回しだ。今はあいつを助けることだけを考えよう」

「……そう」


 ヤマトの言葉にリーゼは淡々と返した。

 マリーと会って話す。そこまではいい。それは真実を知ろうとしている自分も同じなのだから。けれど、彼女を助ける、というのはやはり早計だとリーゼは思う。まるで彼女が助けて欲しいと勝手に決め付けている……そんな風に聞こえるのは気のせいだろうか。

 けれどそんな彼女の疑問をかき乱すかのようにティナが言う。


「大丈夫よ、きっと何とかなる。今までだってそうやってアタシ達はやってきたんじゃない」

「安心してください。万が一の時はわたくしが王女であることを明かして何とかしてみせます」

「二人共……」

「……、」


 ティナとセイラの言葉はヤマトを後押しするかのようなものだった。けれど、その内容があまりにも楽観しすぎているのではないだろうか。何とかなる。四大貴族の屋敷に侵入しているのに? 王女であることを明かして何とかする。そんなもので相手が引き下がると?

 自分達が今しようとしていることは、紛れもない不法侵入という犯罪だ。さらに言えばマリーを連れ去るとなれば誘拐の罪を含まれるはず。貴族相手にそんな大胆なことをして何とかなるというのはあまりにも現実を見ていなさすぎる。

 やることに反対する、などという気持ちは毛頭ない。もしヤマトの言うとおりならばマリーを救い出さなくてならないと思う気持ちはリーゼにもある。けれど、そこにはある程度の覚悟が必要だ。今の彼女達にはそれがないように思える。

 そして、それは目の前にいる少年にも言えることだ。

 けれど、それでもリーゼは何も言わない。自分が言ったところで無駄なのは分かりきっているのだから。だから自分がついていく。万が一の時に備えて。


「よし、それじゃあ行くぞ」


 ヤマトの一言と共に歩みだそうとする一行。

 その時である。


 ざっと誰かが庭の草を踏んだ音がしたと同時にその女性はやってきた。


 そこにいたのは一人の給仕。長い黒髪を夜風になびかせながら彼女はそこに立っていた。給仕という姿にも拘らず、その立ち姿はどこか凛々しさを感じさせる。

 やってきた人物が衛兵で無かったことに少々の安堵を抱くのも束の間、騎士学校の生徒である彼らには目の前にいる女性からとんでもない程の殺気が放たれていることが分かった。

 何だ、この人は……!?

 驚く彼らは同時にこの給仕が只者でないことを理解する。


「唐突ですが、問います―――――あなた方は何者ですか?」


 給仕――――クロエの問いは今までにない程、冷徹なものだった。

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