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 屋敷内にある給仕部屋。

 ミハエルとマリーの二人が踊りの練習をしている一方で、一人の給仕は青年に問いかけていた。


「何を隠しているのですか?」


 脈絡のないその言葉に窓際にいたアルヴィンは不敵に笑う。


「おいおい。いきなり何だ。突拍子もないにも程があるぞ」

「あなたのことです。回りくどい言い回しをすればその分回りくどい言い回しで返すだけでしょう。ならば直球で物を言うのが当然だと思いますが?」


 クロエはアルヴィンという青年とそれなりの年月を過ごしてきた。

 同じ主を持ち、仕え、そして時には背中を預けながら共に戦った仲である。性格そのものは認められないが実力と主に対する忠誠心はクロエも理解しているつもりだ。そんな彼が主に対し、何かを隠していることを彼女は薄々感づいていた。それも今回のマリーとの結婚に関してのことだと睨んでいる。

 騙している……というわけではない。それは分かる。ただ黙っているだけなのだ。聞かれないから答えない。それは嘘をついたことにはならない。

 しかし主を欺いているということに変わりはなかった。


「あなたが主様に隠し事をする時はいつもあの方のことを考えての行動だということは承知しています。そして今回もそうなのでしょう。しかしならば余計に私は腹が立ちます。それは、私にも話せないことなのでしょうか」

「本人にも言っていないことを他人にペラペラ喋れと?」

「そういうわけではありません。ただ、こちらも事情を知っていなければ対応ができない、と言っているだけです」


 アルヴィンが中々喋らないのはそれが主であるミハエルの耳に入らないように努力しているのはクロエにも分かる。だが、その内容が何なのか、知らないことにはうっかりクロエがミハエルに伝えてしまう可能性だってゼロではない。

 いや、そもそもにして、だ。


「あなたが……正確にはあなたとゲイル様が何やら隠していることは主様も薄々感づいています。このまま何もしなくてもいずれバレるのは時間の問題でしょう」

「そうかい。なら、その時間が来るまで待てばいい」

「そうやって話を誤魔化そうとする癖は直してください。本当に虫唾が走ります」


 睨むクロエに対し、アルヴィンは飄々とした態度を崩さない。それが余計に彼女の機嫌を悪くさせる。

 いつもそうだ。この男はいつもクロエが言うことに対し、おちょくりを入れたり反論したりするくせに、肝心な話になればのらりくらりと躱そうとする。その反応が、その態度が、どうしようもなくクロエの心に怒りを灯す。

 分かっている。それが主のためなのだと思ってやっていることも。

 理解している。それがクロエを巻き込まないようにしている配慮だということも。

 しかし、けれど、それだからこそ。

 クロエは許せない。何を勝手に自分一人で抱えて込んでいるのだ、と。

 などとクロエが考えているとアルヴィンはふと呟いた。


「なぁ……クロエ。オタクから見て、あの二人。どう思う?」

「どう、とは?」

「うまくいっているかどうかってことだよ」


 ああ、なるほど、と言いながら数秒考えこみながらも答える。


「……うまくいっている方、ではないかと」

「何だよ、それ。随分と曖昧な答えだな」

「当然です。男女の関係においてはっきりとした答えなど存在しません。他人から見て完璧な仲だと思われていても実際のところは互いに冷めている男女もいれば、どう考えても不仲な二人が実のところこれ以上ないくらい深い絆で繋がっているということもありえます。要は人は状況や環境によって違う、ということです」

「確かにな……だが、良い方だとオタクは思ってるわけだ」

「最初期の頃に比べれば、ですが」


 出会った頃の二人は本当にお手上げ状態だった。不仲、というわけではない。マリーについては分からないが、ミハエルは彼女に対し好意を持っていた。にも拘らず会話が続かない程の状況であったのは、ある意味不仲であること以上に問題だっただろう。

 しかし今はどうだろうか。食事の時は他愛ない会話が増え、剣の稽古を毎日のように続け、そして最近では互いにダンスの練習さえもするようになった。今もきっとダンスホールの方で二人っきりで踊っているに違いないとクロエは確信している。

 まるで恋人のようだ……とはとても言えないが、少なくとも仲の良い状態にはなりつつある。それがいつ夫婦の仲になるのかは不明だ。もしかすればこれ以上の進展はないのかもしれない。しかしそれでもクロエは思う。あの主ならばきっとマリーを幸せにする努力を続けるだろう、と。

 そして。


「我々の仕事は主様の補佐であり、奉仕です。主様がマリー様との関係をより良いものにしようとなさるのならばそれを助けるのが我らの使命です。違いますか?」

「……そうだな。その通りだ」


 クロエは不意に言われたその言葉に対し、珍しい、と心の中で呟いた。

 クロエの言葉にアルヴィンがあっさりと肯定するのはそれこそ年に一度あるかないかというもの。それほどまでに彼と彼女の仲は犬猿なのだ。

 そして、だからこそ分かる。

 肯定だけで、アルヴィンの言葉が終わることがないということが。


「だからさ、俺は隠すんだよ。あの人がマリー嬢との幸せを願っているのならそれを手助けしてやる……そして、それに邪魔なことは一切教えない。それの何が悪いんだ?」

「……、」

「あの人は今まで自分に厳しくしすぎてきた。そんなあの人が、女が好きになったと馬鹿みたいに慌てて、そんでもって俺らに相談までしてくる始末だ。正直な話、今でも信じられねぇよ。あの真面目で愚直な男が、一人の女にあたふたするなんざ、考えてもみなかったからな」


 それはクロエも同感だった。

 真面目で気品に溢れ、そして尚且つ貴族としての誇りを忘れず、己を貫こうとする。それがミハエル・B・ブラッドという男。そんな彼が一目惚れをしてしまうなど、誰が予想できただろうか。しかし、その予想が外れたことは別段悪いことではない。むしろ、彼は恋というものを知ることができたのだ。ならば喜ぶべきなのだ。

 だからこそ、とアルヴィンは続ける。


「あの人が幸せを望むならそれを叶えてやろうじゃねぇか。あの人はそれだけのことをしてきたんだ。俺もオタクも、そのおかげで今ここにいるんだからな」


 アルヴィンはどこか懐かしそうに、けれども悲しそうな顔付きでクロエの方を向く。

 そう。アルヴィンとクロエは性格が不一致であり、仲も悪い。しかしそれでも共に働けるのは二人共がミハエルに助けてもたった過去がある、ということである。

 彼と彼女がどのような経緯で助けてもらったのか、そしてここにいるのかはまた別の話。

 けれどアルヴィンの言葉から分かることがただ一つある。


「……あなたが隠していることは主様にとって知ってしまうだけ傷つくことなのですか」

「まぁな……ああ、先に言っておくが内容はそう大したことじゃあない。国が転覆するとか、世界が破滅するとか、ましてやブラッド家が存続できなくなるとか、そんなことじゃあねぇよ。っつか、別に俺は知られてもいいとは思ってるしな。あの人に隠し事がいつまでも通用するとは思えないし。ただ……」

「ただ?」

「……知らなくていいことはできることなら最後まで知らずに済めばいい、とも思ってるよ。あの人は真面目だからな。知れば一生悩み、苦しみ続ける」


 アルヴィンの言葉から考えて秘密にしている内容は本当に些細なことなのだろう。

 しかし、他人にとって些細なことでも本人からしてみればとても重要であることなどざらである。そして、それが今回のケースというわけだ。


「……分かりました。今日のところはこれ以上何も聞きません。というか、何を言ったところで無駄でしょうから」

「そうそう。この話はこれでおしまいおしまい。んで、聞いたんだけどよ、明日マリー嬢と例のイケメンが二人っきりでダンスの練習するとか言ってたけど大丈夫かよ」

「何の心配をしているのですか、このクズは。安心してください。万が一にもそんなことは起こりえません。もしも億が一に間違いが起こった場合はその時は私が対処いたします」


 とやはりどこからともなく現れた槍を持ちながら冷笑を浮かべるクロエ。その姿に怖気が走ったアルヴィンは「おっかねぇ」と言いつつも窓の外を眺める。

 そこには雲一つない夜空が広がっていたのだった。

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