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 四大貴族は王都に貴族の中でも一等大きな屋敷を持っている。東西南北、それぞれの領地がある方角の端に建てられているのが特徴である。これは敵が王都に攻め込んできたとしても四大貴族が守る、という意味合いを持っている。

 ブラッド家の屋敷は北側。

 そこでは現在、とある会議が開かれていた。


「緊急事態です」


 言い出したのは無表情のままそんな言葉を呟いたクロエ。全く感情が表に出ていないがために緊急と言われても彼女を全く知らない他人には読み取ることさえ難しい。

 しかし幸いなことに会議が行われているミハエルの執務室にいるのはクロエの他にミハエル、マリー、アルヴィンの四人だけである。


「結婚の日取りが決まり、各部各所に結婚式の招待状を送りました。当日は四大貴族はもちろんのこと、王族の方々まで来られるとのことです。四大貴族、そしてそれに仕える者として来賓の方々に粗相があってはなりません。結婚式場の準備、食事、催し、その他様々な課題が山のようにあります」


 四大貴族の力というのは国中に知れ渡っており、知名度は王族並みに高い。それ故にのしかかってくる期待と責任も大きいのだ。

 結婚式とは言え、ただ祝われるだけではダメだ。そこに尊敬されるべき気品と偉大さを見せつけなければならない。


「幸いなことに今回はブラッド家とトワネット家、四大貴族同士のご結婚です。予算が足りない、などということは万が一にもありえません」

「そーだよなぁ。むしろ無駄に金を使うのが目に見えてる」

「安心してくださいゴミクズ。私が結婚式の準備の指揮を執り行うことになりました。無駄な金を使わせるような真似はさせません。しかしだからと言ってあまりにも質素にする、などということも考えてしません。お二人に合った最高の結婚式にしてみせると誓いましょう」

「おうおう、滅茶苦茶やる気マンマンじゃねぇか。俺はてっきり旦那が結婚するから落ち込んでいるのかと……」

「シネ」


 瞬間、どこからともなく現れた数本の槍がアルヴィンを壁串刺しにした。

 ……正しく言うならば、うまい具合に外れて串刺しになっているように見える、だが。


「さて邪魔者が消えたところで……」

「おいこらさらっと流してんじゃねぇよ!! 殺すつもりか!!」

「話を続けましょう」

「聞けよ!!」


 などというアルヴィンの言葉に全く耳を貸さないクロエ。長年の付き合いであるミハエルは愚か、マリーですら苦笑いでクロエの話を聞いていた。


「先程からも申し上げているように準備や予算、手配などは我々が執り行います。結婚式まであと八日ということで色々と急務はありますが、しかしそれは問題ありません。何とでもなります」


 八日で何とかする、と言い切ったクロエはある意味頼もしかった。しかし、そんな彼女が視線を向けるとミハエルは生唾を飲んだ顔付きになる。


「問題なのは……主様です」

「な、何だ?」

「主様、確認ですが今まで夜会やパーティーなどでダンスを踊った経験はございますか?」


 その問いにミハエルはギクッと肩を震わせる。

 そして、明後日の方向をみながら。


「……そこそこ」

「全くないのですね」


 図星だった。

 今までミハエルはその体格と風貌からか、パーティーに行っても誰とも踊ったことがなかった。女性を誘うのが難しかった、というのもあるがそれは女性に避けられていたためである。考えてみれば、身長が百八十を超える巨漢に近づく貴族の女性などそうはいないだろう。

 しかし、それだけが原因ではない。

 はぁ、とため息を吐きながらクロエはいう。


「主様。散々色々な方に言われてきたはずですよ。ダンスは貴族の嗜みである、と。にも拘らず、剣術ばかりに没頭しているからこのようなことになってしまうのです」

「別に私はダンスが踊れないというわけではない。ただ苦手というだけ……」

「あれを世間一般では『下手』っていうんずよ、旦那」


 串刺し状態な人間に言われても説得力はない。が、真実であることには変わりなかった。そして一応ではあるが、その自覚もある。

 今までは夜会やパーティーなどでも誘ったり誘われたりしなかったために何の問題もなかった。そもそも、自分と踊りたい人間などそうそういるわけがない、と思っていたほどだ。

 だが、今回からはそうはいかない。


「結婚式後のパーティーでは来賓の方々はもちろん、主催のお二人にも踊っていただかなければなりません」

「まぁ、主役なわけだし当然だよな」

「その主役である主様が踊れない、下手であったとなれば四大貴族の一当主としての恥となります」

「それは……分かっている」


 その言葉は幼き頃から両親や祖父、ひいては使用人たちに散々言われ続けた言葉であった。

 四大貴族の人間がダンスも踊れないとは情けない。そう言われ続けて練習をしてはみたものの、剣術とは勝手が違い、中々上手くはならない。

 何とか踊れているのでは……程度には仕上がったが当然人前で躍れる代物ではなかった。


「では、結婚式までの期間、仕事の合間にダンスの練習……いえ、特訓をする、ということでよろしいですね?」

「ああ。それで構わない」

「分かりました。ではマリー様。申し訳ないのですが、主様のお相手をお願いします」

「わ、私が、ですか……?」

「何を素っ頓狂な声を出しているのですか。当然です。結婚式で主様と踊ってもらうのはマリー様なのですから。まぁ体格差があって多少は踊りづらいとは思われますが、そこを何とかしてもらうためにも今から主様と合わせてもらいます」


 結婚式まであと八日。期間は短いが、しかしこの数日で何とかしなければならないのだ。

 ミハエルは申し訳なさそうにマリーを見る。貴族の令嬢ともなればダンスの一つや二つ、余裕である彼女の足をひっぱている気がしてならなかった。

 しかし、何故だろうか。マリーの様子がどうにもおかしい。

 具体的に言うなら、奇妙な汗を大量にかいており、体がぶるぶると震えている。

 そんな状態で彼女は手を上げながら発言する。


「あ、あの~……ダンスは踊らない、ということにはなりませんでしょうか……」

「……………………はい?」


 首を傾げながらの一言。しかしそのたった一言からどうしようもない恐怖を感じられたのは何故だろうか。

 先程まで苦笑いをしていたマリーがひぃっ!!と涙目になったことでそれが気のせいではないことが証明された。

 クロエは怪訝そうな顔で問いかける。


「……マリー様。まさか……まさかとは思いますが。いえ、四大貴族のご令嬢に対し、このような質問をするのは無礼千万であり、許されることではないのかもしれません。ですが、敢えて問います……夜会やパーティーなどでダンスの経験はございますか?」

「……そこそこ?」

「皆無なのですね」


 うっ、と唸るマリーの態度は正解だと言っているようなものだった。

 クロエはあまりの衝撃だったのか、頭を抑えながらよろめいた。


「おいおい大丈夫かよ」

「……ええ。あっ、いえ。大丈夫……やっぱり、ちょっとダメですね。あまりの事実に困惑してます……まさか四大貴族のご令嬢がダンスを踊れないとは……いえ、それ以前に何故そのようなことが起こり得るのですか。レッスンを一度も受けたことがないとでも?」

「そういうわけではありませんわ。ただ」

「ただ?」

「……どうにも上達しないために舞踏の講師が何人も匙を投げてしまって、それっきりに……騎士学校に入ってからは夜会にもパーティーにも出席していませんし」

「……、」


 絶句しているクロエの表情はかなり珍しいものである。


「べ、別に全く踊れないというわけではありませんのよ! ただちょっと、ぎこちないというか何というか……」

「ああ、大丈夫っすよマリー嬢。多分それ、旦那とほぼ同じレベルってことっすから」

「……それは大丈夫とは言わないんじゃないだろうか」


 事実、大丈夫ではない。

 主賓の二人がどちらも踊れないなど笑い話にもならない。いや、冗談抜きでこれは緊急事態である。

 たかがダンスと思われるかもしれないが、そのたかが、ということで足元を掬われるのが貴族社会というものだ。どんな小さなものでも隙があればそこを追及する。そういうものだ。


「どうすんだよ、これ」

「どうもこうもありません。こうなれば私がお二人の講師になる他ありません」

「つってもお前。他の仕事で手一杯だろ。旦那達のダンスなんて見てる暇ねぇんじゃねぇの?」

「それでもやるしかないでしょう……今から外の講師を招いたとしても間に合うかどうか……それにこれは私の想像ですが、話を聞くところによるとお二人の踊りはかなりのものです。もちろん悪い意味で、ですが」

「そこまで直に言われると……」

「結構傷つきますわね……」


 ぶつくさと言う二人を他所にクロエは続ける。


「お二人にダンスを教えるとなるとそこらにいる講師ではダメでしょう。体力と気力、そして精神的忍耐力が必要とされるはずです」

「いや見てもいないのによくそこまで言えるなお前」


 しかし何故だろうか。彼女の言っていることはあながち間違いではないとアルヴィンの心根が叫んでいる。


「とは言えそんな方は早々にいません。ですから私がやると言っているのです。かなりきつい予定になりますが……」

「待てよ」


 そこでアルヴィンが口を挟む。


「ただでさえ忙しんだ。そんな中で教えようとしても何も教えられないだろうが。んなことしても下手な踊りが余計まずい方向になっちまいだけだ」

「なら、どうするというのですか」

「簡単な話だ。別の奴に講師をやってもらう。何、心配するなよ。当てはある。まぁ……ちょいと不安はあるがな」

「それで心配するなと言われても全く説得力がないのですが……」


 言うも流石にクロエもこれ以上予定を変更するのは芳しくないと判断し、アルヴィンの提案を採用する形となった。

 クロエは不安がっていたが、しかしアルヴィンのことだ。何か考えてのことなのだろう、とミハエルは自らの部下を信頼していた。


 そして次の日。


「ハハハッ! 約二週間振りですねぇ、ミハエル殿。そしてご機嫌麗しゅうマリー殿!!」


 やってきたのは二人がよく知る人物であった。

 ……本当に大丈夫なんだろうか。


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