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幕間1

作者が一番好きなキャラはフリードです。だからこそ、今回の話はちょっと心苦しかった。

 フリード・ディケンスは謹慎していた。

 例の一件……ミハエル・B・ブラッドとの決闘が彼の両親が知るところとなりその雷が落ちたのだ。とは言え彼からしてみれば決闘を申し込んだ時点で既に覚悟は決めていたので家を出て行く準備をしていたのだが、何故か「家に篭って反省しろ」ということになり、現在に至っている。

 有り得ない処罰に首を傾げたが、しかし後ですんなりといく答えを導き出した。

 恐らくはミハエルが手を回してくれたのだろう。自分が今回の一件で家を追い出されないようにするために。何をしたかは知らないが、四大貴族ならばそれくらいのことは可能だろう。

 しかしてその配慮にフリードは苦笑するほか無かった。


「全く……女性を取られた上で気遣いまでされるとは……」


 情けない、とつくづく思う。しかし一方で敵わないと感じている自分もいた。

 流石は四大貴族。流石は『ブラウ』の領主。流石は剣術の達人。

 などということは一切関係ない。

 確かにそれらは大切なものだ。地位に力、そして剣士としての実力は貴族の長の一人として申し分のないものであり、尊敬すべき事柄だ。だが、ミハエル・B・ブラッドを評価するべき点はそこではない。どこまでも真っ直ぐ、というよりは愚直なあの姿勢。挑んできた者を対等に扱い、その上で全力を出す。馬鹿だ阿呆だと言うのは簡単だ。けれどもその真面目さにこそフリードは惹かれるものがあったのだと確信している。

 地位が高いから? 力が強いから? そんなものは余計であり、二の次だ。

 誠意と覚悟。真摯にフリード・ディケンスを受け止めたあの男だからこそ、彼女を任せることができると信じている。

 だが、今はそれよりも、だ。


「ふむ……しかしこのまま借りを作りっぱなしというのは些かどうなのだろうか」


 問題はそこにあった。

 フリードは確かにマリーのことを諦めた。しかしだからと言って昔好きだった少女と結婚する相手に借りを作りっぱなしのまま放置する、というのは貴族としても男としてもどうなのだろうか。先程情けない、と思ったが、このまま何もしなければ情けないどころの話ではない。


「だが、どうする? 今更お礼に行ったとしてそれはそれで恥ずかしい、というかみっともないのは確かだ。何か贈り物でも……いやだとしても直に会って礼を言うのが筋というものだ。とはいえ、私が会いに行けば二人の仲が気まずくなったりはしないだろうか。もしかすればマリー殿が私に惚れてしまう可能性もっ……まぁそれはないが」


 と流石の彼もそこはちゃんと理解できている。

 しかしならば本当にどうすればいいのか……と悩んでいるとコンコンとドアがノックされる。


「フリード様。お客様がお見えになっていますが、如何致しましょう」

「お客人……?」


 妙な話だ、とフリードは心の中で呟く。

 彼は変わり者として有名だ。そんな彼には友人と呼べる存在は無く、外やパーティーで人と会うことはあってもわざわざ屋敷までしかもアポなしで来るなど有り得ないと言っても過言ではない。そして、一番悲しいのはそれを彼自身が自覚していることである。

 自分にわざわざ会いに来るとはどこの変わり者なのだ? などと思った瞬間、彼ははっとなる。そして訝しい顔をしながらドア越しに答えた。


「……分かった、行こう」


 嫌な予感を抱きながらも彼は立ち上がる。


 ***


 予感的中。

 客間のドアを開けた瞬間、思い浮かべたのはそんな言葉だった。

 そこにいたのは四人の少年少女。正確には少年一人に少女三人である。そしてその全員がフリードとは面識がある者達だった。

 桃色ツインテールで目付きが少し……いやかなりきつい『ティナ・グルフィンロッド』。

 知的且つ穏やかな雰囲気を持つ銀髪の少女『セイラ・ガラハッド』。

 小柄、金髪、無表情、というある種の美しさを兼ね備えた『リーゼ・ランスロー』。

 ここにいる少女達全員が騎士学校でも特に有名な女子生徒であり、注目を浴びている。まぁその原因の大半は容姿や出自が関係しているが、実力も確かなものだ。

 そして、彼らに囲まれるような形でソファに座っている黒髪の少年もある意味有名人である。


「これはこれは。見目麗しい方々がお揃いとは。今日もお美しいようで何よりです」

「うわキッモ。そういうのいいから」

「いつも思うのですが、奇妙な物言いがお得意ですね」

「……、」


 批判殺到。しかも一人は無視。けれどもこの程度は既になれている。

 フリード・ディケンスという男に対しての反応は大体こういうものだ。奇妙奇怪でよく分からない。それが周りからの認識であり、評価。それを自覚している分、彼は罵倒如きでめげることはない。


「ハハハッ! 相変わらず厳しいですな。しかし、妙なこともあるものだ。私の事があまり好きではない貴女方が私の屋敷に来るとは」

「正確には好きじゃない、じゃなくて嫌いだけどね」


 未だきつい言葉にけれどもフリードは飄々とした態度で返す。


「ならばこそ、余計に分からない。嫌いと断言する程の人物に何か用事でもあるのですかな? ヤマト君」

「―――ああ。大切な用事が、な」


 そこに来て黒髪の少年―――ヤマト・キサラギがようやく口を開いた。

 ヤマト・キサラギ。半年前、唐突に騎士学校へとやってきた少年。その出自は謎に包まれており、剣の実力も不明。ただ言えることは王都で起こる何かしらの事件に際し、関わっているという情報もある。そして何より注目されているのは、彼の周りには美少女が必ずいる、ということでありここにいる三人がそうなのだろう。

 ヤマトはフリードに視線をやりながら言う。


「単刀直入に言う。マリーはどこだ」


 瞬間、彼の目付きが強くなる。睨まれているともとれるその視線にしかしてフリードは動じない。それどころかいつもの通りの口調で聞き返した。


「マリー殿がどうかしたのか?」

「どうかしたもない。マリーが騎士学校を退学したんだよ」

「マリー殿が? 騎士学校を? それはまたどうして……」


 などと言うものの勿論フリードはその事実を知っている。というか、それをいち早く知り得たからこそ彼は即座にブラッド家へと趣いたのだ。

 マリーが騎士学校を退学したのは結婚するから……しかしてその事実をフリードは言わない。むしろ、自分は今の今まで何も知らなかった、という演技を続ける。

 フリードの問いにヤマトは答える。


「分からない……分からないからこそ、俺達はここに来たんだ。お前ならマリーのことを知っているはずだと思ってな」


 ちなみにフリードの年齢は二十五である。騎士学校の生徒であるヤマトに比べて年上なのは明らかだ。しかし彼の言葉は年長者に対しての敬いが全く感じられない。むしろ、軽蔑している雰囲気が漂ってきている。それは恐らくフリードを馬鹿にしている、という点もあるだろうが今は怪しんでいる点の方が大きいからだろう。


「これはおかしなことを言う。何故マリー殿のことを私が知っていると?」

「しらばっくれないで!!」


 と唐突に割り込んできたのは目付きの悪いティナであった。


「アンタがマリーにしたことをあたし達が忘れたと思ってるわけ? いっつも付き纏ってきてあいつがどれだけ迷惑してたと思ってるの!!」


 それを言われるとフリードも胸が痛い。

 フリードはマリーのことが好きだった。それを証明するために贈り物をしたり、暇さえあれば会いに行っていた。しかしそれは彼の自己的満足であり、マリーが迷惑をしている、などということはその時は考えてもなかったのだ。

 非常識。そう言われても仕方がないだろう。


「そのことについては私も反省している。マリー殿のことを顧みなかったのは本当に申し訳ないと思っている。だが、それと今の話は関係がない。違うかな?」

「それは……!!」

「ティナさん。落ち着いてください」


 熱くなりかけていたティナをセイラが制止した。


「わたくし達は今回、マリーさんのことについて話をしにきただけです。フリード様のことをとやかく言うためにここに来たわけではありません」

「そうだぞ、ティナ。冷静になれって」

「うっ……わ、わかったわよ」


 セイラとヤマトの言葉によってティナの怒りは沈下した。


「さて……フリード様。もう一度聞きますがマリー殿の居場所に心当たりはありませんでしょうか」

「心当たり、と申されましても見当がつきませんね。というか本当に何故ここへ? マリー殿の実家に連絡をとってみたのですか?」

「連絡は……した。けどマリーはここにはいないの一点張りで話にならなかった」


 なるほど、とフリードは心の中で納得する。恐らくマリーの実家、トワネット家は徹底してマリーの交友関係を遮断するつもりなのだろう。特にここにいる四人には結婚のことを伝えないようにするために。

 別段、マリーの年齢で結婚するという話は珍しくも何ともない。相手が三十過ぎという点もおかしいとは思われない。それが今の時代の貴族のあり方だ。故に本来ならば結婚話をここまでひた隠しにする必用などない。それでもトワネット家が隠そうとしている理由。考えられる事柄としては一つしか思い浮かばない。


「……退学届けはいつ?」

「約一ヶ月ほど前です。けれど……わたくし達が知ったのは三日前のことです」

「最初は家に帰るって言っていたら何の問題もないと思ってたんだが、流石に二週間以上も音沙汰なしだとおかしいと思ってな。理事長を問い詰めた結果、自主退学していたことがわかったんだ」


 自主退学。なるほど一応は自分の意思で学校をやめたことにしているわけか。実際は命令されたのか、あるいは強迫されたのか。それともただ本当に自分の意思で退学したのか。それを確認する術をフリードは持ち合わせてはいなかった。


「フリード。もう一度聞く。マリーの居場所について本当に何も知らないのか?」

「……ああ。知らないな」


 白々しくも堂々とフリードは嘘を吐く。

 そもそもにしてフリードは彼らに対し何の責任も持っていない。確かに顔見知りではあるが、それだけだ。手助けをしたい、などという気持ちは正直な話全くなかった。何とも冷たい奴だと思われるかもしれないが、それだけフリードは彼らに何の感情も持ち合わせてはいない。

 そしてそれ以前に今、彼らにマリーの情報を渡せばロクなことにならないのはわかりきっていた。あの二人の邪魔をするような真似だけはなんとしても避けたい。


「本当に、か?」

「ああ本当だとも。私が怪しいと思っているのならどうぞ好きに探すといいさ。ただし……それを行うには相応の覚悟を持つことをおすすめする。何の根拠もなく他人を疑うことはそういうことだと思ってもらいたい」

「それは脅し、でしょうか?」

「まさか。マリー殿のご友人達に対してそのような真似をするわけがないでしょう。それに……第三王女相手に失礼なことをすれば私の首が飛んでしまう。ねぇ? セイラ様」


 それは文字通りの意味であった。

 セイラは数秒じっとフリードを見つめる。女性に見られている、というよりは観察されているような感じがしてしまい、あまりいい気分ではなかった。

 するとヤマトが口を開いた。


「フリード。マリーは俺達の大事な仲間で友達だ。彼女に何かあれば……俺はそれが例えどんな相手だろうと容赦はしない。力の限りでマリーを助ける」

「……そうですか」


 警告かあるいは忠告か。どちらにしてもヤマト・キサラギはフリードを怪しんでいることが分かった。何ともはた迷惑な話ではあるが、今はそれでいい。こちらに注意がいっていれば彼らがマリーの元へとたどり着くことはないだろうから。

 先程のヤマトの言葉。一見仲間思いな言葉に聞こえる。いや、実際にそうなのだろう。相手が誰であろうと助ける。何とも素敵な一言ではないか。

 ただ、決定的に間違っている点を除けば。


「……今日はもう帰ろう。これ以上ここにいても時間の無駄だ」

「そうね。こんな奴に構ってる時間はないしね」

「別のところに聞き込みをしてみましょう。マリーさんの行きつけの店はどこだったでしょうか」

「……、」


 などと言いながら彼らは客間を出て行く。話しながらの退室だったため、別れの挨拶もなければお辞儀の一つもない。

 入れ替わりに入ってきた給仕は憤慨したような表情を浮かべながらフリードに言う。


「何なんですか、あの連中は。フリード様に対して何と無礼な」

「……フリード・ディケンスという男には敬意を表する価値もない、と思われているのだろう」


 随分と舐められた話である。しかしそれについて激怒するなどフリードにはできないことだ。飄々とした態度で上手く耐え忍ぶ。それくらいしか彼にはできない。

 結局、フリードという男はそういう者なのだ。自分に敬意を払ってくれる者など片手で両手で足りる。そんな情けない人間なのだ。

 それでも、いやだからこそ、自分を対等に扱ってくれたミハエルには何としてでも幸せになってもらいたいのだ。彼にならマリーを任せられる。少なくともあのヤマト・キサラギよりは。


「……ヤマト・キサラギ。君は言ったな。マリー殿は自分達の仲間であり、友達だ、と……だから君ではダメなんだよ……」


 もはやここにはいない少年に対しての言葉は誰にも届かない。

 と、その時。


「フリード様。テーブルの上にこのようなものが」


 渡されたのは一枚の紙切れ。

 そこには少女が書いた字で短い文章が書かれてあった。


「『マリーに会ったら心配していると伝えて。あと今日はごめんなさい』……」


 マリーへの伝言と謝罪の文面。一体これは誰が書いたものなのだろうか。そも、あの四人の中でフリードに対し、謝罪の言葉を書いた人物がいたということが驚きである。

 頭を悩ますフリードに給仕はさらにいう。


「それとフリード様。このような手紙が届いておりました」

「手紙かい?」


 これまた珍しいな、と呟きながらも手紙を綺麗に開けると中には招待状が入っていた。

 無論、それが誰からの結婚式の招待状か、言うまでもないことだろう。

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